第181話 満月マジナ&ナギ -奪還のヒロイン-
とある日のお昼時。
満月コーポレーション・本社ビル。その食堂にて。
ここの子会社ベーカリーカフェ・ミツキの社長、満月チヨは長机の一スペースでご飯を食べている。
疲れ気味のときは魚がいい。とどこかで聞いたことがあるので、今日はアジフライ定食を注文した。
(正直、揚げ物で摂ったら、肉も魚も効き具合に違いはない気がするけどね……)
と、思いつつも、チヨはアジフライにかぶりつく。
続けざまにキャベツを頂こうかとしたところで、
「すみません、混んでいるので……前いいですか?」
「あ、どうぞ」
チヨにとっては全く面識のない中年男性が前に座った。下膨れの温厚そうな人だ。
男性はお言葉に甘えて座り、豚丼定食の中にある漬物に箸を伸ばしたところで、チヨに尋ねた。
「あ、貴方ってもしかして、満月チヨ社長ではないですか?」
「え、あたしのことご存知で?」
「そりゃそうですよ。新規のカフェ事業の社長さんですし、一瞬だけテレビ出演していたじゃないですか」
「あー、あれね……よく覚えてましたね、あんな掛かりに掛かったインタビューを(※第83話参照)」
「それだけ満月さんがグループ内で有名だということですよ」
「あはは、おかしな話だと思いますけどね……」
ベーカリーカフェ・ミツキの社長として、テレビ出演しただけでなく、グループの取締役社長である飯島ロスイとも仲が良く、そして十人の娘がいる……よく考えてみれば、社内に名前が知れ渡らないほうがおかしい。
それから二人は程々に食事を進めつつ、談笑する。
この男性は、花園シズオという人で、グループ本部の経理部部長を務めていた。
十二月は決算期ということで、他の月と比べると遥かに忙しいが、部下たちともども気合を入れてなんとか年末は仕事のことは忘れていられそうだ。みたいなことを話した。
「けれども、ちょっと家庭のほうがグネっていましてね……」
「ちょっと教えてもらったりしますか?」
「いいですよ、私から始めた話ですから。ナギっていう小四の子どもがいるんですけど……」
事の発端は一週間前。
小学校はもう冬休みに突入しており、子どもたちは宿題と日記の時間を抜けば、のびのびと時間を過ごしている。
子どものナギは最近、『ディメンションバーサス』というカードゲームにハマっているらしく、近くのカードショップにほぼ毎日通っていたという。
父親のシズオもそれを応援するつもりで、思い出した時にそのパックを一つずつ買ってあげた。
すると偶然にも、封入率が異様に高い、ネットでの取引額が一万台に達するレベルのカードが当たった。
これにナギは大喜び。専用のケースに保管して、翌日カードショップでよく会う友だちに見せびらかしにいった。
「あ、ここからの話はあたしも何となくわかります……盗まれてしまったのでしょう?」
「半分不正解です……どうも子どもの世界っていうのは、大人の世界とも違った厄介な事情があったみたいです」
ナギが友だちに一人ずつ見せている途中、同じくらいの年の男の子が急に近づいてきて、
『それゲットしたってことは、そうとー強いんだよね、アンタ! 俺と勝負してくれよ!』
有頂天になっていたナギはこの誘いに承諾して、早速対戦した。
中身のルールはわかっていないので、シズオは細かい内容は言えなかったが……どうやらナギは、ありえないくらいボロボロに負けてしまったのだという。
可哀想なのはここから。あまりの完敗っぷりにナギが落ち込んでいると、
『じゃあお前にこれを持つしかくないな!』
机においていたレアカードをいきなり奪い取ったのだ。
ナギとその友だちは当然取り返そうとした。
けれども、相手の男の子も自分の仲間たちを連れて、いじめっ子が何故か共通で得意としている盗品のキャッチボールみたいな意地悪を繰り返し……気づいたときには、張本人がいなくなっていた。
「このせいでナギはすっかり落ち込んでしまって、ご飯とトイレとお風呂以外はずっと自分の部屋にこもりっきりになってしまったんです」
「うわあ、それ最低ですね……他の大人とかに相談したりしなかったのですか? 警察とか、なんならお店の人とか」
「しようとはしました。けど、ちゃんとした証拠がないのと、よくないことに『子どもの喧嘩にかまってられない』態度をうっすら出されましてね……正直お手上げです」
「じゃあ……なんでもないです。今のは忘れてください」
チヨは、危うく『同じカードを買ってあげたらどうです?』と言おうとした自分を責めた。
(きっとナギ君は、ただ一万円相当のカードを盗られたことに泣いているんじゃなくて、お父さんから買ってもらったパックで当てた大事なものを盗られたことに泣いてるはずだもんね)
「クリスマスにお正月も近いし、そもそもせっかくの冬休みだというのに、あんな冬眠まがいのことしてたら、もったいないですよね。だから私からもなんとかしてあげたいんですが……カードゲームの事情なんてさっぱりですから」
