第125話 TEN BUYERを感じろ。 ――ワノの荒稼ぎ・転売編③――
翌日。ワノはネックレスとインカムを身に着け、三回目のセミナーに臨んだ。
一回目の時点でふるいはかけられたのか、二回目と比較して参加者の減りはなかった。
また、全員、律儀に応募券を集めて、言われたとおりに画面に映すぐらいの盲信でもあった。
「Mutterでキャンペーン関連のを調べてたけど、案の定『コンビニやスーパーで何者かがパンとかお菓子をカゴいっぱいに詰めて買い占めてた』、『フードコートのゴミ箱覗いたらパンがギチギチに入ってた』、『おかげで限定カードが手に入りそうにない』って感じのつぶやきが多かったよ」
「情報提供ありがとうっス、ワノ姐。こいつらもこいつらで良くないっスね。
これからアタイらがすることを見聞きして、目覚めてくれればいいっスね」
三回目のセミナーは、またしても転売の正当化と自分の悲しい過去語りに費やされた。
それを聞いて見当違いに義憤したり、同情して泣いたりする参加者をうざったく思いながら、Massaruを凝視し続けた。
*
それから二時間後。
「それでは本日はここまでです! 明日からはいよいよツールを使っていきます! 参加自体は無料ですが、そちらをレンタルしておくと助かります!
あと、何度も言ってます通り、動画サイトのチェックもお願いします!
それではまた明日もお願いします!」
と、お決まりの挨拶を言って、Massaruはセミナーを閉会した。
「……あー、情弱どもの世話すんのしんどー」
そういった具合でMassaruは本心を漏らした直後、仕事用のパソコンデスクから、高品質なダイニングテーブルに移り、出前で注文したパフェを汚く食べる。
最中、彼のスマホから電話の着信音がなり、それに応対する。
内容は勤め先の上司からの、納品物の催促だ。
電話が終わるや否、Massaruは大きくため息をついて、
「あー、マジで仕事めんどくせー。この一六〇五室の家賃払うために籍おいてるけど、そろそろマジでやめよっかなこの仕事」
Massaruは続けてパフェを汚く食べながら、Mutterのダイレクトメッセージを確認する。
アホらしい。と、思いつつ、『今日分のセミナーは全て終わっているので、明日来てください』という旨のコピペ文を送る。
「さあて、あとは動画サイトの制作会社に適当に指示出して……そんで今日の仕事は終りだな。
最初は俺もあちこち店回ってプラモとかカードとか転売してたけど、やっぱ裏でこうコソコソ稼いでる方が安定してるし、気が楽でいいや。
特に金の動かし方も何もわかってない馬鹿どもを操っていると、簡単に儲かって助かるぜ」
それからMassaruはセミナー参加者から搾り取ったお金で、自分ひとりしかいない部屋で遊びまくり、ひどく散らかった高級ベッドで就寝して一日を締めた。
「……今のうちに、撮った動画をネットにアップロードするじゃけん」
翌日。Massaruは大量のダイレクトメッセージの通知音で目を覚ました。
内容はだいたい二パターンに分類される。
一つは、『動画を見たけど最低ですねあなた』といった、全く無縁な方から誹謗中傷。
もう一つは、『今まで話してたのは全部ウソだったのですか』といった、セミナー参加者からの悲痛な問いかけだった。
「は、なに急に変なこと言い出すんだコイツら……」
さらにMassaruは、会社の上司から、
『どおりで最近、まともに仕事をしないと思ったぞ。そういう稼ぎ方があるのなら、もうウチにいなくても大丈夫だよな?』
と、突然のクビを食らった。
「いきなり何があったんだ!? どうして俺の裏が急にバレてるんだ!?」
その答えは、自身の動画チャンネルにあった。
明らかに自分のパソコンのWebカメラから撮られた、昨日の一人言の動画が、自身のチャンネルに投稿されていたのだ。
しかも憎いことに、動画の概要欄には自分の本名・住所・電話番号・メールアドレスなどの個人情報が記載されていた。
「だ、誰がこんな嫌がらせを……!? くっそ! とにかく早く削除しないと!」
