第157話 Until Picori-Episode Dies Out
とある土曜日の朝八時頃。多くの商業施設が集まる地区にて。
この作品の世界観的には至って普通のオレンジ髪の少女が、ファミレス『ゼスト』に入店した。
彼女の名前は満月ピコリ。このシーズン4でもチョロチョロ出ていた、満月姉妹の四女である。
二人掛けの席の壁に密着したソファに座り、テーブルに置いてあったタブレットを操作する。
画面に映った注文ボタンを押した後、ピコリはドリンクバーまで行って、ホットのミルクティーを持ってきた。
それをチビチビ飲みつつ、スマホをいじる。
数分経って、待っていた品が、かの縦長のネコ型ロボットに乗ってやってきた。
ピコリは自分の頼んだものをテーブルに移し、ロボットを帰してあげた。
今日注文したのはトーストとゆで卵のセット。これにあんことクリームも追加で頼んでいる。
ピコリは本来ついてくるジャムの代わりに、このあんことクリームをトーストに塗り、小倉トーストを再現するのが、彼女なりの楽しみ方だ。
これを時折、ミルクティーかゆで卵を交えつつ味わって完食した。
それからピコリは、野菜ジュースやメロンソーダなど、飲み物を代わる代わる持ってきつつ、スマホをいじって時間を潰した。
十時頃。ピコリはお会計を済ませて店を出る。
ここから歩いて、オシャレめなファッションビルに着いた。
休日の午前中ということで、どの階にも人がいる程度の、まだ優しめの混み具合。ピコリはそれを脇目に見つつ、エスカレーターでどんどん上階に上がっていく。
お目当ての階でエスカレーターを降りると、一際人の密度が高かった。
どうもここにある、某大手出版社のショップで限定品が発売されたようで、テナントに入るための待機列が出来上がっていた。
ピコリはその作品は認知しているが、今は興味ない。そこと比較すると過疎に見えてしまう、大手CDショップチェーンのテナントに足を踏み入れた。
そこで軽く人気アーティストの新盤を流し見しつつ、まっすぐレジへと向かった。
ここでピコリは財布から、紙を一枚取り出す。
「すみません、予約してたこれをお願いします」
「はい、少々お待ちください」
言われた通り少々お待ちすると、店員が後ろの棚から、CDのパッケージを一枚渡してくれた。
「こちらの商品でお間違いないですか?」
「はい、お間違いないです」
「わかりました。代金は既にお支払いとのことなので……はい、ありがとうございます。またお越しくださいませ〜」
ピコリは自分のリュックにCDを入れた後、スタスタとCDショップから出た。
ピコリが購入したのは、彼女が敬愛しているロックバンドのニューアルバム。
音楽系のサブスクに加入していて、本日からデジタルでも配信されていて、なんならここに来るまでの道中でワイヤレスイヤホンでも聞いていた。それでもわざわざCDを予約購入したことから、彼女の本気度が伝わるだろう。
その本気度により、彼女はかつて一つの異世界を発展させたことがある。
ピコリは、音楽の文化が著しく遅れている異世界『ファリルヴ』に転生していた。
そこで彼女は、自分が好きだった音楽を広めるべく、試行錯誤と地道な努力の末に、元の世界で聞いていた音楽を再現した。
その結果、新ジャンルの輸出に成功したアーティストとして、無事役目を終えてこの世界に帰還したのだった。
とまあ、かつての過去話(※第16話参照)のおさらいはこの辺にしておこう。
ピコリはファッションビルを出て、近くの駅に到着した。
後は改札を通って、電車に乗って帰るだけ。
ということを頭の中に置いたまま、ピコリは、改札を抜ける人の流れから外れ、蛇に睨まれた蛙めいて止まっていた。
「ま、まずい……このままだとウチの存在感が薄まる……」
ここで、シーズン4から入ってくださった親愛なる読者の皆様のためにも、一応解説を入れるとしよう。
先ほどの経歴から薄々察せるかもしれないが、ピコリは他の姉妹と同様、異世界に転生したにはしたが、超人パワーやら異能力などは手にしていない。ごく一般的なレベルの人間である。
性格面でも、世界の法則が乱れまくった異世界にいって価値観がガラリと変わったわけでもないため、比較的普通の感性を持つ。
そのため彼女は、今作においてはベタなコメディにいがちな、常識人のツッコミキャラとしての立ち位置を取ることが多い。
ピコリが今、このまま帰宅することに躊躇しているのは、そのパターンになることだ。
(今日は土曜日だから、午前中までだったら結構な人数が部活に行ってていないはず……
ああけど、文化部のユノスとか、どっちとも分類できない帰宅部のルシェヌがいる!
