第175話 ドーナツ食べられ裁判・閉廷編
■前回のあらすじ
コーリンは冷蔵庫からドーナツを盗んで食べていた!
ルシェヌはギリギリのところで逆転し、そのシンジツを明らかにする!
しかし、コーリンは”ユノスの’’ドーナツは食べていなかった。何故か、紙袋は「二つ」あったからだッ!
疑いが再浮上した被告人・イバラの運命、そして今晩の夕飯がかかった最終局面!
ルシェヌが導き出した、常識を覆す《衝撃の真実》とは……!?
早く《あいつ》をやっつけて、さぁ、みんなで晩ゴハンタイムだっ!
「何だと!?」
「どういうことだい、ルシェヌ!」
「こんなタイミング悪くそんな説を提唱するということは、これは相当な自信があるとみて間違いないですな。
よろしい。ではウチから一つ質問します。
ルシェヌ弁護人。貴方がシン・真犯人だと思う人物を一人お答えください。
言っておきますが、あまりにもトンチンカンでアンポンタンなことを言い出しましたら……今晩のゴハンは米と味噌汁だけにさせます」
「上等じゃあ!」
アザレアはルシェヌの手を取り、優しく伝える。
「ルシェヌさん、気をつけてくださいよ……ここでしくじれば貴方は当面のあいだ、姉などから嫌われてしまいます」
ルシェヌはその手を五度ほどブンブン振って外してから、
「わかっておる。アタシは魔王じゃ。それなりに嫌われているのは慣れっこじゃぞ」
(それ以外の理由でも嫌われてるんだけどね……)
(魔王だとしてもダメなものはダメだからな、ルシェヌ殿)
(今日は主人公やってるから比較的マシな部類だけど。どうせまた単発話が始まったら、元の設定に戻るんだろうなぁ……コホン)
「おっといけない、コホンは声に出して言わないと。
コホン、では弁護人、貴方が思うシン・真犯人を一人、挙げてください!」
「わかったのじゃ……アタシが睨んどるシン・真犯人は……貴様じゃあ!」
ルシェヌはバネ仕掛けのように勢いよく椅子から立ち上がり、傍聴席代わりのソファに座っている、ネロアの手を掴んだ。
「え……僕ですか?」
「そうじゃ! とりあえず証人席へ来い! そこでたっぷりアタシの推理を聞かせてやる!」
言われるがまま、ネロアは本日二度目の証人席に座った。
「……弁護人。何故ネロアを指名したのです?」
裁判長に続き、マジナも尋ねる。
「ネロアはゲームのログを見せて、キッチリと具体的なアリバイを提出したじゃないか」
さらにサバキからも一言。
「一番怪しくなさそうな人が意外と犯人になりうる……のような安直なメタ推理で指名したのではないだろうな?」
「ん、んなわけないのじゃ! いいからさっさとネロアに証言させるのじゃ!」
「ですが、しかし……!」
するとネロアは微笑みを浮かべて、裁判長へ率先して言う。
「いいですよ、裁判長。僕に証言させてください」
「わかりました……では、弁護人! わざわざ喚問したからには、キッチリ結果を残してくださいね!」
〜[再]僕が事件当時にしていたこと〜
「疑わしいことを承知で言いますと、僕はこの事件のことをだいぶ後になって知りました。
十四時から十五時までずっと二階の、僕たちの中部屋にいましたから。
ワノさんとスマホゲームで遊んでいたのです。
ですから僕はユノスさんがドーナツを買ってきたことすら、知っていませんでした」
「やはりあっさりした証言じゃのう……」
ネロアをシン・真犯人に紐づけるために必要なことはたった一つ。
