第10話 断退警察、女の子を学べ
いきなりだが、ここで一つ解説を入れるとしよう。
満月家の風呂場の広さは三畳である。以上。
「ピコリ~、お風呂上がったのじゃ」
「はーい、ルシェヌ」
ピコリはいそいそとお風呂へ行き、せっせと服を脱ぎ、さっさと洗う物洗って、湯船に浸かる。
「ああー、あー、あー……」
シンプル過ぎる感嘆。ここまでの動作と合わせて、いかに彼女が入浴したかったか、どれぐらい疲れを溜めているかがよくわかるだろう。
「少し前よりかは、姉妹のハチャメチャっぷりに慣れてきたけど、やっぱ疲れるっちゃあ疲れるなぁ……ほんとこの時間が一番落ち着く、だってこの空間が全部自分だけの物なんだか……」
「失礼するぞ」
と、断りを入れて、サバキが浴室へ来る。
「うわ、でっか……」
「何か不満でもあるのか、ピコリ殿」
「いえいえ、とんでもありません!」
そうか、と返して、サバキは自分の体を洗い出す。ピコリは平然を装いつつ、その姿を横目で眺める。特に胸の部分を。
そうしてピコリがきょとんとしている中、サバキは彼女がいる湯船へ遠慮なしに突っ込んだ。
「浮いてる……」
「どうしたんだ、ピコリ殿」
「いやいや、別にウチはそういう所凝視してませんから……しかもウチはそういう興味はないし」
「……チヨ殿が言っているぞ、貴様は不自然に風呂が長いと。
だから自分は止めに行こうと思ったのだが、チヨ殿が『そういうのはよしておけ』と言うのだ。
ならばと自分は同時に入って、見かけの時間を短縮すべく来たのだ」
「あ、そっちか……ウチはカラスじゃなくてフツーの女の子でありたいから、お風呂が自然と長くなっちゃうんだよね。
はい、言い訳です、すみません、以後気を付けます」
「そうか、はぁ……」
と、サバキは限りなくため息に近い息を吐きつつ、リラックスする。
「……お疲れのようですねー、サバキ姉さん」
「当たり前だ。
ルシェヌ殿が日頃から良からぬ野心を持っていれば、ユノス殿は未だに過労をやめない。
さらにコーリン殿とマジナ殿は、案件が多すぎでとても述べられない様だ。
それがずっとだ。だから自分が、ひたすら正さねばならんのだ」
「相変わらずだなぁ、サバキ姉さんは」
サバキはザバーっと立ち上がり、揺れる下で手を組みつつピコリを見下して、尋ねる。
「何だその言い方は、文句でもあるのか?」
適当なことを言っても追求は逃れられないとピコリは悟り、観念して答える。
「いやいや、ございませんよサバキ姉さん。けど、何かズレてませんか?」
サバキは再び湯船に肩まで浸かり直し、ピコリと目線を合わせる。
「ズレてる、だと……どういうことだ」
「他所は他所、家は家って言葉があるじゃん。
サバキ姉さんはさ、ここにまで断退警察だか何だかのルールを押し付けようとしてるじゃん。
確かに規則正しい生活っていうのは必要だと思うよ。
けど、その規則がひん曲がってたら、みんな言うこと聞かないんじゃないの?」
「……やっぱりな」
サバキは、わかりやすく頭を抱えた。
「ありがとうピコリ殿、これで確信が持てた。やはり自分に責任があったか……
冷静に考えればそうだ。警察の日常というのは他の職業の人と比べても遥かに違う。その内の特殊組織である断退警察となればそれ以上。
いやそもそも、九年も過ごした世界が違うのだ。常識が何から何まで違うのはむしろ当然だろう……」
「まー、注意する相手も相手だから……鵜呑みにするのも良くないけどね」
「とは言えども、自分は『他』がわからんのだ。己、サバキめ、頭が固いぞ……」
サバキはさらに深く考え――あまりにもうなだれたため、背中以外全てをお湯の中にいれる。
「うわー、めっちゃ深くうなだれてる。てか潜水時間なっが、これもなんたら警察の訓練の賜物なのかな……
それはさておいて。大丈夫だってサバキ姉さん、他なら、ここにいるじゃん!