ルシェヌは言わずもがな満月家のトラブルメーカーだし、ユノスも最近は別ベクトルでクセがあるキャラだから、絶対なんかしらのドタバタが起こって、でもってウチがツッコミに回らなきゃいけない!
この第157話は、ウチが主役の回だってのに!
やっぱこのまま帰ったらまずい。引き続きウチ一人で場を持たせて、一話分の尺を稼がないと!)
と、ピコリは謎の決心をして、踵を返して駅の外に出た。
幸い、ここは多くの商業施設が集まる場所。ネタならいくらでも拾おうと思えば拾える。
(さっきのビルは混んでるだろうから……こっちだ!)
ピコリは先ほどのビルの隣にある、少し小さめの商業ビルに入った。
ここの主力の施設は本屋。一階丸ごとこれになっており、やや古かったり、専門性の高い商品まで取り扱っている。
先ほどの行列に引っ張られてか、ピコリはまず漫画コーナーに行った。
あの行列の先にあった某出版社の新作マンガが、いたるところでPOPまで用意され、大々的に販売されていた。
(今季のアニメに合わせて棚組んでるからってのもあるけど、ふと目を離した隙に人気最前線の漫画が入れ替わってるよね、やっぱ。ずっと人気のヤツは健在だけどさ)
昨今の流行コンテンツを把握しておかないと、どんどん取り残され、時代遅れの知識だけで立ち回らないといけない。
たびたび不遜にも他作のパロディを用いてツッコミを行う身として、ピコリは軽く反省した。
(って、ツッコミキャラ意識すんなってのピコリ!)
そしてピコリは、この本棚の隙間で自分の優柔不断さを呪い、頭を抱える。
ついでに人気作品の威光から逃れるように、別の棚の前に移った。
すると今度は、Web発の作品を青田買いしたタイプの漫画が並んでいた。
(最近だとSNSとかで連載してる漫画が爆発的に広まって、巨・コンテンツになること多いからね)
たとえ大手出版社に一目置かれなくても、チャンスを十分掴める機会がある。
ややマイナーめな出版社のお世話になっていても、まだまだこれから漫画家として人気になれるはず。
と、ピコリは、胸の内で、漫画家としても活動している妹のユノスのことを激励した。
(って、姉妹のこと思い出すなっての! 存在感食われるでしょうが!)
そして自分を内心、叱責した。
このままここにいればユノスの亡霊(死ぬわけね〜だろ)がつきまとうので、ピコリは別のコーナーに移った。
道中、歴史系の本を集めたコーナーを視界の隅に捉えた。が、その刹那に『コーリン姉さん』の七文字がよぎったので、ここだけ歩行速度を上げた。
続いてやってきたのは、小説コーナー。
たまにはちょっと知的な文学も読んでおいたほうがいいよね。と、考えてのことだ。
ピコリは、大流行したなどの余程の理由がない限り、普通の小説は読まない。
そのため、比較的軽めの雰囲気の推理ミステリーを一冊見つけてパッと取り、そのままレジに行った。
現在時刻は十一時。
まだ街にいるべきだろう。と、謎の勘で考えて、ピコリはまた別の店へ向かう。
次に訪れたのはゲームセンターのビル。
最近の流行らしく、中に入ると、人気キャラのグッズが景品として納められたクレーンゲームがいくつも並んでいた。
ピコリは細い道を歩きながら、思う。
(ウチはこういうグッズとかまで集めるほど好きなキャラいないからな)
その中には、アイドルアニメ『ハピバズっ!』のプライズフィギュアの筐体もあった。
「トツカだったら百円玉作ってやり込むだろうね、これ……って、また妹の名前出しちゃった」
ちなみに余談だが、トツカはそれをプレイしているところを見られたくないし、こんなキラキラしたところに入れないほど卑屈な性格なので、このプライズフィギュアの存在を秘宝のように捉えていた。と、後日ピコリが聞いた。
エスカレーターで上階に行くと、これぞというアーケードゲームがいくつもあった。
大人気の音ゲーなども山ほどあるが、ここはスルーする。
ピコリは音楽が好きだが、音ゲーはそこまででもない。あれは機械的精度でタスクをこなす超人の遊びと考えているためだ。
というより、ピコリの好きなバンドの曲がどこへ行っても実装されてないからということもあるが。
この階をフラフラ見て回ると、格闘ゲームの筐体が集まるフロアに行き着く。
