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第102話 ワノやっぱ、せこい。

 高校生のお小遣いの平均はおおよそ『五千円』と言われている。

 これを三十日で割ると『約百六十六円』が一日分になる。


 しかし週五日学校に通っている高校生にとって、このお小遣いの主な使いどころは週末の『一、二日』。

 

 一ヶ月の土日の数をざっと『八日』と仮定して、これで五千円を割ると『六百二十五円』が一日分になる――カフェなどに行くには困らないぐらいの金額だ。


「しかーし! 今現在、学校に通う予定のないアタイの休日は実質約十五日! それに対して渡されたお小遣いは三千円! 割ると一日分は『二百円』っス!

 お宅の子会社長はアタイに、一日『二百円』で過ごせと言ってるんスよ! 酷いと思うっスよねぇ!?」


 とある金曜日の昼過ぎ。満月コーポレーション本社ビル、社長室にて。


 ワノは、コピー用紙に手書きし作成したフリップを用い、プレゼンテーションを行っていた。

 その最中、彼女はそう問いかけた。


「ええ、そ、そうよね……」

 プレゼン先の相手、満月コーポレーション社長、飯島ロスイは同情してあげる。


「ですから社長! ここは一つ、あなたの子会社の社長、満月チヨにどうか灸を据えて、お小遣いの増額をさせてくださいっス!」


 いやしい金欲を叶えようとワノは、ロスイ社長へ、大スキャンダルを起こした大企業社長クラスのお辞儀をする。


「そこまでしなくても……早く、早く頭上げてよワノちゃん」


 自分の望みが叶った。と、確信してワノは喜び、下げた際の百万分の一くらいの誠意を込めて頭を上げる。


「なーに勝手にロスイさんの部屋に来てプレゼンやってるの」


 残念、ぬか喜びだった。ワノが頭を上げると、チヨが正面で待ち構えていた。


「い、いやー、えと、これはそのー、中堅菓子メーカーの社長、飯島ロスイ様と経済の議論をしたいと思って……」


「にしては『お小遣いの増額』ってスケールが俗なワードが飛んでたけど、それはどういうことなの?」


「ちっ、聞いていやがったっスか」

 一旦小声で悪態をついた後、ワノはチヨの質問に答える。


「はいはい、もう正直に言うっスよ。ロスイ社長の威を借りてお小遣いUPして貰おうと思ったんスよ」


「社長まで動かそうとするとか本当にワノってがめついよね。

 どうしてそこまでしてお小遣い貰いたいのよ」


「満足するまで欲しい物手に入れるためっスよ! これ常識っスよ!」


「清廉さすら感じるストレートな欲求ね……だからといってロスイさんに相談するのはダメでしょ、忙しいんだから!

