第180話 変わる?あたしの運命
中堅菓子メーカー、満月コーポレーション本社ビル。
そこに入居する子会社、ベーカリーカフェ・ミツキのオフィスにて。
「うーん、これは不安になる数字」
昼下がり。
社長のチヨは、パーティションに区切られたマイスペースの中でうなだれていた。
待望の二号店のオープンから一週間経ち、その売上成績のデータがまとまった。
決して親会社に顔向けできないような数字が出た訳では無いが、ぬか喜びするのは気恥ずかしい数字に、チヨは言葉に詰まっている。
親切に部下が折れ線グラフも作ってくれたが、その売上予測をなぞっているような線もまた、チヨの自責の念を数ミリ増やした。
「まだ定着の段階で、一号店みたいにいずれ安定するとも、ロスイさんに言われてるけど、楽観的にはなれないなぁ……」
そうした不安を抱えながら、チヨは一度データを閉じ、会議や接待などの社長としての仕事に戻る。
午後五時半。従業員をきっちり定時で帰らせたあと、自分もタイムカードを切って、すれ違った身内に挨拶を怠らず、一階のロビーに降りた。
「お疲れ様ーっス」
「お疲れ様です。お先失礼しま……って」
すると、待ち合わせ用のスペースにあるソファに、ワノが足を組んで座っていた。
「はい、じゃあ帰ろっか。ワノ」
「了解っス……『何でここにいるの』とか聞かないんスね」
「どうせいつもみたいに、ロスイ社長経由でお小遣いアップをしてもらおうと目論んでたんでしょ(※第102話参照)」
「あったりっス。で、ロスイ社長から何か連絡はないんスか?」
「ないよ。じゃあもういいね。一緒に家帰ろ」
「はいっス」
二人は本社ビルを出て、街を歩く。ところがその行き先は、駅とは正反対にあった。
「あれ、母さん、どこ行ってるんスか?」
「……ごめん、ちょっと別件作った」
「忘れたとかじゃなくて作ったんスね」
チヨはオフィスビルから駅までの距離と同じくらい歩き、四階建ての小ぶりなショッピングモールについた。
今さっき作った用事は、飲食店やサテライト型の専門店が集まったタイプの施設で、チヨはそこにあるクライマックスコーヒーのテナントにある。
廊下に面した部分には仕切りやガラスなどなく、開放的な雰囲気。
中には仕事中のビジネスマンやら、学校帰りと思しき高校生など、様々な客層で全席埋まっている。
まるで、ベーカリーカフェ・ミツキの休日くらいの混み具合だった。
その光景を、チヨは斜向かいの服屋の柱を背にして、心底羨ましそうに眺める。
「やっぱ最大手はいいなあ……あたしもあのくらいのお客さん欲しい」
その隣からワノは言った。
「何をするかと思えば、ないものねだりっスか。
あんまあれ参考にしちゃいけないと思うっスよ。クラマは逆に混んでないほうが珍しいバケモノチェーンっスから」
「それはわかってるんだけど、なんか……うん」
これ以上の敵情視察をするには、余裕と空席が足りない。
チヨは「ごめん、無駄な時間だったね」と、聞かせる気がないくらい小さくなってしまった声で言ってから、下りのエスカレーターへ歩く。
ワノはそれに続いた。ところが、エスカレーターに乗る前に、僅か二十歩ほど歩いたところでまた立ち止まった。
前にいるチヨが急停止したことに連動してのことだ。
チヨは右に首を回し、細めの廊下の壁にある看板を見つめている。そこには桃色の星空に金色っぽい色の文字で『占いのポート』と看板があった。
「母さん、そういう趣味あったっスか?」
「前はね。高校生まではその時その時で流行ってた占いやってたけど、単にブームに乗ってただけ」
「じゃあ何であっちロックオンしてるんスか?」
「こないだ、二号店の視察に行ったとき、客席でタロットみたいなのやってる二人組がいて、それでちょっとあたしもやってみよっかなーって思ってて、ね」
