第174話 ドーナツ食べられ裁判・解決編
■前回のあらすじ
新たな証拠を見つけて、万全を期して証人尋問に挑んだルシェヌとアザレア。
最後の証人コーリンは、当然のごとく”やってない”の一点張りで手強くガード。
さらに検察マジナが、ここまでの証拠を用い、被告人の犯行を華麗に推察してしまう!
法廷はもはや、ほぼ被告人サイドの敵! ルシェヌもこの空気に飲まれ、有罪を覚悟する……
だがここで、アザレアから、たった一つの反撃の糸口が与えられ……!?
「発想を逆転……はい?」
「イバラ様の目がある中、コーリン様が完璧に”ドーナツを盗んで食べたか”を考え続けてもキリがありません。
でしたらここは、イバラ様がコーリン様に”どうしてドーナツを盗んで食べられるスキを与えたか”を考えるのです」
「……どうしてドーナツを盗んで食べられるスキを与えたか……そりゃあ料理に集中していたからじゃろうが。油とか包丁使うのじゃぞ。ヨソ見してたら危ないじゃ……」
ここでルシェヌは背筋をピンと伸ばし、ブルブルブルブル全身を震わせ、そして結局テーブルに這いつくばった。
「……弁護人。罰ゲームの演技なんかしないで、早く最後の尋問があるかないか、答えてください」
「……あるに決まっとるじゃろうがァ!」
ルシェヌは起き上がりざまに、叫んだ。
そしてテーブルに証拠品として置いた《レシピ本》の、からあげのページに指を置く。
「貴様らァ! これを見よ! この”3.唐揚げ粉を全体にまぶして、二十分ほど冷蔵庫で寝かせます。”の部分をッ!」
マジナはその一文と、やけに自信たっぷりなルシェヌの顔を交互に見て、キョトンとする。
「これが……どうしたというんだい?」
続けてコーリンがかったるそうに、
「つまるところ、二十分くらいイバラには自由な時間があったってことか? つまり、そのスキにイバラがドーナツを食えたってことか?」
「違うのじゃ! イバラがこの二十分にしていたのは……アレじゃ!」
一同はルシェヌが示す先……キッチンに置いてある、千切りキャベツのザル(※衛生的にラップでフタしている)に注目した。
「これが……どうしたというのです。弁護人?」
まずルシェヌはアザレアに、ルシェヌとイバラの会話の録音データを再生させた。
「”で……二時四十分にはあの箱に入れて冷蔵庫で寝かせたんじゃな”
”うん……そのあとは……つけあわせのキャベツのせんぎり……”」
「二時……午前午後とかつけない言い方だと、十四時四十分から十五時前まで、イバラはキャベツを千切りにしていたのじゃ!
するとその時間、イバラはずっと包丁とキャベツを見ていないといかんし、まな板でドンドンうるさくなるじゃろう!
この二十分の間なら、コーリンはヨユウで冷蔵庫に忍び寄ってドーナツを盗み、食べることが出来るじゃろうが!」
「「ぎぃぃッ!?」」
二人分の悔しがる声が響いた。その一人が真正面にいるマジナであるのはすぐにわかる。
もう一人もすぐにわかった。
ルシェヌはレシピ本を魔導書のように片手に持って、畳み掛ける。
「このレシピ本は映画の途中に読んで、ソファの下へ滑らせたのじゃろう……コーリンよ!
