第115話 野営炊飯、細々のち豪胆
九月下旬のとある土曜日。
サバキが会長を務める百式高校生徒会執行部は、近所にあるキャンプ場へゴミ拾いに行っていた。
「手を抜くなよ貴様ら、もうじき秋の行楽シーズンだ。
キャンプしに来たお客さんにガッカリされないよう、しっかり片付けるんだぞ」
「「「はい!!!」」」
いつぞやの児童館のお手伝い(※第77話参照)の時とは異なり、今日の生徒会執行部はやけに気合が入っていた。
それもそのはず、今日の活動のメインはゴミ拾いではなく……
「あ、お疲れさまです、先生!」
「サバキさんこそお疲れ様……さぁて、ゴミ拾いはそれくらいにして、そろそろお昼にするぞ!」
スーパーから戻ってきた顧問の先生が持ってきたのは、大量の肉と野菜。
本日は、日頃頑張っている生徒会をねぎらうワンデイキャンプの日。先生が持ってきたのは、その中でするバーベキューの食材である。
「いやっほーい!」
「ばんざーい、生徒会バンザーイ!」
待ちに待った肉の到着に、生徒会の面々は掃除用具をまとめて置いて、バーベキューモードに移行した。
そんな気変わりの速さを横目に見て、生徒会執行部員のユノスは、用具の整理整頓をしながら一言。
「みんなお肉のことしか考えてないんだね」
サバキも、集めたゴミを分別し直しながら、
「そうだな。別に肉を楽しみにするなとは言いたくはないが……もう少し生徒会としてのあり方を考えてほしいものだ」
「そうだよね。ボクはお昼抜きでずっとゴミ拾いしてもいいと思ってたのに……」
「ユノス、それはそれでおっかないからやめてくれ」
この後、なんだかんだ言いつつもサバキとユノスもワンデイキャンプを楽しんだ。
こうして、生徒会執行部は一足早い秋の行楽を楽しんで、本日の活動を終了した。
*
その夜。
「特に木炭で焼く鶏軟骨焼き鳥が一番うまかったんだ。香りが既製品とは段違いなんだ」
「ボクは焼マシュマロが一番よかった。甘くてふわふわとろとろだったよ」
と、二人は夕食中に、本日の体験を家族に話した。
「へぇ、いいなぁ。ウチも行きたーい。ワノはどう思う?」
ピコリからの適当なトスを受けたワノは、本日の夕食のメインである、昼過ぎ辺りからみんなでせかせか量産していた餃子一つを口にして、
「……なんスかサバ姐ユノ姐。それアタイらに対する自慢っスか?」
「自慢じゃない。ただ自分は団らんに華を添えてやろうと思っただけだ」
「ふーん。そうスか。ちなみに母さん、秋休みにキャンプとか温泉とか出かける予定とかはあるスか?」
ワノはチヨに尋ねると、彼女は苦笑いして、
「ごめんねー。アタシは普通に仕事があるから……」
「やっぱ自慢っスねそれ!」
まぁまぁとチヨになだめられるワノ。彼女にサバキは言う。
「ワノ、そもそも秋休みとは学校生活一年の折返し――貴様ら四人に限っては通い始める前の、ちょっとした箸休めの時間だからな。決して好き放題遊ぶための休日ではないのだぞ」
「さらに言うと、ボクたちは宿題もあるからね」
「ユノスの言うとおりだ。だからあまり、秋休みを気楽に過ごすんじゃあないぞ。
もし自分たちのようにキャンプに行きたいというのなら、もっと考えて自力で行くんだな」
ワノは悔しそうにうなり、謎に餃子のタレをワンショットきめる。
「それ体に悪いからやめたほうがい……え、イバラさん!?」
時同じくして、イバラはさらに謎にサバキとユノスに銃を向けている。
「こら、人様に平然と銃を向けるなと何度言われているんだ貴様……」
「イバラ、急にどうしちゃったの……?」
「……おまえたち……キャンプじゃない……!」
「ん? 自分たちがキャンプじゃないだと?」
「……キャンプ……あしたいくぞ……わたしがおしえてやる……!」