「あ、まさかじゃないけど、今後の仕事の不安を相談しようとしてるんじゃないっスよね?」
「まあ、聞くだけ聞こうかなって」
こういう追い詰められた時に、占いなどの現実性の少ない手段に救いを求めるのは愚の骨頂。
ワノは母親がダメな方向に飛んでいかないかと心配して、その廊下への道の前に大の字になって立ち塞がった。
「それはさせないっスよ! あんな占いだのオカルトだの、ファンタジーな話を信用しちゃあダメっス!」
チヨは呆れつつ言った。
「かくいうあなたもファンタジーの塊みたいな存在じゃん」
かつて、貴族社会の異世界に転生して紆余曲折あり吸血鬼になって、そこでスーパー事業を起こして一財を成した女傑――それが満月ワノである。
「あ、これは一本取られたっス」
ワノは広げた足と手を閉じ、壁際に動いた。門番系のボスが負けた後の挙動だ。
「まあ、一応一回聞いてみるってだけだから。一信九十九疑くらいで聞いとくから。もし相手がセコいことしようとしたらすぐ止めて、ワノ」
「了解っス」
こうして満月親子は占いのポートに行く。
トイレまでの道のりの中間にある、廊下の左側面がボコッと凹んだように作られたスペースに、その店はあった。開店当初は休憩スペースを想定していたが、無理くり貸しテナントにしたのだろうか。
パッと見て四畳ほどのスペースを壁で区切り二枠にし、それぞれに椅子とテーブルのセットが置かれている。
平日ということでか、片枠は不在で、もう片枠にいた占い師は、二人が来るまで暇そうにスマホをいじっていた。
「すみません。今営業してますか?」
「ん、おお、どうぞ、座ってください」
チヨは机の前にある丸椅子に、ワノは隣の空き枠にあるそれを拝借して、腰掛けた。
本日担当してくれる占い師は『弥琉輝』という男性の方。
まだ世に出たてのCGを使ったMVのようなサイケデリックな柄のTシャツに、金髪をワックスで後ろ方向に立てた、どちらかというとチンピラ感のする人だった。
「じゃあまず手始めに、俺の占いのスタイルを説明するんで、はい。
俺は超王道のタロット占いを専門にやってます」
弥琉輝はあちら側の椅子の側に置いていただろうカバンをガサゴソあさり、テーマパークのクッキー缶を取り出す。
そこからカードの束……タロットカードを取り出して、ぱっぱとシャッフルする。
「へえ、実物のタロットカードってこんなに縦長なんだ」
「へへへ……」
弥琉輝はただヘラヘラ笑った。
(コイツ、フリートークがダメっぽいっスね)
「今からやるのは『スリーカード』っていうヤツ。まず三枚めくって置いて、それらを左からめくっていきます。それぞれは過去、現代、未来を表すんですわ。じゃあ習うより慣れろというわけで」
弥琉輝はシャッフルした山札の上から六枚を、底に移す。改めて、上に来た三枚を、手元の紫の布に並べて置く。
間髪を入れず、左に置いたカードを表にした。
そこには玉座に腰掛けた男性が、杖を掲げているイラストがある。
「これは《皇帝》のカードですね。俺んとこに下が向いてるんで、正位置だな、うん」
「厳かな顔してる人ですね。これはどういう意味なんですか?」
「御覧の通り、皇帝がどっしり座ってるので、『安定』という意味です。タロットは三ヶ月前後のことまでを占うから……三ヶ月前は感じよかったんじゃないの?」
思わずチヨの口から『ほお』と息が漏れる。
九月……その辺りにオープンした一号店は今に至るまで問題なく収益を出せている。まさしく安定そのものだった。
「じゃあ現代はどうなっていますか?」
「それは俺に聞かないでください。このカードが導いてくれるので……」
(これ多分コイツの決め台詞っスかね。ベタベタっスけど)
弥琉輝は真ん中のカードを表に返す。
上半分をデカデカと黄色い太陽が占拠しているカードが、頭が彼に向くようになっていた。
