第150話 前に書いた短編集が思いのほかPVがよかったので、二匹目のドジョウを狙ったのと、かれこれ1年半くらい小説家になろうでの活動実績がなく、シーズン4の連載を諦めたと思われたくなくて書いた短編集
お久しぶりです! 満月姉妹の四女、ピコリです!
今回はサブタイトルにある通り、作者がシーズン4を諦めてると思われたくないという、ちっさーいプライドで、書き下ろしてくれました!
しかもシーズン3からウチの妹が増えたこともありまして、なんとドドンと九編もボリュームアップしています!
それぞれが、ウチの姉さんたちや妹たちの個性が活きた独特なコメディになっています!
もちろん九編のストーリーは独立してるので、前々から本作を読んでいた方は、好きなキャラの話から読むのもいいですよ!
ああそれと、ここでガチの注意です。
これ、九編もあるから文字数が多くて、一気読みするとかなりの時間がかかります。電車とか予定とか充電とかに気をつけてくださいね。
てなわけで目次をどうぞ!
・1.アクスタ三枚抜きを狙うトツカ
・2.ぬいぐるみの保護者、イバラ
・3.購入への回数券
・4.ネロアvsエナジードリンク
・5.ルシェヌの大事なご報告
・6.ユノスが漫画を描くときに流している曲
・7.通販でボードゲームを買ってあげるサバキ
・8.バニーマジナ
・9.コーリンのご近所訪問大作戦
……え、なになに? ウチがメインのストーリーは無いのかって?
ええそうですよ! 無いんですよ今回は! だからこうして前書きで爪痕残そうと頑張ってるんですよウチはぁ!
【1.アクスタ三枚抜きを狙うトツカ】
家の最寄り駅から数駅挟んだ先にある、百貨店やら大型家電量販店やら、様々な商業施設が密集するエリア。
そこのとあるファッションビルの上階には、三つの店がある。
某国内最大手の出版社直営のグッズショップ。
音楽好きなら知らないものは誰ひとりいないチェーンCDショップ。
そして、流行している作品であれば大概のアイテムは取り揃えているアニメ関連ショップだ。
トツカはスマホをいじりながらエスカレーターに乗り、この階へとやってきた。
彼女はまずエレベーターを上がってすぐにある出版社直営店に入り、内容を知らないアニメのキャラクターのキーホルダーを見比べたり、恐らく主人公の少年だろう、名前も知らないキャラクターの等身大パネルと自撮りしたりした。
ギリ自分のほうが身長がデカいことに、うっすら腹が立った。
出版社直営店を出て次に、トツカはなんとなくCDショップに入り、なんとなく品物を物色するフリをした。
偶然姉の好きなバンドのCDを見つけて、そのジャケットを見つめていたのは我ながらいい雰囲気づくりだったと思っている。
一通り物色のフリが終わった後、トツカは途中からやけに視線をまっすぐにして、CDショップを出ていく。
そして、彼女は自分が思う最大級のウィンドウショッピングをしている人の演技をしながら、目的のアニメショップのテナントへと足を踏み入れた。
一見、初来店した人のような目線の泳ぎ方ではあるが、その足取りは一切の無駄がなく、トツカはすぐにお目当ての棚に前に立った。その棚の最上段のPOPには『ハピバズっ!』のロゴが印刷されていた。
お目当ての品は、さっきのエスカレーターでスマホが焦げるほど見ていた。だからその居場所はすんなりとわかった。
(これだな、『ハピバズっ! トレーディングアクリルスタンド ゆめふわナイト Ver2』)
トツカは棚の下段にある、蓋をパカッと開けるだけで店頭に並べられるデザインのボックスに、右側は六つ、左側は五つの二列で並んだ、アクリルスタンドが入った箱を見つめる。
(これが運命の分かれ道だぞトツカ、よく考えるんだトツカ……!)
トツカは覚悟を決めて、十一の小箱から三つのアクリルスタンドを取り、すぐにレジへ並び、
「レジ袋は有料ですがご入用ですか?」
「あ、これは妹に買うためのやつです! 妹が好きなんですよ~、アハハ……!」
「は、はぁ……」
という意味不明な会話を交わしつつも会計を済ませた。
それから彼女はまるで人気のない階段を駆け下りビルを出て、アクスタの箱三つが入ったベルトバッグを、世界の命運がかかった秘密兵器が入っているかのように力いっぱい抱きかかえながら電車に乗り、最寄り駅からは全速力で駆けて帰宅した。
*
「たっだいまー……!?」
ピコリは玄関に入るなり、硬直した。
トツカがリビングに通じるドアのそばの壁に、やたらと早いリズムで呼吸をしつつ、もたれかかっていたのだ。
「……どったの? リビングで銃撃戦でもしてたの?」
トツカは少し遅れてピコリの存在に気づき、
「ゼェ、ゼェ……俺は銃なんか使いませんよ」
「じゃあなんてそんな負傷した感出してんの?」
「ゼェ、ゼェ……負傷なんか、してないですよ。強いていうと、負傷するかしないかの直前ですけど」
「は、はぁ……じゃあ、とりあえずリビング戻ろっか」
ピコリはトツカと一緒にリビングに入る。当然そこに銃撃戦などは行われていない、いつものリビングの光景があった。
しいて変化点を挙げると、ダイニングテーブルに薄めの小さな箱が三つ、正三角形を描くように置かれていることだ。
それを見た瞬間、ピコリはなんとなく、トツカの状況を察した。
「あ、わかった、トツカ、あの『ハピバズっ!』のアクスタを開けようとしてたんでしょ?」
「なっ! なんで俺があのアクスタを開けようとしているってわかったんですか!?」
「誰だってわかるってそれくらい! だって、あの状態のアレはもう『開ける』以外の施しようがないじゃん! しかも『ハピバズっ!』好きなのはトツカしかいないんだからさ!」
そうピコリがツッコんだ途端、トツカは探偵から完璧な推理を食らった後の犯人のように、床にへたり込む。そして彼女は白状した。
「そうだ、俺は、あのアクスタを開けようとしていたんだ。けど、もし、もしアレを開けて、お目当ての『ラージトライ』が揃わなかったらと思って……」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
ハピバズっ! とは現在絶賛放送中の女児向けアイドルアニメである。
九人のアイドルが協力、ときどき喧嘩をして、その道の頂点、『トップバズッター』を狙うというストーリーと、シンプルにキャラの可愛さで、本来のメイン視聴者から大人まで人気がある。
元いた異世界『カンナギイヤサカ』での境遇から、幼い頃からろくに娯楽に触れさせてもらえなかったトツカは、こちらに来てから初めて触れたエンタメだったため、迅雷のごとくすぐこれにドハマリした。
中でも彼女は、地原シラハ、海藤サザナ、天宮ミハルの三人からなるグループ内ユニット、『ラージトライ』を推している。
なので、彼女たちのアクスタを、今ダイニングテーブルにある三箱のそれで三枚抜きしたい! というのが今のトツカの望みなのだ。
「だったら、また買いに行くとか、フリマアプリでピンポイントでゲットする……あいや、これは酷なこと言っちゃったわ。ウチらはお小遣いって概念に縛られるんだから。
じゃあさ、仮に被ったりいらないの出てきたらさ、FAX(旧Mutter)とかで、他のファンとトレード募集したらどう?」
「ほ、他の人と……トレード? ピコリねーさん、アンタ悪魔ですか……!?」
「ああそうか、トツカにとっちゃこっちのほうが酷か……」
またここで一つ解説を入れるとしよう。
トツカは身内以外と話すのが苦手な陰キャである。
身長は170台と高くスタイルも抜群、さらに顔も中性的で男女問わずモテまくり、おまけに運動神経もそれなりに良いという、私も書いていてイラついてくるようなステータスを持っている。
しかしトツカは生まれてこの方諸事情で対人関係が少なく、実情は陰キャなのだ。この設定を作っているので、上手いことストレスがたまらないキャラクターに仕上がっているつもりなのだ。
トツカは推理後犯人座りから立ち上がり、ダイニングテーブルのイスに改めて腰掛ける。目の前にあるアクスタが封入されている箱に手を震わせながら伸ばし、途中で止まった。
「……すみません、こんなみっともないところ見せて……けど俺、本当にもうどうすればいいのかわかんないです。もしこの中に、お目当てのアクスタが入ってたらと思うと、もう……」
と、ダイニングテーブルの印刷された木目模様を見つめながら、トツカは言った。
それを聞いたピコリは、アクスタの箱を一つ、トツカの顔とダイニングテーブルの間に滑らせて、
「コピペして言うね。誰だってわかるってそれくらい! だって、あの状態のアレはもう『開ける』以外の施しようがないじゃん! しかも『ハピバズっ!』好きなのはトツカしかいないんだからさ!」
するとトツカは顔を上げ、視界にあるアクスタの箱を一つ、ガシッと掴んだ。
「そうだ。もうやることは自分のお小遣いで買ったこれを開けることだけなんだ、だったら……これ以上、誰かに負けて、何もかも奪われてたまるかァァァァッッ!」
「あなた、誰かと勝負してたの!?」
そして覚悟を決めたトツカは、ついに箱を一つ開けた。
ビニールに包まれた中身を取り出すと、そこには鮮やかな赤髪をしたパジャマ姿の少女のアクスタが。
「来たぁ! 地原シラハの姉貴だ!」
「おおっ! 誰だかウチにはさっぱりわかんないけど、なんかお目当てのものが当たったっぽい!」
「うっし、幸先いいぞ! 次だ次ぃ!」
この流れを逃さぬように、トツカはすぐに二つ目の箱を開ける。
続いてそこから現れたのは、深い青髪のパジャマ姿の少女。このアクスタを確認した途端、トツカは両手を上げてその興奮を叫んだ。
「うぅぅおっつしゃぁッッすぃ! 海藤サザナちゃぁん!」
「おお、すごいじゃん! リーチじゃん!」
「そうか……リーチか、リーチか……」
リーチ。その状況を冷静に見た途端、トツカは急激にテンションダウンした。
あと少しでラージトライが出せる。その希望がトツカにただならぬプレッシャーを与えたためだった。
「ああ欲しい! ここまで来たら天宮ミハルちゃんが欲しい! けど、ここまで来たのに外したら……」
ここは確実に決めたい。トツカは最後の一箱を掴み、それを手の震えに連動させてガタガタ揺らす。
「そうだ、ピコリねーさん。代わりに開けてくれないですか!?」
「開けない開けない。友達にスマホ渡して、ソシャゲのガチャ引いてもらって当たり狙うパターンのやつでしょ。
ウチそういうので当てた試しないから、自分で責任持ってお迎えしてよ」
「う、うう……クソーッ、何か、確実に天宮ちゃんを手に入れる手段はないのか……!」
「フリマ……いや、こんな無神経なこと二度も言う必要ないか」
それからトツカは一旦席を立って、無駄にテーブルの周りをウロウロしたり、突拍子もなく冷蔵庫内の麦茶をがぶ飲みしたり、恐らくハピバズっ! の劇中歌をボソボソと歌いだしたりし、
「あー神様ー、どうか俺にご加護をー、あー、バアル様ー、俺にお恵みをー」
シンプルに神へ祈り始めた。
「バアルって神様、そういうご利益あるのかな?」
※バアルとは、カナン地域を中心に崇められていた嵐と豊穣神。聖書においては異教の神らしく批判される記載がある。
現代においては『バエル』の呼称でソロモン72柱の一人として悪魔と扱われている場合もある。
こういった奇行を、トツカは三十分に渡って続けた。
それを見続けたピコリから一言。
「あのー、正直こんな人いないと思うんですけど、念のため言っておきますね。
2024年現在、作者の最新作である『カンナギイヤサカ』も読んだことのある読者の方へ、この度は本当にすみません。
あっちの話がずっとシリアスだったのと、松永充っていうキャラに因縁のある相手がゲキヤバだったのもあって、ギャップが凄まじすぎて耳キーンとなるわ。って、思っていると思いますが、作者の本来の芸風はこれなんです。
松永充こと満月トツカは、こういう扱いをするのが作者的に正しいんです。
アッチはスピンオフなので、ジャンルが違うっていうことを念頭においていただいて、深く考えず、コッチのテイストを気楽に笑っていただけますと嬉しいです」
ピコリは目線をこちらからトツカに移して、はっきりと物申した。
「トツカ! 三回目だけど、ここも開ける以外やれることはないよ! 自分と、九分の一を信じてやるしかないよ!」
「……いや、違うんですピコリねーさん!」
「違うって何!? ウチからした今のトツカは、帰ってきたときのテンションと全くおんなじ……」
「あ、ごめんなさいピコリねーさん! 違うのはそうじゃなくて、確率の方なんです」
トツカは、持っていた箱に書かれた『全四種』の表記を指さして言った。
「この『ハピバズっ! トレーディングアクリルスタンド ゆめふわナイト』は二バージョンあって、グループのメンバーが二手に分かれてラインナップされてるんです。で、俺が買ったのは四人がいる方のVer.2です。
だから天宮ちゃんを引く確率は四分の一なんです」
「なんだ、わりかし優しい確率じゃん。だったら余計に迷わないでさっさと開けちゃい……」
ここでピコリは、急に嫌な予感がした。そしてそれが杞憂であることを祈りながら、既に開封済みの空箱を手に取り、その裏側を――ラインナップを見る。
「……あのー、トツカ、ウチ、今からすっごく残酷なこと言うね」
「ど、どうぞ……」
「このVer.2に、天宮ミハルちゃんはラインナップされてないよ」
トツカは目を見開き、恐る恐る自分のスマホで、アクリルスタンドのメーカーサイトを開き、Ver.1のラインナップを確認する。
そしてトツカは無言でせっせと未開封の箱を開け、二個目の海藤ちゃんを出すと、机に突っ伏した。
後日、トツカは再びアニメショップへ行き、Ver.1一個を買ってすぐ開封した。
当てたのは見事、天宮ミハルだったが、先日の悔しさとプラマイされた結果、トツカは何の感情も持てなかったという。
【完】
【2.ぬいぐるみの保護者、イバラ】
ある日の夕方、満月家にて。
「たっだいまー!」
ピコリは部活を終えて帰ってきてすぐ、リビングにあるソファへ、疲れ故に、落ちるように腰を下ろした。
「おかえりなのじゃ!」
「おかえり……」
リビングには、先に帰っていたルシェヌとイバラがいた。前者はカーペットの上でうつ伏せになってスマホをいじり、後者はキッチンで夕食の支度をしていた。
「ただいまー、ルシェヌ、イバラ。あ、二人とも、今からウチ、テレビ独占していい?」
「好きにせい」
「いいよ……」
「あざます!」
ピコリはソファに座ったまま、前にあるローテーブルを定位置とするリモコンを手に取り、昨日の深夜に録画していたバラエティ番組を観る。
その最中、ピコリはソファで横になろうとした。と、その前に、ソファの左座面の真ん中あたりにあった、膝に乗せるとちょうど良さそうなサイズ感の犬のぬいぐるみをどかそうとする。
その寸前、ルシェヌが右の方を指さして、ものすごい剣幕で叫ぶ。
「ピコリ!? それは触ってはならんぞい!」
「へ?」
ピコリは慌てて手を止め、ルシェヌの指につられて右へ首を回す。
そして、イバラがキッチンから、二丁の拳銃を構えていることに背筋を凍らせた。
あの拳銃はただの拳銃ではない、イバラが異世界から使用していた銃型のアーティファクト【荒廃を広げるツバサ】。銃弾を連続で当て続けた箇所を爆発させるという殺傷力に加え破壊力まである脅威の代物である。
もっとも、一般人のピコリにとってはただの拳銃どころか、エアガンなどでも十分ビビるに値するのだが。
「い、イバラ……! どったの急に!?」
「そのいぬにさわるな……ぜったいに……!」
「は、はい! このぬいぐるみに触らなければいいんですね、わかりました、はい!」
ピコリは犬のぬいぐるみに伸ばしていた両手をひっこめる。さらに余計な警戒をされないように、座る位置をソファの右側に寄せた。
改めてピコリはキッチンの方を確認する。イバラが「それで良いんだ」と言わんばかりの深いうなづきをして、料理を再開していた。
ピコリは胸を撫で下ろし、さっきのやり取りの直前のところまで、リモコンの『十秒戻る』ボタンを連打し、番組視聴を再開した。