彼女のアリバイのムジュンを暴くことのみ。
「じゃあまずネロア! あのゲームのリプレイログをもう一度見せるのじゃ!」
「はい、是非」
本当にユノスのドーナツが盗まれた時間《十四時十五分〜十四時四十分》の数字を念頭に置いて、ルシェヌとアザレアはログを凝視する
「十四時八分、十四時十七分、十四時二十五分、十四時三十二、十四時四十四分……ここから後は見なくて結構ですね」
「さっきネロアは”だいたい八分前後でカードゲームの試合をしていた”と言っておったな。となるとやはり、一階に降りられる時間は無いようじゃな……」
「十四時三十二分〜十四時四十四分の間は、ワノ様がアイスティーを取りに行った時間です。
ワノ様の直前にネロア様も一階に降りていたとするのはどうでしょうか?」
「いや、それは無駄じゃろ。ワノのことだから姉であるネロアをアゴで使うぞい。”ネロア、ついでにアイスティーもってこいっスー”とな」
(かくいうアンタも熟練のアゴ使いっスよ、ルシェヌ)
裁判のジャマにならぬよう、ワノは心の中でツッコんだ。
ルシェヌはネロアのスマホを手に持ち、ハンドルめいてグルグル回す。
「むー、やはりゲームのデータか、スマホに細工をしたんじゃ……ろうなぁ!?」
ピコリは咄嗟に両耳に置いた手を外して、問いかける。
「ものすごくヘンなタイミングで閃いたようですね、弁護人。ではそれをお聞かせいただけますかな?」
「いいじゃろう!」
ルシェヌは、ネロアのスマホと、自分のスマホを隣り合わせで置いてから、今の段階の推理を披露する。
「散々言われている通り、ネロアがワノとやっていたのはスマホゲームじゃ。だからスマホ二台を使ってプレイするんじゃろ?」
ネロアはうなずいた。
「はい、そうです。カードゲームですので、それぞれの手札のみが映るようになります。
サーバーを介して通信しているので、電波が通じるところならどれだけ離れてもプレイできます。もちろん、家の一階と二階くらい離れても問題はありません」
「ルシェヌ様。念のためお伝えしますが、ゲームをやりながら一階に降りた説は既に否定されております」
「おお、そうじゃな。案ずるでない、アタシは今別の線を睨んでおるのでな……」
ルシェヌは得意げに笑って、テーブルにおいたスマホ二台に両手を向けて指す。
「つまりは、スマホ二台があれば、試合が行える……たとえプレイヤーが一人だろうとものう!
ネロア! 貴様、自分が一階に降りるときにワノにスマホを渡して試合をさせることで、アリバイをネツゾウしたのじゃ!」
中々に自信のこもったルシェヌの推理であった。が、ネロアはこれを楽々と迎撃しにかかる。
「いいえ、それはありえません。
僕が使っていたのは、数枚のカードを揃える複雑なコンボが肝となるデッキです。
自分を守るためなら時にはコンボの構成パーツをかなぐり捨てることさえ必要となる、盤面の見極めが大事なデッキでした。
……もしよろしければ、いずれかのリプレイを流して確かめてみますか?」
「いーや、結構じゃ……どうせアタシはカードゲームをプレイしてないから、見たとてチンプンカンプンじゃし……」
「そうですか。かなり見ごたえのある試合もありますのに……」
と、ネロアが残念そうにつぶやく。
ルシェヌはそれを聞く余力も無くなっていた。
両肘をテーブルにつき、頭を抱え、何度もこの言葉を脳内に響かせる。
(ぜ、全ッ然わからん……ッ!)
