第12話 満月のメリークリスマス
とある日の夜、ピコリは、カレンダー――特に十二月二十五日を見つめていた。
「おい、そろそろ寝る時間だピコリ」
「わかってるよサバキ姉さん」
ピコリはニヤニヤしながら、寝室に向かっていった。
翌日。
「それじゃあ、行ってくる」
普段と変わらない様子でチヨは家を出る。
「へぶっ」
直後、ルシェヌは顔面から激突する。これで通算二十一回目だ。
「いたた……全く、つれないのじゃ、いってきますのキスぐらいさせて欲しいのにのう……」
一方、他の五人はリビングにて、いつも通り時間を潰していた。
その中で、ピコリはウキウキしながら、
「ねぇ、今日は何の日だか知ってる?」
ピコリの期待に反して、皆はピンと来ず、微妙な反応をする。
「クリスマスだよ、クリスマス! 皆知らないの!」
コーリンは言う。
「切支丹の祭りのことか? それがどうしたんだ?」
「確かにそうだけど、イメージが古くさ過ぎるよ!」
マジナは言う。
「私は知ってるよ。その日は忙しいからあんまり好きじゃないかな、独り身の憂鬱さを発散したいからって次々と溜まりに溜まったお客が……」
「一部ではそういう習慣もあるけど、それはこの場には相応しくないセンシティブ味があるから不正解!」
サバキは言う。
「知らんな。そもそも忘れたかピコリ、自分たちは約九年も異世界にいたことを」
「そういえばそうだった。てへっ。
じゃあここで一つ説明を入れるとしなきゃ。
クリスマスっていうのは、さっきコーリン姉さんが言ったのが本来の意味だけど、今だと、何かパーティーとかする楽しい行事っていう認識で構わないよ」
「楽しい行事じゃと……」
ここで、ルシェヌはピコリの服の裾を掴み、彼女を恨めしさ全開の目で見る。
「さてはピコリ、その日のパワーを利用して、お母さんを独り占めしてあんなことやこんなことを企んでいるのじゃなー!?」
「それはあなたの願望でしょルシェヌ!? てか、それだったら皆に言うのはド級のプレミじゃん! なぜそんな論理の飛躍に至ったし!?」
「そんな楽しそうなことを今までずっと黙ってたからなのじゃ! 絶対独り占めしようとしてたのじゃ!」
ユノスはパタンと食器棚を閉めて、ピコリに言う。
「ねぇピコリ、ボク漫画描きに部屋戻っていい?」
ピコリのこれから話す計画にとって、ユノスはキーパーソンと言っても過言ではない。
なのでピコリは慌てて引き止める。
「ああちょっと待って、今からただちに説明するから! 今ウチがここに来て話したのは、お母さんをサプライズで喜ばせようと思ってさ!」
「サプライズで?」
「喜ばせる?」
「クリスマスを用いてか?」
「そう、正解、トリプル姉さん!
お母さん最近何か心底疲れてるらしくて、今日はクリスマスだっていうのに何もしてないから、代わりにウチたちでクリスマスパーティーの準備をするってわけですよい!」
「なら尚更早く言わなかったのじゃ! このアタシの魔法で、そんなのちょちょいと準備して、なんなら一ヶ月前からクリスマスパーティー出来たのじゃぞ!」
「それはルシェヌは口が軽そうだったからだよ! てか、十一月にクリスマスする人がどこにいるの。せいぜい●KEAかニ●リでクリスマスツリー買いに行くぐらいでしょ」
「で、どうするんだい姉御、これに乗るかい?」
「もちろん! ピコリがそこまで言うんだし、母さんには今まで散々世話になったからな」
「自分は、あまりチャラチャラとしたことは好きじゃないが、そういう意図なら頑張ろう」
「ボクはどうでもいいよ。お仕事できるならそれでいいし」
「はいピコリ、これで五人全員同意したよ」
「ありがとう皆。本当に……本当に……『ありがとう』……それしか言葉がみつからない」
これにて、満月姉妹によるクリスマスパーティー準備が、今始まったのだった。
「と、言われても一体何を準備すりゃあいいんだ?」