相変わらずの舌足らずなイバラの台詞を解釈して、サバキとユノスは言う。
「明日、貴様がキャンプを……?」
「ボクたちに教えてくれるの、イバラが……?」
「……そうだ……」
「じゃあ自分たちは二日連続でキャンプに行くのか……?」
「じゃあボクたちは二日連続でキャンプに行くの……?」
*
翌日。サバキとユノスはイバラによって強引に、昨日ゴミ掃除をしたキャンプ場へ連れて行かれることになった。
昨日の移動手段は生徒会顧問のマイワゴンだったが、本日は路線バスを利用している。
その車内にて。
二人横並びで座っているサバキとユノスは、席数の関係で、一人で斜向かいの座っているイバラに聞かれないよう、ひそひそ話す。
「ボクてっきり冗談だと思ってたのに、本当に連れてかれちゃったよ」
「朝起きた時、イバラが荷物一式揃えて待っていた時は肝が冷えたぞ。
……本人は一泊二日の『これこそ』のキャンプをしたかったようだが、高校生だけではキャンプ場に泊まれないことを教えられて助かった。
厳密に言うと、外泊許可証があればなんとかなるが……」
「それとお家にテントがなかったからね……けど、イバラだったら木とか集めてそれっぽいの作れそうだからこわい」
「そうだな。なんせ奴はエルフだからな……」
諸説あるがエルフとは大抵森で暮らしている種族――と、二人はピコリから聞いている。
だからキャンプは日常茶飯事……というよりほぼ日常のそれなんだろう。二人はなんとなくそう思った。
「ところで、どうしてイバラはボクたちにキャンプを教えようとしたんだろうね?」
「奴のことだから考えられる理由は二つあるな。
エルフとしてのプライドで自分たちに真のキャンプを教えようとしている。
それか、昨日の自分たちの体験談がピコリに感心されたことに嫉妬して、自分たちをキャンプとかこつけて山奥で痛い目に遭わせるつもりか。だな」
「後のはいくらなんでも……やりそうだね。イバラの独占欲はおっかないもん」
ここでイバラは二人の方へ振り返り、ギロリと睨みつけて、
「……いま……わるぐちいった……?」
「ううううん? いってないよ!?」
「全く、ユノスがそんなことするわけないじゃないか!
えーっとほら! 見てみろあのコンビニ! 珍しいことにサーカス団のトラックが停まっているぞ! おっかないよなー、ライオンとか!」
「……いぬだから……ライオンにはさからえないんだ……」
そう言ってイバラは前を向き直した。
「アザレア、ボクを守ってね」
『イエス、マスター』
「何があってもいいように自分も警戒しなければな……相手はイバラ、エルフだからな」
「サバキお姉ちゃん、エルフにハマってるの?」
バスに揺られること数十分。三人はキャンプ場に到着した。
まだ秋の行楽には多少早いが、日曜ということもあり、それなりに混み合い、騒がしかった。
けれどもゴミなどはあまり落ちておらず、とてもいい雰囲気のキャンプ場であった。
「だってボクたちが昨日お掃除していたもんね」
イバラは自分たちが使う場所を定めてテーブルを置き、そこに本日使う道具や食材を並べる。
「お米、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、牛肉、そしてカレールー……今日作るのはカ……」
イバラは人参をコンコン指でつつきつつ、サバキに銃を向けつつ、
「……つべこべいわず……かわむけ……」
「だから気に食わないことをしたら銃を向けるのはやめろイバラ」
そうは指摘しつつも、無駄口を叩かず作業に取り掛からないといけないことに関しては、イバラが正しい。
なのでサバキはイバラが銃を下ろしたことを確認して、人参を手元に引き寄せる。