貴様はこれを見て、イバラが何の作業をするか予測して……イッチバン周囲への注意が散ると思ったキャベツの千切りタイムに作戦を決行したのじゃろう!」
マジナは体勢を立て直すべく、声を張り上げた。
「……異議あり! そんな結論ありきの推理は認めないよ!」
「なら何があれば認めるのじゃ!?」
「思い出してくれルシェヌ! あの取っ手のことを!」
取っ手……ユノスとイバラの指紋のみが残っていた。容疑者の疑惑を支える証拠の一つだ。
「あの取っ手はどう説明するんだい!? 姉御の指紋が無いじゃないか!」
「そんなの簡単なのじゃ! フキンとかタオルとかで拭き取ったのじゃろ! キッチンなんて洗剤も拭くものもドッサリあるじゃろうが!?」
「どおっ!?」
マジナが狼狽える間、コーリンが代わって自分の弁護を試みる。
「待てよルシェヌ! お前さっきから……」
「証人! 勝手な発言はお控え……」
「泥棒扱いされてるのに控えられるわけねえだろうが、お前こそ休んでろピコリ! さっきからヘンなジジイみたいな喋り方しやがって!」
「うぎゃあッ!」
「……で、お前さっきから、その証拠のレシピ本を大切に使ってるが、こっち証拠もあるだろうが!」
コーリンは印籠の如く、《イエローシュガーの粒》のチャック付ビニール袋をつきつけた。
「このハンパな偽装工作はどう説明する!? いや、できるのか!?」
「それは……できないのじゃ! どうせそんなワケわからんもの、ワケわからん理由で、冷蔵庫で冷やしてたバットの中にこぼれたとかじゃろ!
とにかく! これで貴様もリッパな容疑者の仲間入りだぞい、コーリンよ!」
「静粛に、静粛に!」
ピコリは自分のスマホから、どこからか調達してきたプロレスのゴングのSEを連打しつつ叫び、荒れに荒れた場を鎮めた。
「……とまあ、コーリン姉さんにもドーナツ泥棒の容疑が強まったのですが……被告人の無罪は確定しておりませんが、そこのところはいかがでしょうか、弁護人」
コーリンも拳を天井めがけ突き上げて加勢する。
「そうだそうだ! 何なら他にも容疑者いるだろうが! 一回、一階に降りていたワノもよぉッつ!」
「むむむ、そう言えばワノもおったのう……」
流石はユノスの執事役。アザレアは咄嗟に弁護士へパスを放つ。
「……ルシェヌ様。あれだけ印象的なことを忘れてはいませんよね?」
「おお、そうじゃ! ええと……証人には《異議あり》か、《待った》か、《くらえ》……」
「《くらえ》で構いませんよ、弁護人」
「じゃあ《くらえ》ッ! コーリンよ、貴様もさっきのワノの証言は聞いていたじゃろう!?
十四時四十一分に降りてきたら……と」
「ああ、覚えてるぞ。妙にキリの悪い数字だとよ」
「ウチは作者の過去作『4Iワールドエンフォーサーズ』を引きずったネタかと思っていました」
「この時間はワノが適当にでっちあげた時間ではない! これはコーリンが犯行に及んだ時間をそのまま使いまわしたのじゃ!」
裁判長が前のめりに聞いた。
「どういうことです!? 弁護人!?」
「ヘンじゃと思わなかったか、貴様ら。あれだけズル賢いワノがあんなデタラメな証言をしたのかと……?
アレはワノの本心でやったことではない……雇いヌシに疑いがかからぬよう、事件をコンランさせるべく、言われてやったことじゃ!
そして今の状況で、そんなことをやらせようと思うのはただ一人……貴様じゃあぁぁッ!」
ルシェヌは何らかの魔法が飛び出しそうなほど、右人差し指をビシッと、証人席――コーリンへと向けた。
「うごごおおおおおっッ!?」
たちまちコーリンは両腕を開いて天井を仰ぎ、その慟哭を満月家全体に轟かせた。
そしてぐったりとうなだれた。心無しか、彼女の全身とその周囲が色を失ったように見えた。
「……証人。燃え尽きる前に、説明をお願いします」
「……ま、マジナ、オレは疲れたから休廷したいと伝えてくれ」
「わ、わかった、姉御……裁判長! 証人は疲れたから休廷したいとお伝えします!」
ピコリは躊躇無く言った。
「却下します」
おまけに隣のサバキもつぶやく。
「ここで休廷するならば、事実を認めるという認識にもなりうるぞ、二人とも」
「「ぐぐぐ……」」
「では気を取り直して……証人。説明をお願いいたします」
「……わかった、言うよ」
*
コーリンの犯行の詳細は以下の通り。
十四時十五分。
コーリンがふとキッチンへ向くと、ユノスがモモキノドーナツの紙袋を冷蔵庫に入れるのを見た。
その直後に、外伝映画の主人公、ブラッグドの初バトルが始まったので、すぐさま画面に視線を戻す。
バトルに興奮を覚えつつも、脳裏では先程のドーナツの存在が常にあった。
(あれ食べながらこれを観たい……)
十四時三十分。
映画ではコーリンにとってはタルい会話劇が始まった。
ヒマを紛らわすため、コーリンはテレビ台の下に収納されていたレシピ本を、それからいざなわれたように手に取る。
その本の付箋の箇所を読み、コーリンは、イバラの今調理している唐揚げのレシピを把握した。
そしてその瞬間、コーリンは邪な閃きを起こした。
(今このリビングにはオレとイバラだけ。アイツが周りに意識が向けられないスキに、ドーナツを盗める……!)
