↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/200

第183話 ハッスる刹那へ

 十二月下旬。

 街中はすっかりクリスマスを目前とし、至るところに赤、緑、白の装飾が飾られていた。

 さらに大抵の学生たちは冬休みに突入しているため、どの歩道も人、人、人で混み合っていた。


 この高人口密度の一帯を、チヨと、コーリンとピコリ、親子三人でどうにか進んでいた。

「あんまりにもやること無いから母さんについて来たはいいが……?」

「まさかここまでゾロゾロ・ゾロしてたなんてね……ウチ判断ミスったか?」


「こんなとこで文句言ってたら、きっと中入ったら絶叫するよ、コーリン、ピコリ」


 チヨが目指しているのは、このエリアのランドマークとも言える、歴史ある百貨店。

 年始に行われる満月コーポレーションの新年会で、ロスイ社長にプレゼントする何かを探しに来たのだ。何を買うかというところからも含めて。


「そうなのか? オレ百貨店って行ったことないし」

「ウチも。なんかロスイ社長でも財布の紐握って数秒止まるレベルのものばっかり売ってるイメージあるし」

「言ってくれるねえ……まあ、あたしも本当にひっさびさに行くんだけど」


 三人はどうにか道を切り拓いて、百貨店の入口までたどり着く。

 チヨは、人の往来によってさらに通りづらくなるのではと予想していたが、思いの外すんなりと入店できるように道が開いていた。


(歳末商戦に備えたお店側の努力のおかげかな?) と、チヨは考えていたが、事実は全く違う。


 チヨたちが向かってきた方とは反対の、入口付近の歩道のほうで、人集りが出来ていた。


 三人は予定を変更して、何だなんだと先客の視線の方を覗いてみる。

 すると、

「ふざけんじゃねえぞコラ!」

「気ぃ抜いた奴が悪いんだぞコラ!」

 二ヶ月ほど季節外れの薄い長袖シャツを着て、己の鋼のような分厚い肉体を隠せていない男二人が、睨み合っていた。

「こっちは休日なんだぞコラ!」

「だったら家で寝てやがれコラ!」

 片方はしなやかに腕を押し出して、もう片方をどつく。

 殴られたもう片方は、持っていた有名な洋菓子メーカーの紙袋を一瞥してから、お返しに相手の胸を一発押した。

「あの二人、さては買い物帰りに、もう片方がいきなり因縁付けてんだな」

「全く、こういうジャンルの賑わいはいらないってば……」

 と、コーリンとピコリはつぶやく。


「……」

 二人に挟まれたチヨは、ただならぬ危機感を抱き、今は無言で様子を見守る。


「鬱陶しいぞコラ!」

「なんだとタココラ!」

「そっちだタココラ!」

「いい加減にしろよタココラ!」


 二人の口喧嘩と押し合いはますますエスカレート。やがて熱気のままに二人は、着ていた長シャツを破り捨てた。

 するとその内にあった、同じマークが印刷された色違いタンクトップを露わにする。


 青タンクトップの男は、恐らく奥さんであろう女性に紙袋を渡し、そこからの距離で助走をつけて、赤タンクの男に強烈なパンチをお見舞いする。

 赤タンクはバシッと受け身を取って、即座に立ち上がった。ドヤ顔を決めていた青タンクに頭突きでカウンターを決めた。


 二人の攻撃はどんどん加減が無くなっていく。

 ヒートアップしていくのは喧嘩だけではなかった。二人を囲んでいた通行人たちも、一撃一撃が決まるたびに歓声やヤジを浴びせまくった。


「いいぞー! やっちまえー!」

 コーリンもまた、そこに全力で乗っかっている。


 一方のピコリとチヨは、しらけた顔をしていた。

「いくら何でも路上で暴力していいの? これ格ゲーの世界?」

「というより、いくらなんでも時代が古すぎるって……」


 コーリンは観客としての一体化を切って、チヨへ向く。

「え、どういうことだ母さん?」


「この人たち、多分プロレスラーだよね。あの縦横奥、全部ブ厚い体つきからして。

 その昔、某有名なレスラーがプライベートで百貨店に来てたときに、敵対してたレスラーにいきなり襲われる事件があったの。

 で、後日そのレスラーとリングで対戦して、リベンジを果たした……っていう世紀の一戦があったんだって。

 多分、この二人はその故事にあやかってるんでしょうね」


「よく知ってるね、母さん」


「あたしのお父さんがプロレス全盛期の世代だったからね。それをギリ覚えてたってだけだよ、ピコリ」


 コーリンは首を傾げて、チヨに尋ねた。

「ところで、プロレスってなんだ?」


「あ、ご存知なかったの、コーリン? そりゃそうか、もうそういう世代だもんね……ええと、何から話せばいいんだろ」


「母さん、そういうときには餅は餅屋だよ」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 プロレスリング、ちぢめてプロレスとは、レスリングにエンターテイメント性を付け加えたスポーツのことである。

