第137話 コロシ・パルス ――3人で作るKILLER TOON――
とある日の夜。
『夜分遅くにすみません。満月ユノス先生』
「いえ、こちらこそ夜にしか打ち合わせする時間を設けられず、すみません」
ユノスは自室にて、ビデオ会議をしていた。
相手はそこそこ有名な出版社『境迅社』の編集者、春祭パンナ。
ユノスへ何度も(※直近だと第107話参照)、コミカライズやイラスト制作などの案件を持ちかけている女性だ。
「それでは時間節約のため、単刀直入にお聞きします。春祭さん、今回の案件は何ですか?」
『はい。今回ユノスさんに制作していただきたいのは、弊社で出版していますライトノベル、『評価:Eのジョブ【暗殺者】だけど、死神と契約してプレイヤーランキング最強へ』のコミカライズです』
ここで一つ解説を入れるとしよう。
『評価:Eのジョブ【暗殺者】だけど、死神と契約してプレイヤーランキング最強へ』とは、小説投稿サイト発の、いわゆる『追放もの』のライトノベルである。
主人公は、本当は世界評価:Sのジョブ【魔法剣士】になりたかったのに、自分の努力不足で世界評価:Eのジョブ【暗殺者】にならざるを得なくなってしまった少年、『クロノ・シュバルツナハト』。
クロノはかろうじて入れた冒険者ギルドで『お前は役立たずだから』と、ダンジョンに連れて行って貰えず、ただギルドハウスの掃除などをやらされていた。
しかしある日、『掃除がなってない。やる気がないのかお前』、と、ギルドマスターに叱られた。
ここでついにクロノは堪忍袋の緒が切れ、ギルドマスターへナイフを突き立てた。
これにより、クロノは冒険者ギルドから追放された。
しかも、刺されたギルマスが『アイツは短気でヤバい奴だ』とクロノの素性を流布したことにより、他ギルドへの再加入すらもできなくなった。
もはや自分の人生はここまでか――と、未来を憂いながら路地裏のゴミを漁っていたところ、死神と出会った。
そこでクロノは死神と契約して、数多くの必殺スキルを身につけ、世界最強を目指す――というストーリーのライトノベルだ。
「主人公がもっと最初から努力していれば、それでよかった気がするよこれ」
会議終了と同時に送付された、『評価:E(略)』の電子書籍の三分の一を読み終えたところで、ユノスはそう感想をつぶやいた。
とりあえず二週間後、本当に雑な下書きみたいなものでいいから、一話分のネームを見せてほしい。
それが今案件最初の、春祭さんからの要求だ。
漫画の一話はやはり、この作品の面白い部分を煮詰めて表現しないといけない。
なのでユノスは、『主人公クロノが、あのギルマスと繋がりがあるらしい、人身売買の闇ギルドのボスを、死神から教えてもらったスキルで倒すところ』までを一話にすると決めた。
ストーリーラインが決まれば、後はそれを画にしていくのみ。
ユノスは漫画執筆用のタブレットへ向かい、そこへタッチペンを走らせていく。
*
翌日。
「ん〜……?」
ユノスは第三者から見れば普通の微笑み、
「お困りですか、マスター」
今声をかけたアザレアのように、彼女と親しい人から見れば、神妙な面持ちをしていた。
ユノスはその表情のまま、凍りついたようにペンを微動だに走らせず、タブレットとにらめっこしていた。
「バトルシーンが上手く描けないの」
「これまで数々の漫画を手掛けてきたマスターが、バトルシーンを描けないのですか……」
ユノスはタブレットのアクティブアプリを、イラスト作成アプリから電子書籍アプリに切り替えて、そのスランプの訳を話す。
「このライトノベル、主人公のバトル描写が下手なポエムくらい抽象的なんだもん。
気づいたらボスの部屋に場面が移ってて、『黒い雲より三日月が顕れ、敵を両断した』とか、『この紫電は貴様の蒙昧を晴らすために穿たれた』とか、ちんぷんかんぷんな行動をしてて。
主人公とヒロインのエッチなシーンはものすごく気合入れて事細かく書いているのに」
「左様ですか。であれば、マスターの伝家の宝刀である『脚色』をしてみてはいかがでしょうか?」
「それは良い案だね。ありがとう、アザレア。
けど、ボクが好き勝手に描写を変えていくと、色々怒られるから……できれば『死神の力を借りた【暗殺者】』っぽいバトルについて取材して、なるべく原作者が考えてるような画に近づけないとね」
