第130話 陰キャラトツカ君
始業式から数日後のある夜。
「……ただ……いま……」
薙刀袋を担いで、部活から帰ってきたトツカは、もはやまともに『ただいま』すら言えなくなるほど、疲労困憊してしまっていた。
先に帰っていたピコリは、『おかえりー』と返すや否や、トツカを心配する。
「どったのトツカ? さっきの挨拶、イバラ並に三点リーダー使ってたけど」
「……ピコリねーさん。アンタは比較的、噂を拾いやすいタイプの人間ですよね?
周りの奴らが俺に対してどう言ってたか、知らないんですか?」
「もちろん知ってるよ。同級生から三年の先輩、男女問わずモテまくってるよね? あ、やっぱこれがその疲れの元?」
「ご名答です……」
トツカは異世界にて古神【バアル】と共鳴を果たしたことにより、戦闘能力のおまけに並外れたルックスとスタイルを手にしてしまっている。
そのせいでトツカは街を出歩くたびに、高確率で芸能関係の何者からかスカウトされている。
どれくらい高確率かというと、『ハンバーガーショップでコーヒーを頼んだ時に「ミルクはお付けしますか?」と聞かれるくらい』の確率だ。
学校においてもその魅力は厄災を巻き起こしている。
昼休みのような長い休み時間では大抵屋上へ呼ばれて、告白希望者の行列を解決しなければならない。
たびたびツーショットをせがまれた後、それをトツカ一人だけが映るように加工された写真が、クラスのグループSNSにて、ギフトカード数千円で取引されている。
校内で比較的地味なイメージだった薙刀部が、注目対策でトツカが入部した途端、見学者が山のように増えた。
帰り際、『俺と一緒に帰ってください!』、『今夜私の家で焼き肉があるんです! 来てください!』と、あの手この手で一緒に帰りたがる人が殺到し、結果集団下校になる。
などなど、トツカは至る所で注目を集めてしまい、このように摩耗してしまったのだ。
「噂に聞いてたけど、そんぐらいなんだ……あれ、ちなみに男装バリアはもう試したの?」
男装バリア――名前の通り、出るとこ押さえつけて男装することで、野郎どもからの視線をシャットアウトするトツカの注目対策の代表例だ。
「もう試しましたよ。そしたら今度は女の子たちがキャーキャー黄色い声を上げて大挙してきました。
っつーより、校内だともう男装女装関係なくなって来てるんですよね。
みんな曰く、『どっちにしろトツカ様は美しい』って……」
トツカは適当な壁に前のめりになり、
「もう勘弁してくれよ……」
と、弱々しく言った。
トツカは異世界では友達ゼロ人、クラスメートの付き合い激薄の陰キャまっしぐらの女子。
そんな人が突然、校内トップクラスの美貌を手にしてしまったからには、このようにパンク寸前になっても仕方がないのである。
(まずい、このままじゃトツカが不登校になっちゃうかもしれない……)
なんとかしなきゃ。と、珍しく姉らしくトツカの諸問題をなんとかしてあげようと、ピコリは思考を巡らす。
そしてその果てに、ある話を参照して閃く。
「そうだ! 第104話のアレがあった!」
*
翌日。
トツカは『ほぼ』いつもどおりの女装コーデで登校した。
唯一違うところを一点あげるとすれば、
「トツカさん、あのテーマパーク好きなの?」
「え、ええ……そんな感じだ」
テーマパークで売られているキャラカチューシャを、場違いにつけていることだ。
「それを外でも付けるなんて、気合入ってますね! 流石ですトツカさん!」
「ど、ども……」
そして見ず知らずの同学年の女子はトツカから離れてくれる。トツカは校内を平然と歩いている。
その間、周りの百式高校生徒たちは、ざわつきはすれど、感情を爆発させてトツカに迫ることはなかった。
(ようし、効いてる効いてる! やっぱあの企画は失敗じゃなかった!)