サバキは腕に装着したナノマシン装備を起動し、人参をサッと撫でる。
装備から発せられた微細な電熱により、皮のみが的確に剥かれる。
一方、じゃがいもの皮むきを任されたユノスはベレー帽からアザレアを出し、二人で皮むきを進める。
そしてイバラは二人に銃を向ける。
「だから銃を向けるな……今度は何が気に食わないんだ」
「……じぶんのちからでむけ……!」
「え、ボクは自分でも剥いてるよ?」
「……らくしようとせず、じぶんでむけ……!」
「そこまで規定するのか……まぁ、料理自慢の貴様がそう言うなら従わざるを得ないがな」
こうして二人は人参とじゃがいもを、一個一個丁寧にピーラーで剥いていく。
その後もイバラは、野菜を切る作業も二人にマシンやアザレアを使わせずにやらせた。
「……あとは、みずとひ……」
「うんわかった。あ……水ってまさか川から汲んでこなきゃダメ?」
「……すいどうでいい……みずあそびにつかわれてるかわは……たいていきたないから……」
「そこはこだわりよりも衛生面を重視するのか」
「……けど……ひはてさぎょうで……もちろんきとはっぱはあつめる……」
「結局こだわる部分あったね」
三人はキャンプ場に設置された水道で水を補給し、
(ここに無料で使っていい枝があるのに……わざわざ拾いにいくのか)
焚き火に使えそうな木と葉っぱを集めに、山へと入っていった。
その最中、サバキとユノスは仕事をこなしつつ、またイバラに聞かれないようにひそひそ話をする。
「結局イバラは何がしたくて、こんな面倒なキャンプを自分たちにやらせているんだ?」
「ボクこのキャンプ嫌い。だって普通に時短できるところも無駄に手間暇かけさせようとするんだもん」
ユノスのベレー帽の中にいるアザレアは、いよいよ例の懸念が現実になるのでは、と危惧し始める。
『森の中……エルフのイバラ様であればホームグラウンドとなりますね。
やはり、いよいよあの銃の引き金を引くつもりなのでは……!?』
突然、ただならぬ殺気を感じ取ったアザレアは自らベレー帽の中から怪人態で飛び出し、ユノスの背後を護衛する。
「気をつけてくださいマスター、サバキ様! ……まさか本当に、やはりとなるとはッ!」
と、叫んだアザレアの正面には、銃を構えて一歩一歩、隙を感じさせない歩みで迫るイバラがいた。
「……どけ……!」
「どくものですか! キャンプの話を羨ましがられたというだけで手を下そうとするような方に、私は断じて従いません!」
「……どけ……みんな……!」
「え……み、みんな?」
イバラは後ろを見るように、銃口でジェスチャーを送り、三人はそれに従い振り向くと、遠くより熊が……
「このキャンプ場……熊が出るんだ」
「だとしたらキャンプ場として欠陥だなこれは……だが、あれ?」
……ちょこちょこ歩いてきて、その小柄さを三人に見せつけた。
「……小さい、ですね」
子熊は身構えている三人を見て、がおー、と、可愛らしく鳴いた後、普通に三人の前で寝っ転がり始めた。
「……かわいいね。サバキお姉ちゃん」
「あ、ああ。そうかもしれんな……人馴れがしすぎて怖いとは思うが」
この後、子熊をどうしようかと三人は考える。と、そこにイバラが合流して、
「……きいてみる……」
子熊にアーティファクト【意志を残すイバラ】を侵入させる。
この茨型のアーティファクトは、両端の一方を侵入させた物体・動物を操ることが出来る。
その応用で、イバラは子熊の考えていることを読み取ろうとする。
「……えっと……『ワイファイ』……『コンビニ』……『どこ』」
「Wi-FIのあるコンビニを探しているのかこの子熊……なぁ、イバラ、貴様もう少し物事をわかりやすく伝えてくれ……」
