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第145話 10/2クラス(姉妹)対抗文化祭④―1−A余剰風船後始末事件―

 百式高校の文化祭は十月末ごろ、二日間にわたって行われる。

 一日目は開会式と、全校生徒に向けての『ステージ発表』。残りの時間は二日目の準備などなど。

 二日目は一般の方を招いての『展示発表』と、閉会式、それと展示物の片付けがある。


 というのが文化祭『そのもの』の日程。

 これとは別に、百式高校の文化祭は前日二日間の『集中準備期間』と呼ばれている日程が存在する。


 開会式二日前は通常授業が二時限のみで、残り四時限は全て文化祭関連に使えるLHR。

 開会式一日前はステージ発表リハーサルを学年クラス順に行うのと並行して、展示の設営をする。

 というのが通称『集中準備期間』の詳細である。


 今回の時系列となるのは開会式二日前の昼休み。

 全クラスは、本格的な展示設営のため、必要な物資の調達を行い、軽く、基礎的な教室づくりをしている頃である。


 そのころ、百式高校近くの牛丼屋にて。

 1-Aのサバキとワノ、1-Bのマジナとネロアはそこへお昼ご飯を取りに行っていた。


「お待たせしました。えーっと、赤い髪の方が牛カルビ丼。青い髪の方が牛丼並盛り……でしょうか?」


「はい、あってますよ」

「ええ、そうです」


「それから……紺……色? の髪の方がご飯とサラダ。ピン……ク色の髪? の方がハヤシライスで、合っていますでしょうか?」


「はい、僕が注文したのはそれです」

「はい、そうっス」


「わかりました。ありがとうございます」


 四人へ無事配膳できたことに安心しつつ、新米店員は奥へ戻っていく。

 その背を見つつ、ワノは小声で、

「アタイのこの髪、ピンクじゃなくてマゼンタのつもりだったんスけどね」


「まぁまぁ、細かいところは気にしないでくださいよ、ワノさん」


「アンタこそ気にするべきっスけどね、ネロア。紺色と群青色ってそれなりに離れてる色っスからね」


「そもそも自分としては、髪色で誰かを指定してきたことが引っ掛かったのだが。新米タレントを集めたトークバラエティの司会者じゃあるまいし」


「それは仕方ないってサバキ。四人でぞろぞろ来ていっぺんに注文されたらちょっとは困るだろうからさ」


 この件は何もかもどうでもいいので、閑話休題。

 四人はやはり今現在のメインイベント、文化祭についての話をし始める。


「ところでマジナ殿、ネロア殿、展示の準備はちゃんと進んでいるか?」


「はい、いい滑り出しです」


 と、答えたネロアをチラ見して、マジナは言う。


「お化け屋敷だから用意すべきものがハッキリしてるからね。私のとこにはオバケのプロフェッショナルもいるし」


 サラダとご飯を交互に食べるネロアをチラ見して、ワノは言う。

「そうっスね。今思い返せばあの時のじゃんけんでお化け屋敷を勝ち取れたのはスゲーラッキーっスね」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 異世界『アンド・ロジスティクス』に転生したネロアは、その世界にあるオンラインゲーム(と、かこつけた衛星めいて付随する異世界)をプレイしていた。

 そこでネロアは死神と契約して力を得て、ゾンビやスケルトンなどのアンデッドが多く住む国を治めていた経験がある。

 だからネロアはそういうホラー系に詳しいのだろう。

 というのが、マジナとワノの考えである。


「てなわけで、君の手腕には期待しているよ、ネロア」


「はい。やれるだけ頑張ります」


 今度はマジナがサバキへ聞いてみる。

「で、そっちのお店の具合はどうなの?」


「こちらも出だしは上々だ」


 サバキのいる1-Aには、出店する『脱出ゲーム』を作るのに適した精鋭が揃っている。


 謎解き問題の作成担当は、1-A随一のクイズマニア『名園(なぞの)トキヤ』。

 彼の考案する問題はパズル好きのサバキでも唸るレベルだ。

 

