第172話 ドーナツ食べられ裁判・尋問編
■前回のあらすじ
ドーナツ食べられ裁判、開廷!
刑事役・サバキのギリギリでの新証拠と、検察役・マジナの苛烈な推察……
そして、激昂する被害者・ユノスの大暴走!
この怒涛の劣勢を、アザレアのアドバイスの元、なんとか乗り越えたルシェヌ。
最初の証人であるネロアが、ワノの名前を出し、ここからが反撃かと思いきや……?
二番目の証人、ワノは裁判長に呼ばれて、それ用の席に、自信満々に足を組んで座る。
その自信は、証言を述べる口の早さにも表れていた。
〜アタイはとんでもない瞬間を目撃したっス〜
「さっきネロアが言った通り、アタイはあの事件発生時間、一度だけ一階に降りてキッチンに寄ったっス。
念のため言っておくっスけど、アタイは盗ってないっスからね。本当に、自分のアイスティーだけ持っていったっス。
けど、その途中でアタイはとんでもない瞬間を目撃したっス。
――イバラがドーナツ食べてたんスよ」
ニヤリと笑うワノの視界にいる全員が、各々の反応で驚き、場がざわめく。
この場を収めるために、ピコリがピコピコハンマーで何度もテーブルを叩く。
「静粛に! どういうことです、証人!?」
マジナが指を向けて問いかけた。
「どうしてそれをもっと早く教えてくれなかった、ワノ!?」
「それはもう少し裁判が進んでからのほうがいいと思ったからっス。アタイの信頼性がある程度確保されたほうが、皆さんのためになるかと思いましてっスね……」
ワノは満月家の中で特にずる賢く、用心深い……たとえ犯人でないとしても、慎重に立ち回ることは欠かさなかった。
ただこの場では積極性のほうが欲しかった。と、マジナは軽く苛立ちながら、
「……まあいい。じゃあ君が見た光景を教えてくれたまえ」
「了解っス。
時間はさっきのリプレイで思い出した限りだと……十四時四十一分っスかね。
アタイが一階に降りて、このリビングの戸を開けると、イバラが冷蔵庫の扉を開けっぱにして、顔を突っ込んでいたんス。
なんか探し物してるんスかなぁ。と、思いつつ少し近づいてみたらオドロキ仰天! なんと冷蔵庫の中で袋を開けて、ドーナツを食べてたんっス!
もうちょい近づいて、一声かけてやろうとしたら、カウンターのあたりに差し掛かったところでアタイの気配に気づいて、何食わぬ顔して冷蔵庫から調理台に戻ったっスよ。食ってたのに…… で、アタイは冷蔵庫を開けて、アイスティーのパックを扉のポケットから取って、二階に戻ったっス。これにて以上っス」
「ふむう……これだけ聞くと、容疑者の手口がより明瞭になり、ますます疑いが強まったかと思います。
では弁護人、尋問いたしますか?」
ルシェヌは椅子から射出されたように立ち上がる。
「するに決まっとるじゃろうが! じゃあまず、貴様がアイスティーを取るために開けたとき、冷蔵庫の中段はどうなっていたのじゃ!?」
「そりゃあ、紙袋が口が空いたまま置いてあったっスよ。おまけにあの狭い中でコソコソ食おうとしたものだから、コーティングをボロボロこぼしてたそうじゃないっスか」
と、ワノはテーブルに置かれたままの証拠品《イエローシュガーの粒》を見ながら答えた。
「その場でイバラに注意しなかったのは何故じゃ!?」
「その時はまさか、ユノスの物だとは知らなかったからっス。別にモモキノドーナツ買うのはうちじゃユノスだけじゃないっスよね」
「そういう過去の前例に縛られた思い込み……よくないよ、ルシェヌ」
マジナはクスクスと嘲笑う。
ぐぬぬ……と、ルシェヌは息を歯の隙間から漏らす。
「じゃあ次の質問じゃ! 貴様は”もうちょい近づいて、一声かけてやろうとしたら”と言ったが、もっと早く声をかけようとは思わなかったのかえ!?」
満月家のリビングは一家十一人全員が揃っても手狭にはならないほど広いが、ある程度離れると声が通りにくくなるほどでもない。
声をかけるタイミングが遅くないか。ここがルシェヌが揚げ足を取りたいポイントだった。
