第122話 トツカさんは無趣味
とある秋休みの夕方頃。トツカはソファで横になり、ボーっとしていた。
彼女はとにかく暇なのである。
そんなトツカへ、コーリンが声をかけてくる。
「おーっすトツカ。今何してるんだ?」
「見ての通り暇してますとも」
「暇してるのか。お前、宿題は……そっか、ないのか。じゃあのびのび好きなことしたらいいんじゃないか?」
「……好きなこと、ですか……」
それからトツカは、かろうじて困った顔を覆い隠そうとしているのが見え見えの、作り真顔になる。
「トツカ、まさかお前……趣味とかないのか?」
「……ないです」
「一応聞いておくが、その『ないです』って、今入学前だから、お金やスマホとかが無いから出来ないって意味でも『ないです』なのか?」
「……はい」
「テレビとかゲームとか、読書とか運動とか、そういうのもないのか?」
「……はい」
「じゃあ、話が大分デカくなるが、小さい頃から好きだったものとかないのか?」
「……はい。これといって好きなものはないです」
これらの一連の受け答えを経て、コーリンは、
「はぁー……!?」
と、トツカの意外な一面に驚き唸る。
「なるほど、珍しい奴だなお前……そんなにタッパとチチデカいくせに」
「珍しいのは受け入れますけど、身長と巨乳は今関係ないですよね。しかもこれはつい最近後付けされたものですし」
小さい頃から趣味がない――そんな可愛そうなトツカへ、コーリンはパッと脱衣し、上半身をスポーツブラのみの半裸となって、こう提案をしてみる。
「じゃあオレが趣味を紹介してやるよ。とりあえず早速、一回服脱いでくれよ」
「嫌です。さっきのタッパとチチの台詞も相まって、この後何をするかわかってますんで」
「ちぇっ、ノリの悪いやつ。じゃあ、次はやっぱこれかな」
コーリンはスポーツブラをめくり……
「前も次も同じじゃないですか」
「冗談だよ冗談」
服を着直してリモコンを手に取る。
「この世界にはな、『騎人バスター』っていう無茶苦茶面白いドラマがあってな。
今からお前には、それの録画したやつを観てもらうぜ」
「はぁ、そうですか」
トツカは『本当に面白いのか?』と、あまり乗り気ではない状態で、電源がついたばかりのテレビを見る。
「ちょっと待ってろー。このテレビ若干録画リスト開くまでに時間がかかるからよ……」
「こちらこそ、ちょっと待ってくれますか。今ついてるアニメを見たいんで……」
トツカはテレビを起動した直後に映っていたアニメに、何となく興味を持つ。
「ああそうか。じゃあ『もういいや』ってなったら言ってくれよ」
というわけでコーリンはトツカの隣でスマホをいじり、トツカはこのアニメ――主に若年層女子をターゲットにしたアイドルアニメ『ハピバズっ!』を観る。
それから約三十分後。
「あ、結局全部観たのか。そんじゃあ今度は『騎人バスター』を……を?」
この時、トツカはまるで数多の賞を得た映画や、応援していたスポーツ選手が優勝した瞬間を見たときのように、色めきだっていた。
「このアニメ、メチャクチャ面白すぎるよぉ……」
いきいきとした美少女たち。
チームメイトとの絆。
立ちはだかる自分内外の壁。
そして興奮と熱狂とキラキラに満ちたライブ。
言い方を非常に悪くしてしまうと、『ハピバズっ!』はアイドルアニメの鉄板を押さえた程度で止まっているアニメであった。
けれども、今までまともに趣味を持てず、ドラマやアニメのような娯楽にもあまり触れたことがないトツカにとって、この『ハピバズっ!』はあまりにも衝撃的で、感動的であった。
「くっそ……なんでこんなアニメをもっと早く見つけられなかったんだよ俺……! 気づけてれば絶対録画して何回でもみたってのに!」
「そうか、それはよかったなぁ!」
トツカは烈火の如く怒って、コーリンの胸ぐらを掴む。
「煽ってるんですかコーリンねーさん!?」
コーリンはしれっとトツカの胸に手を当てつつ、
