第135話 電車乗降、そうだ サバキさんはマナー違反を許さない
「今回は貴様らに、電車のマナーについて教える!」
とある日の夜。サバキが、ワノとトツカにそう宣言したところから、今回の話は始まる。
「……何故に?」
「サバキの趣味っスよ。何かと人を叱ってないと落ち着かないんスよ」
「そうだ、自分はありとあらゆる者へ説教しないと……って言うとでも思ったか。
これは純粋に、貴様らがこの世界で、人様に迷惑をかけないようにするための予防だ」
「予防ですか。その言い分は、俺たちでも理解できます。けど……」
「何故今更電車マナーなんスか? アタイらも、この世界で住み始めてからかれこれ一ヶ月は経ってるんスよ」
「逆だ逆」
元イルミネーターズの四人は、学校に通い始め、お小遣いも満足な額を渡されるようになり、電車の利用頻度も増えてきた。
だから今こそ、サバキは二人に電車マナーを教えることにしたのだ。
確かに理には適っているが、正直かったるい――と、思いながら、トツカは尋ねる。
「サバキねーさん。どうして俺とワノねーさんへ注意しようと思ったんです?
ワノねーさんよりも、コーリンねーさんとか、もっと注意しておいたほうがよさそうな人がいますよね」
「あのコーリン殿が既にマナーを守れているからだ。アイツとて、いつでもどこでも乱暴なわけではないのだ」
「なるほど……それは悔しいな」
「では、明日、三人で実際に電車に乗りながらマナーを学びに行くぞ。いいな?」
「えー、わざわざそこまでやるんスかー? 電車賃もったいなくないスか?」
「つべこべ言わずついてこい! なお、電車賃については、既に買った定期券の区間内で実習を行うから無問題だ」
というわけでワノとトツカは、サバキにより強引にせっかくのスケジュールを押さえられたのだった。
「はぁ、またこのパターンか」
「ん? またって、何がまたなんスか?」
「……つい最近、マジナねーさんが今と似たような流れで、カードゲームをオススメしてきたんです(※第134話参照)」
「へー、それはすごい偶然っスね。あの二人、表面上は仲悪くても、気が通じてるのかもしれないっスね」
「マジナ殿なんかと通じてたまるものか」
と、二人の会話を聞いていたサバキは抗うようにつぶやく。
「となると今度はコー姐が『今回はお前らに、騎人バスターについて教えてやるぜ!』とか言い出すんスかね?」
「ひょっとしたら『今回はボクが漫画の描き方を教えるよ』ってなるかもしれませんよ」
「流石にそんな偶然は連続しないと思うぞ」
*
翌日。
サバキはワノ、トツカを連れて、自宅の最寄り駅に来た。
「それじゃあ、早速乗車して教えるからな」
サバキは定期券を片手に、二人の目の前で先陣を切って改札へ進む。
サバキが通ろうとした改札は出る・入る両方が可能な両開きタイプの改札。
なのでサバキと同時に、向かい側から男性が、駅から出ようとその改札を目指していた。
そして二人はICカードをタッチする前に、五秒ほど無言の戦いが勃発。双方右隣の改札へ切り替えたことで終戦した。
改札を通り抜けた後、サバキは振り向いて、
「まず、こういう人と通る改札が一緒になった時は、素直に譲るのだぞ」
「たぶんそれ、一番目に教えたかったことじゃないですよね?」
ワノ、トツカも続いて改札を通り、三人は駅のホームへ着く。
「ここで気をつけるべきマナーは、『電車を待つ列の並び方』だ」
トツカは足元にある『乗降口』の表記をつま先でコンコンつついて、
「先頭ならここに、次からは前の人の後ろに並べばいい……それだけじゃないですか?」
「その通り。それだけでいいのだ」
「何スかこれ。アタイらは列の並び方もわからないくらいの生粋の田舎者じゃないっスよ」
「流石にそんな失礼なことは思ってないぞ。しばしばそれすらも守れない輩がいるから、念のため聞いてみたのだ」
サバキは乗降口から五歩ぐらい離れた柱を指さして、
「よく見かけるのは、あそこに寄りかかっていて、いざ電車が来るとむりくり列に入ろうとする奴だ。
多分ちょっとしか離れてないから『乗る意思を表示している』とでも思っているのだろう」
さらにサバキは乗降口から、うんと離れた備え付けのベンチを指さして、
