第176話 あらわせ!トツカさん!!
とある平日の夜。
満月家のリビングにて。
チヨは二枚のチケットを掲げてヒラヒラさせた、
「ねえ、仕事の付き合いでペアチケットをタダで貰ったんだけどさぁ、誰かあたしと一緒に行かない?」
まず、ソファにいたワノが、『タダ』の二字に食らいつく。
「イイっスね! どんなチケットっスか!?」
次に、何らかの映画かと思い込んでいるユノスが、食器を洗いつつ控えめに、
「ボクもちょっと興味ある。どういうものなの?」
続々と他の姉妹が注目していく中、チヨはチケットの無機質な黒文字を読む。
「ええと、『ハピバズっ! キャラクターステージショーinウインター』……舞台だね」
「じゃあいいっス」
「ごめんボクそれは誰かに譲る」
一瞬にして娘九人の興味が冷め、全員からそっぽを向かれたチヨであった。
「まあ、そう来るとは思ってたけど、ここまで温度差あるとげんなりするよね……」
と、ここで、廊下の方からコンコンと連続的に音が聞こえた。
「……」
チヨは振り返り、出入口の戸を開けて、顔を出す。
「別にリビングでも言っていいでしょ、トツカ」
「すみ、ません……」
戸のすぐ側の壁に張り付いてたトツカが、両腕を体に過剰に密接させた。
「それで、さっきのコンコンは、これのためだったりする?」
「はい、それのためだったりします……」
トツカは、チヨの手にあるチケットを指さした。
「そう言えばトツカ、このハピバズっ! ていうアニメ好きだったっけ?」
トツカは壁にもたれたまま、ずり落ち、足と床と壁で直角三角形を作る。
「ええっ、バレてましたか!?」
「今ので疑惑が確信に変わった。なんかあなたの部屋に三人組のアイドルのグッズをよく見るなあって思って……」
トツカはさらにずり落ち、いよいよ廊下に体を直角にして座った。
「勝手に見ないでくださいよ母さん! ヒドイ! エッチ! ハレンチ! ドスケベ! マジナねーさん!」
「そこまで酷い言われようある?」
閑話休題。
「……で、これどうする? 行く? 次の日曜の午前だけど」
「はい、ぜひ行かせてください! 母さん!」
トツカはこれまた直角に礼をして、天王山めいた激戦区への参戦を求む兵士のように懇願した。
(ここまで必死にされるのなら……もういっそトツカに直接話したほうがよかったのかもしれない)
「わかった。じゃあ次の日曜日はよろしく」
「イエス、マイ・マザーッ!」
「どこぞの執事かい」
*
というわけで次の日曜日。
二人はいつもなら使わない路線の電車に揺られて、初めて来る街に降りた。
「へえ、比較的近くにも、こういう都会もあったんですね……」
「ショッピングモールに、大型公園……子育てしやすそうな街だね」
二人は駅の出口から一定間隔で用意された看板を頼りに、この街の最大のランドマークである、ドーム型のイベントホールに着く。
出入口の機械でチケットをスキャンして、スタッフからチラシと専用のペンライトを貰ってから、すんなりと席についた。
二階のバルコニー席の左端と、見えないわけではないが、どちらかと言うと見づらい席だ。
「もっといい席取れなかったんですか」
「関係者用のチケットだもの。ちゃんと観たくて来たお客さんの邪魔になるから、ここ指定なんでしょう」
開演までの三十分間、トツカとチヨはペンライトの使い方を確認したり、ハピバズっ! の情報共有をしたりして、暇を潰した。
いざ開演すると、ブツリとホール中が暗転。途端に別世界の入口に誘われた気分となり、観客全員がざわめく。
あちこちのスピーカーから、ハピバズっ! メンバーの声が臨場感たっぷりに流れると、ステージに光が灯る……ように、一気に照明が点灯する。
そしてそこから続々と、アニメから飛び出してきたような、キラキラの瞳を持つ少女九人の姿がステージに表れ、至るところへと手を振った。
これにステージを埋め尽くす女の子たちは大熱狂。腕の筋力の限り全力でペンライトを振った。
「おおおおおお! シラハ姉貴ィィィィッ!」
トツカに至っては、母親のペンライトをしれっと強奪して、二刀流で応援した。
