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北宋の悪女、1986年の男  作者: ひまえび
第一章――「清河県の美しい毒、追う男たち」

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第2話(中編1)――「科挙、本番」

 1222年秋。


 沈氏本家の養子となった倉達也(ツァン・ダーイエ)は、翌1223年の科挙へ向けて本格的な準備を始めた。


 沈景文(シェン・ジンウェン)の答案も、達也と出会う前とは別物になっている。


 景文は25歳から15年間科挙へ挑み続けたが、最初の解試を一度も突破できなかった。


 今度が16回目の挑戦だ。


 達也自身も受験する。


 狙うのは最初から状元である。

 (1222年秋、南宋・臨安府(リンアンフ)・沈家)


 秋に入っても、達也の生活は変わらなかった。


 朝は日の出前に起きる。


 14歳の沈文進(シェン・ウェンジン)と庭を走り、拳、蹴り、投げ、組み討ちの稽古をする。


 夏から毎日続けてきたため、達也の身体はかなり変わっていた。腕や肩には筋肉がつき、腰や脚にも力がついている。


 文進も以前ほど簡単には転ばなくなった。


「今日は本気で来い」


 達也が言った。


「本気でいいのですか」


「ああ。ただし殴るな。俺も殴らない」


「分かりました」


 文進が間合いを詰め、達也の腰へ両腕を回そうとした。


 達也は足を引いてかわし、文進の肩と腕を取った。


 文進も踏ん張る。


「前よりいい」


「今日は投げられませんよ」


「そうか」


 達也が腰を入れると、文進の身体が浮き、そのまま土の上へ転がった。


「やっぱり駄目だ!」


「でも前より時間がかかった」


「本当ですか」


「ああ。足の使い方が良くなってる」


 文進は起き上がった。


「もう一度お願いします」


「今日は終わりだ」


「まだできます」


「俺はこれから科挙の勉強だ」


「そうでした」


「お前も本を読め」


「稽古の方が好きなのですが」


「両方やれ」


 達也は文進の肩を叩き、井戸へ向かった。


 そこへ陸玉蘭(ルー・ユーラン)が朝餉を知らせに来た。


 達也は顔を洗いながら玉蘭を見る。


「今日も綺麗だな」


「今日は少し遅かったですね」


「何が」


「その言葉です。庭へ出てすぐ言うかと思っていました」


 達也は笑った。


「待ってたのか」


「違います」


「待ってたなら先に言え」


「なぜ私から言うのです」


「俺が喜ぶ」


「知りません」


 玉蘭は文進へ顔を向けた。


「着替えてきなさい。朝餉が冷めますよ」


「はい」


 文進が走っていく。


 達也は手拭いで顔を拭きながら、玉蘭へ近づいた。


「奥さん」


「何ですか」


「解試に受かったら、何か褒美をくれ」


「まだ受けてもいないでしょう」


「だから今、約束しておく」


「何が欲しいのですか」


「奥さんと2人で酒を飲みたい」


「主人も一緒なら構いません」


「それじゃ意味がない」


「では駄目です」


「相変わらず固いな」


「主人の妻ですから」


「知ってる」


「知っていて毎日口説くのですね」


「ああ」


「変な人です」


 玉蘭は呆れながら屋内へ戻った。


 達也はその後ろ姿を眺めた。


「今日も駄目か」


 少し離れたところで文進が聞いていた。


「毎日駄目ではありませんか」


「余計なことを言うな」


「母上がなびくとは思えません」


「お前まで言うのか」


「父上がいますから」


「だから面白いんだろ」


「僕には分かりません」


「14歳にはまだ早い」


 達也は笑い、文進と一緒に朝餉へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 秋の解試が近づくと、沈景文(シェン・ジンウェン)の緊張は目に見えて強くなった。