「弁護人、他に尋問はございますか……?」
あまりにも行き詰った様子を見て、ピコリが顔を覗いてきた。
ルシェヌはその屈辱的な心配から目を逸らし、サバキを見上げて、最後の望みにかける。
「さ、サバキよ……ネロアたちの部屋に、イエローシュガーが落ちてたとか……何かいい証拠はないのかえぇ……?」
サバキは喉のつっかえを取るように、何度も咳払いをしてから、
「……すまん、最初の調査の時点で、ネロア殿たちの部屋も調べたが、有用なものは見つからなかった。イエローシュガーの粒一つも残っていない……」
「そ、そんな……」
ルシェヌは椅子の足をガタガタ鳴らした。
これにて、一つの決して望まなかった真実にたどり着いてしまった。
――自分は詰んだ。と。
「……では弁護人。他に尋問はございますか……?」
ワラにもすがる思いで、ルシェヌは隣のアザレアへ向いた。
まるで鏡のように、自分と同じような、成す術を失った絶望の表情を浮かべていた。
「も、もう、ムリじゃあ……」
やがてルシェヌは、五感が鈍り、自分が無の空間に落ちるような感覚に襲われた。
……だが、ギリギリのところでルシェヌは意識を取り戻す。
「異議あり! この証人は不適切な発言をしている!」
マジナが火を灯したような熱い双眸を、ネロアへ向けて言い放った。
「ど、どういうことです、マジナ検事!?」
「証人が”自分がずっと二階にいたことを裏付けるため”のこのリプレイログ……これには小狡いトリックが仕込まれているのさ。
ネロアがやっているこのカードゲーム、実は私もプレイしているんだ。
ただ私は自分のプレイを見直すほどストイックな人間じゃないから、リプレイ機能は使ったことがなくてね……で、二回目の調査タイムで初めて自分のプレイを見返してみた。
すると……ものすごく手際がよかった」
サバキは脇目で隣へ軽蔑の念を飛ばしつつ、舌を打つ。
「それだけ文字数を食って自画自賛か?」
「まさかぁ。
実はこのリプレイは、”実際のプレイをそのまま動画に残したもの”ではなく、”その試合で双方がプレイしたカードのログを元に再現したもの”だったんだ。
要するに、リプレイデータは一切の思考時間はもちろんのこと、スワイプにかかる僅かな秒数までもがバッタバッタとカットされている。
そうなると、どうなると思う?
例えば、先ほど挙げられていた”十四時三十二分〜十四時四十四分”というログの間隔は、字面の通り《十二分間》二人の対戦が続いてたという証明にはならない!」
「むっ」
ネロアが短く唸った。
この敵にはダメージが刻める。
それがわかっただけで、ルシェヌとアザレアはまたたく間に息を吹き返した。
「そうか! でしたらネロア様は……」
「コマゴマと二、三分くらい一階に降りられるチャンスがあったのじゃ!」
言わずもがな。裁判所となった満月家のリビングは、一気にざわめいた。
ネロアは自然な佇まいのままでいる。平然を装っているのか、まだ余裕があるのか……
しかしルシェヌは、その様子に目もくれず、
「マジナ!? 貴様、どうしてアタシを助けるようなマネをしたのじゃ!? こんなのアタシだけでもなんとかできたのに!?」
(もう瀕死だっただろ)
と、サバキの胸の内でツッコんだ。
それはさておき、マジナは後ろ髪を片手ですきながら言った。
「こちらも疲れているんだ。早いところイバラに夕飯の支度をしてもらいたいからね……」
しかしその内心は、
(カードゲームで私を出し抜こうなど、断じて許しはしないよ……ネロア)
いよいよ、鉄壁のアリバイのメッキが剥がれた。
一度崩れた証言は元に戻らない。
それは逆説的に言えば、ネロアが何か都合の悪いことを隠していたことにも繋がる。
ルシェヌは一気に畳み掛けにかかった。
「もうこれで犯人候補は貴様とイバラだけになったぞい……! さあ、観念しろなのじゃあ!」
「……」
「……?」
二人はしばし無言で睨み合う。どちらもまだ戦意に満ちていた。
そしてネロアは、ルシェヌに優しく尋ねる。
「……動機は、わかりますか?」
「……は、動機じゃと!?」
