第2話(中編1)――「1年後の答案」
(1897年10月、香港・直樹商会本邸)
達也は日の出前に本邸を出た。
背負い袋の重さは25キログラムに増えている。水、食料、衣類、薬、工具を入れ、北宋へ渡った直後に持ち出す荷物とほぼ同じ重さにしてあった。
まだ暗さの残る道を港へ向かい、石段を下りて海沿いを歩く。1年前は15キログラムの袋を背負っただけで呼吸が乱れたが、今では足場を選びながら1時間歩き続けられる。雨でぬれた斜面や砂地で転ばない訓練も重ねてきた。
それでも、整った道を歩くのと見知らぬ土地を移動するのとでは条件が違う。荷物の重さに慣れたからといって、北宋で安全に行動できる保証はなかった。
本邸へ戻った達也は井戸水で汗を流し、朝食を取った。午前7時になると東側の客間へ入る。
そこには1年前と同じように2つの卓が置かれていた。一方には紙、筆、硯、経書が並び、もう一方には銅銭、布、薬包、茶葉、宿帳を模した帳面が用意されている。
話し言葉を教えてきた趙文徳は、達也が着席する前に口を開いた。
「今日は私を教師だと思うな。お前は初めて香港へ来た旅人で、私は宿の主人だ。ここからは、私が話す言葉だけで応じろ」
文徳は北方の話し言葉に切り替え、早口で質問した。
達也が1晩泊まりたいと申し出ると、文徳は名、出身地、同行者、荷物、滞在の目的を尋ねてきた。問いを重ねる順番は1年前とは違い、途中には宿代を先に払うよう求める言葉や、馬を連れているのかという質問まで混じっていた。
達也はすべて聞き取り、その場で答えた。
文徳は帳面へ達也の名を書き、翌朝の食事を付けるかと尋ねた。
「お願いします。ただ、明日は日の出前に発ちます。それまでに用意できますか」
「できる。早朝に出るなら、宿代と食事代は今払ってもらう」
文徳が金額を告げると、達也は卓上の銅銭を数え、わざと10枚多く渡した。
文徳は受け取った銅銭を数えもせず、帳面を閉じようとした。
「待ってください。今の金額では10枚多いはずです。もう一度数えてください」
文徳は達也の顔を見てから銅銭を数え直した。
「最初から分かっていたのか」
「はい。相手が正しく釣銭を返すか確かめました」
「去年なら、私が告げた宿代さえ聞き取れなかったな」
「出身地を聞かれて、荷物の説明を始めそうになりましたからね」
文徳は小さくうなずいた。
「今なら北方へ行っても、宿や市場で困ることは少ないだろう。ただし、土地が変われば発音も物の呼び方も変わる。それは忘れるな」
続いて文徳は別の紙を取り出した。
「今から話を1度だけ読む。最後まで聞いてから、内容を書き出せ。途中で質問してはならない」
内容は、旅商人が港で荷を受け取ったところ、木箱の数が証文と合わなかったという話だった。船頭は最初から少なかったと主張し、荷を受け取る側は船上で紛失したと疑っている。人名、荷物の種類、木箱の数、船が着いた時刻、立ち会った者の名まで含まれていた。
文徳は予告どおり1度しか読まなかった。
達也は聞き取った内容を紙へ書き始めた。話の筋、木箱の数、時刻は覚えている。ただし、立会人の名は音だけ聞き取れても、どの字を使うのか分からなかった。
書き終えた紙を受け取った文徳は、原文と見比べた。
「箱の数と時刻は合っている。話の筋も間違っていない。立会人の名が書けなかったようだが、聞いたことのない名なら字まで分からなくても当然だ。本人に尋ねるか、帳面を見せてもらえばよい」
「聞き慣れない言葉が続いた時も、分かったふりをせず聞き返した方がいいですね」
「そうだ。去年のお前は聞き返すことを恥じていた。今は何が分からないのかを相手へ伝えられる。それでよい」
文徳は1年前に使った宿帳を開いた。最初の頁には、達也が聞き取れなかった質問と誤った答えが残され、その横には口の開き方や舌の位置を日本語で記した書き込みがある。
