第171話 ドーナツ食べられ裁判・開廷編
■前回のあらすじ
ユノスが買ってきたドーナツが、冷蔵庫から消えた!
犯行可能時間にずっとキッチンにいた容疑者・イバラの疑いを晴らすべく、急造タッグを組んだルシェヌとアザレア。
だが、現場のキッチンはイバラの犯人説を強める証拠だらけ。
開幕から不利なこの状態で、ルシェヌは家庭内裁判に臨むことになってしまう……
十五時四十五分。満月家リビング。
今家にいる満月家全員を集めたこの空間に、ピコピコハンマーの空気が勢いよく抜ける音が鳴り響く。
「これより、満月イバラの法廷を開廷します」
と、やけに低い声を作って、ダイニングテーブルの短い辺に座ったピコリが宣言する。
「ではマジナ検事。冒頭弁論をおねがいします」
ピコリから見て左に座ったマジナは立ち上がり、明瞭かつ堂々として喋った。
「被告人・満月イバラは十五時十分、キッチンの冷蔵庫に保管されていたユノスのドーナツを食べた罪で捕縛された。
この犯行は事件推定時刻の状況からして、被告人のものと見受けられる。
本法廷で、検察側はその点を完全に立証してやるのさ!」
(やはり過剰なまでに乗っかってきた……)
と、マジナの後ろに立って出番に備えているサバキは思った。
「マジナ検事、最初の証人を入廷させてください」
「では、まず、サバキ刑事を」
(意外とすぐに出番がやってきたな……)
サバキはピコリの向かいの辺に立ち、あらかじめまとめてきたメモを元に、事件の概要を説明する。
「事件推定時刻はユノスがドーナツを冷蔵庫に置いた時から、ユノスがドーナツを食べようと冷蔵庫を開けた時――十四時十五分から十五時まで。
それよりも遥か前(十三時)から、被告人が夕食の準備をするためキッチンに立っていた。
十五時。ユノスが事件に気づいた途端、すぐさまイバラを捕縛した。
それを自分と検事、それと裁判長と弁護人が確認して事件が発覚しました」
「ドーナツの盗み食いですか……これはまた、低レベルな事件ですな……」
「ハァッ!? 低レベルだってッ!?」
背後の壁に椅子が激突するほど、マジナの隣にいたユノスが立ち上がり、ピコリ裁判長へまくしたてる。
「ボクがアレを買って食べることにどれだけ心血を注いだかわかってるワケ!?
確かにお値段は八百円以下のドーナツ三つだし、近くのモモキノドーナツで買ったものだけど! あの三つをセレクトするのに相当悩み抜いたんだよ!
まずはドーナツ界の老兵オールドファッショ……!」
ユノスのドーナツ談義は永遠に限りなく近いほど長い。一同は全力で止めにかかった。
「ハイハイハイハイ、ここは一旦落ち着くんだよ、ユノス。君の証言はもうすぐに行うから……というわけで裁判長、被害者に証言させてもいいかい?」
「うむ、許可いたします」
ということで、ユノスはサバキと入れ替わって、証言台としている椅子にドサッと腰掛けた。
〜事件当時について〜
「ボクは十三時四十五分に家を出て、モモキノドーナツで商品を受け取ってからまっすぐ帰宅し、十四時十五分に到着した。
冷蔵庫にドーナツを入れたのはちょうどその時。これを置いたあとはすぐに二階へ行って、漫画を描いていた。
そして十五時ジャスト。ボクが一階に降りて冷蔵庫を開けたら……紙袋がコツゼンと消えていた!
その時、イバラは何食わぬ顔して料理していた! 絶対にヤツに違いない! さっさと有罪にしろッ!」
この殺気に満ちたユノスの言葉に、裁判ダイニングテーブルを囲む一同や、やや離れた位置にある、傍聴席代わりにいるソファに座る、他の姉妹が震え上がった。
なお、現在、被告人のイバラはお風呂場で紙紐に縛られたまま座らされている。
彼女が何らかの隠蔽をさせないためというのもそうだが、今のユノスと同じ空間に置いたら半殺しにされかねないためだ。
「ふむう……では弁護人、反対尋問をおねがいします」
「はい! なのじゃ!」
マジナの反対側に座っていたルシェヌは元気よく手を挙げて立ち上がった。
「それじゃあまず……何をすればいいのじゃ?」
同じタイミングで立ち上がっていた助手のアザレアは、ガクンとコケるフリをしてから、優しく教えてあげた。
「今のマスターの証言にイワカンやギモン点があるところに、質問するのです」
「おお、そうか! じゃあまず!