「これはもうまんま《太陽》の逆位置。ああ、逆位置ってのは反対向きになってるカードのことで、だいたいこうなると真逆の意味になるんだわ」
「太陽の逆……月ってことですか?」
「そうそうそう。太陽と月のタロットは、正逆ひっくり返した意味になってるんだよ。あんた小説家になったほうがいいよ」
「あ、はい……で、結局これどういう意味なんです?」
弥琉輝はしばし口をへの字に曲げて黙った。
(ボケが上手く刺さらなかったからヘソまげてやんのっス)
「……ああ、意味ね。これは『不調』って意味です。お客さん、あなたこの頃うまくいってないことがあるんじゃない?」
チヨは、自分から見れば微笑んでいる太陽のイラストを眺めて、目を丸くした。
「は、はい……そうなんですよ本当に」
「やはりそうだったみたいだ。ね、これがタロットの運命力ってヤツですよ」
と、弥琉輝はアゴに親指人差し指を置き、決め顔をして言った。
(だから台詞が安いっスよ)
冷静に弥琉輝のことを心の中で分析しているワノとは対照的に、チヨはタロットに前のめりになっていた。
「思いの外当たってますね。恐るべしタロット」
「でしょ〜! 古代エジプトから使われてた伝統的な占い技ですから、そりゃそうですよ!」
弥琉輝はテーブルの間に置かれたアクリルに右人差し指を押し付けて、得意げに言った。
この動きでとうとうカチンと来たワノは、これ以上の横柄を止めるべく、キチンと思ったことを口にする。
「いや、言うほどそうでもないっスよ、これ。こんなの占いの初歩テクニックっスもの」
チヨは傾いた姿勢を戻して、斜め後ろのワノに尋ねた。
「え、どういうこと? 現時点だと割と当たってる方だと思うけど……」
ワノは即答する。
「バーナム効果っスよ、こんなの」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
バーナム効果とは、誰もが該当するような事柄が、あたかも自分のみに当てはまっているように感じるという、心理的現象のことである。
こうした現象は、星座占いなどに利用され、『他人から好かれたい』や『些細な失敗を気にする』などの誰しも思っていることをそれぞれのカテゴリに当てはめて、信憑性を作り上げているのだ。
「で、さっきの二つもそれっス。アタイも三か月には何かしら安定してたっスし、今もなんかしら不安はあるんスもの」
「なるほど、言われてみればそうかも……けど、それここで話しちゃっていいの?」
二人は改めて、弥琉輝に向き直る。目を見開き、ものすごく何か言いたそうな顔をしていた。
「あ、無視してすみません……なんか商売上がったりな話を目の前でしちゃいまして」
「……バーナム効果のバーナムって、あれ? あの映画のあの人のこと?」
「……ああ、そうっス。そのP・T・バーナムが言ってたことから名がついてるっス」
「やっぱりそうだと思った! 俺こないだそれ観てたんスよ〜! いやあ、あれスゴかったなぁ! 『グランド・イリュージョン』!」
チヨは苦笑いしながら、「そうですね」と、話を合わせた。
一方のワノは怪訝そうな顔を向けている。
「……それを言うなら『グレイテスト・ショーマン』じゃないっスかね」
「あ、そっちだ! ごめんなさい! 微妙に似てるからよくゴッチャになるんスよ俺も〜!」
「アタイの学校にもそういうヤツいたっス。同じショーを題材とした映画だから、勘違いしやすいんスかね」
「『グランド・イリュージョン』は日本のタイトルで、アメリカだと『Now You See Me』なんだけどな。意訳すると『ほら、よおく見てて……』みたいなマジックのお決まり文句なのに……
って、あのお客さんの娘さん。俺は雑談屋じゃなくて占い師なんだが」
「あ、すいません」
(話広げたのはそっちじゃないっスか……?)