 ロスイさんも、何か言ってあげてくださいよ!」


「アタシは特に気にしてないわよ。ワノちゃんしっかりと三日前からアポとってくれてたし」


「ワノの陳述、スケジュールに組み込まれてたんですか……なんていう根回し力してるのよワノ」


 お金のためなら尽くせる手はなるべく尽くす。目的を為すためならギリギリまで犠牲を払って成し遂げる。それがワノのモットーである。


「ははは、それほどでもないっスよー」


「褒めてないって。あとボケが天丼過ぎるって。そしてそれだけ根回ししてもお小遣いあげないからね」


 ここでロスイがわざとらしくにやけて、

「親会社社長が業務命令かけても?」


「冗談はやめてくださいよロスイさん……冗談ですよね?」


「うん、冗談よ」


 ロスイは顔を真顔寄りに戻し、ワノの方を向いて、

「ワノちゃん。お小遣いが欲しいって気持ちはお年頃的によくわかるわ。けど、お母さんの言うことはある程度聞かなきゃ、ね?」


「……はぁい、わかったっス」


 そしてワノは『失礼しまっス』と暗い声で言い、トボトボと社長室から出ていった。


 直後、チヨはロスイに謝る。

「こちらこそご迷惑おかけしました、ロスイ社長」


「いえいえ、気にしていないわよ。新顔のワノちゃんの性格がだいぶわかってよかったもの」


 流石社長、懐が広い。と、チヨはロスイに感心する。そしてため息を一つ。


「『執念深い守銭奴』って七文字だけで表せるくらい、わかりやすい性格だと思いますけどね……」


「それは言えてる。けどチヨさん、あなたはそういう認識のままでいいと思う?」


「少なくとも良くはないですよね。ずっと自分の娘を意地汚く思う親なんてどうかしていますし、きっとワノにも何かしらいいところはあると思いますし」


「そうよね。だったらさアタシ、ワノちゃんを深堀りするためのいい考えがあるんだけど……どう、乗ってみない?」


「いい考えですか……なんとなーく嫌な予感がしますけど」


*


 翌日。ワノは街へ出かけた。彼女の財布にはチヨから貰った三千円が入っている。


「いやー、よかったっス。やっぱり友情、努力、勝利の三原則は最強っス! ただ、やっぱ納得いかないっスねー」

 と、ワノは隣にいるチヨをチラチラと見ながら言う。


「あんまり悪態ついてると、こちらも嫌なことするかもしれないよ?」


「あーわかったっス! ごめんなさいっス! らんらら〜ん、お母さんとお買い物楽しいな〜! あはは!」


「それはやりすぎだって」


 昨日、チヨは三千円を渡すと同時に、ワノに二つの条件を課した。

 一つは、三千円はできるだけ明日中に使うこと。

 もう一つは、自分が買い物に付き添うことだ。


 この目的は言うまでもなく、ワノの性格を探るため。

 特にお望み通りのお金を渡したとき何をするのかを調べるためである。


(理にかなってるけど意地汚い、良くも悪くもロスイさん製の作戦だなぁ)


「ところでワノ、今日はどこいくか考えてるの?」


「えー、あー、まー、歩きながら考えるっスかねー。せっかくの大金、無駄遣いはしたくないっスもの」


 それからチヨはワノについていき、約一時間、街中を徘徊した。

 その間、ワノは一円たりともお金を使わないどころか、どこの店にも立ち寄らなかった。


「大分迷ってるね……あ、まさか『道』に迷ってるとかじゃあないよね?」


 ワノは慌ててチヨに返す。

「ん、ん、ん、なまさか、そんなありえないじょ!?」


「じょ?」


 ワノはこれまた慌てて訂正する。

「ありえないっス!」


「そうなんだ。ところで、今『じょ』って語尾つけてたのは何?」


「それは、噛んだだけっスよ!」


「噛んだだけなんだ。ふぅん」

 と、チヨはこれ以上の詮索をブツりと断つ。


 この急な熱の冷め具合から、ワノは自分が今何を話すべきかを察し、嫌々ながらもチヨの気持ちに応える。


「アタイが生みの母親から酷い目にあったって話、覚えてるっスか?」


「うん、覚えてるよ」


 ワノは中学三年生の時から異世界に転生した(満月十姉妹の中では一番遅発)。

 それまでの間、ワノは徳島県で生みの母親と同じ家に暮らしていた。


 しかしそこでワノは母親から母親らしいことをしてもらったことは覚えは、からっきし無い。


 母親は自分に対してまるで興味がなく、ワノが帰宅すると『これで好きなもの買って食べろよ』と言わんばかりに、百円玉一枚が置いてあるのがザラだった。世にいう『ネグレクト』だ。


