第9話 武士と怪盗と安売の決断
それは、ある日の昼過ぎのこと。
「もしもし母さん、コーリンだが」
『あ、コーリンか、丁度よかった。ごめん、今日遅くなるんだけど……』
「ああ、大丈夫大丈夫。夕食ならどうせユノスが勝手にやっちゃうから」
『それは知ってる。今回は別件でさ……昔連れてったよね、四十分ぐらい歩いた先にあるあの大きいスーパーのこと。
そこで今日さ、タイムセールがあるんだけど……コーリン、代わりに行ってきてくれない? マジナとかと一緒に行ってさ』
というような電話を受け、コーリンは、マジナと一緒にスーパーへ赴くことになった。
「……で、どうして私も行くようなんだい? というより、何故姉御を指名したんだが、別にこういう手伝いは誰でもいいような気がするのに」
「さぁ? 適当に決めたんだろうに。おっ、あれだな」
二人は肌寒い外から温かい大型スーパーの店内へと避難。
そこは普段頻繁に使う小さいスーパーとは違い、二階と三階がある。
イベント日ということもあり、従業員が各売り場に点在し、もちろん客も大勢いた。
それをやかましいなと思いつつ、マジナはコーリンからメモを拝借する。
「なになに、洗濯用洗剤、タオル……あれ、この『タイムセール』ってはなんだい?」
「えっと、どうやらここには『タイムセール』っていう概念があって、ある時間によってある品物が安くなるらしい。そこを狙って買ってくれってことだろ」
「その時間というのはわからないのかい?」
「それは、母さん言ってなかったなぁ……」
と、ここで各所に設置されたスピーカーより、
『ただいまより、一階、雑貨売り場にて、洗濯用洗剤のタイムセールを開始します』と、アナウンスが流れる。
「ナウ・オア・ネバーだねこれは! 行くよ、姉御!」
「ああこれか、よし行くぞ!」
二人は急いで雑貨売り場に着く。その時既に、特設ワゴンに人の群れが出来上がっていた。
「これはまずいね……なら」と、いいつつマジナはカードを挟み仕込んでいる胸元に手をやる。
「おい待て、こういう異世界産の武器は騒ぎになって面倒臭いからするなと母さんから言われてる」
「……だろうね。なら、単純攻撃だ」
二人は恐れず怯まず、人混みの中に飛び込む。数秒後、人混みは散り散りになり、コーリンとマジナは、それぞれお札とカードだけを手にして、空のワゴンを見ていた。
「先を越されたね、こりゃ」
「それと危うかったな、結局両方共武器を構えちまってる」
「本当だ、なら、次はより迅速に行かなければね」
次のアナウンスがすぐに来た。
『ただいまより、二階、暮らし用品売り場にて、タオル3枚セットのタイムセールを開始します』
二人はこのアナウンスの『場』の字を聞き終えた途端、急ぎ二階に上がり、売り場に到着する。
が、その時既に、タオルを持った人が散り散りになっていた。
「くそっ、十分急いだはずなのによ」
「おかしいな、まるで他の客はタイムセールとやらの開始時間がわかってるみたいだ。
どうしよう、このトリックを暴かない限り、このままじゃ無駄に駆け回らされる」
ここでマジナはふと辺りを見る。と、このスーパー公式アプリの会員登録催促のポスターが目に入る。
「『特典その2、タイムセールなどのキャンペーンの情報がより届く』あ、これか」
「なるほど、先駆けはこれを見て行動していたのか、よし、ならばオレたちも会員登録だ! で、どうすりゃいいんだ?」
「このポスターには『まずスマホで当サイトにアクセスする』と書いてあるね。姉御、スマホは持ってるかい」
「スマホって、何だっけ?」
「ほら、ピコリやユノスが持ってる板の小さいの小さい板」
「ああ、あの触ると、ネットとか動画とか見れるあれか! ……持ってないな」
「だろうね。私も話してる最中に思った」
満月姉妹は異世界から帰りたてなので、まだスマホの契約が間に合っていない。
コーリンやマジナのようにスマホを知らないものもいるので、いきなりそれを渡すとなんかまずいことになりそうだというチヨの判断によるものだ。
「じゃあ、代わりにこちらを使って情報収集しようか」
マジナはカードを一枚引き、それより手のりサイズの黒竜を召喚する。
「久しぶりじゃけん、マジナ。今回は何用なん?」
「おっ、喋れるのかコイツ」
「『IrrynCrash』、私の持ってる八体の内、膨大な知識を持つドラゴンさ……じゃあ『タイムセールの時間を教えて』くれ」
「合点」
するとIrrynCrashはその場でぐるぐると旋回をし、そして止まる。
「あー、どうやらその情報はこちらにないけん」
「無いのかよ」
「そうか、帰りたてのこちらの世界の知識は当然ないか。ごめんよIrrynCrash。じゃあ、今度はこっちを使おうか」
