第100話 満月十姉妹が始まる
百式高等学校。某県某市にあるマンモス学校にして、多数の業界にそれなりの人材をそこそこ輩出している準名門校。
九月中旬。四人の少女が校門を前にして立っていた。
「かの学舎より、僕らの栄達の光明が差すのだろうな」
内一人の群青色の髪の、凛とした雰囲気の少女は芝居がかって言う。
「『ここからアタイらのネクストライフが始まる』って翻訳で合ってるっスよね、ネロア。
それと、どうせアタイらしか聞いてないから演技する必要ないっスよ」
と、マゼンダ色の髪と青白い肌をした少女はツッコむ。
「言われてみればワノさんの言う通りですけど……僕とは趣を渇望す!」
「あーそうスか。この先変ないじられ方されても知らないっスよ」
ネロアとワノがやり取りしている一方、黄緑色の髪と、長い尖った耳を持つ少女は校舎の窓という窓を凝視している。
「……どこ……ピコリおねえちゃん……?」
青緑髪の容姿端麗な少女は、その真意を察し、
「多分ここからじゃお目当ての人は見えないですよ、イバラねーさん。学校っていうのは広くて入り組んでるんで」
「……ひどいたてものだね……トツカ……」
「覗き見し放題な建物こそどうかしてるって」
そして四人は充分に校門前での眺めを目に焼き付けた後、
「じゃあ行くっスよ、みんな!」
「応!」
「……うん……」
「あ、ああ……」
一歩一歩踏みしめて、校門を通り抜け……
「あのー、お嬢さんたち。申し訳ないんですけど、こちら関係者以外立ち入り禁止です」
「あ、こちらこそごめんなさい。雰囲気的にキメたかっただけなので……」
……る前に、クルリと踵を返し、校門前の警備員から逃げるように速歩きした。
ネロア、ワノ、イバラ、トツカ……彼女たちは満月家の姉妹の『内の』四人にして、百式高校入学『前』の生徒である。
何故『内の』と『前』とわざわざ括弧付けで強調したのかは、文字通り異世界的な凄まじい理由があるので、追々後述する。
*
中堅菓子製造会社『満月コーポレーション』本社ビル内、『ベーカリーカフェ・ミツキ』オフィスにて。
「てなわけで、もう家にいるのが暇でしょうがないんスけど、アタイらどうすればいいっスか?」
四人の代表者であるワノにそう尋ねられた、彼女たちの母親、満月チヨは、
「それ相談するためにここまで訪ねてきたの……?」
社長としてのデスクワークを一時中断して答える。
「そうっス。直談判のほうが状況伝わりやすいっスから」
「まぁ、それはそうよね。だとしても会社まで来なきゃいけないぐらい暇なの?」
「バリバリ暇っスよ!」
平日昼間のテレビはニ番組しか見るものがない。
録画リストを見てもコーリンが録り溜めている特撮番組ばかり。
漫画はあるにはあるがユノスが持っているタブレットの中なので実質無いに等しい。
極めつけにはスマホも契約前なので持っていない。
なのでワノたちは、十月からの登校までは娯楽が著しく少ない家で過ごすことを強いられてしまったのだ。
「ちょっと待って? ゲームはどうしたの? 家にBC5ってゲーム機とソフト四つぐらいあるって言ってなかったっけ?」
「ああ、それは覚えてるっスよ」
「実際俺たちもやろうとした。けども……」
ワノ、イバラ、トツカは無言で視線を一点に合わせる。
その先にいるネロアは空気を読み、申し訳なさそうに答えた。
「……僕が完全攻略を遂げてしまった」
ネロアの趣味と特技は、ゲームである。
「よく考えたら妥当なオチね。じゃあ本当はタイミング合わせて十月からにしたかったんだけど」
チヨは周りに注意をはらい、財布から一万二千円を取り出し、四人に差し出す。
そして小声で、
「はい、お小遣い。四人で均等に分けてね」
「ありがとうござい……いやたったの一万二千円っスか!?」