 投げ技やフォール技の他に、打撃技や関節・絞め技など、肉体を用いた技なら大体OKというルールの元、屈強な超人たちの真剣勝負が楽しめるものなのだ。


「って、今、地の文さんが教えてくれたような感じらしい」

「なんかよくわからないけど、助かった……」


「あ、それか。密着するときに使われてるプロレス技のプロレスって」


「あと、お笑い芸人さんが、笑えないレベルの揉め事が起こったときに、『プロレスになってない』とかいうよね」


「ええ、まあ……うん……そ、そうね……二人とも」


 閑話休題。

 三人がレスラー二人に視線を戻したとき、観客の熱気は最高潮に達していた。


 青レスラーが、赤レスラーを仰向けに反らせつつ、右肩に担ぎ上げていた。

 観客たちの声が『お』『と』『せ』の三文字にまとまってきたところで、青レスラーはニヤリと笑い、相手を地面めがけ、豪快に投げ下ろした。

 二メートル近い高高度から落とされた衝撃を、身体の前面から受けたダメージは尋常ではない。

 赤レスラーはそのまま歩道のレンガに顔をうずめたまま、ピクピクと痙攣するばかりだった。


 するとそこで、青レスラーは彼の身体を返し、腹筋上に馬乗りになる。

 そこから青レスラーは、容赦なく相手の顔面に拳を打ち込む。


「ま、待ってくれ、打ち合わせとはちが……」


「うるさい! 興行のためだ! 歯ぁ食いしばって瀕死になれええええ!」


 勝負としての形を失った一方的な暴力に、さっきまであれだけ盛り上がっていた観客たちは一気に青ざめる。


「ちょっとあれはいくらなんでもやりすぎじゃない……?」

 と、チヨは心配そうに、ボコボコの赤レスラーの顔面と、目が殺気を帯びている青レスラーの顔を交互に見続けた。


 一方のピコリは、後方の遠景をキョロキョロしている。

「ていうか、警察はどうしたの? それか百貨店の警備員とか?」

 なお、満月親子のすぐ側で、警官二人がまばたきを忘れて二人の様子を見物していた。無線とかそういうものも握っていない。


 そしてコーリンはというと、

「やらせるかああッ!」


 たった今、観客たちを強引に突っ切り、勢いそのままに青レスラーにドロップキックをお見舞いした。


 青レスラーは三回ほど地面を転がったあと、片膝をつきながら、コーリンを睨め上げる。

「な、なんだお前!?」


「誰でもいい! おいテメェ、お前のやってるのはもうプロレスでもスポーツでも勝負ですらもねえ!」


「いいや違う、これは勝負でありスポーツでありプロレス……そして人々へ熱狂を捧げる神聖な儀式だぁ!」


 青レスラーが両手を広げて突っ込んでくる。レスラーらしい膂力による勢いの良さを纏っているため、特に技を使わずとも脅威であろう。


 コーリンはその場で力強くジャンプし、二メートルほど軽く跳んだ。

 そこから空中で体軸を中心に百八十度回転し、

「無刀版『白虎の刹那』ァッ!」

 青レスラーの頭上から、左側頭部に爪先を突き刺す。

 たちまち青レスラーは頭をグワングワン揺らして急停止。


 着地してすぐ、コーリンは青レスラーのすねに、地を這うような回し蹴りをかました。

「無刀版『朱雀の刹那』ァッ!」


 頭だけでなく、全身をガタガタさせてしまう青レスラー。そこへコーリンは体当たりして、相手のバランスにトドメを刺す。


 コーリンの攻撃はまだ続く。転倒した相手の両足を掴む。風切り音を立ててブン回し、そして投げた。

 即座にコーリンは後を追う。三半規管さえもやられたレスラーの両太ももを、肩に置いて持ち上げる。体格差などものともしない怪力だ。


「これで……頭冷やしやがれ!」

 最後に、コーリンは相手の背中を地面めがけ、叩きつけた。相手は完全に白目を剥いてぐったりとした。


 周りにいた観客たちは、この乱入者の強さにしばしざわめき、そして、

「「「おお〜〜っ!!!」」」

 と、素直にコーリンの勇姿を絶賛した。


「すっごいねー、コーリン姉さん」

「あんなデカい人も投げられるなんて、異世界帰りはすごいよね、やっぱ」


 このまま男二人を路上で寝かせて置くわけにはいかないので、コーリンはとりあえず邪魔にならないところへと移動させようとした。

