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第153話 空説を衝け

 とある休日。

 コーリンとサバキとネロアは、少し遠くのショッピングモールにいる。

 お目当てはここに入居している広めの本屋。


 三人の間で、どうも急に紙の書籍が読みたいという衝動に駆られるシンクロニシティが発生し、一緒にここに来たのだ。


「だが別に、常に三人揃って動く必要もないだろう。なぁ、コーリン殿、ネロア殿」


「だな、どうせサバキについて回ったら理屈臭い本ばっかり見させられるだろうからな」


「僕の興味ある本は、お二人に受けないと思いますので……それがいいですね」


 方針も一致し、三人はバラバラに本棚の間を歩いていく。


「いっつも解説本みたいなの読んでるから、たまには小説にしようかなぁ」

 コーリンはとりあえず、新発売の小説の棚を見た。

 警察もの、中華ファンタジー、中世貴族恋愛……当然のごとく、ジャンルはバラバラである。

 その中でコーリンは、本の帯にしばしば見受けられる文言に注目した。

「『大河ドラマ決定!』、『大河ドラマの主役』、『大河ドラマでお馴染みの〜』……こういう時期か」


 某国営放送が年間を通してやっている時代劇……その通称が、大河ドラマである。

 今年の十一月からは、毛利元就の三男、小早川隆景を主人公とする『最後の賢人』が放送される。


 ということで、新刊に並んだ歴史小説のほとんどに、それに便乗した作品、あるいはそれを絡めた文言付きの帯になっていた。


「隆景とは渋いところにいったなぁ。親父はもうやってたからか」


 まるで身内のことを話すように独り言を言うコーリン。

 それもそのはず、彼女は元いた戦国時代風の異世界『センランド』で、毛利元就の娘として転生した。

 この世界にいる当人とは無関係でこそあるが、実質弟同然である偉人の躍進にコーリンは喜んだ。


「まぁ、今年も多分、地味なドラマなんだろうな。

 一回チラって見たことあるけど、ああいうの、登場人物が無駄に多くて、重苦しい会話シーンばっかになるからな」

 けれども、安易に時事に乗っかるということはしない。コーリンは他の棚へ移った。


「って、あれ?」

 すると各種出版社の既刊の棚にも、『大河』か『隆景』の帯付きの本が見えた。

 各社が過去に発売していた小早川隆景が登場している歴史小説を、無難な表紙に替えて重版していたのだ。


 コーリンはこれらの本を見て、違和感を覚えた。

「これ、タイトルからして豊臣秀吉の本だよな。あとこっちは、関ヶ原の……?」

 この重版ラッシュは、言い方を悪くすると、便乗商法とも言うべきこと。

 恐らく、多めに見積もっても数十行ほどしか登場シーンがなさそうな歴史小説にまで、大河を意識した帯がついている。


「どこもかしこも必死だな、オイ」

 自分の弟の名前を乱用されたことにより、気持ち的に疲労を感じ始めたコーリンは、別の売り場へと歩く。

 コーリンはこの本屋に何度も来た。

 同じ店に通っていると、見て回る順序が自然と固定化されていくのはよくあること。


「で、結局ここか……」

 その結果、コーリンはいつも来ている歴史書のコーナーにいた。


 当然のごとく、棚にはずらりと小早川隆景と、父親、毛利元就を絡めた雑学本がズラリと並んでいた。


 その中にある、表紙を前に向けて陳列された、この書店イチオシであろうものをコーリンは手に取り、ペラペラめくる。

 少々ファンタジーが盛られた実体験と、趣味での学習……それらを持つコーリンにとっては、全部浅い既知の内容しかなかった。なので真顔ですぐ棚に戻した。


 コーリンは、未知の開拓を目指して、今まではあまり寄ってこなかった棚も見てみることにした。