それから十分後。
「ただいま」
ユノスも部活を終えて帰ってきた。
「おかえりー!」
「おかえり……」
「おかえりなのじゃー!」
と、三人はリビングに入ってきたユノスへ言った。
その直後、ユノスはすぐピコリに寄り、
「ピコリお姉ちゃん。なんで犬のぬいぐるみと一緒にテレビ観てるの?」
と、ソファの左にある犬のぬいぐるみを指して聞いた。
「あああれ、なんか動かしちゃいけないっぽいの」
「なのじゃ」
「そうなの? なんか、すごく中途半端な位置にあるよね。ボク、てっきりサバキお姉ちゃんの代わりにしてるのかと思った」
「だとしたらなおさらおかしいけどね。何故にわざわざサバキ姉さんの代わりを用意してテレビ観てるんだ。って。しかもサバキ姉さんが興味ないバラエティ番組だよ」
「三メートルの落とし穴に放置される……絶対興味ないだろうね。これ」
「とにかく、ウチが言いたいのは二つ。
一、この犬のぬいぐるみは動かしちゃいけない。
一、この犬のぬいぐるみはサバキ姉さんの代わりじゃない。
んじゃ、そういうことであとはよろしく」
「えー、けど、やっぱりこの配置変てこだよ。電車の席を荷物で一人分潰してるみたいだもん」
「それはそうだけど、動かそうとするとイバラ……」
この時、ピコリは目を点にして、ユノスは口を大きく開けて固まった。ルシェヌはスマホを凝視し、知らんぷりをした。
「これいじょう……あのいぬにふかいりするな……あれはいないとおもえ……!」
と、イバラはユノスの右側頭部に片方の銃の口を押し付けながら言った。
「わ、わかったよ、イバラ……」
「……それでいい……」
そう言ってイバラは銃をしまい、キッチンに戻っていった。
一難を逃れたユノスは、何となくソファに腰掛け、バラエティ番組を観た。
もちろん彼女も左座面には近づかないようにした。結果、二人はソファの半分で窮屈そうに隣り合って座ることになった。
そして録画していたバラエティ番組は終わり、テレビの画面は録画した番組のリストに遷移する。
その中にあるのは、だいたいピコリが好きなバラエティと、コーリンが取っておいている特撮ドラマ『騎人バスター』のお気に入り回、トツカの『ハピバズっ!』の各話、そしてチヨが休日の暇つぶしに観る映画のテレビ放送、この四種類だ。
このリストを見て、ユノスはあることに気づいた。
「さてはイバラ、この映画を観たのかも」
「どれ?」
「これ」
ユノスはリモコンを操作し、録画リストのカーソルをそこに合わせる。
指したのは、元殺し屋が復讐のために職務復帰して大暴れする、某アクション映画だ。
それの内容を思い出し、ピコリはベタに左手のひらを右拳でポンと叩く。
「あー、それか! よくよく考えればそうだ、あれ犬殺されたところから始まってたわ」
「多分イバラ、あれに影響受けたのかもね? 『わたしだったらいぬまもりきれるよ』みたいなこと考えているかもしれないな」
「いやでもまさかー、ああ見えてもイバラ、高一だよ。流石にいまさら映画に影響受けるとかないでしょ」
「それはそうかもね。イバラは根は真面目だもん」
「そうそう、マイブームでふざけたりとかもしないから。ウチらの作者みたいにさ、最近見た映画の影響で、洗濯機のボタン押すときとかしょーもない達成感を味わったときに『コンセクエンス(報いだ)!』って極限の小声で言うみたいなこと絶対しないから」
「しかも最近ボクたちの作者、いっぱい映画見てるらしいんだけど、それもここでいうFAX(旧Mutter)で有名な某漫画家の影響らしいよ。あの人何でもかんでも受け入れちゃい過ぎだと思うよ」
ピコリとユノスはしばし笑い合いやがった後、何となくキッチンの方へ視線を向ける。
イバラは恐れていた銃は手にしておらず、先程の話に首を傾げていた。
「ただいまーっ!」
さらに、コーリンが帰ってきた。
彼女は「疲れた疲れた」とつぶやきの範疇にとどまらないボリュームでつぶやきながら、キッチンの上部にある戸棚を開けて、
「うわー、あると思ったけどやっぱないかー、カレーのヤツ」
シーフード味のカップラーメンを取り出し、お湯を注ぐ。
三分後、コーリンはピコリとユノスの間に割って入ってソファに座り、そこで麺をすすり始めた。
「やっぱ部活終わりのカップラーメンは効くなぁ! それも寒い中延々とテニスコートでラケット振ってた日はよぉ!」
何故にわざわざソファに、自分たちを押して座ってきたのかは、キッチンの愛犬家殺し屋の存在も気になるのであえてツッコまないでおくとして、ユノスはコーリンに言った。
「お姉ちゃん。ご飯前にご飯相当のもの食べていいの? だらしないよ? 太るよ?」
「しゃーねぇだろ、今日は特別クッタクタだし腹もペッコペコなんだからよ」
続いてピコリも補足する。
「そっそ、コーリン姉さんの運動量ならギリ許されるでしょ。帰り際チラってテニスコート見たけど、なんか今日は並行世界の菊丸目指してるのかい。って、くらいラリーの練習してたから」
「そうなんだ。けど、夕飯はちゃんと食べてよ。お姉ちゃん。今日のイバラはちょっとピリピリしてるか……」
この時、ユノスはなんとなくキッチンの方を横目で見た。すると、そこにはイバラの姿はなく、
「!? ね、姉さん! ユノス! 後ろ後ろっ!」
「何っ!?」
「へ!?」
「のじゃっ!?」
コーリンとユノス(と、つられてルシェヌ)もソファの背面へ振り向く。
と、コーリンの真後ろに、人を刺し貫けると思えるほど鋭い目をして、イバラが仁王立ちしていた。
「……よ、よぉ、どうしたイバラ? あ、安心してくれよ、オレぜってーお前の夕飯残さないから……」
しばらくリビングに、夕方のニュースの音だけが続いた後、
「そのカップラーメン……ソファにこぼさないでね……」
と、コーリンに言ってから、スタスタとキッチンに戻っていった。
コーリンは正面を向き直して、
「なんだよ、それだけならあんなおっかない顔して言わなくて……」
突然、イバラは踵を返すと同時に、銃を構えながら警告する。
「あと……! そこにあるいぬはうごかさないでね……!」
「あ、ああ!」
((それを先に言ったほうがよかったんじゃないの……?))
と、隣でコーリンが発する震えを受けながら、ピコリとユノスは思った。
*
この後も、イバラはたびたび銃を抜いた。
次々と帰って来る姉妹やチヨは、当然ながら全員、ソファの左半分を占有する犬のぬいぐるみに違和感を感じ、そこへ指摘しようとした。
「そのいぬにさわるな……母さん……!」
「はいぃぃ! お願いですから撃たないでくださいほんとに!」
その都度、こういった風に警告とともに彼女は銃を構えたというわけである。
こうして、満月家はこのイバラの行動と、そのトリガーであるソファの左半分に怯えながら、夜を過ごした。
そして、
「消灯時間だ! 全員寝るぞー!」
満月家恒例のサバキの就寝号令がかかり、チヨと娘たちはぞろぞろと寝室に戻っていった。
その数十分後、イバラは忍び足でリビングに戻って電気を点ける。
さらにお風呂場にも行き、そこでタオルと、洗剤を入れたお湯を洗面器に貯めて、リビングへと持ってくる。
そしてイバラは、昼から守っていた犬のぬいぐるみを、ついにソファの左座面から下ろす。
ぬいぐるみがあった箇所には、コインくらいの大きさのカレーのシミがついていた。
「バレなくてよかった……」
イバラはホッと一息ついてから、そのシミ抜き作業を始めた。
イバラは今日、練習場所の関係で、たまたま部活がなく、家族の中で一番早く帰宅できた。
ルンルン気分で家についた途端、彼女は大した運動もしていないのにお腹が空いてきた。
彼女は戸棚にストックしてあったカレー味のカップラーメンを、特に理由もなくソファに座って食べ始めた。
その途中、本当にただのミスでスープをこぼしてしまい、このシミを作ってしまったのだ。
シミを作ったこと自体は気にしていない。なんとかすれば簡単に落とせると自信があったからだ。
何よりも問題なのは、ご飯前にご飯相当のものを食べていたという痕跡を作ってしまったことだ。
シミ抜きをしている間に、これを見つけられて、バカにされてしまう。
その危険性を何よりも恐れた。イバラはまずシミを隠すものを必要とした。
それで彼女は、たまたま自分の部屋(兼、ネロア、ワノ、トツカの四人で使ってる部屋)にあった犬のぬいぐるみを発見。ただちにそれを隠すように置いた。
この選択は正しかった。
「ただいまなのじゃー!」
それと同時に、帰宅部のルシェヌがマイペースに帰ってきたのだから。
以降、イバラは犬のぬいぐるみが動かされないように警戒しつつ、シミ抜きをする隙を伺い続け、今に至る。
「だとしてもそんな簡単に銃出さないでよ、イバラ」
どうしてもあの犬のぬいぐるみの正体が気になり、リビングに来たピコリは、シミ抜き中のイバラにこうツッコんだ。
イバラは、流石にここでは銃を出せず、シミを凝視するフリをして、ただただうなだれた。
「ごめん、なさい……」
【完】
【3.購入への回数券】
満月家の近所にあるスーパーにて。
ユノスとワノと、ピコリは、母親から渡された買い物メモとそれ用の代金を手に、ここに来ていた。
「ところでふたりとも?」
「え、どったのユノス?」
「なんスか、ユノス」
「なんでこのまぁまぁ大世帯でボクたち買い物してるの?」
ユノスはSMSアプリを開き、スマホを二人へ見せる。
映し出されていたチヨからのメッセージには、箇条書きで買ってほしいものが三つ書いてあった。
「これだけだよ? 卵、食パン八切れ、玉ねぎドレッシングとだけだよ?」
「ああ、それはねぇユノス……説明の円滑化のために、ワノから話して?」
「はいっス。アタイは別にユノ姐の買い物を手伝いに来たわけじゃなくて、これを消化したかっただけっスよ」
ワノはお返しのように、このスーパーの公式アプリを開き、スマホをユノスに見せつける。
健康にすごくよさそうな飲むヨーグルトと、『無料』の赤文字が並んだクーポンの画像がそこにあった。
趣味というべきか信条というべきか、ワノは少しでもお得になれるチャンスがあればそこに全力を注ぐ。
その一環で、ワノのスマホはよく行く店の公式アプリが入っていて、それでキャンペーンやクーポンのチェックを欠かさず行っている。
そして、毎週くらいの頻度でやっている、このスーパーのクーポン券の抽選に応募してたところ、たまたま今見せているものが当たったのだ。
「で、期間中のどっかでこいつを使おうとずっと思ってたら、なんかユノスが買い物に行くらしいから、それに乗っかって来たんス」
「ふーん、で、ピコリは?」
「ウチはサバキ姉さんからの指令を受けて、ワノの監視役として」
繰り返すが、ワノは少しでもお得になれるチャンスがあればそこに全力を注ぐ。
なので、こういったお金を前受けした状態でする買い物に関わると、ワノはお釣り分を自分用に使ってしまう……と、怪しまれている。
「いやいや、何度も繰り返すっスけど、こういうことはしないっスからねアタイ。『お釣りを使っていいよ』って言われたら遠慮なく使うつもりっスけど」
「だから母さんとかサバキ姉さんとかに警戒されてるんだよ」
「うんうん」
「まぁとにかく、さっさと買い物済ませて帰りましょうっス」
数分後、三人はこの人数を利用し、手分けして注文の品三つと、クーポンが適用される飲むヨーグルトをカゴに入れ、レジに並んだ。
「あ、三人で並ぶと列がゴチャついて迷惑かもしんないっスから、二人は袋詰め台の方で待ってもらっていいっスよ。アタイがこれまとめて会計してもらうんで」
「そう、じゃあウチらはあっちに……行くかいっ! なんで監視役として来たのにイッチバン目を光らせないといけないタイミングで外れなきゃいけないの!」
「お金を渡されたのはボクだよ。じゃあ払うのもボクじゃないと」
「そうスか、じゃあすいませんっス……」
前にいた異世界で、スーパーを経営していた立場として、普通に周りのお客さんのことを考えて提案しただけで、別に悪さするつもりはなかったのに。と、傷ついたワノであった。
自分たちのレジの番が回ってきた。このスーパーは会計時のみセルフになっており、店員さんにバーコードを読み込んでもらった後、指定の番号の機械に立つ。
ユノスはチヨに渡された千円札を機械に入れ、レシートと数百円のお釣りを受け取る。
そして三人は品物四品をマイバッグに詰めて、帰路についた。
その途中、ワノは急に棒立ちして静止し、虚空を見つめた。
ユノスは振り向いて問いかける。
「あれ? ワノ、急にどうしちゃったの?」
ワノは、研究対象の怪獣を目覚めさせてしまった直後に博士のように、震えながら言った。
「……クーポン忘れた……」
「……あ」
*
その夜、ユノスはチヨに、レシートと、図らずも勝手に使ってしまった分も足したお釣りと、この原因となった飲むヨーグルトを渡した。
「ありがとユノス……で、このヨーグルトは何? それと、なんでワノはずっと部屋の隅に向かって土下座してるの?」
「このヨーグルトを買っちゃったからだよ」
「ああそう、けどこうしてちゃんと返してくれてるから、別に大して怒ってないんだけど。てか、謝るならこっち向いてほしいんだけど……」
「ごめんちょっと説明足りなかった。ワノ、これが無料になるクーポンを持ってて、ボクの買い物に便乗して使おうとしてたんだけど、ボクがお金払うときにクーポン出すタイミングを用意してなくて……」
「……無駄な買い物をした。って後悔している訳か」
「そう。ちなみにだけど、これはボクの責任もおっきいから、さっき渡したお釣りはボクから補填してるよ」
ワノは頭を床につけたまま、右手を地を這うように振る。近くにあったクッションを触って見つけ、近くに持ってきて、何度も拳をポスポス叩きつける。
「抽選に当たった運と、買い物に行った労力と、クーポンを使うチャンスと、シンプルお金! それら全部を一瞬にして無駄にするなんて……満月ワノ、一生の不覚っス!」
この落ち込み具合を、チヨは可哀想に思う。
「あたしもチョコチョコやっちゃうんだよねぇ、クーポン持ってるのは自覚してるのに、なんかレジ立った途端にスッポリ抜けて、でもって色々損した気分になっちゃうんだよね」
と、言った後、ヨーグルトのキャップを回し、中身を一口味わって、
「それも正直、クーポンがなければ買わなかっただろうものを買っちゃった時とかはね」
「そのヨーグルトとかも?」
「身体にいいことは信じているけど、そんな高頻度で買ってまで飲みたいかって言われると、あたしはちょっとそこまで……」
一通りクッションを叩き終えた後、ワノはゆっくりと起き上がり、リビングの隅の方に向かって告げる。
「覚えているがいいっス、次こそは絶対、使ってやるっス……この後悔、タダでは済まないっスよっ!」
「タダにする以上はできないでしょ、そのクーポンじゃあ」
「ちょっと上手いこと言ったね、お母さん」
*
翌日。
放課後、ワノはリベンジを果たすべく、昨日訪れたスーパーに再びやってきた。
「マジで行くんだこの人……」
それも、忘れ防止と、作劇上ツッコミ役がいると助かるので、ピコリと一緒だ。
「クーポンを使いそびれた悲しみは、クーポンを使うことでしか精算できないんっスよ。それを一秒も早く果たすべく、アタイはここにいるんスよ」
「一部言葉を変えたらアクション映画のセリフとして成り立ちそうなこと言わないでよ。仰々しいなぁ全く」
スーパーに入店して、ワノは他の棚に目もくれず、乳製品コーナーを前にし、忘れもしない飲むヨーグルトの容器を掴んだ。
それからワノ(とピコリ)は、しばらく店内を歩き回った後、イマイチしっくりこない感じでコーンスナックを手に取った。
「え、それも買うの?」
「この小瓶ヨーグルト一個だけタダで買ってったら、店員からケチだと思われちまうかもしんないっスからね」
そしてワノ(とピコリ)はレジに並んだ。ところが、時間帯が時間帯なだけに、その時既になかなかの長さの列が出来上がっていた。
「うわー、最前列の人、カゴに野菜をギッチギチに詰めてる。絶対一家で鍋やる気だ。
……なのにウチらときたら、これだけ持ってこの列並んでると、逆にハズいなぁ……」
