第128話 ギガにしばられるな
始業式が始まってから数日後。とある昼休みより。
同じクラスのピコリとコーリンは、仲良くお昼ごはんを食べていた。
「おーい、アタイも一緒にいいっスか?」
そこへワノも、近くの空き机を寄せて合流する。
「まだウチら何も言ってないんだけど」
「細かいこと気にするな。おう、いいぞ」
「ありがとうございますっス!」
ワノは机の上にお弁当箱を広げて、早速話をきり出す。
「さて、お二人さんのどっちか、テザリングしてくれませんスか?
アタイのスマホ、だいぶギガ使っちゃったスから……」
ピコリはつかみかけたイカリングをお弁当箱に落として、頭を抱える。
「……ワノが急に来たから、絶対嫌なお願いしてくるだろーなーって返事渋ってたら、案の定これじゃん」
一方でコーリンは無事口に入れたイカリングを飲み込んで、首を傾げる。
「テザリング? イカリングの親戚か?」
「仮にそうだとしたら、テザはいったい何なんスか? じゃあピコ姐、いつものあれお願いしまっス」
「できればウチを中継しないで直で呼んでよ。
じゃあ、『ここで一つ解説を入れるとしよう』さん、お願いしまーす!」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
テザリングとは、モバイル通信が出来る機器を中継して、他の機器をネットに繋ぐことである。
昨今の用途を踏まえてめっちゃざっくばらんに言うと、十分にネットに繋げるスマホを、あたかもWi-Fiを発する機器のようにすることである。
なお、そのWi-Fiを使った場合、発した側のスマホが使えるギガが消耗される。
なので決して友達や身内などに『テザリングしてくれない?』と頼まれても、安易に引き受けるんじゃないよ。
「ってことだよ、コーリン姉さん」
「そうか。じゃあテザリングしないほうがいいな」
「そうそう、それでいいのコーリン姉さん。じゃあそういうことで、ウチらはテザリングしないから」
「チッ、あの解説野郎め、余計な警告をしやがって……」
と、ワノは俺に悪態をついた後、
「コホン、えー! そんな冷たいこと言わないで頼むっスよー! たった数日でギガがごっそり減って困ってるんスよー!」
二人に嘘涙混じりに懇願した。
「そんなこと言われてもさ、ウチらだってギガが惜しいんだよ。
他の人の家は『三十二ギガ』とか契約してるのに、ウチら格安スマホのたった『八ギガ』契約なんだから。
ワノ、悪いけど家でWi-Fiが使えるまで我慢して」
「そうだ。かわいそうだがそうしてくれ……てかよ、なんか意外だな」
金に関しては一円すらケチケチガチガチ管理してるワノが、高校生にとってお金と同じくらい重要な資源であるギガを浪費してしまう――そこにコーリン(とピコリ)は意外性を感じていた。
ワノは恥ずかしくも、浪費に至った訳を話す。
「だってウチ……スマホ持ったの初めてっスもの。
なんか『ギガっていう物を消費しまくると通信が遅くなる』って話はあちこちから聞いてたんス。
けど、何をどうすればどれだけギガ使うのかがわかんなかったっスから……」
「なあんだ、そういうありきたりな理由だったのか。じゃあ仕方ないかもな。結局テザリングはしないけど」
「わざわざ言わなくてももうわかってるっスよ」
自分の無知ゆえにギガを無駄使いしてしまったことを後悔しながら、ワノは弁当を食べる。
しかしその後悔がなかなか重いため、ワノの箸はあまり進まない。
「はぁ、辛いっスね。これからスマホを使う度にギガが底をつくのを気にしないといけないっスもの。
なーんか、お金と同じく節約する方法とかないんスかね」
そこへピコリが先輩風を吹かせる。
「ギガの節約方法? バリバリあるよ?」
「えっ、マジなんスかピコ姐!?」
「うん、マジナのこれ。教えてほしい?」
「ええ、ぜひぜひ教えて欲しいっス!」
ということでピコリはワノにスマホのギガの節約方法を教えてもらう。
ギガの節約方法は大体、『モバイル通信で大きいデータを見ないようにすること』に集約される。
アプリの自動アップデートを切るのはもちろんのこと。
画像、音楽、動画などもデータを大きく消費するため、モバイル通信下でそういうことは自制することが大切である。
「えっ? じゃあ外で漫画とか見たい時はどうすればいいんスか?」
「あらかじめスマホにダウンロードしとく。スマホに入れたデータを見る時は通信してないから、ギガが消費されないの。
ウチは月額料金約七百円のサブスク『WeScreen Premium』に加入してて、それの機能で聞きたい曲のMVをダウンロードして聴いてる」
「えー、毎月お小遣いの十二パーセントを費やしてまで節約してるんスかぁ? それはしんどくないスか?」
「これは別に節約目的じゃなくて、ただの好みでやってるんだけどね。こういう使い方もあるよー、って感じ。
とにかく、『データのやりとりがデカくなるサービスはあんま使わない』! これに限るよ!」
「そうスか……ちなみに、コー姐はそういう節約とかしてるんスか?」
「オレは特に節約してねーぞ。外だとゆっくり動画観る時間ねぇから、ほぼ連絡か本読むかのどっちかでしかスマホを使わないからな」
「へー、コー姐本読めるんスか?」
「おうとも。オレは歴史が好きなんでな。そういう解説系の本をよくネットで買って読んでるぜ。今だと戦国武将のしくじり一覧みたいな本を……」
「そっスか。意外っスね」