やや季節が夏よりの服装で、汗水を流しているプレイヤーたちから、勝負の世界の熱気が漂った。
「最近はeスポーツとかの概念が広まって、格闘ゲームが再興してるっぽいよね。ワンチャン、ネロアとかが参戦したら、絶対活躍するんだろうなぁ。まあ、ネロアが格ゲーも上手いかはわからんけど……ってオイ、また妹の名前だしたよコイツ」
ちなみに余談だが、後日、ピコリはネロアと人気の格闘ゲームを使って対戦してみた。ちゃんと強かった。
ゲームセンターでダラダラ時間を潰して三十分。
ランチタイムに差し掛かったところなので、あちこちの飲食店が混まないうちに、近くの店へ行った。
ピコリが訪れたのは『あらいずうどん』。
ここでシンプルなかけうどんと、かき揚げ、ちくわ天を注文して、昼食を済ませた。
その最中、ピコリは現代人らしくスマホでショート動画を流していた。
途中、ベタな犬系の動画を見た時は、全神経を舌に回し、『サバキ姉さん』の文字を頭から追い払った。
この後、ピコリは大型の雑貨店に立ち寄った。 お目当ては勉強が捗りそうな文房具だったが、途中、ふと調理用品などに目が移った。
そしてそれを全力で軌道修正した。
(許せ、イバラ……あなたに何かお役立ちアイテムの存在を伝えられればいいかと思ったけど、生憎今日はそのタイミングじゃないんだ……!)
ここでは好きな色から使える付箋を買って帰った。何に使うかはまるで考えていないが。
ここからピコリは、近くにあった、また別の商業ビルに着いた。
ここは最初に寄ったCDショップが入居していたビルと比較すると、ファッションよりもエンタメに重きを置いたテナント構成を取っており、最上階にあるアニメ・漫画ファンに向けた総合ショップがその旗手を担っている。
ピコリはいつものように、なんとなく入っていた。でもって後悔した。
入口に来てすぐのところに、この層に向けた、ネット小説発のコミックがズラリと並んでいた。
悪役令嬢モノ、追放ざまぁモノ、ダンジョン配信、バーチャルライバー、それから魔王などによる領地経営。
ピコリはその内の、魔王というワードから、自分の判断の過ちに気づいた。
(少し考えたらわかるでしょうが! ここに来たら自称魔王のルシェヌのこと思い出しちゃうって!)
やはり人間は惰性で生きているとろくなことがない。と、ピコリは自分に言い聞かせて、直ちに入口付近から避難した。
せっかくここに来たので、最新の流行を調べる目的で、全売り場をサッサと見て回っている最中、いわゆるBL漫画のコーナーに来た。
ここではピコリは特に何も思わなかった。そういう意識をしていたのではなく、本当に何も思わなかった。
強いていうと、地の文がこのことに言及しているのだから、満月姉妹の誰かに関連しているのかもしれないと推理はしたが、結論が導き出せなかったので、結局何も思わなかったのと同義になった。こんな瞬間に名前が挙がらなくてよかったね、ワノ。
色々歩いた末に、時刻は二時を過ぎた。
せっかく街に来たのと、足などに疲れがたまってきたことから、カフェで一休みすることにする。
今日はどのカフェに行こうかと、チェーン店が密集するエリアに行くと、ドルスザクカフェの看板が見えた。
ここはコーヒーに合う程よい甘さが特徴の、チョコドーナツで有名な店だ。
と、同時に、満月家的には、マジナがよく通っているカフェとしても有名。
じゃあそれを思い出させるからここは避けよう。と、ピコリはその近くのコーヒーチェーン『クライマックスコーヒー』に寄った。
ピコリはここではスマホを閉じ、代わりに午前中買っていたミステリー小説を開いた。
混み具合から、あまり長居できなかったので、一章しか読めていないが、当たりの部類だったとピコリは思った。
売れない作家とその相棒が、ミステリーのトリックを考えることをメインとした筋書きが、ジャンル特有の必然的な犠牲者を極限まで減らしているためである。
「こういう風に流行からやや外れたテーマで話を成立させて、出版にこぎつけるってすごい人だよね、ホント。
ウチらの作者も見習ってほしいよ。
さっき見てた悪役令嬢とか追放モノの流れガン無視して、自分のしたいようなことを詰め込みまくった作品を書き上げたはいいものの、ものの見事にスベったんだからさぁ。
