第11話 満月家テレビ争奪戦
特番が多くなるにつれて、年末が近づいているのを実感させられる。
今回の話は、それに基づいた軽い騒動である。
六時十一分。
「皆ー、お風呂上がっ……!?」
チヨが風呂場からリビングに戻った時、そこにあったのは、ユノスが食器を洗う音と、テーブルとそれに乗るタブレットを囲み、物々しく座る他の五人であった。
「ねぇ、誰か……お風呂」
「じゃあ、私が入るよ」
チヨはマジナが風呂場に向かっていくのを見届けると、改めてテーブルの物々しさに目を向ける。
「どうしたの、すっごいピリピリしてるよここ……」
サバキは黙って指をタブレットに向ける。それに写っていたのは、今日の番組表、それも特番の並ぶ七~九時をピックアップしているものだ。
「ウチさ、やっぱさ、年末といえば音楽番組だと思うんだよね。
だってさ、音楽って、誰が聞いたって楽しいっちゃ楽しいもの。ね、わかるでしょ」
「いーや、ドラマじゃ、この二時間の特番ドラマじゃ! アタシは異論を認めないぞい!」
「警察二十四時だ。自分は断固それを所望する」
「……というわけで、オレたちは七時から何の番組を観るかって揉めてるんだ」
「ははぁ……オレたち? コーリンも何か観たいのあるの?」
「この『なんたら年末お笑い合戦』ってやつだ。合戦って付いてるんだぞ、こんなの面白くないわけないだろ!」
「コーリン殿! ますます見損なったぞ! そんなわけわからん理由で低俗な番組を観るとは……」
これを受け、チヨは少しばかりムッとする。正直に言うと、彼女が見たいのはそれ。これまでの疲れやストレスを笑い飛ばしたいのだ。
ただ、ここで自分の意見を言えば、姉妹間の喧嘩に大人が割り込む形になり、あまり見栄えがよろしくない。さらに、姉妹だけでどう解決するかも見届けたい。
なので彼女は引き続き静観する。
「いいじゃねえか別に、面白けりゃあなんでもいいんだよ」
「なら、警察二十四時だって面白いに決まっている。
悪質な犯罪者と巧妙な警察のやり取りは、見てて惚れ惚れするぞ」
「よく聞けサバキ。そういうのはいちいち理屈を考えたがる奴らしか面白いと感じないんだ。
周りを見ろ、流石に長姉としてバカとは言わんが、皆そういう奴らに思えるか?」
「……確かに、それは正論ではあるな」
「ならここは最低限まんべんなく皆で面白いと感じられるお笑い合戦をだな……」
「待って待って待って、お笑いってさ、人によってツボとか違うし、芸人によっても優劣があるからさ、最低限面白いと感じられなくない? ってウチは思うんだけど」
(おっ、珍しくピコリがお姉ちゃんに、それもコーリンに楯突いた!)
「じゃあ逆によ、お前の音楽番組だって、オンチなアイドルとか出てくるじゃねえか? これはどうなんだ?」
「この手の番組ってのは上手い下手とかじゃなくて、なんかこうワーキャーって感じで盛り上がるのが醍醐味なの!」
と、見事に理屈を放ってのけたピコリ。
(偉いぞピコリ! 強くなったね!)
チヨが内心ピコリを褒めた直後、彼女もピコリも予測だにしない方向から奇襲が飛ぶ。
「ピコリ、どうせ貴様のことじゃから、『FALSE』っていうバンドが見たいだけじゃろ」
「ギクッ! い、いやルシェヌ……ウチはFALSE以外のアーティストだって興味あるか……」
「何だピコリ、そいつが見たいだけなのか。ならそいつが歌うところだけチャンネル譲ってやるけど、どうだ?」
正直な話、さっきの『FALSE以外のアーティストだって興味ある』はハッタリ。本音は『FALSEだけ観れば十分』である。
なので、今コーリンに目当ての条件をちらつかされたピコリに、これ以上食い下がる大義名分はない。
「……はい」
よってピコリは、この戦いから脱落した。
(あちゃー、やっぱりピコリには分が悪かった感じかこれ)
「よし、じゃあお笑いで決まりだな」
「こらこら、待つのじゃコーリン。まだこのアタシが立っているぞ!」
「ああ、忘れった。で、ルシェヌはどうやってドラマを薦める気だ?」
「えーと、三年前社会げんぞうを起こしたドラマ『改札口の前と後で』の佐藤監督×くまたに……や……どっちじゃろ、脚本が再びタッグを組んだ極上ラブコメディー……なのじゃ! こんなすごい作品、見ないわけにはいかないのじゃ!」
ルシェヌは熱量はすごいが、中身スカスカなタブレットの番組表の説明文ガン読みのプレゼンテーションで、コーリンの天下を揺るがそうとする。
その本心はこうである。
(ちゃんと朝から番組表は確認しておる。このドラマはズバリ、心ときめく恋愛もの! きっとこれをお母さんと一緒に見れば……
「ルシェヌ、あたしもこんなロマンチックな恋してみたいな」
「アタシも! したいのじゃ!」
「もうだめ、この心は抑えられない! ルシェヌ、付き合いましょう、というより、すっ飛ばして結婚しましょう!」
「はい、お母さーーん」
と、なるに違いないのじゃ!)