 達也は毎日答案を書かせていたが、試験が近づくにつれて、景文が昔の書き方へ戻ることがあった。


 ある日の午後、達也は景文の答案を途中まで読んで卓へ置いた。


「やり直し」


「どこが悪い」


「全部だ」


「全部?」


「また知っていることを並べ始めてる」


 景文が答案を取り返した。


「今回は大事な試験だから、少しでも良い文章を書こうと思ったんだ」


「それで15年落ちたんだろ」


「またそれを言うのか」


「言う。今のあんたが一番やってはいけないことだからな」


 達也は問題文を指した。


「何を聞かれてる」


 景文が答えた。


「この問いについて、治める者が何を重んじるべきかだ」


「だったら、それを書け」


「書いている」


「3枚目まで答えが出てこない」


 景文は言葉を失った。


「試験官は暇じゃない。最初から読ませろ」


「分かった」


「立派な文章を書こうと思うな」


「科挙なのに?」


「受かる答案を書け」


 景文は達也を見た。


「お前は本当に言い切るな」


「今さら何を言ってる」


 景文は答案を脇へ置き、新しい紙を出した。


「もう一度書く」


「今度は時間も計るぞ」


「分かった」


「最初に答えを書け」


「ああ」


「余計な故事を入れるな」


「分かってる」


「難しい言葉で飾るな」


「分かったと言ってるだろ」


「なら書け」


 景文は筆を取った。


 達也も隣で同じ問題を書き始めた。


 以前は景文だけが毎日問題を解いていた。


 今は2人で同じ問題を書く。


 書き終われば互いに読む。


 景文が達也の答案を読み、悔しそうに言うことも増えた。


「これを同じ時間で書いたのか」


「ああ」


「俺より字数が少ないのに、言いたいことは全部入っているな」


「だから余計なことを書くなと言ってる」


「分かっている。だが読むと腹が立つ」


「何でだ」


「お前が18歳だからだ」


「年齢は関係ないだろ」


「40歳の俺にも意地がある」


「その意地で受かれ」


「そうするよ」


 2人は毎日、何題も答案を書いた。


 その間にも、景文は達也へ南宋の制度や朝廷のことを教えた。


 達也は知らないことだけを尋ね、一度理解したことを何度も聞き返すことはなかった。


 そのため覚えるのも速かった。


 沈氏本家の沈宗礼(シェン・ゾンリー)も、時折2人の答案を見に来た。


 宗礼は達也の答案を読むたび、養子にした判断は間違っていなかったと考えた。


 だが景文については、最後まで安心しなかった。


「景文」


「はい」


「今度こそ受かれ」


「分かっております」


「15年聞いた返事だ」


「伯父上までそれを言うのですか」


 宗礼が達也を見る。


「こいつに教わっていると、私まで言いたくなる」


「俺のせいにするな」


「お前が毎日言っているからだ」


 景文が顔をしかめた。


「2人がかりで責めるのはやめてください」


「なら受かれ」


 宗礼と達也が同時に答えた。


 景文はとうとう笑った。


「分かりましたよ」


 ◇ ◇ ◇


 解試の日が来た。


 まだ空が明るくなりきらないうちから、沈家では朝餉が用意された。


 景文はいつもより食べる量が少なかった。


 達也が尋ねた。


「食わないのか」


「喉を通らん」


「腹が減るぞ」


「15年落ちた試験だぞ」


「今年は違う」


「お前は緊張しないのか」


「何で?」


「初めての科挙だろう」


「問題が分からなければ考える。分かれば書く。それだけだ」


 景文は呆れた。


「その性格が少し欲しいよ」


「やらない」


「そこは分けろ」


 玉蘭が景文の前へ粥を置いた。


「あなた、少しでも食べてください」


「ああ」


「去年までとは違うのでしょう」


 景文が妻を見る。


「達也から聞いたのか」


「毎日見ていますから分かります。以前よりずっと迷わず書いています」


「玉蘭に言われると少し安心するな」


 達也が横から言った。


「俺が何か月言っても安心しなかったのか」


「お前は容赦がなさすぎる」


「そのおかげで今年は受かる」


「まだ試験も始まってない」


「なら今日、受かる答案を書け」


 景文は箸を止めた。


「前みたいな答案を書いたらどうする」


「帰ってきたら最初からやり直しだ」


「それだけは嫌だ」


「なら書くな」


「分かってる」


 朝餉を終え、2人は家を出た。


 門の前には宗礼も来ていた。


「景文」


「はい」


「落ち着いて書け」


「はい」


 宗礼は達也を見る。


「お前には何を言えばいい」


「何も要らない」


「そう言うと思った」


 達也が歩き出そうとすると、玉蘭が呼び止めた。


「達也」


「何だ」


「主人をお願いします」


 達也は振り返った。


「試験中まで面倒は見られないぞ」


「そういう意味ではありません」


「分かってる」


 達也は玉蘭を見る。


「俺にも何かないのか」


「何がです」


「景文には気を付けろと言っただろ」


「では、あなたもお気を付けて」


「それだけ?」


「それだけです」


「帰ったらもう一度聞く」


「好きにしてください」


 玉蘭は笑った。


 達也も笑い、景文と並んで試験場へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 試験場には大勢の受験者が集まっていた。


