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第155話 忘れてますよ!トツカさん

 とある日の夕方。

 部活を終えたトツカは、最寄り駅と反対の方向へ歩いていた。

 途中見つけたスーパーに入ると、速度を緩やかに上げて、お菓子売り場へと最短距離で進む。


 その目的は『ハピバズっ!』の食玩フィギュア。それもウィンターバージョン。

 千円以内の値段にしてはやたらとクオリティが高く、ファンの間では発売から数日置いて注目された隠れた逸品だ。

 昨日、家から近いスーパーでは見事に全滅していたため、トツカは望みをかけてここに来たのだ。


 一棚一棚を過ぎるたびに、鼓動の回数が等比級数的に増えていく気がした。

 ここでも全滅しているという不運の可能性も十分にある。


 けれども足は止めない。昨日も似たような緊張状態になって、えげつない牛歩となり、近くを通り過ぎた親子に白い目で見られた経験があるからだ。

 この勢いのまま、トツカはついにお菓子売り場の棚の角を曲がる。


「あ、トツカ王女だ!」

「うわっ、こんなところで会えるなんて!」

「やった、神様ありがとうー!」


 そこで彼女は、自分と同じ百式高校の制服を着た女子生徒たちに遭遇した。

 食玩が置いてある棚の向かいに、グミがまとめて陳列されていて、それらを選んでいるところのようだった。


「いやまって、ああ、今日は男子のだからトツカ王子か!」

「どっちでもいいよ別に〜! 光栄なのには変わりないから!」

「学校外でトツカ様に会えることでしか摂取できない栄養がある」


 トツカは満月姉妹随一のスタイルとルックスを誇る美少女であり、数多の人々を魅了してしまう。

 それを抑えるべく、現在のように、たびたび男装をしているが、それはそれでまた趣があるため、微小な効果しかもたらせていない。


「ああ、はい……ども……」

 そしてコミュニケーションの接近戦に弱いがために、まともに対処できなくなり、困惑するのが、トツカの日常茶飯事だ。


「で、トツカ王子はここに何しに来たんです!?」

「やっぱりグミをご所望で?」

「もしよければ私が奢りますけど……」


「いややや、そんなんじゃない! ……です。その……これを買いに」


 こんな情緒のない遭遇の仕方、したくなかった。

 トツカは横にある棚にあった、ミニフィギュアの箱を指し示す。


「え! トツカさんってそういうのが好……!」


 トツカは壁打ちめいた脊髄反射で取り繕った。

「ああ違ああう! これは妹に買ってあげるものです! アイツ人使い荒いんだよ、アハハ!」


「なるほど! いいお姉さんですね!」

「トツカ様の妹に生まれたい人生だった……」


 ここで一人の女子生徒がふと時計を見て、目を見開く。

「あ、そろそろアタシたちの体育館の利用ブロックだよ!」

「まずいまずい! 先輩に絞られる!」

「それではまたいつかどこかで!」


 ほどなく、女子生徒三人は、それぞれ直感でグミを一つずつ手に取り、そそくさとレジに行った。

 トツカは膝から崩れそうになるのを我慢して、言った。

「た、助かった……」


 気を取り直して、トツカは食玩コーナーに向かい、しかと目的のフィギュアがあったことを確認する。

 トツカが推している作中ユニット『ラージトライ』の三人――地原シラハ、海藤サザナ、天宮ミハル――のものも揃っている。

 トツカはその棚へと、遺跡の最深に安置された宝物を取るように、ゆっくりと手を伸ばす。

 しかしあと数センチで止め、トツカは首をあちこちへと回した。盗掘対策のトラップが仕掛けられていることへの警戒行動だ。


 このスーパーは学校から最も近い。さっきの三人組のように、何か買いに来た百式高校生徒がまだいるのではないか。トツカはそれを恐れていた。

(さっきはギリギリやり過ごせたが、次はもうない……また誰かに見つかったらヲタバレしてしまう……!

 そもそも、さっきのもやり過ごせていたのか? 俺の妹はルシェヌしかいない。ルシェヌは見た目とか言動が子供っぽいが、ハピバズっ! のような女児向けアニメを観るタイプでもない……ああ、どうしよう、下手に気を使わせてたらどうしよう……!?)