「このように裁判にかけられるようなことをしたからには、何らかの理由があるのです。
今のところ、ルシェヌさんもマジナさんも、僕の動機をわかっていないようですね。
これでは僕は”ただアリバイがなかった人”というだけ。
アヤしさにおいてはイバラさんと同等ですから、シン・真犯人とは断定できませんでしょうか?」
「た、たしかに……キワめてアヤしいですが、動機となると……」
サバキはこめかみに拳を当てながら、
「ネロアはついさっきまでは、満月家で屈指の善良な人間のイメージでいた。そんな妹がどうして急にドーナツ盗みなどというクダらない犯罪に手を染めたのか……私には、わからん」
ルシェヌはバンと両手でテーブルを叩きつつ、
「ま、マジナ! もう一度お助けチョーダイなのじゃ!」
「いやあ、こればかりは私もムリだね……」
さらにルシェヌは目をウルウルさせて、隣の相棒――アザレアに聞いた。
「アザレア! お前ならひょっとしてなんとかなるんじゃないのかえ!」
アザレアはゆっくりと、首を横に振る。
「ルシェヌ様……私が貴方を臨時パートナーに選んだときのことを覚えていますか……?」
「さ、さあ……」
アザレアは、ルシェヌに熱く訴えかける。
「”いい意味で中立的に判断が出来て、奇想天外な発想に富むルシェヌ様に弁護役をお願いしたいのです”。
あのネロアさんの思考を読み取れるのは、そんなルシェヌ様しかいません。
ルシェヌ様。どうか、最後の一撃は貴方が決めてください……!」
「……任せろなのじゃ!」
全てを託されたルシェヌは、意を決して、ネロアへ向き直した。
彼女をジーッと見つめ、今日半日ただでさえ稼働させた頭を回転させた。
そして一つの結論を導き出した……
「ネロア、貴様はゲームが好きじゃったな?」
「はい、それがどうしましたか?」
「そのゲーム好きが高じて、推理ゲームみたいなことを現実でやろうとしていたんじゃろ! どうじゃ!」
「……」
「……!?」
ネロアはニッコリ笑って、口を開く。
「……正解ですが……」
「うおおおっしゃあああなのじゃあああ!」
「お待ちください、ルシェヌ様! ネロアはまだ何か言っております!」
「え、なんじゃと!?」
改めて、ネロアは口を開く。
「……正解ですが……それは、”すぐに自白しなかった理由”としては。です。
僕はあからさまに人を傷つけたり悲しませたりするゲームは好きではないです。
推理ゲームを再現するとしても、ユノスお姉さんのドーナツを食べるなんて酷いことはしませんよ……」
「そ、そんな……これ自信あったのに」
「では弁護人。今度の今度こそ、ネロアの動機をお答えください」
ルシェヌは、ますます残り少なくなった全身のエネルギーを全て頭に結集させた。ここまでの全員の言動を全て振り返った。
(こうなったら、もはやこれしかあるまいッ!)
そしてルシェヌは、最後の一撃をネロアに食らわせる。
「ないのじゃ!」
「な、ない……それはお手上げということでよろしいですかな、弁護人」
「察し悪いぞピコリ! 動機なんて《ない》ってことなのじゃ!」
「ど、どういうことです、弁護人!?」
「ど、どういうことだい、ルシェヌ!?」
「ど、どういうことなんだ、ルシェヌ!?」
「ど、どういうことでしょうか、ルシェヌ様!?」
「……これは、ネロア本人やサバキだけでなく、ネロアが一回目の証言をしたときから思ってたことじゃ。
アタシたち姉妹の中では一番悪さをしなさそうなネロアが、ドーナツを盗むわけがない。と。
だからネロアは、イト的に”盗んだ”わけでなく、何らかのグウゼンがあってドーナツを”持っていってしまった”のじゃ……
さあ、これならどうじゃ! ネロアァッ!?」
「……」
ネロアは口を閉ざし、しばし目を瞑る。
椅子から立ち上がり、側の床に立って、周りの安全を確認してから、膝から崩れ落ちる。
「すべて、長い夜の夢だったよ……」
そして前のめりになって、絨毯へと顔を埋めた。
「……あのー、ブレイクモーションは上半身だけでわかるようなヤツにしてください。証人」
「あ、すみません」