テーマパーク外にもかかわらず、キャラカチューシャをつけている人は絡みにくい――ピコリはかつての企か……実験(※第104話参照)で得た成果を、今ここに持ち込んでみたのだ。
その試みはここでも無事、成功したということなのだ。
(やっぱり頭が締め付けられて痛いとか、恥ずかしいとかの不満はあるけど……仕方ない。ハリウッドスターみたいにキャーキャー囲まれなくていいのであれば……)
それからそれから、トツカはカチューシャの抜群の注目対策効果により、以前のように法外なくらい追っかけられることなく、この日を終えられた。
「やったねトツカ! これがあればもう普通の女子高生暮らしが出来るね!」
「こんなカチューシャつけてる時点で普通じゃあないと思いますけど……まぁ、多めに見ればそうかもしれないですね。とりあえず今日は喜んどきます」
*
ところが翌日。
「あれ……?」
「なんだこれは……?」
登校するなり、ピコリとトツカはびっくりした。
校内では、あのテーマパークのキャラカチューシャをつけた生徒が大量発生していた。
固まった状態のトツカへ、何人かの生徒が集まってくる。
「あ、トツカ様!」
「見てくださいこれ!」
「トツカ様の真似してつけてみました〜!」
それによりトツカ、この突然のムーブメントの元凶が自分であることに気づいた。
「うっわ〜、とうとう流行の旗手になってたか」
「というより、そもそもみんなは俺の真似してああしているってことは……」
昨日のカチューシャをつけていたトツカは、ただ周りから戸惑われただけであり、真の意味で接しがたいと思われていなかった。ということだ。
そしてトツカは今日も、
「トツカさん! 俺とお付き合いしてください!」
「ごめんなさい! あと後ろに並んでいる約二十人も以下同文です!」
いつもどおり、大量の告白を次々と瞬殺させていき、
「トツカ様、これもしよかったら食べてください」
「ごめんなさい。気持ちだけ受け取ります。もうお腹いっぱいなんで……」
いつもどおり、愛を込めた手作り弁当を何個も送られるはめになった。
*
さらに翌日。
トツカはド定番の男装コーデで登校した。
昨日、何十分にもかけてピコリと次なる対策を考えた。
しかし、前回(※第104話)の検証によりメイド服や金入りジャージなどの、並大抵の変装は通用しないとわかってしまっているため、思うように会議は進まなかった。
最終的に、
(もう着ぐるみ着させようかな? ピンク色のDJくまの着ぐるみとか……)
と、ピコリは苦しい案を絞り出した。
しかし、それはいくらなんでも『服装フリーダムめ』な百式高校においても許されないだろうと思い、ピコリ脳内会議で却下。
結果、トツカは今日、普段の格好で来ることになった。
そしてわかりきっていた通り、登校したてのトツカの元へ、何十人ものトツカクラスタがドタドタ迫りくる。
「ほんとごめん、トツカ。ウチがもっと頑張れなくて」
「いや、ピコリねーさんはもう十分頑張りましたよ。だから、今度は俺が正面切って頑張ります」
弊害が多くなるからやりたくはないが……と、トツカはつぶやいた後、拳を廊下の床につける。
「【純潔の世戒】」
トツカは拳をつけた箇所から半径四メートルにゾーンを展開。直後、そのゾーンにトツカクラスタが侵入し……立ち止まり、そしてトツカの周りから去った。
このゾーンの中にいる、性欲が昂ぶっている人間は、その煩悩を霧散させられる――それが【純潔の世戒】の効果だ。
「よし、利いたぞ……」
「や、やったねトツカ! けど、どうしてこれ、もっと早く使わなかったの?」
「これには二つの問題点があるからな……」
「あれ、俺はいったいここで何をしていたんだ……」
「こんなところで限られた時間を浪費するなんて、アタシが情けない……」
「宇宙はいつどこで何を思い生まれたのだろうか……」
などなど、トツカから離れていった彼女の追っかけたちは、やたらと聡明っぽいことをブツブツつぶやいていた。
あのゾーンの罰則対象になり、性欲を霧散させられると、数時間ほど過剰に沈着冷静になってしまうのだ。
そしてもう一つは――これはトツカが展開できる十の【世戒】全体としての問題点だが――【世戒】は一箇所にしか展開できないこと。
なのでトツカは、教室に向かうためには【純潔の世戒】の範囲である四メートル以上移動するたびに、地に拳をつけて張り直す、を繰り返さなければならないのだ。
その結果、
「どうしたんだろうね? 何だかトツカの周りの人が次々と賢者タイムに突入しちゃってるけど」
「それと、あのトツカの動きは何だ?」
四メートル進んでは屈むという田植えじみた謎動作を繰り返し、大勢の生徒を賢者もどきにしながら、トツカは教室を進んでいく。
(……いいぞ、非効率だがいいぞ。この調子なら穏便に教室へ行ける)
そしていよいよトツカは、自分のクラスである『1-E』教室を目前にする。
しかしここで、
「うわ、本物トツカだ! やば〜!」
「トツカっち、元気〜!?」
トツカはいかにも陽キャな女子生徒に見つかり、そして囲まれる。
同時に、陽キャ女子たちにより、しれっとトツカから引き剥がされたピコリは驚いて言う。
「な、なんで、この人たちにはゾーンが効いてないの!?」
純潔の世戒の効果は、『性欲を昂ぶらせているもの』にトリガーする。
この陽キャたちは、トツカとただ『友達になりたい』と思って接近しているので、トリガーしないのである。
「今までさぁ、結婚したいとかなんだとか言う人たちが山盛りにいたから話しかけられなかったんだよねー」
「けど今はスケジュール空いてるよね? んじゃアタシたちと色々しようよ?」
「え、あ、あの……俺……あの……俺忙し……」
「いいから遠慮しないでトツカっち! 高校生は楽しんだもん勝ちだからさ!」
こうして、トツカは陽キャたちに連行され、無茶苦茶喋らされた。
トツカは根が陰キャであるため、これはトツカファンに囲まれる以上に負荷と苦痛がかかった。
そして後になって、
「陽キャ怖ぁい……」
トツカは初めて会う陽キャのオーラの迫力に怖くて泣いた。
「……チカパシ?」
【完】




