第103話 Lunch glay 〜行方知らずのイバラ謹製トンカツ弁当〜
チヨと満月六姉妹にとって、平日のランチは二択、『お弁当を作ってもらう』か、『買うか』。そのどちらかを都度都度、前日夜の気分で選んでいる。
だから弁当作り担当の人は、ある朝には弁当ゼロというラクな日もあれば、MAX七つ作るというイヤな日もある。
なので、担当になりがちなチヨはみんながどう答えてくるか、毎晩ほんわり戦々恐々としていた。
――九月、あの鉄人が満月家にやってくるまでは。
*
ある日の夜七時頃、満月姉妹はあとは寝るだけの体でリビングでくつろいでいた。
その一方、尖った耳と黄緑色の髪を持つ小柄な少女――満月家の八女、イバラはキッチンに立ち、料理をしていた。作っているのはもちろん明日のお弁当である。
最中、自室で作業をしていたチヨが降りてきて、イバラに声をかける。
「おまたせ、何か手伝うことある?」
イバラはトンカツを油に入れ、キッチンタイマーを設定する。
それから、
「……いい……」
レスポンス遅めに答える。
「いいの? 盛り付けぐらいならお手伝いして……!?」
イバラは瞬く間にトングをチヨの眼前に突き出して、殺気を帯びた目で睨みつけた。
「……いい……!」
「うーわビックリした……え、そんなに手伝われるのが嫌なの?」
「……」
イバラは無言を貫き、トンカツの具合を見つめる。
「ごめん、あたし、邪魔したみたいだね」
回答はなかったが気持ちは薄々わかったので、チヨはキッチンから去る。
(今の怖かったなぁ。よっぽど自分の料理に茶々入れられるのが嫌みたい)
イバラは異世界『ギャングェイジ』にいた頃、料理人として名を馳せていたという。
実際、イバラの作る料理は家族内で評判で、ひと月前と比べると弁当注文率が格段にUPしている。
あの殺気はきっと職人気質故のアレなんだろう、と、チヨは納得したのだ。
ただし、急に物を突き出されるのはおっかないから納得したくない。
(ならもう下手に料理中に入っていかない方がいいかもね。
ああ、けど、ほったらかしておくと仕事中毒二号が誕生しそうだから……どういう塩梅にしようかな……)
「イバラ、まだ料理してる? ボク、今自分の分を終わらせたから、お手伝いしてあげる」
仕事中毒一号ことユノスがそうイバラに尋ねつつ、キッチンへ向かう。
しかしイバラは無言を貫き続け、ユノスの介入を阻んだ。
それから一時間後。イバラは七人分のお弁当をあとはご飯を盛るだけの形にして冷蔵庫に入れ、他の姉妹たちと一緒に消灯時間までダラダラした。
*
消灯時間、満月十姉妹たちはゾロゾロと二階の自室に上がっていった。
ここで一つ解説を入れるとしよう。
満月宅の二階には大・中・小の三つの部屋がある。
大の部屋は元祖満月六姉妹の共用部屋。小の部屋はチヨの部屋。そして中の部屋は元イルミネーターズ四人の部屋である。
……ちなみに、こちらの作劇上の都合の話をすると、中の部屋は満月宅の間取を詳細に語っていないことを利用した後付け設定です。
……さらにさらに、元イルミネーターズの四人が初顔見せした第41話にて、さも一つの部屋を満月十姉妹で共有しているような描写がありました。
ですがあれは話の性質上ということで、深く考えないでいただけると幸いです。
……閑話休題!