「あたしも同感です。なんか気がついたらあっちこっちでいろんなアニメのものが出まくってて、それに平気で鑑定団レベルの数字がついてたりして……もうめちゃくちゃですから……じゃあ……」
この『じゃあ』は、単なる優しさではなく、ちゃんとした意図があって言ったもの。
「あたしの娘に、カードゲームにすっごい詳しい人がいるんですけど……!」
「おお、それは心強い」
*
二日後の夕方。
本日の定時を越えて、チヨがビルの待ち合わせスペースのソファで座っていると、
「いやはや、まさか母さんがこの私を直々にご指名するとは……」
一日を乗り切った仕事人たちとは明確にエネルギーの量が違う、赤髪のスタイルのいい少女が、自動ドアから自動ドアを抜けて屋内に入ってきた。
「改めて、いきなり予定組んでごめんね、マジナ」
「いいよ、大きめの大会が片付いて、部活がプレ冬休みみたいになってたからさ。
で、今日は何の用? またコーヒーの飲み比べ(※第67話参照)かい?」
「とぼけないでよ。二日前に説明したし。それじゃあ、あちらを待たせてるから、早く上行こ」
「なんだ、アレはそういう騙しで、本題はコーヒーだと思ってたのに……」
「そんなにまた飲み回りたかったの?」
「ううん、そうでもない」
チヨは娘のマジナを連れて、もう一度エレベーターに乗り込んだ。
グループ本部がある階層で降りて、小さめの会議室に入る。
「ああ、お待ちしてました、満月さん! そちらが、例の次女さんで?」
ドアを開けると、シズオが下座の椅子から立ち上がって出迎える。
「満月マジナ……満月姉妹の中でなら一番カードゲームに精通している者さ」
マジナは豪快に前髪をかき分けて、強者の雰囲気を醸し出す。
「そういうのいらない」
チヨは当然のツッコミを入れてから、
「それで、そちらの子が……」
「はい、私の大事なナギです……ほら、挨拶して」
シズオは、ドアの対角線上にある観葉植物の側を指す。
恐らく父親から貸してもらっただろうスマホから、一瞬だけ目を上げて、
「花園ナギ……じゃあ」
また動画に戻った。
「とまあ、こういう風に、最近は塞ぎ込んでいます」
満月家は毎日ドンチャカしてるから論外として、花園家も母親が「ゲームなんかにムキになってどうするの」とキレるタイプの人なので、作戦会議の場は、会社になった。
ただでさえ家から出たくなかったのに、無理くり家に連れ出したために、ここまでむくれたこともある。
けどそのままでは事が進まないので、マジナはナギの側でかがむ。
「話は私の母さんから聞いているよ。大事なカードを盗られたらしいね」
「……」
「それでこうしてイジケているんだろう。悔しいんだろう。
だったら行動しなきゃダメじゃないか。お父さんにばかり苦労させても、君のカードは帰ってこないよ。なんてったって君のものだからね」
そんなマジナの諭す姿に、チヨはドア付近から眺めて感心する。
(いつものおとぼけ癖は抜けきっていないが、年長者としての優しさは出ているわね。今のところは)
ナギはスマホを閉じる。その説得があって、多少は氷解してくれたようだ。
「わかってるよ、そんなこと。だけどあれはもう、取りもどせないんだってば……」
ショップに相談してもダメ。警察に相談してもダメ。根本として犯人の素性がまるでわからない。
チヨの隣にいたシズオは、深く頷いたのち、そのままうなだれる。
するとここでマジナは大胆に出る。
「そんな意気地なしだから奪われるんだろうね」
「え……」
マジナはナギと向かうように位置を変えた。そこから壁に両手を突き、相手に威圧的に影を落として、
「カードゲームが好きだったんだろう! あのレアカードを当てた時に、飛び跳ねて天井にぶっ刺さるくらい嬉しかったんだろ!」
「いやそれはないよ。ちんたいの高級マンションだから……」
「あー、それは比喩だよ……それだけ気持ちを注いでたものを、あんな最低に卑劣な外道に奪われたままでいいのかい! 奪われたものは奪い返すしかない! そうじゃないのかい!? ええっ!?」
ペチン。と、チヨは自分の顔面に手のひらを当てた。
(そう言えばそうだった、マジナはそういう世界観の人だった)
マジナはかつて『マサガクル』という、カード所持者が圧倒的な権力を有する、悪しき格差社会が蔓延る異世界で生きていた。
だからああした発破をかけたのだろうが、いかんせん今の道理と時代に合っていなさ過ぎる。
隣のナギも、『どういうことですかこれ?』と言わんばかりに、自分の方をジーッと見ていた。
そして肝心のナギは、涙目になって、両足を強く抱く。
「嫌だ……オレ、悔しいよ……」
そんなことはお構いなしに、マジナは声をやや荒げて、語りかけた。
「そうかい。なら、君が本当に悔しいと思っているのなら、何か、少しでも取り返すことに繋がることはないのかい! もっと積極的に大人の人に相談するとか、犯人の特徴を思い出すとか……」
ナギは突然、真正面を向いた。
「あるよ!」
「うおっ」
マジナは数ミリほど背後に傾いた後、歯を見せて笑った。
「なあんだ、やっぱりあるんじゃないか……」