「私が教えられる日常の話し言葉は、これで一区切りだ。これからは商館へ出て、初めて会う者と話せ。私の言葉だけを聞き取れても意味がない」
「ありがとうございました。これからも分からない言葉があれば教えてください」
「それは構わない。ただ、私の発音だけが正しいと思うな。同じ北方でも土地によって言葉は違う」
達也は席を立ち、文徳を玄関まで見送った。
1年前は、教師から何を命じられたのかを言い直すよう求められていた。今では別れ際の世間話まで聞き取れる。
市場で品物を買い、宿へ泊まり、道を尋ね、自分の体の具合を説明することもできる。商館の帳簿や短い書状であれば、辞書を引かずに読めるようになった。
しかし、午前9時から始まる試験では、それとはまったく別の力を求められた。
◇ ◇ ◇
経書と文章を教える沈克明は、達也の前へ3枚の問題用紙を置いた。
「制限時間は4時間だ。書物を開いてはならないし、私にも質問するな。最初は経書の解釈、次は歴史上の政策、最後は洪水への対策だ。3問すべてに答えてもらう」
達也は問題に目を通した。
最初の問いには、1年前から学んできた経書の一節が使われている。字の意味も、克明から教わった解釈も分かった。
2問目は、飢饉が起きた際の穀物価格と倉の運用について、過去の政策を踏まえて論じるものだった。
3問目は、前年に初めて出された洪水対策である。ただし今回は、堤防の決壊によって村が水没し、田畑を失った農民が隣の州へ逃げ始めているという条件が加えられていた。
達也は硯の墨を確かめ、最初の答案を書き始めた。
1年前のように、1行目から字を直されることはない。文字の大きさをそろえ、筆先がかすれる前に墨を補う。1時間書き続けても、字が右へ傾くことは少なくなった。
問題は字ではなく、答案の中身だった。
経書の一節について、自分が何を理解しているのかは分かっている。しかし、試験の答案としてどの注釈を根拠にし、どの順序で論じるべきかを考えると筆が止まった。
自分の考えを自由に書けばよいわけではない。問われた内容を正しく理解し、典拠を示したうえで読み手を納得させる必要がある。
達也は最初の書き出しを2行でやめ、新しい紙へ移った。
2問目では、常平倉や義倉の働き、穀物を買い入れる時期、飢饉の際に売り出す方法を書いた。ところが、価格を抑えるために穀物を放出すれば官の倉が尽きる恐れがあり、すべてを安く売れば余裕のある商人が買い占める可能性もある。
誰にどれだけ売るのか。戸籍を基準にするなら、そこから漏れている者をどう扱うのか。輸送中に穀物が失われた場合、誰が調べるのか。
1年前には思いつかなかった問題が次々に浮かんだ。しかし、それらを挙げるだけでは答案にならない。
達也は残り時間を確かめ、3問目へ移った。
洪水への対策は1年間繰り返し調べてきた。決壊した場所を塞ぐための人員、資材、食料の手配から、被災した戸数の調査、租税の猶予、流民への炊き出し、不正を防ぐ帳簿の照合まで書き進める。
ところが、文章の後半に入ったところで、自分の策に矛盾があることに気づいた。
堤防の修復に農民を集めれば、残された田畑を手入れする者が減る。工事に出た者へ食料を与えても、その家族に渡らなければ村から逃げる者は止められない。
最初から筋道を立て直すには、答案全体を書き直さなければならなかった。
残り時間は30分しかない。
達也は後段に条件を補って対応した。意味は通じるが、最初から一貫して組み立てられた答案ではなくなっている。
やがて4時間が過ぎた。
「そこまでだ」
克明が達也の手から筆を取った。
「最後の結論が、まだ書けていません」
「時間内に書けなかった部分は、答案には存在しない」
達也は何も言わず、手を膝の上へ置いた。