満月家の三女兼、超頑固風紀委員ことサバキは、四人がしっかりとベッドに入ったことを確認して、
「念には念を入れてもう一度言っておく。満月家の就寝時間は九時だ。それ以上の夜ふかしは原則認めないからな!」
と、相変わらずの警告を残し、バタンとドアを閉めた。
「はーほんとキツイっス。もろに目覚めてるからしんどいっス」
「あまり喋らない方がいいですよ、ワノさん。サバキ姉さんが飛んで戻ってきますよ」
「そう言われても、吸血鬼にとって九時就寝はしんどいんスよ」
「そこはなんとか頑張りましょうよワノさん」
このように、ネロアとワノは二段ベッドの上下で小声で話し合い、トツカは完璧にスヤスヤ眠りについている。
そしてイバラは窓を開けて、庭に飛び降りている。
あらかじめ解錠していたキッチンを通り、再び屋内に侵入。
冷蔵庫を開け、まだご飯が入っていない七つのお弁当箱内一つ――ピコリが愛用しているオレンジ色のお弁当箱を取り出す。
それにトンカツ三切れを、他六つと見た目が違わないように追加する。
「……ピコリおねえちゃん……よろこぶ……」
かつての出会いから、イバラはピコリおねえちゃんがとっても大好きなのである。
おねえちゃんにいっぱい食べてもらうぞ大作戦、これにてミッションコンプリート。
イバラは自分の優しさにより微笑むピコリの顔を夢想しながら、速やかに二階へと戻った。
*
翌日。
「起きろ、起床時間だ! 何度でも言わせてもらう……」
朝六時。イバラたち四人はサバキに叩き起こされ、朝食を取るように一階のリビングへ連行される。
「学校通学前だからといって好きなだけ寝ていいわけはないからな……もう夢にまで出てきたんスけどそのうざい台詞」
「……きぶん、はんぱ……」
寝起き最悪なのはワノだけでない。ピコリと一緒にポン酢の川でシメジを収穫する夢を邪魔されたイバラもだ。
ワノは階段を一段一段踏むたびにサバキへの小言をつぶやき、ネロアになだめられる。一方イバラは……多少は苛立ちが失せていく。
昨晩、トンカツを仕組んだことを思い出したのだ。
「……もうすぐ、もうすぐ……」
しかし、ここでイバラの切望に異常事態が発生する。
「……あれ……?」
キッチンには五つ、ご飯を入れたお弁当箱が置いてあった。
そして、その中に、昨日イバラが細工したピコリの弁当が無い。
「それじゃあみんな、先にいってきまーす」
マジナやルシェヌたち――ここにいるイバラ以外の姉妹八人はあいさつを返す。
「はーい、お母さん」
「いってらっしゃい、お母さん」
「のじゃー! あ、いつものしようなのじ……」
チヨが閉めた玄関のドアの音が、イバラの脳内でこだまする。
どうしてピコリが家にいるのに、ピコリの弁当箱はないのか。
一瞬自動販売機に寄って戻ってきたら、別会社の方が自分のタクシーと乗り間違えて、持っていかれてしまったタクシー運転手。
物心着いた時から異世界暮らしだったイバラはタクシーと一般車の違いすらわかっていないが。
今のイバラの感情はまさにそれだった。
マジナは棒立ちするイバラの頬をつっつきながら
「ねぇ、どうしたんだいイバラ? ドアから絶妙に離れた場所に突っ立って誰もいないキッチンなんか見つめてさ」
サバキはイバラの表情を覗き込んで、
「そこまでボケるほど眠いのか? 残念だがこの時間に起きれないと今後苦しいぞ。
あとイバラ、さっき母さんが『いってきます』と言ったんだから、『いってらっしゃい』と返さないと駄目だぞ」
「……やつだ……!」
「「やつだ?」」
「……やつがもっていったんだ……!」
ピコリの弁当を奪った犯人はチヨだ。
奴は昨日、自分の弁当作りを手伝うことでピコリへの想いを横取りしようとした。
だから今度は、自分お手製ピコリ専用お弁当をダイレクトで横取りしたんだ。
「……ゆるさない……あのくず……ゆるさない……!」
地獄の業火すら生ぬるいほどの憎悪の炎を滾らせて、イバラは上に戻る。
「やはり眠かったんだな」
「大分呂律が回ってたような気がするけどね」
動きやすい私服に着替えて下に降り、
「ほらーギンギンに目が覚めてるよ。ね、私の言ったとおり」
「ああ、目覚めてるな……だがあの殺気はなんだ?」
「ピコリおねえちゃん! まってて……とりもどす!」
と、ピコリに決意を表明し、玄関から飛び出した。
ピコリは咥えかけた食パンをゆっくり皿に戻して、