「それはそうっスね。あ、じゃああっち使うっスか?」
と、ワノは隣の隣のレジに設けられた、セルフレジが置かれたエリアを指す。
まだここの利用客には定着していないためか、そこは今なら並ばずに入れるくらい空いていた。
「それウチも思った。けど、うろ覚えだけどセルフレジでクーポン読み込めなかったような気が……」
「ああ、それなら大丈夫っス! 別件でここに来た時、セルフレジでクーポン使えたっスから。これは確信持って言えるっス!」
「そっか、じゃあさっさと行こうよ!」
二人は通常のレジの列を抜け、セルフレジのエリアに行き、何となく選んだマシンの前に立つ。
購入する商品――ヨーグルトとコーンスナックのバーコードを手際よく読み込んで、
「で、前回はこの後にクーポンを読み込むかどうかの選択肢が出てきたんスよ……」
「うんうん」
ワノは今自分のレジに表示されている画面を凝視し、昨日見たあの絶望の表情をした。
「そうなんスよ、クーポンを読み込むかどうかの選択肢が出てきたんスよ……」
「……え?」
レジに映っているのは、どの決済手段を使うかを選択する画面。クーポンを使うに該当するボタンは、どこにもなかった。
ワノは、一瞬横にあるセルフレジマシンを見た後、自分の過ちに気づいた。
「そうだ、前に来た時は、あのマシンでやってたんスよ……」
ワノが何となく選んだのは、ピコリが懸念していたクーポンが使えないタイプのセルフレジであったのだ。
*
さらに翌日。
放課後、ワノとピコリは三度、スーパーにやって来た。
「たかがヨーグルト貰うだけでday3に突入するとは、アタイはつくづく哀れな人間っス」
「そしていくら短編とは言えど、こんなスケールの小さいテーマで話を引っ張り続けるとはね」
スーパーに入ってからは昨日と同じ、無駄のないルートをたどって乳製品売り場に行き、見慣れたヨーグルトの容器を一つ手に取る。
ここからは昨日と違う。ワノはそのままレジの列に並んだ。
昨日は食べ慣れたコーンスナックを選んで買うだけで、時間を無駄にした上、見落としを避けるための注意力まで失われていたためである。
もちろん、昨日の反省を踏まえて、並んだのは対面レジの列である。当面、セルフレジは信用できないだろう。
昨日とほぼ同じ時間帯のため、案の定列は長い。けれどもワノにとっては確実に、無料クーポンを使うためならば、この程度の待ち時間は何でもない。
石橋を叩いて渡る。今自分に必要なのはその意識だ、と、言い聞かせ、ワノは、スマホを例のアプリで無料クーポンを開いたままにし続けた。
「人間が最も淘汰すべき概念は『油断』っス……誰もが何事も最適解を出し続ければ普通、面倒事は起こらないはずなんスよ。
けれども、油断という概念があるからこそ、失わなくていいものが失われ、傷つかなくていいものが傷ついて、そこから恨み、妬み、嫉みといった負の感情が生まれていくんス。
そうした負の感情が募り募って、世の中に蔓延る大小の揉め事が勃発するんスよ……
だから、アタイはこのクーポンを使い切る必要があるっス。油断という社会の敵にささやかながら抵抗をするためにも、っス」
「……これクーポンの話だよね? 権力者と戦う系のアクション映画じゃないよね?」
そして、ワノたちの番がやってきた。
「クーポン使いますっス」
と、事前に宣言してからワノは、たった一つのヨーグルトを堂々とレジ台に置く。
レジ担当の店員さんが商品のバーコードを読み取った直後に、ワノはスマホの画面を提示した。
この時、ワノはとても晴れやかな表情をしていた。
(やっと、終わったんス……クーポンの、呪縛が……)
その時、店員は恐る恐るワノに言う。
「すみません……これ、別の商品のクーポンみたいです」
ワノはすみやかに普通の表情に戻り、
「へ?」
自分が持ってきた商品と、クーポンの商品画像を見比べる。どちらもおなじみの赤いパッケージに白いロゴが書かれたものだ。
「違うんスか、これ?」
ここで横にいたピコリが気づく。
「あ、本当だ! クーポンのヤツはロゴの下に金文字で『ストレス軽減』って書いてあるけど、これには無い!」
「うわっ、マジっスか、これ……」
二人がこの微妙な違いに戸惑う中、店員は、列の方を気にして、
「あの……またお並び直しても構いませんよ……」
その誘いに、ワノは、しばしの逡巡を経てこう答えた。
「いや、買いますっス」
こうして、ワノは無事、『四日目』にしてついに無料でヨーグルトを獲得できたのだった。
「もしかして、クーポンってこういう不幸を誘って利益を出すためのものなのかもしれないっスかもね……」
「いや普通に宣伝とサービス精神でしょ」
【完】
【4.ネロアvsエナジードリンク】
これは、ピコリとネロアが二人で街中へ遊びに行ったときの話。
ゲームセンターを出た直後にピコリは、持ち帰り用のビニール袋に入ったぬいぐるみを見せつつ、ネロアにお礼を言う。
「ありがとね、ネロア。ぶっちゃけ、これ自体は言うほど欲しくなかったんだけど、すごいプレーを見せてくれたって意味で」
先程、今日はこれで締めにするつもりでゲームセンターになんとなーく立ち寄った際、二人はクレーンゲームの一回無料券を貰った。のだが、本日の店内のラインナップの中に、二人の琴線に触れるものはなかった。
結果、あっても誰も困らなそうな犬のぬいぐるみのクレーンゲームに使うことにした。
ここでの操作担当はネロアだった。彼女が前にいた異世界から鍛え上げたゲームの才能を、ピコリが買ってのことだ。
その期待に応え、ネロアは絶妙なアームの狙いによって、見事一発で犬のぬいぐるみを落とすことに成功したのである。
「いやぁ、どういたしまして。こちらこそ、まさか一回でいけるとは思わなかったですよ」
「またまたー、本当は最初から見込みあったんじゃないのー?」
というような話をしながら、二人は街中を歩き、駅を目指した。
その最中、二人は比較的人の多い通りに差し掛かった。
そこでネロアは、あることに気づき、うっすら身構える。
「ピコリお姉さん、アレを見てください……」
「ん? あれって……?」
ネロアが指さした先にいたのは、エナジードリンクのロゴマークが印刷された派手なTシャツを着た女性だった。
彼女はエナジードリンクの缶をかたどったビニール張りの筒型容器の側に立ち、そこにギッチギチに詰まった通常サイズのエナジードリンク缶を取っては通り過ぎる人たちに手渡ししていた。
「ちょくちょく街中で見かける、エナジードリンクの配布だよね? それがどうしたの?」
「ああ、実はですね、僕はですね……エナジードリンクがあんまり好きじゃなくてですね」
「へー、わりかし意外。ネロアってゲーマーじゃん。ゲーマーって、プレイに集中するためにエナジードリンク飲む率高いじゃん。よってネロアってエナジードリンク好き■
…だと思ってたけど、やっぱテンプレすぎたかな?」
「それはよく言われますね。ですが僕はその例外なんですよ」
「それはそれでネロアらしいけどね。で、何でネロアはエナドリがあんまり好きじゃないの?」
「そうですね、これにはちょっとした理由がありましてね……」
*
これは数カ月前、家に帰ろうと、電車に乗った時の話です。
その時は、たまたま電車が空いてて、ほとんどの場所が座れる状態になっていました。
僕は後の人のことを考えて、座席の一番端に座って、スマホゲームを始めました。ジャンルはカードゲームです。
途中、電車が結構大きく揺れました。けど、これはよくあることなので、僕は気にせず試合に集中していました。
そして試合が終わった直後、妙に視線が気になるなと思いまして、顔を上げた瞬間、自分の足元から液体が垂れていたんです。
その液体は僕の足元から、電車の床をジグザグな線を描いて流れていました。それをたどっていくと、原因はすぐわかりました。エナジードリンクの缶が、現在進行形で転がっていたのです。
どうやら僕が座った席の下に、誰かが置き忘れたエナジードリンクの缶が、さっきの揺れのタイミングで倒れて、その後に起こった小さめの揺れに連動して缶が転がって、こういう風にこぼれたようでした。
しかし、当然周りの人はそんなこと知るはずもないので、明らかに『僕が飲んでたエナジードリンクをこぼしてしまった』と言わんばかりに見られてしまいました。
途中の駅で一度降りることも考えましたが、それはそれで『逃げた』と思われるかもしれなかったので、僕は、ずっと転がり続けるエナジードリンクの缶とは無関係だっていう体――実際は本当にそうなのですが――で、最寄り駅まで恥を忍んでスマホゲームをし続けました。
*
「……っていう、恥ずかしいことがございまして、トラウマみたいな感じでエナジードリンクがあんまり、なのですよ」
「……なんか、思ってたより暗い事情だね」
「あと、あの人工感の強い味が好きじゃないのと、変に元気が出すぎちゃうのが好きじゃないです」
「……話の順番を若干間違えてない?」
ネロアは改めて、エナジードリンク配りの方を向いて、
「だから、なるべくあの方は避けたいんですよ。貰っても嬉しくないもの貰ったら、お互いにとってよくないじゃないですか」
「なるほど。じゃあ普通に無視したり、手が塞がってる感出してブロックしたら」
「それはそれで嫌ですね……せっかく渡そうとしたのに。ってあの方が傷つくかもしれませんのに」
満月家の六女、満月ネロア。前いた異世界においては、死を司る神の右腕、ネロア・ルォーナピアナ。
そんな物騒な肩書を持ちつつも、ネロアはそういうことを言える優しい心の持ち主なのである。
「だったら、なるべく自然な感じで、あの人の間合いに入らないようにして通り過ぎればいいんじゃないかな」
「ですね。その作戦で行きましょう!」
二人は、再チャレンジとして道の端に寄り、エナジードリンク配りの女性の手が届かないようにして歩く。
ところが、
「この演出来るんじゃね!?」
「どーせカスだろカス!」
「はい万年爆死確定でーす!」
二人の前で、大層ご立派に内輪ノリではしゃぐ男子高校生が三人で隙間なく横並びし、マイペースの極みで歩く。
それが二人の壁になっており、彼女らの歩くスピードは四分の一まで落ちてしまった。
「テンポ乱されるなぁこれ。どこかで『横並びで歩くな』って教わらなかったのかな?」
「あはは……」
と、ネロアは苦笑いしつつ、横を一瞥した。
向こうの道も人こそ多いが、後ろの人の邪魔をしない常識的な歩行者ばかりであった。
そちらに移れば元の歩行速度を取り戻せそうな気がした。
だが、ネロアはそれを見なかったことにする。忘れてはいけない。あの辺りを歩くと、ほぼエナジードリンクの射程に入ってしまうのだから。
こうしてピコリは小さく舌を鳴らしつつ、ネロアは不自然な笑顔を作りつつ、暫くの間、男子高校生の真後ろをついていかされた。
しかし、
「お、あれ、新味じゃね!?」
「おーいそこのお姉さーん! 三本ください!」
「それとスマイルもおまけしてくださーい!」
彼らはエナジードリンク配りに気づき、そちらへ行ってくれた。
災い転じて福となす。彼らの良くも悪くも軽いノリが、ピコリとネロアの道を開けつつ、エナドリから身を守る盾になってくれた。
「今のうちに行きましょう。ピコリお姉さん」
「だね!」
この隙に、二人は足早にエナジードリンク配りの前を通り過ぎた。
「いやぁ助かった。あのままだとドリンク貰っちゃうか、冤罪で後ろから『はよ歩け!』って言われるところだったわ」
「ですね。けど……」
ネロアは再び前を指さす。
駅に行くための道の数百メートル先に、もう一つのエナジードリンク配りが居た。
「ワールド1ばりに多いなぁ、アイテム貰えるとこ」
「しかも見てください、あそこは二人います」
今回のポイントは道のほぼ真ん中に缶のケースが配置され、それを背中で挟むように、Tシャツを着た二人組が缶を配っている。
ただ前後両サイドで配れるだけじゃない、片方がケースの周りにとどまりつつ、もう片方が少し離れた客に手渡しする。という、全方位と遠近両用の対応を可能とした完璧なフォーメーションを成していた。
それだけでなく、二人組の歩行者に対してはきっちりと二缶持っていって渡すなど、恐るべきサービス精神も持ち合わせる。
このエナジードリンク配りポイントは、まさしく鬼門であった。
「失礼かもしれませんが、頑張っていらっしゃいますね。なんだかここまで来ると、あの方たちが心配になりますよ。あんな必死になって、結構お値段がある飲み物をタダで配るなんて……」
「下手にCM打つよりも安くて効果があるらしいからね、あのキャンペーンって」
それからネロアは、あのポイントを睨み、固まり続けた。
流石の彼女ももうお手上げかもしれない。ピコリは、妹のことを気づかって提案した。
「……もう無視するか、受け取っちゃおうよ。別に貰ったとて、本当にネロアが飲まなきゃいけないわけじゃないんだし。『受け取っときゃ安い』だよ」
「『死ななきゃ安い』ですね。ですが……」
中途半端なところで降りる。その選択を取ることを考えるだけで、ネロアは胸が苦しくなった。
※短編集なのでその詳細説明は省略する。詳しくは本作のこれまでのネロアが出てきた回などを見ていただきたい。
だから、ネロアは、ピコリに言った。
「ピコリお姉さん。ここは僕一人に行かせてもらっていいですか?」
「あ、いいよ。けど何か作戦でもあるの?」
「作戦っていうほどでもないですが、僕一人なら、あのエナジードリンクをいただかなくて済むかもしれないので、では、先行ってきます!」
ネロアは、ピコリを一旦置いていって進み出した。
敏速ながらも無駄がない歩調で、彼女は、道行く人を自然な感じで盾にするように歩いていく。
数々の高難易度ゲームで鍛えた位置取り能力が、フル活用されていた。
「す、すごい! あえてコインとらずにステージ攻略してく縛りプレイ見てるみたい! ……実際はただの頑固なんだけど」
ネロアはついにエナジードリンクコンビの行動範囲に足を踏み入れた。
近くにいる歩行者たちが次々とエナジードリンクを渡されていく。しかしネロアは、配り担当者の二人の狙いを把握しているかのようにルートを選び、ことごとく缶を避けた。
こうしてネロアは二人組からエナジードリンクを受け取らず、彼らの範囲から脱出し、そこから早足で離れていった。
「お疲れ様です! 新味です! お試しください!」
「ああ、は、はい、ありがとうございます!」
そしてその先にあった、缶入りの段ボールと担当者が道の隅にいるだけの、小規模めの第三のエナジードリンク配りポイントで、ネロアは缶を受け取ってしまった。
自宅にて、二人はエナジードリンクを悔しそうに飲んだ。
「……これは、新しい味ですね」
「ここにはあの人たちいないからはっきり言っていいんだよ。『美味しくない』って」
【完】
【5.ルシェヌの大事なご報告】
とある夜、満月家のリビングにて。
チヨは手拍子を二回打って、
「『シングルベッド』!」
次に、マジナが手拍子を二回打ってから、
「『打上花火』!」
続いて、ピコリはパンパンと手を叩いて、
「『REVIVER』!」
そして、コーリンは窮屈なリズムでパンパンと手を鳴らし、
「えーっと! あれだ、『インフェルノ』!」
その後、ルシェヌがドタドタ足音を立ててリビングにやってきて、
「大変じゃ! 緊急事態なのじゃー!」
チヨは手を止めて、ルシェヌに尋ねる。
「え、急にどうしたの?」
「母さん、二階の廊下でサバキとトツカが喧嘩してたのじゃ!」
「で、それを何故にあたしたちへ報告に来たの?」
「もちろん止めに入ってもらいたいに決まってるじゃ! 特にコーリン、マジナ、おまけにピコリ! 貴様らなんか暇そうにしてるしのう!」
「え、オレたち暇じゃないぞ」
「今、古今東西ゲームってのやっててさ」
「お題は『悲しいことにタイアップ先が顧みられないまま忘れ去られ、すっかり独り歩きしてそうなタイアップ曲』で」
「そんなワケわからんゲームするななのじゃ! ええい、とにかく早く来てくれなのじゃ!」
とにかくすごい剣幕でルシェヌが言うものだから、コーリンとマジナはしぶしぶダイニングテーブルのイスから立ち上がり、二階へ行こうとする。
