第121話 Can't Be Talker 〜お約束のイチゴオレ〜
秋休みのある日の朝頃。
「それじゃあお仕事行ってくるね、みんな〜」
と、チヨはいつもどおり、一声挨拶をして、玄関のドアを閉めて出ていった。
「待つのじゃー! アタシとのいってきますのキスを忘れへぶっ!」
同時に、ルシェヌを七割偶然三割意図してドアに激突させた。
「……あ、いっけないいっけない。忘れ物忘れ物」
しかし数秒後、ルシェヌがへばりついたドアを押し開けて、家に戻ってきた。
「ユノス、イバラー、ちょっと来てー!」
「はい、お母さん」
「……いまいく……」
呼び出したユノスとイバラへ、チヨは明日のご飯について聞く。
「明日のお昼のグラタン作り担当はユノス、夜の餃子作り担当はイバラだよね?
チーズとかマカロニとか、ひき肉とか皮とか、そういうの以外で何か必要なものってある?
もしあれば帰りに買ってくるから聞いてみたんだけど……どう?」
まず昼食担当のユノスから、
「食パンとウインナーを買ってきてくれると嬉しいな。それがあるとグラタンのボリュームを増やせて、コーリンお姉ちゃんとかガッツリ食べたい人が喜ぶもん」
「なるほど。わかった。じゃあイバラは?」
続いて、夕食担当のイバラは若干の間を置いて答える。
「……たまねぎ……」
「たまねぎね。それってニラとかキャベツとは別で買ってきてほしいの?」
イバラは再び、独特な間を置いて答える。
「……うん……」
「そう。ちなみにどういう目的で使うとかって今教えられないかな?」
イバラはこれまた度し難い間を置いて答える。
「……あまみ……でてくる……おにくに……あう……」
「あー、なるほどねー。わかった、それも買ってくるね! じゃあ、いってきまーす!」
そしてチヨは今度こそ出勤した。
「あっ、こらお母さーん! アタシをドアと壁で挟みっぱなしにするとかひどいのじゃー!」
性懲りもせず朝のいってきますのキスをねだるルシェヌがいるのと、イバラの受け答えで若干時間を食ってしまったためか、この時のチヨの歩きはやたらと速かった。
この一部始終を聞いていたピコリは、
「ちょーい、イバラー。こっちきてくんなーい?」
イバラを呼んでみた。
「!? ……ピコリおねえちゃん……!」
大好きなピコリおねえちゃんからの直々の招集ということで、イバラは疾風めいて彼女のいるソファに参上する。
ピコリはイバラを自分の隣に座らせたところで、本題を切り出す。
「あのねー……今から話すことはイバラにとって失礼かもしれないけど……いい?」
「……いいよ……ピコリおねえちゃんがいうのなら……」
「わかった、じゃあいくね。イバラさ、もうちょっとスラスラハキハキ話せないの?」
「……どうして……?」
「ああ、そもそもそういうとこか。
個人差はあるけど、イバラみたいにゆっくり話されると『こっちも時間があるんだから』って具合でイライラしちゃうの。
しかもイバラの話し方って、言葉が足りてないことが多いから、何を言ってるのかわかんないことがあってよりイライラしちゃうの。
だからさ、無理だったら無理でいいけど、もうちょっとスラスラハキハキ話せないの?
さっきのお母さんみたいに、困っちゃうこともなくはないんだし」
ピコリはこれまでのほのかな鬱憤をやんわりと伝えると、イバラはキョトンとして、
「……わたし……そんなしゃべるのおそいし、わかりにくい……?」
「またしてもそもそもそういうことから!?
うん、そうだよ! ごめんね! イバラは話すの下手っぴなの!
話している最中に変な間を開けて、最低限の主語述語で話してるからさ!
あとようやくごく僅かに増えてきた読者の皆様目線だと、全部ひらがな表記かつ、やたらと三点リーダー(※「…」のこと)が入るから読みにくいんだよ!」
「……しらなかった……だってみんな……きけてるから……」
「伝わりにくいけど、全くわからないってことでもないからね。
あとごめんね、ウチますますひどいこと言っちゃう。
これからイバラは、高校っていう家族以外の知らない人がいっぱいいるところに通うことになるの。
そこだと、イバラみたいな話すのが下手な人はイジメられたりしちゃうから……」
イバラは両手に銃を握って見せて、
「……それはだいじょうぶ……」
「それは大丈夫じゃない! 色々なところから怒られるから!」
スラスラハキハキ話せる自信が沸かず、自慢の銃も封じられ、イバラは今後自分が周りから嫌われてしまうこと確信し、悲観的になる。
「……じゃあ、わたし、もうだめなのかな……」
と、イバラは珍しく弱音を漏らすと、
「これは大丈夫! ウチが特訓させてあげるから!
