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第104話 トツカさんは逃げられない!

 とある日の夜。チヨはロスイの商談に付きそう形で、高級料亭にいた。


「そういうわけでしてー、本当に腹が立ちますよねー! 飯島社長」


「ハハハッ、ですよねー! わかりますわかります!」


 ただし現在、本題の商談は終わり、あとは適当に料理とお酒を楽しむ時間となっている。


 この最中、今や大方BGMかラジオのような役割となっている、部屋の隅のテレビからニュースが流れる。


 大企業の社長が未成年と不適切な付き合いをし、謝罪したというニュースだ。


 商談相手の社長の男性はそれを拾って、

「あの社長、しらばっくれてましたけど結局本当だったんですねー」


 だいぶ酔いが回っているロスイはテレビの方を見てケラケラ笑う。

「最初っから悪いことしなけりゃ週刊誌のネタにならんかったんだよー、あんのバカ親父ー!」


「そうですよねー! けどあまり笑わないかと、なんせ我々も社長という重大な責任者なんですからー!」


「だよねだよねー! けどアイツみたいに連日報道されるレベルは流石にならねーよ!」


(商談の時はとても建設的ですごく参考になる話をしていたのに……お酒って怖いなぁ)


 ああいう風にもこういう風にもなりたくない。と、自分を戒めながらチヨはソフトドリンクを口にする。


 その時、商談相手の社長がチヨへ尋ねる。


「あ、そーいえば満月さん。三日前、車で娘の送り迎えしている最中に見たんですけど、なんか彼氏っぽい男性の人と一緒に歩いてませんでした!?」


「彼氏っぽい男性と……あたしが?」


「あらかじめ謝っておきます。勝手に撮ってすみません……」


 そう断り、商談相手の方は自分のスマホの画面をチヨに見せる。

 チヨが身長一七〇近くの青緑色の髪の少年と横並びで歩いている写真が、全画面で映されている。


「車内で娘が『何このイケメン!?』って黄色い声出しながら盗撮してた写真です。

 後々確認したら、横にいる方が満月さんにしか見えなくて……この方とはどういう関係です?」


 チヨは写真を何度も見て、隣の美少年の正体に気づき、苦笑いを浮かべて、

「……娘です」


「む、娘ぇッ!?」


*


 翌日の夜。満月家にて。


「あんまりうまくねぇなこれ」


「見た目だけはいいよね。見た目だけは」


「砂糖本来の味の主張が強すぎる」


 満月姉妹はチヨが持ってきた高級菓子を食べていた。


「こらこら、コーリン、マジナ、ユノス、好き放題文句言わないで。これうちの会社の取引先の社長さんからいただいたものだから。しかもお詫びのお気持ちを込めていただいたものだし」


