第139話 映画館Some Lieあんぐり Picture and Picori ver.
今回の話の始まりは、とある昼休みでのこと。
1−Cの教室でコーリンとピコリ、それから、
「コーリンお姉ちゃん、ピコリお姉ちゃん。一緒にここでご飯も食べていい?」
「おう、いいぜ」
机を取られて居場所を追われたユノスの三人で、お昼ごはんを食べているときのことだ。
その最中、ピコリはこう問いかける。
「そうだ、今ちょうど三人いるから、聞いとこ。ねぇ二人とも、今週末どっか用事あったりする?」
「オレは土曜日の午前中に、部活練習があるくらいだな。その他はガラガラだ」
「ボクは何もないよ。家の掃除と漫画を描こうかなって思ってたぐらいだよ」
「じゃあさ、今週土曜の午後か、日曜のどっかで映画館いこうよ!?」
ピコリは、とある映画のチケット三人分のプレゼントに当選したことを伝える、Mutterの映画公式アカウントのDMを見せる。
「へへん、ウチ、またしても懸賞に当たっちゃったんだ(※第105話参照)。それで、二人はどう? ってあれ?」
ユノスは映画が好きだし、コーリンはこういうのに何でも乗ってくれるから、きっとこのお誘いに喜んでくれるはず。と、ピコリは思っていた。
しかし現状は真逆だった。二人とも頭を抱えて、嫌そうにしていた。
「「えぇぇ……」」
「……画館だよ? 二人とも行きたくないの」
ユノスは気が引ける感じで、
「本当なら行きたいよ。けど、迷惑な客と一緒になりたくないんだもん」
「代弁してくれてありがとなユノス」
かつて(※第25話参照)、コーリンとユノスは映画館で、劇場版騎人バスターを見に行った際、非常識な客の隣の席になってしまい、多大なストレスと映画の魅力を削がれた経験がある。
これが二人にとってトラウマになっていて、映画館そのものに抵抗を感じてしまっているのである。
「ああ、なんかそういう話してたね。でも今回は……」
大丈夫! と、ピコリは言えなくなった。
なぜなら今回の映画は、今、盛り上がり最骨頂の超人気漫画の劇場版だからだ。
「……ヤバそうかも。この作品のコミュニティ、民度がヤバい部分があるから」
「わかるよボク。雑誌の発売日となるとMutterでネタバレ祭りしてたり、動画サイトで掲載された一話が丸々上がってたりするもん」
「オレ、これ漫画限定なら一番好きなんだけどなぁ。これのアニメが、騎人バスター見終わった後にチャンネル変えるとピッタシ始まってたから、ちょくちょく観てたんだよ」
「そうなんだ。けど映画は……?」
「別に、映画館行って腹立てる必要はないかなぁ。絶対何ヶ月後くらいにサブスクやらで観れると思うしな」
「そっか、じゃあ、二人は無理ってことね。じゃあこの話はマジナ姉さんとトツカに……」
ここで突然、ユノスにしては声を張り上げて、
「いや待って、やっぱりボク行く!」
「お、どったのユノス。その心は?」
「ボク、屈しちゃいけないと思ったんだ。そういう一部の外道に怯えて、自分の好きなことをやめちゃうなんて。だからボク、映画館に行く。そういう畜生に負けないように」
そのユノスの闘志を聞き届けて、
「やめとけやめとけ、どうせまたイラついて終わりだぞ」
野菜ジュースを吸い上げつつ、コーリンはネガティブに否定した。
「さっきの台詞、絶対コーリン姉さんが言うべきだったのだと思ってたら……まさか当人がここまで沈んでるとは」
「ああ、そりゃそうかもしれないか……そうだな。なーにオレがユノスに遅れとっちまってるんだ! よし、オレも映画館に参戦するぞ!」
「そして浮上はっや!?」
こうしてピコリは、コーリン、ユノスの三人で映画館に行く約束をとりつけた。
その一方、廊下にて。
「ワノさん、どうして1−Cの教室の中を覗いているんですか?」
「なんかお得の匂いがしたんス……けど、たちまち消えちまったっス」
*
それから土曜日の午後。