「ウチ、失ったものあったっけ?」
約十秒後、イバラは帰宅する。
「戻ってくるのはっや……」
そしてイバラは何食わぬ顔をして、テーブルに付き、食パンをむしゃむしゃ頬張る。
その様子を見て、カバンを持ちかけたマジナとサバキは一言。
「お腹空いたんだね」
「実に食いしん坊なイバラらしい」
*
腹ごしらえを終えるや否、イバラは憎悪の炎を再点火。
猛ダッシュでチヨが待ち構える満月コーポレーション本社ビルの手前に到達した。
チヨがいるだろう『ベーカリーカフェ・ミツキ』のオフィスがある階層から、多くの関係者が通っている正面玄関へと目を移し、イバラは考える。
以前ワノたち四人でチヨに押しかけた時、社長の身内だから顔パスで。とはならず、そこに至るまでそれなりに長い手続きを踏んだことがあった。
今回も何らかの手続きをやらされるはず。そしてその隙にチヨが自分への迎撃体勢を整えるはず。
よって素直に玄関から行こうとするのは悪手。なら最短かつ妨害なくチヨの元へたどり着く方法は……
「……これだ……」
イバラは念じ、両足にすね当てを具現化し、両手の袖口から伸ばした光り輝く茨を侵入させて装備。そして力を溜め、
「わっ、何だこの揺れは!」
「地震……にしては短かったなぁ」
地面に振動を残すほど強く地を蹴り、チヨのいる階層の高さまでジャンプする。
空中で、イバラはすね当てと入れ替わりで、一対の腕輪を具現化し、こちらも茨を入れて装備。
ビルの外装に掴まり、いともたやすく窓を枠ごとぶっこ抜き、屋内へ侵入した。
ちなみに証拠隠滅のため、窓と枠は元通りはめ直した。
ここまでくればあとは小細工無用。イバラはさも当然のように廊下を歩き、ベーカリーカフェ・ミツキのオフィスへ突入する。
「……チヨ……」
「ん? あ、イバラ、また暇で来ちゃったの? 今日は一人?」
チヨの問いかけに対し、イバラは無言で銃口を向けて応える。
「ひぃぃっ! な、なぜに急に銃なの!?」
突如悲鳴を上げた社長を心配して、何人かの社員が集まってくる。
「どうしましたチヨ社長?」
「銃……ですよねそれ?」
「大丈夫ですか、イバラちゃんに撃たれそうになってますけど」
「だ、大丈夫大丈夫、最近イバラがスパイ映画にハマってていっつもこういうやり取りしてふざけてるの……うん、もちろんこの銃はおもちゃだよ。うん」
と、チヨは『大丈夫』という言葉の定義を問いたくなるようなぐらい冷や汗をかきながら答える。
「み、みんなはあたしなんか気にしないで仕事してて……あ、あたしは、ちょっとイバラとお話したいから席を外しちゃうけど」
ベーカリーカフェの社員たちが席に戻ったところで、チヨは両手を上げた状態で椅子から腰を上げて、会議室のほうをチラチラ見て、
「じゃ、じゃあイバラ、ちょっと会議室いこうか。そこで何がどうしてこうしてるのか聞かせてよ……」
「……おべんとう、もっていけ……」
「え?」
「……しょうこのおべんとうもっていけ! このやろう……!」
「証拠のお弁当!? な、なんそれ!?」
そしてチヨはイバラが何で怒っているのかわからないまま、イバラと弁当とともに会議室へ入る。
「じゃあ、とりあえずそこで座って……あとジュースもあげる」
イバラを座らせる予定の席に、チヨはリンゴの缶ジュースを置く。
イバラは窓を開けてそこから缶ジュースを放り投げる。
銃身を窓の外に出し、イバラは宙にある缶ジュースへ的確に銃弾を十数発当てる。
そして缶ジュースは爆炎を上げて塵と化した。この時、イバラは『お前もこうしてやるからな』と言わんばかりにチヨを睨みつけていた。
脚力強化と振動生成効果のすね当て、【凶暴を謳うアギト】。
腕力強化と危機察知効果の腕輪、【破壊を示すイカリ】。
一点に多数当てると爆発する弾丸を無限に連射できる二丁拳銃【荒廃を広げるツバサ】。
これら三つのアーティファクトを、侵入させることで生物や機械などをジャックし操れる茨型のアーティファクト【意志を残すイバラ】で操作し戦う。
これが、表はレストランの料理人、裏はギャングのヒットマンとして異世界『ギャングェイジ』で暮らしていたイバラの力だ。
「……あやまれ……はやく……あやまれ……」
「あ、あたしそこまでイバラに何かしたっけ?」
チヨはイバラに再び銃口を向けられ、狼狽えながら、
「あーごめんなさい! お願いです撃たないでください!
