第184話 Magnetron Pain 〜あたためろ トンテキ〜
十二月中旬と下旬の間辺り。
満月姉妹は冬休みに突入し、大抵は家で各々の時間をのびのび過ごすようになった。
当たり前だが、それに連動して、家での食事の機会が多くなること。
満月家の料理担当、イバラはこの姉妹の食事パターンの変化に順応せざるを得なくなる。
学校がある日は、弁当を頼まず、食堂や近くのコンビニ・スーパーなどで済ませる姉妹もちらほらいた。
この期間中、姉妹のほとんどは家にいるため、わざわざ自分用のご飯を買う必要もない。
というわけで、イバラには、料理人としての長期休暇は来ていないのである。
……長々と書いたが、イバラにとっては料理は趣味のようなもの。
弁当作らされようが、家でダラついてる姉妹からキッチリ三食の時間に用意を強いられようが、正直彼女的には微々たる差であった。
そうしてイバラがキッチンの番人に徹する様子をふと見たチヨは、その連日稼働を申し訳なく思っていた……
これはとある日の昼下がり。
イバラが昼食の調理に使った用具類を洗っている間、インターホンが鳴った。
「だれか……でて……!」
残念。リビングにいたのは、ソファでスマホをいじっているルシェヌのみだった。
「……」
イバラは手についた泡を洗い流し、手を拭いてから玄関へ急ぐ。
数秒後、イバラは両手で抱くようにして抱えないといけないサイズの段ボール箱を持って、リビングに戻った。
一旦これをダイニングテーブルの上に置く。ドシンと程々の風圧を伴って台に設置するほど、重量もそれなりにあった。
これはルシェヌなんかに持たせたらどちらかがダメになるな。
と、イバラは彼女の怠慢ぶりに逆に感謝した。
上面に貼られたシールを見ると、『ワレモノ』『天地無用』とあり、ダメ押しにマーカーペンで『精密機械』と書かれている。
運送業者の宛名シールには、送り主の欄に『飯島ロスイ』の名前があった。
さては、長期休暇を退屈させないための気遣いとして、定期的によこしてくるゲーム(※第109話参照)か。
イバラはテープを剥がし、中身を開ける。
——するとそこには、発泡スチロールの板が。
(まずは……だよね……こんぽうざい……)
イバラはさっさと板を外す。と、今度は黒い真四角の機械が現れた。
これを箱の外から取り出すと、その全容が明らかになる……電子レンジだ。
イバラはカウンターを挟んだ先の、自分の領地……キッチンの壁際にある食器棚を見る。そこにも電子レンジはある。
(ふつうにうごいてる……にこめ……?)
ここで丁度良く、チヨからのメッセージがスマホに届いた。
チヨ:ごめん、言い忘れてた
チヨ:今日、ロスイ社長からオーブンレンジが届くんだ
チヨ:知り合いの社長からもらったけど、もう同等クラスのあるからって、あたしにおさがりしてくれたの
チヨ:届いたら受け取ってください
イバラ:もう受け取りました
チヨ:それはますますごめん。じゃあうまい具合に置いておいてください、キッチンオーナーさん
うまい具合に置いておいて……のメッセージ、邪魔にならないところに保管しておいて。という意味かもしれないが、イバラはキッチンのレイアウトをいじれる権限を持っている(別にそういう会議とかを明確にしてはいないが。これまでの功績と雰囲気でそうなっている)。
ちょうど、旧レンジの下に、常温加工食品の箱が無造作に置かれている、イマイチ何を入れておくか定まりきっていないスペースがあった。
イバラはこの機会にそこを片付けて、この新レンジを収納する。
(で……これは……どういうレンジ……)
ロスイ社長が元々似たようなものが家にあって、お下がりで届いたもの。
きっとそれくらいの金持ちが使うのにふさわしい性能を持っているに違いない。
イバラは調理台に付属の説明書を広げた。
前半は家電量販店のポップにも使えそうな、写真をベースとした概要説明が載っている(ちなみに後半は家電の説明書特有の小難しい注意事項の羅列)。
これはレンジはレンジでも、オーブン機能を内蔵した多機能調理レンジだという。
その中にある『冷凍の揚げ物がまるで揚げたてに!』という文字に、イバラは目を引かれた。
(みせてもらおうか……たきのうのオーブンレンジの……せいのうとやらを……)