マジナは胸元より別のカードを引き抜き、同じく、手乗りサイズの緑竜を召喚する。
「おお、なんか忍者みたいな竜だなぁ」
「『BASLC』、諜報活動に長けたドラゴンさ。じゃあ、ちょっと忍んで情報を探って来てくれないか」
「NIN(合点)」
BASLCは頷き、駆ける。
近くでスマホをいじっていた人の肩にこっそり乗り、それを覗く。
そしてお目当ての情報をゲットした後、マジナの元に帰還する。
「NIN、NINNNIN、NINNN」
「……なんて言ってるんだこいつ」
「バッチリ聞けたようじゃけん、直近だと『一階食品売り場のツナ缶』けん」
と、IrrynCrashはBASLCの言いたいことを代弁する。
「お前が翻訳係なのか。まあ何がともあれ……マジナ、行くか」
「是非とも! 一秒でも早く!」
二人は情報を頼りに売り場へ急行する。そこには山積みのツナ缶のワゴンと、様子を伺っている数人のお客様がいた。
「思ったより待機人数が少ないな……さては、あんまり会員数がいないか、ある程度の公平さを保つために、会員は会員でも、情報は小分けされて各々に出されているのか?」
「つくづくいやらしい店だな、おい。けどオレたちは陣を押さえた。後は……」
『ただいまより、一階食品売り場にて、ツナ缶のタイムセールを実施いたします』
「食らいつくだけ!」
コーリンはツナ缶のワゴンへ疾走する。その怒濤さ、まさに虎である。
だがしかし、周りに待機していた客も客で、突如理性が弾けたようにワゴンへ突撃。結果コーリンは揉みくちゃにされる。
「これはまずいな。姉御、私も加勢する!」
一つ遅れてマジナも駆けるが、既に人混みは高密度になっていたため、彼女も漏れなく揉みくちゃにされる。
そしてそれが消える頃にはツナ缶も消えていた。
二人は、空のワゴンにのめり込むような体勢をしている人。その手にツナ缶はもちろんない。
二人は悔しさを胸に抱きながら三階へと上がる。次の狙いである『パック詰め鶏軟骨』のタイムセールまで暇なため、店内をぶらぶら歩いていた。
「何なんだ奴らの気勢は、オレは『一騎当千』と元春や隆景に言われた女なのに、こうもやられるとは情けない……」
「押さないで、押さないで!」
「あの貪欲さ、まるで獣だね。それもあんな頭数でさ。
十年前を思い出すなぁ、口も下も忙しいってのに四方八方から飛ばされて酷くベタベタになってさ……」
「うぁぁ、どけぇぇ!」
「で、どうする。流石に戦利品の一つや二つ持って帰らないとまずいぞ」
「邪魔だ、邪魔だ!」
「それはわかる。ただ、もう一手欲しいね。あの人混みの中生き抜くための術をさ……何だい、さっきから来るこの怒号は」
その音源は、すぐ近くの音楽ショップのテナントの方、それも店先に置かれたワゴンにたかる血気盛んな女共であった。
「必死だなあ、おい」
「だね、特にあのオレンジの髪の娘、まるで周りを除けるようにしてる。って、あれピコリじゃないか!?」
数秒後、レジを通り、品を持ってピコリが店から出てきた。
「あ、コーリン姉さん、マジナ姉さん!? 何でここにいるの?」
「私たちは母さんのために大安売りに行かされた。ピコリは?」
「ウチは、これをゲットするために、ね」
ピコリが見せたのは、『FALSE』の四年前のライブDVDであった。
「今さっきワゴンセールが始まってさ、戦場を走破してゲットしたんだ。いやー、大変だった、けど、これをこんな格安で手に入るチャンスなんてもうないと思ったからね。マジ頑張ったウチに感謝だ……よ……」
コーリンはピコリの肩にズシッと両手を置き、寝静まった敵陣を発見した軍人のような目をして……
「ほう。ピコリ、こういう欲しい物がどうしても欲しければ、マジに食らいつかねば行けないんだな……?」
「うわ、目ぇ怖……あ、うん、そうだけど……やっぱ目ぇ怖」
「なら決まった! マジナ、ピコリ、暇潰しは終わりだ、死地に行くぞ!」
「はいよ、姉御」
「え、あ、ちょっ……うわ、前話に引き続き、まーた無関係な誰かに引っ張られてるわウチーッ!?」
かくて三人は、死地――鶏軟骨が積まれたワゴン近辺に足を踏み入れる。
「自信はあるかい、姉御」
「ああ、今から俺は、ただの虎ではなく、ピコリになるからな……」
「ウチのことを虎よりも強くしないでよ。変な印象操作しないで」
そして、スーパー各所に配備されたスピーカーより、あたかも陣貝の如く、アナウンスが流れる。
『ただいまより、一階食品売り場にて、パック詰め鶏軟骨のタイムセールを開始いたします』
コーリンは、それとほぼ同時にワゴンへ駆けた。
人混みは、即形成された、だがコーリンは自然な肘突きで道をかっ拓く!
