第173話 ドーナツ食べられ裁判・逆転編
■前回のあらすじ
”イバラの犯行を目撃した”――第二の証人ワノが致命的な発言を放った!
しかしルシェヌが、ややグダつきながらも、ようやく弁護士役らしい観察眼を発揮し、卑怯なニセ証言のムジュンを暴く。
残る真犯人候補はコーリンのみ!
そのための武器を得るべく、改めて証拠探しをするルシェヌとアザレア。
するとソファ下になんと……
ルシェヌはソファの下で見つけたものを躊躇無く取り出す。
それはレシピ本。ルシェヌが絶対に知らないような、その道の高名な料理人が監修したものだ。
ホコリはあまり被っていない。つい最近ここに入れていたらしい。
いくつか折り目が刻まれた付箋が一枚伸びていた。ルシェヌは迷わずそのページを開いた。
「これは唐揚げのレシピじゃな……」
「いいものを見つけたようですね、ルシェヌ様」
ルシェヌとアザレアはそのページの内容を詳しく見ていく。
■
1.鶏肉をお好みのサイズにカットします。
2.ボウルやフリーザーバッグなどの容器に調味料Aと一緒に入れて、三十分ほど冷蔵庫で漬け込みます
3.唐揚げ粉を全体にまぶして、二十分ほど冷蔵庫で寝かせます。
以下略……
■
「……多分これは、イバラが作ろうとしてたヤツじゃな」
「そのようです。あのバットは手順3の状態だったのでしょう」
「じゃな。でもなんでこれがソファ下にあるのじゃ? 別に隠さなくていいじゃろこれ?」
「恐らく、イバラ様以外の誰かが隠したと見るべきでしょう。証拠として回収しておきましょう」
思わぬところで拾い物をしたことに、顔をほころばせるルシェヌであった。
「ちなみにアザレアは何か見つけたかえ?」
「私はこちらを見つけました」
アザレアはテレビのリモコンを見せた。
この事件の発覚から、テレビはつけていない。調査と裁判の邪魔になるためだ。
アザレアがそのテレビを付けると、サブスクのホーム画面が真っ先に映る。
そこから履歴ページに移行して見せる。
最後に視聴されているのは、『騎人バスターアロウズ』の短編映画。
「騎人バスター……コーリンじゃな」
「イバラ様は”ドラマ”と言っていましたが、よく知らない方にとっては、断片的にかいつまんで観たら区別がつきませんからね」
「これも証拠として押さえておくのじゃ」
そして二人は再び留置所代わりのお風呂へ行き、グルグル巻き状態のイバラに、改めて時系列を確認する。
「いちじはんから……げつようのおべんとうのおかずの……つくりおき……
いちじごじゅっぷんから……ゆうはんからあげのしたく……
にじぴったりにつけおき……さんじゅっぷんかかるから……そのあいだにあらいものとか……おべんとうのつづき……
にじはんから……こなまぶし……じゅっぷんくらいで……ていねいにまぶした……」
「で……二時四十分にはあの箱に入れて冷蔵庫で寝かせたんじゃな」
「うん……そのあとは……つけあわせのキャベツのせんぎり……」
「そして、午後三時――十五時からいざ唐揚げを揚げようとしたところで、マスターに詰め寄られたということですか」
「そう……はやくあげたかった……」
一時間半、ほとんど無駄なく作業していたところに、あらぬ罪を着せられて、かれこれ二時間ほどお風呂場に軟禁されてしまうという。
傍若無人な振る舞いが多いルシェヌも、この有様を見て深くうなだれた。
(このままだと夕飯無くなっちゃうかもしれないのじゃ……まあお母さんの社長パワーで外食にしてくれても構わんのじゃが)
訂正。そんなことなかった。
それはさておき、アザレアは先程の二人の証言から出た新情報をいくつかかいつまんでイバラに伝えた。その中でアザレアは尋ねる。
「イバラ様、本当に冷蔵庫に誰か来たことを覚えていないですか?」
「うん……おぼえてない……」
「ワノ様は”アイスティーを取りに行った”と言っていましたが?」
「ごめん……ぜんぜんしらない……」
「やっぱアイツも怪しいのじゃ。ワノのやつ、色々変なアイテム持ってるから、こっそり忍びよったりも出来るかもしれんぞい。
なんならあのブラックホールコウモリ使って冷蔵庫からグイーッって中のドーナツだけを吸い取るとか」
「あ……それムリ……ワノおねえちゃんのコウモリは……くぎられたべつくうかんには……だせない……
アイテムをつかったら……わたしならそういうヤなけはいで……ぎゃくにきづく……」