ユノス、貴様はどうしてそんなに時間がはっきりとわかるのじゃ!?」
ユノスはサバキに目配せをして、机の上にレシートを置かせる。
モモキノドーナツの《レシート》で、決済時間は《一四:〇〇》とある。
「はっきり時計を見てないけど、行きと帰りで同じ時間がかかるんだから、十四時十五分に着いたはずだってわかるでしょ」
「なるほど。そりゃそうじゃな」
「ちなみにですがルシェヌ様。私もベレー帽の中にいながら行きと帰りの時間は把握しておりました。全て合っております」
「ふむう……では弁護人、あれば次の尋問を」
「じゃあ、何故貴様はイバラが食べたと決めつけておるのじゃ」
ユノスは一瞬テーブルに叩きつけようとしたが、マジナとピコリの視線を感じて、寸前で止めた。
「それはさっき言った通りでしょうが!
キッチンにはずっとイバラがいた! 振り向けばすぐのところに冷蔵庫がある!
なら料理の合間に取って食べられるでしょうがッ!」
「アタシはその証拠を出せと聞いておるのじゃ! ヤツの歯にカスが挟まっていたとか! 胃の中にあるとか! 腹かっさばいて調べたのかえ、え!?」
マジナは座ったまま、そっと手を上げる。
「異議あり。なんか弁護士が野蛮すぎます」
「ふむう……その通りですね。今後は彼女の発言に注意しておきましょう」
「それともう一つ異議あり。彼女が食べた証拠なら、いくつか既に確保しております」
サバキはテーブルに証拠を二つ置いた。
一つは先程も見た《イエローシュガーの粒》。
もう一つは、何らかのタレなどで茶色中心のグラデーションがかかった《モモキノドーナツの袋》だった。
加えてサバキから口頭で補足。
「なお、この袋には何も入っていなかった。ペーパーどころか、ドーナツのカスさえも。
DNAや指紋鑑定も試みたが、めぼしい情報は発見できなかった。
ちなみにイバラの口内も調べさせていただいたが、ご期待の食べカスは発見されなかった」
「おいサバキ! それさっき見せておらんかったぞ! どこから出してきた!」
「つい数分前。意を決して、キッチンにある可燃ゴミ箱を漁ってみたら、袋の奥底にあった」
袋の奥底……犯人が不都合だから隠そうとした痕跡としか考えられない。
「なるほど。犯人はドーナツを食べたあと、そうやってゴミ箱に捨てたのじゃな」
「ゴミ箱もすぐ側だから捨てるのも早く済むよね、イバラなら」
「それを踏まえた、検察側の推察は以下の通り。
ユノスがドーナツを冷蔵庫にしまったことを、直接目視、あるいは、食材の出し入れの途中に気づいたイバラが、唐揚げの支度中にそれを取り出して食べた。だからドーナツのカスがバットに入っていた。
で、食べ終わったら、証拠隠滅のために、タレの残りなどがべっとりつくようにゴミ箱の中に押し込んだ……というワケだね」
そしてマジナは胸に片手を添えて、うざったいほど律儀に礼をした。
「ふむう……では弁護人、他に尋問はございますか?」
ルシェヌは顎に拳を置いて、しばらく考え込んだ。
そして、
「聞きたいことはもうないのじゃ」
「なるほど。わかりました。
では、ウチの意見を申し上げましょう。
状況からして、ドーナツを取れたのは容疑者の他にいない。彼女の無罪を証明できるものがない……よって判決を下します」
ドーナツ食べられ裁判
判決:有……
「え、ちょっ、待つのじゃピコリよ! こんな早く終わらせるのかえ!?」
「それは、現在、容疑者が無罪である証拠が何一つ揃っていないのに、反対尋問を終わらせたのですから……トウゼン、容疑者に有罪を言い渡すしか……」
「……そ、そんな……たった三つしか証拠がないのに無罪なんて言えるわけないのじゃ……」
救いを求めるため、向かいのマジナを見つめた。
(私、ほとんど喋ってないのに……)
笑いを堪えるのに必死であった。
さらに救いを求めるため、隣のアザレアを見つめる。
すると小声でアドバイスをくれた。
「ルシェヌ様。ここは無罪を取るのは諦めましょう」