十四時四十分。
イバラがまな板と包丁とキャベツでドンドン言わせている間、コーリンはこっそりと冷蔵庫へ忍び寄る。
映画は一時停止などせず、流しっぱなしにしておいた。いきなり声が止むと怪しまれるし、これもまた陽動となるからだ。
念のため、片扉だけ開けて、ドーナツに手を伸ばしたが、運悪く途中で紙袋を倒してしまう。
これこそ、あのイエローシュガーの粒が、紙袋から漏れ出したタイミング。
モモキノドーナツのイエローシュガードーナツは、元より粒が剥がれやすいことで有名。バットにこれだけが入っていたのはそのためだった。
元々粉だらけのバットに、粉が入っても気づかないだろう。コーリンは特に回収は考えず、本来の目的である袋を取り出した。
案の定、イバラはキャベツに集中しており、気づかれることはなかった。
(イバラがキャベツ切り終える前に食べきらないと……)
コーリンはシンクにあった食器拭き用のクロスで、パパっと冷蔵庫の取っ手を掃除し、指紋も消した。サバキ対策である。
そしてスタスタとソファへ戻ろうとする。と、そこで不運にも、廊下への戸が開き、ワノと鉢合わせしてしまう。
ここでコーリンは素早く決断した。
ワノに二千円を渡して黙ってもらうことにしたのだ。
守銭奴のワノはこれを二つ返事で了承してくれた。おまけに、彼女が取ろうとしていたアイスティーを取って来て、波立てず二階に戻ってもらった。
そしてコーリンは十五時までに素早くドーナツ三つを食べきった。
周りにカスが漏れないように、紙袋に入れたまま食べた。仕上げに袋を傾けて、中身のカス全てを口の中に注ぎ込んで隠すのも忘れない。
十五時から少々過ぎた頃。
ユノスがイバラに筋違いの怒りをぶつけて、無理やり廊下に連行していった。
それを見るや否や、コーリンは三度キッチンへ行く。
これまたサバキを警戒して、他のDNAがべっとりつくように、あちこちの油汚れをこすりつけながら、ゴミ箱の奥底へと押し込んだのだった。
*
最初の証言から、大人しくしているように周りから強く注意されていた。
だが、真実を知ったからには、もう居ても立ってもいられない。
ユノスはソファからドシドシとダイニングテーブルへと歩み、座ったコーリンを睨みつけた。
「どういうつもりなんだコーリンお姉ちゃん! たかがそんな一時の食欲に惑わされるなんて……アンタそれでも姉か!」
アザレアら一同は、ユノスが実力行使にでないか身構えた。
その中で、コーリンは絞り出したように言った。
「……わかってる。マジですまなかった。
確かにオレは魔が差してやっちまった。けどあの後は……姉として、出来る限りの責任は取るよ。
……というより、もう、一つやった」
「何が? ごめんなさい一つで済むわけないよ。食べ物の恨みは怖いんだよ……」
ここでピンポーンと、家のインターホンがなった。
「……すまん、サバキ。オレ、今から急いで玄関に行く。保証として一緒について来てくれ」
「……何のつもりかわからんが、いいとしよう」
コーリンはサバキと共に席を立って、玄関へ行った。そしてすぐに戻ってきた……片手にモモキノドーナツの紙袋を持って。
「……! そ、それは!?」
「オレの証言が始まる前に、デリバリーで頼んだ……トウゼン、中身は元のとおんなじモノだ」
コーリンは深く深く、頭を下げる。と同時に、その紙袋をユノスに向けた。
「この程度では許されないと思ってる……けど、どうか受け取ってくれ……そして……元の穏やかで優しいお前に戻ってくれ、ユノス!」
ただ同じものを買ってきたくらいで済むと思っているのか。