「であれば、私たちの家には、ちょうど適任がいますね」
「うん、ボクも同じこと考えてて、今ちょうど二人の顔が浮かんでるよ」
*
数分後。ユノスは取材のため、ネロアとイバラを自分たちの部屋に呼び出した。
「緊急特別企画! 死神の右腕&エルフ暗殺者! スペシャル対談!」
「いえーい!」
それから、事前に『評価:E(略)』の序盤を読んでもらった二人を向かい合わせで座らせ、ユノスとアザレアはMC机を前にして並んで立ち、インタビュー形式で話を聞くことにした。
ネロアは異世界で、死神の力を借りて戦っていた。
イバラは異世界で、暗殺者として働いていた。
この取材をするにあたって最適な人物なので、こうしてゲストとして呼ばれたのだ。
「えー、お二人とも、今回はマスターのお仕事のお手伝いをしていただきましてありがとうごさいます」
「こちらこそ、ユノスお姉さんのお役に立てて光栄です」
「よくわかんないけど……がんばる……」
「ありがとう、ネロア、イバラ。じゃあアシスタントお願いね、アザレア」
「イエス、マスター! それではまず、マスターは冒頭のポエムバトルが理解できなかったとのことで、それをわかりやすく脚色することを希望していました。
ですので最初の質問! 『二人は冒頭の戦いについてどう思いましたか?』」
始めに口を開いたのはイバラ。
「よくわかんない……」
「なるほどですね~。実にイバラ様らしいお考えですね~」
「ネロアはどう思った?」
「どうやら皆様はあの冒頭の文章がわからず困っていたようでしたが、僕は読めました」
「お、すごいですね~、流石ネロア様です」
「一応聞かせて、ネロア」
「はい、『三日月〜』の部分は『剣を振る攻撃』を、『紫電〜』の部分は『剣で突く攻撃』を指しているのだと思います」
流石は若干の中二気質のあるネロア。その知識を活かした、いい分析結果だ。
「そうなんだ。ありがとうネロア、ボクの中のモヤモヤが晴れてスッキリしたよ。ちなみにバトルの『質』の感想はどう思った?」
「そうですね。僕の戦い方と近しいものでして、共感出来ました。ただ、このような派手な技を使うのは、【暗殺者】としてはいかがなものかなぁ、と思ってしまいました」
「確かにそうかもしれませんね。完全に、とは言いませんが隠密重視で動くことが暗殺者のやり方ですからね~。イバラ様は暗殺者としてどう思いましたか?」
「べつに……わたし……しょうめんからいっちゃうから……」
「イバラもそっち派だったんだ。まぁ、イバラならそっちの方が向いてそうかも」
続いて、アザレアは第二の質問をする。
「『この主人公の技はどういう演出にすればいいか?』。
詳細な動きとか、オーラの付け方とかを教えてくれると嬉しいです~!」
すると即、ネロアは手を挙げて答える。
「はいっ! 僕が【ロジスティクス・サーガ】で使っていた技を参考にしてください!」
「インタビュー形式だから好きなタイミングで話していいんだよ、ネロア。確かにそれでいいかも。元々ネロアの技は派手でカッコいいもん」
というわけでユノスはネロアに頼んで、
「【万死の薙】ッ! 【禍根の楔】ッ!」
実際の動きを演舞して貰い、そのイメージをしっかり頭に叩き込んだ。
「ありがとうございます。ネロア様、かっこよくて参考になりました~!」
「本当にありがとう。ネロア……さてと、じゃあイバラは、どういう風な技を出せばいいと思う?」
そう話を振られたイバラは、明後日の方向を向いて、
「わたし……じゅうつかい……けんのわざしらない……」
「あ、そっか。ごめんね、根本的におかしい質問しちゃって」
そしてアザレアは三つ目の質問を投げかける。
「この作品は主人公のクロノ様が、『人身売買の闇ギルドを潰すと決意』をポエムじみた文章で内心綴ったあと、『気付いたらボスを前にしていた』と、場面がいきなり飛んでおります。どうアジトに入ったとか、どうガードをねじ伏せたとかもなくです。
ここで皆様に質問したいのは、『皆様はどうやってアジトに侵入すべきだと思いますか?』」
「いちばんおおきいいりぐちとおって……ひたすらころす……そしてボスころす……」