と、その前にピコリが待ったをかける。
「と、その前になんだけど……ルシェヌさ、サバキ姉さんとトツカが上でどんな感じで揉めてるのか教えてくれない?」
「な、なんでわざわざそんな説明をしなきゃいけないのじゃ! 百回見るより一回見た方が早いとかいうじゃろ!」
「百聞は一見にしかず。ね。それだと当たり前すぎてことわざにするまででもないでしょ」
と、ツッコんでから、チヨもルシェヌへ尋ねる。
「で、ルシェヌ、ひとまずその知ってることを説明してくれない? サバキとトツカ、どっちも家のなかでは比較的揉め事起こさなそうなタイプの人なのに……っていう大きい疑問があるからさ」
大好きな母親にそうせがまれては、仕方がない。
ルシェヌはさもチヨから一生のお願いを頼まれたかのように、胸を張って、
「わかったのじゃ! この魔王ルシェヌがあの二人が喧嘩するに至る経緯を説明してやるのじゃ!」
「ここで魔王アピールいる? 魔王ってあんま説明するイメージないのに……」
「あたし、そういうゲームやったことないから詳しくは知らないけど、どっちかっていうと悪の道に染まる前まで親しかった人が、魔王の身に起こった悲劇を説明してくれるイメージなんだけど……」
*
まずアタシが聞いたのは、サバキがトツカに怒鳴り散らしているとこだったのじゃ。
「自分が通販で注文した商品はどこへやったんだー!」ってな。
するとトツカは手をブンブン振ってな、
「俺はなんにもしていないぞー!」って頑なに何かを否定していたのじゃ。
実は、トツカは嫌がらせにあったのじゃ。
ハッピーバースデーだったかのう、なんかトツカが大好きなアニメのアクリルスタンドを机に散らかしていて、それを整頓してやったら、トツカが細かい文句を付けまくっていたのじゃ。
ところがサバキも荷物が重要だったのじゃ。
数日前に何かがどうにかなって、荷物が届いたらしいのじゃが、奴の頭が悪いばっかりにそれが見つからないと騒いでいたのじゃ。
アタシは真面目に宿題をして、後はゆっくりしようと思って部屋を出たのじゃ。
そしたらサバキがトツカに怒鳴り散らしていたのじゃ。
「自分の荷物をどこに隠したんだー!」ってな。
サバキはかれこれ数十分くらい、今日家に届いた荷物を探していたのじゃが、荷物が見つからないのじゃ。
それでイライラして、たまたまトツカを見つけたのじゃ。
トツカはサバキに因縁があってじゃな、それでキツめに言ったら二人ともワーってなってギャーってなってな。
荷物は今日ちゃんと届いていたのじゃ。ところがサバキはそれを見つけられなくて、トツカに当たるというバカなことをしていたのじゃ。
*
「……ていう感じじゃ。どうじゃ、これで何の疑問もないじゃろう? ではいよいよ二階へGOなのじゃ!」
ルシェヌは拳を突き上げ、威勢よく言った。
しかし、彼女の前でダイニングテーブルを囲む四人は、思ったとおりに動いてくれない。
コーリンは首を傾げ、マジナは目をつむり熟考し、ピコリはいつの間にか持っていたコマをテーブルの上で手回しし、チヨはただただ微妙な顔をしていた。
「え、何故じゃ、何で全員反応しないんじゃ。お望み通り説明したのじゃぞ」
説明を聞き終えて、ようやくチヨが第一声を放った。
「……ごめん、結局何がどうなったのか全然わかんないよ……」
ルシェヌは思わず足元がふらつき、後ろの壁に寄りかかって、
「えー! あれだけ必死に説明したのじゃぞー!?」
「必死さは伝わったんだがな……お前説明下手すぎだろ! 話がずっとフワフワしてたぞ!」と、コーリン。
「時系列もメチャクチャだしさぁ、なんか回想の回想みたいなのが急に始まってるしさぁ、なんか、見込みが無い人が描いた少年漫画みたいだったよ」と、マジナ。
「なんじゃとー! それは貴様らがちゃんと人の話を聞かないからじゃないのかえ!? 特にピコリ! 貴様、よくもアタシのありがたい解説をコマ回しながら聞きおって」
「コマじゃないよ。ヴァリアレスDDだよ。十二モードに変形できるやつ。結局アタック重視にしたのしかほぼ使わなかったけど」
「そんな二世代くらい前のオモチャ引っ張り出すななのじゃー! うう……どうして誰もアタシの味方をしてくれないのじゃ……」
ここでチヨはルシェヌへ諭すように言った。
「ルシェヌ。人にお願いする時はね……」
「あ、それはわかっておるぞ母さん! 優しく、礼儀正しくするんじゃろう!」
「それは正解。今それが出来てたかは怪しいけど……ゲフン。他にも大事な、5W1Hっていうのがあるの」
「5W1H? 何じゃあ母さん、急に英語の授業が始まったのう……」
と、ルシェヌは戸惑った。
一方、コーリンとマジナは、ピコリの方へ向いて、
「おいピコリ、ここいらでアイツを呼び出したらどうだ」
「さっきの難解話を聞かされた後だってのに、母さんに長台詞喋らせるのは良くないからね」
「それはそうだね、ダブル姉さん。ここは本作のその道のプロに頼もっか、てなわけで例のあれ、お願いしまーす!」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
5W1Hとは、英語の代表的な疑問詞、who(誰)、when、where、what(何)、why(何故)、howをひとまとめにしたものを指す略語である。
同時に、この要素で物事を分解し、説明するときに意識すると、その内容がわかりやすくなるとして、昨今のビジネスシーンなどで重要視されている概念である。
「というわけでさ、ルシェヌ。これを意識して、もう一回簡単に説明してくれる」
「わかったのじゃ、母さん!」
改めて、ルシェヌは二階で起こったことを説明しだした。
「まず、今日の夕方頃の話じゃったな、トツカが部屋にある自分の机の上を、ハッピーエンドのアクリルスタンドで散らかしていたのじゃ」
「ちょいちょい、待って! 確かに今のは5W1Hを意識してた感じはあったけど、『まず』はその話じゃないでしょ!? この一連の出来事の肝心な部分を先に持ってきてくれない?」
「え、これも十分肝心じゃぞ? だってサバキの奴、ちょっとほったらかしにしたくらいであんなに怒りおって……」
両拳を握りしめ、話に熱を入れ始めるルシェヌ。そこにピコリは割って入って、
「わかった、じゃあ話し方の形態を変えよっか。今からウチらが質問するから、ルシェヌはそれに答えるだけでいいから」
「むー、せっかく母さんに教わった5W1Hを披露しようと思ったのじゃが……」
今更ながら、ルシェヌもダイニングテーブルの椅子に座ってもらう。
「じゃあまずオレから、先に喧嘩をふっかけたのはサバキか?」
「はいなのじゃ」
「次は私がターンを頂くよ。サバキは荷物が見つからないから怒ってたの?」
「はいなのじゃ」
「今度はあたし。喧嘩って殴り合いとかのレベル?」
「いいえなのじゃ」
約数秒、無音のリビングで、ピコリを除く三人が、ピコリを見つめた。
「……じゃあウチも。トツカも通販を使っていますか?」
「関係ありませんなのじゃ」
「ダメだ、これはこれで良くないよ! 水平思考スタイルでやってったら時間かかり過ぎちゃうって!
最悪、寿限無のオチよろしく、理解した時には既に事件が収まってたって感じになるって!」
(正直もう二巡してもよかったかな……)
チヨは少々苦笑いしつつ、ルシェヌに提案する。
「もうこうなったらルシェヌ、さっきの5W1Hを意識しながら、あたしだけに手短に関係あること教えて。時系列とか、二人の言い分とかはあたしが頑張って整理するから」
「わかった、任せておくのじゃ!」
この後、チヨとルシェヌは隣り合わせに座った。
ルシェヌが5W1Hを意識して話した内容を、チヨはスマホのメモに素早く打ち込み、自分で時系列を整理する。
という形で二人は、上で何が起こったかをまとめていく。
ソファに引っ越した三人はそれを見て一言ずつ、
「やっぱ、百聞は一見にしかずで上行ったほうがよかったかもな」
「けどここまで行ったらもう引くに引けないよねぇ。推理モノの作品を事件の概要がわかる前にリタイアする人なんていないだろうし」
「ここまで時間かけて解読作業するんだから、あっと驚く面白い真相になるといいんだけど……どうだろうなぁ」
数分後。
「よっし、みんな、事件の概要がわかりました!」
チヨが整理したことは次の通り。
先程、ルシェヌが宿題を終えて部屋を出た時、サバキがトツカに「自分の荷物を隠しただろ」と、怒鳴った。
するとトツカは「何故自分がそんなことをするんだ」と尋ね返す。
サバキは、トツカに動機があることを、語気を強めて話した――数時間前に、ハニートーストっていうアニメのアクリルスタンドで散らかっていたトツカの机を、自分が勝手に片付けたことを根に持ってる。と。
トツカはサバキに落ち着くように頼んだ。
「その荷物について色々あったから、イラついているんでしょうけど、ここは元通り冷静になってくださいよ。そうしたらきっと見つかりますって」
そこでサバキは食い気味に、「何十分にも渡って探したのに見つからないんだ! じゃあもう誰かが隠したに決まってるだろうが!」と、叫んだ。
そこから二人は口論になっていった。
……というのが、チヨがまとめた概要である。
「ま、あれから色々やってて、今上で二人は何をしているのかわからないけどね」と、チヨは説明を終えた直後につぶやいた。
「ま、とにかく行ってみようぜ」
「あの二人がどんな組んず解れつするのか気になるしさ」
「ひょっとしたらマジで寿限無パターンになってるかもしれないし」
ルシェヌはイスから立ち上がり、リビングの出入口の方で仁王立ちする。
「よーし、それでこそ貴様らなのじゃ! てなわけで今度こそ二階へGOじゃー!」
そして再び、拳を突き上げ、威勢よく言った。
直後、彼女の後ろにある戸が開き、そこからサバキとトツカが一緒に突入。
そして二人揃ってルシェヌをポカンと軽く殴った。
「うわー! いきなり何するのじゃー! さては、目撃者の始末かえー!?」
サバキはルシェヌの片手を背中に回して、彼女の身動きを封じつつ、
「しらばっくれるのもいい加減にしろ! サスペンス的に言うのなら……この真犯人めが!」
トツカは持ってきた通販サイトの段ボール箱を、ここにいる全員に見せびらかすようにダイニングテーブルへ置いて、
「聞いてくださいよ皆さん。ルシェヌの奴、玄関の宅配ボックスに入ってたサバキの荷物を、自分のベッドの中に隠してたんですよ!」
サバキはルシェヌを拘束する手の力を強めながら、
「全く、こんなくだらないイタズラなんか仕掛けてきやがって! そんなに恨めしかったか、自分が貴様の乱雑した机を片付けさせたことが!」
「あれはアタシにとっては散らかってなかったのじゃ、使いやすいようにカスタマイズした配置だったのじゃ!」
「側を通り過ぎただけで積み上がった教科書が崩れかけてたんだぞ! 自分だけでなく周りにも配慮しろ!」
ルシェヌが腕からの激痛で悲鳴を上げ、半泣きになる。
それを見て、コーリン、マジナ、ピコリ、チヨは、一階に降りてきてからの彼女の言動に納得した。
「アイツ、自分が犯人なのを隠して、オレたちに匿ってもらおうとしたんだな」と、コーリン。
「どおりで、ルシェヌにしてもあんな壊滅的な説明をしてたわけだ。本当のことを言わないように言わないようにって焦ってたんだね」と、マジナ。
「けど、これはこれでルシェヌにとっていい経験になったかもね。説明は『筋道立てて、簡潔に、そして本当のことを話すべき』ってね」と、ピコリは言った。
そしてチヨはホッと一安心する。
「あたしはうっすらこんなオチだと思ってたよ。だって、ルシェヌが人の喧嘩を止めようとするわけないし、サバキとトツカが喧嘩を始めるわけないもんね」
するとサバキとトツカは、慌て気味にチヨへ言った。
「あ、すまない母さん。喧嘩したのは本当だ。今日も含めて色々あって、ストレスが溜まってつい……」
「別に殴り合いとかはしてませんけど、サバキねーさんが本当にヤバくて、ええ……」
「な!? アタシの言ったとおりじゃろ!? じゃろ!?」
チヨはこの状況下で、誰に何をどうすればいいか思いつかず、悩みに悩んだ末、ルシェヌの証言をまとめたスマホのメモを消すことしかできなかった。
【完】
【6.ユノスが漫画を描くときに流している曲】
ある日の満月家、二階の六姉妹部屋にて。
ユノスは自分のデスクに向かい、タブレットにペンを走らせていた。
出版社から依頼され、とあるゲームのアンソロジーコミックスに載せる短編を書いているところだった。
タブレットの側には彼女のスマホがあり、そちらはフリー素材感満載のカフェの画面が映されている。
重要なのは映像ではなく音。ユノスがつけているワイヤレスイヤホンには、そのスマホで再生している動画の、おしゃれな雑貨店で流れていそうな曲が流れていた。
そういったフリー音楽集を作業用BGMにして、執筆を行うのが、ユノスのここ最近のおきまりのスタイル……
「もうそろそろいいや、これ」
……であった。
ユノスは、流していたフリー音楽集の動画を停止し、イスに座ったまま手足を伸ばしたりする。
「かれこれずっとこれ流してたけど、ボクもう飽きちゃった」
どんなに気にいった音楽だとしても、何度も聞いていくと先が読めすぎてしまい、飽きが来る。
そしてその飽きはやがて激しい不快感に変わっていき、ついにはもう当面は聞きたくないと思うほどの嫌悪感が来る……という経験はないだろうか?
今ユノスを訪れたのはまさにそれであった。
手足を伸ばしてリラックスしているのは、単にじっと絵描きを続けて身体に疲れが溜まってきたからというのもあるが、どちらかと言うと耳と頭が曲由来のストレスで限界を迎えかけたからだ。
ユノスはスマホを手に取り、動画サイトのホーム画面を見て、新しい作業用BGMを探す。
おすすめされがちなのはやはり、どこかしらのお店で流されていそうな音楽集の動画。
「こういうのおすすめしなくていいよ。気分転換したいんだよボクは」
ユノスはおすすめされた、似たような動画に、『興味なし』の設定をつけた後、
「もうこうなったらベタなものにしよう」
人気急上昇中の動画が掲載されているページへ移動し、そこの音楽リストを再生する。
ユノスは、ピコリほど音楽に精通しているわけでない。
最近流行っている曲も、サビがギリ歌えるくらいしか知らない。
なのでユノスにとって、この音楽リストは、ほどよいくらいに新鮮味があって、それでいて不快感もなかった。
ユノスは座る姿勢を正し、イヤホンから流れてくるヒット曲を適当に聞き流しながら、執筆作業を再開した。
しかし十五分後、
「ダメだ、これはこれで疲れる」
ユノスはリストの再生を停止した。
ピコリの好きな音楽ジャンルほどうるさくはないが、最近の流行り曲は派手だったり展開の早い曲が多い。それにユノスはついていけず、気持ち的に耳が疲れ始めたからだ。
ただ、店内の曲よりは一曲一曲の展開があるので、気分は上がったような気がした。その点はいいと思った。
なので今度は趣向を変えてみる。ユノスはちょっと前に見ていたアニメ群の主題歌を集めて、マイリストを作り、それを再生する。
こちらはある程度ユノスの好みに寄っていて耳が疲れず、新しさがないので思考に入るノイズが抑えられる。ボクながらいいチョイスだった。と、ユノスは内心ちょっぴり自分を褒めた。
それからユノスはじっとタブレットに向き合い、自分の思う最適な画を模索しながら、線を書き続けた。
ただ、集中しているかと言われると……若干あやしい部分があった。
「どこもかしこも、コメントがやだな」
ユノスが使っている動画サイトの使用上、新しい動画が開くたびに毎度毎度、一番注目されているコメントが表示される。
その度に、ユノスはイラついていた。
「なんでどこもかしこも『今も聴いてる人いますか?』とかみたいなコメントがあるんだろう。それを確認したいんじゃなくて、どうせいいね稼ぎだと思うけど」
「全くその通りだよね、ユノス! なーに人様の人気を勝手に借りて自分の承認欲求を満たそうとしてるんだかって話だよね!
