第131話 100円ショップに行く以外の何物でもない・前編
夜の満月家にて。
夕食を食べ終えたチヨは、二階にある自分の部屋で、軽く残った仕事に取り組んでいた。
その最中、ネロアたち四人がいる部屋から、ガタガタと何かが崩れる音がする。
「……今度はどうしたのかな?」
何か一大事になっては困るので、チヨは即座にその部屋へ行って様子をうかがう。
「一体どうしたの?」
するとそこでは、机から落ちた教科書や文房具が床に散乱していた。
「見ての通り散らかったっス。トツカが歩くといつもこうなるんスよ。トツカ重いスから」
「ああ、そうなのね。トツカは身長と……大きいからね」
「母さん、変な納得しないでください」
この間、イバラは倒壊した教科書類をあたふたと机の上で復旧させようとする。
が、その量が量なので、またしても崩れ落ちた。
「皆さん大変そうですね……」
そういうネロアのマイデスクは、比較的整っていた。
四人の部屋の様子を隅々まで確認したチヨはみんなに聞く。
「……ねぇ、みんな。もっとカラーボックスは活用しないの?」
満月姉妹が使っているデスクは収納皆無の簡素なもの。
そのため、以前、コーリンら六人も似たように、私物の整理には四苦八苦していた(※第50話参照)。
その対処として、チヨは三段のカラーボックス二つを購入し、その一段を六人それぞれに与えて、収納を確保した。
ネロアたち四人も同様、二段のカラーボックスの枠を一人一つ与えられている。だが……
「ぜーんぜん足んないんスよ! こんなちまい箱一つじゃあぜーんぜん足んないんよ!」
ワノはカラーボックス内の、自分が与えられたインナーボックスを揺らす。すると、ゴトゴトと重たい音が鳴る。
ワノたちのカラーボックスの中は既に、学校・部活関係の物や、趣味で集めた雑貨などでギッチギチであった。
「えー、もうそんなになっちゃったの? そのボックス、結構入る方だと思ってたのに……
あと、これはワノに限っての話になるけど、あのコウモリは活用しないの?」
コウモリ――『チャネルバット』とは、口にブラックホールを作り出し、そこへ物を出し入れできる、ワノのおなじみの眷属である。
「しないっスよ。そういう普段使いのものはきちんとビジネスチックに、デスク周りに置いておきたいんス。
あと、印象悪いじゃないスか。チャネルバットになんでもかんでもぶちこむと、とりあえず押入れに物詰めてくガサツみたいで」
「なるほど、確かにそれは一理あるかも。なら一層、もっと片付け頑張って欲しいってとこなんだけどね。例えば……」
「僕、ですか?」
チヨにちらっと見られたネロアはキョトンとする。
そんなロスイのマイデスクは、比較的整っていた。
「あたし的にはネロアが一番汚くなるのかなーとか思っちゃってたけど、大真逆だったか……」
「ネロアの私物はだいたいゲーム関連のものっスからね」
満月家では、ゲームのコントローラーやソフトはテレビ台に収納されている。
なのでネロアが部屋で保管しておく私物はあまりない。
よって机の上もマイボックスも、他三人と比べたら片付けがしやすいのである。
「ねぇ母さん。もういっそカラーボックスは一人ひとつにして、収納をダーンと増やしてみませんスか?」
「俺も同感です。コーリンねーさんたちも、『そろそろワンボックスじゃキツい』みたいなこと言ってますし」
「おねがい……」
「なるほどね、とうとうあの六人も限界が来てたか。じゃあ前向きに検討するしかないよね……わかった。じゃあ後で家具を探しとく。けーど!?」
「「「「けーど?」」」」
「多分この調子だと、みんなまた散らかしちゃうと思うから……」
「しゅうのうじゅつを……まなぶの……?」
「それも必要かもしれないけど、口酸っぱく説教するのはあたしも好きじゃないから……
次の休みの日、百円ショップに整理グッズを買いにいかない?」
*
