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第178話 シャープチョイス・オーバーラダー

 百式高校のとある休み時間。

 その1−Aクラスの教室にて。


 ネロアはこうした時間にも関わらず、黙々と自分の机に向かっていた。


「全く、みんな精が出てるね」

 お手洗いから戻ってきて、マジナは妹も含むクラスの四分の一が、机に座りっぱなしの状況に驚いた。


 ネロアたちが取り組んでいるのは、つい前の世界史の授業で『冬休みの宿題』として出されたプリント。

 二百問一答の穴埋めドリルで、手抜き臭が漂うものの、長期休暇に出すには相応しいボリュームを誇っている。


 マジナは後で姉御(コーリン)と一緒にやろうと考えているので、今急ぐつもりはなかった。

 そうした達観を持ちながら、マジナは一番気兼ねなくイジれるネロアの側に立つ。


「ねえ、こんな早くに終わらせていいのかい、ネロア? 冬休み明けのテストでスッポリ記憶抜けちゃうよ?」


 ネロアはプリント内のカッコを次々と埋めながら、

「それはご心配なく。三日前から再度解き直しするつもりです」


「真面目だね、ネロア」

 そして二の矢が出ず、ここからマジナはただ見守るだけになった。

(そんな健気なコメント返されたら、何も言いようがないじゃないか)


 何かからかえるポイントはないか。マジナは宿題中のネロアの全身と机周辺を、舐めるようにじっくり見た。

 そして思いの外、早く見つけた。


「ネロア、君今、何使ってる?」


「使っているとは、どこを指して聞いています? まずここは、自分の席ですが……?」


「そのプリントに答えを書くために使ってるもの。君がずっと右手に握っているもの」

 マジナははっきりと、ネロアの右手にある木製の棒を指した。


 なんとなーく漂っていた自然の匂いはこれだったのかと気づいて喜ぶ暇などあるはずがない。マジナはすぐに尋ねる。

「一瞬だと鉛筆、よく見るとずいぶんとシャレたシャープペンだとは思っていたんだ。

 けど、それにしては一回り太い気がしてね……どういうものを使っているんだい?」


「これですか、これは鉛筆ですよ」

 ネロアが放して机の端に置いたそれは、木製の棒の先から、一回り細い鉛筆が伸びていた――延長ホルダーに装着した鉛筆だ。


「え、今どき……鉛筆?」


「はい。詰まることがないので、小学校からずっとこうです」


「しかも、わざわざ延長ホルダーを使って?」


「だってもったいないじゃないですもの。あ、ちなみにこのホルダー、ズレにくくて持ちやすいのでオススメですよ?」


 マジナは元怪盗の手癖を発揮して、ネロアのペンケースの中を覗いてみる。

 スペアの鉛筆、四角を交互に組み合わせたような消しゴム、それと同サイズの鉛筆削り、赤と青のボールペン二本、十五センチ定規、スティックのり、リップクリームが入っていた。


*


「それで、今日はここに貴方を呼んだってわけなの、ネロア」


「そのような理由だったのですね」


 数日経って、土曜日。

 チヨとネロアは、ショッピングビルのエスカレーターに乗っていた。

 向かう先はここに入居する雑貨店。

 そこでネロアにシャープペンを買い与えようと思ったのである。


「……別に、鉛筆も使いやすくていいと思いますよ?」


「それは言えてるけど、ネロアが鉛筆使ってるのは怖いと思って、ね」


「ユノスお姉さんも普段鉛筆は持ち歩いていると聞きましたが」


「あれは画家用だからいいの。ネロアは別に画家とかじゃないから」

 好きな食べ物はレバー、サウナを知らない(※第114話参照)、どれだけ悪口を言われてもニコニコしている(※第119話参照)、などなど……

 一見、慇懃で人畜無害な性格をしているネロアであるが、彼女もまた変人奇人の人外魔境である満月家の一員。

 高校生になっても一度もシャープペンに触れたことのない事実も、そういったネロアのズレ感をよく表していた。

 チヨにとってはそれが不安だった。この先、誰かの先輩になったり、大学に行ったり、就職したりとなったら、どこかしらでそのズレを突かれて舐められてしまうのでは……と、思ってここに来たのだ。