「違う違う、ようやく趣味を見つけられたことに対してオレは『よかったなぁ』っていったんだよ」
こうして、トツカは齢十五にして、ようやく『ハピバズっ!』という趣味を得た。
「ああそういうことですか……でしたらーさーせん……いや、しれっと揉むな!」
「へぶっ!」
*
それからというもの、トツカは、
「ピコリねーさん。えっとその……スマホ……貸してくれませんか?」
「あ、また? ……うん、いいけどヤバいサイトとか見たり、胡散臭い小金持ちと連絡したりしないでね」
「わかってますとも。あとピコリねーさん、俺にスマホを貸してるってことは絶対に言わないでくださいね」
ピコリなどからスマホを借りて、『ハピバズっ!』の無料公開中の話を観たりして、どんどんどんどん『ハピバズっ!』の沼に沈んでいった。
そして数日後、トツカは、
(どうしよう、俺……)
スーパーのお菓子売り場の棚の縁側で硬直していた。
ユノスから買い物を頼まれたトツカは、お菓子売り場にある、『ハピバズっ!』のミニフィギュアがランダム九種で封入された食玩を、ついでに買おうとしていた。
しかしトツカは今、その勇気が出てこず、その場で硬直していた。
「おいトツカ殿。聞こえてるかトツカ殿」
(あのアニメ、どちらかというと子供向けだからな……俺が買ったらよくないよな……)
「トツカ! 返事しろトツカ!」
「はい、何でしょうか!?」
トツカが振り向くと、さっきから声をかけ続けていたサバキと、コーリンがいた。
「な、何でサバキねーさんとコーリンねーさんがここにいるんですか?」
「ユノス殿から追加注文があったので、それを口頭で伝えに来たのだ。貴様はまだスマホを持っていないから、こうせざるを得なかったのだ」
「ちなみにオレは何となくで来た」
「ああ、そういうことでしたらすぐ行きます……では追加の品を教えていただけませんか?」
「その前に聞きたいことがある。
貴様、どうしてこんな所で棒立ちして、お菓子売り場一面を凝視していたのだ」
「お前を見かけた時、俺たちまぁまぁ焦ったからな。まさかトツカが万引きでも目論んでるんじゃないかって」
「万引きなんてするわけないですよ。あちらこちらで『普通に犯罪だし、そもそも無益』って言われてることなんて。
俺はただ、自分用のお菓子を買おうと思ってただけです。釣り銭はちょっとだけなら使ってもいいって言われてたんで」
「だったら棚の縁ではなく、棚の前で棒立ちしてくれトツカ殿。紛らわしいから」
「しっかし、トツカがお菓子買うのに迷うなんておかしいな。お前はお菓子は麦チョコ以外食わないと思ってたのに」
「それよりは頻度は少ないですけど、『ひねり揚げ』とかも食べますよ、コーリンねーさん」
徐々に徐々に話が脱線しつつあることに、サバキは苛立って、
「おいトツカ殿。未だに『何故お菓子売り場一面を凝視していたのか』の説明が無いんだが……」
「ああ、ごめんなさい……えっとですね……俺がお菓子売り場を凝視していたのは……三番目に好きなお菓子は『芋けんぴ』でして」
「昼夜堂々と要点をすり替えるな。自分とて暇じゃないんだから」
これ以上のごまかしはできない。そう悟ったトツカは、ギリギリまで言葉を選んで、硬直の理由を話す。
「……あそこにある、『ハピバズっ!』のお菓子が欲しいんですけど……それが恥ずかしくて……」
「……恥ずかしい? トツカ殿、買って恥ずかしいお菓子なのかそれは?」
トツカは踵を返して、顔を赤くしてオススメ品のポテトチップスを見つめて、
「ええ、恥ずかしいですよ……だってあれ、子供向けのアニメのお菓子なんですから……」
これを聞いて、コーリンとサバキはクスッと笑う。
「トツカ殿、貴様、そんな繊細な面があったのか……それは気にし過ぎだぞ」
「そうだトツカ。別にオレたち高校生が子供向けのお菓子を買ったところで誰もどうとも思わねぇよ。実際オレも『騎人バスター』のお菓子買ったことあるけど、特になんともなかったぞ?