「謝りたいならもっと旨いものよこせよ。まんじゅうとかモチとか」


「その人多分センス無いんだね。そんなんだから謝るハメになったんじゃないの?」


「あと謝罪の誠意を込めて送るものならもう少し控えめな味のもののほうがいいと思ったよ」


「三人とも言いたい放題が過ぎるって……」


 まずいお菓子の味を洗い流すように麦茶を一気飲みした直後、ワノは尋ねる。


「ところでその社長さんは何故に母さんに謝ることになったんスか?」


「それ丁度話したかったとこ。

 なんかその社長の娘さんが四日前、あたしとイケメン男子が一緒に歩いてるとを偶然盗撮してて、それを昨日社長さんに見せられたの」


「えっ、母さんがイケメン男子とお付き合いを……!?」

「お母さん、まさかとうとう再婚するの!?」

 直後、辺りの娘たちが一斉にどよめき出す。


「まさかぁ、あれだけのことあったら再婚なんてだいぶ勇気いる……」 


「な、なんじゃとぉぉぉ!?」

 ルシェヌは家中に驚きの声を轟かせる。


「声でかいってルシェ……」


 ルシェヌはチヨの服を掴み、ガッシガッシと彼女を揺らす。

「お母さん! このアタシを差し置いて一体どこのどいつとお付き合いしているのじゃ!?」


「いいいいや誰とも付き合ってないって! だってその隣にいた人、トツカなんだもの!?」


 身長は一七〇近く。

 今は寝間着の粗末なスウェットに包まれているが、それでもなお出るところはきちんと出ている贅沢なスタイル。

 髪は宝石めいた艶やかな青緑色。

 そして、顔は中性的かつ容姿端麗。

 このパーフェクトガールの名前は満月トツカ。満月家の九女。

 そんな彼女が麦茶片手にチヨの元にやってくる。


「母さん、俺のこと呼びましたか?」


「呼んではないけど、丁度いいところに来たね。四日前に一緒にスーパーに行ったこと覚えてる?」


「覚えてます。それが一体どうしたんです?」


「ほらー、トツカだったじゃん」


「「「「「「「「ふーん」」」」」」」」

 と、あれだけ騒いでいた娘たちは急速冷却した。


「ずるいのじゃトツカ! 二人っきりでお買い物デートなんてずるいのじゃ!」

 トツカにポカポカ見当違いの怒りをぶつけているルシェヌを除いて。


「ふーん。って、何そのさもありなんみたいな感じ。

 ツッコミたくならないの? どうしてあたしとトツカが歩いてたらデートと誤解されるんだー、って」


「ならねぇな」

「ならないね」

「ならないぞ」

「以下同文です。以上、ピコリからでした。上下は誰が言ってるかは、姉妹順で察してください」

「ならないよ」

「なりませんね」

「ならないっス」

「……ない……」


「……何故に?」


「知ってるからだ」

「知ってるからさ」

「知ってるからな」

「全員分の台詞書き連ねると、尺稼ぎと思われるかもしれないので、ウチが流れをぶった切って代弁します。その時のトツカ、男装してたんでしょ?」


「正解。みんな知ってたんだ」

 と、言いつつスマホの画面を皆に見せる。 その画面には、昨日の社長さんから没収した写真が映されている。


 本当にデートしているみたい。と、みんながしみじみ思っている傍ら、ネロアはトツカに問いかける。


「話したくないことだったら無理に答えなくていいけど……トツカ、どうしてここ最近、男装しているの? なんかお小遣いを八割もメンズ服代に回したって聞いたけど……」


「のじゃっ」


 邪魔なルシェヌを押してどかした後、トツカは即答する。

「いい女と思われたくないから。男どもから注目されたくないからだ」


「男どもから……注目されたくない?」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。


 表の現実世界と、裏の幻想世界が存在する異世界『カンナギイヤサカ』。それがトツカの転生先。


 高校一年生のある日、トツカはクラスメートとともに表世界から裏世界に転移。そこでカクカクシカジカあり、神【バアル】から力を賜った。


 この世界の基本原則として、神の力に目覚めると、能力を得るだけでなく、体格が良くなったり、髪色が変わったり、などなど、身体的特徴が変化する。


 それにより、当時身長も容姿も平均以下だったトツカはあっという間に今の美貌を手にしてしまったのだ。


 トツカは自分の胸を掴んでもにもに握りながら、

「あんの神め余計なもの寄越しやがって……この身体のせいで男どもからキャッキャ言われて! ウザイし恥ずかしいったらありゃしないんですよ!」


「どシンプルに嫌だったのね……」

  

「だってトツカ、元陰キャっスから。友達も裏世界行ってから出来たらしいっスし」

 と、ワノは余計な補足をして、トツカに睨まれる。


「さ、さーせんっス」


「……とにかく俺は男どもに見られるのが嫌なんです。だから男装するんです。そうすればナンパとかスカウトが避けられますから」


「なるほどね。これは元陰キャだからとか関係なく嫌そうね……」


 ここでルシェヌは手を上げて、トツカに尋ねる。

「しかし、それはそれで問題があるのではないかえ? だって昨日、社長の娘からイケメン扱いされたんじゃろ? なら今度は女が黄色い声上げてたかってくるじゃろ? それは嫌じゃないのかえ?」


 トツカはしばしうなだれて……

「嫌といえば嫌だな……この前スカウトも逆ナンにも合ったし」


「どっちもどっちじゃん」


「なのじゃ」


「そ、そんなことは無い! だって男どもより女子の方が寄ってくる人数が肌感少ない気がしますから!