イバラは冷凍庫を開け、角に眠っていたお得用コロッケを三つほど取り出す。
それらを耐熱皿に乗せて、内部に置き、初仕事のボタンを押す。
何やらこのレンジは、食品の温まり度を自動で計測し、丁度いい時間で加熱する。
中でボフンッといかないだろうか……イバラはいつでも濡れタオルを被せられるように構えること四十秒。チーンと加熱終了の音がなる。
(ここは……すえおき……)
イバラは耐熱皿を調理台に移し、恐る恐るコロッケを一つ実食する。
まず、極端に熱くはなかった。ここで一つ、イバラは最新技術に感心する。
イバラはじっくりと衣を砕き、中身を噛み締めていく。
パン粉の一片が折り重なった衣のサクサク感。
食材内部からにじみ出た油を利用したことによる軽い舌触り。
そして内部に凝縮されたジャガイモの甘みと、挽き肉の旨味……
「じょうとうな……あげたてコロッケ……!」
イバラはコロッケを一つ食べきったあと、耐熱皿を持ち上げる。
そこにある残り二つのコロッケが冷めない内に、他の姉妹の元へ……
「このマオウは……いいや……」
……届けるため、階段を駆け上がる。
「おいこらー! アタシを無視するでないのじゃー!」
二階にある、コーリンたち六人の部屋に入ると、サバキとユノスがいた。ちょうど二人。
「ふたりとも……これたべて……!」
「急に怖いよイバラ。それとボク、ご飯でもないときにコロッケ食べるのは気持ち悪いの」
「つべこべ言うなユノス。あんだけ意気揚々と来たのだ。逆らうとまた銃突きつけられるぞ」
イバラは皿を出して、二人にコロッケを召し上がってもらう。
「おっ、これは美味しいコロッケだな。試しに揚げてみたのか?」
「サバキお姉さん。この小判みたいな形は冷凍のコロッケだよ。けど、ここまで手作りみたいに揚げられるのはすごいね」
イバラは人差し指を、扇状の残像ができるくらいに振って見せる。
「なんだその動き?」
「きっと『チッチッチッチ』みたいなジェスチャーのつもりだと思う。ロバート・パトリックがやってるアレみたいな」
「これ……あげてない……レンジでつくった……」
サバキは鼻を鳴らして言った。
「それはそうだろう。冷凍食品なんだから」
違うよ。と、ユノスが続ける。
「冷凍コロッケは凍ったまま調理するものが一般的だよ。一応オーブンで作れる方法もあるけど……でもレンジでここまでのものを作れるのはすごいね、イバラ」
「いひひ……」
「それを言うなら『えへへ』ではないか、イバラ殿?」
これにてイバラは、最新鋭のオーブンレンジの凄さを実感した。
*
その日の夜。
「ただいまー……おや、今日は海産物の匂い……」
帰宅間もなく、チヨはほのかに漂う夕食の匂いを嗅ぎつけた。
第一候補、鮭の塩焼き。
第二候補、アジフライ。
第三候補……寿司?
チヨは頭の中で軽く予想を組んでから、リビングへの戸をスライドする。
ダイニングテーブルに並んでいたのは、オリーブオイルに、トマトやシイタケと共に浸かった鮭の切り身。
正解は、アクアパッツァだった。
「おかえり……かあさん……」
イバラはまだ席にはつかず、調理用具の片付けをしている。
そちらにチヨは近づいて、
「ただいま、イバラ……あの、シェフ?」
「なに……?」
「アクアパッツァとは随分と本格的なものをお出ししましたね? これはどういう気まぐれで」
イバラは後ろのオーブンレンジを指して言った。
「あれで……つくれた……にだんトレーで……まとめて……」
「へえ、そんな芸当までできるんだ、あのレンジ。まさか一日でここまで使いこなせるなんて……」
「あれは……かのうせいの……けもの……」
そして満月家は、イバラが駆るアクアパッツァを頂いた。
簡単ながらも地中海の原石めいた風味豊かな味に、一同は漏れなく舌鼓を打つのだった。
*
以来、イバラはオーブンレンジを活用し、短時間で、手間数が少なく、それでいて美味しい料理をいくつも作った。
調理する量の関係で、これまで出来なかった品も作れるようになり、家族からの評判もよかった。
イバラは普段の三食作りに、また違ったやりがいを得られたのだった。
ところが、レンジが届いて二日後……
「ああ、疲れた……」