「貴様も同意見か、アザレア……」
「そうではありません。貴方様の仰るとおり、現時点ではイバラ様の潔白を証明する証拠が少なすぎます。
であればここは、イバラ様が犯人ではない可能性を提示して、裁判を延長するのです」
「な、なるほど……それどうやってなのじゃ!?」
「そこはルシェヌ様が考えてみてください……」
「イジワルじゃなぁ……」
再びルシェヌは頭をブン回す。そしてプシューと幻聴が聞こえた。
ならばやはりここは他力。ルシェヌは救いを求めて、傍聴席ソファへ向いた。
そこではコーリン、ネロア、ワノが大人しく座って、裁判の様子を見ていた。
ここでルシェヌは閃いた。
「そうじゃ! こっちもいたのじゃ!
はいはい! 異議ありなのじゃ!」
「ねえ裁判長。『異議あり』って弁護人と検察官の間で使うんじゃなかったっけ?」
「参考にしてるゲームではそうですね。マジナ検事。
まあ、現実だと使える瞬間はもっと限定されているようですが……」
ルシェヌはユノスにブンブン指を振って言い放つ。
「おいユノス貴様! アタシたち四人が帰ってくるまでの間はイバラと二人きりだったのかえ!?
ずっと出かけっぱなしのトツカはいないとして、あそこの三人も家にいたじゃろうが!?」
対するユノスも人差し指をルシェヌへ向ける。まるで拳銃を持ってるような気迫で。
「そこまでは知らない! けどイバラがずっとキッチンにいたのだから、イバラに違いないッ!」
「知らないんじゃろ! それなら事件の時間にいた可能性もあるってことじゃろ!」
「うぐ……!」
赤くなったユノスの顔が、一瞬青ざめる。感情で押し切れそうなところを挫かれた様子だ。
「おいピコリ! これでどうじゃ! 裁判ゾッコーじゃろこれ!」
「なるほど……ようやくそこを指摘してくれましたか」
と、ピコリはため息交じりに言った。
マジナが手を上げて、
「裁判長。私とサバキは帰宅時、姉御、ネロア、ワノのクツがあったことを覚えております。話によると、三人は犯行可能時間に家にいたとのことです」
「ふむう……となれば、イバラ以外に三人の容疑者が増えたことになりますな」
「ところがですね、裁判長。そこを踏まえてあらかじめ三人に取り調べを行っております。すると三人とも、ドーナツを食べた可能性は低いと、検察側は確認いたしました」
「……わかりました。では御三方からジュンバンに話を聞いてみるとしましょう。
ここで五分間の休憩を設けます」
*
ルシェヌとアザレアは席を立ってすぐ、お風呂場へと向かった。
縛られたままのイバラが呆然と、無地のお風呂場の壁を見つめている。
ルシェヌが何度か呼びかけると、彼女は首を回してくれた。
「どうだった……さいばん……?」
「今のところ劣勢じゃな……どうにか他の犯人候補も見つけたが、奴らもなにやらイイワケがあるそうじゃ」
「検察側が用意した証拠、《粒》と《紙袋》をどう崩すかが今後のカギとなりそうです……」
「そう……わたし……りょうりちゅうにドーナツたべたりしないのに……おなかこわすにきまってるのに……」
「それは本当にそうじゃ」
ルシェヌは深くうなずいた。そして、ここで一番気になっていることを聞いておく。
「ところでイバラ、貴様が料理している間、コーリンかネロアかワノがキッチンに来たことは覚えておるか?」
「できればいつぐらいに来たかも教えていただけると助かります」
「ごめん……そこはおぼえてない……りょうりにしゅうちゅうしてた……」
「そうか。そりゃ貴様は料理のプロじゃないもんな。油も危ないしのう……」
そうルシェヌが感心していると、イバラの眉がやや内側に向けて傾いた。
「わたし……まだなにもあげてない……」
「ルシェヌ様。あのバットには粉をまぶした鶏肉が入っていたでしょう。まだ揚げる前の段階ですよアレは」
「おお、そう言えばそうじゃったな」
こんな奴に自分の弁護が満足に出来るのか。イバラはいよいよ泣きたくなってきた。