 ……せっかくの休みの日をただシャープペンを買い与えるだけに使うほどの心配性なチヨも、また満月家らしいのかもしれない。


「とにかく一回触ってみなよ。最近のは鉛筆並みに安定感ある商品も出ていたりするから」


「それは楽しみですね。なるべくお母さんにご迷惑はおかけしないように、素早く決めようとは思っていましたが……善処します」


「いいよ。あたしも何かいいものあれば、ついでに買おっかなーってうっすら思ってたしね。むしろ機会をくれてありがとう」


「いやあ、それほどでも」


「褒めてない……あ、褒めてたか」

 変人ネロアが急に自発的なボケをかましてきたことで、まともに返事できなかったチヨであった。


 閑話休題。

 二人はエスカレーターを上り切り、雑貨屋についた。

 ワンフロアまるごとこの店が占めており、もともと多種性に富んでいることでおなじみのこの系列店の中でも、ひときわ様々な商品がよりどりみどりに並んでいる。

 入口に近々映画が公開されるらしい六人の等身大パネルがズラリと並んでお出迎えしている時点で、その店の規模感がひしひし伝わってきた。


 二人ともそれにはてんで興味ないので、パシャパシャとスマホに言わせている女子高生の集まりを無言で通り過ぎて、文房具のエリアへ向かう。


「へえ、最近はこんなにあるんですね」


(……よかった、『これがシャープペンですか』とか言い出さなくて)

「そうそう。色とか芯の太さとかだけでなく、詰まりにくい構造とか、線のムラが少ないのとか昔より劇的に性能が進化してたりするの」


 ネロアは手当たり次第、試し書き用のペンを手にとっては、適当にバネのような曲線を描いてみる。

 軽く五本ほど試したあと、ネロアは腕を組んで、首を傾げる。

「どれも違いはなさそうですが……」


「長時間使ったら違いが出ると思うけどね。ま、あたしももう社会人になってからだいぶ経っちゃったから、シャープペンも使わなくなってきたんだけど」


「かような実戦での天命を希わず、戦士としての儀礼の象徴とせしものであってもか?」


「でた、急に発生するネロアの中二病モード」


 ネロアは棚の側面に移った。

 ボール紙で組んだ特設のものだが、光沢感のある黒と金のラインを基調とした棚。そこに一本五千円は平気で越してくるようなシャープペンが置かれていた。


 チヨは「ゲッ」とごく僅かに声を漏らしたあと、ネロアの真横に移る。

「これはアレだね。いわゆる高級シャープペン。

 なんか最近の中高生に流行ってるらしいんだと」


「『芯がほぼ折れない』、『芯が常に尖り続ける』、『自動で芯が出てくる』、『長時間持ち続けても違和感のない人間工学に基づいたフォルム』……魅力的なフレーズのオンパレードですね」


