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第116話 Regain

 十月初頭の某日。明かりがほぼほぼ消えた百式高等学校の校門前。


 そこには覚悟を決めた面構えをしたピコリと、付き添いのネロアとワノがいた。


「それじゃあみんないい……?」


「無論、僕(やつがれ)は一刻だろうと構わず往ける!」


「むしろさっさと終わらせたいっ

スよ、これ」


「わかった、じゃあ行くよみんな……ウチの宿題を取りに!」


「応!」「了解っス」


 そして三人は校門を過ぎ、校舎へ、ピコリのクラスの教室へコソコソ駆け出した……


*


 時はさかのぼること数時間前。


 明日から秋休みに突入するということで、満月姉妹は上機嫌に夕食を楽しんでいた。


 ところがピコリは途中、我に返ったように黙々と夕食を食べ、それが終わると二階へ行き、通学用のカバンを持ってきた。


 この急ぎ様を見てチヨは言う。

「急にどうしたのピコリ? もうちょっとゆっくり食べていいんだよ? おかわりもあるんだし」


「大丈夫だよお母さん。ウチは他にやらないといけないことがあるから……」

 と、言いつつピコリはペンケースとプリントを入れる用のファイルを、ソファーテーブルに置く。


 コーリンはピコリの考えにいち早く気付いて

「やっぱりそれかピコリ。休み時間のときもそうだったが、つくづく必死だな」


 遅れてルシェヌもピコリの考えに気づく。

「ピコリらしく単純な企みなのじゃ。ピコリ貴様、さてはさっさと秋休みの宿題を終わらせようとしておるな」


 ピコリはファイルの中から宿題プリントを探しつつ、

「あったりー。けど悪い? 宿題終わらせて自由時間をたっぷり確保しちゃダメ?」


「別に悪くはないけど……突入前々日にそこまで張りきらなくてもいいと思うけどね」


「そうじゃそうじゃ。長い休みの宿題なんて、思い出した時とか本当に暇な時にやるのが一番なのじゃ」


 ここでコーリンは、ルシェヌにとってものすごく痛いことを言う。

「けどお前、夏休みの終盤あたりに結構焦ってたよな?」


 マジナとサバキが続けて言う。

「そうそう、流石に最終日に泣きながら。とはならなかったけど、一週間前から『こことこことここと……もう全部教えてくれなのじゃー!』ってやたらと騒いでたよね」


「自分もきっちり覚えているぞ。貴様の『思い出した時』も『本当に暇な時』なんてあってないようなものだから、貴様も今日からやったほうがいいんじゃないか?」


「ふ、ふん。そんな細々としたことアタシはしないのじゃー。けどそこまで言うのなら……代わりに『やる気が出てきた時』か『すごく眠れない時』にやるのじゃ」


「それこそあってないようなものだと思いますよ。ルシェヌさん」

「そうっスよ。そんな風の吹くままにみたいなこと言ってないで、コツコツやれっス」

 と、まだ学校に通っていないため、秋休みの宿題を貰っていないネロアとワノが、ルシェヌを戒めた。


「いったいどの口が言ってるのじゃ!」


「ええェ〜〜〜っ……!」


「そして今のは誰の断末魔なのじゃ!?」


 この断末魔によく似た叫びの主は、ピコリだった。

 彼女は何度も何度もファイルの中身を捜索するが――そこには宿題のプリントが入ってなかった。


「しまった! 学校で頻繁に出し入れしてやってた流れで、宿題を机の中に忘れてきちゃったァ〜〜!?」


「「「ええェ〜〜〜っ……!!!」」」


*


「……というわけでウチはわざわざ夜中に学校に来てるんです」


「誰に向かって話してるんスかそれ」


「ちなみにネロアとワノに来てもらったのは一人で静かな学校歩くのが怖いからです」


「なるほど、それが根底か」


「ネロアもネロアで、なーに納得してるんスか。しかもわりと久々の中二ギア入れて。

 ……ところでピコ姐、何故にアタイとネロアをチョイスしたんスか? イバラとか大分ノリノリで行こうとしてたっスのに」


 ワノにこう聞かれたピコリは、急に声のトーンを落として答える。

「……それはね、ウチの学校、恐怖の七不思議があるからだよ」


 ちょうど校舎に入りたての時だった。

 このピコリの答えを聞いた二人は、元々静かだった学校が、より静かになったように錯覚する。


「恐怖の七不思議か……」


「そう。この百式高校で起こる七つの怪奇現象をまとめたもの……だよ」


「ですから僕とワノさんについてきてほしかったのですね」


「ネロア、急にえげつない理解力披露すんのやめてくんないスか。こちとら意味わかんないスから」


「そうそう。骸骨使いと吸血鬼、クラス:ネクロマンサーとクラス:ヴァンパイアだから、そういう心霊現象とかに強いかなーって思って来てもらったの。

 ああ、2025年6月からクラス:ナイトメアに統合されてたね……」


「あー、なるほどそういうことっスか……じゃあ見当外れもいいとこっスよッ!」


「え、どうして?」


「アタイは後天的に吸血鬼になったっスから、根のホラー耐性はあんまないんスよ!