と、言う代わりに、ユノスはその紙袋をはたき落とそうとした。
しかしその寸前、ユノスは、自分に視線が集まるのを感じて、周りを見渡す。
ここまでの家庭内裁判の苦労が、どういう終わりに向かうのか。そこにひどく心配した姉妹たちの顔があった。
これでユノスは……目から熱いものが湧き出すのを感じた。
コーリンが盗み食いをしたのが第一に悪い。
だが、それで癇癪を起こして、せっかくの土曜日にこのような大掛かりな捜査劇をやらせてしまった自分も、姉に次ぐ迷惑者ではないか。
自分もまず一歩、皆に反省の意を示す証拠として、紙袋を受け取った。
「……もうそろそろご飯だから、今は食べないけどね。ひとまず、ありがとう、お姉ちゃん」
コーリンはカーペットに崩れて、両手を床に突いたまま、
「……ごめん、本当にごめんよ……ユノス……!」
嗚咽する姉に、マジナとサバキは屈んで、そっと寄り添った。
ユノスは三人の様子を一瞥した後、ルシェヌとアザレア……弁護士コンビに歩み寄る。
「ルシェヌ、今日は珍しくありがとう……お手柄だったよ」
「えっへん! アタシは魔王じゃぞ! やる時はやるのじゃ」
「まるで普段はやれてないみたいな言い草だね」
すっかり上機嫌になったルシェヌに、このツッコミは届かなかった。
「それとアザレア、ルシェヌの軌道補正の役目を努めてくれてありがとね……」
(なんでルシェヌが相手になったのかは未だにわからないけど)
「ありがとうございます、マスター。誰であろうとサポートしてこその、MEYというものです。朝飯前ですよ」
「夕飯前だけどね、今は……まあ、けどルシェヌは特にお疲れだろうから、いっか」
ユノスはダイニングテーブルに紙袋を置き、口の折り目を回す。
「お、さてはお裾分けかえ?」
「今日はとことん冴えてるね、ルシェヌ。ボクからのささやかなお礼だよ」
オールドファッション以外のどちらをあげようか……そこを考えつつ、ユノスは袋を開く。
同じタイミングで、ピコリはピコピコハンマーを手に取り、
「少々遅れましたが、裁判形式で話を進めたからには、お決まりのこれをしませんとね。
それでは判決を下します」
ドーナツ食べられ裁判
判決:無ざ……
「ん!? ……これは……どういうことなの!?」
ユノスの驚く声により、辺りに激震が走る。
彼女は袋を開けた瞬間のまま、数日間にわたって冷蔵庫内に放置したドーナツのように、カチカチに固まった。
「どうしましたか、マスター! ハッ!?」
アザレアはすぐさま主の側に立つ。
「ハッ!? ってなんじゃあ!?」
ルシェヌはもう片方の側に立ち、二人の目線が当たる先……紙袋の中を覗いた。
その中にはドーナツが三つ。
一つ目は、今日は嫌というほどその存在を意識することになった《イエローシュガードーナツ》。
二つ目は、深緑と真紅のコーティングが交互に施された、玉を連結させて作ったドーナツ。
三つ目は、紫色のクリームが注入口から顔を出す、中央穴の無いドーナツ。
「色が多いのう……何じゃこのドーナツは……」
「何でしょうかこのドーナツは……こんな見掛け倒しのもの、マスターが頼むはずがないのに!」
「……コーリンお姉ちゃぁんッ!?」
ユノスは紙袋を持って踵を返し、コーリンの襟首裏を掴んで無理やり立たせ、ガンを飛ばして問い質す。
「ねえ、このチョイスは何!? ボクこんなもの買わないよ!? ていうより……お姉ちゃんさっき、”トウゼン、中身は元のとおんなじモノだ”って言ったよね! なんでこの期に及んでまだウソつくの!?」
「え、ウソ……じゃないぞ!?