「うん、あるぞ……アイツ、さりぎわに言ってたんだ『次の次の土曜日のこの時間、ここでもう一度相手になってやる。もう一度勝てば返してやる』って!」
「別に私、そういうのをちゃんと見てませんが……なんかカードゲームのアニメみたいな展開ですね」
「ええ、まあ、少し光明が差したのはいいことかと思いますよ。花園さん」
大人二人が雑談する中、マジナは、勇気を振り絞ってくれたナギの頭をワシャワシャ撫でた。
「よく教えてくれたね。だったら、後の話は簡単だ……再来週の土曜日までに、そのガキンチョにゲームで勝てるように準備すればいい」
「けど……アイツもんのすごい強かったんだよ。しかもオレ……」
「なら私はもんのすごいヤツも裸足で逃げ出すくらい、とんでもなく強いカードゲーマーだ」
「今どきはだしでうろついたら足血だらけに……」
「その! とんでもなく強い私の手ほどきを受ければ! 君もそいつに勝てる! というわけでだ……」
マジナは足を伸ばして立ち上がり、
「花園さん、明日からもここ押さえられます?」
「はい、是非……本部フロアには会議室が山ほどあるんで!」
ということで、今日からマジナは、ナギの師匠としての務めを担うことになったのだった。
*
翌日さっそく、マジナは放課後すぐに会議室でナギと会う。
机には、黒くて細長い段ボール箱が置いてあった。
昨日頼んでいた通り、必要そうなカードを全て持ってきて貰ったのだ。
二人はストレージの黒箱を挟んで向かい合って座る。
「じゃあまずカードゲームの基本。デッキ組みからやってみようか」
「いいよ。あ、今さらだけど、お姉ちゃん、ディメンションバーサスのルール知ってるの?」
「まあね……」
マジナはスマホゲーム版の『ディメンションバーサス プレインズ』は、過去にプレイしていたことがある(※第45話参照)。
デジタルカードの宿命として、複雑なルールが簡略化されていたり、カードの種類がいくつか削減されていたりする。
そうした部分を予見して、マジナは昨晩のうちにルールを学び直している。
「……ちょっと別のカードゲームに浮気してたけど」
そうした努力をマジナは、昨日買って開けたばかりのデッキをカバンから出して白状した。
「ほ、本当に大丈夫かよ……」
「大丈夫だってば。ありとあらゆるカードゲームの基本原則は頭に入ってるから。
じゃあ、君の一軍のデッキを見せてくれない?」
ナギはポケットからデッキケースを引き抜き、その中身をマジナに渡した。
マジナはその中身を、カードの種類ごとに分けて机に並べ、俯瞰して見る。
「これは、何をしたいデッキなのかな?」
「序盤はエナジーを貯めまくって、後半からデカいモンスターを出しまくるデッキ」
エナジーは、カードを使用する際に使う数値のことで、毎ターン一ずつ増える。
そのエナジーを支払うコストが大きければ大きいほど、カードはそれに見合う強さを持つ。というのがDSBの基本原則だ。
そしてそのルールは、古今東西のカードゲームをやんわり把握しているマジナにとっては既知の事実。
「それはわかる。デッキの半分くらいは能動的にエナジーを増やすためのカードだからね。
確かに理にかなった王道的な戦術ではあるけど……今の段階だと、貯めた後に何がしたいかわからないかな」
ナギのデッキにあった高コストのカードは、効果がバラバラ過ぎた。
しかもそれらを一枚ずつしか入れていないというのだから、あまりにもロマンがあり過ぎて見える。
「デッキを作るときには、もう少し具体的な勝ち筋を一つ考えるべきだと思う。これは場を制圧したいのか、搦手で敵を倒したいのかわからない」
「ええ、これ……動画のデッキレシピを真似て、オレなりに好きなカードを数枚入れ替えただけなのに」
「他人のデッキレシピを鵜呑みにしたり、下手に冒険させちゃあダメだよ。最近はエンタメとしてネタよりのものを紹介する人だっているんだから。キチンと意図を理解して、改造しないと……」
「うう……ごめんなさい……オレ、こういう切り札をドーンと出しまくるデッキが好きで、お小遣い貯めてシングル買いまくったのに」
ナギは広げたデッキの中にあるカードから、自分の特にお気に入りなものと思しき一枚を手に取り、悲しげに見つめた。
「ん? 待って、それちょっと見せてくれないか?」
「うん、いいよ」
昨日の勉強の中の些細な記憶が一瞬輝いた。マジナはそのカードに見覚えがあった。
兆条帝王、タバネドメサル。
コスト十二と超重量級ではあるが、山札から五枚めくってそれら全てが同じタイプ(※モンスターが属する性質を表すもの。フレイムドラゴンとか、ホーリーナイトなど)なら、まとめて場に出すことができる豪快な効果を持つ。
「ははん、これはいいもの持ってるじゃないか。ナギ君、このデッキの参考にした動画の本来の勝ち筋はこれだったのかな?」
「うん! それを出して、運が良かったらデッカイのをいっぱい……」
熱くなるナギへ、マジナは食い気味に叫んだ。
「いきなりですまないが、覚えてくれ!