 種族的特性で、せいぜい暗闇を平気で歩けるとかそんなぐらいっスよ!」


「ちなみに僕はお化けとかむしろ大好きです」


「ネロア! 今、誰もアンタのホラー耐性聞いてないっスから!

 あと、脈絡無く中二ギアOFFにするのはモゾ痒くなるからやめろっス!」


 閑話休題。

 ピコリたちは、宿題が置いてある五階の教室を目指して、階段を昇る。

 防犯上の理由のためか、最低限の照明は着いている。暗いといえば暗いが、常時ビビりながら歩く羽目になることはなかった。


「ま、恐怖の七不思議とかなんだかあっても、結局は五階まで登って教室寄って、あとは来た道を引き返せばいいだけっスよね? じゃあさっさと終わらせて帰れるっスね」


「あ、ちなみにただいま一つ目の七不思議に来てまーす」


「え!? もうっスか!?」


 本来ならばないはずの十三段目の階段が、闇夜のみに現れる。そしてそれを踏んだものは命を奪われる――七不思議の一、『黄泉の十三階段』。


「なら先にいっとけっスよ! もう何段まで登ったかわかんなくなったじゃないっスか!」


「大丈夫です、僕がキチンとカウントしてましたから。今、僕たちは七段を踏んでます」


「おおっ、さっすがネロア。気が利くね……で、何故に予めカウントしてたの?」


「学校七不思議といえば『十三段目の階段』ですから。そうくるかなぁと思って構えてました」


「あ、やっぱり知ってたんだ。さらにさっすがだね、死神の右腕さん」


 そこから三人は一段一段カウントして、階段を登る。


(九、十……)

(十一、十二……)

(十三……は踏むと死ぬっスから……十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十)