 道中、すれ違った新書コーナーでも大河関係の便乗本が多いことにイラついた後、コーリンは新刊コーナーに次いで人気の多い、自己啓発本コーナーに来た。


「結局合流すんのかよ」


「それは貴様の調整次第だろうが」


 ここでサバキと数分ぶりに再会した。彼女はリーダーシップに関する本を探しているところだった。


「お前は生徒会長としてのお勉強がしたいようだな」


「そうだ。文化祭などの大きなイベントも無事完遂できたが、まだまだ生徒会長として成長したいのでな」


「殊勝な心がけで結構。じゃあ今後は学食の値段をもうちょい下げてもらって」


「それは管轄外だ」


 コーリンは口を尖らせて、サバキと同じ棚を見た。

 するとここにも……

「『小早川隆景の組織管理術 戦国時代から学ぶビジネススキル』」


「小早川隆景……そうか、そう言えばコーリン殿の前の異世界の弟でもあったな。どうだ? 自分の弟が大々的に取り上げられている気分は……」


 この時コーリンは、まるで収監初日の囚人が刑務所の高壁を見上げるような目をしていた。


 少し経って、サバキは自分が場に合わない冗談を言ってしまったことに気づいた。


*


 帰宅後。

 コーリンはリビングのダイニングテーブルに向かい、買ってきたばかりの本を読む。


「こちらをどうぞ、コーリンお姉さん」

「お、あんがと」

 ネロアが用意してくれた抹茶ラテを添えて。


 コーリンが買った本は『小早川隆景の組織管理術 戦国時代から学ぶビジネススキル』。

 あからさまな便乗本であるこの本を、怖いもの見たさで購入してみたのだ。


 今は出だしの部分。小早川隆景の経歴と、その周辺状況をざっと解説している。

 小早川氏の継承、中国地方制覇、織田包囲網、豊臣秀吉の全国統一、五大老時代……

 全ページ数の四分の一という短い尺で説明しているため端折りが多い部分を除けば、ここは無難にまとまっていた。

 なのでコーリンにとっては粗方知ってる内容だったので、パラパラめくって飛ばした。


 ここからがこの本の主題。

 小早川隆景が取ってきた行動を、現代のビジネスや処世術に当てはめて解説していくパートが始まった。


 始めに出てきたのは、小早川氏の統合。


 歴史ゲームや小説などでは割愛されがちだが、実は隆景は二段階に分けて家督を継承している。

 最初は分家の竹原小早川氏を継ぎ、関係を固めた。

 そこから本家の沼田小早川氏へは現当主の実力不足や、内通の疑いなどを挙げて、安全に継承した。


(母親の吉川家を継いだ元春と違って、小早川氏とは無関係だったからな。

 ま、オレの世界では、よく軽く説明されてる通り、養子に出てそのまま継承したと言われてたが。単にアイツが面倒だから雑に説明してただけかもしれねえけど)


 この史実を元に、この本では『事業継承や企業買収・統合などは慎重に、妥当性を持って行うべき』と説明している。

 そこについてはコーリンは、(まあ、そりゃそうだよな)と、あたりまえの感想を抱きつつ、次のページをめくる。

 するとここから『ダメな例』と評して、別の戦国武将の故事に基づくコラムが記載されていた。


■

 北条三郎は北条氏と上杉氏との同盟関係の締結のために上杉氏の人質として送られました。

 そこで彼は後に上杉氏を継ぎ、実家のために上杉謙信に気に入られ、彼の旧名の『景虎』まで譲られるようになりました。

 しかし、元いた養子兼継承者候補の景勝などの、旧来勢力の根回しをしていなかったため、この乗っ取りは失敗に終わりました。

 このことから、M&Aなどの大きなことを成し遂げるためには準備が必要なことは、十二分におわかりいただけるでしょう。

■


 コーリンは、このコラムと過去の知識を比較して、首をかしげた。

(これ、御館の乱のことか……上杉景勝って、人質として出された時点ではそこまで乗っ取り考えてなかった気がするが)