仮にそのコメントが言葉通りだとしても、別に常識に反しない限り、好きなように自分の好きな音楽を聞けばいいじゃん! 勝手に人と趣味が違うのを怖がらないでよ! どうせ今流行ってる曲だって半年も経てば『あーあったね、そんなの』ってなるんだからさ!」
と、いつのまにか隣接するマイデスクに座っていたピコリは、目をギンギンに見開いて語った。
「ピコリおねえちゃん……なんでここに?」
「特にやることないからここでスマホいじってようかなー、って思っただけだけど……あ、やっぱ、ダメ? 仕事中にウチが隣居たら気が散っちゃうかな?」
ユノスは視線をタブレットにしっかり向け、
「別に変に騒がなかったらいいよ。そもそも、漫画家が常に立ち向かわなきゃいけない敵は『ストレス』と『スランプ』と『シメキリ』だもん。たかがお姉ちゃん一人いるくらいの違和感くらいで気が散ってたら仕事できないもん」
「ああそう、じゃあ遠慮なくいさせていただきます」
横にいるピコリの存在を全く気にせず、自分が作ったマイリストを聞き流しながら、漫画執筆に打ち込んだ。
それから一時間後。
「もうだめ。飽きちゃった」
ユノスは作業の手と、マイリストの再生を止めた。
今回の飽きは自分に責任があった。なんせこのマイリストには六曲しか入っておらず、必然的に短時間で同じ曲が繰り返し流れるのだ。
映画こそよく見ているが、そういえばアニメなどはあんまり見てなかったな。漫画家として、その方面の知識も広げていかないとな。と、自分の学習意欲を反省しつつ、スマホを手に取り、新しい作業用BGMを探し始めた。
新しい動画を探すとなったら、ユノスはとりあえずホーム画面にいき、ランダムで出てくるオススメ動画を見る。
(さっきと思い切り傾向が変わってるな)
連続してアニソンを聞き続けたからだろうか、オススメの動画として頻出していたのは、『アニメOP名曲集』やら『大人気アニメのMAD動画』、それから『サムネに四色の吹き出しがデカデカと貼り付けられた、おそらくFAX(旧Mutter)の書き込みをまとめたアニメやゲームの展開に関する反応集動画』の三つだった。
(一つ目は選曲が好みに合う合わないが激しいから『興味なし』、二つ目はそもそもアニメを知らないから『興味なし』、三つ目は都合のいい書き込みばかり集めて金儲けしてる感が否めないから『興味なし』……と)
いくらアニメに興味があるからと言って、アニメに関係してそこそこ注目されている動画を貼り付けるな。と、ユノスは心の中でこの動画サイトに文句を言いながら、『興味なし』の設定をポチポチつけていく。
そしてホーム画面でリロード。これでオススメ欄の動画は、今注目されている曲のMVが過半数を占めた。それらは先程、人気リストで聞いたものばかりだった。
(だからこれは聞き飽きているんだってば……!)
迷ったら基本に帰れ。これは前にいた世界で、漫画家家業をしていた中で学び、そして困った時は毎回頭に浮かべている言葉だ。
作業用BGMが無くて困っている。そういった場合の基本とは、シンプルに『作業用BGM』で動画検索をかけることだろう。
(けどやっぱりこんな感じの結果になるよね)
真っ先に出てきたのは、ユノスが愛聴していたフリーのBGM集だった。
ユノスはスクロールして、他の動画を探してみる。
それでも出てくるのはフリーBGM集や、さっき見たようなアニメOP集、それと時々、全く無関係の知識人系の切り抜き動画ばかりだった。
ユノスはより系統の違う動画を求めて、さらに下へ下へとスクロールする。
それでようやく出てくる動画の系統が変わってきた。新たに、テレビで見かけるお笑い芸人の漫才をまとめた作業用BGMの動画が出てきた。
「なんか最近こういう動画よくみるなぁ。動画作ったことないボクでも五分で作れそうな、宣材写真とネタ一覧のテロップだけ入れてるサムネに、これで怒られないと思ってるのかタイトルに高確率で『広告なし』って謳い文句が入ってて……」
一応、ユノスはこの動画を開いてみる。と、まず、サムネとほぼ同じ画像が出てくる中、ガタンゴトンと、SEが流れて、ツッコミ担当の人が『今日もこんどるなぁ』と第一声を発する。
その瞬間、ユノスは動画を閉じ、再生履歴からその動画の存在を消した。
「漫才とコントの区別もつけられないくせに、こんな動画あげないでよ」
「え? ウチ漫才とコントの区別できるよ? 漫才は基本、芸人さん本人として舞台に立ってからお喋りとかで笑わせるネタで、コントは最初から別人の演技をして、小道具大道具も事前に用意してするネタでしょ?」
「……あ、ごめん、ピコリお姉ちゃんに聞いてないよ。独り言だもん独り言」
「そう……え、でもなんか、今のすごい強い言い方だったよ。大丈夫? リラックスのために何か飲む? 最近街中で貰ったエナジードリンクが、冷蔵庫で置きっぱにしてあるんだけど……」
「大丈夫」
「だよねー」
ストレスのあまり思ってたことが口から漏れていた。それを自覚したユノスは、早い所この苦しみの根源を立ち、大好きな仕事に集中するため、より本気で作業用BGMを探す。
(そうだ、この前垂れ流ししていたアレにしよう)
ユノスは検索欄に、今人気のバトルロイヤルゲームのタイトルを入れる。
その結果から、ユノスは多分その界隈では相当人気だろうバーチャル配信者の実況動画のアーカイブを流す。
癖のない実況の声と、素人には全く区別が出来ない銃声音が鳴り続ける。
以前、その時の気まぐれでこういう動画を流していたとき、これを聞きながら作業をすると意外と集中できていた記憶がある。
その経験をもう一度試して、ユノスはようやく漫画執筆に戻った。
このユノスにとっては情報が全くない音が、作業を阻害せず、静かすぎてそわそわする現象を回避できるのだ。
(ようし、このままの勢いで一気に書き上げ……)
と、ここでイヤホンから、明らかにバーチャル配信者のそれとは違う、加工が強い声がする、動画途中に挟まれる広告動画だ。
『あなたたちは今、日本を裏からダメにしている悪人たちに騙されています。もし真実を知りたければこちらの書籍を……』
ユノスはイヤホンを引き剥がすように外し、叫ぶ。
「もわああああああッ!」
「どったのユノスぅッ!?」
ユノスは限界値を超えた分のストレスを、絶叫で発散した後、ベレー帽からアザレアを出す。
「いかがいたしましたか、マスター!」
机から財布を取り、その中にある電子マネーカードを渡しながら、
「MR、YSC、OF、SR!」
「イエス、マスター!」
アザレアは電子マネーカードを持って、家から全速力で出ていった。
このやり取りを見て、ピコリは一言。
「……今のコード、何?」
「モモキノドーナツにお使いいかせたの。さっきのは買ってほしいドーナツの名前を略して言ってただけ。買い物がスムーズにいくようにね」
「略すとしても、アルファベットとかじゃなくて、カタカナ四文字くらいにしたほうがいいと思うんだけどな……
というか、なんか今日のユノス、ずっとピリピリしてたけど、なんかあったの? またコミカライズする上で難のある原作渡されたとか?」
ユノスは暫し考えてから、
「……違うよ、ただボク自身の技量不足に怒ってただけだよ」
「そっか。ストイックだね、ユノスは」
それからピコリはスマホいじりに、ユノスは漫画執筆に戻る。
今度のユノスは、イヤホンを付けなかった。
ユノスは、より基本に帰ることにした。元いた世界では常に締切に追われ、作業中のBGMを選ぶ余裕もなかった。だから今は、自然に流れる音をうっすら耳にしながら、作業に集中しよう……
(もしあそこで『作業用BGMに困ってる』ってピコリおねえちゃんに言ったら、絶対あのうるさいバンドの曲を流してくるもんね)
……と、ピコリに助けを求めなくてよかった理由を頭の中で復唱しつつ、ユノスはタブレットにペンを走らせる。
【完】
【7.通販でボードゲームを買ってあげるサバキ】
とある日の夜。満月家の二階の六姉妹部屋にて。
そこでサバキは一人、自分の机に向かい、スマホを見ていた。
今日は通販サイトで大規模な値引きセールが開催されていた。
サバキはそのセールの中で、ボードゲームを探していた。
「結構色々とあるんだな……どれが皆に楽しんでもらえるか……」
かれこれサバキは満月家の風紀担当として、他の姉妹のだらしない部分をこと細かく叱りつけていた。
周りが良くない部分を自らキチっとしてくれるのが一番いいというのはある。しかし、自分も自分で少しキツく当たり過ぎていたのでは? 絡みづらい人になりかけていないか? そんなことをサバキは最近気にしていた。
そこでサバキは皆で楽しめるボードゲームを買ってあげて、少し愛嬌を見せて今後の治安維持活動をスムーズにしようと目論んだ。
だから今、こうして通販のセールを覗いているのだ。
「まず大人数で遊べるのを前提として…コーリン殿みたいなガサツな人のために細かいアイテムを扱うのは無し。
カードゲーム性が強すぎるとマジナ殿が強すぎるから無し。
ルールが複雑だとルシェヌ殿が爆発するから無し。
コミュニケーションが一番重要になるゲームだとイバラ殿が不利になって可哀想だから無し……」
などなど、家族のことを考えた基準を設けて、選択肢を絞っていく。
そして購入候補が二十個ほどまでに絞れた後、サバキはいよいよ本格的な選定を開始する。
サバキは部屋のクローゼットから、筒状に巻かれた大きな方眼紙――サバキは生徒会長なので、仕事上こういうものを家に置いている――を取り、それをいい感じの大きさの長方形でカットする。
方眼紙にササっと縦横の線を描き、簡単な表を作った後、最終選考に残ったボードゲームの名前を一番上の行に、特徴を細分化した項目を一番左の列に記入する。
その方眼紙を床に置いた後、サバキはスマホでボードゲームの詳細情報を調べつつ、
「これは『大原則となるルールが少ないから、とっつきやすい』と……」
気になった特徴を付箋に書き込み、方眼紙に貼り付け、表を埋めていく。という作業を繰り返す。
こうした彼女特有の生真面目さがゴリゴリに表れる、フレームワーク思考的な分析を行い、サバキは購入するボードゲームの最終選考を厳正に、集中して行った。
(なんか、サバキが二階に行ったっきり不気味なくらい静かだけど……)
その最中、サバキが気になったチヨが、そっと六姉妹部屋のドアを開け、その様子をこっそり覗く。
するとチヨの目には、刑事ドラマでありがちな事件関係者の相関図を睨む刑事のように、付箋だらけの方眼紙を凝視するサバキの姿が。
(これは、さてはまさか……)
その真剣さから、チヨは彼女が取り組んでいる仕事を察し、静かに一階へと急ぐ。
その数分後。
「失礼します、サバキ!」
「?」
チヨは、コーリン、マジナ、ワノ、ルシェヌの四人を連れて、サバキのいる部屋にやってきた。
サバキは落ち着いて、手際よく方眼紙を丸めて机の下に隠して、
「……急にぞろぞろとどうしたんだ、母さん?」
「はい、容疑者を全員集めてきました」
「……容疑者?」
「それではまずコーリン姉さんから、その時何をしていたかお話ください」
と、いつの間にかサバキの横にいた、茶色いキャップに茶色いカーディガンを羽織ったピコリは、メモを取りながら言った。
「えー、オレは……何してたっけ? というより、一体どの時間から話せばいいんだ、サバキ?」
待て待て。サバキと言いながら、数歩前に出て全員の視界のど真ん中に現れ、
「これは何の事件だ? 下で何か騒ぎでもあったのか?」
するとチヨが首をかしげて尋ねる。
「え? 何か事件があったんじゃないの、サバキ?」
「いや? その場の注意で収まるくらいのことしか起こってないぞ」
「なんか、すごい真剣な目で付箋貼りまくった紙見てたのに?」
ここで、サバキは自分がチヨからどう思われていたのかを察した。
サバキは方眼紙を筒の状態のまま持って見せる。
「……母さん、これは事件性無いんです。勝手に警察モノの雰囲気をだしてすみません」
「あっ、はい……」
そしてチヨと、
「急に呼び出したと思ったら結局なんもないのかよ」
「全く、サバキったら勝手に私たちのこと疑ってさぁ、酷いよほんと」
「そうっスよ。どうしてそこまでアタイらが信用できないんスか」
「アタシたちはそんな悪い人に見えないじゃろう」
四人の容疑者たちは文句を言いながら一階に降りていった。
それをドア越しに見ながら、サバキは言った。
「それも良くはないんだが……なんで母さんじゃなくて自分に小言を言うんだ。それに貴様らは姉妹の中じゃ疑われてもおかしくない部類だろうが。
……そしてピコリ」
自分の方に踵を返してきたサバキへ、ピコリは言う。
「はい、どうしたんですか? サバキ姉さん」
「なんで貴様はそんな帽子とカーディガン羽織って、探偵感出してるんだ?」
「ええ、それはもちろん、何らかの事件が発生して、サバキ姉さんが推理をやる雰囲気が出てたので、ウチはワトソン役としていたほうがいいかなと思いまして」
「そういうのはいらない。あと、その雑コスプレのモチーフになっているだろう格好は、ワトソンはしていないからな。彼の本業は医者なんだから」
「んもぉー、細かいなあサバキ姉さんは」
ピコリはキャップとカーディガンを脱いで、自分のタンスにしまった。
「で、その方眼紙で何してたの? 姉さん」
「ああ、これか……これはだな」
本当は買ったものが届いたタイミングで見せよう、と思っていたが、ここではぐらかしてはかえって怪しまれる。
ピコリだけなら教えても大丈夫だろう。と、サバキは丸めた方眼紙を床に広げ直す。
「なにこれ? 付箋で描いた抽象画?」
「すまん、丸めたから付箋が散らかっただけだ」
サバキは剥がれてバラバラになった付箋を元の位置に貼り直す。
ピコリに表を見せると同時に、これを作るに至った経緯を話した。
「なるほどね。みんなに喜んでもらえるようにボードゲームをね」
「そうだ、皆に納得してもらえるボードゲームを確実に買おうと思ってな。こうした分析表を作っているんだ」
「……確かに通販するときに、比較検討するのはすごい大事だけど……わざわざこんな経営コンサルがするようなことする人いるんだ……」
元いた世界では断退警察で数々の魔法犯罪者を牢屋送りにし、今は高校で生徒会長に就任し、その敏腕を惜しみなく振るっている。そうした真面目さの一片を見せつけられ、ピコリはサバキにやや引いた。
「ちなみにピコリは何かおすすめはあるか?」