「もっとひどいのは、あそこに座って待機していて、電車がきた途端に点字ブロックの外側を使ってまで最前列を奪おうとする奴だ。
実際、それを自分はいかにも社会の規範をどうとも思ってなさそうな老人にやられたことがある」
「その時はどうしたんスか? やっぱぶん殴ったんスか?」
「殴りはしないぞ。この世界では『理由がどうであれ、殴ったほうが悪い』からな。
ただ、流石の自分もこれは許せなかったから、優先席でふんぞり返っていたそいつの足にルマ(※サバキの腕装備から生成できるゲル状毒物)を、噛んだガムくらい微量に射出して立ち上がりにくくしてやったぐらいはした」
「目には目を、嫌がらせには嫌がらせっスか。なるほど……」
「……この分際で言うのもなんだが、口頭で注意するか、グッとこらえるかのどちらかが最適解だからな」
*
数分後。三人はやってきた電車に乗り込んだ。
休日の朝を少々過ぎた時間ということもあり、座席は全て埋まっているが、余裕で立てる場所があるくらい、穏やかに混んでいた。
電車内ではあまり騒いではいけない。というマナーを予め説明した上で、サバキは、他二人には聞こえるくらいの小声で言う。
「電車内で他に気をつけるべきなのは、荷物の持ち方だ」
サバキは背負っているリュックを正面に回して肩にかける。
「リュックなどはこうして、後ろにいる人に無意識に当たらないようにするのだ」
「それだと今度は前のほうが出っ張ってて危なくないスか?」
「そこからは、『自分で気をつけて立ち回る』ほかあるまい。
また、時たまに前にリュックを回して立つと、それはそれで圧迫感が出るとか言われることもあるから、そこらへんの配慮も欠かさずに頼むぞ」
ワノはサバキの胸部をチラチラ見て、
「しかもサバ姐の場合、元々正面が突出してるから、背負うより邪魔にならないスか?」
「何が言いたいのだ貴様」
「素朴な疑問っス」
今度はトツカからの質問。
「俺はトートバックを使っているんですけど、この場合はどうすればいいんですか?」
「それは正面で抱えて持つか、足の間に挟んで保持するかだ。まぁ、両方のカバンにおいても、一番無難な荷物の置き場所は、棚なんだがな」
と、サバキは座席上の物置棚を見て、答えた。
「こんなところに棚があったんですね……『なんだがな』ってどういうことです?」
「貴様らも既に体験したことがあると思うが、通勤通学などの、いわゆる満員電車となるような時間帯では自分の立ち位置が目まぐるしく変わるし、身動きも取りづらくなる……
だから、あくまで自分の個人的な意見であり、こう言ってしまうのは決して良くないという自覚はあるのだが……最悪、人の流れに流されて、荷物が置き去りになってしまう場合があるから、闇雲にこの棚を使うのはオススメしないぞ」
「そうですか。せっかくの棚なのにむごいですね」
*
更に数分後。三人が乗る電車は、発展目覚しい街の駅に停まり、大多数の乗客がここで降車した。
これにて空いた座席を見て、サバキは次のマナー講座を始める。
「次は座席の座り方についてだ。見ての通り座席のスペースは限られているから、他の人も座れるようにするんだぞ」
まずサバキが手本として席に座る。リュックは膝の上に置き、足をしっかり閉じた、省スペースな座り方だった。
「こうするのだ。荷物を脇に置いたり、足を不用心に広げたり、挙げ句の果てには『寝る』など、してはいけないからな」
二人はサバキの両脇を埋めるように座る。
「寝る……ですか。この前スポーツ新聞と缶チューハイ片手に優先席を独占していた野郎(※第118話参照)を見たことがあるんですが、それよりも上がいるんですか」
「いた。自分が生徒会の校外活動のため、早朝の電車に乗ったら、恐らく前日の終電に乗り遅れただろう中年男性が、ベロンベロンになって、意味不明な供述をしながらうつ伏せで寝てた。もう気分最悪だったぞ」
「ひえぇ、そんな奴までいるんスか……やっぱ都会って怖いっスねー」
「あれ、ワノねーさんって兵庫出身だったはずなのに……」
「なんか言ったスか、トツカ?」
閑話休題。
続いてサバキは、今までよりも真剣な面持ちで、二人に教授する。
