第2話(前編2)――「沈家本家の養子」
1222年8月。
倉達也が沈家へ転がり込んで1か月が過ぎた。
40歳の沈景文は、15年間続けてきた勉強のやり方を変え、毎日1題ずつ本番を意識した答案を書くようになった。
達也自身も早朝の鍛錬を続け、18歳の身体を鍛え直している。
その一方、達也は景文の妻である36歳の陸玉蘭を毎日のように口説いていた。
そんな中、景文が書いた新しい答案が沈氏本家の当主の目に留まる。
北宋時代から続く沈氏の本家も、長く科挙合格者を出していなかった。
1222年8月以降も、達也は沈景文の科挙特訓と自分自身の格闘技の鍛錬を続けた。
景文の答案は改善を続け、長年の癖だった書き過ぎや、問いから外れる文章も減っていく。
一方、達也は景文から現在の南宋の制度や朝廷について教わり、自分に欠けている知識を補い始めた。
景文の答案が大きく変わったことを知った沈氏本家当主沈宗礼は、達也を本家へ呼び、その学識を直接試した。
達也の能力を認めた宗礼は、素性を失った達也を自分の養子として沈氏本家へ迎える。
これによって達也は身元と後ろ盾を得て、1223年の科挙へ出る道が開いた。
ただし達也は本家へ移らず、景文を合格させるため、そのまま景文の家で暮らし続ける。
そして玉蘭への口説きもやめなかった。
目標は2つに決まった。
15年間落ち続けた景文を科挙へ合格させる。
そして達也自身は、状元を取る。
1222年8月以降も、達也は沈景文の科挙特訓と自分自身の格闘技の鍛錬を続けた。
景文の答案は改善を続け、長年の癖だった書き過ぎや、問いから外れる文章も減っていく。
一方、達也は景文から現在の南宋の制度や朝廷について教わり、自分に欠けている知識を補い始めた。
景文の答案が大きく変わったことを知った沈氏本家当主沈宗礼は、達也を本家へ呼び、その学識を直接試した。
達也の能力を認めた宗礼は、素性を失った達也を自分の養子として沈氏本家へ迎える。
これによって達也は身元と後ろ盾を得て、1223年の科挙へ出る道が開いた。
ただし達也は本家へ移らず、景文を合格させるため、そのまま景文の家で暮らし続ける。
そして玉蘭への口説きもやめなかった。
目標は2つに決まった。
15年間落ち続けた景文を科挙へ合格させる。
そして達也自身は、状元を取る。