と、殺しに際しては『徹底的にねじ伏せる』スタンスを取っているイバラは、何の誇張もなく、シンプルに答えた。
「やっぱり、イバラはそうなんだね……」
「ごめん……ユノスおねえちゃん……わたし……いつもそうだったから……ごめん……わたし……ずっといいこたえいえなくて……」
イバラはうなだれ、目を潤わせ始めた。
これはまずいと思い、ユノス、アザレア、ネロアはイバラをなぐさめる。
「だ、大丈夫だよ、イバラ! そういう人もいる、凄腕すぎるから堂々入った方がスマートってなる暗殺者もいるよね、ってわかったから!」
「そうですよ、イバラ様! ためになりましたよ~!」
「そうです、お二方の言う通りですし、僕もそういう風に敵の大本営へ少人数で乗り込んで戦ったことがありますので!」
「そうなんだ……ならないちゃってごめん……」
三人の優しい言葉の甲斐あって、イバラは泣き止んだ。
「いいんですよ。イバラ様……」
「……ところで、ボク今、ネロアに聞きたいことがあるんだけど……確かネロアって、【トードイスムカ】っていう国の王様だったんだよね?」
「はい、死神ホイプペメギリ様は死国トードイスムカの守護神ですので、ホイプペメギリ様の【化神官】は国の統治者になります……王様とは、ちょっと違うかもしれませんが」
「だとしたら、王様なのに自分で侵入作戦とかしちゃって大丈夫なの? それ失敗したらまずいよ?」
「別に、大丈夫だと思いますよ? 勝てばいいので」
「イバラ、世の中にはこういう自分の立場をわきまえない無鉄砲すぎる人もいるから、なおさら気にしなくていいよ」
「うん……ありがとう……ユノスおねえちゃん……ネロアおねえちゃん……」
「どういたしましてです、イバラさん!」
これを踏まえて、ユノスは、空白の侵入パートを『主人公のチート度合いを演出する』という理由を付けて、『アジトへ正面から乗り込み、雑兵を皆殺しして突き進む』というプロットにすることを決めた。
(本当は、もうちょっと隠密行動してたのかなーって思ってたけど……)
余談だが、後々この空白の侵入パートの詳細を春祭編集経由で『評価:E(略)』の作者に尋ねたところ、『アジトの構造とか考えるのがめんどくさいから、ご想像にお任せします』との答えが返ってきた。
*
こうして、ユノスは二人からの取材を終えて、ようやくバトルシーン執筆に着手する。
と、その前に、
「この作品、申し訳ないのですが、僕としては、妙に引っかかる箇所が多いですね……」
「わたしも……うーんってなる……」
ネロアとイバラは再び作品を読み直し、首を傾げていた。
それに気づいたユノスは、
「ん? それボクも気になるな?」
一応、その訳を尋ねてみた。
「はい、大丈夫です。
あくまで僕個人のしょうもない意見ではありますが、このクロノさん、特に何もせずに強大な力を手に入れる瞬間が多い気がして、何と言えば良いのでしょう……モヤっとします。
例えば、冒頭の死神の女の子さんが、恩や義理といった事情もなく、主人公と契約するところですとか……
僕が前の異世界で、死神『ホイプペメギリ』様に認められるまでには、七体の強大な魔物と戦うという過酷な試練がありましたから……
あれ、どうして僕はここまで長々と話しているのでしょうか? 嫉妬しているんでしょうかね、僕?」
「わたしは……おとこはみなごろしして……おんなはいかすとこが……へんだとおもった……
いきのこりがいると……あとあとふくしゅうされるって……わたしおそわった……」
「うん、二人が言いたいことはボクも何となくわかるよ。けどー……ボク、お仕事頑張るよ!」
この後、ユノスは二人から得た情報でこのポエムを無事、まともに読める漫画のネームへと昇華させた。
そして、編集部からは文句なしとの評価を得て、ユノスのコミカライズは無事、連載開始。
原作のファンから『原作でわかりづらかった部分が補完されてて面白い』という、手堅い評価を受け、それなりに好調に進んだ。
しかし、原作者が人気に酔って怠けたことにより、原作の供給が途絶えてしまった。
そして最終的に、ユノスのコミカライズは原作と共倒れする形で、打ち切りになった。
「作品内外ともども、やっぱり努力していればよかったのにね」
「私も同感です、マスター」
【完】