何故こんなものが投稿されたのか知らないが、Massaruは慌てて動画を削除した。
もっとも、すぐに他人に転載されてしまったので意味はなかったが。
それからMassaruは火消しに走った。
Mutterのアカウントに鍵をかけ、通知設定も変更し、鳴り止まないダイレクトメッセージの通知音を止めた。
本来いつもどおりセミナーをするはずだったタイミングで、『何者かがディープフェイクの動画を作って自分を貶めようとした』と釈明して、騙されたことにより憤る参加者をなだめようとした。
さらにMassaruは『自分のパソコンがハッキングされた』と警察に通報し、自分が自分のパソコンで盗撮された理由を調べようとした、が……
「特にそういった痕跡はございませんね」
「嘘つけ! そういう履歴とかもハッカーが消したんだろ! ハッカーが! 俺たち国民から奪った税金でぬくぬく暮らしてるからって雑に仕事するな警察ども!」
……警察の言う通り、彼のパソコンは違法アクセスもハッキングもされていない。
家に忍び込んだドラゴンたちに、普通に操作されたのである。
「お、とうとうトレンドにMassaruの名前が上がって来てるね」
「『今頃全国の転売ヤー、部屋の隅で震えてるだろうな』……このつぶやき面白いっスね!」
この炎上騒ぎをSNSから伺っているワノとマジナ――全ての元凶たちは驚喜していた。
まずワノが、装備すると、見た敵の情報を調べ上げるインカム『めぼしいスター発見くん』を使い、三回目のセミナーの際にMassaruの個人情報を調べ上げる。
次にマジナがこの情報を元に、八体の竜を彼の自宅に潜入させる。
そしてMassaruが気づかないうちに、八竜は彼のパソコンを普通に操作し、彼の都合の悪い言動を盗撮する。
最後に、Massaruが寝ている最中に動画を編集して、出来上がった火種を彼のアカウントで投稿し、八竜は退散した。
これがマジナとワノによる、詐欺師Massaruへの報復作戦の全貌である。
「くっそ! 誰なんだよこんな、こんな……人を貶めるようなことをした奴はぁぁぁ!?」
たった半日にして職と信頼を失い、かつ、呼び込んだ警察から『きな臭い部分があるから、一応君も調べておく』と言われ、絶望しきったMassaruは一人、散らかったマンションの一室で絶叫した。
しかし、Massaruは突然あることを思い出し、冷静さを取り戻しかける。
「……ま、まぁいいさ。こうなったら田舎の古民家借りて失踪して、一から新ビジネスで儲けてやろう。昨日、貧民どもに集めさせた、レアカードの応募券もあるしよ……」
と、その時、彼のスマホにインストールしてあったニュースアプリから、新規ニュースのプッシュ通知が届く。
そのニュースの見出しは『満月コーポレーション×マジモンカードゲームコラボ、大好評につき期間を大幅延長&当選者枠大増量』というものだった。
「『満月C広報部に取材したところ、もっと沢山の方に手を取ってもらいたいので、マジカ運営様と相談したところ、すぐ意見が揃ったので、突然ながらこうさせていただきました』
……余計なことするんじゃねぇよ! この大企業どもがああああ!」
流通量が多いカードは値段が安くなる。
ロスイは、自社キャンペーンカードを大量流通することで、転売するメリットを大幅に減らしたのである。
そしてMassaruは、延々と鳴り続ける電話を取らず、リビングのど真ん中で無気力に横たわった。
概要欄を見て来た嫌がらせだろう――連打し鳴らされるインターホンも、無視し続けた。
……それからMassaruは『転売がどれだけ悪いものか』ということを説明するための代表例になった。
莫大な金を得て、原因不明の事故により何もかも失った果てに、刑務所で本物の悪人たちにイジメられた末路まで、永久に語り継がれるのだった。
*
満月家にて。
「このネットニュース、貴様らが仕掛けたな?」
転売ヤー、情報流出により大炎上――という、彼女があまり見ないタイプの低俗なネットニュースをスマホに映して見せて、サバキはワノとマジナに尋ねた。
