第133話 自重いらず! 妹魔王のワノくてイバしい餃子作り 〜Nimotsu Haseru Gozenmade〜
とある休みの日の朝。
「それじゃあ、いってきまーす」
午前中のみだが仕事があるチヨは、そういって出勤しようとする。
「待つのじゃー! 忘れ物しているのじゃー!」
と、そこへルシェヌが、失敗することも含めて号令の『いってきますのキス』を求めてドタドタ駆けてくる。
「あ、そうだ! ガチで忘れてた!」
迫りくるルシェヌの肩へチヨは手を突き出し、キスを防いだ後、
「ルシェヌ、今日家に『午前中』に荷物――ネットで注文したカラーボックス――が届くから、それを受け取ってくれない?」
「荷物を受け取るだけじゃな。お安い御用なのじゃ!」
こうして、ルシェヌに頼みごとをしたチヨは今度こそ玄関を出た。
「あ! こら待つのじゃ! キスがまだなのじゃー!」
それから、部活や遊びなどの理由で、満月姉妹たちは次々と外出する。
そしてルシェヌはリビングで、ポツーンと一人、ソファに座ることとなる。
「ピコリすらいなくなったのじゃ。これは暇じゃのう。ならば……」
暇潰しのためにチヨの仕事場にでも押しかけてやろう。
そう思ったルシェヌは二階の部屋へ行き、お出かけの支度をする。
支度が終わって部屋を出てきたところで、
「あれ、ルシェヌ。アンタ何するつもりっスか?」
まだ家にいたワノと、廊下でばったり出会う。
「お母さんに会いに行くのじゃ」
「お母さんに会いに……? アンタ正気スか?」
「正気なのじゃ。なんじゃ、お母さんに会いに行くのがそんなにダメかえ?」
「そんなにダメって感じじゃ無いスけど……てかルシェヌ、ここまで話してて心当たりないんスか?」
「ないのじゃ」
「嘘っスよね? 今朝、母さんが『午前中に荷物が来るから、それを受け取れ』って言われてなかったスか?」
「え、それで出かけじゃダメなのかえ!?」
「マジで嘘っスよね!? 当然スけど、外に出かけて、家に来る荷物受け取れるわけないっスよ!?」
ジャンルは違えどお互い全力で驚いた後、ルシェヌは至極不満そうに、
「それじゃあ今日の午前中は家で大人しくしていなきゃいけないのじゃな……がめつくて意地汚い吸血鬼と一緒にか」
「アンタが言うなっス。このワガマママザコン魔王」
「あと……わたしもいる……」
と、イバラは自分たちの部屋からひょっこり顔を出して言う。
「嫌なメンツしかおらんのう。こいつらと午前中過ごさなければいかんとはキツイのじゃ……」
「久々に再確認したっス、アンタやっぱクソ野郎っスね」
「あくたい……つきほうだい……」
ワノとイバラはシンクロして、ルシェヌに辟易した。
自分たちとしても、こんな悪口しか言わない妹と家にいたくない。
なのでどうせなら、自分たちも家から出ていきたいところ。
しかしそうすれば、多分ルシェヌのアホのことだから、つられてルシェヌまで外出するはず。
(となれば、ここは一つ商談を持ちかけてみようスかね……)
「なんだったらアタイが代わりに荷物受け取るんで、アンタは出かけてもOKっスよ?