 どこで一旦休ませようか。どっちを先に運ぼうか。

 鳴り止まない拍手の中心にいながら、コーリンは一人真剣に、細かいことを考えていると……


「その喝采は……ワガハイのものとなるはずなのだ〜〜っ!」


「?」

 咄嗟に反応して向いた先は、倒れた青レスラーの方。

 さっきと変わらず白目を剥いたままではあるが、口がはっきりと動いていた。

「こんなヘボレスラーに力を貸したのが間違いだった……」


 突然、青レスラーの目と口が紫色に輝く。

 そこから漏れた光は上に行くにつれ、煙状に変化する。

 光は集まり、男の上で人型を形成していき、そして……


「キャコキャコキャコ! やはり表に立つのは、我が身に限るぞお〜〜っ!」

 全体像は十六世紀後半の伊達男が着るような膨らみの多い服装に似て、腰からフィルムのような装飾を八本伸ばしたコスチューム。

 二.二メートルもの身長に、ランタンのような頭部と、明らかに普通の人ではない男が、百貨店前に現れた。


 コーリンは一切怯まずに叫んだ。

「おい、誰だテメェ!」


「名乗る機会を与えてくれてありがとう。ワガハイは『喝采の神 アルカディア』! 理想のためわざわざ天からこの世界へ下った神であるぞーーっ!」

 ※このキャラクターは、ラヴニカ・都Pさんのアイデアを基に創作されました。


 アルカディアはひとしきり高笑いしたあと、ゆったりと両足裏を地面につける。

「神、理想、天から下った……ワケわかんないぞお前!?」


「ほんとにそう!」

 観客の中にいるチヨも、これにはウンウンうなずくばかり。


 隣のピコリはアハハ……と苦笑い。

「もう節操無くなってきてるよね、マジであの作者……」


 コーリンの怒号にうろたえず、アルカディアはせせら笑う。

「まあ神の考えなんざ人にわかってもらっては困るからな……さて、単刀直入にいこう。貴様に一つ頼みたいことがある」


「な、なんだあ?」


「ワガハイと今から勝負しろ。貴様にはワガハイが好んでやまない人間の観衆の喝采を集めるのにふさわしい魅力がある」


「おお、いいぞ」


「いや、いいの、コーリン!?」

 拒否し続けると何か恐ろしいことが起こるから、あえて素直に受け入れた。と、チヨは都合よく捉えた。


 しかし実際のコーリンの心情はというと……

(プロレスってまあまあ面白いな! たまには誰かと思いきしぶち当たってみたいしよ!)

 戦国時代風の異世界から帰った身として、戦闘狂な思考が膨らんだためだった。


「その虚心坦懐の姿勢、お見事だ! では早速ショータイムと行こうか!」


「その前にだ! 色々とやっておくことあるだろお前!」

 コーリンは足元で気絶しているレスラー二人と、レンガの道そのものをまとめて示した。


「これは失礼。逸る気持ちに正直過ぎた……キャコラー〜〜っ!」

 アルカディアの裂帛の気合に合わせて、腰に生えたフィルムの装飾が伸びる。

 四本はレスラーの身体に巻き付き、観客の壁を越えたところで優しく寝かせた。


「ものすごいご無沙汰だが、大丈夫か二人とも!」

「だれか市立プロレス病院に連絡を!」


 残りの四本は百貨店へと伸びていた。

 オーニングや旗の布、パーテーションのポールなど、あちこちのものをかき集めてそれを組み合わせていく。

 やがて観客の目の前で、立派な四角形のリングが出来上がった。


「なんで!?」

 これにチヨはただ度肝を抜かれるばかりだった。


 ここで一つ解説を入れるとしよう。


 世界最古の百貨店は十九世紀のフランスに生まれた『ボン・マルシェ百貨店』と言われている。

 ヴィトー兄弟が創業した生地屋を、ブシコー夫妻が買い取り、バーゲンセールやショーケースでの展示など、現代の百貨店にも繋がる施策を初めて行い、大盛況を博した。


 しかしこのエピソードには、まだ歴史上語り継がれていない部分が存在する。


 まず、冷静に考えていただきたい。

 何故、一応それなりの盛況を遂げていたヴィトー兄弟も、それを買収したブシコー夫妻も、元祖百貨店の地盤となる、貴族の荘園並みの広大な土地を取得できたのだろうか?


