第123話 TEN BUYERを感じろ。 ――ワノの荒稼ぎ・転売編①――
秋休み中の満月家にて。
暇を持て余したワノはソファで横になっていた。
「あーお金欲しいっス」
「ワノ、ジャスト五分毎にそれ言うのやめてくれない? その体内時計はもっと社会のために役立てたほうがいいよ?」
「体内時計なんてどこで役に立つんスか。バラエティ番組の企画で試されるぐらいっスよ……」
どうせお昼前の主婦向け番組しかないこと承知で、ワノは暇つぶしにテレビをつける。
すると、以下のようなニュースが淡々と流れた。
『……大手アイドル事務所関連のライブのチケットを買い占め、ネットで販売する、いわゆる『転売』行為を行ったとして、チケット不正転売禁止法の疑いで都内在住の三十代女性が逮捕されました。取り調べに対し女性は「お金が欲しかった」と容疑を認めているとのことです』
ワノは首を傾げてつぶやく。
「『転売』ってなんスか?」
「え、ワノ知らないの!? 転売だよ転売?」
「知らないっス。『売』の字が入ってるからなんとなく商売系の言葉だとはわかるんスけど……」
「まぁ、よく考えたらワノが知らないのも無理ないかも。結構最近になって社会問題になってる言葉だし」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
転売とは、買ったものをさらに他人に売り渡す行為のことである。
今日においては特に、あからさまに不当な金銭利益のみを狙い、商品を買い(占め)、値段を釣り上げて販売することを指している。
また、この行為をする人への蔑称を『転売ヤー』という。
「あー、それっスか。それならアタイも転生前になんとなく聞き覚えがあるっス。
なんか日本の限定商品を、外国人の中のタチ悪い奴が買い占めていっちゃうってアレっスね。
今はそういうスラングで呼んでるんスねそれ」
「……それも未だにちょくちょくあるけど、今はあんまりそっちは言われないかなー。
今言われるのは、トレーディングカードとかプラモデルとか、ゲーム機とかの人気商品の転売なの」
「カードとかプラモとかゲーム? そんなのおもちゃ屋とか電気屋とかで山のように売られてるのに、転売したところで話題になるもんなんスか?」
「実際なってるんだよねーそれが」
ここ近年、SNSの普及により人気商品が何なのかわかりやすくなり、かつ、フリマサービスの普及とかで普通の人でも簡単に物を売れる時代となっている。
これらが結びついた結果、『人気商品を簡単に調べて簡単に売れる』土壌が出来た。
その結果、今日、転売ヤーが人気商品を一点集中して買い占めを行っている。
そして本来の顧客層は『店で』、『定価で』、商品を買えることが少なくなっているのである。
これについては製造側の諸事情により供給される商品が少なくなっている、というのも背景にあるが。
「つまり、今は人気商品を買うときには、素人が雑につけた高値で買わなきゃいけない。って認識であってるっスか?」
「うん、あってるあってる。飲み込み早いねワノ」
「あったりまえっスよ。アタイは何して異世界で生きてたと思ってるんスか」
ワノは異世界『デーシルマルネ』で紆余曲折あって始めたスーパー業で成功した経験を持つ。
なので商業に関する話については少なくとも満月姉妹随一の博識なのだ。
「アタイはカードとかプラモとかゲームとかにはあんま興味ないっスから、他人事になって申し訳ないっスけど……それは大変っスねー」
「本当、転売ヤーどものせいで大変なんだよ」
と、『転売』という話題に惹かれてやってきた、マジナは言う。
「マジナ姉さんは当事者だよね。『マジモンカードゲーム』やってるからね」
「そうだよ。本当に大変だからね、今の『マジカ』事情は。
パック欲しさに大抵のお店にいっても『次の入荷未定』ってのが当たり前だし、比較的パイプの太そうなお店に行っても、購入制限がついてたりしてて、ストレスになるんだよねぇ。
実体験なんだけど、私がなんとなくパックを『一ボックス(何十パックセット)』で買おうとしたら、店員さんが『ちなみにどのカードを当てたいですか?』って探りを入れてきたんだよ。