 しかし、そういう見方も出来なくはないか。と、一旦受け入れつつ抹茶ラテを飲み、次の項に移る。


 その題は『毛利両川制度という名の他部門連携』。

 村上水軍などを有し、武勇に優れる吉川氏。

 外交と計略に長けた人材を有する小早川氏。

 最終決定を行う毛利本家。

 この三家が常にコミットしていたことで、毛利氏は中国地方最大勢力となれた。

 これは毛利元就が死に際にも、隆景、元春、隆元の三兄弟に、かの『三本の矢』の教えを施すほど、重要視していたものである。


 というような解説から、部門や派閥に線を引かせず、一つの勢力として動かすことを意識すべきだ。と、説いている。


「村上水軍はどっちかっていうと小早川が指揮してたんだけどな。

 ていうか、未だにこの作り話するやついるのかよ、三本の矢の話」


 史実においては、毛利隆元は父よりも先に急死してしまったため、元就の臨終の際には居合わせてはいない。

 三本の矢の話自体は、度々元就が記した文書や手紙(※やたらと長文)などに残っているため、少なくとも三兄弟へ教えていたのは事実であるが。

 なお、コーリンが今の世界に帰還したのは、まだ隆元がギリ存命のタイミングだった(※第13話参照)ので、前いた世界でどうなっているかは知らない。


 あっちの隆元はどうしてんだかな。帰るときに担当者から『世界を救った』みたいな話をしてたから、ひょっとしたら生きてんのかな。

 と、コーリンは思いつつ、次のページをめくった。するとまた『ダメな例』のコラムが出てきた。


■

 皆様御存知の織田信長は、実は自身の息子をまとめることに関しては苦戦していました。

 長男・信忠(のぶただ)、次男・信雄(のぶお)、三男・信孝(のぶたか)は常に仲が悪く、偉大な父親の跡を継ぐべく争っていました。

 その結果、三人は本能寺の変を機に、ツケが回ってきたように悲惨な末路をたどります。

 信忠は本能寺の変の最中に、ドサクサに紛れて殺されました。

 信孝は清須会議で家督を継げなかった腹いせで、柴田勝家と手を組んで反乱を起こし、そして正統後継者の秀吉に敗れました。

 そして、信雄は家康に泣きついて打倒秀吉を試みたものの、太閤の力には勝てず、泣く泣く和睦しました。

 始めから団結して織田氏を守っていれば、こんなことにはならなかったはずです。

 このことから、身内同士の争いは何も生まないとおわかりいただけたでしょう。

■


 本の字がブルブル震え始めた。それを持っている手に連動して。

 コーリンは自分の目に異常がないか確かめるため、何度もこのコラムを読み直した。そして叫ぶ。

「まず一つだけ言わせてもらうが……信忠は信長から正式に家督を譲り受けてただろうが!」


「どうしました、コーリンお姉さん!?」

 正面に座っていたネロアが、自分の本を閉じて置いて、心配そうに見つめてきた。


「ああ、ごめん。心の声がダダ漏れだった……すまん、この本読んでたら感情が湧き出てちまった」

 ――本に出てくる歴史観が間違いだらけでキレてた。

 と言っても、『あなたがマニアックすぎるだけ』と、周りに言われそうなので、優しさのつもりでぼかしたコーリンであった。


「わかりますわかります。僕も今これ読んでてすごく感心してますもの。島同士でずっと交換を繰り返す文化があるなんて」


「そうかい。とにかく……悪かった。今度からもうちょい静かにするよ」

 コーリンは改めて謝った。

「おおっ、きたきたきたー! ついに『ラージトライ』が揃ったぞー!」

 すぐ隣で、テレビを観ながらトツカが興奮しているので、うるさいとかそういうのはどうでもいいのだが。

 突発的に叫んで乾いた喉を潤すように、カップの抹茶ラテを飲み干す。


 次の題は『中国大返しで学ぶ見極め』。

(中国大返し……これはこの内容なら大事だぞ)

 日本史において大きな分水嶺となった決断。

 羽柴秀吉が本能寺の変のことを知るや否や、他の織田軍重鎮が様子見していた頃に、僅か十日程度という短期間で真っ先に畿内へ戻った出来事だ。

 秀吉の決断力もさることながら、ここではその前から争っていた小早川隆景の判断の正しさも光る。


 いち早く京へ戻るために持ち込まれた秀吉からの和睦を受け入れた後に、毛利氏側は本能寺の変を知った。

 すると兄、吉川元春らを代表に、家臣団から『秀吉を追撃すべきだ』との声があがったが、隆景は『一度決めた約束を翻すのは恥』と言い、押さえつけたのである。

 実際は軍勢が疲弊してたので、追撃しても勝ち目がわからなかったという事情もあるが、この後、毛利氏が秀吉に西国安泰の要と認められたことを踏まえると、彼もまた究極の二択に成功したのだ。


 という事情を脳裏に浮かべつつ、コーリンは文字を追う。そして体中の温度が急上昇し始めた。


■

 実は豊臣秀吉は、あらかじめ隆景に、本能寺の変が起こることを伝えていたのです。

 それに続けて、「自分が次の天下人になれば、毛利氏を中国地方の支配者として認める」と誘いました。

 これに隆景は応じました。隆景は、秀吉が次の天下人となることを予見していたのです。

 だから秀吉の大軍による攻撃を受けても、毛利氏は滅びませんでした。この密約があったからなのは言うまでもないでしょう。

 その後、秀吉の思い通りに本能寺の変が起こった後は、双方、手筈通りに動きました。

 隆景が村上水軍の船を貸して、秀吉をスピーディーに大阪へ見送ったのです。

 この一件があったからこそ、秀吉との間に厚い信頼関係が生まれ、隆景は後の五大老と成れたのです。

 たとえ信用できない相手の言葉であろうとも、後のことを分析して受け止めれば、いずれチャンスに繋がるのです。

■


「こんのやらああああああああああああああああーーーッッッ!!!」


 コーリンは天井に向かって絶叫した。それから椅子から立ち上がり、何かに当たらないことだけは配慮しながら、全身を無意味にバタバタさせ出した。


 ネロアは自分の本を閉じて、コーリンの元に寄る。

「ど、どうしましたかコーリンお姉さん!?」


「よくも好き放題歴史を冒涜しやがって! 清水宗治はなんで切腹したんだ!? それ以前の執拗な攻撃はなんだったんだ!? なんで村上水軍は後々海賊禁止令で取り締まられたんだ!?