 実はヴィトー兄弟の創業地は太古の時代、神々と人間のプロレスラーたちが切磋琢磨し、その雄姿を大勢に披露する競技場であったのだ。


 ところが時代を経て、そこが単なる商売施設になると知った神々は、ブシコー夫妻が大規模改修を行う時に彼らと接近。

 歴史を侮辱するな。と警告を残しつつ、彼らの仕事を許可し、その土地と遺跡を与えたのである。


 ブシコー夫妻は寛大なる神々に敬意を示し、大改修後の建物に、いざというときには元通りリングを構築できる機構を仕込んだのだ。

 その慣習は時と国境を越えても受け継がれている。

 先ほど、アルカディアがやった通り、店内の備品を組み合わせてリングを作れたのが、その揺るぎない証拠だ。


「だってよ、お母さん?」


「いやいや、普通に神様パワーで上手いことやったんじゃないの?」


 母親が困惑するのを尻目に、コーリンはロープをまたいでリングイン。

「まずは若手に目立つチャンスを与えてやろうぞ」

 遅れて、アルカディアもロープを飛び越えてマットに立った。


「言っとくがオレに手加減とか配慮はいらんぞ。そんなのんきにやってたら多分、恥かくぜお前」


「キャコキャコ……アドバイスどうも、ありがたく肝に銘じておこう」


 ふと二人は観客の方を見る。いつのまにか長机が置かれており、そこに白黒縦縞のポロシャツを着た男性二名が座っていた。

「選手たちに次ぐ! この試合は我々、国際プロレス振興委員会が、正々堂々とジャッジを行う! 以後お見知りおきを!」


「おう、好きにしろ!」

「いいだろう! ただ好き勝手痛めつけ合うのも無作法なのでね!」


 二人は片足を一歩前にし、両腕を握りしめる。ファイティングポーズが被るのは偶然でなく、お互いが強者であることの表れだ。


「それでは、試合開始ーーっ!」

 と、片方の男が叫び、もう片方が清々しいほどゴングを高く鳴らす。


 その瞬間、二人は同時にリング中央へ……お互いへと駆けた。

 二人が仕掛けた行動はこれまた同じ。右腕で相手の肩を、左腕で相手の頭を掴むこと。


「あーーっと! 始めは慎重にロックアップを組んだ! 見立てでお互いに実力を認めているよだーー!」

 と、先客二名に続いて、しれっと長机の端に座ったピコリが、マイクを片手に叫んだ。


 観客の中で唯一、チヨはその長机へと向いて、

「いやなんで実況してるのピコリ!?」


「だって実況いたほうが盛り上がるじゃん!」


 二人はここから投げやチョークに繋げようと、力と知恵を比べ合うも、隙を見いだせず、素直に手放す。

 次に先手を取ったのはアルカディア。彼は腰のフィルム四本を腕へと伸ばして巻き付け、コーティングを施し、ラリアットを繰り出してくる。

「ブロードウェイクローズライン!」

 コーリンは右腕が前に来るように上腕部を交差させて構える。


 いざ衝撃を受け止める寸前に、コーリンは右肘を持ち上げ、さらに曲げた肘裏に左腕を挟んで補強する。

「無刀版『玄武の刹那』!」


 コーリンの肘がアルカディアの腕に刺さる。

「キャコ〜〜!?」

 相手のラリアットが失敗した途端に、コーリンは矢継早に、うねるように力強くナックルパートを打ち込む。

「無刀版『青龍の刹那』!」


 堅実にアルカディアへとダメージを刻むコーリンだったが、七度目のパンチのところで動きが止まる。

 フィルム四本を折り重ねた壁に、左拳を受け止められたのだ。

 踏ん張って強行突破を試みると、さらにもう四本のフィルムで、右拳も包まれて使えなくなった。


「なかなか美味しい攻撃だったが、それはプロレス向きの技ではない」

 アルカディアのフィルムにより、両腕を真横に突き出す。さらにフィルムが伸び、二メートルほど上へと吊り上げられた。

 アルカディアは、目前に来たコーリンの両足をそれぞれ手で掴んでくる。そこからコーリンをT字の横棒のように持ち上げて、

「ダークチェンジスープレックス!」

 思い切り腰を反らし、コーリンの脳天をキャンバスに打ち立てた。


「あーーっと! いきなりの防御不能な投げ技ーー! だがコーリン姉さんはこの程度では沈まないーー!」

 コーリンはすぐさまクラウチングスタートの要領で急加速。

「あのピラピラが厄介だから……ここはあえて前だ!」

 アルカディアの腹部へとタックル。

 槍を突き立てたような威力にアルカディアは尻もちをついて倒れた。

 