 こうした不安が脳内で渦巻きに渦巻き、トツカは石化したように、棚に手を伸ばし続けた。

 やがて、トツカは棚の間を狭めないように配慮し、棚の縁部分に立ち、そこからラージトライの三箱を覗き続けた。


「また何してんの、トツカ」


「うげああああッ!?」

 トツカは我ながら耳をつんざくような悲鳴を上げた後、反射的に振り返った。


 姉のピコリとイバラがいた。ほぼ常に仏頂面のイバラはともかく、ピコリも険しい表情をしている。

「な、何してんだ! ピバラねーさん!?」


「勝手にフュージョンさせないでくんない!? いや、戦闘力と体型が違いすぎるから、ポタラか……」


「どっちでもいい……」


「そうだね。で、質問への回答だけど、イバラが部活帰りに、ここのスーパーの特売品を買ってこうとしてたの。ウチはなんとなくその付き添い」


「ということ……」


「で、トツカはここで何してるの? 万引き?」


「万引きなんてするわけないですよ。あちらこちらで『普通に犯罪だし、そもそも無益』って言われてることなんて。俺はただ、自分用のお菓子を買おうと思ってただけです」


「だったら棚の端ではなく、棚の前で棒立ちしてくれトツカ殿。紛らわしいから」


「はい、すみません」

 トツカが会釈した後、ピコリは黙ったまま。イバラは元々口数が少ないので、自然に黙っていた。


「……あの、不気味に黙るのやめてくれません? まだ俺疑われてるんですか?」


「いやいや、そうじゃないよ。ただ、この展開前にもやったのになんでまた繰り返すのかなー、って思ってただけ」


 スーパーで食玩を買うことに躊躇する展開……トツカは思い出した。

「ああ、ありました。前はコーリンねーさんとサバキねーさんでしたけど、こんなことありましたね」


「そう、このくだりはもう第122話でやってる。全く、やめなよこんなこと。少し手応えを感じたことを、新規開拓ほっといて、既存の客向けに執拗に繰り返すのはコンテンツの衰退を招くんだから。ドギラゴンとかサジット・アポロドラゴンとか……」

 これ以上文字起こしするとピコリが方方に囲んで棒で叩かれるようなことをのたまっている中、トツカは棚の前に移り、考える。

(前にコーリンねーさんが言ってただろ。今どき、高校生が女児向けアニメのおもちゃ買ったって何も思わないって。ガチでそうだ。こんなことを繰り返したって何にもならない……)

 迷いは解けた。トツカは箱に手を伸ばす。


「さあ、オンステージだ! シラハ、サザナ、ミハルッ!」

 そして別に叫ばなくてもいいことを気合の入れすぎで叫び、三箱を取った。


 ピコリとイバラがまだいる方と、反対側の棚の端からぎょっとした顔をして、百式高校の男子制服を着た子が覗いてくる。

 だが今のトツカには関係ない。


 トツカは箱を持って、そのままレジへ……

「トツカ……わたしのかいものにつきあって……」

「ああ、はい、わかりました」

 トツカはすぐにUターンして、ピコリとイバラの元に戻った。


 それからイバラのお目当ての品集めに連れ添った。

 トツカは食玩三つ分の代金をイバラに渡し、三人でまとめて会計した。

 

 体積の半分が埋まるほどギッチギチになったカゴをサッカー台にドシンと置く。

 イバラは自分のカバンに仕込んであったエコバッグを広げた。ここでトツカが言った。


「これ、俺がまとめて持ちます。お二人に軽く迷惑かけたんで」


「ありがと……」


 トツカは買った品々の大きさと重さを考え、試行錯誤しながら、エコバッグ一つのカゴの商品を全て移した。

 そして三人はスーパーを出て、後はいつも通り最寄り駅まで歩いて、電車に乗って降りて、家に帰った。


 ……今回の真の事件が発覚するのは、ここからだった。

 イバラが一人キッチンで、買ったものを冷蔵庫や戸棚など、適切な保管場所に分別し終えたあと、違和感に気づき、目を見開いた。


「トツカのおもちゃが……ない……」


 窮屈な男装から、ゆったりとした部屋着に着替えたトツカがやってくる。

「すみません、半端なところで手伝うのやめて。その中に俺のラージトライもあるってのに……」


「いや、ない……」


「え?」


 イバラはエコバッグを持って回し、口が下を向くようにしてバサバサ揺らす。

「はいってなかった……」


「な、何故……ああっ!」


 トツカの脳内で電気が走った。

 それにより脳裏に、具体的な瞬間が浮かんできた。


 自分がエコバッグに買った商品を詰めている際、試行錯誤の中、サッカー台のビニール袋などが置かれてある棚に、いくつかの商品を仮置きしていた。

 そこにあのフィギュア三つの箱を、流れで置いた記憶が、おぼろげながら浮かび上がった。


「よりによってやっちまったァーーッ!?」


「ざんねんむねん……!」


*


 数分後。

 ピコリも部屋着に着替えて、リビングに戻ってきた。

 そこで彼女は、ダイニングテーブルの側で、頭を地面に打ち付けた、敗北感満載のトツカを見てしまう。

 