「え? ウチ? ウチは、軽音部の友達と遊んだことあって、結構盛り上がった……これかなぁ?」
ピコリは、表にある『カドックス』に人差し指を置いた。
「これか、いろんな形のピースを角だけが隣接するように、四人で順番に置いていくゲームだな」
「そっそ。サバキ姉さんがまとめているとおり、ルールが覚えやすいし、一試合が短めだから、十人で回して遊ぶにはムッチャいいと思うよ」
「なるほど、じゃあこれにしようか」
「こんだけ比較してたのに、ウチの一言で決定しちゃうんだ……」
「ピコリが言ったことだ。これは十分に信用に値する」
そしてサバキは通販アプリから、カドックスを注文したのだった。
「到着は……『一週間後までにお届け』か」
「この通販にしては掛かってるね。けどセール中だからこんなものかな」
「まあいい、別に誰かの誕生日に間に合わせたいとかではないから、気長に待とう」
「だねだね」
*
それから六日後の夜。
「未だに、発送されてないな……」
サバキはアプリで表示される、カドックスの配達状況を見ていた。
明日までには配達予定――と、予定通り事が進んでいる雰囲気は出しているが、その詳細は、未だに通販直営の倉庫からも商品が出ていないとあった。
満月家は玄関先に宅配ボックスを用意しているため、もし配達されたときに家におらず、受け取りが先になってしまうという心配はない。
サバキはこうした期限にも厳しい。もしそれを破られたらと思っていると、うっすら頭に血が昇る感覚がした。
「一旦、確認しておくか」
サバキはカスタマーサポートから、お問い合わせチャットに繋いだ。
するとAIのオペレーターが現れ、いくつかの選択肢を提示して質問をしてくる。
聞きたいのは当然『注文した商品が、本当に明日届くのかどうか』。そこへ繋がるように選択肢を選んでいく。
そして、オペレーターが勧めたのは、『配送状況の確認』ページだった。
サバキはそちらに飛ぶ。そして、ついさっき見ていた画面がスマホに映し出された。
「……そういうことじゃないんだよ」
それからサバキは、しばしAIオペレーターとやり取りを続けた。
ただ、このAI――というより、アルゴリズムと言ったほうが正しいかもしれない――オペレーターは、定型的な受け答えしかせず、どれだけ言葉を変えようが、必ずあのページを閲覧することを勧めてきたのだった。
「だからそのページを見てもわからないからこうしてチャットしているんだろうが……!」
そうこうしている内に、サバキは眉間にシワを寄せ、周りが怯えるほど不機嫌なオーラを放っていた。
「だ、大丈夫っスか……サバ姐。これ、アタイが合法的にタダで手に入れたヨーグルトなんスけど、飲むっスか? ほら、なんかストレスにもいいって書いてあるっスし……」
「……感謝する」
サバキは、ワノから貰った飲むヨーグルトを一気に空にして、引き続きオペレーターと格闘する。
やがてサバキは、ちゃんと融通の利く、スタッフのオペレーターに繋げる方法を発見し、その方とやり取りをした。
そこでサバキは『注文が混雑していてサービス全体で発送が滞っているお詫び』と、『明日には絶対に発送する約束』を確認して、ようやくチャットを終えた。
「全く、なんでたかが通販待ちでこんなに疲れなければいけないのだか。とにかく、明日になればこのストレスからおさらば、かな……? 仮に明日発送できたとしても、明日に届くかわからんしな」
*
翌日――来たるべき、注文から一週間経過した日。
サバキは移動時間や休み時間など、自由にスマホが使える時間には必ず、配送状況を確認した。
しかし、いつまでたってもその結果は昨日と変わらず、発送すらされていない状態のままだった。
一体いつになったらカドックスは発送されるんだ。その怒りを覚えながら、サバキはずっとこの一日を過ごした。
そして、その夜……二十時半。
「結局今になっても全く動いてないじゃないか!」
配送状況は、何一つとして変わらなかった。
もうこの時間になれば、配送はおろか、注文時に約束された『一週間後にお届け』すらありえない。
当然、サバキはこうした約束を破ることも許せない性分の人間だった。
サバキは昨日と同じ要領でスタッフとのチャットを行いながら、端から見ると、頭から湯気が出てるように見えるほど憤激するのだった。
これを見てチヨは、ただならぬ事件が起こったのではと勘違いし、
「ちょっと! ユノス、ネロア、イバラ、トツカ! こっち来てくれない!? あなたたちサバキになんかしたでしょ!?」
その容疑者候補を集め始めた。
さらにピコリは、
「あ、あの……これ飲みます? 今日無料で貰ったエナジードリンクなんですけど……」
昼に街中で貰ったエナジードリンクを差し出した。
この両方に対し、サバキは叫ぶ。
「頼むからそっとしておいてくれ! 自分は、貴様らに被害を与えたくないんだから!」
これはチャットの中でわかったことなのだが、サバキが注文した商品が届かなかったのは、カドックス側に理由があったらしい。
ちょうどサバキが注文した時、パッケージなどを改めたリニューアル版カドックスの発売を三週間後に控えており、旧版のものは在庫がない状態だった。
ところが、通販の方でそういった連携がとれていなかったのか、はたまたこれもアルゴリズム任せの定型的な対応だったのか、『一週間後にお届け』と根拠不明の期限を提示してしまったという。
これでサバキは納得し、落ち着きを取り戻した。が、この一連の件で相当なストレスが溜まってしまい、数日間はずっとピリピリしていたのだった。
【完】
【8.バニーマジナ】
ある日の満月家にて。
玄関のチャイムが鳴り、リビングで生徒会関係の持ち帰り仕事をしていたサバキは、早歩きでそちらへ行き、扉を開ける。
「お届け物です。サインお願いしまーす」
そこにいたのは配達員だった。
サバキは少々胸を躍らせ、サインの記入用紙を手に取る。
そしてそこに印字された『満月ユノス』の宛名を見て、少々ガッカリする。
(それはそうだよな。昨日の夜に注文したばかりだし、発送の知らせもなく来るはずがないよな……)
サバキはスラスラと『満月』のサインを書く。
ありがとうございます。と、一言言って用紙と段ボールを交換し、配達員のワゴンが去るのを見届けた後、二階へ行き、
「ユノス、例の出版社から荷物が届いたぞー」
「ありがとう、サバキお姉ちゃん」
受け取った荷物をユノスに渡し、自分はリビングに戻った。
それから三十分後。
「うびゃああああ!?」
サバキの耳に、二階から発せられた悲鳴が届く。
「この不思議と聴き応えのある叫び声は……ピコリだ! 待ってろ、すぐ行くぞ!」
サバキは仕事を中断し、階段を駆け上がり、事件現場と思しき六姉妹部屋に突入する。
サバキの目に真っ先に飛び込んだのは、黒いレオタードと網タイツを着て、それから縦に長く伸びた一対のリボンを頭に付けた――いわゆる、バニーガールになったマジナだった。
「お、サバキぃ、いきなり押しかけてどうしたんだい? さては君も私の撮影を……」
「……してくれてもいいんだぞ、証拠写真としてなぁ! 貴様、家でそんな破廉恥な格好をするとはいい度胸だな!」
マジナは部屋にいるユノス、ピコリ、サバキを三巡ほど見つめた後、そばにあったイスに色っぽく足を組んで座り、自分を指して一言。
「え? 私?」
「貴様以外に破廉恥……というより普通じゃない格好している奴がどこにいるんだ。で、貴様、これは一体何のつもりだ」
マジナは自分を指していた指先を、横にいるユノスに向ける。
ユノスはこれに応じて、サバキに説明する。
「ごめん、サバキお姉ちゃん。これはボクがやったんだ」
「ユノスが? マジナに破廉恥衣装を?」
時はさかのぼること三十分前。
ユノスがサバキから受け取った荷物を開封すると、そこにはバニーガールの衣装が入っていた。
そこについては特に驚きはない。なんせ、荷物の送り主が、コミカライズのお仕事の依頼を受けている出版社だったからだ。
今回コミカライズする、今人気があるらしいライトノベルには、バニーガールがメインヒロインとして登場している。
編集者との事前の打ち合わせにおいて、原作者はそれをメインヒロインに据えて大活躍させていることから容易に想像できる通り、バニーガールに執心しているという。
だから、もし下手な描き方をすれば原作者は怒り狂い、せっかくのビジネスチャンスを逃してしまうかもしれないと編集者は恐れている。
なので、ユノスには丁寧にバニーガールを書いてもらうためにも、編集者から取材資料として、このバニーガールの衣装などを送りつけたのだ。
そして届いたこれを、ユノスは早速それを一パーツずつ観察しようとした。
その時、マジナが狙いすましたようなタイミングでやってきた。先述のユノスの話を聞くと、マジナは嬉々として提案した。
「じゃあ私がこれ着るからさ、それを観察しておくれよ。その方がより魅力的な取材ができるでしょ」
「え、いいの? マジナお姉ちゃん?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。バッチリ決めてあげるよ」
「ホント? じゃあお願い!」
ということで、マジナはバニーガール衣装を着て、ユノスに取材させていたのである。
それを偶然ピコリが見て、そのショックで自ずとバンド活動仕込みの絶叫をぶっ放してしまい、サバキが駆けつけたのである。
「全く、ピコリがあんな声出すからこんな面倒ごとになるんだよ。バニーガール見たくらいでそんな驚かないでよ」
「いやフツー驚くでしょ。だってバニーガールってそういう界隈の場所以外で見ることないんだもの。大変ショッキングでございましたよ。こりゃ今日の夢に出てくる級ですよこれ」
サバキはマジナに言った。
「というか、さっきのユノスの証言を聞く限り、モデルを引き受けた貴様の方が悪くないか、なあマジナ」
「じゃあもしユノスが衣装見ただけの浅い取材のせいで、微妙なバニーガールを描いてさ、上から怒られたらさ、誰が責任取るっていうの? ねぇサバキぃ?」
「……ユノスの画力なら服だけ見てもなんとかなるんじゃ……」
マジナは自分の片胸を押し上げるように、レオタードの生地を擦りつつ、
「けどそれを熟知しているだろう出版社が、わざわざこんな実物を送りつけてきたんだよ? それはあのユノス先生でもなんとかならないかもしれないからって意味じゃないの? じゃあどうすればよかったのさ、ユノス自身がこれを着ればよかったの?」
この言葉を聞いた途端、サバキは、一瞬ユノスがバニーガールになった姿を想像し、そしてむせかけた。
(確かに、あんなファンシーでほんわかしたユノスが、こんな俗欲に溢れた服を着るのは、正直耐えられない)
「わかった、今回は看過しよう。ただし、許可するのはユノスの取材のためだけだ。いかがわしい目的に使うなよ」
「寛大な措置をありがとうございまーす、サ、バ、キぃ」
マジナはサバキにベタに投げキッスを送った。
サバキは不機嫌な顔をしつつ、飛んできたハートを掴み、粉々にするような素振りをして対抗した。
閑話休題。
マジナはバニーガールのそれらしいポーズを取り、ユノスはそれをスマホのカメラで撮影していく。
それをサバキとピコリは自分のイスに座りながら、監視していた。
「おいピコリ、自分は大方予想の付く通り、マジナ殿が暴走しないように監視しているのだが、貴様はなぜここにいる」
「ツッコミ役としてです」
「自分はマジナの監視に集中したいのでな。今回は特に貴様に構わないことにしよう」
マジナは過去――前にいた異世界にて、怪盗として活躍していた。
その仕事に必要な、様々な意味を含む情報収集において、こういったバニーガールの衣装も着たことがあるという。
そのためか、マジナが取るポーズの数々は堂に入っていた。
ハイレグと網タイツの特性を活用してのラインの見せ方やら、レオタード特有の背中と肩から胸にかけての露出の際立たせ方など、これこそのバニーガールの基本を教えるようだった。
「おいマジナ! それはいくらなんでも破廉恥……!」
「これはまだセーフだよ! そういうアニメとか漫画とかでも見るもん!」
その魅力は、一つ一つのポーズを披露するたびにサバキが怒鳴り、ユノスが取材に集中させろとキレ返す始末だった。
マジナは、前かがみに立つポーズを取る中、ユノスへ話しかけた。
「ところでユノス、これ中々本格的な衣装だね」
ユノスはそれを写真に収めつつ、
「ボクもそう思う。テカリ具合とか結構わかってる感じがあるもん」
「けど今更だけど、私には似合わないかな?」
「ムカつくが十分似合ってるぞ」と、サバキ。
「ウチもずっと見てて思った。サマになりすぎだって。RPGの遊び人感満載過ぎるって」と、ピコリ。
「いやいや、全然似合ってないって。よく見なよほら、特に、サイズがさ……」
マジナは前かがみを維持したまま、レオタードの胸元の切り口に爪を引っ掛け、少しずらす。
と、そこがめくれて、マジナの程よく膨らんだ膨らみ二つがふにゅっと露わになる。
「おっと、これは……ユノス、撮影まではしなくていいけど、覚えておいて損はないんじゃないかな? この衣装にはこういうハプニングはつきものだよ?」
「わかった、覚えておくよ。マジナお姉ちゃ……」
「スマン一回どいてくれユノス!」
サバキはユノスの背後から飛び出てマジナに接近し、垂れ下がったレオタードの胸元の布部を、元通りマジナに押し付けた。
「おいおいサバキぃ? いくら興奮したってお触り厳禁のルールは破っちゃダメだよ?」
「違う、これはハプニング対応だ! 正確に言うと、自ら狙って起こしたハプニングはハプニングでないだろうがな!」
マジナは前かがみの状態から普通に立ち、
「いや違うよ、これハプニングだってば。だってこの服、本当はもうちょっとおっきい人が着るようのものだったんだけど、どうにか私のスタイルに合わせていたんだよ」
もう一度胸部の部分をめくって、切り口に沿って貼り付けた両面テープを見せる。
「ほら、これで固定してたんだよ。こうでもしなくとずっと見えちゃいそうで怖かったんだってば……」
「今のこれはわざとだろうが!」
サバキはめくれた部分を再び戻した。しかし、とうに両面テープの粘着力は限界を迎えたらしく、自ずとマジナの胸は丸見えになってしまった。
「やっぱりこれ、もう少しおっきな人が着たほうがいいやつだったね。というわけで、そこのところを考えてみてはどうですか、サ、バ、キぃ?」