 だから古着屋回りまくってメンズ服集めたのも、五分前後かけてサラシを巻くのも無駄じゃないんです!」


「そうなんだ……キレイ過ぎるのも滅茶苦茶大変だってことなんだね……」


 その後、満月家の話題はトツカのわがままな悩みから、


「ところで姉御、あの学校前のコンビニのメロンパンはもう食べたかい?」


「いんや、全く興味ないな。駅前のコンビニのカレーパンは週一で食ってるけど」


「飽きっぽいコーリンにしては随分と食ってるな。ちなみに自分は学校通り過ぎた先のコンビニのホットドッグが一番好きだ」


「「サバキには聞いてないから」」


 どのコンビニのパンが一番美味しいかに謎シフトした。


 しかしチヨは頭の中で、まだトツカの件を引きずっていた。


(本人は仕方ないと割り切ってると思うんだけど、お小遣いとか時間とかを割いてまでしないと街を歩けないなんて可愛そうだなぁ……何とかしてあげないと)


 そして思慮の果て、チヨはトツカのためにあることを思いついた。


*


 とある土曜日。満月コーポレーションのある会議室にて。


「第一回! チキチキ! トツカが街を歩きやすくする選手権〜!」

 と、ピコリはTHE・バラエティなタイトルコールを叫ぶ。


 トツカは雰囲気でパチパチ手をたたき、一言。


「出演者二人、選手と思しき人はピコリねーさん一名なのに、『選手権』って名付ける必要ありますか?」


「ない。けど慣例的に必要なんだよ」


 トツカが街を歩きやすくする選手権。


 それはピコリが用意した服装(計三着)でトツカが満月コーポレーション近くの、指定された街道を歩き、どれだけ声をかけられないかを競……調査する。

 コストをかけなくても注目を集めない格好があるのでは?

 と、思ったチヨはピコリと協力して考案したのが、今回の企か……実験である。


「母さんめ、ここまでされるのも余計なお世話だっていうのに。

 しかも発案者なのに急遽仕事が入って上にいるっていうのもこれまたひどい」


「こらー、お母さんのいないところで陰口言わない! そんなことする暇あったら、さっさと一着目に着替えてほら!

 大切だと思って早く着替えてね! こないだお母さんが夜な夜な某ディスカウントストアで買い揃えてくれたやつなんだから!」


「わかったわかった。はぁ、ますますそこまでしなくても……」


 四分後。トツカはメイド服に着替え終えた。


「う、うわぁ……飛ばしすぎて恥ずかしい……」


「一着目はメイド服! 人気アニメキャラなら必ずと言っていいほどこれを着せたフィギュアがプライズ景品になっているぐらいの人気コスチューム!

 けどこれを現実で私服で着る人は……だいぶ声がかけづらい!

 これならトツカの美しさを相殺できるでしょ!」


 トツカは程よい肉付きの太ももをスカートで隠しながら、

「話しかけられない以前に、恥ずかしすぎだろこれ……まぁ、せっかくだから行ってみるよ」


 せめて下半身隠す用のブランケットが欲しい。と思いながら、トツカは街を歩き出す。


 今日は休日ということもあり、普段のトツカに食いつきそうなティーンエイジャーやスカウトマンと思しき人物がわんさかいた。


「あの人服装痛々しいけどかわいくない?」

「うわー、もったいない」


 通り過ぎた何人かの輩がざわめいた。けれども、声をかけてくる人はなかなか現れない。


(ピコリねーさんの目論見通り、場違いな服装だから声がかけづらいんだ……けどやっぱり恥ずかしいったらありゃしない!)


 さっさとビルに戻ってピコリを静電気ぐらいはビリっとさせてやろう――そう思いながらトツカはスカートを押さえて早歩きする。その時、


「すみませんお姉さん?」

 と、三十代くらいのスーツ姿の男性が、後ろから声をかけてきた。


 トツカは咄嗟に振り向いて、

「あ、なんですか?」


「お姉さんってどこのお店に出勤されてます?」


「お店、出勤? ……いえ、俺はどこにも出勤してませんけど……」


「じゃあどこの国民ですか?」


「国民? 普通に日本国民ですけど」


「じゃあどこの学校の生徒ですか?」


 ……十分後。トツカは怒り心頭でピコリの元に帰ってきた。


「お帰りー。遅かったね。やっぱりそれでも声かけられちゃった?」


「ああそう。かけられたんだよ……たった一名の変人に!