ネロアは慌ててワノの口を塞ぐ。しかし既に彼女の驚愕は周りに響き渡っており、ベーカリーカフェ・ミツキの社員一同は社長席を見る。そして気まずくなって目線を仕事へそらす。
「ちょっ、急に大きな声出さないでよワノ!」
「むぐむぐぐぐむぐ! むぐぐぐぐむぐ!(だって一人三千円っスよ! 少ないっスもの!)」
「高校生が半月過ごすならこれで充分だって! とりあえず今月はこれで我慢して! 来月になったら他の六人と一緒に六千円ずつあげるから!」
「むぐー!(我慢できるわけないっスよー!)」
四人はこれ以上、母親の仕事の邪魔にならないよう、オフィスから撤退する。
強欲に手足が生えたような人であるワノはネロアによって強制連行という形でだが。
「ご迷惑おかけしましたー!」
四人がいなくなった後、一人の社員が社長に書類のチェックをお願いするがてら、小声を漏らす。
「六千円ずつなんですね……」
「……金銭感覚はまともなってもらわないと困るから」
*
数分後、本社を出た四人は商店街をブラブラとしていた。
「この一万二千円は僕が持っておきます。ワノさんを疑っているとかいうつもりではないですが」
「はいはい、それで良いっスよ別に」
ここでイバラのお腹が、雷鳴くらい思い切り鳴る。約十秒の間隔を空けて、イバラは言う。
「……おなか、すいた……」
「もう音でわかってるから言わなくてもいいっスよ。イバラ」
「では、どちらでお食事にしましょうか? 僕は皆さんにおまかせします」
「……あたしも……なんでも……」
「ネロアとイバラは『希望無し』っスね。そんで、トツカは……」
ワノはだいぶ後ろにいるトツカの方へ振り向く。
「すみませんお姉さん、芸能界に興味はございませんか?」
「ないです……はぁ、もう三度目。この商店街スカウト禁止じゃないのかよ」
「あの調子ならトツカも『希望無し』扱いして大丈夫っスね」
「強引ですね」
というわけで四人はワノの希望により、イタリアンレストランチェーン『ベルセリヤ』へ入店した。
すみやかに注文を済ませ、料理が来るまでの間、四人は適当に雑談をする。
「ここいいですよね。安くて美味しいですもの。前の世界でも何度も利用してました」
「あれ、この店『死国とーどいすむか』だかに出店してた……ん、ああ、ゲームの中じゃなくて、現実世界の方っスか」
「はい、現実世界の方でよく行ってました。こちらの世界にもあって嬉しいです」
「俺は、元の世界の町ではあったにはあったけど電車で一時間先のモールにあるから……来たのは累計四、五回くらいかな。ワノねーさんは?」
「アタイは初っスよ。前の世界は言わずもがな、元いた世界だとそもそも県に出店してなかったスから……」
「あれ? 確かワノさん、この世界だと兵庫県にいたって前に行ってましたよね」
「兵庫県は都会だから、何店舗かはあるんじゃないんですか?」
「え、あ……そ、それは田舎出身なりの自虐っスよ! ホントは県内にちゃんとあるッスよ! 移動費高いんで行ったこと無いっスけど!」
「そうですか。それは大変ですね……」
「……かなり怪しい言い訳だったけど」
「そんでそんでぇ! イバラは地元にあったんスか!?」
「……アタシ、ずっといせかいにいた……」
「ああ、そういえばそうだったスね」
「今、ワノねーさんパニクりすぎてたような……」
「多分ノリで聞いたんですよ。トツカさん」
前の世界、元の世界、元いた世界、異世界――などなど、普通の女子高生(予定)が言わないような単語を何度も出して、四人は雑談を交わす。
数分後、四人のテーブルに料理が運び込まれる。
直後、イバラはソーセージピザとコーンピザを交互に凄まじい勢いで食べ始める。
斜向いのトツカは圧倒され、ドリアをすくうスプーンを止めて、