本当に『なんとなく』だったから、欲しいカードが具体的に無くて……その時はとっさに『〇〇が△△デッキに合うんで、それが欲しいです』って言って、『そうですか、当たると良いですね』って難を逃れたことがあるんだよ」
「なるほど。マジ姐、ご苦労様っス。うーん、今の話を聞く限りだと、売ってる側も黙って転売ヤーにむしり取られてるわけじゃないんスね」
ワノの言う通り、いくつかの店では転売ヤー対策が行われつつある。
代表的な例は、一人あたりの購入数の制限、店の会員カードの提示、袋や箱を壊してフリマアプリで出店しづらくする、それとマジナが遭遇した『商品に対する知識をチェックし、本来の用途で欲しがっているか確認する』などがある。
しかし、現状も転売ヤーは根絶される兆しはない、何故なら転売ヤーもイタチゴッコ的に対策をかいくぐる方法を編み出していることと、
「あと、転売ヤーって刑に処されたりとかしないんスか? さっきのニュースとかみたいにバンバン取り締まっていけなくないんスかね?」
「二重の意味で悔しいけど……サバキにこのこと愚痴ったら、『摘発は厳しいやもしれん』っていわれた」
さっきのニュースの通り、チケットを転売した者には、チケットに関する法律が適用される場合がある。
しかし今現在、転売ヤー全体をピンポイントで取り締まる法律は存在しない。
遊ぶなどの本来の用途で使わず、端から売る目的で購入した。というところを突き詰めると、『詐欺罪』が適用可能とも言われる。
しかし、極端な例としては『本来は遊ぶつもりだったが、やっぱりいらなくなったので売ることにした』と言ってしまえば、簡単に証拠不十分となるため、理論上の話にとどまってしまう。
また、一応探せば『転売ヤーの処罰事例』が出てこなくもないが、それは主に『税の申告漏れ』や『薬などの本来は売ってはいけない商品の転売』など。
よって、やはり広義での転売ヤーを取り締まる法律は、現状として存在しないといっても構わないのかもしれない。
「全く、私はこの話題が来ると本当に胸糞悪くなるよ」
マジナは苛立ちつつ、自分のスマホにつぶやきSNS『Mutter』の画面を見せて、二人に見せる。
『今日もいっぱいブランド品を買っちゃった! けど物販業でいっぱい稼いでるからへっちゃら! だから明日もお買いものしちゃおっと!』
やたらと盛った雰囲気の女性をアイコンにしているアカウントが、山のように積まれたブランドロゴ入り紙袋を撮った写真を、上記の文を添えて投稿していた。
「マジ姐、ここでいう物販業って、普通の商売じゃなくて、タチの悪い転売ってことスか?」
「確証無いけどきっとそれであってるよワノ。だってだいたい、SNSでキラキラしてる金持ちはきちんと生業をプロフィールに書くんだけど……」
マジナは盛りまくり女のアイコンを潰すようにタップし、このアカウントのプロフィールへ飛ぶ。
「物販業で夢のタワマン生活をしてみませんか? 詳しくはこちら……あとはURL……どうあがいても胡散臭さが拭えないっスね」
マジナはこのアカウントを通報しながら、
「ほら、頑なに物販業としか言わないもの。全く、最低だよこんな奴。ただつつましく趣味に励んでいる連中から余計な金をむしりとって自分はのうのうと暮らすなんてさ」
立て続けにピコリも気炎を吐く、
「しかもどれだけ文句いっても罪に問われないんでしょ!? ほんっとどうしよもない話だよねこれ!?」
「そうっスねそうっスね! 罪に問われることなく楽して稼げるなんて……これは興味深いっスね!」
「……え?」
興味深い稼ぎ方――この七文字がワノの顔と同時に浮かんだ瞬間、ピコリは果てしなく嫌な予感がした。
*
数時間後。
「という具合で、転売は今のところリスク無しで稼げるとして話題になっているらしいんス」
満月コーポレーション・社長室にて。ワノはチヨに向けて手書きの資料を用い、プレゼンを行っていた。
「ふぅん、なるほどね。それでアタシはこの後どうすればいいのかしら?」
「それはもちろん! 転売に関する資金をどうか捻出していただきたいという……」