「すぐにモード切るのやめて。コホン、まあ、値段に目をつぶればそうよね」

 と、チヨは遠回しに『こんなの買うつもりないじゃないですか……』と、ネロアを試してみた。


 ネロアはマスキングテープで『SAMPLE』と巻かれていたものを手に取り、先程描いていたようなバネのような線を描いてみた。


「うーん、あそこの数百円のものと違いがわかりません」


「長時間使わないと結果が出ないと思うよ。これは」


「そうですか」

 ネロアは棚に備え付けのホルダーに、遺跡に宝剣を納めるような慎重な動きで、SAMPLEを置いた。

 そしてネロアは横の、無難な価格のほうの棚に戻って、

「じゃあ『一番売れている』と文言のあるこれにしておきます。始めはシャープペン初心者としての基礎を実践したいので」


「ネロアにしてはシンプルな帰結ね……うっ!」

 ネロアに考えさせる余地を与えるような言葉を言った口を、チヨは両手で塞いだ。

 その母親の姿を、ネロアは目を点にして見つめる。


*


 それからネロアとチヨは、せっかく大型店に来たので、シャープペンを買い物かごに入れたまま

エリア一帯をぶらぶら歩いてみる。


 手始めに文房具エリアからほど近い位置にあった、シール売り場に。

 手帳をデコる趣旨のものや、パソコンやスマホに貼る耐久性に優れたものなど、シールと呼ばれるものは大概揃えてあった。


「カフェとかでノートパソコンにベタベタ貼ってる人いるけど、あれどういうチョイスをしているんだろうね」


「無作為に感じのいいものを選んだのではないでしょうか?」


「言われてみると、なんかのブランドロゴみたいなの多いからね」


 ここでチヨは主張の強いカラフルな反射光に気づいて、そちらへ向く。

 光沢感と立体感を併せ持つ、宝石のようなシールがあった。


「これかこれ、なんかネットで流行ってるとか見たシールは」


 ネロアは『お一人様一パックのみ購入可』という、白地に赤ペンの味気ないPOPから視線を落とし、手元近くにあったシール一パックを手にとって見る。

「本当だ、錯視とかでなくちゃんとグニグニしてますね」


「らしいね。高校だと流行ってたりしないの?」


「さあ、僕はこの実物をここで初めて見ましたから」


「あ、そう」


 シール全体に大した興味もないので、二人は滞在時間三分程度で、この売り場から離れた。

 その途中、ネロアは目を見開いて、

「あっ、商店街のフルーツパーラーの入口で見たことがあります」


「その補足いる、ネロア?」


*


「こんなに社長さんが使ってそうな高級な時計も売っているのですか……」


「左後ろに社長がいるんだけどね。まあ、あたしは到底欲しいと思わないけど。

 絶対なんかの拍子にピキってやっちゃうか、それを恐れて片腕を封印するかのどっちかだろうし」


 シックなダークブラウンの床で区切られているなど、雑貨店内にありつつも明確に別格の領域となっていた腕時計売り場を通り過ぎて、二人は調理用具の売り場についた。


「最近だとタッパーだけでもこんなに種類あるんだね」

 