イバラとワノは一時期まで異世界を巡って共闘した間柄。相手の能力はとうに把握している。
「ご説明感謝するのじゃ。でもじゃあ、なんでアイツはあんな胡散臭い話をしたのじゃ……?」
まるで先の見えないこの状況に、ルシェヌは頭を抱え始めた。煙の出る幻聴さえしてきた。
「とにかく、今はコーリン様へ集中しましょう。ほら、先程までルシェヌ様が一番怪しんでいた容疑者ですから、きっとここで一気に真実へと進めるはずです。
ほら、ワノ様の時のような攻めを行えば、必ず勝機はありますよ、ルシェヌ様」
「そうじゃな。では気合い入れて頑張るととしようなのじゃ!」
ルシェヌはケロッと笑って、両拳を突き上げて叫んだ。
この切り替えの早さだけは、弁護人に向いているのかもしれない。と、イバラは真顔のまま思った。
*
十七時二十分。
「ではこれより、審理を再開いたします。」
ピコリ裁判長のお決まりの宣言から間髪を入れず、マジナが言った。
「では約束通り、三人目の証人の尋問をお願いいたします」
「うむ。ウチもそれを待っていました」
「アタシも待っていたのじゃ」
「それは聞いてません。では証人をこちらに」
「というよりもういるぞ」
この時既に最後の証人――コーリンは、ダイニングテーブルの証人席に、腕を組んでどっしりと座っていた。
「積極的な証人ですね。余程言いたいことがあるのでしょう」
「気が早くて助かるよ。では証人、あなたの事件前後の行動を教えていただけますか?」
「おう、耳かっぽじって聞け!」
〜オレはこうしていた〜
「事件の時間、オレはずっとテレビへ向かって、あのソファに座って映画を観ていた。
かなり面白いヤツだったから、一時もソファから立った瞬間はなかった。
だからオレには犯行はムリ! これでオレの証言は終わりだ!」
「言い切りましたね、証人……では弁護人、尋問をどうぞ」
「はい! じゃあまず……」
あれだけ断固否定を決め込まれては、生半可な指摘は水掛け論にしかならない。
ルシェヌは段階を踏んで話を引き出すことを試みる。
「貴様は一体何の映画を観ていたのじゃ!?」
と、ここで隣からアザレアが恐る恐る、
「あの、ルシェヌ様、それは先程、テレビの視聴履歴から……」
そう言えばさっき見ていた。それをすっかりあっさり忘れていた。
「う、うるさい、アタシにも、一応考えがあるのじゃ! ほらー、早く答えろなのじゃ!」
意図は分からないが、答えないと、何か都合が悪いことを隠していると思われかねない。
それ故か否かは現時点ではわからないが、コーリンは素直に答えてくれた。
「『騎人バスターアロウズ外伝 ブラッグド』だ。
本編の悪役だった騎人バスターブラッグドの過去を紐解く作品だ。合計時間は六十五分。
しれっとサブスクに落ちていたのを見つけたから観てたんだよ」
「それは何時から観ていたのじゃ!?」
「十四時ジャストくらいだったかな? エンドロール流れ始めたところでユノスとイバラがキッチンで揉めてるのに気づいたから」
「エンドロールもちゃんと観てこその映画ってユノスが言っていた覚えがあるぞい!?」
「残念、オレは言うほど映画マニアじゃないんでな。黒背景の白文字の地味な画に、ヒーローものっぽくない物憂げなテーマソングが流れてくるのもオレとしては好かなくてな。
で、ヒマになってふと周りを見てみると、キッチンの方であんなことが起こってたってワケだ。
繰り返し言う。オレはずっと画面に集中していたから、冷蔵庫のドーナツなんてまるで知らん!」
ルシェヌはテーブルの下で拳を握りしめた。そこから二の矢を考える。
「ルシェヌ様。ここはまず、コーリン様が他に意識が向いたことを証明して切り崩しましょう」
「わかった。じゃあ早速あれを使うぞい……!」
ルシェヌは椅子の下に置いていた《レシピ本》を、テーブルの上に提出した。
ピコリ裁判長が尋ねる。
「弁護人。なんですかこれは!?」
ルシェヌは付箋を引き、唐揚げのレシピが掲載されたページを開く。
「さっきの調査で見つけたものじゃ。
ご覧の通り、イバラはこれを見て今日の晩ごはんを作ろうとしていたのじゃ。
しかしこれがどういうわけか、ソファの下にあったのじゃ」
「つまり、どういうことです?」
「コーリンや、貴様はさっきから”一時間ずっとソファに座って、映画を観ていた”と言ったな。だが実は、この、騎人バスターと何の関係もない本をチラ見していたのじゃろ!?