「あ、でもそれなら油バチバチ言わせてるときよりかは、ちょっとは周りの音とか拾えるじゃろ? ほんのササイなことでいい! 何か覚えてることはないか?」
「ううん……きじんバスター……」
「きじん、バスター……?」
「騎人バスター。コーリン様が愛好している特撮ドラマですね」
「そのドラマのこえとおと……ずっとしてた……うるさかった……! おもいだした……コーリンおねえちゃん……ずっとリビングにいた……!」
「流石はイバラじゃ! それは大ヒントじゃ!」
キッチン……広く言うとリビングにずっといたのはイバラだけではない、コーリンもいた。
逆説的に言えば、ネロアとワノは他の部屋にいた。
コーリンがしれっと冷蔵庫からドーナツを盗んだ。
などなど、三人の動向がある程度読める。
一歩真実に迫ったことで、ルシェヌの双眸は一気に煌めいた。
と、ここで丁度良く、リビングのほうから「弁護人、休憩時間終了でーす!」とピコリの呼び声がした。
「ありがとなのじゃイバラ! よし、ここから挽回するぞアザレア!」
「イエス、弁護士!」
こうして二人は、お風呂場に来るよりも明らかに軽い足取りで、裁判室代わりのリビングへ向かった。
*
十六時十分。満月家リビング。
一同はそれぞれの役割の席に座り直した。
五分前と違う点は、ユノスが傍聴席代わりのソファに行ったこと。
先程の興奮度合いから、ダイニングテーブルに座らせると裁判進行の妨げになるとして、双方の同意で席替えした。
すると検察側はマジナだけが一人で座ることになり、向かいのルシェヌ&アザレアと比較するとバランスが悪くなるので、ユノスが空けた席にはサバキが座ることになった。
「では、審理を再開しましょう」
と、ピコリがピコピコハンマーを持ちつつ言ってすぐ、マジナが手を上げた。
「裁判長。ここからは先の通り、こちらが待機させている証人を一人ひとり呼んで証言いただくとしましょう」
「うむ。それではまず、誰をお呼びいたしますか」
「ネロア、こちらに来てくれ」
傍聴席代わりのソファから、ネロアはダイニングテーブルの証言席へ移った。
「マジナめ、一番怪しいコーリンはすぐに出してくれんのじゃな」
「あそこにいる以上、逃げはしません。消去法も狙って、ネロア様も調べて参りましょう」
〜僕が事件当時にしていたこと〜
「疑わしいことを承知で言いますと、僕はこの事件のことをだいぶ後になって知りました。
十四時から十五時までずっと二階の、僕たちの中部屋にいましたから。
ワノさんとスマホゲームで遊んでいたのです。
ですから僕はユノスさんがドーナツを買ってきたことすら、知っていませんでした」
「ふむう……あっさりした証言ですね。
では弁護人、尋問をどうぞ」
「うい。じゃあまずネロアよ、貴様は何故、”十四時から十五時までずっと部屋にいた”と堂々と言い切れるのじゃ?」
「キチンと裏付けがあるからです。こちらをご覧ください」
ネロアはダイニングテーブルに自分のスマホを置いた。
巷で話題のデジタルカードゲームのホーム画面が映っている。
ネロアは全員に見せるようにタップを繰り返して、リプレイページを開いてみせた。
十三時五十八分から、十五時十八分まで。
およそ八分前後刻みでリプレイデータが作られている。
それら全ての対戦相手は、『ワノンドロラ』という名前であった。
「ほう……これはこれは、本当に事件発生時間はずっとゲームをしていたようですね」
思いの外ちゃんとしたアリバイの証拠を見せつけられ、ルシェヌは歯噛みする。
(しかもこれ、ワノもずっと上にいたことにもなるじゃろ……)
「弁護人、この証拠について、他に追及したいことはありますか?」
「あるのじゃ! これはなんか、ゲームの中身をいじったりして作ったデータではないのじゃな!?」
またしても相手がトンチンカンなことを言い始めた……マジナは脱線を防ぐべく、
「異議あり! 弁護人の指摘は的外れです!