 コーリンはアルカディアの右から倒れ込む。

 右手で相手の手首を捻りつつ掴み、さらに左手を相手の右腕に通して、自分の右手首に添える。

 おまけに自分の太ももをアルカディアの顔面に押し付けてから、ぐっと両手を寄せる。


「コーリン姉さん、なんかよくわからないけどものすごく痛そうな関節技を極めたーー! 一体どこで仕入れてきたんだそんな技ーーっ!?」


「こ、これは……チキンウィング・アームロック……! どんな方向からでも狙いやすい柔道由来の技……!」


「でもってここから色んな技に繋げやすいってヤツよ! さあて神様よ、ここからどう料理してやろうか……!」


「わ、ワガハイは貴様にとってそこまでおいしい相手ではないぞ〜〜!」

 ここでアルカディアの腰にあったフィルム八本の先が、マットに刺さる。

「トラップリフトエスケープ!」

 この一声の元、八本のフィルムは一気にピンと一直線に張る。その反動でアルカディアと、組み付いていたコーリンは宙へと跳ね上がった。


「ちょっとそれズルくねえか!?」


「そういうギミックなのだから仕方あるまいよ! この好機、余すことなく活かしてみせようぞ〜〜っ!」

 アルカディアが腰のフィルムを二本伸ばし、上にいたコーリンを引き込んだ。

 コーリンは頭を地面に向けたまま、アルカディアに羽交い締めにされる。

「どういうつもりだ!?」

 と、言った瞬間、固定された両腕にそれぞれ四本のフィルムが巻き付き、下方向へ引っ張られる。


「あーーっと、これは痛い! 単純ながらも効果的な拷問技が姉さんに繰り出されるーー! しかも空中で!」


「キャコキャコ! 解放してほしいかね!」


「あ、あったりだろうが!」


「ならばこれより我がフェイバリットを受けよ! エンドロールバリスタ!」


 まるで巻き尺を戻すように、急速にフィルムが通常の長さに戻る。同時にアルカディアも、両腕を腰脇に戻した。

 するとこれまで蓄積されていた下方向への力が一気に解放され、コーリンは超高速でリングに落ちる。


「あーーっと! これはまさしくバリスタの要領! あれだけの高度から放たれた姉さんの矢は、等比級数的に加速し……!」


 そして激しくキャンバスに落下。あまりの威力に着弾して間もなく、コーリンは反動でまた宙へ舞い上がる。


 そこにアルカディアが、比較的緩やかに落下しつつ待ち構えていた。

「ここからが喝采を浴びる時だ」

 コーリンの両腕は、アルカディアの正座式に折りたたんだ足に挟まれる。

 ばたつかせた両足も、八本のフィルムが巻き付き、ビクリとも動かせなくなった。

 加えてアルカディアの両腕が頭に絡みつき、シンプルなヘッドロックを仕掛けられる。


 コーリンはリングの俯瞰図を見せつけられながら、冬の冷たい風圧を感じさせられる。


「あーーっと! アルカディアのフェイバリットにはまだ続きがあったーー!? 完全に身動きを封じられたコーリン姉さんの出来ることは、大ダメージの覚悟をすることのみとなるーーっ!