「……トツカ、あたしたち、関係者枠だから、普通のお客さんの邪魔しないようにしよ」
「あ、すみません」
ハピバズっ! メンバー九人の微笑ましいやり取りを挟みつつ、作品を彩った名劇中歌が流れる。
トツカは声を噛み殺し、静かに両目から絶え間なく滝を作った。
「……普通に紛れるくらいには声出してもいいよ、トツカ」
この、女の子たちの夢の時間は約九十分続いた。
旅路の終着点となる故郷の風景のように、何の変哲もないドーム内部の光景が戻ったとき、トツカは穏やかな顔をして目をつむり、天井の彼方まで見上げていた。
「もう今日死んでもいい……いや、もう死んだ」
完全なる大満足であった。
「ここで死なれたらあたしが困るんだけどね……どう事情聴取受ければいいのよ……」
と、軽く呆れたことを言いつつも、チヨもまた明るい表情をしていた。
(よかった、ここまでトツカに喜んでもらえて……スポンサーから渡されただけのチケットで、ね)
ホールを出たときはちょうど正午頃。
せっかくちょい遠出したので、チヨとトツカは近くにあったショッピングモールに寄ってみた。
予想通り、充実したフードコートがあったので、二人はここで昼食を取ることにした。
チヨはきつねうどん、トツカはたこ焼きをチョイスして、席につく。
食事中の話題は、言わずもがなショーのことだった。
トツカは、湯気が立ち上るたこ焼き一個をすんなりと飲み込んでから、
「どうでしたか、俺たちのハピバズっ! は!?」
「そうねぇ、意外と曲がしっかりしてたかも。一番のターゲットが子どもだけど、結構流行りに寄せてたよね」
さらにトツカはもう一個たこ焼きを食べて、
「でしょう!? より年齢層高めのアイドルアニメの作曲家も続々参戦してるんですから!
聞いた感じ音源をそのまま流してるみたいでしたが……その分、ステージでのダンスに気合入ってましたよね! あれ、ほぼアニメ本編と同じ動きでした……跳んだり浮いたりとか、アクロバティックなのは安全面のことを考えて端折ってたのは残念でしたが」
「へえ、それはすごいね。ステージ全部使って動き回ってて、すごいなあ、と思ってたけど。あんなに重たそうな装備着てさぁ」
「そうなんですよ。アニメだと現実にありえないくらいデカいコンサート会場使って……ん」
トツカは勢いよく、舟にあるたこ焼きに爪楊枝を突き立て、みるみると顔色を無に戻してから、
「母さん……今、装備って言いましたか……?」
「え、うん。装備って言った……けど?」
「装備って……どういうことです?」
チヨは大失態をやらかしたことに気づいてしまった。夢の世界の裏には数多の大人たちがいることを、明確に突きつけてしまったことを、遅れて恥じた。
「は、はい、平たく言うと……着ぐるみです」
「着ぐ……るみ……それは一体……?」
母と娘、たこ焼きとうどんの間に、剣呑な空気が漂う。一触即発の無言がのしかかる。
次は何を渡して、許してもらおうか。チヨは佩いた刀の柄を握るような気持ちで、脳内でプレゼントをリストアップする。
するとトツカが先に一歩踏み出した。
「あの、早く答えてくれないですか……着ぐるみってどういうものなんですか?」
「え……」
チヨはしばらくベーシックな埴輪みたいな顔をしてから、素直に答えた。
「こう、人が中に入れる、何かしらのキャラクターを模したぬいぐるみ。そういう全身の衣装。
さっきステージにいたのは、頭だけゴツくて、首から下はタイツに原作の衣装を重ね着したタイプのかな?」
するとトツカはまた意味の違う無の表情になる。
「つまり、俺がさっき見ていたのは、ハピバズっ! の御本人では決してない……!?」
「そ、そう。あれはキャラを模したガワに、中に人がいたの」
トツカはたこ焼きを口に運ぶ。
「あっつ!」
唇に触れた途端にすぐ舟に戻す。
「ど、どおりでなんかデカいなと思ってましたが……じゃあ、あれは九人の着ぐるみに、声優さんが入って演じていたんですね」
「違うと思う。あの歌と声は、ショー用に事前収録していた音声を流してるだけで、声優さんはスタジオで別仕事してるはず」
