第114話 ドラゴンズ・サウナ
九月下旬。某県某市にある、オープン間もないサウナにて。
「ネロア、初サウナの感想はどうだい?」
「はい、とても暑くて気持ちよかったです!」
金曜日の夜には必ず来ているくらいサウナにハマっているマジナと、サウナの気持ちよさを伝えるために誘われたネロアは、すっかりととのった状態でサウナを出て帰路につく。
「体内の精力全てを出し尽くすかのように汗水を流して、限界を超えて味わう快楽、そして外気浴中の余韻、うーん、やっぱり何度来ても飽きないよここ」
「外気浴中のマジナお姉さん本当に気持ち良さそうでしたね」
「そうそう、外気浴で果てるように横になるときが一番気持ちいいんだよ」
「へえ、そうなんですか。でしたら、ごめんなさい。僕はその時はそこまで……でしたね。
どちらかというとサウナ室に居た時が気持ちよかったような気がします」
「そのへんは気にしなくていいよ。体質とかで感じ方が大分違うから、ピコリは一セットでととのう通り越してバテたりしてるし。
多分来週も行くから、その時にセット数とか時間配分とか調整して自分のスタイルを探していこうよ」
「はい! 来週も楽しみにしてます!」
「うん……あ、そういえば時間配分で思い出した!
まずい、今の時間だと、走って家に帰らないと、門限と説教が大好きなワンコに吠えられるよ!」
「え、あ、サバキお姉さんのことですか! でしたら急ぎましょう! 門限はきっちり守らないといけませんからね……」
こうしてマジナとネロアはもう一度汗をかく羽目になり、自宅でお風呂に入り直した。
*
その日の深夜。
偶然にも目が覚めたネロアは、せっかくなのでトイレに行こうと一階へ降りる。
するとリビングの照明がついているのがわかる。
「……お母さんかサバキお姉さんが作業しているのでしょうか?
にしては何やら騒がしいような……」
気になったネロアはリビングの様子を覗いてみる。
すると、ダイニングテーブルに八体の手乗りサイズの竜がこぞっていた。
「O、OO、OOO!」
「JAVAVA、JA、VAAA!」
「WHAYYY!」
「O、JavaWock、Hellkite-W、みんなの気持ちは私にもわかるけぇの。
けどマジナにもマジナなりの考えがあるはずじゃけんから……」
「これはこれは、マジナお姉さんの八竜じゃないですか。こんな夜遅くに会議するなんて……お疲れ様です」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
八竜とはマジナが持つカードにより呼び出される、マジナの仲間である。
マジナは、モンスターを召喚するカードが貧富を左右する異世界『マサガクル』に転生した。
そこでマジナが手に入れ、怪盗稼業で共に活躍したのが、この八体の竜なのだ。
なお、ここから八竜の台詞は、そのうちの一体の、含蓄があり人語が話せる黒竜『IrrynCrash』が随時翻訳しているという体で、括弧書きで翻訳していく。
「GOOWGOW(会議というほど格式ある話をしていたつもりはございませんが。そちらこそ、お疲れ様です)」
と、橙竜『Bhmthon』は礼儀正しくネロアに挨拶する。
「お疲れ様です。ところで、皆様はここでどのような話をしていたのでしょうか?」
赤竜『Hellkite-W』はぶっきらぼうに答える。
「WHAAAAY(決まってんだろ。『俺たちを暗くて狭いロッカーに放置して、サウナにいくマジナ様』についてだ)」
「なるほど。その件でしたか。それは難しいですね。僕が確認した限り、サウナはスマホなどの余計なものは持ち込みできませんから。そもそもですが、カードは持ち込んだらふやけてしまうので……」
このネロアの発言の一部に、黄竜『SGL』がキレる。
「PYEE!(無礼ですわ! 私たちはちょんとそこらの紙切れとは違いますの! 燃えるだの破れるだのふやけるだのというやわな傷つきかたは一切しませんわ!)」
「そうでしたか。すみません。
しかし、ふやけたりしなくとも、やはりマナーはマナーですので、ロッカーで待たされてしまうのは仕方ないことかと思います」