「フライドチキンはどっかで調理済みを買えばいいから。ウチらが用意するのは、腕のレベルを考慮して、ポテトサラダとサンドイッチと、あとは頑張ってケーキかな?」
「材料はあるのかい?」
「それはー、ユノス、これに書いてある物を一式買ってきてくれる?」
「うん、わかった」
ユノスはせかせかと家を出て、近所のスーパーへと向かっていった。
「それまで自分たちは暇だな、ピコリ」
「大丈夫。他にもやることあるから」
ピコリは四人の前に、あらかじめ百均でこしらえてきたクリスマス用の飾りを出す。
「この部屋にクリスマスパーティー感を出すために、飾りつけよっか」
「了解! このルシェヌが華やかに飾り付けるのじゃ!」
ルシェヌは飾りの中から、紐で繋がった旗を取る。
「えっルシェヌ……それはカーテンの上らへんに取り付ける奴だよ!」
「わかったのじゃ」
ルシェヌはカーテンの手前に立ち、必死で手を伸ばす。しかしルシェヌの身長上、それはまるで目標位置に届かない。
「無理に頑張らなくていいよ。その辺につけたほうがルシェヌらしいし」
「むー、ならば魔法で!」
ルシェヌは魔法を使い、旗を打ち上げる。旗はビチっと天井に張り付いた。
「よっし、完璧なのじゃ」
「……一周回ってよしにしとこ。気づくのと片付けるのが大変そうだけど」
数十分後。
「おまたせしました、皆様」
「買ってきたよ」
飾り付けが終わるとほぼ同時に、ユノスとアザレアが料理の材料調達から帰ってきた。
「それじゃあポテトサラダとサンドイッチとケーキだね。ボクに任せて」
「じゃあ、お願いねユノス。さて姉御、私たちはそれまで……」
「こら、そうすぐやらしい路線にいかない! 皆で準備しないとサプライズの味も失せるし!」
「しかし、情けないことに自分たちは満足に料理をした経験皆無だが……」
「オレも、正月モチをぶっ叩いたぐらいしか料理したことないんだが……」
「そのために簡単そうな料理を選んだんだってば。あくまでサプライズだから、こだわらずにいこ、ねっ!」
各々一抹の不安を抱きながら、六姉妹は早速、料理の準備に取り掛かった。
「サバキ、ジャガイモは茹で終わったかい?」
「経過時間計測……よし、大丈夫だ。これを潰して、この具とマヨネーズと混ぜればいいんだったな」
「あるだけの食パンは刻んだぞ。ルシェヌ、がんばれー、どんどん挟めー」
「せかすでないコーリン! でもこれでお母さん喜んでくれるのじゃ!」
チキンやフライドポテトは冷凍の既製品を使い、サンドイッチやポテトサラダなどの簡単な料理は自分たちで作る。
そのピコリの采配に狂いはなかった。料理経験の少ない一同でも、サクサクと料理を仕上げていった。
「よし、後はケーキだね! ユノス、スポンジの方は大丈夫?」
「うん。できた」
ユノスはテーブルにケーキスポンジを置く。
「これがケーキかえ、本当にただのスポンジに見えるのじゃ?」
「いまからこれにあれこれデコレーションするんだよ。ウチららしくさ!」
「ふーん、なら、これを使うのはどうだい?」
マジナは台所よりボウルを持ってきて、スポンジに塗りたくる。
するとスポンジは、黒みを帯びる。
「チョコレートケーキか、塗るのうまいね、マジナ姉さん。あれ、そういえばチョコレートホイップってユノスに買わせたっけ?」
「ああこれ? これは皆の目を盗んでホイップクリームに、私がよく食べてるカカオ九十七パーセントのチョコを粉々にしたのを入れたのさ。
私はあんまり甘いのは好きじゃないからね、大胆に、苦味が欲しくてさ」
「すごい大胆な……まぁ、ウチららしくていいや。じゃあ他に、何をデコ……」
ここでサバキが鶏軟骨の串をおもむろに持ってきて、あたかもショートケーキのいちごのように、鶏軟骨を規則正しく盛り付けた。
これにピコリは思わず吹き出す。
「ぷっ。サバキ姉さんかわい……」
サバキは顔を赤くして、ピコリに詰問する。
「……だ、ダメかピコリ!?
こういう形のケーキを見たことあるんだが!?
貴様が『ウチららしく』と申したから則ったのだが!?