ちなみにお金は取らないっス」
「わー、ありがとうなのじゃ……とでも言うと思ったかなのじゃ! 騙されんぞい! ワノ、貴様が代わりに荷物を受け取って、お母さんから褒め褒めされるつもりじゃろ!」
「なんでそんなとこだけしっかり頭回るんスか」
*
というわけでルシェヌ、ワノ、イバラの三人は荷物が来るまで家で待つことにする。
ただしワノは宿題が、イバラは夕飯の餃子作りがあるので、待つという感覚はあまりない(そもそも狭義的に待っているのはルシェヌただ一人だが)。
ワノが宿題をしている後ろで、ルシェヌはスマホを片手に、暇そうに寝っ転がっている。
「そもそも、午前中っていつなのじゃ?」
「普通に正午きっちりか、それより前のいつかじゃないスか? アタイはまだ宅配便使ったこと無いんでわかんないっスけど」
現在、九時を指す時計を見て、ルシェヌはぼやく。
「つまり今から三時間以内のどっかで来るということじゃな。もっさりとしてるのう」
ルシェヌはワノの背中を見て、あることを思い出す。
「なぁワノ、貴様色んな異世界のアイテム持ってるんじゃろ? そんなかに時間を進めるアイテムとかないかえ?」
「持ってないっス。そもそも、そういう世界の理に介入する系のアイテムは無闇に持ち歩くなって、上から言われて回収されるんス」
今度はワノの方から尋ね返してみる。
「そういうアンタはそれ系の魔法とか使えないんスか? 魔王といえばラスボス、ラスボスといえば時間操作ってイメージあるんスけど」
「えー、そうなのかえー。普通にどでかい魔法をダーンってぶちこんだ方が手っ取り早いと思うのじゃが」
「古典的な魔王っスね」
「えへへ、ありがとうなのじゃ」
「褒めてねえっスよ」
ここでイバラが一階からやってきた。
「ルシェヌ……りょうりてつだって……」
ルシェヌは音速で即答する。
「嫌じゃ」
「ルシェヌ……ひまじゃなかったの……」
「それとこれとは話は別なのじゃ。貴様料理の達人じゃろ、なら一貫して貴様がやればいいのじゃ」
「おかあさん……ルシェヌのりょうりたべて……よろこぶよ……」
ルシェヌは光速で起き上がり、
「わかったのじゃ! 是非喜んで手伝うのじゃ!」
イバラと一緒に一階へ降りていった。
「……とうとうイバラもルシェヌの扱い方をわかってきたみたいっスね」
イバラはダイニングテーブルに、『餃子のタネが詰まったボウル』、『餃子の皮』、『餃子を置く丸皿』、忘れちゃいけない『餃子の皮を閉じる用の水入り小皿』を一通り置く。
「はい……つくって……」
「はぁ、餃子包みかえ。アタシはもっと凝ったものを作ると思っていたのじゃがな。まぁ良いじゃろ、餃子作りの六割は『包み工程』が大事と言われているしの。これならアタシが作ったと胸を張って言えるのじゃ」
と、出典不明の謎情報で勝手に納得した後、ルシェヌは餃子の包み作業に取り掛かる。
「えーっと、餃子は確か……こうやって包むんじゃったか」
ルシェヌは餃子の皮に真ん中に、雑な量のタネを乗せる。
水を円の縁に一周させてつけ、そのまま皮を半分に折、まんまに半円型の餃子を一つ作った。
「まって……ちゃんとやって……」
「は! アタシは真剣に一個作ったのじゃ! どの辺に難癖つけてるのじゃ貴様!」
そう言い返されたイバラは、無言で餃子一つを包む。
そしてきっちり皮を折ってひだを作った餃子を、
「こうやって……」
手本として見せつける。
「えー。わざわざこうしなきゃいけないのかえー? こんなの無駄じゃろ。したところで味変わらんじゃろ」
「『ルシェヌはざつ』……っておかあさんかなしむ……」
「別にお母さんもアタシと同じで、餃子のヒラヒラなんていらないと思っていると思うんじゃがのう……」
そうブツブツ言いながら、ルシェヌは正しく、ひだがある餃子を作ろうとする。
余談だが、餃子のひだには見栄え以外の意味がある。
焼く際、中のタネが膨張して皮が開くのを、しっかりと固定することで防げるらしい。
「あーもう、イバラ、これでいいじゃろ!?」
ルシェヌは上から見るとY字に皮がくっついている餃子をイバラに見せつける。
「だめ……もっとおおく……ちいさくおって……」
