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第158話 絶望的サガ

 とある平日の午後。

 マジナはカードショップにいた。

 最近のTCGブームにあやかり、いたるところに現れた小規模のショップだ。


 今日は男子サッカー部の大会が近いということで、校庭の使用時間枠を二つまとめてあちらに押さえられた。

 片方の枠は元々、女子サッカー部だったので、そこに属するマジナは放課後まるまる暇になったというわけだ。

 

 このまま即帰宅するのも悪くはないが、偶然の空き時間を活用できず、もったいない気がしなくもない。

 なので、マジナは帰路を少し外れ、家の近くにある商店街を歩き、途中この店舗を見つけて、フラッと寄ってみた。


 中に入ってみると、まず鼻に真新しいエアコン特有の微細な薬品臭が飛び込んだ。あちこちから垂れ流されている各種カードゲームのPVの音が聞こえてくる。

 あたりを見渡すと、ピカピカ新品の、カードを収めるための薄いショーケースがところ狭しと並んでいた。奥の方は広々としていて、対戦用のテーブルがある。

 マジナが現時点でプレイしているマジモンカードゲームもここにあった。新旧様々なレアカードがショーケース二枚を使って展示されていた。


 マジナはそこに立ち止まり、ラインナップを見てみる。

 オープンしたてのためか、どちらかというとコレクター向けのイラスト違いカードばかりが並んでいて、バトル派のマジナが好むカードはなかった。

(これから集めていくつもりなのかね……)


 マジナはマジカの棚の前から離れる。お財布事情があるので、元々何も買うつもりはなかったが、かといって来てすぐ出ていくのも申し訳ない。

 マジナは軽く、興味のないカードゲームの棚も見てみることにした。


(どれもこれも数千いってるねぇ……)

 他のケースも、豪華なイラストが描かれたり、シリアルナンバーやサインが刻印されたカードがその面積を占めていた。

 以前、ワノと共に転売ヤーをボコボコにしたとき(※第123〜125話参照)も感じたことだが、最近のカードゲームは資産・株券化が深刻な気がしている。もっとゲームの面白さで勝負してくれても、コンテンツとして盛り上がるのではないか。

 と、マジナは絢爛と輝くケースを流し見しつつ思った。


 店舗の奥まで行くと、既存の漫画やアニメを題材としたカードゲームのケースが並んでいた。

 最近は既存のカードゲームの人気の過熱にあやかって、あちこちの版権がカードゲーム業界に参入している。

(やったことないんだけど、果たして、どこもかしこもどこまでもってくれるんだろうね……無責任に出して終わりじゃないといいけど)


 ショーケースの森を抜けると、自動販売機が三台、プレイスペースを隔てる壁のように置かれてあった。

 その表面には、美少女や異様に描き込まれたモンスターのイラストが貼られている。だがこれは背景の一部。最も目立っているのは『激アツ!! 大当たりは鑑定済みカード!! 千円オリパ!!』の金文字だった。


(まあ、最近のショップならこれがあって当然だね。私は興味ないけど。カードゲーマーだからさ)