任っかせなさい! だってウチは異世界でミュージシャンやってたんだから!」
と、久々に引っ張り出してみたその設定を根拠に、堂々笑って言ってみせた。
*
翌日。
「えー、出かけるのかいピコリ? 今日は『ネロア怒らせて本性暴いたる作戦』の当日だよ?」
「だからー、ウチはそんな悪趣味な作戦に参加しないって言ってるでしょ、マジナ姉さん!」
「あっそ。じゃあイバラは参加しないの? しかも君、今日は餃子作る予定があったような気がしたんだけど……」
「……もうタネつくった……あとはつつんでやくだけだから……でかけていい……」
「ええ、二人ともやっぱりノリが悪いなぁ」
ピコリはイバラを連れて街へ出て、いつも利用しているカラオケショップに行く。
「お二人様、ドリンクバー二つ、二時間……ご注文受け付けました。それではごゆっくりお楽しみください!」
受付を済ませ、部屋に入り、二人はカラオケマシンのリモコンを手にと……らない。
「ここなら好きなだけ声出していいから。さ、特訓頑張ろっか」
「……うん……」
「と、その前に一応ドリンクバー寄っとかないと。店員さんに不気味がられるかもしれないから……」
二人はドリンクバーで飲み物――ピコリはとりあえずでコーラ、イバラは聞いたことない飲み物なので気になったいちごオレ――を持ってきて、いよいよ特訓が始まる。
「じゃあまずは発声練習してみよっか。じゃあイバラ、そのソファで仰向けになって」
ピコリに言われた通り、イバラはソファで仰向けに寝る。
一方ピコリは目線の高さをイバラの真横にして、イバラのお腹を確認出来るようにする。
「じゃあ試しに、その状態で『あーあ』って言ってみて。もちろん間に三点リーダー入れないででね」
「……あーあ……」
「うーん、あんまりお腹の膨らみが変わってないなあ」
「……だって……ごはんたべてない……」
「確かにそれでも変わるけど……今回は息を吸って吐いて、膨らませたり凹ませたりしたの。
今やってるのは『腹式呼吸』っていう、聞こえやすい声を出すための呼吸法の練習なの。
てなわけで、今度はもっとお腹を意識して、息を吐くような感じで『あーあ』って言ってみて?」
次はお腹を意識して息を吸い、イバラは言う。
「……あーあ……」
「お、今度は動いてる。物わかりいいねー、イバラ」
「……えへへ……ありがと……」
この後、ピコリは自分が体験した発声練習のトレーニングを一通りやらせて、カラオケで一曲も歌わないまま一時間を過ごした。
*
「お次は滑舌トレーニングね」
「……かつ、ぜつ……?」
「なめらかに物事を話すことだよ。
イバラの話が聞きにくい原因ってやっぱ、最低限のことをやたらと無言でためてる癖のせいだと思うから、その詰まりを良くしてテンポよくハッキリ話せるようにさせたいの」
「……ふうん……」
「じゃあ早速これも特訓しよっか!」
と、ピコリはイバラを誘うも、イバラはじっとソファに腰掛けて、
「……そのまえ……のみもの……」
汲んできてから大分時間が立ち、常温になりつつある飲み物を指さす。
「あ、いっけない! イバラの特訓に熱中しすぎて飲むの忘れてた! これはこれで不気味かも! じゃあ一回これ飲んで休憩しよっか!」
「……うん……ありがとう……」
二人はコーラ、あるいはいちごオレを一気飲みし、
「うん、炭酸抜きコーラでした……」
「……!? なにこれおいしい……」
改めて、滑舌練習を始める。
こちらもピコリが以前体験した練習方法――正式名称『五十音 作:北原白秋』、通称『あめんぼの歌』をひたすら読んでいくというメニューである。
「この歌はあいうえおがまんべんなく使われているから、滑舌練習にすっごい向いてるの。
実際に声優さんとかアナウンサーさんとかが教材に使っているくらいなの。
てなわけで読んでみ?」
「わかった……『あめんぼあかい……なあいうえお』」
「せめて『あめんぼあかいな』で途切れてほしかったなー」
ピコリの予想通り、イバラの話し方を良くする際の鬼門は、『スラスラと一文章を話しきれるようにすること』だった。
「『なめくじ……のろ……のろ……なにぬねの』」
「のろのろ具合が悪い意味で表現できちゃってるよこれー」
ある時は恒例の謎貯め間が多発し、
「『まいまいねいまいまいむめも』」
「『い』の子音が全部抹殺されてるよそれ」
ある時はスピードを優先したあまり発音の正確さが疎かになったり、
「『らいちょうは……さむかろ……あいこくしゃ』」
「『らりるれろ』じゃなくて!? 『あいこくしゃたち』はどこから湧いてきたの?」
ある時は何故そうなったのかわからないようなミスをし、結果、まともに読めた行は一つ足りともないまま『あめんぼの歌』全文を読み終えてしまった。
その後――イバラはいちごオレを注ぎ直し戻ってきた直後、ピコリはイバラに質問する。
「またしても失礼だし、わからないかもしれないけど……イバラって昔からこんな話し方なの?