なんなら元々の買い物ともども、オレらが代わって買ってやろうか」
と、二人は勇気の出ないトツカを励ます。が、トツカは散らかり気味のポテトチップスの棚を謎に整理しながら、ゴニョゴニョと言う。
「いえ結構です。みんなをパシらせるような感じがして胸糞悪いんで。
あと、『騎人バスター』結構大人向けの作品とかもありますから。
一方で『ハピバズっ!』は基本子ども向けで、一応大きい男子どもをターゲットにしてるらしいんで、俺みたいな身長も乳もデカい女がそんな物買ったら、露骨に目立ちますし……」
「トツカ殿、貴様いつからそんな他人の目線が気になりがちな性格になったのだ」
「わりと昔かららしいぞ。ワノいわく『陰キャ』ってなんだと」
トツカはポテトチップスの整理を終えたあと、落ち着きを取り戻して二人の方を向き直し、
「……すみません。面倒くさいところ見せてしまって。買い物の続きをしましょうか」
「そうかトツカ殿。じゃあ今からミックスベジタブルを取りにいこうか」
これにてトツカはお菓子売り場を離れて、買い物の続きを始めようとする。
その時、トツカは名残惜しそうにお菓子売り場を見ていた。
この様子を見てコーリンは、トツカへ問いかける。
「諦めちまうのか、お前?」
トツカは慌てて目線を正面に戻して、
「……別に諦めてはないですよ。ただ、お菓子一つ買わなかっただけじゃないですか」
「せっかく十五年経ってようやく出来た趣味だっていうのに、ちょっと胸張れば買えるグッズを買わなくていいのか?」
このコーリンの言葉に、トツカは思い出す。
前いた異世界にて、自分を建前上は男手一つで育てていることになっている父親に代わって、家事全般をやらされた記憶。
僅かな余暇時間も父親の趣味である兵器模型作りを手伝わされた記憶。
それによって自分が思うように過ごせる時間がなかった記憶――というより束縛。
トツカは、激しく自分が情けなくなった。
せっかくやっと自由に成れたのに、周りの顔色を必要以上に伺う必要がなくなったのに、勝手に壁を作ってその権利を放棄しようとした故に。
「今、恥ずかしくなったかお前?」
そして覚悟を決め終えたときにはもう、トツカは『ハピバズっ!』の食玩をカゴに入れていた。
「全然。何ともありませんよ」
トツカにとって、この後の買うものの収集から、レジを通過するまでの一連の流れも、全て恥ずかしくもなんともなかった。
この世界では、外見にとらわれず、ちゃんと自分の信念に全力を尽くす。その内心で確固たる覚悟があったからだ。
「ありがとうございます……コーリンねーさん。あんなしょうもないことに気づかせてくれて」
「礼なんかいらねえよ。いずれはちゃんとするところだったのを、意地悪く急かしただけなんだから」
と、コーリンとトツカは買った品物をマイバッグにつめ直しながら言葉を交わした。
「……身も蓋もないことを言うと、そこそこゆっくり買い物しただけだったな。この二人」
それから三人は買い物の詰め直しを淡々と進めた。
その終り頃、トツカは最後の品物――『ハピバズっ!』の食玩を詰める前に、二人へ尋ねる。
「二人とも、これこそ子供っぽいかもしれないですけど……これ今ここで開けてもいいですか?」
「構わんぞ。もうレジ通したのだから」
「そんなに楽しみだったら、オレはむしろ聞かずに開けてくれたほうが嬉しかったなぁ」
「わっかりました! ではいきます!」
というわけでトツカは胸躍らせて、食玩の箱を開封し、中からミニサイズのフィギュアを取り出す。
「うおっ! 地原シラハの姉貴だ……ああ……」
「地原シラハって誰だよ」
「そんな野暮なツッコミするなコーリン殿。それよりももっとツッコむところあるだろ。
……どうしたトツカ殿? 『うおっ!』っと喜んで間もなく、『ああ……』と急にトーンダウンして」
「……すみません、コーリンねーさん、サバキねーさん。もう一回買い物に付き合ってくれませんか」
「なんだ、また子供向けのお菓子を買うのが恥ずかしくなったのか?」
「いえ、流石に違います。
今、『地原シラハ』姉貴を引き当てたことで、『海藤サザナ』と『天宮ミハル』もゲットして、ユニット『ラージトライ』を揃えたくなったんです。
けど、今レジ通ったばかりの人がまたレジ通るのが恥ずかしくて……」
「おいおい、これは……オレもちょっとためらうかもしんねぇ」
「それはわかるぞ。自分が店員だったら『効率よく買い物しろ』と思ってしまうだろうからな……」
【完】