「ここは一番重要な話だから、きちんと聞くんだぞ。今から話すのは、『電車内の犯罪への対処法について』だ」
「つまり、痴漢とかですか」
「そうだ、ただこれは多分学校とかでも教わってて、だいぶ周知されていると思うからさっと流すぞ。
もし痴漢にあったら『きゃー!』とか何かしら叫ぶ、最近だと痴漢されたことを知らせるブザーアプリがあったりするから、それでまず周囲の方々、次に駅に駐在する警察に助けを求めるのだ。
……どこぞのドスケベ次女のように何もしないどころかその状況を愉しむのはダメだぞ(※第23話参照)」
「流石にそれはイレギュラー過ぎやしないスかね」
「へぇ、マジナねーさんって、初期の頃はそうしてたんですか。
最近はそういうことに出くわしたら、『SGL』ってドラゴン使って、触ってきたやつを片っ端から感電させてる。って、言ってたんですけど」
「な!? あの野郎、最近はそんな荒っぽいことしてるのか!?」
「あ、これもダメなんですか。俺もたまーに痴漢にあってるんで、それリスペクトで野郎の手を握り返して、思いきし電気流してやってました」
「……それは懲らしめるのに十分かもしれないが、できれば今後はもっとかっちりと解決するのだぞ」
それから、サバキはその他の雑多なマナーを説明して、
「では最後に、何か聞きたいことはあるか?」
「はいっス。サバ姐が電車に乗ってて、一番ヤバいと思ったマナー違反はなんスか?」
「やはり痴漢などの犯罪が一番だと思うが、それでは満足しないだろうから、ここでは一旦除外して……そうだな、『撮り鉄』だろうか」
撮り鉄――このワードは、電車に乗り慣れていない二人でも聞き覚えがあり、パッとイメージができる。
「あれですよね。やたらといい電車の写真を撮ろうと、周辺環境の木々や田んぼとかにイタズラして、近隣住民に迷惑をかける連中ですよね。Mutterでボロクソにバッシングされてたの見かけました」
「そうだ。ただ、自分が出くわしたのは、そこまで極端な輩ではなく、集団で寄って集り、脚立やカメラの三脚で、駅のホームを占拠していた輩だな。午後六時辺りの人が多い時間帯にな」
「……例えば、ああいう奴っスか?」
この時、三人が乗っている電車は、屋根が無い、比較的整備されていない閑散とした駅に停まった。
そこでワノは、ホームで三脚やその他機材を地面に堂々と置き、電車を撮影をしている男を指さす。
「ああ、まさしくあれだッ! 貴様ら、ここで一旦降りるぞ!」
義憤に駆られたサバキは、二人を連れて電車を降り、男へ怒鳴る。
「そこの貴様! 多くの方が使う公共の場で何しているんだ!」
男はサバキの剣幕に驚き、オロオロとして、
「え、あ、これ……撮影です」
「ただの撮影ではないだろうが! 貴様! 何ゆえ他様への害を度外視して撮影を望んでいるのだ!」
「す、すみません! すぐ、すぐ終わらせますんで!」
「いいや、至急撤退しろ! もう一秒たりとも迷惑をかけようとするな!」
「え、ええ! それだと困ります! でないと仕事がままならないので……!」
「仕事? はぁ、他人に無益な迷惑をかけながらする仕事がどこにあるというのだ!」
「ち、違います! 本当に仕事してるんです!」
男は自分の左腕を見て、ある失敗に気づく。
それから男は大急ぎで地面に置いたカバンから、鉄道会社関係者の腕章を取り出す。
この男はタチの悪い撮り鉄ではなく、鉄道会社の広報部に属する社員である。
彼は極力、普通の利用者の迷惑にならないようにこの閑散とした駅で、来月、各駅にて無料配布するパンフレットの写真を撮影していただけなのだ。
「昨今撮り鉄に対して騒がれている中、このようにろくな対策も講じず、誤解させてすみません」
「いえ、こちらこそ誤解した上、あんなに怒鳴り散らしてすみません」
事情がわかり、広報部の男とサバキは、電車が三車両過ぎ去るまで、互いに頭を下げた。
そして、お互い気が済み、サバキは二人とともに新しく来た電車に乗り込んで、
「つまり、今日自分が言いたかったのは……何事も『人の気持ちを考えて行動しよう』ということだ」
と、今日の失態を誤魔化そうとした。
「それ絶対、本来ここで教えたかったことじゃないですよね?」
「筋が通っているといえば、そうっスけどね」
【完】