閑話休題。
「それではお客さん。あなたの未来は、こうなっていることでしょう」
弥琉輝はずっと布の上で裏向きに寝かせていた、表すカードを裏返す。
そこには、目隠しをしつつ、一対の剣を持った人のカードが正位置であった。
「これは……え、何?」
「二刀流の男……ネロアのオマージュ先の方っスか?」
「これは『剣の二』です」
「「け、剣の二……??」」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
タロットカードには大アルカナと小アルカナの二種類が存在する。
小アルカナは剣、杖、盃、硬貨の四種類があり、それぞれ一〜十と、ペイジ(小姓)、ナイト(騎士)、クイーン(女王)、キング(王)の十四種のカードが存在する。これで合計五十六枚となる。
余談だが、この構成からなんとなく察しがつく通り、小アルカナはトランプのご先祖様にあたる。
実のところ、もともとタロットはトランプカードのようにゲームや賭け事に使われるものだったが、十八、九世紀頃のオカルトブームによって、占い要素のほうが強くなっていったという。
「俺は伝統派なんでね。キチンと小アルカナも使うんだわ」
「漫画とかだと大アルカナしか使わないっスしね……」
「それで、これはどういう意味なのですか?」
「これはね、目隠しして座ってるところから『行き詰まり』。一本でも十分なのに二本も剣を持ってるところから『優柔不断』とかいう意味になります。
お客さん、三か月後辺りに重要な切り替えが必要になる瞬間があるかも知れませんぜ」
「な、なるほどね……これは怖いなあ」
「じゃあそういう時があったら、無茶なことしないで、冷静に状況を洗ってから動こうってことにしましょうっスね」
「あ、そういう解釈もできるね。ナイス、ワノ!」
占い師のお株を奪うワノであった。
「ま、タロットにはいろんな見方があるんで、娘さんの言う通り、上手いように活かしてくださいな」
それと、特に抵抗しない弥琉輝でもあった。
「今日はありがとうございます。ええと、二千円でしたよね」
チヨがバッグから財布を出そうとすると、弥琉輝は待ったと言う代わりに手を出した。
「俺は二セットやるようにしてるので、まだお財布は結構ですよ」
(やっと帰れると思ったんスけどね)
「あ、すみません。で、もう一セットは何をするんですか?」
「今度はタロットカード三枚で、お客さんへの助言をしてやります。原因か状況、結果、対策を表してやりますぜ」
さっきのカードはテーブルの隅に追いやり、再度シャッフルをした山札から七枚目以降のカードを三枚、布の上に並べた。
始めに左のカード――原因か状況を示すカードを返す。
戦車に乗った王様のイラストが、正位置で表になった。
「あ、これは知ってる。《戦車》のカードだ」
「そうです。戦車って言っても大砲つけたクローラーで走る戦車じゃなくて、馬で引く戦車ですよ。そこ勘違いしないように」
「なるほど、カッチュウをぬぎ捨てると超スピードで動けるヤツっスね」
「それはこれが元ネタだな」
「あとランク7まで上げるとレベルの低い敵を突進だけで瞬殺できる奴っスね」
「それもこれが元ネタだな」
「あと、どちらかのリーダーか、どちらかの場にいるフォロワーに七点飛ばすヤツっスね」
「それは知らない」
「最近九コストにナーフされたヤツっス」
「それはより知らない。
……で、この戦車は、領土を広げる王様のイメージがあるんですよ。アレクサンドロス大王みたいな。
つまり、多分お客さんは、何か新しいことをやろうとしているんじゃないかな?」
「おお、当たってます。最近、新しいお店を開いたんですよ。それがちょっと思ったより不調で……」
「へいへい、ほうほう」
ここについてはワノも感心した。
(こんな時間にスーツ着て、疲れたような顔してるから、何かしらの激務をやってるのはわかるっスもんね。胡散臭かったスけど、やはりこの人占い師っスね。コールドリーディング(※)が上手いっス)
※相手の服装や仕草から、状況や現状を把握し、予言していた体で言う占い師がよくやるテクニック。
「さて続いて、結果はどうなってるかというと」
真ん中のカードは、黒い建物に雷が落ちてぶっ壊れるもの。逆位置になっている。
「これは《塔》のカードか……このイラストに描かれているのは、教会で、それに雷が落ちるってことは……!」
「うわあ、それはまずいで……あ、けど逆位置ってことは、これまでのパターンみたいにポジティブな意味になったりするんじゃないですか?」
「ところがどっこいッ!」