カードゲーマーが運に頼るのは本当にヤバい時だけだよ! それまでにはそういった不安定要素は排除していかないとね!」
マジナはテーブルに置いてあった、重量級のカードの中から、何枚かを拾い上げる。
「このタバネドメサルの効果を最大限に活かすには、デッキのモンスターのタイプを極限まで同じものにするんだ。パッと見たところ、このデッキはタバネドメサルと同じ、『ミーティアヒーロー』が多いね」
「二年前にやってたアニメの主人公がよく使ってたカードなんだ! けど、やっぱり二年前だからインフレに負けそうで……」
どおりで本筋と関係なさそうな派手なカードが多いわけだ。
そうした自信のなさで、最近のカードを強引にねじ込んでいたのだろう。
それを踏まえた上で、マジナは言った。
「現環境を見つめつつ、キチンとコンボとかを練ってあげれば……まだまだ戦える」
マジナは、拾い上げたミーティアヒーロー以外のカードを、ナギの側に置いてから、
「……じゃあ、てなわけで、その箱にもっとこのデッキに似合うカードはないかね?」
*
それからマジナとナギの師弟は、毎日会って、DSBの特訓を続けた。
環境の分析、デッキの微調整、それと、プレイングの向上。必要なことは全てやった。
鳴り物入りでやってきたカードゲーマー、マジナの実力は伊達ではなく、せっかく洗練したナギの新デッキを、構築済みデッキそのままでぶち負かしたこともあった。
それでもナギはへこたれず、微調整を繰り返した。さらには残ったお小遣いを使って、二枚目以降のタバネドメサルまで購入してくれた。
約束の土曜日の前日。つまり金曜日。
その日はいつになく真剣な目をして、二人は特訓に励んでいる。
今は都度やり直しを挟みつつ、プレイングの細かいテクニックを身につけた。
これまでの本来の利用者でも展開できなかっただろう、張り詰めた空気が、練習場所の会議室を占めている。
「聞いていた通り、ものすごい気合の入りようですね……」
「そうでしょ……」
と、チヨは、隣にいる自分の背丈をゆうに超える男性……の、格好をした少女に言った。
満月トツカ。満月家の九女で、高校の王女様にして王子様的存在だ。
今日はあまりにも午後が暇だったので、母親と行動を共にしている。
「あんまりにもマジナが師匠として振る舞っているものだから、花園さんもすっかり信頼して、こうしてマンツーマンで預けてるの」
「へえ、あのマジナねーさんが……」
トツカは『あの』を強調してつぶやき、改めてマジナの指導の様子を見る。
「あの、お姉ちゃん。こういう場面ではどうしたらいい? 手札も見てほしいんだけど……」
「はいよ、どれどれ」
マジナは椅子から立ち上がり、ナギの背後に回る。
自分の胸がナギの頭に密着するように距離を詰めた。
そこからマジナはナギの手札を見下ろして、ささやくようにこう助言する。
「これはひどい事故(※すぐに使えないものばかりになったり、必要なものが揃わないなど、手札の状態が悪いこと)だね。こういうときは一番強いカードをプレイするのは諦めて……負けない方法を取ろうか」
「うん! わかった……」
「よしじゃあ続きをやろうか」
マジナは少し左右に体を揺らしてから、ナギの背後から離れて、元の席に戻ろうとする。
「ちょいちょい。ねーさん、一瞬外来てもらっていいですか?」
すると、トツカが白い目をして手招きした。隣のチヨは頭を抱えている。
「はい? まあ、いいけど……」
とぼけた様子のマジナは、トツカに言われるがまま、会議室の外に一旦出る。
そこでトツカは、両手の指をくっつけて、あやとりのようにゴニョゴニョさせながら聞いた。
「あの、ねーさん……あのナギって言う男の子……狙って、ません?」
「狙ってるって……どういうことかい?」
「すみません、まどろっこしい言葉遣いで。ねーさん、ナギ君を、食おう、と、してませんか?」
「昼ごはんはちゃんと頂いたけど?」
この白々しい表情からして、どうやらマジナは先攻を取らないようだ。
それを二度の空振りで確信したトツカは、何度も咳払いをして、呼吸を整える。
「……失礼しました……あの、ねーさん。アンタ、ナギ君にエロいことしようとしてませんか!?」
「急にどうしたんだねトツカ!? 君そんなムッツリなこと考えてたのかい!?」
「だあーーッ!?」
「しびびびびぃ……!」
トツカはマジナの両手を取って、一般家庭のコンセントくらいの電流を流してやった。
ごく僅かに全身を震わせて、目を白黒させているマジナに構わず、トツカは言った。
「特訓にかこつけて、あんないたいけな少年にあんな下品なことするな! このエロねーさん! 母さんの親会社の中関管理職の息子っていうなんとも言えない力関係の人なんだから、嫌な揉め事を起こさないように!」
「は、はい……ずいませんでした……」
この娘たちの様子を、チヨはドアを少し開けて覗いていた。
(よかった、一回他の姉妹も連れてきておいて……)
マジナは異世界で怪盗として活動しており、そのために時折、夜の営みも進んで嗜んでいた。
そうした経験からくる彼女の欲深さに警戒していて、心底良かったと思うチヨであった。
*
午後五時十五分。
そろそろ花園シズオが仕事を終えて、こちらに寄ってくる頃。
「あまりいじくり回すと、かえって酷くなることもあるから、これを最後にしよう」
マジナとナギは、最後のデッキの調整を行うことにした。
一週間強の努力もあって、ナギのデッキは大会に出しても一定の活躍が望める安定感を出せるところまで進化している。
それでもあのレアカード泥棒がどこまでやってくるのか分からないので、こうした確認の機会を設けた。
