第129話 GO STUDY 〜覇気に勝てないカレー〜
百式高校の1-Dの教室にて。
五時限目終了後の休み時間、イバラは次の授業の準備のため、前回使った国語の教科書をしまっていた。
そこに同じクラスのユノスが尋ねてくる。
「ねぇイバラ、今時間大丈夫?」
「だいじょうぶ……」
「ありがとう。じゃあ単刀直入に聞くよ。さっきの時間、何だか変なことがいっぱい起こったけど、これってイバラのせい?」
イバラはイマイチ心当たりがなく、逆にユノスに尋ねる。
「へんな……こと……?」
「そう、さっき変なことがいっぱいあったでしょ? 例えば、あの居眠りのときとか……」
*
さかのぼることだいたい四十分前。
担当の先生は、教科書に掲載された『自然がどうたら』といった具合の論文を、ゆったりと読み上げている。
イバラはそれを聞きながら、その箇所を黙読し、何がどう言いたいのかなどの内容を考える。
イバラは物心ついた時には、森のエルフとして異世界転生したので、学校に通っていない。
なのでイバラは、他のみんなに追いつこうと、しっかりと授業に取り組んでいるのである。そしてそれ故に……
「すー……すー……」
(あいつ、ねてる……)
……イバラは、授業をまともに受けない人が死ぬほど嫌いなのだ。
自分の授業に対する集中力を阻害するのもあるが、せっかく学校という素晴らしい環境を与えられているのにその恩恵を拒むような姿勢が理解しがたいのである。
なのでイバラは、自分の斜向いにいる、居眠り中の男子生徒の方へ、茨型アーティファクト【意志を残すイバラ】を、こっそり地を這うように伸ばす。
伸びた茨の先を男子生徒のポケットの中、スマホに侵入させて、ジリリリリ! と、オーソドックスな電話の通知音を爆音量で鳴らす。
これで男子生徒はハッと目覚めて、
「ハッ! もしもし!」
電話を取る素振りをした。
このアーティファクトの両端それぞれは、侵入させた機械、もしくは、人間以外の生物を操る能力を持つ。
なので誰からか電話がかかってきたということではない。
「……授業中に居眠りしてはいけないですし、授業中にはスマホをマナーモードにしてくださいね?」
この男子生徒はイバラによって、余分に恥をかかされた上で、目覚めさせられたのである。
(てんちゅうだ……)
*
「おもいだした……それわたし……」
「やっぱりね。あんな古臭い着信音、今どきの人は使わないもん。
確かに居眠りしてるのはよくないけど、起こされるのは少しかわいそうだったね」
「しかたない……じごうじとく……」
とにかくイバラは授業を真面目に受けない輩が大嫌いなのである。
「じゃあさ、この後に起こった喧嘩もイバラが仕掛けたの?」
「このあと……?」
*
さかのぼることだいたい三十分前。
「まじでウゼェよなあの生徒会長」
「五人横並びで廊下歩いてるだけで注意してくるもんな」
後ろの方の席にいるのをいいことに、ガラの悪い男子二人が、本人たちは小声と思っているだろうほぼ普通の大きさの声で話していた。
(うるさい……)
普段の関係もあり、別にサバキをかばいたいのは予め伝えておくとして……イバラはこの二人を心底腹立たしく思った。
自分たちは、栄えある未来を築いてもらおうと大勢の方々が準備してくれたお陰で、ここで勉強できている。
その親切と時間を無下にしてまで、自分を叱ったものに対して『愚痴』という無益な話をしていることに、イバラは義憤せざるを得なかった。
イバラは自然に先生の方をチラっと見る。
あの二人はどうやら風紀違反の常習犯らしく、先生は特に注意もせずに授業を続けていた。
(じゃあ、わたしが……)
なら自分が立ち上がるほかない――イバラは、自らあの二人に授業妨害の制裁を下すことを決断する。
先程のように、適当にスマホを鳴らして目立たせるのもいいかもしれない。
だが、あの二人は社会的規範の遵守意識が乏しい。