弥琉輝はこの狭すぎるスペースでは、反響が凄まじくなる声量で言ってから、
「塔のカードは正逆どっちも悪い意味になるんだわな。屈辱とか、不幸とか、突然のアクシデントとか……」
「うわ、まさしく今のあたしにですね」
「そうでしょ、そうでしょ!」
「はい、さっきチラッとあたしが言ったことが、このカードに反映されてました」
(コールドリーディングに気づいてたみたいっスね、母さん)
ここからが本番。
純粋に信じているわけではないが、二人が固唾を飲んで見守る中、弥琉輝は最後のカードをひっくり返す。
そこには、大きな月に向かって吠える犬二匹の姿があった。向きは正位置だ。
「これはさっき出てた《太陽》の対になる……」
「そう、《月》のカードでござんす」
先ほど、現在の暗示として出た《太陽》の逆位置は、『不調』という意味があると教わった。
同時に、太陽と月のカードは、意味を正逆交換したようになっているとも聞いている。
それを踏まえた上で、弥琉輝は重い口調で言った。
「これが対策を意味するカードとして出たとなれば、相当慎重に考えて動かなければならないだろう。
コイツには潜在する危険とか、欺瞞という意味もある。ひょっとしたら少し汚い手も考えないといけないかもしれないね……今は無茶をして進軍して、よくない結果を受けているあなたなら。
これがタロットが俺に伝えた、貴方への助言です」
このスペースの空気が黒く濁るような感覚がした。
ようやく弥琉輝から、いかにも占い師らしい、不気味ながらも魅惑的な助言が出たことで、二人の表情が、これまでのお気楽ムードから一転して曇る。
「ちょっとこれは信用してもいいかもしれないっスね……」
けれども、チヨは二転してニッコリする。
「あの、弥琉輝さん。タロットにはいろんな見方があるんですよね?」
「お、おお……うん」
チヨは自信満々に、スラスラと述べる。
「あたしたちの苗字は『満月』って言うんですよ。あたしが経営してる会社にも、まんま苗字が入ってるんです。
この対策を表すカードに、《月》が出たってことなら、常に会社と、それを支えにしている家族のことを大切にしていれば、きっと、うまくいく……と、あたしは解釈しました」
チヨの話を聞き終えた後、弥琉輝はゆっくりとした拍手を送る。
「へえ、絵とカード名をまんま捉えたわけか。
まあ、いいでしょう。繰り返し言ってる通り、タロットに絶対的な意味はありませんもんね」
そして弥琉輝は使ったカードを山札に戻し、軽くシャッフルをして、クッキー缶にしまった。
「はい、これにて二セット終わり。じゃあまた何か聞きたいことがあれば、また後日いらっしゃいな」
「「ありがとうございます」っス」
チヨは二千円をキッチリ手渡しし、ワノは椅子を元の位置に戻す。
そして二人は、弥琉輝に手を振られて見送られつつ、占いのポートから離れていった。
エスカレーターで下っている間、ワノはチヨに尋ねた。
「さっきの返し、中々カッコよかったっスね。アタイはちょっとビビったっスけど」
「あたしもそう。なんかそういう小国の偉人みたいに、大国と闘うためにちょっと汚い手も使わないといけないのかもって思っちゃってさ……でも、よくよく考えたらさ……」
チヨはワノとともに折り返して、また別のエスカレーターに乗り直した後、
「占い師とか、胡散臭さとか関係なく、初めて会った人なんかに、あたしの大事な会社と家族のことをああだこうだ言われてたまるかって、腹が立ってね。
それでやり返しのつもりであんなこと言ってみたわけ」
数秒前のことを冷静に見始めたのか、チヨは口元に手を当て、小刻みに出た鼻息を隠す。
「アタイはその訳も含めて、カッコよかったと思うっスよ。
占いってのは厄介っスから。ろくな根拠がないってのと、いざ責任を負わなきゃいけない時に、どいつに当たればいいのかわからなくなるスし。特にビジネスの中において、最後に信じられるのは自分の決断なんスよ」
かつて異世界で、旧来貴族の圧力にめげず、自分の勢力を膨らませた者としての含蓄を、ワノはウィンクと同時に放った。
「ありがとう、ワノ。今日は色々付き合ってくれて。お陰で色々といい収穫が出来たよ」
チヨはそれにウンウンとうなづいた。
下の光景を見てみると、壁のガラスの先は暗くなっていた。
「おや、もうこんな時間っスか。吸血鬼的には一番活気づく時間っスね……」
「そうね。けど、今日は本当にいいことを学んだ。
やっぱ貴方たち、あの占い師とかと比べると、ありえないくらいファンタジー過ぎる。って。
それひっさびさに感じて、なんか新鮮な気分になれたし」
【完】