「貴様は本当に薄情じゃな! アタシは魔王じゃぞ! 細かい作業など全くできんのじゃぞ! もう少し大目に見てくれないのかえ!」
「だめ……しっかりして……」
「嫌じゃ! もうやりたくないのじゃ!」
ルシェヌは椅子から立ち上がり、ダイニングテーブルから離れていく。
そしてイバラの暗殺者特有の巧みな体術で関節を決められ、あっさり身柄を拘束される。
「やれ……!」
「は、はいなのじゃ……」
あえなく餃子包みに戻されたルシェヌは、
「こんなことしても誰も幸せにならんのじゃ」
「味が変わらなければそれでいいのじゃ」
「お母さんもきっと同じこと考えてるのじゃ」
と、都合の良いことをグチグチ言っては、
「うるさい……やれ……」
イバラの一喝で黙らされる。
「もっとがんばって……」
ひだが足りなかったり、形が歪だったり、皮が破けていたり、そもそもタネが詰まってないなど、欠陥のある餃子を提出して、何度も何度も怒られた。
「ぐぬぬ……どうしてアタシはこんな目に合わなきゃいけないのじゃ……」
その最中、ルシェヌは天井を向いて、
「そしてワノ! 貴様ずるいのじゃ! 宿題という安全圏を使って餃子作りから逃れおって! 貴様も降りて手伝うのじゃ! そして自分の無力さを後悔するが良いのじゃ!」
「ワノおねえちゃんはいいから……ルシェヌががんばって……」
なお、ワノが餃子作りに降りてくることはなかった。
満月家の防音設計はそこそこ良いので、少なくとも二階・一階間の音漏れはないのだ。
「うへへ……尊いじょお……」
そもそも、ワノは既に宿題を終わらせて、ベッドでゴロゴロ&イヤホン装着状態で趣味に浸っていたのだが。
*
そしてついに、イバラとルシェヌは餃子を全て包み終えた。
「ありがとう……ルシェヌ……」
「もうやりたくないのじゃもう作りたくないのじゃ……餃子なんてもう見たくも食べたくもないのじゃ……」
そんな身も心も満身創痍なルシェヌへ
「じゃあ今日の夕飯何食べるんスか。米と醤油でやり過ごすつもりスか」
と、今さら降りてきたワノはツッコミを入れる。
「あと、多分餃子づくりに忙し過ぎで忘れていると思うスけど、荷物はまだ来てないんスか?」
「そういえばそんな話あったのじゃ。まだなのじゃ」
現在時刻は十一時。
「あと一時間じゃな。それまで今度はどうやって待とうかのう……そうだワノ!」
「あ、アタイは何もしないスからね。たった一時間くらい、一人でやりすごせっス」
「ぐぬぬ……せっかく貴様を腕相撲でズタボロにしようと思ったのに……」
その後、キッチンでイバラが昼食のパスタを作っている間、もう料理もしたくなければワノとも遊べないルシェヌは、深刻な表情をしてリビングで仰向けに寝ていた。
もはや周知の通り、ルシェヌは『細かい作業』と『時を待つこと』がとことん嫌いである。
なのでせっかくイバラとの餃子作りから解放された後でも、このように苦しんでいるのだ。
「大丈夫じゃ、まだ行けるのじゃルシェヌ。お母さんはきっとアタシが強いと信じて、この仕事を託してくれたのじゃ。だからアタシもお母さんを信じて、この仕事をやり切るのじゃ」
本当は『ただ思い出した瞬間、近くにいたから』なのだが、ルシェヌは謎の使命感を覚えて、残り一時間をリビングの床で、大の字で耐え抜こうと決めた。
「せめてソファで寝たほうがいいと思うっス」
そして一時間後――ジャスト正午。ついにインターホンが鳴った。
「来た、来た来た、来ーたーのーじゃーっ!」
ついに使命が果たされる瞬間が来た――ルシェヌは神速で起き上がり、玄関のドアを開けた。
「お忙しいところ失礼いたします。まず、粗品と、私がどういうものなのかをこちらで」
玄関の先にいた、とても配達員には見えないスーツ姿の男は、ティッシュボックスと、新聞社のロゴが書かれている名刺をルシェヌに渡す。
「ところでこの現代、情報をどれだけ知っているかが全てだと思いませ……」
「うるさーい! 人の心がわからんやつが知識人ぶって立ち振る舞うな、のじゃー!」
ルシェヌは怒りと後悔を込めてティッシュボックスを床に叩きつけて、新聞勧誘を追い払った。
その後、荷物は十二時十一分に届いた。
「午前中じゃなかったっスね……」
【完】