 マジナは踵を返して、出入口へ向かおうとした。

 途中、マジナは返しかけた踵に逆回転をかけて戻る。

 そして三台あるオリパ自販機の左に歩み寄った。


 凛々しく整った出で立ちと、わずかながら憂いを帯びた涼やかな目をした青年……のカードだった。

 マジナはスマホを出し、カード名で検索をかけてみる。

 それなりに歴史のあるカードゲームのシークレット版。これがオリパの当たり枠として、自販機の表に印刷されていた。


 最近のカードゲームはシークレットの存在を隠さないシークレットカードも多い。

 そしてそういうカードは、わかりやすくレア度を高めるために、美少女や美青年を前面に置くカードも多い。


 繰り返しになるが、マジナはこういったレアリティやイラストアドを尊ぶタイプのカードゲーマーではない。使えれば通常版で十分。

 そもそもマジナはこのカードゲームのルールを知らないし、興味もない。


 マジナはスマホをしまい、今度こそ、このカードショップを出た。

 先ほどのシークレットカードのキャラと、そのイラストを脳裏に浮かべながら。

 外へ出る階段を降りるときも、商店街から本来の下校ルートに戻るときも、それから……

「ただいまー」

 玄関を開け、家に入ったときもだ。


 足元を見ると、一足だけ靴があった。ルシェヌのものだ。


 ルシェヌは帰宅部だから、平日は満月姉妹で一番早く帰れる。

 荷物を置くため、二階にある自分たち六人の共用部屋に入ると、ルシェヌは気持ちよさそうに自分のベッドで寝ていた。


 マジナは家用の服に着替えたあと、スマホを持って一階に降りた。

 そして階段からそのままトイレに入る。

 ここでもマジナは、例のカードのことを覚えていた。

 改めて、スマホでカードの名前を検索する。


 どうやら元のカードのモンスターを擬人化したキャラのようだ。

 それにしても魅力的なキャラデザだと、マジナはネットにあった画像を見て思う。


「は、ははぁ……中々魅力的じゃないか、彼……全くもう」

 マジナはスマホを右手でしっかりと持ち構え、食らいつくように、このカードイラストを鑑賞し続けた。


*


 一時間後。


「たっだいまー!」

 三人目の帰宅者、ピコリが元気よくリビングに入ってきた。


「って、え……」

 そして、出入口の下枠で立ち止まった。


 マジナが、テレビの横にあるスペースで、背中を丸くしてうつむき、座っていた。


 しばらく見つめていると、あちらもこちらに気づいた。

 マジナはピコリへ、笑顔とまでは行かない普通の表情で向き、普段の声色で返事をした。

「あ、やあ、おかえりピコリ」

 刹那、マジナは元の暗い表情を床へ向けた。


 ピコリは聞かずにはいられなかった。

「……いや、どうしたの姉さん?」


 マジナが顔を上げる。

「どうしたもこうしたもないけど?」

 と、言い終えてすぐにマジナがうつむく前に、ピコリは台詞を挟む。

 

「いや何かあったんでしょ。でなきゃこんなベタな落ち込み方しないって」


 マジナはしばし逡巡して、

「まあ、ピコリくらいならギリ話してもいい、よね……」


「何そのウチが信頼に欠けるみたいな言い方」


 リビングの出入口と部屋の角という、ミッドレンジで話し合うのも何なので、二人はダイニングテーブルを挟んで、コーヒーとチョコレートをお供にここまでの経緯を話すことにした。

 最初はソファで話そうとも思ったが、『なんかここ最近そういう構図が多い気がする。画変わりしたい』と、ピコリがゴネてここになった。


「今日は部活がなくて早く帰れたんだ。ただ真っ直ぐ家に帰るのも芸がないと思って、近くの商店街に出来たカードショップに寄ったんだ。

 そこで美青年のレアカードを発見して、それが妙に印象に残ってね。

 少し寄り道して家に帰ったら、ルシェヌだけがいた。それもぐっすり昼寝していてね。

 実質家に一人しかいないってときに私みたいなお盛んなお年頃の子がするのはもうあれしかない」


「うわ始まった、マジナ姉さんの十八番だ……」


「というわけでトイレに行ったんだが、そこであのカードのことがまだ頭に残っていてね。それでカードの画像をネットで検索したんだ。

 その後、数秒の多幸感の後に……名状しがたい、いけないことをしてしまった気になってね。それから視界が常に黒いフィルターを挟んだように見えてさ」


「というわけで、あんな意識しないといかない空間でベタな落ち込み方してたってわけ?」


「そういうこと……はぁ」

 マジナは自分のマグカップを持ち上げ、二度ほどテーブルに戻しかけてから、一口つけた。


「……すまないね、こんなみっともないことに突き合わせさ」


「……確かにみっともないっちゃ、みっともないけどさ……こんなことであんな落ち込み方するの、マジナ姉さん!?」


「私だって同感だよ! まさかこれで罪悪感を覚えるなんて!」


「でしょうね! 今まで散々、満月家が誇るド変態として振る舞ってきた満月マジナさんがねぇ!」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 マジナは過去にいた異世界『マサガクル』にて、怪盗サスペンスとして、数々の有力者を襲い、悪名を轟かせていた。

 その過程で時にマジナは、自分の魅力さえも武器にしてきたため、そういう下方面への抵抗がまるでないのだ。


 ……妙に具体性に欠ける遠回りな解説だが、これで勘弁して欲しい。

 これ以上詳細に解説すると、今は亡き私の過去駄作でやらかした時から数年ぶりに運営から大目玉をくらいかねないのだ。


「なーんか、古めのネタ画像とかで『〇〇では無理』的なヤツあったけど、あれネタじゃないんだ」


「それを言うなら『〇〇では抜けない』じゃないかな」


「わざわざ原典に沿った表現しないで。一応濁したんだよウチ」


 マジナは流れを無視して語る。

「別に今日初めて知ったキャラだから、これまでの経験よろしく一期一会で済ませるつもりだったというのに……どうも申し訳ない気分になってさ。本当に、どうしてだろうね?」


「ウチはそういう経験はないし、比較的健全に生きている人間ですから」と、四回ほど念を押してから、ピコリは言った。

「なんというか、あれじゃないの? 本来はエロ抜きの関係だったのに、勝手にムラついてそういう用途に持ち出したのがよくなかったんじゃないの?