 この凶悪な奥義の名前は……」


「名付けて、ニュー・アニマ・パラダイス!」


 そしてコーリンはリングに再び最悪の帰還を果たす。

 アルカディアの全体重と加速度を、無防備で受け止めたあと、力なくうつ伏せに横たわるのだった。


 テーン、ナイーン、エーイト……委員会のジャッジによるゆったりとしたテンカウントが始まる。

「キャコキャコキャコ〜〜っ! 刮目せよ人間たちよ〜〜っ! そして盛大なる喝采をよこすのだーーっ!」

 そんな中、ダウンしたコーリンの側で、両腕を掲げて決めポーズを取るアルカディア。

 そんな彼に浴びせられたのは、お望みの喝采ではなく……


「立てーーっ、コーリン!」

「ナルシスト野郎に負けるなーー!」

「お前ならまだやれるだろー!」

 コーリンを激励する声であった。


「コーリン! ここまでやったんだからせめて勝ちなさいよ!」


「か、母さん……」


 やがて、チヨら観客たちの思いは一つに結集していき、

「「「コ! オ! リン! コ! オ! リン!」」」

 彼女の再起を祈る、拳の突き上げとコーリンコールとなる。


「なんだとお!? これだけワガハイの華麗な技と圧倒する様を見てもなお、『喝采の神 アルカディア』の応援をしないのかね!?」

 突如形成されたアウェーの空気に、アルカディアは狼狽え、至るところへ目をやり、自分の応援者を探す素振りをする。

 しかしそれとは裏腹に、彼の口元はうっすらと緩んでいた。


「フォ〜〜〜、スリ〜〜〜イ〜〜〜、ツ……」

「待ちたまえ! いよいよ来たぞ!」


 何十人もの応援の声が届いたのか、何十人もの応援の声に応えるためか……どちらでもいい。コーリンはカウントが終わる前に、両手をマットに突いて、

「うりゃあ〜〜っ! 死ぬわけねーだろ〜〜!」

 勢いよく飛び上がり、全快したようにアルカディアへ向いてファイティングポーズをとった。


「立ったぁーーっ! コーリン姉さんが立ったぁーー!? ここからがいよいよ本当の本番だぁーーっ!?」


 相手に失礼の無いよう、アルカディアも構える。二人の損傷具合を除けば、試合開始前の状態に戻ったようだ。

「キャコキャコ……復活してくれて嬉しいぞ。神たるもの、カウントダウンでの勝利は、華が無さすぎてつまらぬのでね……!」


「そうかい。じゃあ今からお前をお望み通りK.O.してやらあ!」

 コーリンはアルカディアをめがけて、拳を構えて突撃する。

 アルカディアは股を軽く閉じ、両腕を前に出す、隙のないガード姿勢である。

 コーリンはお構いなしに、左側頭部めがけてハイキックを繰り出した。アルカディアが腕を動かして、既のところで止められる。

 それこそがコーリンの狙いだった。

「コーリン流剣術裏芸『窮奇の刹那』ァッ!」

 アルカディアの腕に引っ掛けた右足を思い切り引っぱり、相手の上半身を猫背に反らせる。

 すかさず首相撲でアルカディアの頭を取って、ガツンとヒザ蹴りを食らわせた。


「あーーっと! ここでコーリン姉さん、裏芸を使ったーーっ! 剣術の流派においてその技術の支柱となる武術を、ここにきて惜しみなく披露したーーっ!?」


「キャコ〜〜っ!?」

 アルカディアが、顔面を両手で押さえながら後ずさる。その背後にはロープがあった。

 反動を使ってなにか仕掛けてくる。コーリンはそれを予測し腕を交差し構える。

 案の定、アルカディアはロープにもたれかかり、反動で勢い付けてきた。右腕にフィルム四本を巻き付けながら、迫ってきた。


「あーーっと! 備えあれば憂いなしとはまさにこのこと! アルカディアのブロードウェイクローズラインを万全の対策で迎え撃つーーっ!」


「ワガハイがそんな客を飽きさせるようなマネをするとでも!」

 あと三歩ほどのところで、アルカディアの腕に巻き付いていたフィルムが解かれ、彼の目前で螺旋状に巻き付き、鋭い槍となる。


「くらえっ! プロップフェンシング!」


 十分な間合いに踏み込んだところで、アルカディアがあなやと思わしむ一閃。観客たちは惨劇に怯えて一瞬目をつむる。


 だが再びまぶたを開けると、アルカディアの槍は空を貫いていた。つまり、何にも刺さっていない。

 肝心のコーリンは、アルカディアの足元で片膝をついて滑り込み、頭上に交差させて挙げた両腕で、槍の側面を捉えていた。


「裏芸『饕餮の刹那』……うらあ!」

 不意打ちを読まれて動揺しているアルカディアの前で、コーリンは両足に力を込めて、勢いよく起立。

 その石頭をフィルムの槍の側面にぶつけて、見事パキッとへし折った。


「キャキャコキャ〜〜〜!?」


「あーーっと! アルカディアの自慢のフィルムが半分おじゃんになってしまったーーっ! リングにコーリン姉さんの反撃の狼煙が立ち上るーーっ!」


「と、トラップリフトエスケープ!」

 アルカディアが四本のフィルムをバネにして大ジャンプ。

 空中で大の字になる相手を一瞥して、コーリンはボディプレスを警戒して数歩下がった。

 読み通り、アルカディアがリング中央に全身から落下した。

 だがここから予想外のことが起こった。

「サスペンション!」

 落下の直前、四本のフィルムを前に出してクッションにし、さらにそれを支えに、スムーズに体勢を戻したのである。