でなければわざわざソファの下などというヘンなところに隠す理由もないからのう!」
「ふうん……」
コーリンは両手を体の真ん中で組み、興味ありげに背中を曲げた。嫌なところを突かれた反応は何一つ出ていない。
と、ここでマジナが手を挙げた。
「異議あり! その証拠の真意を捻じ曲げないでくれ!」
「なんじゃと!」
「続けてください、マジナ姉さん」
マジナは手を広げて……
「おい、当たったぞマジナ殿」
「これは失礼」
……肘を胴に付けたまま、小さめに手を広げて悠然と語る。
「奇をてらった考えはやめておくれ。
常識的に考えて欲しい。レシピ本というのは実際に料理をしながら参照して使うものだ。
それをあろうことか、元料理人のイバラがその本をソファの下に入れた。
これはむしろ容疑者の疑惑を強める証拠となるだろう。
そして、この証拠の役割は二つ。
ソファに座っていたコーリンに疑いを向けさせること。
あれだけ料理に集中していたと言っておきながら、ソファ下に工作する余裕が容疑者にあったという証拠がね!」
さっきまで緊張感ゆえの張り詰めた静けさが破られ、リビング内がざわめき出す。それだけマジナが鮮やかなカウンターを決めたのだ。
マジナの隣に座ったサバキが、小声で聞く。
「マジナ殿、今まで以上に検察らしく、弁護人……ルシェヌを妨害してくれたな」
「まあね。検察役を任された以上は、とことんこの裁判を荒らしたくってねぇ……」
と、マジナは意地悪く歯を見せて言った。
ピコピコハンマーの音が幾度と鳴り、二人は正面に向き直る。
「弁護人、何か反論はございますか?」
「えーっと、一応あるのじゃ!」
「なんとも煮えきれない返答ですが、まあよしとしましょう。
では、マジナ検事の意見の誤りを示す証拠を提示しなさい。
テキトーなデタラメを言えば相応のペナルティを与えますのでご注意を」
ルシェヌは迷わず答える。
「証拠と言ったらこれしかあるまいよなのじゃ!」
示したのは、さっきの《レシピ本》……に貼られている付箋だ。
「この付箋を見よ! ベラベラに折れ曲がっておるじゃろう! これはイバラが何度もこのページを見返していた証拠じゃ!
イバラは今日、頭にレシピを叩き込んだうえでキッチンにノゾんでいたのじゃ!」
マジナが異議を唱える。
「それは被告人の偽装工作の可能性もないかな?」
「いいや、それもないのじゃ。
何故なら本当にイバラはレシピを覚えているようだったからのう。
さっきお風呂場に行って話を聞いたら”どこにどれだけの時間がかかるか”も覚えていたのじゃ!」
ここでアザレアの追撃。
「その時の録音も皆さんにお聞かせ致しましょうか?
《にじぴったりにつけおき……さんじゅっぷんかかるから……そのあいだにあらいものとか……おべんとうのつづき……」
「長くなりそうなので結構です、アザレアさん!
つまり事件時間、イバラさんはこの本を参照するまでもなかったということですね……」
「けどそれならなおさら、濡れ衣を着せる道具となりえないかい?
読む必要がないのなら、より抵抗無くソファに滑り込ませることもできそうだけど」
「いーやっ! それはありえないぞい!
さっきアザレアが録音してくれた通り、レシピを覚えるくらいのやる気がある。それだけイバラは料理人のプライドを持っておる!