「フライパンもここまで取り揃えているのですね。どれもこれもくっつきにくいとのことですが……僕には区別がつかないです」



 二人はあらゆる種類の商品を手にとっては、『すごいすごい』とベタ褒めしていった。


「まあ、調理用具の衝動買いは料理長に怒られるからやめとくけど」


「あまり僕は料理しないので、必要性もわかりませんし」


 そして二人は同時にイバラの顔を想像して、手に取った商品を戻す。

 少しここから歩くと、食品売り場があった。


 食品と言ってもそんじょそこらのスーパーでは売っていないような、特別感の強いもの。

 特産品の果物を贅沢に使ったグミや、本場から取り寄せた茶葉、それと十二月ということで、クリスマスにかこつけた特別な装飾が施されたクッキー缶まであった。


 チヨは大部分にキャンディが詰まっているスノードームをまじまじと見つめる。

「こういうのを部屋に置いてみたいんだけどなぁ。あ、けど、クリスマスの時期にしか置けそうにないし、それに……」

 チヨは紐でくくられた値札の数字が、五千を超えていることを何度も確認した。

「……やっぱり工芸品感が強すぎる。これ無理にお菓子にしなくてもいいのに」


 チヨは踵を返して、ネロアがどこにいるか探してみる。

 三メートル離れた、期間限定のフェアの商品を集めた棚を前にしていた。

 そちらへ寄ってみると、ネロアはガラス棚の上にあるラーメンを見つめていた。


 一見、お取り寄せグルメのようなものかと思った。しかし二見目で、お店のラーメンのように器に麺と具材が入っていた。

(常温でそんなもの売っていいの?)と、至極当たり前な疑問を抱えつつ、三度目にしてネロアの隣からちゃんとそれを見ると……それが食品でないことに気づいた。


 アートの域に到達しつつあるファッションブランドの、靴下である。

 ラーメンの構成パーツのような柄のプリントをうまい具合に折りたたんだ靴下だ。


 同じガラス棚には寿司やピザや缶ジュースなど、巧みに食品に擬態した靴下がいくつも並んでいる。


 その中のラーメンを、ネロアはじーっと見つめていた。さっきの立体シールに負けないくらい、目を輝かせて。


 チヨは恐る恐る尋ねた。出だしが無意識にうわずった。

「ネロア、まさかそれ欲しい、の……?」


「はい。とてもオシャレだと思いまし……」

 チヨは暴走した扇風機のように首を横に振った。

「いやいやいやいや、これは上級者過ぎるって!」

 この首振りの最中に、チヨは四見目をした。

 どんぶり風パッケージの側面にあった『五千円』の表記が、あちらから浮かびあがったかのように、はっきりと認識させられた。


「しかも高くない!? これ!?」


「そうですね。二足でこのお値段ですから、普通の無地靴下より値段が張るかと思います。

 まあ、そこは僕がなんとかしますので」

 と、言いつつネロアはズボンのポケットに手を触れる。


 するとチヨがその間に手を滑らせて遮った。

「靴下一足に二千五百円は贅沢過ぎない!? よーく考えてネロア!? 大事なお小遣いだよ!」


 ネロアは自信満々に、胸を張って言った。

「心配しないでください。僕結構貯まってますから」


 チヨは目をバッキバキに見開いて訴える。

「だとしてももっと有意義なものに使おうよ!」


「ですけど靴下は必要ですよ?」


「無地でいいんじゃないの! 別に!?」


 五分後。


「でしたらインテリアとして、僕のベッドの枕元におこうかと……」

「ラーメンのぬいぐるみなんて頑張って探せばもっと安いのあるでしょ!?」

「しかしこれは靴下でこれを作り上げているという美術的な価値もあるので……」

「てか靴下を枕元に置くとかクリスマスじゃないんだからさぁ!?」

「聖誕祭はあと月と陽が数度巡れば来臨するが……」

「聖誕祭……ああ、そっか、クリスマス近かったね。でもこれプレゼント入れる用のものじゃないじゃん!」


 更に五分後。


「この生地なんか薄そうじゃない!? 値段の割に本来の靴下として長持ちしなさそうだけどいいの!?」

「でしたらパッケージに戻してあとは観賞用として」

「観賞用だとしたらもっと映えるのあるじゃん! ほら、ケーキとか、ハンバーガーとか!」

「ですけど僕はラーメンの柄が気に入ってるのですが」

「別にあなたラーメン好きキャラでもないでしょ!?」


 ああ……


「本当によく考えてよ、ネロア! この靴下二足で、あっちにあるスノードームとおんなじくらいの値段なんだよ!? ネロアならもっと欲しいものに使えるでしょ! ゲームとか!?」

「ゲームは『CHIZAKURA2』がまだまだ終わってないので、当面は結構ですから……」

「そのゲームかれこれ三か月くらいやってなかった!? もういい加減新しいの買ったほうがいいと思うよ!?」


 ……というやり取りを続けること、合算して一時間。


「わ、わかりました……今日のところは諦めて、冷静に家に帰って考え直します……」

「あ、ありがとう、ネロア……じゃあもう疲れたから、行こっか……」


 二人はシャープペン一本だけを持って、レジへと向かう。


「あ、すみませんお母さん! シャープペンでしたら芯が要りますよね!?」

「だ、だったね……ナイスフォロー、ネロア」


 訂正、シャープペン一本と替芯。合計二点だけカゴに入れてレジへと向かう。


 チヨにとっては、ネロアのズレた感性と頑固さの脅威を改めて思い知る機会となった。良いのか悪いのかはあえて問わない。


【完】

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