 ピコリはその近くでしゃがみ、やさしく問いかける。

「ちょいちょいちょい、この短時間で何があったの、トツカ?」


「俺としたことが、あれだけ苦労して手に入れたラージトライのフィギュア三つを、店に置いてきてしまったのかもしれないんです……!」


「ええ!? そうだったの!? トツカ、ちゃんとエコバッグに入れてなかった!?」


「俺もそうだと思ってたんですよ……ですけど……」


 イバラがキッチンからやってきて、コンパクトに折りたたんだエコバッグを見せて言った。

「いれてなかった……ゴチャゴチャやってて……」


「ああ、そうだった。確かにトツカ、いい感じにまとめようとして、何度も商品出し入れしてたわ。で、その中でうっかりあの箱を台に置き忘れた的な?」


「きっとそうです……! ああ、『ハピバズっ!』に忠誠を誓った者として、穴があったら入りたいくらいですよ……」

 と、言った後、トツカは土下座みたいな体勢のまま、ゴゾゴソとダイニングテーブルの下に入り込み、そこでコテンと横向きになった。


「穴にしては開放感あるとこ入ったね」


「いうとこそこじゃない……ピコリおねえちゃん……」


 ショックで奇行まで始めた妹を、イバラは無理くりダイニングテーブルから引っ張り出す。

「おいてきたなら……またとりにいけばいい……でしょ……」


「けど、もしかしたら棚に戻されてたり、誰かに盗まれてたら……」


 ピコリが言う。

「前のほうは大丈夫。レシート見せれば買ったって証明できるし。

 後のほうは……現実は非情ってことで。

 とりあえず、いっかいあの店に電話して、台に忘れ物なかったか確認してみようよ」


「わかりました……」


 トツカは床に座り直してから、スマホを手に取る。

 イバラが保管してたレシートで、店の電話番号を把握し、把握し、把握し……


 イバラは、トツカの顔とスマホの間で手を振って、

「あの……でんわ……しないの……?」


 トツカは自分のスマホをそっとピコリに差し出して、

「……ねーさん、代わりに電話してくれませんか」


 根が暗いトツカにとって、電話は命の危機に関わるような感覚の難易度だった。


「しょうがないな……」

 イバラはそれを受け取り、


「あ、じゃあウチがやるよ」

 ピコリが配慮に配慮を重ねて、イバラからスマホを受け取った。


 二分後。

「はい、はい、わかりました! 今日中に行きます! ありがとうございました! はい、では失礼しま〜す! ……というわけです」


 電話を終えたピコリは、トツカにスマホを返す。

 己のスマホを点になった目で見つめながら、トツカは言った。

「……どういうわけです?」


「サービスカウンターがトツカの買ったものを預かってるから、それを取りに行こうってこと!」


「ええええッ!?」


「ええええ……じゃない……」


「まさしくイバラの言う通りだって! え、まさか店側が届けてくれるとでも思ってたんじゃないよね!?」


「それはわかってますよ。けど、本当に行くんですか」


「うん。こればっかりはトツカ御本人も行くんだよ。ウチらも置き忘れを見つけられなかった落ち度があるからついていくけど。

 自分の推しキャラのものなんだから、自分できっちり責任取ってお迎えせいッ!」


「わ、わかりました!」

 トツカはようやく床から立ち上がり、一旦二階へ行って、外出用の服装(今度は女子の)に着替える。

 玄関に行って靴を履き、ドアのすぐ手前に立つ。


 ここでトツカは一切動かなくなった。


「定期的にルシェヌがやってるやつやらないでよトツカ!」


「だって、やっぱり怖いんですもの……」

 自分が欲しくて買ったものを忘れて帰る。こんな無様なミス、サービスカウンターの店員に笑われるに決まっている。

 それに今はまだ、開始時間遅めの部活の生徒が、スーパーに寄っている可能性もある。

 こんな情けない姿を同級生に見られては、意図せず過剰に高まったトツカの名声に傷つき、一大スキャンダルになる恐れさえある。


 ほぼ毎日、開けるということを意識せず開けていた扉が、今や石造りの堅牢な門に見えた。


「さっさといけ……!」

 と、思っていたら、イバラがいつも通り開けて、外へ押し出した。


 十一月という寒い日に、家の前で立ち止まるわけにはいかなかった。

 ここからトツカは半強制的ではあるものの、ピコリとイバラと一緒に歩き、最寄り駅から電車に乗る。

 降りた後も、背中からピリピリ感じるピコリとイバラの圧力で歩いた。