 若者もいれば、景文より年上に見える男もいる。


 何度も受験している者同士は顔見知りらしく、互いに挨拶を交わしていた。


 景文にも声を掛ける者がいた。


「景文、今年も来たか」


「ああ」


「今度こそ受かるといいな」


「そのつもりだ」


 相手は笑ったが、景文は笑わなかった。


 達也が隣から言った。


「余計なことを考えるな」


「分かっている」


「最初に問いを全部読め」


「ああ」


「答えを決めてから書け」


「ああ」


「知ってることを全部書くな」


「それはもう聞き飽きた」


「なら大丈夫だ」


 景文が達也を見る。


「お前は?」


「俺は俺で書く」


「状元を狙う男が解試で落ちるなよ」


「景文こそ落ちるな」


「分かってる」


 2人は別れて席へ向かった。


 試験が始まった。


 問題を受け取った景文は、すぐには筆を取らなかった。


 以前なら、知っている言葉や故事が頭へ浮かぶと、そのまま書き始めていた。


 今回は違う。


 まず何を問われているのか確認した。


 次に答える内容を決める。


 必要な典拠だけを頭の中で選ぶ。


 達也から何度も言われたことを、そのまま実行した。


 それから筆を取った。


 一方、達也は問題を読むと、書くべき内容をすぐに決めた。


 南宋へ来てから景文に教わった現在の制度についても、必要な部分だけを使う。


 文章を書く能力も、人を治める考え方も失われてはいない。


 達也は時間を十分に残して書き終え、最初から読み返した。


 不要な字句を直し、答案を整える。


 景文も最後まで書き切った。


 試験場を出た時には、日が傾き始めていた。


 達也が待っていると、やがて景文が出てきた。


「どうだった」


「全部書いた」


「余計なことは?」


「書いていない」


「本当に?」


「多分な」


「その多分が心配だ」


「お前はどうだった」


「問題なかった」


「聞くだけ無駄だったな」


「なら聞くな」


 景文は笑った。


 2人は沈家へ戻った。


 ◇ ◇ ◇


 結果が出る日、景文は朝から落ち着かなかった。


 達也はいつもどおり庭で身体を鍛えていた。


「よくそんなことができるな」


 景文が廊下から言った。


「結果が出るまで何も変わらないだろ」


「気にならないのか」


「見に行けば分かる」


「お前は自信がありすぎる」


「景文は心配しすぎだ」


 文進が口を挟んだ。


「僕が見てきましょうか」


「駄目だ。俺が行く」


 景文はすぐに答えた。


 達也も稽古を終え、2人で発表を見に向かった。


 掲示の前には、すでに人だかりができていた。


 景文は人の間から掲示を見て、自分の名を探した。


 上から順に追う。


 なかなか見つからない。


「ない……」


「最後まで見ろ」


 達也が言った。


「見ている」


「まだ下があるだろ」


 景文はさらに目を動かした。


 そして止まった。


「……あった」


 達也も見る。


 沈景文(シェン・ジンウェン)。


 確かに名があった。


 景文は掲示から目を離さなかった。


「景文」


「あった」


「見れば分かる」


「俺の名前だ」


「ああ」


「本当にある」


「ああ」


 景文が達也を振り返った。


「受かった」


「だから言っただろ」


「15年……」


 景文はもう一度、自分の名を確認した。


「15年、一度もここを通れなかったんだ」


「16回目で通った」


「お前のおかげだ」


「まだ終わってないぞ」


 景文は笑った。


「今くらい喜ばせろ」


「それはいい」


「お前の名前は?」


「あるだろ」


「どこだ」


 達也は掲示から自分の名を見つけた。


「ここだ」


 倉達也。


 2人とも解試を突破した。