「タバネドメサルの成功率は九割程度だから、あと変えるとしたら一枚程度だね。これまでの練習で、ちょっとここが不安だなってとこがあれば、そこをカバーするカードを入れるとか……」
「……だったら、これを入れたい」
ナギは慣れた手つきでストレージボックスから、一枚のカードを引き抜いた。
「『戦旗竜、インペイル・ドラゴン』……特訓初日に外したカードだね。タイプに『ミーティアヒーロー』が無いけど、いいの?」
「このカード、お父さんが初めて買ってくれたパックに入ってたカードなんだ。だから、お守りとして入れちゃ……ダメ?」
ナギは両腕を組んで、祈るようにマジナに頼む。
「いいよ。一枚だけなら」
マジナは即答した。
「え……本当に?」
「一枚だけならデッキの主機能を軋ませるほどでもないからね。いわゆるオシャレ枠ってヤツだよ」
「わ、わかった、ありがとう、お姉ちゃん!」
ナギは最後の調整と願掛けを終えたデッキをまとめて、ケースにキチンとしまった。
「いよいよ明日かぁ……早いんだか遅いんだかわからないよ……」
「オレも、すっごい緊張してる……本当にアイツに勝てるのかって」
「あと、ものすごく今更だけどさ……そもそも、あのクソ野郎が明日、ショップに来てくれるかわからないけどね。きっかし時間も決めてないんだろ?」
「そうだったね……けど、オレに心当たりがあるんだ。アイツが来るなら、あの時しかないって……」
「あの時……」
*
翌日――土曜日。午後十四時半頃。
某カードショップは、冬休みとしてもありえないレベルで混み合っていた。
この日はディメンションバーサスの小学生向けの公認大会が開かれる日で、その参加者と、親御さんが集まっていたのだ。
「なるほど、例の泥棒はこれのついでにあの約束をこぎつけたんですね……」
「みたいですね……」
チヨとシズオの保護者組、それとマジナとナギの師弟コンビも、混雑の一部としてここにいる。
「どう、ナギ君。レアカードの仇はお約束を守っていたかい?」
「ちょっと待ってて……あ、マジでいた!」
ハイブランドに併設されているキッズコーナーに飾られているそのものの、ベージュ基調のチェック柄のシャツ(しかもボタンで留めるもの)を着る、いかにも恵まれているような雰囲気の少年。
彼は取り巻きのような同級生たちを集めて、奥の対戦ブースにて雑談をしていた。
「アイツだ! アイツがオレのカードを盗んだヤツだ!」
ナギは人混みをかき分けて、奥の対戦ブースへと向かう。
「つくづく子供っぽいとこ見せてくれるねえ」
マジナもすぐに後を追う。
するとナギは、シングルカードの陳列ブースと、対戦ブースの中間の道で、店員から足止めを食らっていた。
「本日、小学生大会があるので、だいたい二時間くらい立入禁止ですー」
「えっ……」
「やはりそう来たか……」
マジナは対戦ブースの一角を一瞥する。
ちょうどあの悪ガキと目が合った。そして彼は目を逸らしたあと、「アイツ熱くなってやんの」と言うように、マジナの視点より下を指さした。
「あ、もし参加したいということでしたら、まだギリギリ枠があるので、受け付けますけど……」
師弟二人はお互いを見合い、同時に首を盾に振る。そして自信を込めて、店員にこう返す。
「ええ、是非とも!」
「やらせてください!」
「威勢がいいですね。わかりました!」
大会形式であれば、公然の場で正々堂々戦って、悪ガキを負かすことができる。
「私、そういうの詳しくないですが、何やらカードゲームのアニメみたいな展開になってきたようですね」
「ですね、花園さん……」
「頑張ってくれよ、ナギ君……」
マジナや保護者たちがブースの仕切りから見守る中、ショップ大会が幕を開けた。
本大会はスイスドロー形式で、同じ勝ち数の者同士が戦っていき、全勝者が一人になるまで続く。
対戦者が相手を選ぶことはできない。
しかし、ナギは信じている。あの少年は必ず上位に来るはずと。
故に、ナギは一試合一試合を、これまでの特訓の成果を元に向き合った。
そして連勝を重ねた。
「せっかく買ってもらったデッキが!」
「こんなカード、まだ使えたのかよお……!」
「インチキだ、インチキだよもう……!」
そして父親がたびたび言っている通り、カードゲームのアニメに描いたような展開が訪れる。
「現在の全勝者は二人、ナギ君と、ショウク君です。このラウンドで優勝者を決定します!」
因縁の二人は、ベースの境目に最も近くにある、イベント用に備わっている舞台上のテーブルで邂逅した。
二人は無言で互いを睨み合う。と、同時に、大会のルールとして、自分のデッキをシャッフルする。
さらにここから、互いのデッキを渡してカットを行う。これも大会のルールとして決まっている。
「……シャッフル、お願いします」
過去にカードを盗った人物にデッキを渡すのは癪だが、ルールはルール。ナギは自分の山札を相手のプレイマットに置いた。
「仕返しで取ろうとしたら殺すからな、お前」
と、ショウクはいかにも悪ガキらしい笑顔をしつつ、自分のデッキをポンと置いた。
「……」
ショウクは難癖をつけられないように、慎重にカットをして、自分のデッキと交換してもらう。
「それでは全卓準備できたようですので、対戦開始!」
そしていよいよ、冒頭から火花を散らした二人の決戦が始まった。
序盤はお互いに準備の時間を過ごした。
エナジーを貯め、雑魚を並べ、この後の熾烈な攻防の準備を行った。
ゲームが大きく動いたのは、五ターン目。ショウクが『切り込む裂牙、アロンゾ』を召喚から時から始まった。