右手に疲れはあるが、1年前のように指が動かなくなったわけではない。まだ書き続けることはできる。それでも答案を完成させられなかった。
克明は3問の答案を最初から読み、朱筆で印を付けていった。
1問目には経書の解釈について直しが入り、2問目には根拠を示していない箇所が指摘された。3問目は朱線こそ少なかったものの、末尾には「未完」と記された。
「字は読めるようになった。だが、1問目はお前が何を根拠にその解釈を選んだのかが弱い。2問目は制度の名を覚えているだけではないと分かるが、問題を挙げすぎて、自分が採る策を決めていない」
「3問目は、途中で自分の策の矛盾に気づきました」
「気づいたこと自体は悪くない。しかし、試験中に気づいても、直す時間がなければ得点にはならない」
克明は洪水対策の答案の中ほどを朱筆で示した。
「ここでは、工事へ出る者と、その家族への食料を分けて考えている。去年のお前は、被災者へ食料を配るとしか書けなかった。それに比べれば進んでいる」
「では、合格できる答案でしょうか」
「程遠い」
克明に慰める様子はなかった。
日常の書状なら困らず、帳簿も読める。役所の告示も、難しい語を調べれば理解できるだろう。しかし、試験に合格する者は幼いころから経書を読み、文章を書いている。1年学んだだけの達也が、すぐに同じところへ並べるほど簡単ではなかった。
「あと1年で届くでしょうか」
「分からない。2年でも3年でも足りないかもしれない。学んだ年数だけで合否は決まらないからだ。ただ、今のお前には明らかな欠点がある。知ったことをすべて書こうとしすぎる」
克明は2問目の答案を達也へ返した。
「この答案では、倉を開く危険を5つ挙げている。しかし、危険があるから何もしないのか、それでも倉を開くのかが最後まで明らかになっていない」
「倉は開くべきです。ただし、買い占めを防ぐ必要があります」
「それなら最初にそう書け。そのあとで、誰に、どれだけ、どの証明に基づいて売るのかを示せ。問題を知っていることと、解決する策を示すことは違う」
克明は、今日中に2問目の要点を10行でまとめ、翌日は20行、その翌日には時間を決めて答案を書き直すよう命じた。
「3問目も書き直します」
「一度に3問を直そうとするな。まず2問目を完成させろ。お前は、できないことを増やして安心する癖がある」
達也には反論できなかった。
経書、歴史、制度、財政、治水、救荒、学校制度、古い時代の発音。必要だと思うものを次々に学び、知らないことは確かに減った。しかし答案では、その知識から必要なものを選び、問いに沿って組み立てなければならない。
克明は1年前の答案を取り出した。
紙には朱が20か所以上入り、文字の形まで直されている。その横へ今日の答案を並べると、違いは明らかだった。1年前の文章は意味を読み取るだけでも時間がかかるが、今日の文章なら達也の主張が途中までは伝わる。
それでも、合格答案との隔たりは大きかった。
「勉強を始めたころよりは進んでいる。しかし、今のままでは試験には通らない。合格しなければ意味がないと思うなら、ここでやめてもよい」
「やめません。何年かかっても、合格を争えるところまで学びます」
「何年続けても合格できる保証はないぞ」
「保証がないことは、1年前から分かっています」
克明は1年前の答案を卓上へ戻した。
「ならば先を急ぐな。日常の読み書きができるようになったからといって、自分の学力を過大に見積もるな。試験で求められる文章は別のものだ。それと、決意は答案の代わりにはならない。今日の10行を書け」
達也は3枚の答案を重ね、朱筆を借りた。
1年で合格者と同じ水準へ達することができるとは、もう考えていない。幼いころから経書を学んできた者に追いつくには、さらに長い時間が要る。