オレはキチンと盗んで食ったものを覚えてて、ちゃんとデリバリーしたはずだ!?
イエローシュガードーナツ、抹茶イチゴもっちリング、ブルーベリーヨーグルトクリーム……」
「そんな期間限定のイロモノ頼まないよボク!?」
「けど、オレが盗んだ紙袋にはこれが入っていた!? 三分の二がスゲェ遊んでるなと思いつつ食ってたぞ!」
この時、ピコリは慌ててさっきまで座っていた、裁判長席に座る。
「なんということでしょう!
ついに終わりを迎えたと思ったドーナツ食べられ事件! 最後の最後でとんでもない新事実がアキラカになってしまいました!
これはどういうことなのでしょうか!?」
マジナはルシェヌに向かって、問いかけた。
「と、とにかくもう一度膝を突き合わせて……もう一度、情報を整理しようか!」
「な、なのじゃな……!」
マジナとサバキ、ルシェヌとアザレアは先程の定位置に戻った。
残りの四人と、
「いい加減お風呂にいるのもタイクツだろうから、来ていいよもう」
「ありがと……イバラおねえちゃん……!」
イバラが、ローテーブル近辺に座った。
*
十八時。
「これより、審理……会議……なんかを再開します。
ではまず、ウチから今の時点での情報を整理させてください。
記憶が正しければ、ユノスが十四時十五分に冷蔵庫へ入れた三つのドーナツは、《イエローシュガー》、《フレンチクルーラー》、《オールドファッション》……だよね」
弁護側だったところに座るアザレアと、ソファにいるユノスが同時に首を縦に振った。
「ですが、コーリン姉さんが盗んじゃった紙袋には、イエローシュガー以外別のものが入っていた……これはどういうことですか?」
「いや知らんのじゃ」
「私もさっぱり……」
「それは私も聞きたいね……」
「自分もまるでわからん……」
傍聴エリアの五人も、なんとも言えない表情をしている。
ここで有頂天の熱が冷めていないルシェヌが、ビシッと手を挙げた。
「ここは細かいところから探っていくのじゃ。
おいコーリンや、貴様は本当に、あのカラフルなドーナツを食べたのじゃな」
コーリンは清々しいほどはっきり答えた。
「ああ、申し訳ないが本当に食った。イエローシュガーは安定してたが、抹茶イチゴはうるさい味で、ブルーベリーヨーグルトは、モノホンを食べたくなった」
続いてマジナからユノスに質問。
「君が注文間違いした……」
「そんなわけないもん。ボクが使ったのは自分でトングで取って注文するタイプの店だもん」
「……だよねー。じゃあどこへ行ったんだろうね、フレンチとオールドは?」
家にいる全員の吐息だけが部屋にこだまする時間が、しばし続いた。
やがて続々と”もうトツカが帰ってくるまで待つ?”と、ミステリ回としては最悪のオチまで期待し始めた。
しかしあの少女だけは希望を捨てなかった。
「……こんだけ賢い連中がいても誰もわからないということは、むしろアレじゃな」
「……弁護人。アレとは一体どういうことです?」
弁護人……ルシェヌはこれこそのドヤ顔で告げる。
「”ドーナツの袋は二つあった”。これが一番ムジュンのない真実じゃ!」
一同は近くの人の顔を見合ったり、目をパチクリさせたりした。
ピコリは開いた口をどうにか塞ぎ、裁判長として尋ねる。
「なんですかそれは。まるで”船は「2隻」あったッ!”のようですね」
「ユノスがドーナツを置く前か後に、実は別のドーナツがあった。
でもってコーリンがあのカラフルドーナツの方の袋を盗る前か後に、誰かがユノスの紙袋を盗った……それしか思いつかん」
「パッと聞くと妥当ですが、まだファンタジーの域ですな。
前と後、どちらがどちらなのかさっぱりわかりませんし……」
と、ここでコーリンが、空いていた証言席に座る。
「証言! 多分オレが盗む前だ!」
「ど、どっちがですか!?」
〜コーリンが盗む瞬間に起こったこと〜