と、言いつつ、マジナはサバキに張り付き、自分の胸と、それを遥かに上回るサイズのサバキのそれとをぶつけ合わせた。
「するかーーッ!」
サバキはマジナを押し飛ばすや否や、彼女のレオタードの脇下部分を掴み、一気に引っ張って脱がした。
ついでに手際よく網タイツとリボンも外すと、それらしく丁寧に畳んで、ユノスに返却した。
「ユノス! バニー衣装の取材はこれくらいにして、後は経験と想像力で補え! 大丈夫、お前ならできる!」
「は、はい、サバキお姉ちゃん!」
そしてサバキは部屋の出入口の方へ、早歩きで向かい、
「こんなくだらないことに付き合った自分がバカだった……」
と、つぶやきながら、ドアを閉めて出ていった。
その間、マジナはほぼ全裸のまま床にへたり込み、仰々しく嘘泣きしていた。
「ひどいじゃないかサバキ……こういうコスプレはなるべく脱がさないようにするのがエッチなんじゃないか……グスン」
ピコリは自分のスマホを見るふりをして、視線をそらしながら言った。
「とりま早く服着てもらっていいですか。ウチ、もう見てらんないんですけど」
「そうだよ、マジナお姉ちゃん。さっさと着替えてよ」
「シクシク……ユノスまでそんな冷たくするなんて……」
「違うよ、お姉ちゃん。まだこの取材は終わってないんだよ?」
と、言いつつ、ユノスは先程届いた段ボール箱から、もう一つの取材資料を取り出した。
*
十分後。
サバキは上で起こった出来事をどうにかこうにか頭の中から追いやろうとしながら、生徒会の仕事をしていた。
その最中、イバラが、
「……これ、ためしにつくった……」
小皿に乗せたおはぎを一つ、サバキの視界の隅に置いた。
「おお、すまないなイバ……」
お礼を言いかけたその時、イバラはサバキのことなど気にもとめず、おはぎ三つが乗った皿を持って、二階の方へ上がっていった。
「相変わらず無感情だな。まぁ、迷惑かけないだけ二階の馬鹿よりはマシだがな」
サバキはちまちまおはぎを食べつつ、仕事に集中する。
しかしその途中、事件が起こった。
「ぎょおおおおお!」
サバキの耳に、二階から発せられた悲鳴が届く。
「この全く聞き馴染みのない悲鳴は……多分、イバラ、だ! 待ってろ、すぐ行くぞ!」
サバキは仕事を中断し、階段を駆け上がる。
すると六姉妹部屋のドアの付近で、イバラが器用におはぎが乗ったお皿を落とさないように片腕をピンと縦に伸ばしたまま、白目をむいて仰向けに倒れていた。
サバキは一旦おはぎを廊下の端に置いてから、事件現場と思しき六姉妹部屋に突入する。
サバキの目に真っ先に飛び込んだのは、先程のレオタードと同様の素材で、肩や腕や足を覆っているが、本来レオタードがあるべき場所に布がまったくなく、局所的に黒地を貼り付けてどうにか見せてはいけない部分を隠している――いわゆる、逆バニーガールになったマジナだった。
ユノスは、サバキの突撃を察知し、撮影の手を止めて、
「あ、ごめん、サバキお姉ちゃん。どうやら例のヒロイン、本気モードになると逆バニーになるって設定があるから……それの取材もしなくちゃいけなく……て……」
サバキは何も言わず、両膝から崩れ落ち、両手を床について、そのまま動かなくなった。
今、彼女の状態は、『絶句』という言葉の説明をする際、この姿を持ち出せばスムーズにいきそうなくらいものだった。
そのあまりにも性欲を追求しすぎた衣服と、その魅惑を遺憾無く発揮した演技を見せるマジナの姿に、尋常ではないショックを受け、思考が停止したのだった。
ピコリはそんなサバキに寄り添い、何も言わずそっと彼女の頭を撫でた。
マジナはそんな二人の様子を気にせず、ユノスの指示に従い、次々とポーズを取った。
「あ、また外れた」
「ごめんね。事前に強めのテープ買っとけばよかったね」
定期的に発生するポロリも落ち着いて対処し、二人は淡々と取材を進めていった。
そして、
「うん、OK。もう資料は十分集まったよ。協力してくれてありがとう」
ユノスのこの言葉を聞いた後、
「ああ、そう……」
マジナは、重力に身を任せるように、イスに座った。
それからまもなく、大きくため息をついて、うつむいた。
「……なんかマジナお姉ちゃん、その服に着替え直してからずっと元気ないよ? どうしたの?」
マジナは、自分の露出した上半身を見つめながら、こうぼやいた。
「私さ、この服全然好きじゃないんだよね……」
「え、意外だね。こんなにマジナお姉ちゃんが好きなエッチが満載なのに」
「あくまで個人の感想だけどさ、ド直球すぎるんだよこれ。最初はキチンと隠しておいて、焦らして焦らして、勝負どころになったらバーンと見せていく方がエロいと思うんだけどなぁ、私。
……ねぇ、ユノス、最近のエロって、こういうのがトレンドなの?」
「……らしいよ? ボクもちょくちょくイラスト投稿サイトで見るよ、これ着てるの」
「これは世も末だね……はぁ……」
そしてマジナは、三箇所剥がれたことも気づかないほど、ひどくうなだれ、固まった。
マジナとサバキ、それと廊下のイバラ……この三人の姿をそれぞれ一瞥してから、ピコリは一言。
「なんでこういうサービス回で、何をどうやったら三人もダウンする湿っぽいオチになるの?」
【完】
【9.コーリンのご近所訪問大作戦】
とある休日の昼下がり。満月家にて。
コーリンはベランダの手すりに次々と掛け布団をかけ、日に当たる状態にしていく。
屋内には既に、雑に重ねられた掛け布団の山が二つあった。
満月家は親子合わせて十一人。ベランダのスペース的に午後午前で半分ずつ布団を干しており、今はその交代のタイミングというわけである。
ちなみにこの作業をコーリンが担当している理由は特にない。なんでもかんでも深く考え過ぎてもいけないのである。
途中、ビュオオオ! と、轟音が鳴るほど強い風が吹いた。
コーリンは、現在進行形で干そうとしている布団を、しっかりと手すりに押さえつけ、バタバタ激しくはためく程度で済ませた。
風が止んですぐ、コーリンは口を開く。
「これ大丈夫か? どっか行っちまったりしないかな……?」
コーリンはふと横を見る。そこには既に干し始めたチヨの布団があった。
それは布団専用の洗濯バサミでしっかりと固定されており、先程の風にも負けず、一切のズレもせずにそこに留まっていた。
「いや、やっぱ大丈夫だろ多分。ちゃんと固定しとけばああいう風に耐えてくれる」
と、言いつつ、コーリンはマジナの布団の掛け方を整え、信頼を込めて洗濯バサミを二つ装着し、ピコリの布団を中から持ち出す。
ネロア、イバラ、ルシェヌ、と、この作業を順々に行い、満月家のベランダの手すりには、合計五つの布団が垂れ幕のように並んだ。
「うっし完了! じゃあ後は干し終わったのを持ち主のベッドに返して……」
コーリンが踵を返し、ベランダから二階の廊下に戻ったその時、事件は起こった。
再び、吹き付ける音がはっきりと聞こえるくらいの強い風が吹き、五つの布団をはためかせた。
最中、パキッ! と、音を立てて一つの洗濯バサミの関節部が砕け散る。それと連鎖して、布団のうねりを一つで支えなければいけなくなったもう片方の洗濯バサミも壊れる。
コーリンは二度の破砕音を聞いて、慌ててベランダに引き返す。だが時既に遅く、フリーになったチヨの掛け布団は手すりから飛んだ。
「ああああっ!? 布団が吹っ飛んだー!?」
「そんな擦り切れに擦り切れたダジャレを大声で叫ばないでよぉ、姉さん! この作品と作者の品位に響くんだからさぁ!」
と、コーリンの悲鳴を聞きつけたピコリは、ベランダに来ながらツッコんだ。
「好きでオヤジギャグいってるんじゃねぇよ! この状況見たらこう言ってもおかしくねぇだろ!」
と、コーリンはすっかりベランダから離れ、風に従いながら落ちていく布団を指していった。
ピコリはこれを見るや否や、口を大きく開けた。
「うそーん!? マジなのー!?」
「ちげえよ、マジナの布団じゃなくて母さんの布団だよ! ちゃんと洗濯バサミで挟んで固定して干してたのに、その洗濯バサミ風でやられて、あんな感じになっちまったんだよ!」
そして、しばらく宙を泳いだ布団は、とうとう落下した。
チヨの布団は、お隣さんの家のベランダに引っかかり、まるでそちらで干されているような形になった。
これをコーリンとピコリはベランダから前のめりになって無言で見つめて、一度お互いの顔を見合わせ、もう一度布団を見つめた。
この謎の間を約一分続けた後、まずコーリンが言った。
「これはドブとかに次いで厄介なところに落ちちまったな……」
続けてピコリも言う。
「だね。リカバリー可能なレベルの場所だと、トップクラスにキツイわこれ」
この時、二人が考えていたことは、大方予想がつくかも知れないが、ほぼ同じだった。
(お隣さんに相談しないとダメかもしれねぇ……)
(お隣さんに相談しないといけないかも……)
お隣さん家に行ってしまった布団を見ていても、それが帰ってきてくれるはずもない。
とりあえず、二人は、残りの布団が続けて吹っ飛びそうにならないことを確認した後、廊下に戻った。
「で、どうする、姉さん? やっぱ無難にお隣さんにご協力をお願いする?」
「いやぁ、どうしよっかなぁ。仮にだけどよ、お隣さんが嫌な奴だったらどうするんだよ?」
「その辺は考慮しなくていいよ。今回のお隣さんは第80話で出てきた人だから、突っぱねたりとかしないよ絶対」
「ああ、あのHot Dok撮影の時の人か。じゃあ行っても悪いことしないだろうな」
「そっそ。そもそもこういう短編集で、ちょっとでも個性あるゲストキャラは出さないから普通。元からある素材でササッとやりくりしないと」
「ん、けどよ……やっぱ……」
「たとえ相談先がいい人でも……」
「なんか恥ずかしいよなぁ」
「なんか恥ずかしいよねぇ」
なので、二人はお隣さんを巻き込まない方法で、母親の布団を回収する作戦を考える。
「こうなったらここはオレが責任を取って、上手いことあっちのベランダに跳び移る。でもってそっから投げて戻すぞ。心配すんな、オレの運動神経ならゼッテー行けるぜ」
「ダメダメ、流石におっかながられるって。ワンチャン無関係の通行人に見られて不法侵入騒ぎになるかもだし」
「そうか……じゃあ何かしらの方法で、あの布団をオレらん家から引っ張るしかないよな」
「だよねー。あ、でもこれ、冷静に考えると模範解答かも。だってさ、ウチらにはそういう技を持った人たちがいっぱいいるじゃないですか」
ここでコーリンは左手を右拳でポンと叩いた。
「そっか、マジナのヘビとか、サバキのゼリー飛ばしとか、ネロアの紐付き剣投げとか、イバラのガビガビに光ってるツタとか! 遠くのものを引っ張るのに向いてる奴らがいっぱいいるな!」
思いついたら即行動。
コーリンとピコリは、この四人の誰かに助けを求めるべく、まず、二階にある四人共有の部屋を覗いた。
するとそこには、ついさっき名前を上げた四人が……
「お、よく考えたらここおけるじゃーん。ラッキー」
「おい、マジナ殿! そこは自分が使おうとしていた領域だったのに!」
「むむむ、だんだん自由スペースが少なくなってきましたね。よかったです、最初から歪なピースを優先的に使っておいて」
「……わたし、もうおけない……」
四色の四角を順番に並べていく陣取りゲームっぽい何かを、仲良く遊んでいた。
それを見たコーリンは、四人に気づかれないように、静かにドアを閉め直した。
そして、側で期待して待っていたピコリに報告する。
「ダメだ、今日の四人は忙しいらしい」
「だろうねぇ。こんな早く解決したら、いくら短編集と言えど、短すぎるし展開が無さすぎるもんね……」
これにて二人が取れる行動は一つになった。
「あーあ、せっかくの休みだってのに、何でこんな本来はしなくてよかったことをしなきゃいけないのかよ」
「ほんとそれ」
二人は揃って外へ出て、お隣の家のインターホンを鳴らした。
しかし、まるで反応がなかった。
「いないみたいだな」
「ていうかごめん、普通に見ればわかったじゃん」
ピコリはポッカリ空いた駐車スペースと、窓と、屋根を順番に指さして言った。
「確かに、車ないんだからそりゃ外出してるって予想できるな」
「あと、カーテン閉まってるのと、煙突から煙が出てないのでもわかるね」
「カーテンはともかく煙突はどこだよ? そもそも煙突ある家なんか見たことねぇぞオレ」
コーリンは一応、もう一度インターホンを鳴らし、今度も反応がないのを確認すると、
「じゃ、どうする? ここで待ち伏せる?」
「それはいいよ、帰ってきた時にウチらがいたらビクっちゃうだろうし」
「かもな。じゃあおとなしく家で待とうか……」
「いや、念のため、ちょっとした粗品でも買っておかない?」
「いいなそれ。ちょっぴりご迷惑おかけしてすみません。って気持ちを伝えとかないと」
というわけで、お隣さんが帰って来る間の時間を利用し、二人は近所のスーパーに行った。
「あのおばちゃん何のお菓子好きかな? こないだはあんドーナツ貰ってたから(※第80話参照)、多分和っぽいの好きなのかな」
「『ショコパイ』にしようよ。実家のテーブルのお菓子カゴに入ってる率高いじゃんこれ。実家行ったことないから知らないけど」
「それがいい。丁度ワノに入れてもらったアプリで、クーポン配られてるからな」
二人は、ショコパイのファミリーパックを割り勘で購入し、帰宅兼二度目のお隣さん突撃を試みた。
「……まだ車来てないね」
「つまり、まだ帰ってきてないってわけか」
一応、隣の家で干されることになったチヨの掛け布団を確認する。ちょうど風を避けられる位置だったのだろうか、あの時から微動だにしていなかった。
「しょうがない。一旦家帰ろうよ」
「だな。ここは三顧の礼でいこう」
「三顧の礼? ゼロ三つ? セーブデータ飛ばすの?」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
「三顧の礼っていうのは、三国志の名場面の一つで……」
のちの蜀漢の君主となる劉備が、稀代の名軍師、諸葛亮を迎え入れるため、三度も家を尋ねた故事である。
「……当時、劉備と諸葛亮は年齢も名声も、圧倒的な差があったんだが、そこを気にせず、本来は立場が上である劉備がわざわざ来宅して頼み込んだってとこが特に印象深……」
現在において……
「……現在だと! 三顧の礼とは、目上の人が格下の人に出向いて、礼を尽くすことを指す故事成語として使われているらしいぜ!」
……であるッ!
