第101話 ミツキネロア・オフライン
とある平日の昼過ぎ頃、チヨは家電量販店にいた。
会社で使うオンライン会議用の機材を探しているところだ。
「どの照明がいいかなぁ。なるべくナチュラルでフレッシュな印象与えたいから……あ」
チヨは考えている最中、何となく隣のゲーミングPC売り場の方へ目をやる。すると見覚えのある群青髪の少女がモニターをまじまじと見ていた。
「何しているの、ネロア」
満月家の六女、ネロアは急に話しかけられてあたふたして、
「わっ、お母さん! ……あ、ゲフン、母上、如何なる因果が故に此処に存在するのですか!」
「その言い直しいる?」
「ああ、世界の中枢真理に等しい重要性であると僕は幻想う」
(世界の中枢真理しょぼくない?)
と、チヨは口にしたら絶対野暮にしかならないツッコミを心の中にとどめて、
「そうじゃなくて、その中二病みたいな言い回しやめたほうがいいんじゃない? なんか、その……気味悪いよ」
「そうだったんですね。ごめんなさいお母さん。気分を悪くさせてしまいまして。この喋り方が癖なんですよ」
癖――そのワードを聞き、チヨは異世界で魔王として君臨していたどこぞの末っ子の顔を脳裏に浮かべる。『前例』として。
(そういえば、ワノから聞いた話によると、ネロアは異世界で『死神の右腕』として活躍していたんだっけ)
だからひょっとしてと思い、チヨはネロアに尋ねる。
「その口調って前の世界での職業柄だったりするの?」
ネロアは少し答えを考えた後、
「七割九分外れ、二割一分正解です」
「分量細かっ。じゃあ本当の答えは何?」
「もう既に聞いていると思います『死神の右腕』は、前の異世界のゲーム内での設定なんです」
ネロアの前いた世界――『アンド・ロジスティクス』は、地球と月のように大小の世界がセットで存在する異世界である。
大きい方の世界は今の現実世界と大差ないが、小さい方は九つの神が管理する剣と魔法のファンタジーな世界で、それがMMOアクションRPG『ロジスティクス・サーガ』という体裁で使われている。
ネロアはそのゲーム世界の中で、死神ホイプペメギリに認められ、死神の右腕――死国【トードイスムカ】の化神官として活躍していたのだ。
「へぇ、ゲームの中の死神に認められて……だから七割九分外れ、二割一分正解なんだ。
けど、それが中二病みたいな喋り方になるきっかけとどう関係あるの?」
「それは君主みたいな雰囲気出すためのロールプレイングの一環です。実際ゲームの中で事態が大変になっていたら、普通の口調で喋っちゃいましたから」
「あたしはその喋り方でいいと思うよ。ネロアの素朴な優しさが伝わってくるし」
「そうですか、ありがとうございます。ですけど、これからもその『中二病?』みたいな言い回しは続けたいと思います。
なんせ僕は、異世界で大活躍していた姉妹の皆さんと比べて、ゲームの中でしか活躍できてない、一番風格がないですから。こういうところで威厳を出していかないとですと。
さっきのゲームのくだりはあまり話さないでくださいね、お母さん。でないと皆様に僕が普通の一般人っぽいと思われて……なんかその……恥ずかしいですから」
ネロアの頼みを受け取ったチヨは笑う。
「そ、そう……わかった。けどあたしはネロアもすごいって思ってるからね」
(あと、当人にはすごい申し訳ないけど、姉妹の中にはガチの一般人がいるから)
その時チヨの脳裏には、どこぞのスクリーモ大好き四女の顔が浮かんでいた。
「ところでお母さんはどうして電気屋さんにいるのですか?」
「オンライン会議用の機材を探してるの。今はあそこでどの照明を買おうか迷ってて。
ネロアはどうしてここにいるの?」
ネロアはアクションゲームのデモを写しているゲーミングモニターを指して、
「僕は何となくで来ました。それでふとこれに目が留まりまして」
「なるほど。ゲームが好きだからゲーミングモニターが欲しくて……」
「いえ、モニターよりもこのゲーム……」
「ああそっちか。そのソフトが欲しいから……」
「……に出てきますモンスターがどういうものかをずっと考えていました」
ネロアの斜め上な答えにより、チヨは軽くズッコケかける。
「ゲームタイトルから調べていけばわかるじゃん。何で無駄に考えてるの……?」
「単純に暇だからですかね。あと、僕、人があまり深く考えないことに真剣に向き合うのが好きなんです」
「そうなんだ。あ、だから前の世界で死神なんて物騒な神様に仕えてたりして……」
ネロアはニコっと笑い、
「お客様、ひょっとしてゲーミングモニターをお探しでしょうか?」
「はいその通りです!」
と、偶然にも家電量販店の店員が来た瞬間に答えた。