ルシェヌがニヤニヤする中、コーリンは番組表が移されたタブレットを手にとる。
「うわ、頭痛くなるあらすじだなこりゃ。ほら、ピコリも見てみろ」
「確かに、人物相関図描いたらシンドくなりそうじゃん。これは避けたほうがいいよ」
「な、何じゃとー! むむむ、だ、だとしてもアタシはドラマがみたいのじゃ、みたいのじゃー!」
(とうとうダダこね始めた……結局はルシェヌかぁ……)
「本当に往生際が悪いな……ほら、サバキ、ここいらがお前のいう厳粛処罰の出し所じゃねえのか?」
「いや、ここではない。仮に出すとするならば、その方向は貴様だ、コーリン殿!」
「はっ、どうしたお前!?」
「まさか、サバキ姉ちゃんがルシェヌの味方を……」
「否! 自分が押し通すべきは、警察二十四時だ!
コーリン、先程貴様はそれを『頭を使う』と言ったな、それは違う!
警察二十四時は、悪の犯罪者と善の警察がやりあう、単純明快ではあるまいか!
そもそも、皆表面だけで物事をとらえ、食わず嫌いしているのはいかがなものか!?」
「ははん、軽く戦局がめくれ上がったところを突いてきたな。流石サバキだ、やることがねちっこい。
で、サバキ、ルシェヌ。二人ともオレとピコリに刃向かうってことだな?」
「じゃ、じゃあウチも、もうワンチャン……」
「何か言ったか、ピコリ?」
「いいえ何もございません!」
「今は六時四十三分……もう時間がないな、こうならば平等に多数決でいくぞ! お笑いがいい人!」
ここで、発案者のコーリンと、従属状態のピコリが手を挙げる。
先程から静観していたチヨも挙げようとは思ったが、あくまで娘たちの問題と思い、ここはまだ動かないでおく。
「ああ、最初っから二票入るのわかって多数決に持ち込んだのじゃな! ズルいのじゃ!」
「まだ駄々こねるかお前。しゃあねえだろ、これ以上話し合っても意地の突っ張り合いだし、これが一番平等な方法なんだから」
「己……ならば!」
サバキは目線を流し台へ向け、叫ぶ。
「ユノス殿、仕事だ! 自分に手を挙げろ!」
「うん」
ユノスは躊躇なく手を挙げた。
「おいこらサバキ、なんでも受け入れてくれるユノスに無理矢理言うこと聞かせて票を増やすなんて卑怯じゃねえか!」
サバキは、血の気が引いた感じがしなくもないピコリを一瞥して、
「笑止! それを貴様に言われたくはない!」
「ぐぬぬ……おいユノス、いいのかそれで!?」
「ボクは何でもいいよ、別に」
「これだからユノスは……こうならば、二択だ。ルシェヌ。選べ、お笑いか、警察か」
「え、ドラマは、ドラマはどこいったのじゃ!」
「お笑い二票、警察二票、そしてドラマ一票だからお前の票は死んでるんだよ! だからもっかい選び直せって訳だ! さあ、早く!」
「い、いや……」
(まずい、このままじゃあお母さんとのロマンスが無くなっちゃうのじゃ……どうにかして、残りの一票を稼がなきゃ……)
「はい、あがったよ。次の人は?」
と、言いつつ、首にかけたバスタオル以外何も身に付けていないマジナがやって来る。
「マジナ殿、着替えは脱衣所でやれとあれほど言っただろうに」
「ごめんごめん、私、人一倍暑くなりやすい人でさ、冷ますのに時間がかかるものでね。
して、これは一体どうしたんだい? 四人でテーブルなんか囲んじゃって」
「七時からどの番組を観るかって揉めてるんだ。わりぃ、お前のこと忘れてた。お前は何観たいんだ? お笑いか、警察二十四時か?」