ここに来ることを歓迎しているかのように、十月にしては暖かい天気の中、三人は約束通り映画館に来た。
「今はガラガラだね」
「うん、それ計算してこの時間帯に来たからね」
それも本日観る映画のスクリーン会場三十分前にだ。
「本当に人気の映画だと、売店はもちろん、スクリーン入る前とかにも大行列ができるからね」
「へぇ、この前(※第25話参照)はそうでもなかったんだがな。
……あ、これって騎人バスターの人気が無いってことか?」
「ん……まぁ、そういう映画は観る人限られちゃうからね」
ピコリが前日にネットで予約してたチケットを発券した後、三人はまだまだ時間に余裕があるので、レジ横のグッズ売り場へ行く。
ただいまメインで売出し中の映画は、本日三人が観るそれ。
なので、そこはそのキーホルダーやタオルなど、映画の関連グッズが大量に並んでいた。
「うわ、最新の単行本まで売ってるぞ」
「劇場版限定のグッズとかも売ってるね」
「そうそう、こういう限定グッズとかも映画館の楽しみなの」
「そうなのか。ま、ここで何も買うつもりはないけどな」
「そうだね。万が一映画で嫌な思いしたら損だもんね」
映画館に来たには来たが、やはり二人はまだ、前回(※またしても第25話参照)のことを引きずっていた。
「こらそこ二人、ここで水差すようなこと公言しない」
*
それから三人はそれぞれポップコーン&ドリンクを購入し、そしてスクリーンに入場する。その際、
「ご来場ありがとうございます。こちら入場者プレゼントです」
三人は特典のコミック本を渡される。
スクリーン内の予約していた席に、右からコーリン、ピコリ、ユノスの順で座る。
ここでコーリンはピコリに尋ねる。
「おいピコリ、なんか急に漫画一冊貰ったぞ?」
「最近の漫画関係の映画は、観に来てくれた人にそういう本を一冊プレゼントしてるの。
作品によりけりだけど、漫画家さんが描き下ろした漫画だったり、パンフみたいに設定画とかインタビューがここ限定で載ってたりするの。
映画公開から数量限定で配ってるものだから、ゲットできたウチらはちょいラッキーなんだよ」
「へー、映画が始まる前の暇つぶしに良いね」
と、言いつつユノスはコミック本を開く。と、
「あ、『ネタバレ注意』って書かれてる……」
「映画のラスボスの設定とか、映画のストーリーに基づいたお話とか載ってるからね。だから考えずに読むと痛い目あうんだよね」
「じゃあ後から配ればいいのにな」
「こっちが我慢すればいいだけの話だからいいでしょ」
それから三人は適当に談笑しながら、映画の上映時間を待つ。
その間、続々と観客が集まり、席に座っていく。
「すごいねこの映画、カップルから家族まで、いっぱい来てる」
「そうだねユノス。やっぱこの原作すごいんだよ」
「……となると、いよいよきな臭さが否めなくなってきたな」
「……そうだね。『また』かもしれないね」
自分たちの横には一体どんな奴が座ってくるのか――過去(※やっぱり第25話参照)の傷が今だ癒えてないコーリンとユノスは、劇場の出入口に注目し警戒を強めていた。
この日のために事前調べをしてきたコーリンとユノスは、ピコリを挟んで話し合う。
「ユノス、映画の最中に席を立ってもいいんだよな」
「うん、他の人の邪魔にならないようにね」
「あと、『劇場内で他の客から迷惑を食らって、満足に楽しめなかった』って店員にクレームを言えば、いくらか代金を返してもらえるんだよな」
「うん、しっかりとその詳細を話せば可能性はあるよ」
「あのー、二人とも、それはいくらなんでも恐れ過ぎだって」
「仕方ないもん。ボクたちは本当に嫌な思いしたくないんだもん」
「そうだ。『孫子』の一節に『吾の来たらざるを恃む無く、吾の攻むべからざる所あるを恃むなり』とある。
これは現代語に噛み砕くと『敵がいないなんて期待しないで、敵がいても攻められないように準備しておけ』ってことだ。
つまり昔からこういうことは言われてたんだよ」