これにワノは迅速に答える。
「だってリビングに入った時点だとよく見えなかったんスもの。”冷蔵庫に顔突っ込んでいた”とも言ったっスよアタイ」
ものすごい正論である。だがルシェヌは、ワノの顔と冷蔵庫を行ったり来たり見ながら、負けん気の強さで、噛みつける部位を探す。
「こ、ここの冷蔵庫はドアが両開きで開くのじゃ! どの角度からもナカミが見やすいはずじゃぞ!」
「イバラはその部分を理解したうえでセコいことやってたんス。片方のドアだけ開けて食べてたんスよ」
「片方ってどっちじゃ!」
一つの質問に対して小質問が多い……ワノはルシェヌの無駄の多さに軽くキレつつ、
「もっとイバラの気持ちになって考えたらわかるっスよね、こんくらい。
左っスよ。だってあのリビングの出入口から見て近い冷蔵庫のドアは右側なんスよ。少しでもリスクを減らすなら左だけ開ける……いや、開けていたんスよ」
「ほほう、左なのじゃな……ふむふむ、わかったのじゃ」
イマイチわかっていない様子のルシェヌであった。
「弁護人。明日は日曜日と言えども、ウチらにも時間がございますから、なるべく無駄な質問は避けていただけますかな」
「はいはい、わかったのじゃ。裁判長……」
この時、隣からアザレアがルシェヌの肩をトントン指で小突いた。
「ん、どうしたのじゃ?」
「ルシェヌ様。今のワノ様の証言、何かイワカンはございませんか?」
「イワカン……別にないぞい」
「よーく思い出してください。開廷前の証拠集めのことを」
助手に言われたことを鵜呑みにして、ルシェヌは証拠集めにしていたことを脳内で羅列していく。
(サバキに色々教えてもらったな。冷蔵庫にバットが入っていたこと、そのバットに砂糖粒がこぼれていたこと、取っ手の指紋が一度拭き取られていたこと……うおおっ!? まさかぁ!?)
ルシェヌはマジナの隣にいるサバキに尋ねた。
「おいサバキ! あの鶏肉が入ったヤツは、中段の右と左、どっちには入っておった!?」
サバキは堂々と答える。
「左側だ。そしてユノス殿の証言によれば、当人のドーナツは右に置いていた」
「やっぱりそうじゃな! おい、これはオカシイぞワノよ!
なんでドーナツが置いてある方のドアを開けてないのじゃ!? そっちのほうが食べづらくてかえって目立つじゃろうが!」
「うぐっ」
ワノから小声が漏れた。片眉がピクピク揺れ動いていた。ダメージが入った証拠だった。
「……そ、それは、イバラが食べづらさよりも、行動の分かりづらさを優先したからじゃないっスか?」
「貴様のコウサツはどうでもよい! 結局、左側が開いていたのを見たのか、右側が開いていたのを見たのか、はっきりするのじゃ!」
「……すみません、そこまでよく覚えてなかったっス」
「証人。今後は覚えていたことを正直に話すように」
「すみませんっス」
アザレアはテーブルの下に置いている両手を強く握った。
「やりましたね、ルシェヌ様。一度崩れた証言は立て直せません。さらに攻め立てればイバラ様の疑惑を晴らせます」
「そうか……ようし、じゃあ次はどこをほじくりかえしてやろうかのじゃ……」
「あ、ここで私からアドバイスを。先程からルシェヌ様は相手の発言のおかしな部分を拾っておりますが、今行っているのは裁判です。
時にはこういうものを使うべきでしょう」
ルシェヌはアザレアが指している方――証拠の数々に注目する。
「今までのワノ様の発言から、この証拠とのムジュンも探してみてはいかがでしょうか」
「なるほど、いい加減落ち度拾いも飽き飽きしていたので、これは丁度いいアドバイスなのじゃ」
早速ルシェヌは現時点で出てきた証拠群とにらめっこしてみることに。
その中で一番、イバラの疑惑を強めている《イエローシュガーの粒》に着目する。
(サバキは”これを食っている途中にバットの中にこぼれたのだろう”とか言っておったな……
そりゃ冷蔵庫の中という狭いスペースで食えばそりゃボロボロと……ん?)