まだ懲りずに続き書くらしいけど、その前にちゃんと一般的センスに合わせて推敲してよね。
オメーのことだぞ、『4Iワールドエンフォーサーズ』!」
……それは今作シーズン4の完結後と、別の新作を挟んだ後、じっくりこってり丹精を込めて行うと誓うとして……
ピコリはカフェで一時間つぶした後、ダメ押しの時間稼ぎで、服屋に入る。
ピコリら満月姉妹は、ベーカリーカフェ・ミツキの運営会社社長の母親、チヨの元で暮らしている。だから社長令嬢といっても差し支えないのだが、そのチヨの方針で、言うほどお小遣いは貰えていない。
だからピコリが服屋といったら、ファストファッションブランドの『チェルクロ』か『UN』になる。
今ピコリが行ったのは、その両方が隣接しているタイプの店舗だ。
ここでは特に他の九人の姉妹のことは彷彿とさせなかった。
満月姉妹の中にファッションに強い人はいない。強いていうとピコリがそうだからだ。
(そもそも作者がファッション詳しくないってのもあるけどね)
現在の時期設定は十一月。そろそろ極寒に備えないといけないと考え、ピコリはアウター売り場へ行く。
この季節だと、そういったものは店の中で目立つ位置に置かれる。
そして、そういうところには限定品なども置かれがちだ。
アウター売り場のすぐ隣には、人気コンテンツとのコラボTシャツが陳列されていた。
(今はどことコラボってるんだろ……)
そうふと思ったピコリはそこをチラッと覗く。 すると、表面を向けてハンガーにかけられているTシャツの前に、二人の男女がいた。
年齢はピコリと同じ高一くらい。
男子の方が、独自の世界観を至極大事にしていそうな芸術家肌の陰キャ。
女子の方が、一昔前のアニメで出てくるような快活なエセ外国人キャラだった。
「Hey、ゼン氏! このキャラベリベリキュートですネー!」
「ああ、うん、まあ、そうですね」
「どうしまシター? あんまノリノリじゃなデスネー?」
「このマジモン、コラボってなると高確率で出てくるんで、見飽きてるんですよ俺」
「ゼン氏はどんなマジモンがラブなのデスカー?」
「……言ってもわかんないと思うのでやめときます。いかにも俺らしいひねくれた不人気のヤツなんで。すいません、マンセルさん」
「ソデスカ。ゼン氏、氷タイプデース」
「ちょろっとは調べてあるんですね、マジモンについても」
この二人の姿が網膜に焼き付いた瞬間、ピコリは脱兎の如くこの場から離れた。
(ヤベェ! ウチの作者の別作品の主人公だ! あの二人に絡んだらウチが完璧にツッコミに回される!)
*
服屋を出て、いよいよこの街中で見て回るところがなくなったピコリは、ついに素直に家へ帰ることにした。
ここまでの苦難(勝手にピコリ自身が受け入れただけだけど)を労うように、席がまばらに空いていた電車がやってきてくれた。
そこの椅子にドッシリと座った後、ピコリは天井付近の電車広告を意味を考えずに見上げながら、今日のことを振り返る。
(どうにか頑張って尺稼いだけど、ウチ単独の回としてはどうなんだろうこれ?
結局あちらこちらで姉妹のことを出しちゃってって、ウチの苦労人ツッコミキャラが印象付けられただけなのかもしんない……
はあ、やっぱウチって、満月姉妹がいるからこそのウチなのかな……)
ピコリは現代人らしい惰性で、ポケットからスマホを取り出した。
するとメッセージアプリの通知が一件。
『コーリン:早く帰ってこいよピコリ!』
これを見て、ピコリはほっこりとして、微笑んだ。
(けどまあ、必要とされてるからいっか)
と、思いつつ、ピコリはなるはやで返信する。
『ピコリ:わかった、いつもありがとう、姉さん』
『コーリン:どうした急に? オレそんなつもりで言ったんじゃないぞ』
『ピコリ:ごめん! 勝手に深読みしすぎちゃった! んで、家で何かあるの? 焼肉パーティーとか?』
『コーリン:いや、ただ早く帰ってこいって言っただけ。お前一人にしてはずっと外出てるなって思って』
『ピコリ:はい、わかりました。今電車乗ったから。一時間以内には余裕で着くんじゃないかと……』
【完】