「じゃ、じゃあ、あの中には一体誰がいたと言うんです!?」
「す、スーツアクター……全く関係ない人」
「う、嘘だ……」
トツカは自分に流れる血流が異様な温度に変位するのを感じて、通常に戻すため、紙コップの水を飲む。
「あっつ!」
「それこそ嘘だよ……トツカ……ま、まあでも、きっとアニメの魅力を損ねないように、キチンと演技してたから……完全なるニセモノってわけじゃない……」
今のチヨの言葉は、気休めにならなかった……
トツカは虚ろな顔をして目をつむり、天井の業務用蛍光灯を見上げていた。
幻想を幻想と知らされ、完全に絶望しきっていた。
「トツカ、本当にごめん……」
*
だいたい三十分後。
チヨはトツカを連れて、モールの中を散策することにした。
「本当にごめん。夢をぶち壊すようなことして」
「いいんです。俺が世間知らずなだけなので……」
理由はトツカをいたわるためだ。
「……というより、トツカ、これまでにああいう着ぐるみとか見なかったの? 確かトツカの異世界は、わりと現実味のある方だったはずだよね」
「はい、そういう部分もあります……ですが、ここに帰ってくるまでちゃんと見たことはなかったです」
「国民的なアニメとか、天気予報のマスコットとかでも?」
「はい、前の世界だとテレビが無い家で育ったので」
チヨは母として当然、トツカの過去を知っている。
あちらでの生まれの親は完全なる毒そのもので、引き取ってくれた里親も、トツカを家を繁盛させるための道具として教育していたという。
きっとさっきのようなショーなど、存在すらも知らんかったのだろう。
それを振り返ると、ますます自分のしたことが申し訳なく感じられた。
トツカの触れられたくない過去を追憶させる。
という過ちを、もう一個付け足してしまった。
「……これしか言えないけど、本当にごめん。トツカ」
「……いえ、俺も失礼しました。せっかく母さんが俺にくれたチケットで、まさかこんな話につなげて、後味悪くしてしまって……
ついさっきまではお互いに楽しかったはずなのに、すみませんでした」
「……いいんだよ、別に」
ここで二人は偶然にも、アニメグッズを取り扱うショップの前を通りかかった。
そこには『ハピバズっ!』関連の商品もガッツリ並んでいる。
「ワノとかに文句言われたくないから、あんまり高いものじゃなければ……何か買ってあげてもいいよ?」
「……いいんですか?」
「いいよ」
トツカはしばしチヨを見下ろした後、両目を拳で拭ってから、
「わかりました、ありがとうございますッ!」
と、威勢よく言ってみせた。
「こちらこそ、ありがとう」
こうして二人はそのアニメショップの中に入り、ハピバズっ! の棚の前に立つ。
トツカはすぐさま一推しの作中ユニット、ラージトライのぬいぐるみを手に取った。
ストラップにできる小さめのもので、三人分を抱えるように持つ。
しかしそこでトツカの動きはピタリと止まる。
「……それ三つだけなら別に買えるよ? ワノの文句もそれなら封殺できるでしょうし」
「……いえ、ワノねーさんはどうでもいいんですよ。なんかさっきの衝撃の真実を聞いたせいで……」
「せいで……」
「この中にも、人がいるんじゃないかって……」
「……」
チヨは目を見開き、口を横一文字に閉じる。
トツカは一旦ぬいぐるみを置いて、近くにあったまるで知らないアニメキャラの等身大パネルに寄って、
「さてはこれにも人が入っているとかないですよね」
「ないない。そんなに薄い人いるわけがない」
「で、ですよね……」
トツカはさっさと棚に戻った。
「……トツカ、今のは場を和ませるボケのつもりだよ……ね?」
「……どちらだと思います?」
「トツカのことだから、ボケだったと信じてるよ、あたし」
その後すぐにぬいぐるみを三つ購入した。
*
一通りモールを出た後、チヨとトツカはそういえばここの近くに大きめの公園があったことを思い出す。
別に遊ぶわけではないが、軽く見ておきたいというくらいの気持ちで、立ち寄ってみた。