「姉さん、なんか今、解説の奪い合いしてなかった?」
「……何のことだ?」
「ごめん、姉さんには難しい話だった。これ忘れて……じゃあ三度目に行くときは対応してもらえるといいね」
「だな。諸説あるけど、一回目二回目に来た時は居留守使ってたからな、孔明の奴」
というわけで、二人は一旦家に帰宅し、コーリンは小脇にショコパイのパッケージを抱えたまま、ピコリと一緒に騎人バスターの録画を観ながら、お隣さんの到着を待った。
そこにルシェヌがやってきて、
「お、コーリン。そのお菓子を一つアタシに献上してもいいんじゃぞ?」
と、ニタニタしながら遠回しにお菓子をねだってきた。
「これはお前のじゃねえ。母さんの布団のためだ!」
するとコーリンは愛刀の『震撼剣』の刃をチラつかせ、ルシェヌを脅して退かせた。
「……抵抗の仕方がイバラなんよ」
ちょうど一話を見終わった後、外から車を駐車する音が聞こえて来た。
コーリンとピコリは少し待ってから、お隣さんの家に行き、
「はい、ああ、満月さんのところの長女さんと四人目さん。今日はどうしたの?」
「すみません、オレんとこの母さんの布団が、お宅のベランダに落ちちゃったんで回収していいですか?」
「あ、これ、つまらないものですがどうぞ……」
お隣さんにショコパイを渡した後、なるべく手間を掛けないようにと、二人は許可を得て家の中に入り、ベランダからチヨの布団を回収し、
「「ありがとうございました」」
と、お礼をしてから二人で布団を担いで、お隣さんの家から立ち去った。
「はーい、こちらこそ今後ともよろしく」
そして、二人はチヨの布団を元通り、母親の一人部屋に戻した。
ついでに流れで、干されっぱなしの四人の部屋も取り込み、各人のベッドに置き直す。
この一連の作業が終わった頃、時刻は夕方に差し掛かっていた。
窓から空の様子を見て、ピコリは肩を落として、
「あーあ、折角の休日だったのに、たかが布団干しで変な時間の使い方しちゃったな」
するとコーリンは彼女の肩をポンと叩いて、
「まぁいいじゃんかよ。たまにはこういう後々どうしてたか思い出せなそうな、何でもない日があってもさ」
「……そうかもね。よーく思い出してみるとウチら、休みの日になると毎回変なこと起こしてる感じもあるし、こういう準箸休めな回があってもいいのかもね」
コーリンは、何となく自分のベッドに置いた布団を叩いて、言った。
「しっかし今日はいい布団干し日和だったな。すげぇフカフカになってんぜこれ。こりゃ今日はいい夢見れそうだな」
「どうだろうね? 変な夢見て驚いて、変なタイミングで起きたらムカついたりして」
そして二人は、特に意味もなくお互いの顔を一瞥し、クスッと小さく笑いあった。
「……よし。多分これで上手いことオチてくれたでしょう」
【完】
【10.ピコリの夢】
朝の満月家。
今日も、何度聞いてもイラつくスマホのアラーム音で目が覚める。
そろそろもう一つ布団を出さないと耐えられないかも。と、思いつつ、部屋を出て、一階のリビングへ。
「おはよう、ピコリ、おはよう!」
「今日はちょっとお寝坊さんかもね。ピコリ」
ダイニングテーブルには既にコーリンとマジナがいて、健康に特化したタイプの飲むヨーグルトを飲んでいた。
「おはようっス。同じタイミングで起きたアタイっス。だから一緒に朝ごはん食べようっス」
と言って、キッチンの方にいたワノが、二人分の朝食を置いた……
……つもりなんだろうけど、ワノが持ってきたのは、コーリンとマジナが飲んでたのとおんなじのヨーグルト二本だけだった。
「あのー、ワノ?」
「いかがいたしまスか?」
「朝ごはん……ってこれだけ?」
「はいスけど、何か問題でもス?」
「問題だらけでしょ!? いくらなんでもこれ一本じゃ昼食まで耐えられないでしょ!?」
するとワノだけでなく、コーリンもマジナも、ドッと大笑いし始めた。こちらは全然ボケたつもりなんかないのに。
「ピコリ! こメェ、テんなことも忘れちまうのかよ!?」と、コーリン。
「こないだ、つまり今日より前の日に、ワノが当てたんだよ、ヨーグルトが一生困らないくらいもらえるクーポンをさぁ!」と、マジナ。
「スススよ!? アンタまだ寝ぼけてたり寝ぼけてなかったりするんじゃないんスか?」と、ワノ。
と、三人は笑い声混じりに言った後、おんなじタイミングで飲むヨーグルトを傾けた。
なんとなく今日の三人おかしいなぁ。いや、元からおかしいところは多分にあるけど、今日は輪にかけておかしいなぁ。
そんな三人の様子に疲れてきたのか、無意識に目をそらしながらテレビの方へ向く。
と、ソファの片座面にイバラが、銃を向けてくる。
「うつぞ……!」
「ヒィィィィッ!」
そう朝からあんまり出したくないボリュームで悲鳴を上げつつ、大慌てで両手を上げて、
「お願いします撃たないでください! 何か悪いことをしたのならすぐ謝りますから〜!」
「じゃあいますぐ、このいぬをねらうのをやめろ、ピコリ……!」
「この、犬……?」
こちらの目線からだと、イバラの身体にちょうど重なる形になってよく見えていなかったが、ソファの向きに合わせて言うと左側の座面に、犬のぬいぐるみが置かれていた。
「い、いや? 別に狙ってませんよ、ただそっちのほうを向いただけですよ?」
「うそつき……! みないとねらえないのなら、ねらうときはみる……! つまりピコリはこのいぬをねらってる……!」
「わ、わかりました! じゃあ今後はそっちを見ないようにしますので! すみませんでした!」
イバラが許して銃を下ろしてくれたので、すぐに、正しい向きでダイニングテーブルに座った。
コーリン、マジナ、ワノは、二本目のヨーグルトを開けている。いくら体に良いからってこれだけ飲んでもダメだと思うけどな。栄養バランス偏るって絶対。
おっと、こんなツッコミこなしてる場合じゃない。ついさっき気づいたことがあったんだ。
イバラの方を見ないように、ゆっくりとイスから立ち上がって、都合よくテレビ台に置いてあった、貴族の家紋みたいにゴテゴテした銀色のコマを、そのまま台の上で軽く手で回す。
本当に軽く手で回しただけなのに、そのコマはギュルンギュルンとうっすら風を斬る音が聞こえるくらい、勢いよく回った。
しかも、ざっと三十秒くらい見守ってたのに、その勢いはまるで衰えなかった。
朝食がヨーグルト、過剰に犬を守ろうとするイバラ、全員のそこはかとなくおかしいセリフ、そして、この止まらないコマ。
これでようやく気づいた。これは夢だ。夢の中にいるんだ。
しかも最近の出来事が嫌な具合でもっさり再現されるタイプの夢だ。イバラのそれはソファのシミを隠してたアレだし、ヨーグルトはワノがクーポン使うの忘れてた件のだ。
「おーい、ピコリ!」
こう呼ばれて。引き続き、イバラが視界に入らないように振り向くと、ルシェヌがいた。
「どうしたのルシェヌ?」
「ああ、実はじゃな。だいたいの人は移動中に音楽を聴いているじゃろうが、ここ最近イチオシの曲に『LOVE&JUSTICE』があってのう、バーベキュー味はお菓子のレギュラー味として生産してほしいと願うと、靴下を細かく区切ったケースに入れるあの収納法に憧れる時、家電量販店のゲームコーナーにある小雑誌を持って帰ろうかな? サイトにおんなじこと書いてあるだろうから別にいらないかな? と考えてる内に、自分にちょうどいいダンベルが二キロか五キロで迷ってくるじゃろうが、そういうときは最近見た映画の脇役のウィキを見ると世間にはまだ世に知られていない映画が多いとわかるのじゃ」
「なんじゃいッ!?」
これでより確信が強まった。あの犯人特有の黒タイツを脱がしてやった気分だった。
今のはこないだのルシェヌが下手な説明を話してたときのヤツだ。夢の中にいるのも相まって、もはや何がしたいのか全くわからなくなってる。
「ピコリお姉ちゃん、今いいかな?」
今度はユノスがやってきた。同時にルシェヌが全く引き下がらずにハケてくれたのも地味に夢らしい。
「ん、ユノスはどうしたの?」
「今日において一流のシェフとかお菓子屋さんとコラボしたドーナツが多いけど、あれってドーナツの探求において必要があることなのかな? ドーナツは程々なジャンキー感があるからこそドーナツなのであって……」
ユノスの口に手をおいて、無理くり黙らせる。
たぶんルシェヌのパターンをユノスも仕掛けてきてるんだよ今のは。
しっかし、こういうところも夢らしい。展開はメチャクチャなのに、一部分だけやけにリアルなところが。ユノスが現実同様につらつらとドーナツ談義をしてくるというね。
「ごっめんねー、ユノス! あたし忙しいから、その話はワープロにまとめて印刷して机に置いといてねー、じゃあ!」
そう言って、一旦リビングから逃げていく。
「あれれ、ピコリ、朝ごはんは?」
「いい! どうせ起きてちゃんとしたの食べるんだから!」
リビングから廊下に出て、追手のゾンビを遮るときみたいに強めに戸を閉める。
「……ふぅ、もういい加減目覚めないかなぁ?」
「ここはこれをしたほうが良さそうだ」
「では僕はこうします」
「ったく、二人とも俺のこと全く考えてないな」
この声は、サバキ、ネロア、トツカ……あたしは戸にもたれつつ、声がする方――玄関を見た。
するとそこで、三人は、将棋解説の立ち位置みたいなポジショニングで立ち、玄関のドアにペタペタ付箋を貼り付けていた。
これは……あれだ、サバキがなんかのための図を作ってた、犯人の相関図と勘違いしちゃったアレだ。
あの時は方眼紙に貼り付けてたのに、夢の中では玄関のドアに……いくらなんでも不自然過ぎるって。
「あ、ピコリ。ちょうど良いところにいたぞ」
「ピコリお姉さん。こっち来てください」
「手伝ってくださいよ、ピコリねーさん」
あーはいはい、もうこれはそうだろうと思ってましたよ。意味無くあの三人が配置されてるわけないでしょうから。はいはい。というわけで色々諦めた上で、玄関に行った。
「本当にありがとう。はい、ちょうどお好きなピンクの付箋を使わないであるのだった」
するとすぐ、サバキがピンク色の付箋の束と黒ペン一本を渡してきた。
よくよく見ると、サバキが青、ネロアが黄、トツカが緑のふせんを持っていた。色分けの概念があるのかな。
「では三速貼ってくだ三。僕たちが三きに三ターンしたから、まとめて三枚貼って三枚どうぞ」
「イカサマは無しだぜ、ピコリねーさん」
イカサマ無し……と、言われましてもねって話ですよこれ。
あたしは、しばらく玄関のドアを見つめていた。ネロアが言ってた通り、既に三人がそれぞれ三枚、文字を書いた付箋を、作りかけのイラストロジックのような法則不明の配置で貼っていた。
その内訳はこんな感じ、
サバキ(青):『レストレード』、『ジョウンズ』、『マクドナルド』
ネロア(黄):『リーガン』、『グロスタール』、『ゴネリル』
トツカ(緑):『花海』、『月村』、『藤田』
……多分、何かの法則性があるんだろうけど、全っ然わっかんない。
「長考は市中引き回しですよ、ピコリお姉さん」
「はいはい、わかりました、あとちょっとで貼ります……」
ここは適当にしのごう。怒られたら謝ればいいし。
ラン、ミキ、スゥと、記憶にあるキャラの名前を付箋に書いて、他の付箋の角と角がくっつくように玄関のドアに貼った。
「どう、これセーフ?」
三人は、そのピンクの付箋をしばらくじっとて見つめ、
「「おお〜〜!!」」
サバキとトツカは、応援していた選手がスリーポイントシュートを成功させた時並の歓声を上げてくれた。いったいどういうファインプレーをしたのかさっぱりわかんないけど、一応、二人のことに合わせて照れてる素振りをした。
その時、急に顔に変な光が当たった。
「……こんなこと、認めないッ!」
それはネロアが突然構えた剣による、日光の反射だった。
「ちょっ、ネロア!? いきなりどったの!?」
「ピコリお姉さん……いや、ピコリ! 貴様さえいなければ僕の勝ちに違いなかった! なのに、なのに……許せない! 貴様なんか、冥府の底の底に送ってくれる!」
「うわぁぁ! これも夢っぽい! 現実なら絶対に言わなそうなこと言ってくるパターンだこれ! って感心してる場合かー!」
ネロアはゆっくり一歩一歩踏み出し、間合いを詰めてくる。その間、サバキとトツカは、急にあたしたち二人が見えなくなったようにボケーっとしている。
あたしは玄関を背中にくっつけて、何度もドアノブをガチャガチャ動かす。そして普通に鍵がかかってることに気付いて、それを解除する。
しかしもう手遅れだった。ネロアは剣を振るのにちょうど良さそうな間隔で止まって、思いきり斬撃を繰り出した。
「ひゃああああ! もういい加減夢から覚めてー!」
*
直前にあった出来事の衝撃で、目を見開き、布団をめくって起き上がる。
するとそこは玄関ではなく、自分の部屋だった。もちろんネロアたち三人はいない。自分ひとりでベッドの上にいた。
「やっぱり夢だったのね。安心したというか、ありきたりというか、もう微妙な感想しかないな」
部屋の中はまだ暗い。具体的な時間を掛け時計で見ると、四時三十二分だった。
「あーあ、六時半までぐっすり熟睡したかったのにな……」
と、ボヤきつつ、チヨはめくった布団を自分にかけ直しつつ、またベッドで横になった。
刹那、急に部屋のドアが開き、ピコリが顔を出して叫ぶ。
「いやお前が夢見てたんかい!」
チヨは再び驚いて飛び起きた。
「実の母親に『お前』はちょっとやめてよー、定型文的に仕方ないと思うけどさー」
【完】
※こちらは掲載当時(2024年12月)の内容になります。
【あとがき】
ここまでお読みいただきありがとうございます。作者です。
すみません、本題に入る前にまず、謝罪したいことがあります。
今回は短編集と謳っているにもかかわらず、私が尺の計算や筆の乗り制御が出来ず、結果、文字数が約五万文字、話数の十で割ると通常回とほとんど変わらない文章量になってしまいました。
前書きでピコリ経由で『九編もあるから文字数が多く、一気読みするとかなりの時間がかかります』とお断りしておりましたが、それにしても。と、いうくらいの域に達してしまい、申し訳ございませんでした。
ではここから本題に入ります。なお、こちらもこちらで長くなってしまいました。
本当に時間をよく考えて、読んでていただけますと幸いです。
今回、いきなりこの短編集を執筆・投稿したのは、サブタイトルにあるような目的のためというのが大きいですが、その次に重要な理由があります。
実はこの度、本作は第1話投稿から五年経過いたしました。
正直、『五周年』と書いたほうがスッキリするかと思いましたが、ただこっちが勝手に続けているだけの作品に、そういうおめでたいイメージの言葉を使うのはいかがなものかと思い、謙虚に五年経過という表現にします。
そうした実績を考えて、今回は恐らくいると信じている親愛なる読者のため、シーズン3終了後から書き溜めていたネタの内の雑なものを使って、上の十話を書きました。
簡単に作品解説をすると、だいたい作者の私が日常であった嫌なことを膨らませて作りました。
例えば、ネロアの電車エピソードは本当に私が体験したことです。マジで乗客ほぼ全員にガン見されて恥ずかしかったです。
もう少し詳しい解説が欲しい方は、感想などでご依頼いただけますと幸いです。ここじゃ書ききれないと思うので、ずっと動かしていない私のnoteでするかもしれないですが。
せっかくなのでここで五年を振り返ってみることにします。
第1話を投稿した頃と、今を比べると、ストーリーの練り方や文章力は成長していると思います。
一応、私、都Pの別作品『カンナギイヤサカ』がネット小説大賞というコンテストで、一次審査をよ〜〜〜〜やく通過したので、この自己評価は甘口ではないと思います。多分。
また、かれこれ無駄にシーズン3、累計150話を執筆してきたため、クセの強い満月姉妹の扱い方もだんだんわかってきました。
なので今、細かい会話シーンやギャグはスラスラと作れるようになっています。面白いかは別問題として。
それから、ここ最近は物書きの勉強として、色々な小説を読んだり、映画を観たりしています。
イコール、ピコリ特有のパロネタの収穫をしていることになりますかね。ピコリがコマ回してるシーンとかはだいぶベタなそれをしています。
ここからは今後に向けて、五つほど報告したいことがございます。
ちなみにこのパートの初期バージョンがまーた冗長になっていました。
《報告①》
シーズン4の連載は前向きに計画していますが、開始時期は現状未定です。
後述の②と③の後になるかと思います。
うまく行けば来年のこの時期になるかもしれません。
《報告②》
現在、とある別作品の加筆修正を進めております。進捗度はだいたい20%くらいです。
《報告③》
カンナギイヤサカの一次通過に味を占めて、きっとあるだろう来年のネット小説大賞に合わせて、新作を投稿しようと考えております。
今のところ基本設定とキャラクターを考えているだけですが、私らしいアクが強くて流行を微塵にも読めていない作品になるかと思います。
《報告④》
本作のタイトルを『六人の娘が異世界から帰ってくるだけの話』に変更します。
変更箇所は、サブタイトルの『――When in different world do as the different worldns do――』を消しただけです。
理由は小洒落た感じがするのと、意味無く長くなっているのがじんわりムカついたのと、文法がおかしいかも知れないと思ったからです。
《報告⑤》
これは報告というより謝罪です。
私が小説家になろうでの活動を始めて、初期の初期で投稿していた二作があったのですが、この度、削除いたしました。
理由は非常に情けないことですが、出来が悪すぎて見せるのが恥ずかしいからです。
数年前くらいまでは出来が悪いのを自覚しつつも、私自身への『戒め』として公開していました。
ですがあれからだいぶ時も経ちまして、いよいよ自戒の念よりも羞恥心の方が勝ってきました。
ということで、この回を投稿するついでにと思い、この決断をいたしました。
あんな作品を自信満々に投稿していたことなど、様々な意味をこめて、本当に申し訳ありませんでした。
以上が、ご報告になります。これまた長くなってしまいました。
これで最後にします。
頼むからいてくれると助かる、親愛なる読者の皆様、お付き合いいただきましてありがとうございました。
単なる趣味と、書籍化を夢見ての活動、それを足して割った理由と、謎の使命感でキーボードを叩いているしょうもない物書きでございますが、今後ともぬるめの脇目で見ていただけますと幸いです。
私も私で、どこかにいるかもしれない誰かに、いい結果を知らせられるように頑張ります。
以上、ありがとうございました。
【P.S.】
すみません、まだ《報告⑥》がありました。
第149話のあとがきに、『本作を某出版社の新人賞に送った』という話をしてましたが、文字数の規定に引っかかってしまい、端から選考に乗りませんでした。こんな凡ミスして情けないですよホント。
なお、この作品はもう別のコンテストに出さないです。粉微塵にもその気はないです。
この作品は、私がこれが嫌いになる時まで、私の好きな作風を勝手に披露していく場としようと思っています。
賞レースは……そのたびに作ったよそ行き用の作品に任せます。
今度こそ以上! ありがとうございました!