 こんな嘘っぱちだらけの本売りやがってこんちきしょうがあああーーーッッッ!」


 コーリンは理由もわからずネロアにパンチを連打する。ネロアは戸惑いつつも、それを全ていなした。


 そしてその隙に、ソファからトツカが飛び出てくる。

「うるさいぞコーリンねーさん! 【貪婪の世戒】!」

 アニメ鑑賞の邪魔をされた怒りをにじませて、床にコツンと拳を置く。

 するとコーリンの暴走は半減した。


 トツカのスキル【貪婪の世戒】は、発動地点から半径一メートル以内にいる、感情が高ぶったものから力を吸収するものだ。


 しかしフィジカルバカなコーリンは、それでもまだバタバタしてるので、二分ほどかけて、ネロアとトツカは姉を落ち着かせた。


 それから、コーリンはなぜこんなことになったのか丁寧に説明した。

「……っていうわけなんだ。ごめん。オレ、自分のあっちの世界の親を徹底的に侮辱された気がして……」


「なるほどですね……」

「そうだったのか……」


 この世界において満月姉妹には、チヨという共通の程よく感謝できる親がいる。

 けれども、一時期まで転生していた異世界では、親がいるとは限らない。

 ネロアとトツカも、あちらの世界では親と呼べるものはいない。

 だからコーリンがどうしてそこまでキレるのかがわからなかったが、さっきの混乱具合と、大人しくなった後の長文解説から、それ相応のことをされたんだと理解した。


「本当にごめんよ、お前ら。あっちの世界の隆景とかも大事だが、今はこっちの世界の、長女だってのにな……あの程度の本で迷惑かけて」


「いいんですよ、お姉さん。僕たちも、向こうの御兄弟の皆さんも大事なのでしょうから」

「多分、俺がそっちの立場だったら、同じことするかもしれませんでした。あれだけ仲間のために頭を働かせてくれた隆景を、都合の良い金儲け道具にされたら、そりゃあね……」


 そして三人は、『小早川隆景の処世術』を持って庭に出た。

 それを倉庫にあった適当な箱に乗せて地面に置く。

 コーリンは自分の愛刀である『震撼剣』を取り出し、

「さらばだ、嘘つきめが」

 慈悲も遠慮もなく振り落とし、両断した。


 コーリンは震撼剣を札に戻して、玄関へと戻っていった。

 

 放置するのもあれなので、斬られた本を回収しつつ、トツカは一言。

「あんだけ真面目に歴史語ってましたけど、コーリンねーさんの異世界って、全部が全部史実に基づいてたわけじゃないんですね。

 そんなファンタジーな武器があることしかり」


「……まあな。でなきゃ異世界じゃないんだろう」


 家に戻った後、コーリンは動きまくって疲れた体を癒すため、自分で抹茶ラテを用意して飲んだ。

「しっかし、こういう甘い茶を飲んでると、何か別の味が欲しくなるな……」

 コーリンは横のキッチンへ視線を向ける。と、都合よくピコリがそこにいた。


「おいピコリ、なんか適当にお菓子持ってきてくれないか?」


 ピコリは冷蔵庫から麦茶を取り出しつつ、

「え? いいけど……サバキ姉さんとかイバラに怒られても知らないよ?」

 

 ピコリは一応、リビングにある時計を指さした。十八:二三……夕食が近い。


「いいだろ別に。オレの胃袋のデカさ知ってるだろ」


「そうだけど、本当にどうなっても知らないよ? 夕ご飯の時間だって言うのにお菓子食べるなんて。マリー・アントワネットじゃあるまいし」


 コーリンはダイニングテーブルに両手を叩きつけ、勢いよく立ち上がる。


「おい、今、どういうことだ?」


「え、ああごめん例え悪くて。『パンがないならお菓子を食べればいいじゃない』っていうマリー・アントワネットの失言があったじゃん、ほら」


 コーリンはさらにピコリの側まで詰め寄って、その顔を覗き込んで叫んだ。

「マリー・アントワネットは言ってねえよそんなこと!

 これはルソーっていう哲学者の自伝に出てきた言葉が、『アイツなら言いそう』とフランス市民に広まって生まれたデマだ!」


「えええ!? コーリン姉さん、世界史まで手を伸ばしてたの!?」


 この後、ネロアとトツカが駆けつけて、どうにかフランス革命の話を遮ることに成功した。


【完】

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