 そして三人は踊り場に到達する。

「二十一……っスね」


「……へー、ウチの学校の階段、十三段以上あったんだ」


「だとしたら、七不思議言い出した奴は何を考えてたんスかね?」


*


 三人は五階まで上がり(なお、この道中に十二段以下の階段はどこにもなかった)、一年A組――ピコリの教室に到着。さっそく自分の机の中を探す、が……


「あ。ごめん、そう言えば部活でも宿題やってた。だから多分宿題部室にあるわ」


「なーに大ポカに小ポカ重ねてるんスかピコ姐」


「まぁまぁ、いいじゃないですか。入学前に学校を歩ける時間が増えて」


「よかないスて。だって、この流れだと二つ目とか三つ目の七不思議に出くわすハメなるっスから……」


「ああ、それもいいですね! 僕、このまま七不思議を一つだけしか知れずに帰っていいものかと思ってましたので……」


 ワノは教室の隅にあるロッカーに寄りかかり、思いきし頭を抱えて、

「下手すりゃネロアの方がピコ姐より面倒かもしれないっスよこれ……」


「あ、ワノ気をつけて! そこにひょっとしたら七不思議がいるかもしれないから!」


「ホゲぇっ!? マジなんスかそれ!」


 ロッカーに軟禁されたイジメられっ子の怨念のお化けが、校内のロッカーのどこかに潜み待ち構えている――七不思議の二、『復讐のブギーマン』。


「そうだよ、マジナのだよ! もし捕まったら抱えられて、どっかしらにあるフックに吊るされるから気をつけて!」


 吊るすならせめて洗濯ばさみにしてくれ。と、懇願しながらワノは誰のものか知らない机の下でうずくまる。


 一方、怖いもの知らずのネロアはごく普通にロッカーを開ける。


「あ、海外のベタな人形型クッキーが四枚入ってました」


「四枚? うわー、それはやっばいねー」


「枚数の問題じゃないっスってー! クッキーがロッカーに入ってるところを怖がれっスのー!」


「確かにそれは怖いね。ホラーゲームとかにこういう意味不明なオブジェクトが出てくる演出よくあるよね」


「そういう観点からじゃないスよピコ姐!」


*


 ピコリの部活――軽音楽部の部室は三階の音楽室。なので三人は三階へ降り(ちなみに道中、十二段以下の階段はなかった)、音楽室を目指して廊下を歩く。


「あ、そうだ。二人ともこのポスター見て」

 ピコリはロッカーに貼られたポスター――七年前の、学校近くのイベント会場で行われる博覧会のポスターを指さす。


「このポスター、謎にずっと貼られっぱなしなんだよねー。卒業生が関係したイベントのポスターとかならわかるけど、これはそういう縁もなさそうだし」


「へぇ、不思議ですね」


「でしょー、不思議でしょ。あ、ちなみにこれが三つ目の七不思議」


「……急に七不思議の格がガタ落ちしてないスか?」


 そして三人は音楽室に入り、ピコリは奥にある小部屋から、


「あった! 今度こそあったよ!」


「よっしゃっス。これでこれ以上怖い思いしないで帰れるっス!」


「……いや、ちょっと待ってください。この音楽室、変です! 上を見てください!」


 音楽室の上といえばクラシック作曲家の肖像画。それに怪談要素が組み込まれると頻出されるものといえば……


「まさか、肖像画の目が光ってるとか動いているとか……」

 ワノは本当は見たくないと思いながらも、『そういう時になぜか怖いものを見たくなってしまう』という、人間のいらない機能の五指に入る(※作者調べ)という『性』には逆らえず、ワノは上を見てしまう。


 するとそこには……肖像画がなかった。


「うん、この学校、肖像画はないの。『別に音楽ってクラシック以外にも色々あるから、クラシック作家だけ偉大に飾ってるのもなんか変じゃね?』っていう学校の方針であえて無くしてるんだって」


「そ、そりゃあいいっスね……しょうもない怪談を根本から潰せてるっスからねぇ」


「さらに余談だけど、この高校、校長室に歴代校長の写真がズラって飾ってないの。

 デジタルフォトフレームにデータとして入ってて、それが時間経過でじゅんぐりに写されてようになってるの」


「へぇ、すごくハイテクで面白いですね」


「でしょー? ここ最近学校にデジタル取り入れるブームがあるけど、まさかそこ!? ってなるよね。あ、ちなみにこれ七不思議の四だよ」


「余談で済まされるとか、まーた七不思議の格が落ちてないスか?」


*


 宿題の回収を無事終えたピコリたち三人は、一階へ降り(※ここに何を書こうとしたかは、お察しいただけると幸いです)、下駄箱の方へ戻っていく。


 その最中、三人は食堂の側を通りかかる。


「あ、ここに七不思議の五があるよ。

 日替わりで出されるラーメンの内、塩ラーメンだけがクソマズイの。

 味噌とか醤油とかは普通に校内食堂らしい素朴な業務用テイストなのに、何故か一番味のイジリようがない塩が、余計なもの足し引きされてる感じがしてクソマズイんだよ」


「はいはい。そうスかそうスか……じゃあ早く帰ろうっス」

 もうワノは七不思議に対してさして興味も恐怖もない。


 数を重ねる度にしょぼくなっていく七不思議にして、先程とは別な意味で滅茶苦茶帰りたい気持ちで頭がいっぱいなのである。


「それが七不思議の五つ目ですか……あれ? 何だかさっきから七不思議のジャンルが変わってきているような……」


「……今さらっスか?」


 そんなこんなで三人は、出入口の下駄箱まであと少しというところまで差し掛かった。

 しかしその道中、ピコリはボイラー室の扉の前で足を止め、


「はい、わかってるっスよ。七不思議の六っスよね?」


「あたり。これは七不思議の六。『教頭先生のボイラー室』だよ」


「教頭先生の、ボイラー室ですか? 変な組み合わせですね? ボイラー室なんて事務員さんしか出入りしないイメージがありますけど……」


 ピコリは声色を、この話の序盤のホラーテイストな方に変えて

「そう……そこがこの七不思議の肝なんだよ。

 これは友達の友達から聞いた話なんだけど……十何年前にいた教頭先生は、『奥さんがパッチワーク教室に通ってるせいで家中が無駄に派手な柄まみれになった』とか、『息子さんがe-Sports選手になるために、毎日のようにゲーミングデスクをねだってくる』とかで、色々ストレスを抱えていたの。