 やったことないとしても、姉さんにとっては趣味の一つのTCGって括りのいちカードだったじゃん。それで一通りスッキリした後、カードゲーマーとしてのプライドが復活して、冷静になったんじゃないのかな……本当にウチのクソ考察だけど」


「そうなのかもしれないね……」

 マジナは手元にあるチョコ菓子『きのこの路肩』を開けようとして、やっぱり止める。


「だからどんだけ落ち込んでるのマジナ姉さん。

 あんま持ち出すのもよくないけど、倫理観ぶっ壊れ気味な姉さんなら、『やっちゃったものはしょうがないのさ』的なので流しちゃいなよ」


「いや、これは『きのこの路肩』があんま好きじゃないから」

 と、いいつつ、マジナはしれっと、ピコリの手元にあった『たけのこの横道』とすり替えていた。


「そう、それでこそマジナ姉さんよ」


 マジナは早速たけのこの横道を一つ口に投げ入れて、

「じゃあやっぱりきのこの路肩も頂いちゃおっかな〜!」


「口の中で対消滅起こしちまえ」


 ……この時、ピコリはマジナが普段通りの飄々とした明るいテンションに戻ってくれたのかと思っていた。

 だが現実は、そこまで楽ではなかった。


*


 数時間後。

 今日の夕食は、春巻きが大皿に盛られて出てきた。


「……ごちそうさま……」

 マジナはそれ一本だけで白ご飯一杯を食べきって、自分の食器を流しに戻した。


(いいやまだ続くんかい!)

 ツッコミ役の務めはきちんと行いたいが、食事中に急に叫ばれては迷惑なので、ピコリは心の中で妥協案を取った。事情を説明するのも面倒というのもある。


 チヨは流しへ向いて声をかける。

「マジナ、どうしたの? なんかすごく元気ないけど……」


 マジナは、数時間前のピコリとしたようなやりとりをするのも億劫になり、適当な理由で取り繕う。

「……この春巻きが私の口に合わなかっただけさ」


「そ、そうかなあ」

(なんちゅう最低なデマカセだよこれ)