ショウクのデッキはタイプ『イビルシヴィル』という、ゾンビみたいなモンスターを中心としたもの。
「ハッハー! コンサルどもに頼んで作らせた環境Tier1デッキのおそろしさを知れ!」
その戦術の十八番は、ロスト(使用済み・破壊されたカードが送られる場所)からモンスターを復活させること。
アロンゾは自身のコストである五以下のモンスターを二体蘇らせた。『凝視するジョーイ』と『止められないウィリー』の二体。どちらもコスト五で、効果を無駄なく活かせるモンスターだった。
ウィリーは出たターンに破壊されるが、すぐに攻撃が可能。ショウクは予め場にいたモンスターともども、ウィリーに攻撃させた。
ナギのHP(※初期値は二十。これがゼロになると敗北)が、一気に七ポイントも奪われた。
既に三ポイント削られていたため、残りHPは十。五ターン目にしては厳しい数だ。
「攻撃が終わったので、ターン終了……の時にぃ!」
ショウクは効果通り、ウィリーをロストに送る。と、同時に手札から黄金に輝くカードを、自分の場に叩きつけた。
自分のコスト五のカードが破壊された時に、コストを支払わずに出る、法外無比なイビルシヴィルの有名なカード。『無頼の轍、ジングルイザー』だ。
「それは、オレが持ってたカード!」
「ありがとよ馬鹿め。お陰でデッキがキラキラになったぜ!」
ジングルイザーは自分の番の終了時に、山札を三枚めくって、最もコストの大きいイビルシヴィルのモンスターを呼び出す効果も持つ。
出てきたのは、コスト八の『旅路を呪うマイルズ』。相手モンスターは必ずこれに攻撃しなければならない。つまり、このパワー(※)十一のバケモノを倒さないとショウクにはダメージを与えられないのだ。
(※プレイヤーにダメージを与えるときと、モンスター同士が攻撃しあった際、勝ち負けを比べる数字)
「はい、今度こそターン終了……で、どうする? もう降参する?」
「する……もんか!」
ナギは即刻、ターン開始時のドローをした。
早速そのカードを使う。魔法カード『新資源発掘』。前のターンに七点以上のダメージを食らっていれば、タダで使える。
ナギのエナジーは五点増えた。毎ターンごとのものも含めて、合計十二点……手札にある切り札、タバネドメサルのコスト表記がいつも以上に輝いて見えた。
だが、ナギは考え込む。
ナギの頭をもたげさせているのは、ショウクの場にいる『凝視するジョーイ』。
相手が、自分の場にいるカードよりもコストが大きいカードを、手札以外から出したら、それを問答無用でロスト送りにする効果を持つ。
いわゆる踏み倒しメタというヤツである。
この時の場合、ショウクの『旅路を呪うマイルズ』のコスト八を超えてはならない。ということになる。
もしタバネドメサルの効果が成功しても、コスト九以上のモンスターは無駄に消えてしまう。
(コスト八以下なら問題なく出せる。それで盤面を整えれば、どうにかなる……)
ナギは眉間にシワを寄せ、タバネドメサルを見つめた。
「おい、早くしろよ弱虫! お前みたいなのがかんがえたって遅延にしかならねーよ!」
さらにショウクの煽りも飛んでくる。子どもだからということか、ジャッジの店員も苦笑いするだけで、止めようとしない。
スリーブを使っていなければ、手札にあるカード四枚が湿気で歪んだだろう。
ナギの手や額から汗が滲み出る。
(もう、一か八かに賭けようか……)
長考の末、ナギは伝家の宝刀を引き抜くことに決め……
『こういうときは一番強いカードをプレイするのは諦めて……負けない方法を取ろうか』
……る寸前、特訓の中の、何気ないマジナのアドバイスが聞こえた。
ギャラリーにいるマジナへ振り向く。大会の進行を邪魔しないように、口を閉ざしていた。むしろあちらを見た途端、指で『盤面に集中しろ』と訴えてきた。
(わかったよ、お姉ちゃん……)
ナギは、タバネドメサルを挟んだ指を、右にズラし、
「これを召喚します。『鎮圧要塞、フォードレッド』!」
フォードレッドは場に出た時、相手が選んだモンスター一体以外を除く全てのモンスターを破壊する。
「どれを残すの、ショウク君!」
ショウクは鼻を鳴らしてから、ジングルイザー以外をロストへ移す。
「そうやすやすと切り札をくれてやるわけねーだろ!」
ナギの場に、ジングルイザーのパワー七を上回るモンスターは、出したてで動けないフォードレッド(パワー九)以外にいない。
バトルでそれも処理したかったが……ナギはやむを得ず敵の切り札を放置し、小型のモンスターでダメージを刻んだ。残りショウクのHP、十五。
「ターン終了」
「上手いところ凌いだな、けど、そうはいかないぞ!」
ショウクはターン開始時のドローをこなす。そしてニヤリと顔全体で笑った。
「召喚! 『根こそぎ喰らいのダントニオ』!」
ダントニオは場に出た時、相手の手札を三枚捨てさせる。
これにてナギの手持ちはすっからかん、タバネドメサルも使わずじまいでロストに落ちた。
ショウクはジングルイザーでナギを攻撃し、HPを残り三にした。
「あとは風が吹いただけで死ぬな、お前! はい、ターン終了ッ!」
と、言いつつ、ジングルイザーの効果で山札を三枚めくった。
魔法、魔法、『凝視するジョーイ』。
「なんだ雑魚かよ」
ショウクは仕方なくジョーイを出して、ナギにターンを渡した。
「まあ、どうせもうすぐリタイアしてくれるから、何出てもいいんだけどな……」
ショウクは完全に自分の負けが決まったように振る舞っている。
ナギはその期待を完全に裏切る気だ。
(最後まであきらめない……カードゲーマーには、最後にたよれるものがあるんだ……今度こそ、運にたよる!)