 景文は2人の名を見比べた。


「本当に2人とも通ったな」


「ああ」


「次は省試だ」


「そうだ」


「急に怖くなってきた」


「今から怖がってどうする」


「俺は初めてなんだぞ」


「俺もだ」


「お前と一緒にするな」


 達也は笑った。


 ◇ ◇ ◇


 沈家へ戻ると、玉蘭、沈慧娘(シェン・フイニャン)、文進が門まで出てきた。


 景文の顔を見ただけで、玉蘭には結果が分かった。


「あなた」


「受かった」


 景文が答えた。


「本当に?」


「ああ」


 玉蘭の顔が明るくなった。


「15年落ちたが、やっと通った」


 玉蘭は夫の腕をつかんだ。


「よかったですね」


「ああ」


 慧娘と文進も父親の周りへ集まった。


「父上、おめでとうございます」


「父上、やりましたね」


 景文は嬉しそうに2人の顔を見た。


 玉蘭が達也へ向き直る。


「達也は?」


「俺も受かった」


「そうですか」


「反応が違わないか」


 玉蘭が笑った。


「あなたは受かると思っていました」


「それは褒めてるのか」


「褒めています」


 達也は玉蘭へ近づいた。


「なら褒美は?」


「またそれですか」


「約束しただろ」


「約束していません」


「俺は言った」


「私が断りました」


「もう一度頼む」


「何ですか」


「2人で酒」


「主人も一緒です」


「仕方ないな」


 景文が横から言った。


「なぜ俺が邪魔者みたいになっているんだ」


「実際、邪魔だからな」


「先生を替えるぞ」


「今さら誰に替えるんだ」


 玉蘭が笑い出した。


「今日は皆で祝いましょう」


 その夜、沈家では久しぶりに景文の科挙合格を祝う酒が出た。


 まだ最終合格ではない。


 それでも15年間、一度も越えられなかった最初の壁を越えた。


 景文にとっては大きな1日だった。


 ◇ ◇ ◇


 冬から翌1223年にかけて、2人の勉強はさらに厳しくなった。


 景文は解試を突破したことで自信を持ったが、達也は練習を緩めなかった。


「今度は省試だ」


「分かっている」


「解試より相手が強くなる」


「それも分かっている」


「だったら今日も書け」


「少しくらい休ませろ」


「昨日の夜は寝ただろ」


「それを休みと言うのか」


「言う」


 景文は文句を言いながらも筆を取った。


 達也も同じ問題を解いた。


 身体の鍛錬も続けた。


 冬の朝は冷えたが、達也と文進は庭へ出た。


 文進が寒さに負けて寝坊した日は、達也が部屋まで起こしに行った。


 そして玉蘭への口説きも止まらなかった。


 ある冬の朝、玉蘭が温かい汁物を達也の前へ置いた。


「冷めないうちに食べてください」


 達也は玉蘭の手を見る。


「奥さんの手は温かそうだな」


「汁の話をしています」


「握れば分かる」


「握らせません」


「省試に受かったら?」


「関係ありません」


「状元なら?」


「もっと関係ありません」


「厳しいな」


「主人の先生としては感謝しています」


「男としては?」


「知りません」


「じゃあ、まだ可能性があるな」


「どうしてそうなるのです」


 玉蘭は呆れたが、以前のように達也の言葉へ驚くことはなくなっていた。


 毎日言われ続け、すっかり慣れていた。


 ◇ ◇ ◇


 1223年、春。


 いよいよ省試の日が来た。


 各地の解試を通った者たちが臨安へ集まっている。


 今度は景文も、前回ほど取り乱さなかった。


 試験場へ向かう朝、達也が尋ねた。


「緊張してるか」


「している」


「前よりましだな」


「解試を1回通っただけでも違う」


「なら今日も同じだ」


「何が」


「聞かれたことを書け」


 景文が笑った。