白竜『JavaWock』は悔しさをにじませて言う。
「JAVAVA、JA、VAVA(本音を言えば、どうせなら我らはそのマナーは理解しておる。だから今、我らがマジナ様に物申したいのは……)」
そしてここでIrrynCrashが、八竜の総意に近い疑問を浮かべた。
「サウナとは、私たちを暇にさせてでも行きたいものなのか? 私たちが問いただしたいのはそこじゃけんよ」
「なるほど。言いたいところはそこですか。
……でしたら、皆様に申し訳ありませんが、暇にさせてでも行きたいものですかねー。サウナはととのいますから。あ、皆様にわかりやすくいいますと気持ちいいです……」
このネロアの、体験者としての言葉を聞いて、青竜『PORTORN』は唸る。
「QYEE(なんや、そんな気持ちいいとこなんかサウナっちゅうもんは)」
続けて緑竜『BASLC』は言う。
「NINNI(しからば、拙者も一度は体験してみたいでござる……)」
「ふーん。やはりサウナは私たちを暇にしても行きたいものじゃけぇの……
だったらみんな、ここはマジナに物申す前に、私たちもサウナを体験してみるのはどうじゃけん?」
紫竜『O』は身をくねくねさせてその意を示す。
「O(それいいね! アタシ賛成!)」
他の六体の竜も大いに喜んで賛成した。
「それじゃあ明日、マジナに私たちでも入れるサウナに連れてってくれるようおねだりしてみるじゃけん」
「そうですか、頑張ってください! 僕も応援してます!」
ここで、BhmthonがIrrynCrashに耳打ちする。
「GOWGOW(IrrynCrash殿、予習として、ネロア殿からサウナがどのようにして気持ちいいのか聞いておいたほうがよいのでは?)」
「それもそうじゃけんね。ネロア、サウナの気持ちよさ――ととのうってのはどんな感じかサッと教えてくれなん?」
「はい、いいですよ」
この後、ネロアは言われた通りサッと自分の体験談を踏まえた『サウナの魅力』を八竜に伝えた。
そしてサバキに見つかる前に、大急ぎで寝室へ撤退した。
*
翌日。
「うーん。それは難しいなぁ」
と、マジナは八竜からのおねだりに難色を示す。
「やっぱり、余計なものは持ち込めないんけぇの?」
「そうだねぇ。大抵のサウナは無理っぽいねぇ。
タオルとかシャンプーとか、関係あるものは持ち込めなくもないけど……」
「PY、PYY!(でしたら、タオルに挟まったり、シャンプーのボトルの中に隠れたりすれば私たちでも入れたりはしないのですか?)」
と、SGLはマジナに提案するも、マジナは首を横に振る。
「それは出来るには出来るけど、サウナ本来の楽しみが減るからオススメはできないかな……やっぱりサウナは熱を直で浴びるに限るからさぁ」
「PYE……(やはりそうでしたか。ネロアさんも熱を直で全身で浴びるのがいいって言ってましたわ)」
「WHAAYYY!(だったらもうコッソリ入っちまおうぜ! 俺なら飛んであんまり見られない天井に留まれるしよ!)」
「NINNIN!(忍び入るのは拙者の専売特許でござる! サウナの物陰に隠れていれば……)」
「ダメダメ、Hellkite-W、BASLC、二人ともダメ。
更に言うと、サウナは堂々とどっしり座って構えて温まるのがいいんだから、それもそれで楽しみが減るよ。
あとアタシ、ひょっとしたら見つかるかも知れないって考えて、別な汗かきながらサウナ入るのが嫌なんだけど」
「WHAY……(そうかよ。なんか変だぞ今日のマジナ、こだわりが無駄に凄いぞ)」
「NINNIN(文句を言うでないでござる、Hellkite-W。ううむ、さればもう、拙者たちはサウナに一生入れないでござろうか……?)」
「それは私も困るなぁ。私も君たちにととのう快感を教えてあげたいのに……
んー、家のお風呂をサウナに出来るグッズとかあるけど、あれはお値が張るし……んー」
ここでマジナは閃いた。
「そうだ、手乗りサイズになれる君たちが入れるくらいの、サウナっぽいなにかなら、家で作れるかもしれない」
「QYEA!(おおっ、冴えとるなぁ! 流石ワシらのマジナやで!)」