「さっきの自白の時、必要ないと思ってハブいたことだが……オレが盗んだドーナツの紙袋、やけにヘンなところに置かれてたんだよ。
冷蔵庫の中段の右に、調味料がワンサカ入ったカゴがあるだろ。しかも明太マヨとかバジルソースとか、使い所が限定されてるヤツらの。
あのカゴのさらに奥に置いてあったんだよ。
だからコッソリ冷蔵庫を開けたとき、背の高いパッケージのモノも多くて、ちょいっとどこにあるか探してた。
んで、十数秒くらいヒヤヒヤしつつ、奥にあったそれを見つけた。オレは速攻そこへ手を伸ばした。
そして引っ張ろうとしたら、一回紙袋を倒しちまったんだ。カゴにあるなんかのビンに引っ掛けて。で、あの黄色い粒が飛び散ったワケだ。
後のことは……前と同じだ。
あの時はそういうユノスの防犯対策なんだろうなと思ってた。
けど、ユノスがドーナツが大好きなのは、満月家の暗黙の了解だ。それをユノス当人もわかってる。
だから、よく考えると……わざわざここまでするか? ユノスは普通にカゴの手前に置いてたんじゃないかって話よ」
ルシェヌはすぐに手を挙げる。
「どっかでユノスかアザレアが買ったドーナツの種類を言ってたじゃろうが、そこで”オレが食ったのと違う!?”とはならんかったのかえ」
「ポーカーフェイス作るのに必死だったからそこまで頭が回らなかった。気づいてたとしても、言ったら、もっと早くに疑われるからな」
ピコリは尋ねた。
「ふむう……実際のところどうなの、ユノス? あとアザレアさん?」
「うん。ボクはあのカゴの手前に置いたよ、ピコリお姉ちゃん」
「私もベレー帽内から視認しています。マスターはカゴの手前に置いていました……奥の袋の存在は、気づいていませんでしたが」
「なるほど……では、先程の証言をまとめまして。
ユノスの紙袋は、彼女が冷蔵庫に入れた十四時十五分から、コーリン姉さんが謎の奥の紙袋を盗った十四時四十分、この二十五分間に盗まれたということになりますな」
「つまるところ、別なものを盗った姉御は絶対に違うとして……」
「そのコーリンの犯行後の姿に出くわしたワノも、同時に疑いが外れる……」
「「なら、ユノスのドーナツを盗んだ真犯人は……!!」」
検察サイドの二人は、同時にローテーブルがある方へ向いた。
二人の視線は、紙紐に巻かれたままのイバラに当たる。
「うそ……またわたしが……!」
「その時間にキッチンにいたのは、もはや君しかいないからね、イバラ」
「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となるからな……まあ、これだけ引き伸ばしてこんな結末となるのは、自分も心外だ。一応、トツカが帰ってきたら、一通り吐いてもらって、キチンと裁くつもりだが」
「そ、ん、な……わたし……ほんとうにたべてない……! みんなのごはんつくってただけ……!」
「……ふむう。残念ですが、ここまでのようですね。お母さんが帰ってくるまでに、イバラには晩ご飯の支度をしていただかないとなりませんからね」
いよいよ、ただでさえグダグダだった法廷が、クソつまんないオチで終わる。
周りがそれをにわかに期待し始めた中、ルシェヌは思う。
(依頼人の無実を立証するのが、弁護士たちの義務らしいのじゃ。
だから……イバラを救うことだけ、考えてきた。
その結果、たどりついたコタエが……これなのじゃとッ!)
「いいや、まだ続くのじゃあああ!」
そしてルシェヌは、気合を爆発させ、テーブルの上に立ち、言ってのけた。
「……ルシェヌ君。ここに立つのは流石にダメです」
「はい、すいませんなのじゃ」
ルシェヌが椅子に座り直したところで、改めてピコリは尋ねる。
「それで、弁護人。この法廷が続くというのは……どういうことです?」
「エラそうなクチきいてないで貴様ももっと考えいッ!
イバラ以外にもシン・真犯人となりうる人物が、ここにもう一人いるのじゃ!」
【つづく】