夜十時半頃。チヨはヘトヘトになって帰宅する。
仕事納めが迫ったがための皺寄せで、ここまで遅くなってしまった。
冬休みといえど、就寝時間の鉄の掟は健在。
チヨはスイッチを押して、リビングの照明をつける。
ダイニングテーブルには何も置かれていない。
(『すっごい遅くなるから、ワンチャンあっちで済ませると思う』って、イバラには連絡したから……だろうね)
実際は、少しでも時間を縮めるために抜いてきている。だからチヨは腹ペコであった。
(完全に高をくくってしまった……)
仕方ないので、自力で何か用意しよう。と、チヨは冷蔵庫を開けてみる。
すると運よく、冷凍のミートソースが眠っていた。
(そうだ。せっかくだから、このレンジを使ってみよう)
チヨは外袋を開けて、オーブンレンジの中に入れて温める。
五分半後。取り出したパスタ容器を調理台に置いて、内袋をフォークで刺して破る。と、ホカホカの芳醇なお肉の香りが漂った。
中央部のソースを辺に散らすように混ぜる。
(あるあるだけど、真ん中だけ凍ってるってこともないんだ……)
そしていよいよ、麺の中でフォークを二回転させて、巻き込んだひと塊を口にする。
「うわうまっ!?」
まるで氷山からマンモスの全身をまるごと発掘したように、ソースのパンチとアルデンテなパスタ麺のコンビネーションが、チヨの口の中でフルパワーに炸裂する。
ただ単に冷凍食品を解凍するだけでも、このオーブンレンジはその実力を遺憾無く発揮してくれたのだ。
「ロスイ社長どんだけいいものよこしてくれたんだ……これヤバいわ、みんなにもっと積極的に使うように言お!」
*
その翌日の十二時頃。
イバラは家の最寄り駅の改札を出た。
彼女は早朝から、まるまる卓球部の練習を行っていた。
冬休みなのでずっと自由にしていたい気もなくはないが、時にはこうして学校で、高校生としての気持ちを引き締めるのも悪くはない。
と、イバラは思いつつ、駅から小走りで家へ向かう。
(お昼ご飯……作らなきゃ……)
けどやっぱり料理はいくらでもしたいのである。
「ただいま……?」
玄関を開けると、どうもリビングのほうがワイワイ騒がしかった。
おまけにいい匂いもする。何の匂いかは、混戦においても標的の位置を当てられるほどの、イバラの嗅覚を持ってしてもわからないが。
百聞は一見にしかず。イバラはリビングの戸をスライドする。と、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
パスタ、チャーハン、ラーメン、ワンプレート定食……姉妹たちが各々冷凍食品を用意して、昼食を取っていたのである。
「あ、おかえりなさい、イバラさん」
自分の食器を片付けたところだろうか。ネロアがシンクから、寄ってきた。両手にはそれぞれタコライスと梅しらすパスタのパッケージが握られている。どちらも当然、冷凍食品だ。
「イバラさんの帰りが遅くなると思って、先に食べてました」
「お母さんがあのレンジを使うと、どんな冷凍食品もメチャウマくなるって聞いてのう!」
と、横のダイニングテーブルから、ルシェヌが補足する。彼女の前には冷凍オムライスがある。
「そうそう。その話を今朝、お母さんから聞きまして、それで私たち、食べたい冷凍食品をそれぞれ買ってみたんです」
「……」
「で、イバラさんの分も一応買ってみました。どちらにいたします?」
ネロアは両手にあるタコライスと梅しらすパスタを持ち上げて見せた。
このとき、体中の血液が全て白熱するような感覚がやってきた。
イバラは衝動に任せて、平手一発で、まとめてはたき落とす。
「はくじょうもの……!」
急な怒号に周りが戸惑う中、イバラは頬を膨らませてキッチンの奥に行き、そこでうずくまった。
自分はこれまで、満月家の料理長として、家族たちの胃袋を満たしてきた。
しかし今となっては、いきなり家にやってきた機械にそれを奪われつつあることに、イバラは落ち込まずにはいられなかった。
考えすぎ。とも言えなくはないが、イバラはそれだけ自分の居場所について敏感なタイプだった。
詳しいことは別作品あたりでするかもだが、イバラが過去に異世界で殺し屋家業に身を置いていたのも、それが原因だったりする。