 夜闇の中でも明るく営業しているスーパーのすぐ側の歩道に来たところで、トツカは操作を受け付けなくなった。


「やっぱり恥ずかしいですってこれ……!」


「わざわざここまで来たのに!?」

「あとひといき……!」


「わかってますよ! けど今回は本当にヤバいんですって!」

 ヲタバレとうっかりの二重の恥が待っている。

 トツカはそれを目前にして、足元が凍りついてしまったのだ。現在気温は九度だが。


 トツカだって、一日に二度も同じところへ、姉二人を連れ立って来たのだから、目的を果たして帰りたい気持ちはある。

 しかしトツカの中で長年蓄積されてきた、極度の恥ずかしがり屋の面が自己主張を始めた。


 それはやがて、悪魔のような姿をかたどって、彼女の左耳付近に現れる。

(((トツカ! このまま諦めて帰っちまえ! 自ら傷つく力もないお前なんかが、ラージトライの三人が歓迎するわけないだろうが!)))


「うわ、ベタな葛藤パターンじゃん。で、この後天使がでてくるんでしょ?」


 しかし一方で、右耳付近に天使が現れる。

(((トツカ。貴様はそのまま怯えうずくまっているべき人間だ。淡い希望を抱いて道理に反発するな。自らの咎を受け止めろ。運命に従って陰で死ね。この犯罪者の娘が)))


「なんでこんなメガテンの天使みたいなの出てくんの?」


 トツカは頭を抱え、うめき声を漏らす。


 それを後ろから聞いて、ピコリは思った。

(ウチら、マジでヤバいことしちゃったかもしれない……トツカのストレスのキャパを考えて無さ過ぎた)

 ここは電話の主だった自分が行って、安全に事を片付けよう。ピコリはその決心を固めつつあった。


 しかしここでイバラが叫んだ。

「トツカ、しっかり!」


「うわっ、イバラのセリフに三点リーダーが入ってない!?」


「イバラ、ねーさん……!?」


 トツカが自分の方に振り向いてくれた途端に、イバラは続ける。

「わたしはみてる……いつものあなたはつよい……いつものゆうきをだせ……!」


「ゆうきをだせ……はっ!?」


 勇気を出す。たったそれだけのこと。

 それでトツカは、自分の運命を変えた。


 異世界『カンナギイヤサカ』……トツカはそこで、クラスメートたちと邪神討伐の戦いに放り込まれた。

 トツカは様々な要因や抑圧で、今以上に暗く、周りからも忌み嫌われている存在だった。

 しかし戦いの最中、主戦力がいなくなった拠点の王都で大乱が起こった。

 そこでトツカは、最後に残った唯一の戦力として勇気を振り絞り、大乱の黒幕を撃破した。


 その追憶を終えた時、頭の後ろに勇者が現れたような気がした。

(((頑張れトツカさん! 貴方なら出来る! 一番自分を救えるのは自分だ!)))


「このパターンで三人目でてくるの!?」


 ここからトツカは、全てのしがらみをぶち切り、自分の道を歩み、邪神を討伐した一人になった。


 トツカは耳元に置いた手を移し、目をさすった。

「たかがサービスカウンターの店員さんだ……どうってことない!」


「でしょうね、うん」


「それでいい……トツ……あ」


 そしてトツカは、ピコリとイバラを置いてけぼりにして、勇気を纏ってスーパーに入店した。

 出入口のすぐ近くにあったサービスカウンターへ行き、

「すみません、先程お電話しました満月です。あの忘れ物を取りに来ました」


「あ、あの満月さんですか!? ああはい、少々お待ちくださあい!」

 と、店員さんは元気よく応えた後、後ろから食玩の箱三つを持ってくる。


「こちらでしょうか!」


「はい、そうです。あ、レシート見せま……」


「いいですいいです! わかってますから! わざわざ二度もお越しくださってありがとうございました!」


「はい、こちらこそご迷惑おかけし……」


「いいんですいいんです! はあい、またお越しくださいませ!」


 店員さんがニコニコ見守る中、トツカは確実に自分のバッグにフィギュアの箱を入れて、スタスタ退店した。

 そして自動ドアのすぐ側で待機してたピコリとイバラへ、

「なんか……ものすごく気を使われた感じがして、恥ずかしいったらありゃしないんですけど〜〜!」

 この一瞬で受けたストレスを、涙目になりつつ一気に放出した。


「……本当お疲れ様でした、トツカ」

「おいたわしや……」


【完】

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