だが中心のワゴンに迫れば迫るほど、周りの客は他に活用できる所あるだろと思うほどの激強体幹となっている。
(くっ、ヤバい、もう駄目かもッ! ピコリになったオレが押されてる……周りの客はそれを超えやがる――ピコリの次だからユノスになっていやがるッ!)
周りの強大さに、コーリンの脳裏に敗北の二文字がよぎる。
ちなみに余談だが、ピコリはライブなどで曲がりなりにも体力が鍛えられているが、ユノスは特にそういったものがないので、身体的能力はピコリの方がギリ上だ。
そして彼女は押しつぶされる刹那、遠くからの想いを受け取る。
「頼む姉御! 私が姉御を信じて、ガッツリお膳立てしたんだから、それをどうにか結果にブチ込んでくれよ! はい、ピコリも!」
「はい、が、頑張れー、コーリン姉さーん!」
コーリンは思い出す。この買い物は買い物であって買い物ではない。
これを頼んだ母チヨ、今自分を鼓舞してくれるマジナとピコリ、家で待っている結果的にこれを食べるだろう妹たち……そして、満月家の長女としての自分。
――今この時は、彼女たちの幸せと喜びを勝ち取るための戦だと。
故にコーリンは燃やした。数日前までいた異世界で何度も燃やした闘争心に火をつけた。
もはや彼女を阻むものはなにもない、他人のみぞおちに肘を入れても、足を踏んでも、何も感じない。
コーリンはただワゴンという一筋の光を目指し、そして――
「御首、頂戴したりッ!」
――鶏軟骨パックをその手に掴み、マジナとピコリの元に帰参した。
「……やった、やったぞぉぉぉ!」
「あ、ありがとう! 姉御ー!」
そしてコーリンとマジナは抱き合った。そうして、このすこぶる大きな喜びを目一杯噛み締めるのだった。
「……鶏軟骨を買っただけなんですけどね、これ」
*
この後、黄赤橙の三人はタイムセールで勝ち取れなかった品を、極力安い品で埋め合わせし、スーパーから出ていった。
まだ五時ではあったが、いかんせん今は冬、外は既に薄暗くなっていた。
「W姉さん、急ぐよ。本気で夜になったらめんどくさいから」
「おう、わかったピコリ、肌寒いな。やはりここの冬も辛いのか」
「多分どこに行ったって冬は寒いよ。おまけに暗いし」
「私は暗いのも寒いのも平気だけどね、むしろ仕事がやりやすくて助かるよ」
「……ああ、そうかマジナ姉さん、怪盗だったね。あ、泥棒……」
「失敬だねピコリ。薄汚いだけの泥棒と、汚さの中に華やかさを見出す怪盗を一緒にしないでくれ」
「泥棒って、急に何言ってんだピコリ?」
顔を真っ青にするピコリを、コーリンとマジナは不思議そうに見る。同時に、彼女たちの元に、十数人の男たちが駆けてくる。
それを見るや否やピコリは青ざめて、説明くさい台詞を叫ぶ。
「しまったー! 最近ここ一帯に元々危険度が高かったんだけどクリスマスが近いにも関わらず恋愛運に恵まれなくて悲観的になったせいでより凶暴化したヤンキーが沢山いるって忘れてた!」
「何でもいいからよこせぇ、こちとらちょっとでもいいから喜びが欲しいんじゃあ!」
だが、コーリンとマジナは落ち着いて、
「「あっ、そう」」
と、声を揃えていった。
「ちょっと、はっ、まさか……本当に乱暴は止めてよね!」
「まさか母さんがオレたちを選んだのって、これを防ぐためじゃないか?」
「さぁね、ま、とにもかくにも、早く終わらせようか」
コーリンは札を震撼剣に変え、構える。
マジナは胸元よりカードを引き抜き、手のひら大の青い二足立ちの、槍と盾を構えた竜を召喚し、さらに自分の背丈ぐらいに大きくする。