子どもが遊び回るのに最適な広々とした芝生と、大型のアスレチックなど、大型公園らしいものはもちろんのこと。
貴族の庭にあるような東屋や、四メートルくらいの木製の時計台など、何かしらのロケ地に使えそうな情景も散らばっていた。
「いい感じね、ここ。九年前とかだったらこっち住みたかったかもなぁ」
「ママ友付き合いとかめんどくさそうじゃありません?」
「やっぱりさっきの真実教えたの、根に持ってる? まあ、冷静に考えると、こういうとこ住んでる人って意識高そうで……」
「ん、あれは何だ!?」
チヨは驚いて瞑った目を開けて、トツカが指さす先を辿っていく。
するとおよそ三百メートル先の円状に配置された植え込みの側にいる、普通よりやや大きく、カラフルな人型を視認した。
「あ、あれか……! 確かになんか変なのいるね?」
……三十秒ほどキョロキョロして。
「変なのとは心外ですが……それです」
「よく見えたねトツカ」
「感覚が異様に発達してるんですよ。俺たちの仲間の基本スペックなんです……っていうのはどうでもいいとして、あのカラーリング、どこかで見覚えがないですか?」
「はて、どこかで……」
その人型を凝視することさらに三十秒。
「いや何忘れてんのさあたし!? ハピバズっ! の人じゃん?」
「海藤サザナと天宮ミハルです! 九人もいて覚えづらいかもしれませんが!」
「そうだ、そういう名前だったね。でもなんで公園にいるの? あのショーは一日三部公演予定だったから、まだあのホールにいるはずなのに……」
「とにかく、もう少し近づいてみましょう」
二人は小走りで二百五十メートルほど進み、
「はぁ、はぁ、ちょっとトツカ、あなた小走りでも足早くなぁぃ……?」
「身体能力の高さも神寵覚醒者の基本スペックでしてね!」
はっきりとその姿を確認できるところまで来た。
さっき見えた人型は、トツカの言う通り、海藤サザナと天宮ミハル……の、着ぐるみであった。
着ぐるみであり、ここにスピーカーはないため、一切の台詞も喋れない。それでも身振り素振りを繰り返し、アイドルらしさを出している。
そこに来園者の子どもたちがキャッキャキャッキャと集まって、二人とじゃれあっていた。
「へえ、ここでもイベントとかやってたのかな……? いや、だとしたらポスターとか見てるはずなのに……」
「……いいえ、そんな訳ありませんよ」
「ごめんねトツカ。あたしそこまで目が悪くなったのか……」
「それはそれで違います、母さん。あの着ぐるみ、一般的な意味でのニセモノですよ」
「ニセモノ? 『着ぐるみだから』とかいう意味でなくて? 非公式のってこと?」
「はい、あれ非公式っぽいです……」
ここからトツカは、目の前の着ぐるみと原作との相違点を四十一個ほど挙げて、チヨにあれがニセモノであることを証明した。
……それをバッサリカットさせていただいた。
「……ていうことです。」
「つまりコスプレイヤーみたいなこと?」
「はい、コスプレイヤーだと思います。ただ、アイツらまだ厄介な事情を抱えているようです……」
目もよく見え、身体能力も高い。となれば耳もよく聞こえるのは決まったこと。
トツカはコスプレイヤーに意識を集中させ、その被り物の中の音を、より鮮明に感知した。
じわじわとトツカの表情が険しくなる。隣のチヨもその意味を想像して、引きつっていく。
「……あの中にいる野郎二人、えげつないくらい鼻息荒くしてます」
「熱がこもって息苦しいとか、じゃなくて?」
「完全に興奮してる類の鼻息の荒さです、アレは……つまり」
チヨは一周回って真顔になる。
「そういうの狙いのヤバい人か……」
二人は改めてコスプレイヤー二人の様子を見る。
まだ最低限の理性は残っているのか、あからさまにダメなところにはタッチしていないようだが、距離感がかなりギリギリであった。
「ど、どうする……警察に通報する?」
「いいや、もっといい方法があります」
トツカは肩をグルグル回して、コスプレイヤーと女の子が集まる辺りへ迫り、
「【純潔の世戒】」