きっとそういうことをして、先生に目をつけられたとしても『あははは、さーせんさーせん』と笑い飛ばして済ませるだろう。
ならば今回の制裁の手段は、直接的に実害を感じやすいものにしよう。
と、イバラは思い、銃型アーティファクト【荒廃を広げるツバサ】を手に取り、殺傷性を極限まで抑えた銃弾を、机下より後ろへ射出する。
さすがは元暗殺者。銃弾は机の足などの障害物をすべて避け、騒がしい男子二人の片割れの、隣の奴に接している側の足へ命中する。
「いだっ! おいおいお前、何だよ急に蹴りやがってよー!」
「ははは、蹴ってないっつーの!」
と、片方の男子が笑って否定した後、イバラはそいつの足を撃つ。
「おいお前! 今やり返したな! 俺は蹴ってないって言ったそばからよ!」
嘘のやりかえしに憤る男子ではない方に、イバラは銃弾を与える。
「やり返してねーよいだっ! って言う前に先走って蹴んじゃねぇよテメェ!」
二人は元々場を弁えない性分であるので、授業中であることを完全無視し、架空の蹴り合いを巡って取っ組み合いを始める。
「こら二人とも! 授業中ですよ授業中!」
そして二人は国語の先生と、巡回中だった学年主任の先生に厳重注意され、帰宅させられた。
*
「おもいだした……それわたし……」
「二人退場になるくらいの騒動を忘れるってある意味すごいね。
けどやっぱり、ただ二人でガヤガヤ話していただけでそこまでするのは、色んな人に迷惑がかかるからよくないと思うよ」
「しかたない……じごうじとく……」
授業くらいの簡単なことをまともに受けられない奴に不平不満を言う権利はない。それがイバラの持論である。
「じゃあさ、この後起こったお弁当ひっくり返し事件もイバラのせい?」
「このあと……?」
*
さかのぼることだいたい二十分前。
(ごはん……)
イバラから右に三席離れた席で、大柄な体格からして、見るからに食い盛りな男子が、教科書を立てて、その裏でカレー弁当をはむはむ言いながら食べていた。
再三にわたって伝えている通り、今は授業中。授業の時間は授業を受ける以外にしていいことはない。
お腹が空いたのであればさっきの昼休みに済ませるべきだろう。
おまけにその食べる際のはむはむも耳障り。だからイバラは……
(じちょうしろ……)
恒例の制裁をすることを決め、机下で銃を手に取り、腹ペコ男子の方を向き、引き金を引か……ない。
イバラは考える。
もし自分が彼の立場になったとしたら、果たして我慢できるだろうか?
出来ないだろう。自分は人一倍食欲があるのだから。
彼はきっと、授業中には食事をしてはいけないことはわかっているのだろう。
しかしお腹が空いてはどうしようもない、自分の滾る食欲は決して留めることはできない。
だから、法を犯してまでもカレーを食べているのかもしれない。
ならば同じ大食漢として、彼を悪人と決めつけていいのだろうか? それはもちろん良くないだろう。
けれども、このまま彼を放っておいていいのだろうか? 曲がりなりにもルールを破っているのだから、それももちろん良くはないだろう。
なので彼女は銃を撃つか撃たまいか悩み、標的の男子をロックオンしたまま苦悶する。
ここでカレーを食べている男子が、左からただならぬ視線を感じ、ふとそちらを見る。
するとそこには、闇の組織から依頼を受け、今から政治的要人を暗殺するつもりのヒットマンのような、冷酷な目つきをしたイバラが……
「ひ、ひぃぃぃ!」
この覇気に男子は驚き、椅子からひっくり返る。同時に、机を蹴飛ばしてしまったことで、とどめに顔面からカレーを浴びてしまった。
「どうしたんですか急に驚いて……え、カレー!?」
*
「あの時、教室の片付けと、早弁ならぬ追い弁してたことでうやむやになってたけど、あの人が驚いたのってイバラのせいじゃないの?」
「それ、しらない……」
「そうなんだ。じゃああの人は運が悪かったんだね」
【完】