「ああ、でしたら価格やサイズなど、希望条件はございますか?」
結果、ネロアは事態をややこしくした。
チヨは慌てて娘の不運を誤魔化そうとする。
「あ、違います違います! その通りはこの通りじゃないです!」
「そうです、あたしたちはただ見てただけですので……」
「あ、余計なことをしてしまいまして、すみません! ではごゆっくりどうぞ」
店員を開放してあげた後、ネロアはチヨへ問いかける。
「お母さん、ここにはオンライン会議用の機材を探しに来て、今どれを買おうか迷っているところですよね?」
「うん、そうだけど。どうしたの急に」
「さっきの店員さんにご相談したほうがよかったのでは?」
「……あ、確かに。じゃあ相談してみよう」
六分(※声をかけて追い返した後、再び呼び戻しても不自然にならなそうな時間)後、チヨは店員さんに相談して、ドーナツ型蛍光灯やマイクなどの機材を一式購入した。
「お買い上げありがとうございます。駐車場はご利用ですか?」
「はい」
「わかりました。お客様は五千円以上お買い上げしていますので、二時間ほど無料になります。
それでは、またのお越しをお待ちしております」
チヨとネロアは両手にそれぞれ大きめの袋を持ち、数百メートルとそこそこ離れている立体駐車場へと歩く。
最中、チヨは自分の過ちに気づいてしまう。
「ネロア、これ、じんわり重くない?」
「ええ、レジ前でしたら『イケる!』と思ってましたが、少々雲行きが怪しくなってきました」
「ネロアもか。あーあ、あたし駐車場の三階に停めちゃった。あの駐車場古いからエレベーターとかないのに」
どんどんと足取りが重くなっていくチヨを可哀想に思ったネロアは提案する。
「そうだ、お母さん、人手を足しましょうか?」
「え、誰か呼べるの? 今、急に?」
「はい、では試しにやってみます。【モンスターコール:スケルトン5】」
と、ネロアがスキルを詠唱すると、鎧を着込んだ忌々しい様相のスケルトンが一体現れる。
「ひっ、が、が、ガイコツ!?」
「正式名称は【ダムドスケルトン】と言います。前のゲーム世界で何度も召喚した、とっても役に立つモンスターです。
これに荷物を持ってもらえば車まで楽チンですよね?」
チヨはスケルトンを背で隠して、
「確かに楽チンかもしれないけど! モロにガイコツが街中で歩いてたらおっかないでしょ! ハロウィンでもあるまいし!」
「は! そう言われてみればそうですね! ですが、ご安心ください!」
ネロアが指示を出すとスケルトンは体から黒色のモヤを放出し、全身を覆い尽くす。
「こうして闇属性のエネルギーを纏わせればガイコツだとはわからなくなりますので……」
「ますます物騒になって注目集めちゃうってそれは!」
結局、チヨが電気屋側で台車を借りられることを思い出し、それで車へ楽々運んだ。
そして店に台車を返した後、チヨは時計を確認する。
「次の予定までは一時間ぐらいあるから……ネロア、もうちょっとこの中歩いて見てみる? 欲しい物とかあったら、すぐには買わないけど聞くだけ聞いておくよ」
「はい、ぜひお願いします!」
ネロアはチヨと家電量販店に再入店し、
「ふむふむ、こういうモーションをするのですか……」
再びゲーミングモニターに映されたゲームのデモムービーをまじまじと鑑賞する。
「……楽しいのこれ? ずっと同じようなゲームの映像見てるけど」
「はい、楽しいですよ。
僕、小さい頃、ゲームセンターで他の人のアーケードカードゲームのプレイを見ているだけで二時間潰せたことがあります」
「得体のしれない武勇伝だね」
どこかで機会があったらこのゲームをサプライズで買ってあげよう、と、胸の内でチヨは決心する。
そのついでで、チヨはネロアに尋ねる。
「ところでネロアはゲーミングモニターとかデスクとかチェアーとかは欲しかったりしないの?
やっぱりゲーム好きな人ってそういう凝ったもの欲しいかなーって思って……」
ネロアはしばし、『んー』と、うなりながら考えて、
「僕は全く興味はないですかね。というより、そもそもゲーミング〇〇って何がどうなってゲーミングなのかがわからないと言いますか何と言いますか……」
「へぇ、つくづく意外。『ロジスティクス・サーガ』だっけ? そのゲームをあっちの世界で死神に気に入られるくらいやりこんでるから、そういうのも詳しいかと思った」
「ごめんなさい、僕はあまり詳しくないです。なんせ『ロジスティクス・サーガ』はバイクのヘルメットみたいな端末を被ってプレイするVRゲームですので」
「あ、なるほど。それじゃあゲーミングモニターとかいらないか」
【完】