ウチが色々教えていくから、ちょっとずつ変えていこうよ!」
ザバッと水面から顔を出したサバキは、凄まじい圧迫感を込めて(もちろん意図してない)、ピコリの肩を掴む。
「本当か、ピコリ殿!」
「うわ、すごい揺れた……うんうんうん、わかったわかった、本当だから! とりあえずガサ入れみたいに急な接近は止めて!」
「わかった、では以降、よろしく頼む……ああ~」
「シリアスとリラックスの切り替わりが早すぎる。
あ、そういえばさ、サバキ姉さん普通にお風呂入って大丈夫なの? 腕に機械仕込んでるとか言ってたけど」
「あの装備はゴム手袋みたいにはめる類いの極薄ナノマシンの集合体。だから風呂に入るときは外している。元々防水だが、念のためにな」
「へ~、ハイテク」
*
翌日、二人は街にでかけた。
「では、今日は何をするんだ」
「他を学ぶ上での下地作りとして、普通の女の子らしいことをしようと思ってねー。というわけで、今日はあちこち歩いてみます」
「ああ、巡回パトロールみたいな物か」
「……うーん、うん? うん……」
冒頭から普通の女の子らしからぬ重たいワードを聞かされ、ピコリは面食らう。
まず二人が行ったのは、ゲームセンターだ。
「ゲームセンターは立ち入るな。と、よく子供に言い聞かせていたのだが。これは案件として捉えてダメなのか?」
「ウチらは十五歳でしょ?
ならギリそれ系の話から圏外だし、そもそもそれの趣旨は『面倒事起こされると困るから』って、のだから。昔は不良のたまり場的なイメージが強かった名残だよ。
サバキ姉さんは大丈夫でしょ、そういうのされても」
「わかった、こういう学びも悪くはないだろう」
二人は音ゲーコーナーに来て、ドラム二つが付いた筐体のゲームの前に立つ。
「丸いのが流れてきたらそれに従って叩けばいいだけだからね」
「わかった、この装備があれば丸いのの速度などを楽々と算出・シミュレートでき……」
「すみません、今回はその手袋外して貰えます? それ使うと話が変わってきますんで」
「……すまない」
ピコリはコインを入れ、適当にサバキでも出来そうな曲を選び、二人セッションを開始する。
音楽に強いピコリはそこそこに演奏できるが、装備のないサバキはゼーゼー言いながら追いついていた。
「うーん、やっぱフルコンボは辛いなー。まー、ウチはそこまでガチじゃないから」
「ゼェ、ゼェ、思い出すな、敵アジト侵入の際、弾幕をかい潜る場面のシミュレート訓練を。
この世界は凄まじいな。それと同レベルの代物をこのような遊び場に平然と並べているだなんで」
「だから、物事を断退警察風に捉えて話おかしくしないでください、サバキ姉さん」
続いて二人は、雑貨屋に来た。
「やたらカラフルだな」
「サバキ姉さんは地味……っていうか無骨だからね。もっと女の子らしく可愛くならなきゃ」
「ほう、自分に可愛らしさを求めるか? これは茨の道だな」
「茨の道じゃないから大丈夫。アクセサリーとかつけるだけならすぐに、ちょいっと可愛くなれるから」
ピコリはサバキの手を引き、ヘアピン売り場に連れて行く。
「これぐらいならサッとつけられていいでしょ? さ、好きなの選んでみたら」
「なら、これだ」
サバキは紫色の小さな花弁の意匠を持つヘアピンを手に取る。
「あれ、意外と攻めるね、サバキ姉さん?」
「断退警察のピンバッジがこれに似ているから、何となくでな」
「えー、まーた断退警察? そういう物騒なのはあんまりよした方が」
「違う、それ抜きにしても、個人的にそれを気に入ってるんだ。
そのバッチはタイムという花をモチーフにして作られていてな、タイムとは勇気をもたらすという迷信があるから、そうしたと言われている」
「なるほど。士業とかで桜とかヒマワリとかをバッチのモデルにしてるのと一緒のパターンか。
でも、確か断退警察って魔法を流行らせようとする連中を取り締まる人たちでしょ?