(……今、ワノ、しれっとコーリン姉さんをものすごく馬鹿にしてた気がするんだけど)
それからそれから、コーリンの饒舌な歴史語りを、ワノ(とピコリ)は聞き流しながらご飯を食べ進めた。
「……って感じだな。あ、オレら今なんの話してたんだ?」
「ワノが『どうやってスマホのギガを節約すればいいのか』って話」
「それだ! ま、とにかくギガを節約したければ、『データのやりとりがデカくなるサービスはあんま使わない』! これに限るぜ!」
「それウチがもう前に言ったんだけど……」
「ふぅん。そうなんスか。コー姐のお陰でスマホは『ノーペイ、ノーギガ』って倍わかったっス。じゃあこれからサブスクなりデータダウンロードなりして、気をつけてみるっス」
「ま、頑張れよワノ。ところでなんだが、お前はいったい何をしてギガを使っちまったんだ?」
「……え、それは……その……」
*
それから、ワノはまたイラストをネットで見まくらないようにした。
今日の帰りに投資用のプリペイドカードを買うまでは何としてでもギガ節約をすると誓っていた。
そして放課後。ワノはバスケ部の活動をしていた。
それが終わった直後のこと。
「満月さん……あ、これだと他に九人いるからややこしいから……ワノさん、君かなりスタミナあるよね。肌白めだから、インドア派で体力ない方なのかなーって思ってたけど」
「へへっ、お褒めいただきありがとうっス先輩! 人は見かけによらないって奴っスよ!」
(本当は見かけによってるんスけどね。アタイは吸血鬼だからスタミナ半端ないんスよ)
顧問が次の練習に入る前にと、十五分間の休憩時間を用意する。
他の大体の部員が自動販売機や購買部へ急ぐ中、ワノは体育館側の水飲み場で水分補給を済ませる。
「水分補給なんて水道で十分っス。仮にジュースとか飲みたいとしても、購買も自販機も『近くて便利』ってだけで数十円値上がりしてるんスから、行かないほうがいいっスのに」
と、いかにも守銭奴らしいぼやきをした後、ワノは体育館の、バスケ部が使用しているエリアの隅に座り込み、イラスト投稿サイトでこっそりBL作品を……
「おっと危ないじょぉ!」
ワノは電流を食らったように身震いしスマホを手放す。
イラスト投稿サイトは画像の宝庫。そんなもの見てしまえば最後、コーリンとピコリに相談する前の二の舞いになる――ギガを大量消費してしまう。
「もう何も見ちゃダメっス。あと十三分くらい我慢するっス……」
なのでワノはスマホをカバンに戻し、エリアの隅で瞑想をし、何も見ないようにする。
(何も考えるなっス……顧問の先生のジャッジが『トファ』とか『ダド』とか用語略しすぎて分かりづらいとか、あの先輩が素直に二点狙えばいいところで三点シュート狙ってドジりまくってるとか、あの先輩がやたらと海外バスケ選手の名前を出してあれこれアドバイスしてくるけどマジで誰が誰だかわかんないから、ただ『ああ、そっスね』しか言えなくて困ってるとか……考えないなんてできるわけないっスよーッ!)
しかしワノはここまで溜まった鬱憤と人間の三大欲求の一角に屈した。
残り十二分五十一秒、ワノはとことんBLイラストで精力を補給し、そしてギガを大量消耗してしまったのだった。
それから数十分後、大抵の部活が活動終了する頃。
「お、あれワノじゃね?」
「本当だ。ワノだ、けど、なんか……しおれてない?」
コーリンとピコリは帰宅中、同じく帰宅中のワノを見つけた。
声をかけたとき、彼女は、吸血鬼にしても顔面蒼白にも程がある有様だった。
「おーすワノ! 部活で疲れたのか?」
「……いや、疲れてはないっス。吸血鬼のタフネス舐めんなっス……けど、ギガをまた使っちゃったっス」
「え、そっち?」
この後ワノは二人に、BLなどの聞かれると都合が悪くなる部分を隠して、第二のギガ消耗事件の経緯を語った。
「そうなんだ……けど、それはいよいよ気にしすぎだと思うよ。」
「そうだ、もう使っちまったもんはしょうがないからさ。な」
「わかったっス。なぐさめてくれてありがとうっス、二人とも」
自分をいたわってくれた二人へ、ワノは多少は立ち直った状態で感謝した。
「んじゃ、一緒に帰ろうぜワノ。昼休みのときの話の続きもしたいしよ」
「えー、あれ系の話、似たような名前の人が大量に出てきて混乱するからちょいやなんだけどなぁ……」
「アタイ、途中コンビニとかも寄りたいんスけどいいっスかね?」
そしてワノはコーリンとピコリと一緒に、Wi-Fiがガンガン通っている家を目指して、仲良く家に帰る。
『家族』という使った分だけ減らない大切な財産と、これまで使った分だけ減ってしまった〇.五ギガのありがたみを噛み締めながら。
「……え、ちょいまって。何この上の地の文? ワノが累計無駄使いしたのって半ギガなの?」
「そうっス。たった数日で〇.五ギガ使っちゃったっス」
「それは、あんま使ってない方だと思うぞ……」
「うん、お昼に言った通り、ウチらは『八ギガ』契約だから、それはせいぜいプチ贅沢ぐらいだと思うよ」
「全体の約七パーセントっスよ!? これは無駄づかいじゃないんスか?」
「たった七パーセントだろ! ならそうでもねーよ!」
「しかも正確に計算したら六.二五パーセントだし! 変に切り上げちゃって深刻さ増さないでよ!」
この後、ワノとコーリン(とピコリ)は、帰宅までの道でずーっと、約七パーセントが重いか軽いかで泥沼の論争を繰り広げたという。
【完】