それでも、諦める理由にはならなかった。
達也は2問目の答案を広げ、問いへの答えに必要のない箇所から消し始めた。
◇ ◇ ◇
昼食後、尚人が書庫へ入った時も、達也は答案を書き直していた。卓上には1年前の紙と今日の答案が並んでいる。
「試験はどうだった」
「話し言葉は一区切りだと言われました。日常の読み書きにも、ほとんど問題はないそうです。ただ、科挙の答案には程遠いと言われました」
尚人は朱の入った3枚を順に読んだ。
「文字は読める。去年とはずいぶん違うな」
「読めるだけです。知っていることを並べすぎて、問いへの答えが曖昧になりました。3問目は時間内に結論まで書けませんでした」
「あと、どれほどかかりそうだ」
「分かりません。2年でも3年でも足りないかもしれないそうです。それでも続けます」
達也は洪水対策の答案を尚人へ渡した。
「1年前の僕は、堤防を造って食料を配ればよいと考えていました。今なら工事へ出た者の家族をどう養うのか、倉から出した米を誰が運び、どの帳簿で確かめるのかまでは考えられます。それでも試験では、問題に気づくだけでは足りません。限られた時間で実行する策を選び、根拠を示して最後まで書き切る必要があります」
「未来の知識があっても駄目なのか」
「未来の機械や制度を、そのまま書くわけにはいきません。北宋にある人員、金、倉、船、道路で実行できる形に直さなければ、策にはなりません」
尚人は1年前の紙を持ち上げた。
「半年後の答案と比べると言って、これを残したのだったな」
「はい。半年では足りず、1年たっても足りませんでした。次は3か月後に試します。それまでは新しい範囲を増やさず、今日の3問を書き直します」
北宋へ持ち込む物資については、これまでどおり検討を続ける。ただし、金銀の量を増やすことより、到着直後に持ち出す背負い袋や、10トン車を隠すための道具を優先する。到着地点の調査も続けるが、出発日はまだ決めない。
尚人は答案を卓へ戻した。
「女を追うことを忘れたわけではないのだな」
「忘れていません。だからこそ、北宋へ渡ってすぐに捕まったり、身元を疑われて町へ入れなくなったりしないように準備しています。官吏になるまで何年もかかるとしても、その間に女の噂を集められます。学校へ入れなければ別の方法も探します。ただ、最初から諦めて旅人として歩き回るつもりはありません」
教師たちは、達也が古い時代の制度や文章を研究しているとしか知らない。北宋へ渡ることも、片道式リモコンを使うことも、渡ったあと自力では戻れないことも話していなかった。事情を知っているのは、準備に関わる尚人たちだけである。
尚人が書庫を出ると、達也は新しい紙の右上へ「1897年10月」と書いた。
その下に、克明から命じられた2問目の要点を書き始める。
最初の1行には、飢饉に際して官の倉を開くと明記した。そのうえで、穀物を渡す対象と数量、戸籍から漏れた者の扱い、買い占めを防ぐ方法、帳簿の照合について続ける。
10行に収めるには、知っていることの多くを捨てなければならない。説明を加えるたびに行が増え、削りすぎれば根拠がなくなる。
達也は3度書き直し、ようやく10行にまとめた。
完成した文章は、まだ合格答案には遠い。それでも、知っていることを並べただけで、何を行うのか分からなかった午前中の答案より主張は明確になっていた。
達也は1年前の紙、今日の答案、10行に書き直した文章を順に重ねた。
日常の読み書きには不自由しなくなった。しかし、北宋の読書人として認められ、官吏を選ぶ試験に通用する学力を得るには、さらに学ばなければならない。
2年かかるのか、3年で足りるのかも分からない。
それでも達也は筆を置かず、翌日の書き直しに使う紙を卓上へ用意した。