 そいつ、メイド姿の俺を『どっかのコンセプトカフェのメイド』と勘違いしたらしくて、『どこの店員だ』と、店ごとの設定に合わせて言葉を変えて何度も何度も聞いてきて……最悪に恥ずかしかった!」


「それは『声掛けられた』にしてはイレギュラー過ぎるけど……そこまで恥ずかしかったんじゃ、それ以前の問題だよね」


「最初から恥ずかしいっていってましたよね俺……」


「じゃあ次の服いこう!」


「何が『じゃあ』なんですか!?」


*


 二回目。トツカは上下金ライン入りの黒ジャージを着て、おまけに頭にピンクのメッシュウィッグをつけて街へ出てきた。

 俗に言うヤンキーファッションである。


(自分が元々不良気質だからというのもあるが……これは恥ずかしくないな。露出度も低いし)


 さらに、今回も、ザワツキはあれど声をかけられることはなかった。


 いくら美形であれどヤンキーは声がかけづらいのである。

 絶対そうなのである。

 ヤンキーなんて本来は怖いのである。

 漫画の中にいるのはカッコいいらしいのだが、実際に会えば皆萎縮してしまうのが常識なのである。


 そんなこんなでトツカはルートの九割以上を歩ききった。

 そして声をかけられることもなく、ビルの近くの横断歩道で待っていた。


「んじゃ明日そこの店で集合ね。へい。あ、あととりま五次会までの会場用意しといて。うーい」


 その近く。傍から見て余剰なぐらい装飾の多い格好を来た女子が電話を切って、

「てなわけで、今夜七時にあそこ集合ね」


 突然トツカと肩を組んできた……


「……え?」


 十分後。トツカは疲労困憊の様子で、ピコリと、仕事を終えたてのチヨがいる会議室に帰ってきた。


「あ、お帰りトツカ」

「お帰り。また遅かったね……今度は何が理由で?」


「全く知らないギャルに同族だと思われて、コンパのマストとして誘われそうになった……」


「あれま、それはまたイレギュラーな声のかけられ方だね。じゃあラストいこっか」


「ピコリ、その『じゃあ』は何なの?」


「もう突っ込んでも無駄ですよ母さん。今のピコリはテンポ重視で話の流れとか気にしてませんから」


 ピコリは某ディスカウントストアのレジ袋をガサゴソ言わせながら、

「あ、ちなみにここ、『やっぱこの会議室使うっぽい』って言われたから、次はウチらもついてくね。そしてそのままお家帰ろうね」


「この実験、最後の最後で雑くなりましたか……」


「ごめんねトツカ。お仕事ってこういうイレギュラーの連続だから」


「別に謝らなくていいですって母さん。こんなイレギュラー、今までのと比べたら粉微塵にも気にならないんで」


*


 ラスト三回目。トツカはピコリとチヨと一緒にビルを出る。

 今回のトツカの服装は……基本は異世界に来たての頃に身につけていたレディースの服。

 主な変化ポイントは頭につけた、テーマパークで売っているキャラカチューシャだ。


「なんだかんだ言って一番声かけづらいのってこれっしょ。テーマパークのガン外なのにこのカチューシャつけてるヤツでしょ」

 と、何故かトツカと同じくカチューシャ装備のピコリは言う。


「行ってきた帰りとかにはつけててもおかしくないけど……確かに普段づけはおっかないよね。ピコリ、ナイスアイデア」

 と、チヨ(大人として流石に自重し、カチューシャ未装備)はピコリを褒めた。


「どんなもんだってばよ! 満月姉妹イチの一般人の実力は!」


「それ自慢できることなんですかピコリねーさん。あと今、誰に自慢したんですか?」


「本作をシーズン3まで読んでくれただろう親愛なる読者の皆様」


「何言ってるんですかピコリねーさん。そんなのいるわけないじゃないですか」


 やはりテーマパーク外キャラカチューシャ女はヤバかった。

 トツカは全くして声をかけられないどころか、目線をそらされた。


(たったこれだけで効果テキメンだな。贅肉を無理くり押さえつける負担と比較したら、男装よりこっちのほうが動きやすいのか……?)