「それを何回聞いただろうな」


「今日で最後になるかもしれないぞ」


「どういう意味だ」


「省試を通ったら、次は殿試だ」


「そうだったな」


 景文は達也を見る。


「行こう」


「ああ」


 2人は試験場へ入った。


 省試でも達也の筆は迷わなかった。


 問題を読み、必要な答えを選び、論を組み立てる。


 景文も昔の癖へは戻らなかった。


 分からないことを飾ってごまかさない。


 知っていることを全部書こうとしない。


 問いに答える。


 達也から叩き込まれたやり方を守った。


 すべての試験を終えた時、景文は疲れ切っていた。


 達也と一緒に沈家へ戻る途中で尋ねた。


「どう思う」


「何が」


「俺は通るか」


「答案を全部見てないから分からん」


「少しくらい励ませ」


「試験前なら励ます。もう終わったんだから、結果を待て」


「本当に現実的な奴だな」


「今さらだろ」


 景文は笑った。


 ◇ ◇ ◇


 発表の日。


 今度は沈宗礼も一緒に見に行った。


 解試の時以上に大勢の人が集まり、掲示の前では名前を探す声があちこちから聞こえている。


 宗礼が言った。


「まず景文を探せ」


「なぜ私からなのですか」


「達也は自分で見つけるだろう」


「伯父上まで扱いが違いませんか」


 達也はすでに掲示を見ていた。


「景文、あるぞ」


「何?」


「名前」


 景文が達也の指した方を見る。


 そこには確かに沈景文(シェン・ジンウェン)の名があった。


「……通った」


「ああ」


「省試まで?」


「ああ」


 景文は宗礼を見る。


「伯父上」


 宗礼も名前を確認した。


「よくやった」


 景文は掲示へ目を戻した。


 15年間、解試さえ越えられなかった。


 それが今回は、省試まで突破した。


 次は皇帝の前で行われる殿試である。


 宗礼が達也へ尋ねた。


「お前は?」


「ある」


「どこだ」


 達也が自分の名を指した。


 倉達也。


 宗礼はその名を確認した。


「2人とも殿試へ進むか」


「そうなる」


「達也」


「何だ」


「ここまで来たからには、約束を忘れるな」


「状元だろ」


「ああ」


「最初からそのつもりだ」


 景文が横から言った。


「俺の目標は?」


「合格」


「もう少し上を望め」


「受かればいいだろ」


「お前は1番を取ると言っているのに、俺には厳しくないか」


「15年落ちた男が殿試まで来たんだ。十分すごいぞ」


「褒められているのか?」


「珍しく褒めてる」


 景文は笑った。


「なら受かってみせる」


「それでいい」


 3人は人混みを抜け、沈家へ戻った。


 残る試験は殿試だけとなった。


 達也は状元を狙う。


 景文は15年間届かなかった進士の座を狙う。


 1222年7月、達也が沈家へ転がり込んだ時には、景文は解試さえ越えられない男だった。


 それから8か月余り。


 2人はそろって、皇帝の前で答案を書くところまで来た。

 1222年秋、達也と景文は臨安府の解試へ挑んだ。


 15年間一度も解試を突破できなかった景文は、達也から教えられたとおり、知識を並べるのではなく、問いへ正面から答える答案を書いた。


 結果は合格。


 景文は16回目の挑戦で、初めて最初の関門を突破した。


 達也も解試を通過する。


 その後も2人は答案を書き続け、1223年春の省試へ進んだ。


 景文はここでも以前の悪い癖を出さず、達也とともに省試を突破する。


 次はいよいよ殿試である。


 15年間落ち続けた景文は、ついに進士合格を目前にした。


 そして達也は、最初から狙っていた状元を取りに行く。

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