その時チヨが、この社長室へ飛び込んできた。またワノが例のやつをやろうとしたことを懸念しての迅速な行動であった。
「わー! させるかー! 何やってるのよワノー!」
「え、アタイが転売でお小遣いを稼ぎたいから、その前資金をロスイ社長から拝借しようかと……」
このワノの事情説明に、チヨはますます怒り出す。
「だったらなおさらさせられないよ! 転売ってあれじゃん、メチャクチャ社会にご迷惑おかけしちゃってるアレじゃん! ロスイさんからお金借りてそんなことするのは流石に駄目だって。早く帰りなさいよ」
するとワノはあからさまに『えーっ』と不服そうに言う。
さらに、
「ほんと母さんってロスイさん絡みの話になると冷静さを失うよね。ま、根は私たちのことを考えてくれてるってことだから、私は許せちゃうけどね」
マジナは部屋の隅にある来客用ソファに座り、二人の様子を見ながら、社長室に設置されたコーヒーマシンから淹れたコーヒーを楽しむ。
「あとマジナも社長室で一服しないでよ! さ、早く二人とも帰ろうよ!」
「ちょっと待ってよチヨさん」
親会社社長のロスイのため、チヨは一瞬で礼節を立て直して、
「はい、どうしましたかロスイさん?」
「悪いんだけど……今回はチヨさんが帰ってくれないかな?」
「え……あ、あたしが……帰宅ですか?」
「いやいや、流石に『ベーカリーカフェ・ミツキ』のオフィスによ。あたし、ワノちゃんに面と向かって色々と話しておきたいことがあるからさ」
「そうですか。わかりました……でしたらキッチリとお灸を据えてくださいね」
とは言いつつも、チヨは、
(けどやっぱり人を意地悪く試すのが大好きなロスイさんのことだから、まーた話が変な方向に進むんだろうなぁ……)
と、不安になりながら社長室から出ていった。
「……ねぇワノちゃん。やっぱり今回は本当のことを話したほうが、印象良かったんじゃない?」
「いいえ、これでいいんスよ。もし宣言した後に失敗したら恥ずかしいっスし、こういうことはアタイのキャラに合わないっスから」
「なるほどね……じゃあ、話を戻すけど、アタシはこの後何をすればいいのかしら?」
これは紙の資料では説明しにくいので、ワノは今回の悪巧みのバディとなるマジナを呼ぶ。
マジナはロスイへ自分のスマホを見せる。
そこには、つい数時間前にワノがみた、胡散臭い小金持ちのSNSアカウントが映されている。
「そのSNSのアカウントのプロフィール欄にあるURL、これは『転売初心者が成功するための有料セミナー』へ参加応募するためのURLっス。
アタイはこれに参加したくて、社長におねだりしてんっス。
転売とかいう商売ごっこで成金ぶってる馬鹿どもに、一石を投じたいんスよ――商売人としてね。
あ、今更すぎるっスけど、こんな話、すんなり一蹴しちゃって大丈夫っスよ。
自分から言っておいてなんスけど、平たく言ってしまえば、プライドがなんだのとかいう幼い喧嘩を始めようとしているって自覚はあるっスから」
「いいえ、むしろ喜んで協力してあげるわ。マジナちゃん、これをワノちゃんにも渡してくれる」
マジナはロスイから渡されたチラシをワノに渡す。
満月コーポレーション関係の食品を買って当たり券を集めると、マジモンカードゲームの限定カードが貰えるという、近日行われるキャンペーンの宣伝チラシだ。
「他社さんが似たようなカードのキャンペーンをしてて、その引換用のアイスの当たり棒を偽造して限定カードを騙し取られそうになったって話があったの。
言うまでもなく、限定カードを転売する目的だったらしいわ。
つまり、今からアタシはワノちゃんに、転売についての調査を任せたいのよ」
「ははー、そうスか。つまり今回アタイの無茶に協力したのは、そういうリサーチのためなんスね」
「いや、それもあるけど、それだけじゃないわ……アタシもね、いらついてるのよ。そういう社会や商業を舐め腐った連中が、無関係な人に迷惑かけて贅沢しているのが悔しくてね」
「ははは、流石はロスイ社長! やっぱり貴方は素晴らしいお方っスね!」
こうして、ロスイのポケットマネーという後ろ盾を得たワノによる、転売ヤーとの戦いが始まった。
【続く】