「何故にアタイらが元凶だとわかったんスか?」
「この前、貴様ら二人とピコリが転売ヤーに苛立ってたのを、盗み聞きしていたんだ」
「えー、あの世間話聞いてたの。サバキって本当に下品な耳してるよね」
「なんせマジナとワノという、満月家の悪のツートップの共謀だったからな。一応アンテナを張っておいたのだ。して、これの元凶は貴様らなのか?」
何となく、サバキはここで答えを濁しても、望む結果になるまで質問攻めしてくるだろう。
と、二人は悔しいがシンクロし、正直に、こんなことをするまでに至った経緯を話した。
するとサバキは、
「……どうせならそういうアンダーグラウンドなやり方ではなく、公的機関をうまく使って懲らしめて欲しかったという希望はあったが……お疲れ様、二人とも」
意外にも怒らなかった。
「あ、いいんスか? 今日は怒らないんスか?」
「ああ、『今回は』何の罪もない人から搾取しようとしたわけではないし、むしろ何の罪もない人を、結果的には救ったことになるからな」
「そうか……あーよかった。サバキのことだから、どれだけ粗探ししてでも私たちを詰問するかと思ったよ。けど、気持ち悪いなぁなんか」
「そうっスね……サバキに褒められると、なんかキモいっス」
怒られなかったことに喜んだのもつかの間、後々になってジワジワと、性に合わない善行をしてしまったことに、二人はモゾ痒くなった。
「ところでだが、自分も盗み聞きをした後から、転売ヤーとやらについて調べていたのだ。
なぁ二人とも、転売ヤーを撲滅するには、直接実力行使する以外にも、何が出来るかわかるか?」
「私は知らない……ワノはわかる?」
「まぁ『そもそも転売ヤーから買わなければいい』んスよね」
「そうだ。
どれだけ視野が広すぎて忙しい大企業だって、商品を欲しがっている我々のことは無視しない。努力して、いずれは誰もが欲しい時に買えるようにしてくれるはずだ。
物欲しさに焦って、転売ヤーから値上げされた商品を買えば、それこそ転売ヤーが利益を得てのさばる原因となるのだ。
より突き詰めたところにいけば、結局は『悪事に関わりを持たない』ということになるのだ」
「なるほどね。たまには良いこと言うねサバキ」
「そうっスね。なんかたまに学校に警察が来た時に流される、犯罪防止アニメのオチみたいでムカつくっスけど」
「……やっぱり、今日も叱っておこうか?」
「「いえいえ、結構です結構です」っス」
かくて、長きに渡るワノとマジナとロスイの転売ヤーとの戦いは、閉幕したのだった。
それから若干時を置いて、夕暮れ時、ワノはネロアと一緒に河川敷にいた。
「今回は怒られなくてよかったですね、ワノさん」
「それでも後味悪いっスけどね。サバキに褒められたし、あと、せっかくの秋休みを、最終日まで詐欺師の無駄話に使っちまったっスから」
「ですけど、最終日にいい経験が出来て良かったと思いますよ? 僕はまた家でゲームばっかりしてましたし」
「んー、悪いっス。アタイはそういうこと言いたいんじゃないんスよ。
アタイは、明日から多分『謎の転校生現る!』って感じで周りから騒がれて疲れると思うスから、それに備えて心身整えたかったって感じっス」
「そちらでしたか。でしたら大丈夫だと思いますよ。いざとなったら、コーリンさんたち学校生活の『先輩』が助けてくれますから」
「同学年なのに先輩ってキショいっスね。あと、今気づいたっスけど、そっちの方向性でもあれこれ言われそうっスね……『また姉妹が増えてる』って感じで」
「そうですね……けど、とにかく頑張りましょう! 最終的には慣れですので!」
「そうっスね。あれこれ御託並べてもしょうがないっスもんね!」
こうして、明日に昇るために今は沈んでいく夕日を背に、ワノはネロアと帰っていった。
「あと、いよいよ六千円のお小遣いとスマホが手に入るっスもんねー! ヒヒヒ、これがあれば何でも出来そうな気がするっス……」
「そうですね、あはは……」
【完】