 当然学校なり役所なり、しかるべき機関に相談はした。けれどもいざ聴取となった都度、母親は完璧に自分の状況を取り繕い、一切の疑いを跳ね除けてしまう。

 疑わしきは罰せず。こうして周りは救いの手を差し伸べられなくなり、彼女は中学三年生までの間、劣悪な環境で鬱々と生きさせられたのだった。


「それで時々、徳島弁が漏れるんだったよね?」


 ワノは思いきししょげていた。

「本当に悔しいっス……」


「あたしはそこまで気にしすぎなくていいと思うよ。せめて徳島県とあのお母さんの紐づけをやめたら少しは楽になるんじゃない?」


「いや、それも無理っス。アタイ、徳島県そのものも嫌いっスもの。

 だって最有力の名物が海洋現象なんスよ! 他はミカンとか、うどんとか、カツオのタタキとか、魅力的なものがあるのに!」


「そ、そうなんだ。大丈夫かなぁ……ものすごい大勢の方を敵に回して」


 作者も同様の懸念を抱いているので、念のため。『※これは満月ワノさん個人の感想です』。


 それからもワノはどの店にも寄らず街を歩き続ける。

 その最中、チヨはリニューアルオープンしたてのドラッグストアを発見する。


「あ、思い出した。そろそろ歯磨き粉が切れそうだったんだ。ワノ、あそこに一瞬立ち寄ってかない?」


 ワノは首を振って完全拒絶する。

「嫌っスよ! せっかくの三千円が歯磨き粉ごときに消えるなんて!」


「誰もワノのお金で買うって言ってないって。流石にこれはあたしのお金で買うから」


 チヨとワノはドラッグストアに入店し、適当な歯磨き粉をいくつか選び、レジに進む。


「当店ではただいまリニューアルオープン記念で、ポイント十倍キャンペーンを行っていますが、ポイントカードはお持ちでしょうか?」


 チヨは財布をゴソゴソ探す。しかし、そこにはこの店のポイントカードは無い。なので、

「ありませ……」


「あるっスよ」


 ワノが背裏に召喚したチャネルバットの口からポイントカードを出した。


「ご提示ありがとうございます」


 その後、お腹が空いて来た二人はハンバーガーショップに寄った。

 さっき辛い話をしてくれたお礼orお詫びとして、チヨがお代を払った。

 そしてポイントは、ワノがコウモリからポイントカードを出して受け取った。


「この街、徳島とレベチで便利っスよねー。こんな気軽に店寄ってフライドポテト食えるんスもの」

 ※ワノ個人の感想です。


 久々のフライドポテトを嬉しそうに口へ運ぶワノに、チヨは聞く。

 

「よくそんなにポイントカード出せるよね?」


「そりゃ当然っスよ。ミリ単位でもお得になりたいっスもの。ここに住み始めてからすぐにあちこち回って作ってきたっス」


「それもそうだけど、さっきからちょくちょく出てるコウモリもすごくない?

 さっきから口に手を突っ込んで、狙ったポイントカードをポンと出してて」


 ワノはチヨに手のひらを見せ、そこにコウモリ一体を召喚して、

「これに着目するとはお目が高いっスね。こいつはね、吸血鬼のアタイの眷属、『チャネルバット』っス」


 数多の貴族が中心となり統治する、優雅で華やかなファンタジー異世界『デーシルマルネ』。そこがワノの転生先である。

 

 ワノはそこで俗に言う『悪役令嬢』めいた立ち位置になり、紆余曲折ありギロチンにかけられた。


 しかし死に際、悪魔と契約を結んだことにより吸血鬼として復活。


 そこからは、人以外など、大抵のものならしまって運搬できる『チャネルバット』を活用し、カクカクシカジカでスーパーマーケット事業で財を成したのである。


「へぇ、なるほど……ってあれ? ワノ、今日……っていうより、これまでずっとお日様の下で歩いてたけど、身体は大丈夫なの?」


「大丈夫っス。アタイみたいな吸血鬼は闇の魔力が少ないから、あんま太陽とかは効かないんスよ。むしろ効きやすいのは吸血鬼の上位存在の悪魔っス。

 ただ、闇の魔力が少ないから悪魔とは強さが雲泥の差なんスけどね。

 アタイの能力は『眷属召喚してモノ運ばせること』と、『一般人と比較するとそれなりに頑丈』なぐらいっスしね」


「それでも十分凄い気がするんだけど……文にしてみると確かにしょぼく感じちゃうかな」


「だからアタイは武力じゃなくて経済力で勝負することにしたんス。中でもスーパーを選んだのは、その異世界に庶民向けの大きい店がなかったからってもあるんスけど……やっぱり、徳島であった唯一のいい思い出っスかね」