というわけで休日。チヨはネロア、ワノ、イバラ、トツカの四人を連れて、ショッピングモール内にある大型の百円ショップへ来た。
「これが百円ショップ……」
まさか本当に実在するとは……と、言いたげに目を輝かせるトツカへ、チヨは尋ねる。
「あれ? トツカは百円ショップに来るの初めてなの?」
「はい、住んでた田舎町にも、電車で一時間で行けるショッピングモールにもなかったので……いやぁすごいです。まさか全ての品に値札がないなんて」
「そう、なら今日はたくさん見て楽しんでね。
ところで、他のみんなは百円ショップって行ったことある?」
「わたしは……ない……」
イバラはそもそも、物心ついたころから異世界にいたので、あるわけがない。
「僕には軌跡がある。但し、頻度は微細ではあるが」
ネロアがいた異世界は、半分はここと似たような現代社会だったので、百円ショップは普通にあった。
なので彼女のさっきの台詞は『何回かは行ったことがあります』と訳せる。
そして最後にワノが答える。
「アタイは……あるにはあるっスけど、田舎のスーパーの端に併設されてる、個人経営みたいなとこしかないっス。
だからこういう大手の大型の店には行ったことないっス」
「へぇ、そうなんだ」
ここでトツカはあることを思い出す。
「あれ、待ってください。ワノねーさんって確か前、兵庫県出身って言ってましたよね? 兵庫県くらいなら百円ショップは普通にあるんじゃないですか?」
「だ、だからアタイが異世界飛ぶ前に住んでたのは、兵庫県の田舎のほうっスよ! だから百均はないんスよ!」
なお、ワノは元徳島県民である。
「なるほどなるほど。よし、じゃあみんなの百均に対する認知度がわかったところで、どうする? 百円ショップについて一応説明しておく?」
「いい……なまえでわかる……」
「噂には聞いてたんでわかります。色々な物を百円均一で売っているお店ですよね」
と、ずっと入口――モールのテナントであるため、明確にそれと決まってないが――の前辺りで話しているのもアレなのでと、チヨたち五人は店内へ入る。
今回の最大の目的は『デスク周りの整理』なので、まず文具・事務用品売り場に向かう。
特に四人が目をつけたのは、教科書類を立てておくのに丁度良さそうな、多数種類があるファイルスタンドの陳列棚だった。
「やっぱ久々に来るとテンション上がりますね!」
(ネロア、思ったよりも早く中二病ギアが切れてるね)
トツカは革風外装のファイルスタンドが気になり、それを手にとって、
「ん? この商品、三百円って書いてあるぞ……」
「最近の百円ショップは、そういう凝った商品だと、二百とか三百円とかの商品もあったりするの」
「そんなのが百円ショップにあっていいのですかね。いや、それでも質の割には安そうなので、意外と許せるかもしれませんね」
「母さん。ちなみに今更なんスけど、ここで買うものって『必要物ルール』に適応されるっスかね?」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
満月姉妹は毎月六千円のお小遣いを支給されている。
だが、それでは女子高生として、プライベートで着るような私服など、この世界で普通の暮らしをする上であったほうがいいが、買いづらいものが多い。
そこで、そういったもの買う際は、チヨが『本当に必要か』、『高すぎないか』といったことを考えた上で、肩代わりして買ってあげるというルールがある。
それが『必要物ルール』である。
「もちろん。言い出しっぺはあたしだし、百円ショップだからそこまで負担もないしね」
「わあい、やったっス! お母さん大好きっス!」
「はいはい。ワノ、すぐ調子乗らないで。いきなり媚売ろうとしないで」
この後、四人は自分たちで選んだファイルスタンドを、チヨのアドバイスで二個ずつカゴに入れる。