 マジナはそのまま二階の部屋に行き、自分用のデスクに腰掛けた。これ以上のことはしない。ただ立たせた教科書類の背表紙を見て、ボーッとしていた。


「はみほひほんへんばはひは」

「……何て?」


 椅子を回して振り返ると、コーリンが頬を膨らませて、ドアから姿を見せていた。

 コーリンは口の中でもぐもぐして、詰め込まれた夕ご飯を飲み込む。

「何落ち込んでんだマジナ」


「……そう言ってたのね。いや、別に、落ち込んでなんてないさ」


「落ち込んでないヤツは机に向かってるときに何にもしないわけないだろ」


 マジナは口をつぐむ。その間、コーリンはスタスタ歩いてきて、背後からマジナの胸を鷲掴みにする。


「まあまあ、そうにしろないにしろ、久々にオレといいコトしようぜ〜! なあ!?」

 前払いめいて、コーリンは自分の胸をむっちりマジナの後頭部に押し付けた。


 するとマジナは机を両手で突き、その反動で椅子ごと自分を後方へ押し出す。

 コーリンは反射的に下がって避ける。マジナの胸をもみもみしてた手も自ずと離した。


「おいおい、危ねえだろ。ぶつかったらどうするんだ」


 手をバタバタさせているコーリンを一瞥した後、マジナは机を掴んで自分を引っ張り、元の位置に戻る。

「……ごめん、姉御。今日はノッてないからさ。また明日にでもしてくれ」


「お、おお……わかった」

 マジナの放つ深刻な空気から逃げるように、コーリンは部屋から出ていった。ご丁寧にドアも閉めた。


 ドアの裏に伏せていたピコリは尋ねる。

「で、どうだった?」

 コーリンは両手で空気を揉みながら、しおれた様子で、

「ダメだ。マジナのヤツ、相当落ち込んでやがるぜ」


 普通の意味でも仲のいいコーリン姉さんにはむしろそうすべき。ピコリはマジナの例の下事情を連絡していた。

 それで、マジナが夕食になっても暗いままであることを見て、いても立ってもいられずああいうことをしたのだ。


「たかが無関係のカードゲームで遊んだだけだろ。どうしてマジナがあそこまで落ち込んだんだか」


「それはさっきメッセージでやり取りしてた通り、カードゲーマーとしてのプライドじゃないの」


「にしては重くねえか?」


「コーリン姉さんと入れ替えて考えてみてよ。戦国武将のキャラ化作品って掃いて捨てるほどあるじゃん。エロ系とかも。そういうので毛利家関連の武将とか魔改造されてお出しされたら、流石にキレない?」


 コーリンは左側の天井と壁が面する辺を見て、

「いやあ……まあ……そう、かもな……?」


「え、何その曖昧な反応……まさか!?」


「そのまさかだ。ああいうのはフィクションと割り切れるからいいんだよオレは。それに、身内名乗るヤツがあんな魅惑醸し出されると……かえってソソるっていうか」


 ピコリはここで自分が、余計なお世話をしたことに気づいた。

 ――コーリンは、何から何まで、この件の交渉人に向いてなかった。


「とまあ、マジナだったら食って寝れば明日には元通りムラムラ元気になるだろ」


「夕食済んだから『食って』はいらないけどね。だといいんだけど……」

 ピコリはある懸念を抱いたまま、今日のこの件は一旦忘れることにした。


*


 その日の深夜。

 

 ピコリは左足をかばいながら階段を降りていた。

 寝てる最中、急にこむら返りになって目が覚めたので、起きたついでにトイレにも行こうとしてるのだ。


 階段を降りきったところで、リビングの半開きになった戸から、明かりが漏れていた。

 リビングのローテーブルでは、八体の手乗りサイズのドラゴンが何やら話し合っていた。


 ピコリはそれを無視してトイレに入る。

 用が済んだ後も、リビングには目もくれず、二階の階段を上る。


「ちょいちょい、待ってくれだけえの!?」

 すると、リビングから黒竜が叫んできた。


 その名は、IrrynCrsh。マジナが持つカードから召喚できる八体のドラゴンのまとめ役的存在だ。

「アタシらが深刻そうに話してるってのに、どうして付き合ってくれないんじゃけえ!?」


 ピコリは心底嫌そうに、半目でリビングを覗いて、八体のドラゴンへ言った。

「すみません、過去のマジナ姉さん主役回はだいたいあなたたちを絡めた話ばっかりで、マジナ姉さん単体の人柄を上手く書けてなかったって作者が反省してるんで、シーズン4はあなたたちをなるべく出さない方針なんです。

 その都度八体の能力と名前を説明するのもめんどいらしいんで。毎度メモファイルから名前コピペするのもストレスなんだって」


「あ、そ、そんな……」


 八体が弱々しい鳴き声を出して、肩をすくめるのも無視して、ピコリは二階に行った。


*


 翌日。

 マジナは一晩置いても元気が復活しなかった。

 朝や学校では、普段の気さくなテンションを保っていたが、ふとした瞬間にため息が漏れる瞬間があった。


 それが終わり、帰宅すると仮面をつける必要もなくなった。

「ただいまー……あれ、どうしたの? マジナ」

 チヨが帰ってきた時、マジナは、懺悔めいて汲んだ両手を額に置いて、ダイニングテーブル前に座っていた。

 正確に言うと、座りっぱなしである。今日も部活がなかったので、早めに帰れていたが、そこからずっとこうしているのだ。


 その光景の一部を見ていたピコリは、ソファからツッコんだ。

「いつぞやのコーリン姉さんみたいになってんじゃん!(※第57話参照)」


「あの、オレが部活メンバーとのカラオケでスベリ散らかした時だな(※第57話参照)」


 コーリンは麦茶のボトルを冷蔵庫に戻してから、マジナの隣の椅子に座る。

 そこから片腕をマジナに回して、

「なあ、本当にクヨクヨするなよマジナ。お前いっつもそういうキャラじゃないだろ。どんなに悪いことしても、ケロッとしてて、逆に被害者に向かって『これ以上最低な夜が来ないことを願ってるよ』とか言う大胆な奴だっただろ」