「本当にありがとうじゃけんマジナ、私たちのためにここまでしてくれて……」
「まだここまでする前の段階だけどね」
というわけで、マジナはサウナに近くなりそうな物を色々考え出す。
まず最初に出来上がったのは、百円ショップのプラスチックケースに、熱々のカップ入りコーヒーを入れて、内部を温めるというものだ。
「自信がないから、まず一人ずつ入ってもらうことにするよ。それで、誰が行く?」
真っ先にしっぽを挙げたのはOだった(彼女はざっくらばんに言うと蛇型フォルムなので手がない)。
「O(はい、アタシが行く!)」
こうしてOは一体で、コーヒーカップと一緒にプラスチックケースの中に入り、湯気に包まれる。
「うん、これなら蒸されてる感じがしているはず。もう成功かな?」
しかし、
「O、O……(うえぇ、ジメジメしてて気持ち悪いぃ……)」
実際の効果は不快感の極みだったらしく、Oは数分足らずで救出された。
マジナはプラスチックケースからコーヒーカップを取り出し、それを一口飲んでから、
「うん、あからさまに失敗だ。やはりサウナは単なる蒸気だけではなく熱も重要なんだ。だったら……」
次にマジナが用意したのは、IHヒーターで加熱され、お湯を沸かした鍋である。
「JAVAA(これは……どちらかという温泉ではないか?)」
「うん、それはわかってる。だから……」
そこへマジナは、前に気になって買っていたレトルトカレーの銀パックを投下する。
「この上でカード状態で横になれば、お湯に浸かることはなく、ちゃんと熱と蒸気を楽しめるはずだ。
レトルトカレーの面積的に、今回も一人ずつ行って貰おうか。誰が行く?」
「WHAYYYY!(もちろん俺だ! なんせマジナの八竜の切り込み隊長といえば俺だからな!)」
「JAVAVA(然らば、何ゆえお主はさっき、Oに遅れをとったのだ?)」
マジナはカード状態にしたHellkite-Wをレトルトカレーパックの上に置き、鍋のフタをする。
そしてカレーの煮込み完了時間。マジナはHellkite-Wとカレーパックを取り出す。
Hellkite-Wをコップ入りの水に付けた後、マジナは尋ねる。
「どうだいHellkite-W、気持ちいいかい?」
「HWE(ぜーんぜん。相変わらず湿気は凄かったが、そもそも暑いとすら感じなかったぞこれ)」
マジナはご飯を盛ったお皿の上に、レトルトカレーを開けて出し、八竜と一緒に美味しくいただきながら、
「そうか。暑さがまだ足りない……というより、君たちはドラゴンだから、暑さには強いのかな?
だとしたら、もっと熱に力を振った方が良さそうだ……じゃあいよいよ最終兵器を出そう」
そして、マジナは気が進まないが、最後の疑似サウナを用意する。
IHヒーターの上に濡れ布巾で拭いて一応湿らせたフライパンを置き、それを弱火で熱する。というものだ。
「こ、これはもう純粋に熱すぎるじゃけんのぉ……」
「だって家の中で用意できる一番の熱源ってこれしかないもの。
ルシェヌの魔法とかも選択肢にあるけど、あれは信用が出来ないし。
君たちはドラゴンだからそうはないと思うけど、ヤバそうだったらすぐ救出するから安心して。私はドSじゃないからね。
今回はフライパンの広さ的に何人でもいけるから、行きたい人はその旨を教えておくれ」
と、マジナは八竜に問いかける。が、一体として意を示すものは現れない。
暑いのが嫌とか、火傷が不安とかそういう問題ではない。
本当にこんなのが気持ちいいのかとマジナに懐疑的になっているのである。
しかし、一方でこうも思っている。
これまで約十年間、マジナと苦楽をともにした自分たちが、たかがフライパンごときで一ミリたりとて距離を置いてもいいのかと。
その二つの感情の拮抗の末……まずIrrynCrashが結論を出す。
「私はいくけぇ! そもそも今回のおねだりの言い出しっぺは私じゃけん! なら私が率先して楽しまなければこの時間は全部むだじゃけえのぉ!」
このIrrynCrashの責任ある行動に、
「GOOW、GOW!(IrrynCrash殿……であれば自分も!)」