 驚く間も無く、アルカディアが迫ってくる。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず!」

 コーリンは後ろのロープにもたれ掛かり、反動を活かして、こちらからもアルカディアへ突撃する。


 一束一刀の間合いに差し掛かった瞬間、アルカディアが先に片足を持ち上げた。

 そんなことはお構いなしに、コーリンはアルカディアにラリアットをお見舞い。


 ダウンを避けるべく、アルカディアが上げた片足をマットにつけて踏ん張る。

 コーリンはさらに一歩先を行く。片足を軸にくるりと半回転して、反転エルボーを炸裂する。

 アルカディアの踏ん張りが効いているため、これだけでは大した有効打にはなっていない。

 コーリンもこれで済ませる気ではなかった。

 アルカディアの側面にいたまま、前後から彼の首に掴みかかり、異常な怪力で出来るところまで持ち上げる。

「裏芸『渾沌の刹那』ァーーっ!」

 そこから首裏に添えていた手を離し、片腕で相手の体重と重力を制御して、アルカディアをキャンバスに叩きつけた。


「あーーっと! コーリン姉さんの蛮勇とも言うべき果敢さを起点とした三連コンボ! これには神もギブアップかーー!?」


「そんなわけ……なかろう!」


 アルカディアが残る四本のフィルムを、コーリンの足元に絡ませた。

 おもむろに起き上がりつつ、コーリンを自分の側に引き寄せて、ガッチリと彼女の両足を掴み、力いっぱいぶん投げる。


「うぎゃーーっ!?」

「キャコーーッ!」

 アルカディアも全身とフィルムを余すこと無く用いて跳躍し、空中にてコーリンの上を陣取った。

 そこでフィルムをまた彼女の足に巻き付け、両腕を正座の要領で挟んで封じ、ヘッドロックを極める。


「あーーっとこれはーーッ! アルカディアのフェイバリットホールドのセットアップだーーっ!」


「キャコキャコ……エンドロールバリスタまでする余力は残っていないので省略する。だが地獄の縁に行きかけた貴様には、これでも分不相応ではあるまいよ!」


「こ、コーリン……ハッ!?」


 この時、チヨはしかと見た。コーリンが、はにかんで笑っていたことを。

「分不相応なのは……テメェの詰めの甘さだろうが」


「え」


 コーリンは足に力を入れて、開脚と同時に、巻き付いていたフィルム四本を引きちぎった。


「キャコ〜〜〜つ!? し、しまった〜〜!」


「あーーっと! コーリン姉さん、起死回生の糸口を掴んだーーっ! 足の拘束が先程の半分しかないことに気づき、己のキン力で突破したーーっ!」


 コーリンは水泳のように足を全力でジタバタする。

 相手の背中を蹴るだけでなく、体勢をブレさせることで、落下時のバランスを崩すためだ。

 この狙いは見事成功。不完全な体勢でのフェイバリットは危険と判断され、アルカディアはヘッドロックを解いた。

 すかさずコーリンは全身を一本の弦のようにしならせて、両腕の拘束までも解除する。


「キャコキャコーーっ! ワガハイは神だ! このような不完全な醜態をこのままムザムザさらすわけには……!」


「だったら今からオレが、お前を完璧にぶちのめす!」

 コーリンはアルカディアの両足を両手で捉えて、自分の両脇に挟み込む。これをキープしたまま、可能な限り腕を伸ばし、アルカディアの両手首を引っ張る。

 この体勢のまま、車輪のように横軸に回転して、リングへと猛進する。


「目に焼き付けやがれ! これがオレのフェイバリット! 回転落下版・裏芸『檮杌の刹那』!」


 そしてコーリンは、刀を大上段から振り下ろすようにして、アルカディアの顔面をキャンバスに打ち付け、着地した。

「キャ……コウワ〜〜……!」


 コーリンが両手足を解放したとき、アルカディアはすっかり白目を剥いて伸びてしまった。


 たちまち、このリング周辺に、高らかなるゴングの連打音が鳴り響いた。


■

 百貨店前特設リング

 ○満月姉妹長女 満月コーリン(回転落下版・裏芸『檮杌の刹那』)喝采の神 アルカディア●

■


 怒涛のコーリンコールが轟く中、その名前の当人は、倒れっぱなしのアルカディアを起こし、コーナーポストに寄りかからせる。


「おーい、大丈夫かお前。本気で死んでないよな」


「そう簡単には死なぬぞ。神だから」


「なのにK.O.はするのかよ。まあ、それはよかった」


 コーリンは、ここまでの話で最大の謎を問いかける。

「はなっから思ってたことだが、なんでこんなことしたんだ? まずあのレスラーに取り憑いていたことからしてよ」


「……喝采を集めるべき文化の復古を、ワガハイなりにしようとしたのだ……」

 アルカディアは弱り気味の息でありながらも語った。

「人類が生活に張りが出て、文化に打ち込めるようになった時代になったのはいいものの、その消化の潮流があまりにも急激過ぎた。

 オペラやバレエなどの芸術は、もはや古いと見放されていたりするのも良い例だ。

 今ワガハイと貴様で取り組んだプロレスだってそうだ……一昔前は地上波ゴールデンタイムでお茶の間を賑わわせていたというのに……今となってはマニアックな趣味になってしまっただろう?」