 教室の全体的な装飾を決める担当は、1-A屈指の美術センスの持ち主『美掛(みかけ)カザリ』。

 予め描いてくれた装飾予想のラフ絵の時点で、1-Aの生徒全員は優勝を確信したという。


 そして、展示を飾り付ける装飾や素材などを買うための予算の会計担当は、


「もちろんアタイっス!」


 1-A……どころか恐らく百式高校ぶっちぎりの守銭奴、満月ワノ。

 彼女は異世界『デーシルマルネ』でスーパー事業で一財を築き上げた経験を持つ。その才能はここでも生きているのだ。


「うわぁ、それ都合良すぎない? もはや、このためにクラス組んでたみたいじゃないかそれ」


「そうかもしれんな。だがこれだけの下地が出来たのは、ただここに相応しい才能がいたからではない」


 1-Aの学級委員『喜西(きさい)マトミツ』。

 彼が『1-Aは脱出ゲームをする』と決まるや否や、『あの三人なら上手くできる』と思い、声をかけてこそ、この精鋭は活躍の場を与えられたのである。


「へー、なおさら充実してるね1-Aは」


「そうだろう。ちなみにだ。ステージの方は、一年屈指のオシャレ番長にしてトレンドマスター、『上流(じょうりゅう)オウマ』が監督しているから、1-Aには隙が無いぞ」


「わぁ、それは至れり尽くせりですね。まるでラスボスみたいです」


「確かにラスボスみたいかも知れないね。そういう自分の情報を堂々ひけらかすところとかさ」

 と、サバキへ皮肉を言った後、マジナは思う。


「……って、あれ? じゃあ、いっつもかっつも『ふははは、自分は生徒会長様なのじゃ! 自分の言うことは何でも従うのじゃ! そして崇め称えるのじゃ!』って言ってる君はなにしてたんだい?」


「申し訳ないが、自分は生徒会が独自でする展示の準備などもあって、自クラスの文化祭準備には五割くらいしか力添え出来なかったのだ。だから今回の中心メンバーには、自分はいない……そしてマジナ殿、その例えは何だ。それは別の誰かと勘違いしてないか?」