「安心しろ……貴様らの気炎次第では峰打ちで止めてやるッ!」
「私の切り札、『PORTORN』だ、さ、程々にヤりたまえ」
これより、コーリンとマジナによる、不良への制裁が始まる。
二重の意味で自棄に襲いかかる不良たちは、震撼剣と槍により、次々と大人しくさせられる。
そしてコーリンは頭目とおぼしき男に、飛びかかり、震撼剣の峰を当てる。
しかし、頭目はそれを軽々と鉄パイプで受け止める。
「ほう、貴様は出来るのか」
「当たり前じゃあ、こちとら薙刀道場の師範の甥やっとるんだぞ!」
その言葉の重みは、実際に数回打ち合ってわかる。鉄パイプと刀というリーチの差もあるが、頭目はコーリンと対等にやりあう。
「これは素晴らしいな。ますます貴様がならず者なのが惜しい」
「ほざくな、こちとら好きでやっとる訳じゃなないんだ。文句があるならこの世の中に言えっ!」
と、頭目は叫びつつ、コーリンへ渾身の一振り。
コーリンはそれを刀をやや傾けて構え持ち、振り落とされた鉄パイプを鍔際から刃先に滑るようにし、刃先ギリギリに来た所で、
「コーリン流剣法、『玄武の刹那』……ッ!」
引金を引き、刀身を震わせる。
その振動――特に刃先の一番強い振動は、鉄パイプを伝い、頭目の手をも震わせ、そして握力を弱らせ、鉄パイプを手放させる。
言うまでもなくこれは、隙――コーリンは容赦なく震撼剣の峰を打ち付け、頭目の気を失わせた。
一方、マジナは気絶する不良をも襲おうとする、凶暴な青竜を大人しくさせる。
「こらこら、PORTORN。もう暴れる必要はない……姉御、こっちは片付け終わったよ、そっちは」
「以下同文。で、こいつらどう片付ける?」
「さぁ、暗めのところで転がしとけば? 私の元いた世界でも、そういう奴がそういうところによくハエとウジたからせてたし」
「それはオレとして、不衛生で不養生が過ぎると思う。まとめて燃やすかゴザ掛けようぜ! ピコリ、お前はどうしたい」
と、コーリンは笑顔でピコリに聞く。彼女はそれ以前の会話のヤバさで思考が止まっていたので、数分遅れて答える。
「い、いや……とりま一一〇番しようよ」
ピコリは『なんか買い物帰りに歩いてたら不良がバタバタ倒れていた』といった具合の電話をして、二人の姉と共にこの場で待つことにした。
「……という訳で、今日は遅くなるから。うん、本当にごめんなさいサバキ姉さん今回は勘弁して、お願いします、鶏軟骨買ってきてますから! ……わかった、ありがとう、それじゃあ!」
もちろん家への報告兼サバキのブチギレに対する保険掛けも忘れない。
ピコリは電話を切った後、季節上やかんのようになったため息を吐く。
「……はぁ、疲れた。W姉ちゃん、家への連絡終わったから……たく、おっそいなぁお巡りさん! こんなか弱い女の子をこんな寒いところに放置するなんてさぁ」
「確かに、酷な話だよね……ああ、本当に風邪ひきそう」
「ならマジナ、オレが温めてやろうか?」
「へぇ、それはありがたいね」
コーリンとマジナは寄り添い、密着する。
「はっ、まっ、ま、さ、か……」
「あんまり熱くするなよ、さもなくばこんな路肩で服を脱がなきゃいけなくなるからな」
「私は構わないよ、慣れてるから。それにいい思い出になるじゃないか。こういう闇夜で姉妹二人でさ……」
「ちょっ、二人とも! 二人ともー! ああ、おまわりさーん、早くしてくださーい! この人たち公序良俗に反するかもしんないんでー!?」
【完】