「のうアザレア。ユノスは何のドーナツを買っておったかもう一度教えてくれなのじゃ?」
「はい。フレンチクルーラー、イエローシュガー、オールドファッション。この三つです」
「そうか……まさかこんなヤツギバヤにムジュンが見つかるとは、さっすがアタシ、魔王なのじゃ!」
ルシェヌはウザさすら覚えるくらいニタニタ笑って、ワノに向かって、
「くらえ、なのじゃ! 貴様の目撃情報は、コンポンからウソっぱちのムジュン三昧なのじゃ!」
「どういうことです、ルシェヌ君?」
「証拠にあるこの《イエローシュガーの粒》これはイエローシュガードーナツとやらにしか使われていない粒……それは知っておるよな、ワノ」
「何聞いてるんスか。一足す一の答えを他人に求めるようなモンっスよそれ。
これ含めて冷蔵庫内で食ったせいで、あのバットにこぼれた。これはそういう証拠っスよね?」
「じゃろうな。だが、それだけじゃまだ理解が足らんぞい。
よおく考えて見るのじゃ。
貴様らが散々言ってる通り、イバラがユノスのドーナツを全部冷蔵庫内で食ったとしたら、何故”他のドーナツの食べカス”が、証拠に残ってないのじゃ!」
イエローシュガーに限らず、大概のドーナツはコーティングなり粉砂糖なり、生地そのものなり、何かしらのカスがボロボロとこぼれる。
それも冷蔵庫内という狭い空間で食べれば、その確率はより高まる。
にも関わらず、あのバットの中にはイエローシュガーの粒しか検出されていないではない。
ともすれば、最低でもイバラは他二つのドーナツ――フレンチクルーラーとオールドファッション――は冷蔵庫で食べていないことになる。
このルシェヌの推理を食らった途端、ワノは一度天井を見上げたあと、テーブルの縁を掴んだ両手をガタガタ震わせる。
「そ、そそそ、それは見落としじゃないっスか? 本当は他のカスもあのバットの中に……」
サバキが食い気味に反論する。
「自分はあのバットをくまなくマシンで分析した。鶏肉、唐揚げの衣となる粉、それとイエローシュガーの粒、それ以外のものは検出していない!」
「その唐揚げの粉と、ドーナツのカスが成分一緒だってことは。ほらどっちも小麦粉……」
再び食い気味の反論が飛ぶ。
「ない! 貴様、断退警察の分析能力にケチを付ける気か!」
「ひぃぃ、す、すみませんっス」
「やれやれ、私の隣の椅子にはうるさくなる呪いでもかかってるのかな……」
「なんか言ったか、マジナ殿」
「いえ、なあんにも」
ピコリはピコピコハンマーを何度も叩き、場を落ち着かせてから、
「証人。先の弁護人の意見に対して何か言うことはございますか……」
「え、それは……」
ここでマジナが助け舟を出す。
「待った! ワノが一階に降りてた時は、イエローシュガードーナツだけ食べていたとすればどうでしょう。
別の時間では、他のドーナツを一旦冷蔵庫の外に出して食べてたとすれば、辻褄は合うはずじゃないかな?」
「た、確かに……言われてみればそう……」
ルシェヌはいつもの老人口調の語尾を飲み、急に首をブンブン振る。
(いかんいかん、ここでマジナの口車に乗ったらまーたピコリが閉廷させようとするはずじゃ。 思い出せ、アザレアの言ったことを……今は負けなきゃいいのじゃ!)