「ちなみに生徒会はどんな展示をする予定なの?」


「自分の指摘を無視するな……生徒会は、『今年度の百式高校の地域活動の成果をまとめた資料』を展示する予定だ」


「へぇ、つまんなそうだね」


「失礼なこと言うな」


 数分後。四人は各々の注文の品を完食し、


「食べ終わったし、早いところ学校に戻るぞワノ。こういうのは少しでも積極性を見せるべきなのだからな」


「はいっス! 多分そろそろ、オウマたちが百円ショップでの資材調達をし終えたところでしょうスね」


「なら、私たちも帰ろうか。ネロア」


「はい、今日はここに連れてきてくれてありがとうございます、マジナお姉さん。牛丼おいしかったです」


「はいはい、どうも……あれ、君、牛丼食べてたっけ?」


 学校に帰った。


 ――そこからが、本日のサバキの受難の始まりであった。


 教室に戻ってきたとき、まずサバキの目に飛び込んできたのは、山のように重なったカラフルな風船の数々だった。


 サバキは、次に注目したマトミツ、カザリ、トキヤの三人の立ち会合へ声をかける。


「ただいま戻りました。満月サバキです。あの風船の山は一体なんですか?」


 トキヤは答える。

「オウマとその取り巻きが、風船を必要量の倍買ってきて、無駄に多く膨らませたのであります」


 さらにマトミツがこれに補足する。

「『やっぱ文化祭なら、風船使いまくってナンボだろ!』って言って、ドカドカ膨らませたんです。そして気づいたときにはもう既にああなってました」


「その犯人はどこへ行った?」


「ステージ発表の練習するから、もっと広いところ行く。と、何処かへと去ったであります」


 これを聞いて、サバキはもう一度風船の山の高さを確認して、

「恐ろしいな、悪意のないフリーダムとは……」

 過酷な山道を間近にした登山家のように、頭を抱えた。


「百十円損失してるじょぉ……」

 ワノもワノで、ワノなりの別な角度で苦悶した。


「本当にごめんなさい。せっかくワノさんが計算して必要物をまとめてくれたのに、こうもガタガタ計画を崩壊させてしまって」


「もう買ったもんはしょうがないっスよ……問題なのは、あの山ほどの風船をどうするかっスよ」


「そうだ。とにかく今は、教室の一角を占拠してるアレをどうにかしないとな……どうしましょうか、美掛殿?」


 と、サバキに意見を求められた1-Aの展示の装飾担当、カザリは、

「んーとねー、天井とか壁に敷き詰めたらどうかなー?」


「それは妙案でありますね!」


「なるほど、それなら無駄なく大量消費できるっス! よし、前は急げっス!」


 かくて教室にいる五人は、風船を壁に貼り付けていく。


 数分後。ひとまず出入口付近の、元はプリント類の掲示板であった壁に貼り終えた。


「んー、なんか微妙な気がしませんか、サバキさん」


「ああ、そうですね……喜西殿」


 その時、一部の面々は違和感を感じ始めた。


「壁から隆起しているのが圧迫感を感じさせてしょうがない」


「あと、謎解きに無関係なこともいけ好かないであります」


「聞いた時はいいとは思ったんスけどね……カザリさん、剥がしてもいいスか?」


「うんいいよ。そんなに言われると風船さんが可哀想だもんねー」


 カザリの同意をもって、サバキたちは貼り付けた風船を元の山に戻した。

 そして話はもう一度『この風船をどうするか』に戻る。


「ひとまず、先程のデモンストレーションで『この量は壁に飾れない』とわかったのは大きな前進であります」


「そうですね。さっきは天井に貼っていませんでしたが、もうしなくてもわかるでしょう」


「天井が低いのは圧迫感を感じるっスしね。じゃあ、どこに飾るっスかね、これ」


「天井と壁がダメなのだから、もはや飾ること自体が無理だと自分は思います。ですのでここは……」

 サバキは、近くの机に置いてあったボールペンを持つ。


「まぁ、そうなりますよね……」


 このまま何もしなくても場所と時間が無駄になる――マトミツは覚悟して、風船を適量に戻すべく、ハサミを手に風船山へいく。

 するとその間に、カザリが大の字になって立ちふさがる。


「ダメー! そんな怖いことしないでー!」


 一歩遅れて、マトミツに続いて来たサバキは申し訳なく、

「美掛殿。お気持ちはわかりますが、ここはクラスの準備の流動性を確保するため、ご勘弁いただけませんか?」


 すると美掛は首をブンブン振って、

「無理、勘弁できない! だって風船さんがいっぱい割られて、かわいそうなんだから!」


 さらに振り向いて、三つほど抱きかかえて、

「ほら見てよこの子たち、オレンジの子も、パープルの子も、ピンクの子も、みんな可愛いんだよ!? なのに割るなんて……ヒドすぎるよぉ……グスン……」

 うっすら涙しだした。


 このカザリの風船への入れ込み具合に、他の四人は絶句した。


(……こいつ、時たまにいる電波系の女子っスか)