威嚇発砲で壁とかも撃たないでください!
銃痕が会社にあると、ものすごく弁解が面倒くさいゴシップが出ちゃうんです!」
「……それ、あやまってない! なにがわるいのかいえ……!」
「謝る側の身でいうのもあれですが、あたしは一体何をしてしまったのですか!? それを教えてもらえないと、謝りたくても謝れないので……」
「……べんとうあけろ……!」
「はい、すぐに出します!」
少しでもイバラの機嫌を損ねないために、チヨは大至急、ピンク色のお弁当箱を開ける。
「これで、大丈夫でしょうか……」
イバラは片手の銃をチヨに突きつけたまま、お弁当箱をチェックする。
(人に銃突きつけながらお弁当箱凝視するって、なんていう謎シチュエーションなの……)
イバラは困惑した。無意識に銃の具現化を解いた。
今朝、チヨが出かけた直後にピコリの弁当箱がなくなっていた。
だから普通、チヨがピコリの弁当箱を持っているはず。そうでなければおかしいはず。なのに、なのに……
「……おかしい……おかしい……おかしい……!」
「イバラ、さてはピコリ関係の話でここに来たんだね」
「うるさい、だまれ!」
イバラは銃を再具現化し、チヨに口を向ける。
しかし今度のチヨは一切取り乱さない。そして真剣な面持ちでイバラと目を合わせて、
「確か修学旅行のときに出会ってから、ずっとピコリのことが好きだったんだよね。
ならあたしを撃たないほうがいいと思うよ。ピコリが悲しむから」
「……つごういいこというな……!」
「違う! あたしは言い訳したいわけじゃなくて、イバラのためを思って言ってるの!
イバラ、あなたは極端すぎ! 好きな人に対してはあれこれ尽くして、それ以外には平気で銃チラつかせて!
そういう裏表がある人は嫌われるからやめて!
これからはできるだけ平等にいろんな人に接したほうがいいと思うよ!」
嫌われる――その言葉が強くのしかかり、イバラは銃を手放し、
「……わたし、ピコリにきらわれるの……?」
「うん、このままだとね……」
ゆっくりと膝をついて床に座り、目をうるうるとさせ、そして泣いてしまった。
「……ごめんなさいピコリおねえちゃん……おかあさんにじゅうみせて……!」
表は料理人、裏は暗殺者。と、交渉の末に五百円を支払い、ワノから聞いていた。
だからチヨはイバラが泣いたことを意外に感じた。そして根は優しい子だとわかって安心した。
「……ピコリおねえちゃんのおべんとうに……こっそりトンカツみっついれた……よろこんでほしくて……
……けど……あさおきたら、ピコリおねえちゃんいるのに、オレンジのおべんとうがなくなって……だからおかあさんがとったとおもって……
……ごめんなさい、うたがってごめんなさい……おかあさん……」
「……すごいなぁ、刑事ドラマの崖際テイストが。もういいよ。泣かないで」
「……はい……ごめんなさい……」
「うん。じゃあこれからは他のみんなにも気を使ってね」
かくて、ピコリの弁当行方不明事件は、被害者イバラの涙の反省により、一応幕が閉ざされたのであった。
「……あれ、じゃあトンカツむっつのおべんとうはどこ……?」
「それこそ他の人のことを考えればわかったはずなんだけどね」
*
昼頃の百式高校にて。
「いやー、本当にごめんなピコリ。朝ランに気合い入れすぎたせいで、あんま頭回ってなくてさ」
「黄色とオレンジを見間違う、っていうありそうでないミスして……次は気をつけてよね」
コーリンとピコリはくっつけた二つの机の上で、お互いお弁当を交換して取り戻したところで、同時に箱を開ける。
「お、今日はトンカツ弁当か。これも美味しそうだな。さっすがイバラ」
「あれ? 何かウチ、トンカツがコーリン姉さんの倍ある。ラッキー……でもないかなー。
イバラには申し訳ないけど、今日はあんまりトンカツって気分じゃないし、倍トンカツに対してご飯並盛りでバランス悪いし」
「んじゃ、オレがいくつか食ってやろうか?」
「あ、いいよ。なんなら三つ持ってっていいよ」
そして二人は再び、弁当を取り替えっこした。
【完】