「相変わらず、エルフらしからぬ食べっぷりしてるな。イバラねーさん。」
トマトスパゲッティを食べているワノも、
「しかもピザ二枚とか豪勢な組み合わせっスよね。八百円っスよ、今月の小遣いの約三分の一っスよ」
と、金銭への執着がえげつない彼女らしいことを言う。
ネロアはオーロラソースパスタを一口食べた直後に、
「ワノさんもワノさん的には豪勢ですよね? そのパスタは四百円で、この店の最安のメニューではありませんよ?」
「だってパンとかこじんまりとしたパスタ食べてるのもなんかアレっスもの。
アタイ的にはトマト料理は最安メニューより優先されるっス。
……ていうかネロア、あんた会社退散してからずっと素で話してないっスか?」
「如何なる概念が純然と化したか?」
「忘れてたからって急にギア入れるのやめろっス」
*
夕方頃、家に帰ってきた四人は例に漏れず家でダラダラしていた。
「……いつもながら暇そうだな」
と、犬耳と青い髪を持つ少女――サバキは、帰宅間もなく言う。
「よくお戻りになられましたね。サバキ姉上」
「お、おかえりっス。サバ姐」
「……おかえり……」
「おかえり、サバキねーさん」
「……あ、すまない。完全に言いそびれていた。ただいま」
「ボクもいるよ。ただいま」
と、ベレー帽をかぶった緑色の髪をした少女――ユノスはサバキの背後から顔を出して言う。
「よくお戻りになられましたね。ユノス姉上」
「お、おかえりっス。ユノ姐」
「……おかえり……」
「おかえり、ユノスねーさん」
その後、ネロアたち四人はこの『おかえり』の一連の流れをあと四回行った。
その夜、仕事を終えたチヨは帰ってきて。
「ただいまー」
「「「「「「「「「「おかえり」」」」」」」」」」
十人分の『おかえり』を受け取った。
「……うん、やっぱり多いなぁ。まだちょっと慣れるのに時間かかりそう」
満月家の家族構成は母一人と娘十人。
この娘たちは全員、チヨの元夫が浮気が原因で生まれた過去、それと全員異世界転生の経験……『奇跡』という言葉では足りないぐらいの過去がある。
「あまり気を病む道理はありませんよ。母上」
「ネロア、その厨ニ翻訳は多分誤訳っス。まぁ、気長にやろうっスよ、気長に」
「……うん……」
「それに慣れてないのは、まだ家族に成りたての俺達もですから」
そして娘十人の内、ネロア、ワノ、イバラ、トツカの四人は、つい最近その存在が発覚して、新しい家族になったのだ。
チヨはこの出会って間もない四人からのねぎらいの言葉に感謝する。
「わかった。ありがとう、これからもよろしくね。ネロア、ワノ、イバラ、トツカ」
すると紫髪の末っ子――ルシェヌはあたふたして、
「え、あれ! アタシは、アタシには『これからもよろしくね』って言ってくれないのかえ!?」
「あ、ごめん。これからもよろしくね、みんな」
「そうじゃないのじゃ! 『みんな』じゃなくて『ルシェヌ』って限定して呼んでほしいのじゃー!」
姉妹の中でも母親の独占欲がとりわけ強いルシェヌは、わかりやすくだだをこねる。
それを見て他の姉妹は(失)笑するのだった。
【完】
……の直前、オレンジ色の髪をした平凡な雰囲気の少女――四女ピコリはふと疑問に思う。
(そういえばこの作品のタイトル『六人の娘が異世界から帰ってくるだけの話』だったよね。
あれ、今十人だからタイトル詐欺になってるような……?)
長考の末、私はピコリに自己解決させ……ゲフン、ピコリは自己解決する。
(あ! あの四人は『帰ってくる』っていうよりも『やってくる』って表現の方が近いから大丈夫か!
うん、きっとそうだ! そうしよう! じゃないとシーズン3からのテコ入れがスムーズに行かなくなるから!)
【今度こそ完】