「その格言、時代的に『映画館にくるヤバい人』は考慮してないでしょ。
ま、まぁ、二人がガチで気になるんだったら、もうウチに止める権利はないよ。けど、あんまりにも気にしすぎて楽しめなかったら知らないからね」
「うん、覚悟しておく」
「おう、けど逆にピコリが嫌な気分になっても、それは貴様の自己責任だからな」
「……それはヤバい人の責任だと思うんだけどな」
公開時間まであと五分を切ったところで、いよいよこのスクリーンの座席は満席に近くなっていく。
まず、今まで空いていた三人の左側の席は、普通の温厚そうな親子四人で埋まった。
(ふぅ、ボクの方は大丈夫みたい)
(よかったな、ユノス……)
と、コーリンは内心ユノスの無事を祝いつつ、今だ埋まっていない、たった一つだけあいた隣の席を見る。
(一体誰が来るんだ……なんならもう、ここだけ空いちまってくれると助かるんだがな)
と、コーリンが願ったその時、答え合わせの時が訪れた。
その席を押さえていたのは、ベンチコート――なんらかのスポーツのコーチや監督が冬場に着ている、モコモコで分厚く、丈が長いコート――を着た、体育会系の好青年だった。
好青年は『ごめんなさい』と、小声で謝りながら、狭い通路を通って自分の席に座る。
ベンチコートを脱ぎ、非常に古い時期に販売されて、今となってはレアもののような、この映画の原作のキャラがでかでか描かれたTシャツ姿に変わる。
(……ん?)
そしてついに映画が上映された。
隣の家族連れはもちろん、好青年も特に騒いだりすることはなく、三人はストレスなく映画を楽しめた。
スクリーンの照明が再点灯されたとき、好青年は手際よくベンチコートを着直し、三人と同様に出入口へ行った。
*
この後、コーリンとピコリとユノスは、毎度おなじみの近場のイタリアンレストラン『ベルセリヤ』へ、昼食兼反省会をしに行く。
「よかったね二人とも。今日は特に嫌なお客さんいなくて」
「だね。映画もとっても面白かったから満足だよ。コーリンお姉ちゃんはどう?」
このとき、コーリンはお子様ランチメニューの表紙に書かれていた間違い探しを凝視していた。ただし、彼女は間違い探しに熱中しているわけではない。
「お取り込み中ごめんね、コーリンお姉ちゃんはどう!?」
「おおっ、ごめん、ボーっとしてた。
今日の感想か? そりゃ面白かったぜ。迷惑な奴もいなかったし、幾分か古傷も癒やされたから万々歳さ……けど……」
「「けど??」」
コーリンはスマホを取り出し、『今日の天気』と検索しつつ、
「なんかさ、オレの右隣に、気合入ったTシャツきた男がいなかったか?」
「うん、いたね」
「ウチも見た。その前にサッカーの監督っぽいコートきてたよね」
「そうそう、そのコートの人だ。でさ、今日の最高気温って、オレのスマホを見ての通り、24度だよな。なんでアイツ、こんなあったかい日に、あんな吹雪いてる日に使うようなコート着てたんだ?」
ユノスはあの好青年の気持ちを考えて言う。
「アニメキャラがガッツリ描かれたTシャツを着てる、映画館まで来るのが恥ずかしかったから、あれで隠してたんだと思うよ?」
それをピコリが拾って言う。
「ウチもそんな考察してた。けど……もっと季節にあった上着なかったのかなーっては思ってた」
「そうだよなー。やっぱ変だよな」
応援の気持ちが先走り、結局想定以上の弊害を被っていそうだったあの好青年の行動。
上映開始からそれがずっと引っかかり、考え過ぎたあまり、一割ほど映画を楽しめきれなかったコーリンであった。
「あとさ、途中で歯と歯の間の変なところに、ポップコーンの薄皮みたいなのが挟まってよ。これも気になって集中できなかったんだよ」
「あ、それボクもいっしょ」
「それはウチも同じだよ。やっぱこれ、ポップコーン食べたらほぼ不可避なのかなー」
「映画館って、やっぱ難しいんだな」
「だから考え過ぎだって姉さん」
【完】