ナギは両手を山札にかざし、気合を込めて、ターン開始時のドローをする。
「来た! これを出す! 『戦旗竜 インペイル・ドラゴン』ッ!」
昨夜お守りとして入れていたカードを、実際に使って見せた。
これには後ろのマジナや、チヨや、パパだけでなく、他の親御さんたちもざわめく。
「インペイル・ドラゴンは、出たターンにすぐ攻撃できる!」
はじめにフォードレッドで九点、次にインペイル・ドラゴンで三点のダメージを食らわせる。
「おいおい、これで勝ったつもりか! まだ俺のHPは三点残ってるぞ!」
「……あなた、DSBのアニメ観てないの?」
「んなもんみるかよ、あんな子供だましの幼稚なアニメ!」
「じゃあオレから説明する。インペイル・ドラゴンは、攻撃したあと、プレイヤーがタイプを一つ宣言してから山札を一枚めくる。宣言したものと同じタイプのカードが山札から出れば、もう一度攻撃できる……」
「……は?」
「オレが宣言するのは、ミーティアヒーロー!」
ナギは自分の生命力を注ぎ込むように、ゆっくりと山札の一番上のカードを、返して見せた。
そこにいたのは、『兆条帝王、タバネドメサル』……タイプ:ミーティアヒーロー。
「もう一度、インペイル・ドラゴンで攻撃!」
「あ、ああああっ!?」
これにて勝負は決まった……
「どうやら本大会の優勝者が決まったようです! 優勝は……ナギ君です!」
「や……やったあああ、やったよおおお!」
ナギは両腕を照明に掲げて、思い切り喜んだ。
「やったねぇーーッ!」
そこに師匠、マジナがやって来て、両手で思い切り抱きつく。大会参加者以外は入ってはいけないルールは、店員もこの際は咎めなかった。
ナギは何度も鼻を啜りながら、
「ありがとう、お姉ちゃん……オレ、ちゃんと勝ったよ……」
「いちいち言わなくていいよ。全部見てたんだから」
「ごめん……けどほんとうに、ありがとう、お姉ちゃん……」
師弟は、さっきまで立っていたギャラリーの方へ向く。
見える限り全員の大人たちが、自分たちへ拍手を送っていた。
シズオに至っては、どこからともなく取り出したタオルで、ずっと顔を覆っていた。
そしてチヨも力のある限り手を叩く。
しかし突然、「二人とも、横! 横!」
そう叫んだ途端、ナギの頭に、小さくて軽い何かが当たった。
足元を見ると、四つ折りの紙切れが落ちていた。その内側からは金色の輝きがチラついている。
「ほら、返したぞ! もう文句ないな!」
と、ショウクは、右手を前に出す、何かを投げ終えたポーズをしたまま言った。
マジナは両腕から、ナギの血流が急加速・急加熱するの感じ、抱きつく力を強める。
「ダメだよナギ君! リアルファイトなんかしたら君が悪者になる!」
「けど、アイツ……!」
さらにショウクは、仰々しく喚いた。
「助けてー! パパ、ママー! 俺の大事にしてたカードを折り曲げられたー!」
カードショップにしては場違いな、ハイブランドの服で武装した男女二人……ショウクの両親は、ショップ店員の静止をはねのけ、決勝の舞台に上がる。
「ああ、よしよし。かわいそうにねショウク。せっかく自分のお小遣いで買ったカードを、あんな乱暴にされて……」
「おいこの無礼者ども! よくも僕たちの大事な息子を泣かせてくれたな! 器物損壊罪なりなんなりで訴えてやるぞ!」
マジナからすれば大人げない大人の暴言。だが、ナギにとっては災害のようにどうしようもなく重い力。
自分の胸の側で顔をしわくちゃにするナギの背中を、マジナは必死にさすった。
「大丈夫だ、泣かないでくれ、ナギ君……」
「けど、オレたち……」
「だから大丈夫だって。あんな小物、私たちにはどうってことない……」
「ねえ、あなた聞いてるの!?」
「さっさと僕の息子に謝れ! 僕は不動産会社の社長だぞ! これ以上抵抗すると法律でお前を殺すぞ!」
「あのー、お取り込みのところ失礼します」
「「ん??」」
チヨがギャラリーで手を挙げていた。
一瞬、場が落ち着いたところで、トコトコと四人の元へ行き(店員もここは止める気になれなかった)、両親に深々と礼をしてから、
「お騒がせしてすみません、私……こういうものですが……」
チヨは両親に、一枚のカードを差し出す。
——満月コーポレーショングループ属 ベーカリーカフェ・ミツキ 社長:満月 チヨ