ネロアはとっとと起き上がり、証人席に戻る。
「で……貴様がシン・真犯人だったということで間違いないんじゃな」
「はい。その通りです……ルシェヌさん」
ネロアは、机に置かれていた自分のスマホを操作し、メッセージアプリを開く。
ネロアはそこでのチヨとのやり取りを、皆に見せた。
「先程のログの通り、十四時八分からワノさんとの対戦をしていました。
その六分後、ワノさんが事故ってしまったため、早めに決着がついたタイミングで、お母さんとこのようなやり取りをしていました」
■
チヨ:急にごめん! 忘れてたことがあったの!(14:14)
ネロア:どうしたのですか、お母さん?(14:14)
チヨ:かれこれお世話になってるお礼に、冷蔵庫にモモキノドーナツ買っておいてあるから、好きに食べていいよ!(14:15)
ネロア:わかりました。ありがとうございます。(14:15)
チヨ:あ、もちろんだけど皆には内緒ね!(14:15)
ネロア:はい、気をつけます!(14:16)
■
「ちょうど試合も終わったので、私はすぐに部屋から出ました。
よく振り返ると、廊下に出たまさにその時、隣のユノスお姉さんたちの部屋のドアが閉まりましたが、この時は気になりませんでした。
一階に降りて、キッチンに行きました。
イバラさんはその時、シンクで水を流して食器洗いに集中していました。
冷蔵庫を開けると、中段右にモモキノドーナツの紙袋があったので、きっとこれがお母さんの言っていたものだろうと思って、取っていきました……いや、これは”盗んでしまった”と表現すべきでしょう。
あとは、二階の部屋に戻って、食べました……」
「ちなみに、アタイも一個おすそわけしてもらったっス。フレンチクルーラーを」
と、傍聴席ソファからワノが補足した。
「このあとは僕は十五時から少し過ぎるまで、二階にいました。
ワノさんは”ドーナツに水分を持っていかれた”と言って、途中降りましたが。
その時、ユノスお姉さんとイバラさんの騒ぎを、二階の階段付近から覗いて知りました。
同時に、僕は自分がしてしまったことに気づきました」
ある程度語り終えたところで、ネロアはズボンのポケットから、折りたたまれたモモキノドーナツの紙袋を置いた。
「……なるほど。つまりネロアが”お母さんからメッセージを受けとった”のと、ユノスが”冷蔵庫にドーナツをしまった”のがほぼ同時だったせいで、この事件が起こってしまったということですか……なんという運命のイタズラでしょうか」
サバキが尋ねる。
「そして自分たちが調査に向かう前に、証拠隠滅のために二階の掃除をしたのだな」
「はい、アタイ主導でやったっス」
続けてマジナも問う。
「ワノ、君のあのずさんな証言も、裁判を撹乱して、姉御に罪をなすりつける作戦だったのかな?」
「はい。これもアタイ主導で……」
「金貰っといて結局オレに恩を仇で返そうとしてたのかよ、ワノ」
「……いや、アンタは間違いなく狙ってやったんスから、自業自得っスよ……」
隣にいるコーリンが放つ殺気により、ワノは縮こまる。
ルシェヌからも質問する。
「そうじゃ!? ならコーリンが盗んだカラフルな方の紙袋は、元々母さんが買っていたものってことじゃな!?」
「ええ、恐らく。
お母さん、きっと誰かに見つからないよう、ああして見えにくいところに置いておいたのでしょう……そこも考えておけば、きっとこの事件は起こらなかったでしょうに……」
「いや、コーリンお姉ちゃんがボクのドーナツ食べるだけのただただ嫌な事件は起こると思う」
「本当にすまない、ユノス……」
コーリンは隣のワノと同じように縮こまった。
ネロアは、ソファにいるユノスの前で、姿勢を正して立つ。
「ユノスお姉さん。この度は僕の不注意のせいで、ここまで騒動を広げてしまい、申し訳ございませんでした!」
直角に等しいほど腰を曲げたネロア。
その隣にワノも立ち、
「アタイからも、一個食べちゃってすいませんっス! これはお詫びの印にどうぞ……っス!」
お辞儀と同時に千円札を差し出した。
ユノスはそっと優しく千円札を取ると、二人に、普段通りの穏やかな声色をして、