「お、おう……」

 言われてみればそうだ。コーリンもプロレスの存在はついさっき初めて知ったのだから。


「人々はいかに素晴らしい概念と巡り合ったとしても、いずれ忘れ去ってしまう。それは神でさえも操れないこの世の真理だ……例えば、そこのオレンジ色の者」


 リングのエプロンの側で、二人のやり取りに聞き耳を立てていたピコリは、途端に背筋を伸ばす。

「君は、昨日の昼食の内容を覚えているかね?」


「あ……海鮮塩焼きそばです」


「……そ、そうか……」


「あんま気にするなよ。あいつも中々変なヤツだから」


 気を取り直して、アルカディアは続ける。

「喝采とは、ただ一人の一度の手合わせでは成り立たない。大勢の人々と、刹那の積み重ねが必要なのだ……

 その思想に基づき、ワガハイはくすぶっているインディー団体のレスラーに近づき、先程の路上プロレスを仕組んだのだよ……

 人々の文化への関心が、どれだけ残っているのかを試すためにな……」


 コーリンは自信満々に問いかけた。

「それで、その感想はどうだった?」


 アルカディアは一度、脇を見る。悪役然としていた振る舞いの自分にも、観客たちは幾分かの哀れみの視線を向けていた。


「……満月コーリン、貴様に集まる喝采で思い知った。人々から文化の泉が枯れ果てることは決してないと」

 と、アルカディアは満足げに微笑んで、答える。

 そして、ロープを支えに立ち上がってから、千鳥足でリングの中央に移る。


「さて、私の目的は完全に果たした……だがその過程で、人々の今後の生活に影響を及ぼす部分は少なくない。

 ではここで、喝采の神としての、せめてもの償いをさせてもらう」


「まさか死ぬとは言わせないぞ、あれだけの名勝負をしておいて……」

 コーリンが駆け寄ろうとすると、アルカディアは腰のフィルムを規制線の黄色テープのように張って妨げた。


「それでは、またのご来場をお待ちしております」

 アルカディアは満身創痍の身でありながら腰をくの字に曲げ、深く礼をした。

 その刹那、彼の全身がまばゆく発光し……


 コーリンが気がつくと、百貨店の入口に立っていた。

 周りには百貨店の買い物客がゾロゾロといて、すぐ隣には、ピコリとチヨがいる。


 特設リングも、ジャッジの委員会も、当然アルカディアも、どこにも姿はない。

 皆まるで、さっきまでのことを忘れたようにしていた。


 自分自身も、さっきの試合での負傷は何一つ残っていない。あのレスラーの問答を見る前の状態になっていた。

 コーリンは困惑しつつも、隣の二人に尋ねる。


「おい、どうなってるんだこれは?」


「あたしも知りたいよ!?」


「ウチも! まさかの夢オチじゃないよねこれ!?」


 親子三人はお互いに落ち着かせ合いつつ、情報を交換する。それで三人は一つの結論を導く。


「多分だけど、あのアルカディアとかいう神様が、あれだけのフィクションじみたこと起こしたせいで、世界中が混乱しないようにしたんでしょうね」


「さもないと神殺しのプロレスラーとして、姉さんあっちこっちの団体に引っ張りだこになるだろうしね」


「けど、せめてもの情けか、健闘を称えてだか知らんが、オレたちだけは覚えたまんまにしておいたんだろうな……」


 アルカディアは果たして死んだのか、生きているのか、どこに行ったかはわからない。

 いずれにせよ、彼はまたどこかで、人々の喝采が巻き起こり続けることを見守っているはずだろう……


 先程の試合の熱狂もいよいよ、冬風によって奪いつくされ、コーリンは思わず両肩を抱きかかえるように身を縮めた。


「か、母さん……いい加減店の中入ろうぜ」


「おっと、そうね。危うく本題が飛びかけてた。じゃあ行きましょ」


 そして三人は、計算され尽くした配置の照明によって、部屋中の物が輝いているような店内へと進んでいく。


「あ、ところで母さん? ロスイ社長に何買うかもう決めてたりする?」


「うん、決めてたよ、ピコリ。試合中に考えてたんだ」


「で、それは何?」


「アロマキャンドル。ハンカチとか靴下とかと違って、コレジャナイ感でガッカリされないだろうし」


「そうか。アロマキャンドル……か?」


「コーリン。いくらなんでもプロレスマスクとかプレゼントに出すわけ無いでしょ。あんなの見させられたクセに、流れがおかしいだろってツッコミは覚悟してたけど」


【完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。