と、書かれた名刺だ。
「この、満月コーポレーションって……」
「あの、お菓子メーカーの……」
「子会社の社長をやっております。一度だけ、軽くテレビでインタビューを受けたことがあるのですが……覚えていませんよね、流石に」
チヨはへりくだりつつ、微笑む。
それとは対照的に、両親の顔色が一気に青ざめていく。
そこにチヨは追い打ちをかける。
「あの、何やらお子さんたちが高いカードで揉めているようですから、ここは一つ大人の話し合いをしませんか? キチンとお互いに弁護士を立て……」
「おい、ショウク! 何ボケーッとしてるの!」
「さっさと仕度しろ! もうこんな貧乏くさい店なんかにいてたまるか!」
「は、はい、失礼しました!」
ショウクは台に置きっぱなしの自分のカードをケースにまとめて、両親と一緒におめおめと退店した。
「あ、あの……準優勝の景品は……」
「「「いらない!!!」」」
小金持ちの騒動が収まった後、再びギャラリーの保護者たちは万雷の拍手を送った。
今度は当然、チヨに対してのものだ。
「やはりあなたは立派な社長でしたね! チヨさん!」
「いやあ、それほどでも、花園さん……」
*
この後、通常通りショップ大会の閉会式が行われた。
ナギは優勝賞品のカードに加え、事の経緯を知ったショップの優しさで、折られたカードと同じものをプレゼントしてくれた。
「けど、もうこれは家に飾っておく。オレこのデッキタイプ使わないし」
「それがいい。そもそも大概のカードゲームの正式名称は、最初に『トレーディング』という言葉がつくんだ。無理して表に出したり、使ったりする必要はないのさ」
夕方。
対戦ブースの一角で、師弟と保護者二人は、ケースに封印されたジングルイザーを囲んで、大会後の余韻に浸っていた。
花園シズオは、自分のおでこを台に埋めて言う。
「この度は本当にありがとうございます、チヨ社長、そして、マジナ社長令嬢」
「いやいや、それほどでもないですよ。やっぱりあたし、子会社の社長ですし」
「社長令嬢……? そういう呼び方あるんだ」
「これで後腐れなく、クリスマスに臨めます」
「オレも、やっぱりサンタさんに一ボックス頼むことにするよ!」
「おお、いいぞ……なんなら二ボックスだって……」
「え、なんかパパが買うみたいに言ってない?」
「……ああ、パパ用に買おっかなーって思ってて。今日の試合を見て、親としてちゃんと子どもの趣味を応援したいからさ」
「そっか! じゃあデッキ組んだらすぐ教えてよ! オレを倒してみろ!」
「わかったわかった」
ここでシズオのスマホから着信音がした。彼の妻にしてナギの母からの、メッセージだ。
「いきなりですが、妻から『いつまでいるの!?』と催促されましたので、ここで失礼します……いつか、社内でお会いしたら、その時はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします、花園さん」
(まあ、親会社の経理には監査の時くらいしかお世話にならないだろうけど……)
「お姉ちゃんも、またどっかで会おうね!」
「あいよ。君に最高の聖夜が来ることを祈っているよ!」
こうしてナギとシズオは、一週間強前に奪われたモノを色々と取り戻して、にこやかに帰っていった。
「さて、じゃああたしたちも帰りましょうか」
「え、こんな居心地のいいとこを、もう?」
「だってあたしは粉微塵にもカードゲームに興味ないもん。世代的に触れることのなかったし。女子だし」
「母さん。それプチ偏見じゃないかな? 女子だからカードゲームに興味持っちゃダメってことないでしょ。ここまで散々、カードゲームにのめり込む女子二人を見てきたくせして」
「そうだった。ごめん、時代錯誤なこと言って……って、待って、マジナ、今あなたなんて言った?」
「え、こんな居心地のいいとこ……」
「もっと手前! あなた、ついさっき『女子二人』って言ったよね? え、もう一人誰?」
チヨは首を四方八方に向けて、辺りをキョロキョロ見渡す。
間もなく、その動作が無意味だったことと、これまで自分が重大な誤解をしていたことに気づく。
「いや、そうか……ついさっき帰った人か」
「私はトイレで気づいたのさ。きっと高校生になったら、私みたいに魅惑的な子になるかもしれないね……」
【完】