「いいよ、みんな。もうこんなことしないようにしてね」
「は、はい! 本当に、すみませんでした!」
「了解っス! 肝に銘じておきますっス!」
そして、ダイニングテーブルにいるピコリはピコピコハンマーを手に取って、高らかに宣言する。
「それでは今度の今度こそ、シン・真犯人も見つかったところでございますから……判決を言い渡します!」
ドーナツ食べられ裁判
判決:無罪
「ようやく終わりしたね、ルシェヌ様!」
「ああ、ようやく勝てたのじゃああああ!」
アザレアと互いに見合ってガッツポーズを決めたあと、ルシェヌは両手を天井めがけ掲げ、お得意の魔法で紙吹雪を撒き散らす……
「ごはんまえだから……やめてそれ……」
……のを、紙紐を自ら力づくで千切り、自由になったイバラに止められた。
「ピコリおねえちゃん……へいてい……でいいね……?」
「あ、うん。閉廷だから、自由にしていいよ。もう自由になってるからいちいち言わなくてもいいかもだけど」
「わかった……じゃあ……」
イバラは両手に銃を構えて、叫ぶ。
「ユノスおねえちゃん! コーリンおねえちゃん! ネロアおねえちゃん! ワノおねえちゃん! わたしにひどいことしたぶん、ゆうごはんのしたく、てつだえ!」
「お、おう!」
「は、はい!」
「え、ええっス」
「う、うん……というかボクまで!?」
「つべこべいうな! おかあさんかえってくるまでに、いそげ!」
イバラは二丁拳銃をしまったあと、姉妹四人を引き連れて、キッチンへと向かった。
その姿を見届けながら、アザレアはしみじみ思う。
(今回の事件は、それぞれのちょっとしたオモワクと、ササイな行き違いのせいでここまで混乱してしまった。
やはり、人間というのはそううまいグアイいように進めないものなのでしょう。
ですが……)
「ぐふふ……やはりアタシは魔王に相応しい天才じゃぞい! あとで思い切りお母さんに言いふらしてやるのじゃ!」
(その混乱を打ち破れるのも、また人間なのです。
いち電子生命体であるこの私がお世話になっているこの満月家は、そうした人間の直接的・間接的問わず、良いところを集めた場所なのかもしれません……)
「ねえアザレア!」
ここでアザレアは、マスター・ユノスの呼ぶ声に気づき、キッチンへ向く。
ユノスは自分へ手招きしていたが、いざ目が合うと、
「ごめん、今回はボクだけでなんとかする……」
何事もなかったように、料理に戻った。
「……イエス、マスター」
十九時半。
チヨが帰宅した時点で、イバラたちはどうにか食卓を完成させた。
箸を進めていく中で、チヨは娘たちの過半数が異様に疲れていることに気づいた。
「あれ、どったのみんな? 何か大事件でもあったの?」
ここで、実際に起こった大事件の解決役、ルシェヌが胸を張って教える。
「じつは午後に、ユノスとお母さんが用意したドーナツを食べ……」
「え!? ルシェヌ!? あなた、一万歩譲ってユノスのならまだしも、あたしが買って置いたドーナツ食べたの!?
どうしてくれるの!? あれ、ネロアの好みに合わせて、かなり吟味して選んだのに!?」
「え、違う、違うのじゃ!? アタシにはアリバイがあって……!」
チヨに詰められたルシェヌを見て、マジナとサバキはヒソヒソと話す。
「ルシェヌめ、日頃の行いが悪いから誤解されちゃってるねぇ……」
「そもそも冷静に振り返れば、奴が弁護士側に立てたのは奇跡に等しいことだったな……」
このあと、ルシェヌはどうにかこうにかさっきまで続いた裁判の顛末を説明し、誤解を解いてもらえた。
ただし、このタイミングではさっきまでの弁舌の良さは炸裂出来ず、普段の説明下手が出てしまい、完璧に理解してもらえるまでかなりの時間を食ってしまった。
「お、おお……わかった。よく頑張ったね……うん」
なので、期待していたチヨからの褒めなどはほぼなかった。
「そ、そんな……じゃあ。おい、トツカ! 貴様はどう思ったんじゃ!」
「へえ、俺のいない間にそんなことがあったんだな……くらいの感想しかないです」
【おわり】