「そういうのあったね。初期のキャラ定まってなかったときのマジナ姉さんのヤツ」と、ピコリはつぶやく。


 するとマジナは、顔をコーリンとピコリのどちらにも向けず、自分の組んだ手に向かって、

「私のギャグをダシにして、下手に関わらないでくれ……」


「あの台詞ギャグのつもりだったの?」


「そんな冷たいこと言うな。ほら、とりあえず飯食ったら、昨日の約束通り……」


 ここでようやくマジナは顔を上げた。悲哀と激昂が入り混じった赤い顔だった。

「たまには私だけの時間をくれないかなあ! 姉御!」


「は、はい!」

(コーリン姉さんなら『お、おう!』でしょ)

 と、ピコリが内心思うほど、コーリンは動揺して椅子から立ち上がり、リビングから出ていった。


 しかし、そこまでする必要もないと数秒遅れて気がついたのか、コーリンはまた戸を開けてリビングに戻ってきて、今度はピコリの横に座った。


「なあ、どうすりゃいいんだ今のアイツ……」


「コーリン姉さんすらあれだけ拒絶されたらもう手のうちようないかも。時が解決してくれるとしか……」


「そんなの嫌だぞオレ! 見てられねえよ今のマジナ。可哀想なのは、見逃せないだろ!」


「一瞬不穏な言葉がよぎったけど……まあ、確かにそうかも」

 四六時中インモラルな立ち振る舞いをされるのも迷惑だが、あれだけ追い詰められた姉を見過ごすのも辛い。

 ピコリは当人のためにも、横のコーリン姉さんのためにも、知恵を絞る。

(事の発端はマジナ姉さんの趣味の、カードゲームなんだ……そこから何か展開できないか……カードゲーム……そうだ!)


「トップ解決しよう!」


「トップ解決? 上半身脱がせるのか!」


「違う、欲求ダダ漏れすぎ! 山札の一番上!」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 トップ解決とは、カードゲームにおいて大抵ある、自分のターン開始時の一枚ドローで引いたカードで、危機的状況を打破する行為・現象を指す。

 カードゲームのアニメなどで、危機一髪のときに主人公が切り札を引き当てるようなアレである。

 また、緻密なプレイが尊ばれるプロ大会などで行うとそこそこのヒンシュクを買う行為でもある。運も実力のうちなのにね。ひどいよね。


「ウチとコーリンじゃダメなら、他の姉妹に託してみる。パッと家を見て、一番最初に会った誰かにマジナ姉さんの説得を試してみるの!」


「そんなヤケクソ気味な作戦でいいのか? いや、こんな異常事態、まともに練ってられないか! よし、トップ解決するぞ!」


「乗ってくれてありがと、姉さん!」

 

 ということで、手始めに二人は、今いるリビングを見渡し、自分たちとマジナ以外の誰がここにいるか探してみた。

 するとキッチンで、イバラが黙々と夕飯の支度をしてた。


「どうする、イバラに頼んでみる?」

「……こっから、一番目に会った誰かにしようぜ」

「そ、そうだね……」

 口下手なイバラには無理。二人は同時に思っていた。


 と、ここで、リビングの戸を開けると、トツカが入ってきた。

 二人は即座に彼女へ接近する。

「トツカ、お願い!」

「どうか、マジナを元気にしてやってくれ!」


 トツカは事情を把握していないが、二人と、その後ろにいるうつむいたマジナの様子を見て即答する。

「あ、やです。俺忙しいんで……」


 すると二人は、トツカをリビングの外へ押し出す。数分間、廊下で彼女を拘束しつつ、ここまでの経緯をギチギチに詰め込んだ。


「はあ、やればいいんでしょやれば……」


「「そう、それでいい」」


 そしてトツカはしぶしぶリビングに入り、マジナの対面に座った。

 トツカは三十秒ほど、手をごちゃごちゃさせたり、付いていないテレビを見たりしてから、床に右拳をコツンと当てる。

 トツカのスキルの一つ【真実の世戒】(効果:範囲内の人は嘘がつけなくなる)の発動動作だ。


 トツカはようやく意を決して、話を切り出す。

「あの、俺が思うに、マジナねーさんは、カードゲーマーとしてのプライドが許さなかったんじゃないんですか?」


 マジナは額に組んだ手を当てたまま返す。

「ピコリの受け売りだね」


「はい、数分前にそれを聞きました。けど、俺はオタクとして、別の解釈を持ってるんですよ」


「それは興味深いね。聞かせておくれよ」


「マジナねーさんは、ああいう高額カードをカードとみなさず、それを持つ自分に酔うだけのコレクターとか、投資家もどきの奴らと同類になったことが嫌だったんじゃないんですか。