ウチの偏見だと、料理人って周りとコミュニケーション取る機会がメチャクチャ多いから、自然とコミュ力身についてそうな気がするんだけど……」
イバラはいちごオレを美味しく一気飲みして、
「……むかしは……にねんまえは……ちがかったかも……」
「二年前? そこで何があったの?」
「……てきに……おみせをもやされた……それからわたし……そいつをころすため……ひとりでさがしてた……そのにねんかん……だれかとはなしてなかったきがする……」
「そっか、ごめんそんな重い話させちゃって……」
「……だいじょうぶ……ピコリおねえちゃんがよろこぶならいい……」
「だったらなおさらごめん。これ喜べないわ、どっちかっていうと聞きたくなかったよこれ」
再びイバラがいちごオレを注ぎに行って戻ってきた後、ピコリはイバラに『あめんぼの歌』一周目の感想を聞く。
イバラはコップにたっぷり入ったいちごオレをごくごく飲み干して答える。
「……できればもうやりたくない……」
「ウチも気持ちはわかるよ。あれだけ失敗したんだから、これ以上恥かきたくないって。
けど、ここで頑張らなきゃ学校にいったらみんなにあーだこーだ言われ……」
「……ちがう……わたしは……もう……ピコリおねえちゃんにきらわれたくない……」
「……え?」
「……さっき……ピコリおねえちゃん……ずっとわたしがよんでると……ちがうちがうって、いやそうにしてた……だからもう……よみたくない……とっくんしたくない……」
そしてイバラはうつむいたまま、個室から出ていこうとする。
「ちょーっと待った!」
ピコリは出入口のドアの前に堂々立ち、イバラを通せんぼして、
「だったらごめん。ウチもいつもの癖でツッコミすぎた。
……大丈夫、ウチはまだぜんっぜんイバラのこと嫌いになってないから。
むしろウチは、もっとイバラのこと好きになりたいの」
「ピコリ……おねえちゃん……」
「だからさ、ウチはまだまだこの特訓を諦めないからね。イバラの話し方を良くして、もっとイバラが好きになれるようにするから!
それでも嫌っていうならもうここどくけど、どうするイバラ!?」
この問いかけに、イバラは即答とまではいかないものの、今までの謎の間を若干短縮して答える。
「わたしは……いやだ。このままピコリおねえちゃんに……もっとすきでいてもらえないなんて……だから、とっくんがんばる!」
「そっか……ありがとう、イバラ!」
それから、イバラは繰り返し『あめんぼの歌』を読み、繰り返し噛んだり読み間違えたりし、そして繰り返し改善していった。
――もう二度と狙った得物は逃さないために。もとい、もう二度とピコリおねえちゃんに嫌われないように。
そして、滑舌練習開始から五十分経過後。
「『わいわいわっしょいわいうえを うえきやいどがえおまつりだ』……っ!」
ついにイバラは人並みの話し方で、あめんぼの歌を読み切れるようになった。
「や、やったね! イバラ!」
「やったよ……ピコリおねえちゃん!」
苦節一時間五十分の特訓の成果が実ったことにより、二人は大喜びし、お互いに抱き合った。
直後、イバラはスッとピコリから離れて、コップを持って部屋の外へ出ていく。
数秒後、イバラはコップにたっぷりいちごオレを入れて戻ってきた。
「急に熱が冷めてきたから、だいぶびっくりしたんだけどイバラ」
「のどかわいたから……これのもうとおもって……」
「だとしてもタイミングに気を使ってほしかったし、そろそろ別なドリンクも試して欲しいんだけど」
とにもかくにも、これにて本日の特訓は終了し、二人はこれを祝ってダブルいちごオレで乾杯したのだった。
「まだじゅっぷんあるよ……ピコリおねえちゃん」
「あ、そうだね。けどイバラは当然、ウチも意外と疲れてるから、残り十分はぐだーっとしない?」
「わたしききたい……ピコリおねえちゃんのうた……わたしよりこえのとっくん……いっぱいしてたから……すっごくうまいんでしょ……?」
「うん。もちろんそうだけど……時間的にあと一曲しか歌えなさそうだから、イバラが歌えなくなるけどいいの」
「いい……わたしうた……ぜんぜんしらないから……」
「あ、そりゃそうか。異世界来たてだし、エルフだし。んじゃあ声の出し方を中の上くらいまで極めたウチの歌、たっぷり聞かせてあげるよ!」
「わあい……」
イバラのリクエストに答えて、ピコリはようやく部屋内に置かれたマイクを手に取り、一曲歌う。
選んだ曲はもちろん、ピコリが大好きな電子音満載のスクリーモの楽曲であった。
「……どうだった、ピコリおねえちゃんかっこよかったでしょ!?」
歌い終えた直後、ピコリはイバラに感想を求める。
イバラはいちごオレを飲みきった後、素直に答える。
「ピコリおねえちゃん……うたってるときだけ……わたしよりもなにいってるのかわかんない……」
「歌の性質上仕方ないんだってこれは!」
こうして、ピコリはイバラのことが数ミリほど嫌いになった。
【完】