「NINNIN!(焦るなBhmthon、拙者もお供するでござる!)」
「QYEEAAA!(自分も急いどるやろBASLC。ま、かくいうワシも同じやがな!)」
「WHAYYY!(俺は行く! 切り込み隊長の座は譲らねぇ!)」
「JAVAVAVA!(もう大分遅れておるぞHellkite-W。ほい、我も征くぞ)」
「O(アタシも……さっき入ったけどいいよね?)」
「PYEE!(やれやれですわ。みんな我も我もと騒ぎ立てて……ええ、もちろん私もいきますわ)」
他の七竜は感化され、一同彼女に賛同した。
「ようし、じゃあ、今日以上に最低な夜が来ないことを願っているよ! ……今は午前十一時だけど」
こうしてカード化した八竜は、マジナによって熱々のフライパンの上に置かれる。
マジナが思うサウナ室の最適な滞在時間は八分。よってマジナは八分、フライパンの蓋をして、氷水が入ったボウルを用意して待つ。
(……誰一人として声をあげていない……これはまたしても無感動なのか、それとも私を心配させないためなのか……)
凶と出るか吉と出るか――八分後。緊張の中マジナは蓋を開け、八竜を速やかに氷水ボウルに送る。
「どうだいみんな! 気持ちよかったかい、苦しかったかい……どっちだい!」
「そんなの……決まってるけえの。気持ちよかったじゃけん! みんなと一緒に、マジナの期待に応えられたんだから!」
「そうか……そうかい、それはありがとう……じゃなーくーて! ととのったかい!?」
「NINNIN(何だ、そちらでござるか)」
「GOOW(であれば、微かだがそう感じています)」
「QYEE(せや、今回はドラゴンのワシらでもそんな気がしたで)」
「うーん、やっぱご家庭の熱源じゃドラゴンを完璧ととのわせるのは難しいのかー。
ま、入口だけ味わってもらえて嬉しいってことにし……」
「WHAY(まだネロアが感じたように、全身が赤くヒリヒリはしなかったけどな!)」
「……え、全身ヒリヒリ? それどういうことだいHellkite-W?」
「WHAY?(こちらこそ『え?』だぞ。ネロアは暑さで全身が赤くてヒリヒリになることを『ととのう』って言ってたのに……)」
もんのすごく今更だが、ここで一つ解説を入れるとしよう。
サウナにおける『ととのう』とは、サウナ、水風呂、外気浴を繰り返して得られる快感のことを言う。
けっして高熱で身体が赤くなることではない。
「ちょっとネロアー! ネロアいるー!?」
「はい、ずっとここにいますよ」
ネロアは、キッチンから見える位置で普通にゲームをしていた。
「ネロア、突然だけどサウナクイズ! 『ととのう』っていうのはどういう意味?」
「はい、『暑くなって全身が真っ赤になってヒリヒリすること』です!
体中が均等に赤色になるから、『ととのう』っていうんですよね?」
「ネロア、なーに私の八竜に変なこと吹き込んでるんだよー!
……え、じゃあまさか。ネロア、昨日の外気浴の時、なんかこう、頭の中で気持ちいいなーって思わなかった?」
「……いえ、単に涼しいなぁ、って思ってました」
*
一週間後。サウナにて。
マジナは六回目の外気浴を経て、すっかりととのった状態で更衣室に戻ってくる。
そこからマジナは、外気浴エリアにいるネロアに問いかける。
「ネロアー、今はどう? 気持ちよくなったー?」
「やっぱりまだ涼しいだけですー!」
「そうかい、じゃああと三セットくらいやっておいでよ。私はロビーで待ってるからー。それ以降はもう知らないけどー」
「わかりましたー、ではまたサウナ室行ってきますー」
マジナはロッカーを開け、その中で温めたタオルの中に入れた八枚のカードを開放する。
「君たちはどうだい、ちゃあんと整ったかい?」
「ええ、みんななんとなーくスッキリした感じがしてるけぇ」
「そうかい……じゃあネロアはドラゴン以上の耐性を持っている化け物だってことだね。
……さあて、来週はワノ辺りと二人で行こーっと」
サウナに限っての話にはなるが……自分たちの主人がネロアじゃなくてよかった。と、八竜は思った。
【完】