つまりレシピ本とかの道具をあんな雑なことに使うはずないじゃろうが!」
「うげぇッ!?」
マジナは広げていた手を顔面にあてがった。
この一連の弁護人と検察官の問答を見て、裁判長は話をまとめる。
「ふむう……そう言われると、コーリン姉さんの証言に穴があったように見えますなぁ。
というわけで証人、もう一度、その時のことを正直にお伝えください」
「……わかったよ。
映画中の会話シーンに、タルいところがあったからちょっとヒマになって、テレビ周辺をウロウロしてた。
そしたらテレビ台にこの本が入ってて、ちょっと手に取った。
その時に会話シーンが終わって、映画限定の騎人バスターのバトルが始まったから、その時の慌てた勢いでソファ下にシュートしたのかもしれん」
「ふむう……これならツジツマが合いますね」
(合わんじゃろ……映画中にヨソ見するのがレシピ本なわけあるかなのじゃ。アタシならスマホに決まっとるのじゃ)
と、ルシェヌは内心ツッコミを入れた。
そしてルシェヌは、裁判の原則を思い出す。
(一度崩れた証言はもう二度と戻らない……とか誰かが言っておったな。
コーリンめ、やはり何か隠しておるな)
「では弁護人、他に尋問したいことはございますか?」
「そうじゃな……」
「待った!」
と、マジナが威勢よく言い放った。
「どうしました、マジナ検事。まだ弁護人は何も言っておりませんよ?」
「もう言わなくてもなんとなくわかりましたので。弁護人はどうやら姉御を犯人と決めつけているようなので、私からここで事件を解決するのに、有益な情報を一つ言っておきたいと思いましてね……」
「……なるほど。では手短にお願いします」
「先の新しい証言で、姉御も事件時間は相当な空き時間があったことは判明しましたが……”だとしても”という話ではないかな?」
マジナは証拠として並んだ、ゴミ箱奥に沈められた《紙袋》を指さす。
「ユノスのドーナツは”食べられた”のだよ。
仮に姉御が犯人だとすると、姉御はイバラがいるすぐ側で、平然とドーナツを食べていたことになる」
満月家の間取りからして、キッチンからリビングの様子はすべて見渡せる。
イバラといえど常に調理台やシンクばかり見ているわけがない。一瞬でも首を上げて、キッチンの外を見るはずだ。
シンクに面するカウンターの下などの死角に隠れていたとしても、今度は映画が映っているのにコーリンの姿がどこにもないというまた別の異変が起こる。
「ドーナツをどっかに捨てたとかも……あるじゃろ、ほら……?」
「それはもはやユノスに対するいじめ以外の何物でもないだろう」
「全くだ。オレがそこまでユノスにウラミツラミがあると思ってんのか、ルシェヌ?」
「……け、けど……」
さらにマジナは証拠品《イエローシュガーの粒》も指す。
「それとこれも。これを姉御の工作とするなら、他二つのドーナツもボロボロこぼしておくでしょうよ。
しかもそんな小難しい工作、冷蔵庫の前で数分間立ってないとできない」
「……じゃ、じゃが……」
「つまり、姉御犯人説は大間違いってことさ!
残念、また犯人候補がイバラに戻ってしまったねぇ!」
「ぐげぎご……ッ!」
ルシェヌは喉から虫の断末魔めいた声を鳴らした。弁護人にとって致命傷を受けたためだ。
そこに裁判長が、”裁判”の”長”らしい問いを振りかざす。
「ふむう、証人も出尽くしましたし、いよいよ決着のようですなぁ
……弁護人。最後に何か反論はございますか?」
ルシェヌは必死に考える。だが、何をどう考えても、コーリンがドーナツを食べた画が見えない。
「も、もうダメ……じゃあぁ……!」
もはやお手上げとなったルシェヌは、諸手を上げて机に突っ伏した。
が、その寸前で背筋を元に戻した。
「まだ諦めてはいけませんよ、ルシェヌ様」
アザレアが直前に腕を滑り込ませて、ルシェヌの頭を持ち上げたのだ。
しかし、その彼女の顔は降参寸前の、短時間で頭の栄養を使い果たしたように、げっそりしていた。
「……わかっておる、イバラのためにもな。
じゃが、もうダメじゃあ……どー考えてもコーリンが、イバラの目が届く空間にいる中、ドーナツを盗む方法が思いつかんのじゃ。
奴はあの一時間のほとんど、テレビの前にいたのは本当なのじゃからのう……」
「それについては私も認めざるを得ません。
ですが、それでもまだ諦めてはなりません。
まだルシェヌ様にできることはあります」
「何じゃあ、イバラと一緒に、ユノスにものすごく謝るとかかえ?」
「――発想を逆転させるのですよ」
【つづく】