 こうしてキャラカチューシャに微かな希望を見出したトツカと二人は、駅前に到着する。


「あっちの駅に降りれればあとは人は少なめだから……これは実験成功じゃない、ピコリ?」


「ダネダネ、お母さん! 今度は全く声かけられなかったね! フッシー! やったねトツカ!」


「ああ、やりましたなピコ……」


「あ、しまった!」


「……何がしまったんですか、ピコリねーさん?」


「『やったね』って、フラグ立てちゃった……」


 相変わらずしらけるメタ発言をかましたピコリたち三人の方に、右手にエナドリ、左手にカレーパンを持ったパリピ男三人衆が、コンビニの方から集まってくる。


(うわー、絶対この後トツカの噛ませになりそうなチンピラだー)


「ういうい!」

「ういうい!」

「ういうい……?」


 三人衆の一人からエナドリの缶をマイクのように向けられたピコリは、

「……ぷいぷい?」

 と、何となくで返す。


「うーい!」

「もるかーっ!?」

 そして理由不明に横方向に殴り倒される。


 言うまでもなく、チヨは娘を傷つけられた怒りで前に出る。

「ちょっと! 誰ですかあなたたち! どうして初対面の人をすぐ殴るんですか!」


「え、殴りました?」

「ノリが悪かったんで、ウザっと思って、グーでどかしただけですけど?」

「あとオバさんもどけてくれませんか? 用があるのは後ろのカワイ子ちゃんなんで」


 駄目だこいつら話が通じない――チヨは倒れたピコリに寄り添うがてら、三人衆の視界から消える。


「ねーお嬢ちゃん。今日の七時からあっちのクラブでパーティーあるんだけどさ、一緒にこない?」

「未成年でも楽しめるように、ファミレスにあるドリンクはだいたい揃えてあるし」

「『電車がヤバいんで』って言ってくれればすぐ帰らせてあげるよ」


 車防止用のゴムポールにぶつけた頭をおさえながら、ピコリは言う。

「何故にそのへんはコンプラしっかししてんの……?」


「無理してツッコまなくていいからピコリ!」


「「「で、どうするの、君?」」」


 トツカは一旦、小声で「【不殺の世戒】」と言いつつ拳で地面をつつき、

「断ります。興味ないんで」


 すると三人衆の一人はゲラゲラ笑い、エナドリとカレーパンを他二人に預ける。


「まーまー、そんな優等生みたいなこといわないでさ……ちょっとぐらい甘えてけよッ!」


 そして男はガッツリ空いた拳でトツカの腹部を殴る。


「……で?」


 しかしトツカは微動だにしない。男はひどく狼狽えた。確実に殴った感触はあるのに……


「お、お前さてはスポーツ系女子だな。腹筋滅茶苦茶鍛えてんだ……な!」


 男はトツカに蹴りを入れる。次に狙ったのは誰しもが鍛えづらい『脛』だ。


「いいえ、鍛えてませんよ」

 これまたトツカは微動だにしない。男は夢でも見てるのかと錯乱した。

 高校時代のサッカー部での経験を活かした自称最強の蹴りを入れたのに、感触はあるのに……


「な、なんだよこいつ……こんな可愛い顔して、妖怪かよ!?」

「あんだけ強く蹴ったのにケロッとして……人外じゃん!」

「ひぃぃぃ、化け物だ! 逃げろ逃げろ! あんなの呼んだらフロアが凍りつく!」


 そしてパリピ三人衆は逃げ出した。


 【不殺の世戒】――発動地点から五メートル以内にいる、トツカ以外の人間は誰も傷つけられなくなる。

 このような特殊なルールが設けられた、計十種のゾーンを展開する――それが古神【バアル】から賜ったトツカの能力である。


「ありがとうトツカ!」

「かっこよかったわよ、トツカ」


 ピコリとチヨに褒められて、トツカは照れくさそうにして、

「トツカ……この名前で呼ばれて嬉しくなるなんて、塞翁が馬ですね」


「急にどうしたの、トツカ?」


「『松永充』っていう俺が前に使ってた偽名、覚えてますか?」


「ええ、覚えるわよ。ね、ピコリ」


「うん。覚えてるよトツカ。

 けど、さっきウチが多用していた『じゃあ』並に脈絡なさすぎて怖いし、尺の問題で回想に突入されると困るから、これ以上は何も言わせないよ。ここまでで八千文字もいっちゃってるし」


「……わかりました。訳わからないですけど」


 トツカの過去はまた後々語るとして……こうして三人は電車に乗り、帰路についた。


 なお、家に帰るまでの間、トツカは声をかけられなかったため、カチューシャでの実験は成功したことになる。


 しかし、このカチューシャは長時間の装着を想定していない代物のため、頭がひどく痛くなってしまうこと。そもそも恥ずかしいこと。

 これらの事情から、トツカは相変わらず男装して街を出ることにしたのだった。


「じゃあ、実験失敗だね」


「……今回の『じゃあ』は、使い方あってるか」


【完】

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