ネロアは黒無地のプラスチックのもの。
ワノは白っぽい半透明の、いかにも事務用品っぽいもの。
イバラは木目調のプリントがなされたもの。
トツカは気に入っていた革風外装のものだ。
(たかがファイルスタンドを選ぶだけでも、そこそこ性格が出てくるのね)
カゴの中に入った計八個のファイルスタンドを見て、チヨはそう感心した。
「じゃあ、百円ショップの十八番にいこっか」
続いて五人が向かったのは、百円ショップの十八番こと、プラスチック収納売り場である。
ネロアは恐らく皆さまもご存知、留め具と持ち手がついている透明プラケースを手にとって、
「これ懐かしいです。小さい頃これに携帯ゲームのソフトとか入れて持ち歩いてました。
せっかく懐かしくなったので、これも買ってくれませんか?」
それをチヨに見せつけて尋ねる。
「あんまりあれこれ言いたくはないけど、ネロア、こういう釣具とか入れそうなものじゃなくて、もうちょっとオシャレなものを見てから判断したら?」
今日、オシャレな収納に重宝されている『仕切り付き・重ね置き可能なケース』。
いくつでも連結可能な『小物入れ引き出しケース』。
見栄えを損ねないよう文字通り蓋をしておける『フタつき非透明ケース』。
などなど、デスク周りの整理がはかどりそうで、便利で魅力的な商品が多く並んだこのエリアで、
「これとこれを組み合わせれば、多分いい感じになるはずっス!」
「ほかのいろ……ほかのいろ……」
「くっそ、ますますあの田舎町が憎い。こんな安くて便利な商品が揃っている店が、ごく普通にあるなんて……!」
言い方が悪いが、たかがケースくらいでも満月姉妹は驚き、悩み、そして大いに興奮した。
「そうですか。わかりました。ならそれを承知の上で、この釣具入れみたいなケースを、自分の机にドンと置きたいです」
「はぁ。わかった、いいよ」
本能的に、とことん人より変わった道を行ってしまうネロアを除いて。
*
そして四人は、デスク周りの整理に使えそうなものをひとしきり買い物かごに詰め終えた。
トツカはチヨへ三十度くらいのお辞儀ををして、
「母さん、今日はこんなにも素晴らしいところへ連れてってくれてありがとうございます」
「どういたしましてトツカ」
(そこまで喜ばれても……)
と、戸惑いながらチヨはトツカにこう返した。
ワノはチヨへ四十五度、目上に謝罪をするとき並に長いお辞儀をして
「アタイも、こんだけのものを買ってくれてありがとうございまっス!」
「はいはい、どういたしましてワノ」
(結局お金かい)
と、軽くムッとしながら、チヨはワノにこう返してあげた。
「それじゃあ、行きましょうか」
買うべきものは全て買った。なのでチヨはいよいよ、このカゴを持ってレジへ行こうとする。
その時、イバラはチヨの正面に、一瞬かつ無音で回り込む。
「まって……」
「うわびっくりした……何その暗殺者みたいなステップ。で、どうしたの? イバラ?」
イバラは斜め上――今いるガラスケース地点から、だいぶ離れた位置に吊るされている、『調理器具』の売り場を示す看板を指さして、
「あれも……みてみたい……」
暗殺者であり料理人でもある、イバラは興味本位でお願いする。
これに続いてワノも挙手して、
「あ、アタイもせっかくなんで他のところ見てみたいっス」
さらにトツカも手を挙げて、
「すっかり帰るつもりだったところ、申し訳ないですが……俺からもお願いします。
ケースだけでなく、他にどれだけ魅力的な商品が百円で売っているのか知りたいので……」
するとチヨは、
(やはりそう来たか)
と、言う代わりに、ほんのりニンマリして、
「気になるよねー。百円ショップって色々あって楽しいもんね。
うん、いいよ。あたしも個人的にチェックしたいものがあるし」
ネロアたち四人に、買い物の続行を許可するのだった。
【書いてて面白くなってきたので、次回へ続けます】