「いやー、異議ありなのじゃ! 検察側の言うことが本当だとしても、ワノの証言がアイマイでシンピョウセイに欠けることには変わりないぞい! 冷蔵庫の外に出して食べた証拠もないしのう!?」
「うぐっ……!?」
マジナが引きつった顔をして背もたれにのけ反る。
隣のサバキは無言でうんうん頷いていた。
そしてワノは両横にチャネルバットを召喚して、何度も左右へ首を回した。何かアイテムを出して場をごまかそうとしたが、それをすればいよいよ自分の疑いが強まるからすんでのところで抑えている。そういう混乱が見て取れた。
「そ、そそそそ、それはそうっスけど、アタイはユノスのドーナツが食べられているところを確実に見てるんスよ!?」
「それは貴様自身がそうしてたからってのも無くはないのかえ!?」
ワノは両脇のコウモリを消滅させ、ピコリに無駄に明るい笑顔を向けて、
「い、いやあ、んなこたないはずっスよ!?」
と、ヘタクソなとぼけ方をした。
そしてここで、ピコリがピコピコハンマーをテーブルに叩きつける。
「……そこまで! 弁護人の言う通り、この証人は現段階では信頼しかねます! よって、まずこの証人尋問を終了していただきます」
「あーあ、ようやく核心を突けたと思ったのにね……で、”まず”と言ったからには、”次”もあるんだよね?」
「ええ。次に、双方へ宿題を出したいと思います。
ここまでに出た新情報を元に、さらなる証拠を集めてくるように。
最後の証人、コーリン姉さんへの尋問は三十分後に行われます。それでは一時、閉廷!」
*
十六時五十分。
ルシェヌとアザレアは再びキッチンへ行き、さらなる証拠を集めることにした。
そこには既にサバキがいて、調理台の前に立っていた。
ザルに入ったキャベツに両手をかざして、何らかの光を出してスキャンしている。
「やはり、ここにはドーナツのカスはない……」
「ご苦労じゃな、サバキよ……何かいいもの見つかったかえ?」
「いいや、今のところは何もない。先程調べていたものもすべて洗い直したが、新発見は特にない」
アザレアが尋ねる。
「ところでこのキャベツは何ですか?」
「こちらは先程イバラが鮮度がまずいということで、一旦避難させていた証拠です。
唐揚げに付け合わせる千切りキャベツです。
これを切り終えて、いざ主菜の唐揚げを揚げる油を熱したところで、ユノスに捕まったとのことです」
サバキはキャベツのザルから、IHヒーターにある、油の入った鍋へ指を移す。もちろん今は熱されていない。
「イバラにとっては迷惑極まりないところで邪魔が入ったのう。これ、母さんが帰ってくるまでに夕飯が出来上がるかも心配じゃな」
「ですね、ルシェヌ様。事件解決を急ぎませんと」
魔王と電子生命体という常識外の存在ではあるが、推理に向いた能力はない。
なのでルシェヌとアザレアは、他の場所――リビングそのものに何かいいものはないか探してみる。
ちなみに、次の審理が始まるまで、証人たち四人は、ピコリと一緒に二階の大部屋で待機してもらっている。
アザレアはテレビ台の収納を漁りながら、
「ところでルシェヌ様。先程のお二方の証言をどう思いましたか?」
ルシェヌはカーテンの裏をめくりつつ、
「ネロアはアリバイがきちんとあるし、ウソも言った風には見えんから、今のところは怪しくないのじゃ。まあ、それがかえって怪しいのじゃが。
で、ワノ……アイツは一体何がしたかったのじゃ? あんなあやふやな証言をしおって」
「性格は賛否両論ありますが、賢いお方ですのに、何故、最悪の場合自分の首を絞めかねない証言をしたのか……」
「それは多分誰かに言わされたんじゃろ。アイツ金儲けのことばかり考えてるから、ワイロとか貰っとるんじゃろ、真犯人に」
「その線は大いに考えられますね。となると次のコーリン様の証言が、事件の全貌を暴く大きなカギとなることでしょう」
「だと良いがのう……」
何度もカーテンをめくり、やはり証拠がないと感じたルシェヌは、他に何か隠せそうな場所はないかとキョロキョロして、
「こことかに何かないか……」
ソファの下に手を入れる。
「おお、あったのじゃ!」
【つづく】