「何でもいいよ、別に」
「なら、ドラマは見ないかえ!?」
ここで、ルシェヌがマジナという名の要所を狙う。
「何故に?」
「マジナはそういうムフフなのが大好きなのじゃろ? なら、このドラマにはそれがあるのじゃ! 恋愛感情盛んな男女のアレやコレやもあるかもしれんのじゃ!」
「うわっ、エロで人を釣るようになっちゃったよこの魔王」
(必死だなぁ、ルシェヌ……)
「へぇ、それは興味深いかなぁ。けど、あんまり小綺麗な卑猥は好きじゃないんだよね」
「なら、警察二十四時はどうだ! そういう汚らしい部分がわんさか観られるぞ!」
「うわっ、サバキ姉ちゃんが対抗意識を見せた!?」
(よりにもよってこんな下劣な方法であのマジナ殿に頼るとはとことん皮肉!
だが警察二十四時のためであり、ルシェヌの専横を止めるため。皮肉にも筋は通る!)
「ちょっと、コーリン姉さん、これまずいんじゃないかな」
「……まあ、黙って見てろピコリ」
ひょっとしたらFALSEが観れなくなると思い焦燥するピコリに対し、コーリンは至って冷静に、ただマジナに目線を送る。
(オレは信じてるぜマジナ。お前はオレに味方してくれるって)
「ドラマ、ドラマなのじゃ!」
「さあマジナ、警察二十四時に清き一票を!」
「わかったよ、サバキ。ドラマで」
と、マジナはキッパリと明言した。
「はあああ! おいマジナッ! 何がわかっただ貴様!?」
「正直最初っからドラマの方が私は好きかなーっと思ってたけど、ちょっと周りの焦る反応が見たかったから、泳がせたんだよ。
その熱血さ、嫌いじゃないよ、サバキ」
「ふん、だが三つとも票数は二ずつ。まだ決定打はない。そう、まだ……ユノス殿、アザレア殿を呼べ、そして票を」
「あ、そういうのいいんだったら私、仲間のドラゴン使って八票水増しするけど」
「すまない。この発言は撤回する」
(そういえばマジナはそういう意地悪な面もあるんだった。これはオレの根回しが足りなかったな)
と、コーリンは落とし所を見つけた後、話を仕切る。
「うっし、これで表は二対二対二、三者均衡状態だな。なら、最後は、頼らせて貰うか」
六姉妹は一斉に、チヨの方に目を向けて尋ねた。
「「「「「「さあ、どれにする!?」」」」」」
「お笑いで」
と、チヨは即答した。
「よっしゃぁ! オレたちの勝ちだぞピコリぃ!」
「わーい! ありがとうコーリン姉さん!」
「おめでとうコーリンお姉ちゃんとピコリお姉ちゃん。ボクは何がなんだかよくわかんないけど」
勝者、コーリン(とピコリ)は盛大に喜び、ユノスからの何となくの拍手を浴びる。
「くっ……力及ばずかっ」
「ああ、アタシのロマンスがぁぁ……」
敗者であるサバキとルシェヌは、テーブルをパンパン叩くなりして、思い切り悔しがった。
「ほんっと必死だったね、二人とも」
「姉御、ちょうど七時になる所だよ」
「よっし、じゃあ母さん。今日も一家で楽しくやりましょうか」
「うん、わかった、コーリン」
(まぁ、その前の時点で、あたしはあなた達の微笑ましいいざこざを見られて、十分楽しかったけどね)
かくて満月家は、今日も楽しく団欒をするのだった。
余談だが、例のピコリが推していた音楽番組は、正確には『六時五十六分開始』だった。
彼女の好きなバンド『FALSE』はオープニングを担当していたため、七時ジャストには出番が終わっていた。
【完】