 それはワノが小学校三年生だった頃のこと。

 その時は何故かいつも置かれてあるはずの百円玉が三日連続でなく、ワノは激しく空腹に苦しめられた。

 このままではまずいと思ったワノは、夜中、ギリギリ残っていた一円玉九枚を握りしめてスーパーに行った。しかし当然、それで買えるものは見つからない。


 何か無いか、と、ワノが店内を彷徨っていると、とある店員の青年が声をかけて、バックヤードへと連れて行った。


 そこで青年は「本当はダメなんだけどね」と、賞味期限切れのトマトスパゲッティを譲ってくれた。


 恐らくシフトの関係だとは信じたいが、それからスーパーに行ってもその青年とは会うことが出来なかった。

 けれどもワノはあの時のトマトスパゲッティの美味しさを、青年の優しさを、今でも忘れてはいない。


「まぁ、今冷静になって考えてみると、やっぱ『先駆者がいないからたんまり稼げる』って理由がデカいと思うっスけど。

 なんせ結局のところ世の中で一番信頼できるのは『お金』っスからね」


 いい話の余韻に浸っていたところでの『お金最強宣言』――チヨは『それがオチか』と、軽く肩を落とす。


「やっぱりそうなっちゃうんだ……」


「残念っスがそうっスよ。決していい人がいないとしたら完全に嘘にはなるっスけど、人間なんて悪い奴だらけっス。ピンキリなんスよ。

 けどお金は決して裏切らない、持っていて損しないっス。

 そして何よりもいい点は、これで欲しいものは何でも必ず手に入るんスよ、食べ物も、家も、そして信頼も」


 そしてワノは曇りのない眼差しでチヨと向き合い、

「だから今日は本当にありがとうございますっス。アタイのワガママで三千円もくれて」


 無駄話はこれくらいにして。と、言わんばかりにワノは冷めかけのフライドポテトをつまみまくる。


「こちらこそありがとう……それと、ごめんね」


 今のワノの『お金で全部手に入る』発言を聞いて、『それだけじゃない』と言い返そうとした。

 けれども今、自分がここにいるのは、お金を渡してワノの性格を探るため――つまり自分も『お金で全部手に入る』の道理に従っているためだ。

 

 その上ワノは特に課金せずとも、頼めば自分から過去のことを細かく話してくれている。

 親として情けない――と、チヨは思いながら冷めかけのハンバーガーを口にする前に、


「あのさ、ワノ。これ食べ終わったらあたし、家に帰ってもいい?」


「え、急にどしたんスか?」


「なんだか、よくよく考えたら思春期真っ盛りな娘のそばにぴったりついてってると思うとさ、急に恥ずかしくて……あと、あの三千円はこれから好きに使ってもらっていいから。門限までには帰ってきてね」


「そうスか。わかったっス。今日はありがとうっス! 誰かと喋りながらフリーで歩くなんて久しぶりだったスから楽しかったっスよ。お母さん!」


「うん、どういたしまして!」

 お母さん。そう呼ばれたことにより、今日のことは決して無駄ではないような気がしたチヨであった。


*


 その後、一人になったワノはアニメショップから買い物を終えて出てきた。


「……ふぅ、お母さんを帰せてよかったっス」


 ワノはレジ袋の口を少し開ける。ちらりと見えるBL漫画を見て、妄想を膨らまし、一瞬ニタニタする。


「こんなもの身内の前じゃ買えないっスからね」


 必要なお金のためなら尽くせる手はなるべく尽くす。目的を為すためならギリギリまで犠牲を払って成し遂げる――全ては自分の趣味趣向のため。


 チヨの目的を察知し、あえてベラベラ自分の秘密を話し、満足して帰らせる。ワノは見事、チヨに作戦勝ちしたのだった。


「騙して申し訳無い感じもするっスけど。ホラ話はしてないから大丈夫っスね。多分。

 さぁて、これでしばらく楽しくいられると思うけど、来月再来月はどうやりくりしようスかね〜!」


 さらなる欲求のため、ワノの金策はまだまだ続く……


【完】

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