スマホゲームの内部データをいじるのは至難の技だよ! BANなども怖いからね!」
「ぐぬぬ。じゃあ、ゲームをやりながら一階に降りたということもないのじゃろうな!?
ネロア、貴様ゲーム得意だから、カタテマで出来るのじゃないのかえ!?」
「それは僕でもしませんよ。カードゲームはよく練って、一ターンの行動をしなければならないですから。あと、無駄な待ち時間を作らず、相手にすぐターンを返すのも必要です」
「けど相手はワノなんじゃろ。ちょっと待ってね。って言えば許されるじゃろ」
ネロアははっきりと首を横に振った。
「そちらも違います。その証拠もございますよ?」
ネロアは試しに、十四時二十五分のリプレイデータを再生する。
ネロアも、対戦相手のワノも隙間や長考時間などは一切無く、スパスパとカードを使って戦っていた。
「ね、とても他のことをしながらプレイしているようには見えないでしょう?」
部屋を出て階段を降り、冷蔵庫からドーナツを取り出し、階段を昇って部屋に戻る……このリプレイから、それをする暇を見つけることはできなかった。
「となるとネロアは犯人じゃないということなのじゃ……?」
「現状、それと思しき様子はございませんからね……」
しかもネロアは満月家屈指の良識人でもある。
そういう人こそ、こうした事件の中では逆に怪しいのだが、今のところそういったメタ推理以外に、彼女が犯人と導ける可能性はどこにもない。
マジナはゆったりとしたテンポで、テーブルを人差し指で何度も小突いていた。
「……ルシェヌ弁護人。質問事項がなければ、次の証人と交代しても構わないかね?」
「いいや、まだもう一つあるのじゃ!」
また「もうないです」と言ってしまうと、有罪にさせられるかもしれない……と、ついさっきマジナの言ったことをガン無視して、ルシェヌは勢いで言ってしまった。
「では弁護人。最後の質問をおねがいします」
「はい、なのじゃ! ネロア、貴様は本当にあの一時間、部屋を出ていないようじゃが……なら対戦相手のワノはどうなのじゃ!?」
未だにコーリンが一番怪しいと睨んでいるが、ワノもまだ真犯人候補として捨てきれない。それを思っての質問であった。
これにネロアははっきりと答えた。
「はい。ワノさんは一度だけ、一階に降りていました」
「な、なんじゃと!?」
「なんだって!?」
「なんですって……どういうことです、ネロア証人!?」
ネロアは再びゲームの対戦ログを見せた。
十四時三十二分と十四時四十四分。ネロアはここに注目するように指さす。
「この試合の間だけ、少々お時間がかかっているのがわかりますでしょうか。実はこの試合の最中に、ワノさんが飲み物が欲しいからと、アイスティーを取りに一階へ行っていました。
けど、ほんの一、二分だけですよ。あと、アイスティーの紙パック以外は何も持ってきていませんでした」
「ふむう……最後になかなか引っかかる情報を残してきましたね。マジナ検事、貴方はいかがいたしますか?」
「もちろん、ワノに証言台に立ってもらいたい。いいかね?」
「よろしい。では直ちに準備をおねがいします」
ネロアは立ち上がり、傍聴席ソファへと戻った。
途中で次の証人であるワノとすれ違う。そのときの二人の様子を、ルシェヌが見逃すことはなかった。
ネロアは普段通りの温厚そうな顔をしていた。
一方のワノはさっきのネロアの発言に対して怒っても、焦ってもいなかった。どちらかというと、証言を待ち望んでいたような自信に満ち溢れているようだった。
【つづく】