なのにコードネームが『ケルベロス』だったり、迷信に準えてバッチを作ったりとか、やけにファンタジーなの?」
「そういう迷信深い奴らを皮肉るためだ」
「へー」
と、相槌を打ったタイミングで、ピコリは自分の警戒心の無さを恥じる。
「……ごめん、さっきあれだけ異世界の話するな的なこと言ってたのに、今、ウチからそういうこといい出しちゃって……」
「そういえばそうだな……かといってもこれは自分には裁けないから、保留にしておけ。
さ。あとはレジに行くのが道理じゃないか」
「そうだね。じゃあ行こうか……」
サバキはそのヘアピンを握りしめて、ピコリは財布を片手に持って、レジへ行く。
「ねぇ、あの子かわいくない?」
「本当だ、犬耳に尻尾なんかつけちゃって」
等々、少しばかり周りにチヤホヤされながら。
「よかったね、サバキ姉さん。この店にシンクロしてるよ」
「かわいい……か、やはり慣れない風評だな」
そして、時刻は昼になる。
「じゃあここでご飯食べよっか」
「ここは……」
「『ベルセリヤ』、安くて美味しい、有名なレストランだよ」
二人はベルセリヤに入店し、席に着く。
「ご注文は?」
「ウチはパンチェッタのピザで」
「自分は……この若鶏のなんたらで」
「以上で?」
「「はい」」
「かしこまりました、お冷やはあちらになります。少々お待ちください」
ピコリは二人分のお冷やを持ってきた後、料理が来るまでの間、サバキに異世界での話を聞くこと――食事中の会話の内容は、普通の女の子感に関係しないので――にした。
「あっちでは毎日何をしてたの?」
「基本は雑務とパトロール、魔法がらみの話を聞き次第現場に急行して、戦闘をする、後はメシ、風呂、睡眠だ」
「何かさ、今日みたいな自由時間は無かったの?」
「週一でな。ただ、断退警察は全民の規範でなければならないから、せいぜい行きつけの焼き鳥屋に行くぐらいが精一杯だった」
「ほんとつまんなそうだね……あ、ごめん」
「結構。自分は貴様のような暮らしをできるような心身ではない。価値観の違いもあると、今日は散々教えられたからな
今度はこちらが聞いていいか? ピコリ殿、もう今の暮らしには慣れたか?」
「ダイジョブダイジョブ、慣れた。鬼龍院一家並に斬るか斬られるかみたいな殺伐としたところじゃないから」
「? そ、そうか、それはよかった……」
「じゃあもう一つ聞いていい? どうしてサバキ姉さんは、ウチらはまだしも、お母さんを『チヨ殿』って呼ぶの? ……やっぱり、十年も離れていたから今さらお母さんとか呼ぶのが恥ずかしいとか」
「……『隙を作ったのなら、相応の傷を負う。それが暴力と犯罪の苗床だ』。長官の教えだ。
自分たちがこう不幸に生まれたのはあの父親(七股野郎)のせいなのは間違いないが、それを可能にする隙を作ったのは、紛れもなくチヨ殿だ。
意図も悪意も無いのもわかってる、だが、自分は……母親を、今も心の底から信頼できない」
「だからチヨ殿って、折衷案的な呼び方をしてたんだね」
「すまないな、ピコリ殿。こんな傲慢な発想に至ってな……」
ピコリは、にんまりとしてサバキを見ていた。
「けど、折衷案だから、やっぱり母親としては意識してるんでしょ?
ならよかった、またサバキ姉さんにも人間くさい所があるってわかって」
「まさか、今まで自分を機械と見ていたのか」
「だって『昨日まで』、怖いぐらいガチガチだったもん、サバキ姉さん……事後報告でごめんね、一応」
「昨日まで……か。わかった、ありがとう、ピコ」
「おまたせしました」
と、ここで二人の料理が運ばれてくる。
「これが若鶏のなんたら……軟骨はついているのか?」
「本当軟骨好きだね、サバキ姉さん……でさ、ちょっと早いけどさ、この後どこ行く? ウチ的には服屋行きたいんだけど、サバキ姉さんの服選びたいし」
「服……? いや、そこは自分だけで選ばせてくれないか? この胸だと着れるものも幅狭いし……」
「大丈夫だって、ウチはそういうのにも気つかえるから!
ほら、騙されたと思ってさ! ね、せめてセーターぐらいは……」
「……わかった、そこまで言うなら行ってやるよ。ピコリ」
「え、あ……? うん、ありがとう!」
この後、サバキはピコリのファッションセンスの元、魔改造とも呼べるほどロックに着飾らせられ、チヨたちにド偉く驚かれ、笑われるのだった。
「ごめんごめん、あたしは最高に可愛いと思ってるよ! けど、いきなりこう来られたらさ……」
サバキは喜び半分怒り半分な、複雑な顔をして、
「どうやら、ハイテンポになりすぎたようだな、ピコリ」
「はい、以後気をつけます」
【完】