黒いケーキに白い軟骨で、ほら、コントラストが効いて外見的にも良いと思ったのだが!?」
「いえ、問題ないです、はい、問題ないです」
ルシェヌは置く予定の飾りの一つを指さして、
「ピコリ、この白い板は何なのじゃ?」
「それは、何かチョコペンでメッセージを書くためのチョコ板だね。ルシェヌのことだから大体予想はつくけど、何か書きたいことがあるの?」
「なのじゃ。是非なく、やらせて貰うのじゃ!」
ルシェヌはチョコ板に『おかあさんあいしてる』とデカデカと書く。が、以降筆が進まなくなる。
(しまった、アタシの名前書く所無いのじゃ……)
このクリスマスケーキをルシェヌに私物化されたくない――そんな正論の元、ピコリはルシェヌからチョコペンを取り上げる。
「終わりでいいですよね、ルシェヌさん。『おかあさん愛してる』でOKですね。はい。重い感じもしますがこれでメッセージは十分ですよね。はい」
「おいこら! ペンを返せ、まだアタシの名前が……」
「マジナ姉さん。これもう使わないから中身ニューって吸っていいよ」
「サンキューピコリ。気前が良いね」
ペンを返して貰おうと、相手の高い背丈にジャンプで到達しようとするルシェヌと、『私の好みの味じゃない』と言いたげな顔をしてチョコを吸うマジナ。
そんな二人をよそに、ピコリはコーリンへ、
「じゃあ次デコるのは、コーリン姉さんね」
「デコるって、何をすればいいんだ?」
「そこからか……じゃあこのコーリン姉さんをイメージして用意した黄色のジャムペンで、何か真ん中辺りに描いて」
「おう、わかった」
と、了承してコーリンは、ケーキの中央に『百万一心』と、やたらと達筆に描いた。
「何これ?」
「オレの異世界の親父が城の拡張工事のときに、人柱の代わりに石碑を埋めたんだ。それに書いた標語がこの『百万一心』。その意味はな……」
「ごめん、長くなりそうだから早めにリアクションさせて。うーん、シブい!」
この後、ピコリはユノスとともに、カラースプレーを振りかけ、フルーツを盛り、ケーキとしての体裁を『余分なく着実に』整え、晴れてそれを完成させた。
そして六人は、チヨの帰りを待ち続け、時刻は七時になる。
「あれ、今までの法則的に、今日お母さんって六時くらいに帰ってくるよね? 何か今日は遅れる的なこと言ってたっけ?」
「さぁ、オレは聞いてないぞ」
「コーリン殿が聞いてないのなら、皆聞いてないに同じ。普段通り六時帰りで間違いないだろうな」
「けどおかしいね、遅れる時は遅れるって言うはずだけどな普通……やっぱ何かあったとしか」
ここで、固定電話が鳴り、一番近くにいたユノスが受話器を取る。
「うん、わかった。じゃあね……『疲れ過ぎてしんどいから、皆で迎えに来て』だって」
「え、それは大変なのじゃ! 早く助けにいくのじゃ!」
ルシェヌは一番槍の功欲しさに、我先に家を出ていった。
「して、どこに迎えに来いと言われたんだ、ユノス殿」
「今言おうとしたところだよ。ボクが案内するから、ついてきて」
かくて満月姉妹――場所がわからなくて結局戻ってきたルシェヌ含む――は、ユノスに案内され、迎え場所に行く。
その道中は、今日がクリスマスのため、鮮やかにイルミネーションで彩られていた道であった。
「綺麗だね、これがクリスマスなのかな」
「すっげー明るいな。清々しいくらい眩しい」
などなど、姉妹はその景色に、すっかり魅了されていた。
ピコリはつぶやく。
「そっか、みんなは異世界に行ってたんだった。また忘れてた……けど、やっぱりこの一ヶ月間は、最高に濃厚で、楽しかったなあ」
(……それと情報量多すぎて疲れた)
「さて、ユノス、チヨ殿は具体的にどこにいるんだ」
「もう少しでわかると思う……」
「ああ、あの忘れもしない桃色の髪は……!」
ルシェヌは一目散に駆け、飛びつく。その対象は言うまでもなく、
「うわっ、びっくりしたじゃんルシェヌ……」
「母さん! 具合の方は大丈夫か!?」
「ごめんみんな。それ、嘘なんだ」
それを聞き、一名を除いた満月姉妹は声を上げて驚いた。
マジナはニッと笑いつつ言った。
「だろうね。私はわかってたよ、そこまで疲れるくらいなんて働かされたなんて、このご時世じゃ、コンプライアンスってのによろしくないだろう?」
「めざといねマジナ。そして騙してごめんね。今日はクリスマスだから、特別な、皆を驚かせることがしたくてさ。だからここまで誘導して、これを見せようとしたの」
チヨの右手が指す方にあったのは、見事に飾られたクリスマスツリーであった。
「綺麗だな」
「おう、最っ高に綺麗だぜ……」
満月家は、その光景をとことん目に焼き付け、見惚れるのだった。
「あんまり長居すると、この寒さにやられるわよ。レストランもますます混むだろうし」
「そうだった。これも忘れてた……お母さん、レストランはいいよ、お家で食べようよ」
「? ああそう、わかった。じゃあ早く帰りましょう」
満月家は一枚、集まって記念の写真を撮った後、仲睦まじく家に帰っていく。
「ただいまー……ってなにこの料理!?」
「えっと、何て言うんだっけ……そうだ、あれだ!」
「「「「「「メリークリスマス、お母さん!!!!!!」」」」」」
その後には血の繋がりの無さも、九年もの空白も容易く埋める、なかなかに不思議で温かくて愉快な光景があった。
いや、それはこれからもきっとそうだろう。
と、チヨは少々歪なクリスマス飾りとごちそうを見て、しみじみと思った。
「あ、ありがとうみんなこんなに準備してくれて……」
チヨは言葉を失い、自ずと両手を口に置いたフリをして、両目から涙がこぼれてもバレないように人差し指を目頭に押し付ける。
それでもなお、目の奥から湧き出てくるものが抑えきれそうになかったため、チヨは、この空間のなかで特段異様な雰囲気を放つオブジェクトを指し、話題をズラそうとした。
「あ、あの不気味なケーキもみんなが作ったの?」
「あ、うん……」
【完】