 俺の好きな『ハピバズっ!』っていうアニメがあるんですけど、あれがとある既存コンテンツを集めたタイプのカードゲームに参戦してて、数ヶ月前にパックが発売されたんですよ」


 先日、トツカが家電量販店に寄った時、そのパックは棚から全滅していた。

 彼女は何でもかんでも、何が何でもグッズは全部集めるほど領域には踏み込めてない。

 だから別に買えなくてもどうてことはない。とは思いつつも、どういうカードなのか見ておきたい。

 そう思ったトツカは、近くにたまたまあったカードショップへ行った。

 すると、そのパックに封入されてた最高レア『金色サインプリント入りのカード』が薄いガラスケースにズラリと並んでいた。ゼロ四つ入るお値段で。


「これを見た瞬間……これは傷つく人もいるかもしれませんけど……必死過ぎると思いました。いくらサイン付きとはいえど、こんな紙一枚にここまで金額をつけて売りさばくなんて。あるいは、ここまでの値段をつけて買ってもらえるなんて。って」


 マジナはトツカの話に興味を示し、ようやく顔を上げてくれた。

「……私は君の味方をしたいよ。カードゲームにはコレクション要素もあるが、そこまでの値打ちがつくほどのものをポンポンつくっていいわけじゃない」


「ありがとうございます。

 して、話をマジナねーさんに戻しますが、やっぱり、マジナねーさんが珍しく罪悪感を覚えたのは、そこにあるんじゃないんですか。

 ああいうよくないカードゲームの楽しみ方をする輩と同様に、レアカードを使ってしまった。自分は同類になったことが嫌だったから、あそこまで落ち込んでいたんじゃないんですか……どうです?」


 マジナはまたうつむいた。だが今度は、口元が笑っていた。

「御明察ありがとうございます……ってとこかな」


「よ、よかったー」


 マジナは、告解のようにトツカへ語った。

「人それぞれの楽しみ方というのはあるだろうけど、最近のカードゲーム界隈はそういうのでは済まされない域になりつつあると思うんだ。

 私はそこに反骨精神を持って、カードゲームをプレイしていたはずだってのに、一時の性欲を分別できず、負けてしまったんだ……

 前いた異世界でも、ここでも、なかなか許されないことをしてきたっていうのに、こういう罪を犯したのは、未経験でね……だからここまで落ち込んでたん……だろうね」


「だろうね……と、言ったということは」


 マジナは椅子を押して、ようやく立ち上がる。

「ああ、これは過去の話にするつもりさ」


 そしてマジナは、トツカと、キッチンにいるイバラに向かって、頭を下げる。

「一日くらい皆に心配かけてごめんよ」

 頭を上げた時、マジナは普段よくするような、油断のならない笑みに戻っていた。


「いいってことですよ」

 と、トツカは一応笑って返した。


 イバラは特に返事しない。

 彼女のことだからまたろくでもない話をするんだろうと予測し、あらかじめイヤホンを装着していたからだ。


 それからマジナは、他の姉妹にも詫びしに行くべく、ダイニングテーブルから離れた。

 しかし長時間座っていたので、痺れて、おぼつかない足取りになってしまった。


 そこへ廊下からコーリンが出てきて、彼女を前から抱きついて支えた。

「……ほんっと、ごめんよ姉御」


「なあに、お互い様だっての」


 その様子をピコリは廊下で伺い、身構えている。

(絶対この後キスするぞー、この姉さんズめー)


 しかしその予想は大胆に外れた。


「お掃除ついでに沸かしたよー。入りたい人はどうぞー」

 と、お風呂場からユノスの声が響いてきた途端、姉二人は目を合わせる。


「よっし! じゃあ早速これまでのチャージ分をふっとばすとしようか!」

「それでこそマジナだ! うっし、思い切りガンガンいこうぜ!」


 二人はスピーディーにお風呂場へ向かい、パッパと服を脱いで浴室に入った。

 直後、ピコリの要請で後に続いてたトツカが、

「【純潔の世戒】ーッ!」

 範囲内にいる者の性欲を消滅させる結界を発動し、二人の行為を強制終了させた。


 そうして夕食の時、

「ねえ、マジナ……本当に元気ないけど大丈夫……」


「大丈夫だよ、母さん……うん……」

 コーリンはともかく、煩悩の塊であったマジナは、その反動でせっかく回復したテンションが根こそぎ奪われて、またどんよりしたのだった。


 それを見てピコリは内心一言。

(何この最低なループ)


【完】

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