「やっぱ……おなかすいた……」
イバラは時間をおいて冷静になり、ネロアの元に戻る。そして彼女にペコリと謝った。
「いいんですよ。それで、タコライス、オア、梅しらす?」
「タコライス……」
結局、イバラも昼ごはんは冷凍食品になった。
(やっぱり……うま……)
キッチンでタコライスを食べ、イバラはこの脅威を再確認する。
このままではますます満月家はよくない方にオーブンレンジへ依存して、自分は冷遇されるかもしれない。
食事中、イバラはなんとなく、スマホに入れたレシピアプリを開いてみる。
すると不運にも、冷凍お弁当の定期サブスクの広告が出てきて、イバラは頭を抱えた。
タコライスを完食したイバラは、スプーンをシンクに、紙容器を燃えるゴミ箱に入れる。
そしてイバラは、悩みのタネであるオーブンレンジをしばし見つめた。
(これだ……これのせいだ……)
ふと気がつくと、イバラは自分の両手から、光り輝く茨が伸びていた。
アーティファクト【意志を残すイバラ】。
端を侵入させた人以外の生き物と機械類を、意のままに操るイバラの殺し道具の一つ。
これを使えば外観にほぼ変化無く、オーブンレンジを不調にできる。また自分が満月家の食卓を彩れる。
そうした理想が、無意識の内に形に出てきたのだ。
だが、イバラはその場でブンブン首を振る。アーティファクトも幽体化して、スーッと消す。
少し時間がかかったがイバラは大事なことに気づいた。
スーパーに行くたびに、あれだけ便利な冷凍食品がいくつもあるのを見るのに、同時に店には生鮮食品もある。
それはどちらにも需要があるからだ。手作りの料理にも、手作りなりの美味しさがあるからだ。
ならば自分がすべきことは、レンジの破壊ではなく、融和である。
(イバラよ……! うらみをはげみにかえて……たてよ……イバラ……!)
イバラは、お弁当の定期サブスクの広告を閉じ、新たなる道を模索し始めた。
*
その日の夜九時半。
「ただいまー……」
昨日ほど酷くはないが、チヨは年末に備えた大残業でクタクタになって帰ってきた。
まだ就寝時間ではないので、リビングの明かりは点いている。
ネロア、サバキ、ユノス、ルシェヌの四人がゲームをやっていた。
それはそれとして、チヨはダイニングテーブルを見た。
(『今日も遅いかもだから、夕飯はあっちで』みたいなこと、メッセージで送ったけど……やっぱり食べる時間なかった……)
なのでワンチャン、イバラの優しみで何か用意してくれないかと、期待したが……チヨは微妙に反応に困る。
テーブルには、ルーズリーフが一枚置かれていた。
「ああ、そういうパターンね。冷蔵庫の中にしまってあります的な」
チヨはそれを手にとって、ボールペン字を読む。
「『冷凍庫を開けてみてください。 満月イバラ』」
書き置き通り、冷『凍』庫を開ける。
そこには計十個のタッパーが重なって並んでいた。
一つ開けてみると、紙製のお弁当カップで小分けされた、トンテキが三セット入っている。
続いて下のタッパーも開封。かぼちゃのサラダが六個、紙カップで区切られて置かれていた。
「なるほど、お好きに温めて食べてねってことなのね……」
チヨは、イバラが作り置いた十品から、トンテキ、かぼちゃのサラダ、バターコーン、たらこスパをチョイス。
せっかくなので、前々から保管されていた冷凍ご飯とともにそれをオーブンレンジで温めて、だいぶ遅めの夕食にする。
どれもこれも、イバラの基礎テクニックが込められた、何一つスキのない味であった。
完食し、食器を洗い終えたあと、チヨは二階の自室に行く。
仕事の荷物と入れ替えで、パジャマ類を持って廊下に出た。
ここからお風呂に行く……前に、斜向かいの中部屋の中を覗いてみる。
イバラは、静かに机に向かっていた。冬休みの宿題に着手しているのだろう。
(集中力削いでキレられないように、ちゃんとしたのは明日にするとして……)
「ありがとう、キッチンの総監督人さん」
と、ボソッと言った。
「みずくさい……」
別に近づいても銃は向けようとしていなかったのに。イバラは振り向き、ドアが閉まっているのを確認。そしてまた机に戻る。
「わたしには……かえれるところが……あるんだ……」
【完】