素早くゴムチップの地面に拳をつけて、すぐに通り過ぎた。
「あれ、俺たち、これ……」
「何してたんだろ……」
するとコスプレイヤーたちはアイドルモーションを停止し、女の子の集まりをかき分けて、その場から離れていく。
発生地点から半径四メートル内にいる性欲の昂りを沈静化する。それが【純潔の世戒】の効果である。
「すごい、何したかさっぱりわからないけど、触れずに二人を帰らせてる……」
しかし喜んだのもつかの間。
「ねえねえ、なんで帰るのー?」
「もうちょっと遊ぼうよー」
取り囲んでいた女の子たちが、あちらからコスプレイヤーたちについていく。
彼女たちは純粋な好意と興味であの二人を囲っていたので、【世戒】の効果が通用しないのだ。
そうしてカモの親子のように、しょげたコスプレイヤーと、純粋な女の子たちは、結界の範囲外に出てしまう。
鎮静効果は外に出ても数十分は続くが、こうも女の子たちに元気に絡まれては、奴らにとっては冷静のままではいられなかった。
二人はゆっくりと静止し、踵を返し、またアイドル風のスキンシップをやり始めた。
「……懲りない奴らだな」
トツカは男たちの背後を取り、両人差し指を正確にそちらへ合わせて、一瞬、稲妻を射出する。
「ぐげぇ!」
「ぎゃあ!」
二人を感電させると同時に、海藤サザナと天宮ミハルの頭を模した被り物を吹き飛ばす。
男二人は、脂汗べっちょりの素顔を晒して、その場で気絶した。
「ひやあああ!」
「このひと、ちが〜うっ!?」
「お、おじさんだぁぁあ!?」
たちまち周りの女の子たちは怒涛の悲鳴を解き放った。
「……人として成長するには、時にはこういう真実も受け入れないといけないんだよ」
と、女の子たちに諭すつもりでボソッとつぶやいた後、遠くのチヨへ向いて、
「母さん! 警察か公園の管理人とかいれば呼びましょう!」
「は、はい!」
この後、コスプレイヤー二人はそもそもとして、公園の『コスプレ禁止』のルールを守っていなかったことが発覚。
ここから切り崩されて、みっちりと真の大人のお説教を受けることになった。
*
帰りの電車内にて。
チヨとトツカは二人並んで席に座っている。
「いやあトツカ。今日はお手柄だったね。あんなダメ過ぎる大人をやっつけてさ」
「いえいえ、そうでもないですよ。俺は当然のことをしたまでです。ハピバズっ! の威光を盗んで好き勝手やった奴らに雷を落としただけ」
「マジで雷を落とすとは思わなんだって感じだけど」
トツカはふと、財布からスキャン済みのチケットを取り出して、今日のことを振り返る。
「アイツらのことを見て見ると、あのステージで踊っていた着ぐるみの方々は、遥かにキチンとしていたんですね」
「そうね、だってあの人たちは仕事でやってるものね。しかも一日三公演も」
「これを知った時は、ものすごくショックでした。
けど、たとえ偽物だとしても、そこに取り組む気持ちが正しくあれば、それは人を楽しませる立派な偽物になる。
あの変質者どもも、それを俺に教えてくれたのは、たった唯一の功績だと思いました」
「そう、かもね……あとあの子どもたちも、怪しい人には近づかないっていう良い教訓になったでしょうね」
そしてトツカはチケットを財布の、奥まったスペースにキッチリとしまう。
「改めて母さん、今日はいい経験をさせてくれて、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、本当にいいよ。あれ貰い物だし」
電車は満月家の最寄り駅に向かって、ガタンゴトンと揺れ動いて、走り続けている。
その途中、トツカはふいに舌を打つ。
「いや、あのオッサンたちやっぱカスの極みだな。あんなのがハピバズっ! の可憐なる皮を被って媚びていたなんて、許しがたい……内と外で月とすっぽん過ぎるだろ……」
「……あのショーの公式の着ぐるみも内と外で、そこまで落差ない、人工衛星とリクガメくらいの差はある可能性あるけどね……スーツアクターってやっぱ体力いるから、ゴリゴリマッチョの可能性もあるしさぁ」
【完】