 これを受けてトキヤは提案する。

「こうなれば、もう少し活用方法を考えてみるであります。SDGsなどもありますし……いきなり処分するのもよくないであります」


「そ、そうですねぇ……わかりました、カザリさん、もう少し考えてみましょう、ね」


「え、本当ですか! わぁい! やったねみんな!」


「……先行きが末恐ろしくなるな」


 この後、五人は増えすぎた風船の有効活用法を全力で考えた。


 ただ天井に貼るのではなく、シャンデリアめいて吊るして飾る。

 余った段ボールでゲートを組み立て、その装飾にする。

 教室内ではなく、廊下の教室側の壁に貼る。

 来てくれた子供に配る。


 ――などなど、それなりの案は出てきた。しかし、


「シャンデリアもシャンデリアで、圧迫感がありますな。あと、高身長の方への未配慮になってしまいますな」


「いい感じのゲートなのですけどね……ただ、使いどころがまるでないのがネック過ぎます」


「あー、また誰かが引っ掛けて落としてるっス! こりゃ廊下はダメっスねぇ!」


「待てよ、根本的な問題として、この風船の山は配るまでどこで保管すればいいのだ?」


 ――などなど、それぞれの案で感化できない問題点も同時に出てきてしまい、全て不成立に終わった。


「ダメダメ! お願いだから割らないでー!」


 そして……立案、実験、失敗、割ろうとする、カザリが泣きながら止める、立案……という、無益なサイクルが延々と繰り返され、ついに日が暮れ始めた。


「もうこれ、風船以上に時間がもったいなくなってないっスか?」


「……そうでありますね。チラと確認したところ、他のクラスはステージの小道具や展示の装飾品を作り終えてるであります」


「ところで、自分たち以外のクラスメートはどこへ行ったのだ?」


「クラスのグループメッセージを確認したんですけど、校内のあちこちでステージ練習してたり、現地解散してるみたいです。

 なお、今回の元凶の(言い方アレですが)オウマさんは、もう帰ったみたいです」


「教えてくれてありがとうございます、喜西殿……はぁ、踏んだり蹴ったりだな」


「……かくなる上は、もうこれしかないっスよね」


 風船により振り回された疲労が重なった故に、サバキ、ワノ、マトミツ、トキヤの四人は、シンクロして同時に尖った物を手に取った。


 すると当然、カザリは、

「ねぇー! おねがいだから風船さんを割らないでー! 許してあげようよ!」

 四人を止めにかかった。


「許すも何も、もうアタイらはこの風船どものせいで限界が来てるんスよ!」


「もうこの風船はこのクラスにいてはいけない、このクラスを内部から腐らせる悪魔の類なのでありますぅ!」


「カザリさん、本当にごめんなさい。ですけどこれはクラスみんなが文化祭を成功するためなんです! どうか許してください!」


「待って、待って! 今この子たちの居場所考えるから……そうだ! お花みたいにして床に飾るってのはどうかな!?」


「そんなの足元で邪魔になって終わりですよね美掛殿ォォォ!」


「ひぃぃぃぃ、嫌ぁぁぁぁっっっっ!」


 こうして、1-Aより、戦場の銃声の如く鳴り連なる風船の破裂音の中、愛する家族を奪われたかのような金切り声を、カザリは校内中に轟かせた。


「よし、割るのはこれくらいで大丈夫っスよ!」


「おっと、いけないいけない、私としたことが衝動的に全て割ってしまうところでしたであります」


「ふぅ、これにて一件落着……だな」


「はい、サバキさん……もっとも、素直に喜べませんけど」


 この『1-A余剰風船後始末事件』の結末は、けっして曇天が快晴に変わるかのような、清々しいものではなかった。


 この事件の解決は、あまりにも大きな犠牲を出しすぎた。


 余計な風船そのもの。それを買ったお金。これの活用方法を見出すための労力と時間。カザリからの信頼。そして、


「ここから悲鳴が聞こえてきましたけど……一体何をしたんですかあなたたち!」


 ……大真面目な事件だと誤解した、先生からの説教により削られたメンタル。


 この凄惨さから、以降、百式高校では『買い出しは本当に必要なものだけ買ってください』と、厳重に注意されるようになっ……てない。これまでどおり、普通に注意された。


 この事案は、あまりにもトリッキー過ぎてまるで反面教師にならないのだから。


【続く】

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