またしても突然、イバラはサバキに銃を突きつける。
「……どけろ……!」
「イバラ、もう今日で何度目だ、人に無闇やたらと銃を向けるんじゃない……まぁ、今回は多分向けたくて向けたのでは無いんだろうがな」
サバキたち三人は、イバラが銃を向けた方向へ視線を移す。
普通サイズの熊のつがいが、彼女たちを睨んでいる。
熊のつがいは、三人の側で寝ている子熊を見て激昂。ドスドスと同時に突撃を仕掛けてくる。
「マスター、ここは私にお任せあれ!」
「うん、頼んだよアザレア!」
アザレアはユノスを背後に回し、拳を構え、
「……かたっぽはまだこぐまのなか……これじゃあにひき……とめられない……」
イバラはアーティファクトの残り一端をどちらに侵入させようか考え、
「いや。ここは自分が全て引き受ける」
サバキは両腕の装備をバチバチ言わせて、最前列に堂々立つ。
「……サバキおねえちゃん……」
「サバキ様!?」
「サバキお姉ちゃん。無茶しないでよ!」
「無茶などする気はないさ……自分はただ、ここの片付けがし足りないと思っただけだ!」
サバキはまず熊の片割れの四足にルマを射出し、動きを封じる。
この時既にもう片方の熊は、サバキとの間合いを十分に詰めてきた。
だがサバキは一切臆することなく、
「残念だったな熊さん。自分は断退警察として、貴様のような粗暴相手には慣れているのでな!」
熊の額に掌底を食らわせ、ルマで動けなくなった熊を巻き込んで、木に激突させた。
「わぁ、さっすがサバキお姉ちゃん! 強いね!」
「ありがとうユノス。イバラ、まだその子熊は操ってる状態のままなのだろう?」
「うん……」
「だったら、子熊を親に返してくれ」
「……わかった……」
そしてイバラは子熊を、つがいの熊――子熊の両親の元に返す。
ついでに子熊を操り、親熊の誤解を説いた上で、三匹に元のすみかへ帰るよう命令した。
「これにて一件落着だな」
「……いやまだ……きとはっぱが……」
「イバラは最後まできっちりやるタイプなんだね。ボクですら『今日はもうこれくらいにしよ』って言おうとしてたのに」
*
それから、熊の一件を経てイバラに悪意が無いことを知ったサバキとユノスは、三人で協力し、無事カレーを完成させた。
そのカレーは鉄人イバラの完全監修のためか、色々と苦労したおかげか、普段食べるカレーよりもとてもおいしく感じた。
いよいよ頃合いがいいだろうと思ったサバキは、
「何故急に自分たちをキャンプに連れて行こうと思ったんだ?
さてはだが、『ただ買ってきたものを雑に調理したものよりも、こうして汗水流して作ったキャンプ飯の方が美味しい』と教えたかったからか?」
と、期待を込めつつイバラに問いかけた。
するとイバラは答えた。
「……ちょっとちがう……『ただにくやいたらおいしかったはなしを……ピコリおねえちゃんにじまんしてて……それがはらたった……だからふたりをくるしめたくて……わざとむだなてまをふやして……カレーをつくらせた……』」
結局、相変わらずなことに、サバキの期待を裏切ったのであった。
「まあいい、今回限りはこのカレーの旨さに免じて許そう」
しばらくして、『サーカス団の熊親子 無事帰還』という見出しのニュースが流れた。
その近辺で目立った熊関係の被害は起きておらず、事件は『熊親子はしばらくコンビニ周辺の森をさまよい、何とも遭遇せずに戻ってきた』という結論で終了した。
なお、脱走の原因は運搬中の運転手がコンビニのWi-FIを求めすぎたあまり、熊親子の管理を怠ったからである。
余談だが、戻ってきた熊親子の親熊二匹は、遭難のストレス故か、非常に臆病になってしまい、犬を見ただけでもうずくまるようになったという。
【完】