 そしたらある日、教頭先生はこのボイラー室の中で……なんか色々あったの」


「なんか色々……」

「あったんスか……まさか、この中で教頭先生が!」


「そう……なんか色々あったの」


「……あのー、ピコ姐。今んとこ七不思議の中で一番現実味あって怖いんで、『なんか色々あった』って濁さずに、せっかくだからもっと踏み切った表現してもいいんスよ?」


「ええ、そんな無茶ぶりしないでよワノ。

 だって実際に『なんか色々あった』んだから。これ以上は言うこと無いって」


 ワノは数秒ほど、頭の中を整理して、

「わかった、じゃあ質問を変えるっス。

 その教頭先生はこのボイラー室でなんか色々あって、その後どうなったんスか?」


「おかげさまで数年後に別の学校の校長先生になれたらしい」


「へぇ、それはすごい不思議な話ですね」


「どこがっスか!? ただモヤってするだけの話じゃないスか! もう七不思議最弱かもしんないっスよこれ!」


「待ってくださいワノさん。まだ七つ目を聞いていないのに順位付けするのは時期尚早だと思います」


「ネロア、確かにそれは正論っスけど……ちなみに七つ目はどんな話っスか?」


「七つ目はまだ決まってない。語り継がれてからそれなりに時間が経っているのに未だに決まらないっていうところが不思議ポイントだよ」


「はい、これにて七不思議最弱が確定したっスね。そんじゃあ帰ろっス」


 七不思議を全て聞き終えたワノは、清々した様子で一人、下駄箱の方へと歩いていった。


「はぁ、今夜はまじで腹立ったから道中コンビニで甘いもの買ってこうっ……っス!?」


 その時、ガシャン、ガシャンと、上履きやスリッパなどからは到底出ない足音がこだまする。

 その音源は、ワノの正面……偶然か必然か、照明が故障している故に暗い廊下の奥にあった。


「な、何スか? 誰スか? いるなら早く返事してくれっス!?」


 返事はない。されど足音はどんどんと大きくなっていく。比例してワノの心拍の数も、流れる冷や汗の数も増えていく。


 そして、窓から月明かりが差し、比較的明るくなった場所に、足音の主が――鎧を来た、忌々しい様相の骸骨が姿を表す。


「い、いやぁぁぁお化けだじょぉぉぉ!」

 と、ワノは魂が飛び出だしてもおかしくないくらいの絶叫を校内に轟かせ、吸血鬼特有の力で天井に張り付き、セミみたいにガタガタ震えて泣き出した。


 この様子を見て、ネロアは彼女へ会釈程度に謝ってから、剣を投げて骸骨を粉砕し、消滅させた。

 それから改めて、ネロアはワノに謝る。

「ああ……ご、ごめんなさいワノさん。これ、僕が召喚したスケルトンです。

 もし七不思議のどれかが本当に危険だったらどうしようと思って、僕たちと別ルートを歩かせて巡回していたのです」


「だ、だったら先にいっとくんだじょぉ……このへらこいやつめぇ……」


 こうして、ピコリの宿題回収と、夜中の学校探索は無事終わり、三人は校舎を出る。


「おっと、その前に一つやり残したことが」

 ピコリは、校門の近くにある百葉箱を覗く。


「うん、怪しいものは入ってないね」

 確認を終えたピコリはネロアとワノの元に戻り、再び三人で歩き出した。


「今日はありがとね、ネロア、ワノ。お陰で怖がらずに宿題回収できたよ」


「いえいえ、こちらこそありがとうございます。夜の七不思議、どれもこれも面白かったです」


「そういえば最初の目的はそれだったっスね。なんか途中から全員スタンスがしっちゃかめっちゃかになってたような気しかしないっスけど。

 ……まぁ、アタイもピコリにはありがとうって言いたいっスかね。『忘れ物』と『噂』と『夜の学校』はろくでもないって、よ〜〜くわかったんで」


「えへへ、どういたしまして。

 あ、そうだ。二人とも、ここまで連れ添ってくれたお礼に、途中にあるコンビニで、百円くらいのスナック菓子とかおごってあげるよ」


「いいんですか!? ありがとうございます、ピコリお姉さん!


「スナック菓子っスか……どうせならスフレプリンがいいっスけど、あんま高いものを要求すると多分ひんしゅくを買うから……ありがとうございまっス!」


「心の声だだ漏れしてんじゃん。じゃあいいよ、二百円以内のものでも可にする」


「んー、それでも足んないっスね。スフレプリンは二百六十円スから」


「もうそこは普通のプリンで我慢してよー」


 恐怖あり、驚きあり、笑いあり……いつもと一味違った夜の学校から、三人は仲良く家へと帰っていくのだった。


 道中、ネロアは、野球部が練習に励んでいるグラウンドの方に目を向ける。


「たくましいですね。こんな夜遅くまで頑張っているなんて」


「ここ最近は大半の部活がそんな感じだよ。

 秋休み開けたらすぐ県大会! ってパターンが多いから、いろんな部活が夜まで活動してるの」


「……あれ? それじゃあ、別にアタイらがついてかなくても、一人で宿題取りにいけたんじゃないスか?」


【完】

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