↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北宋の悪女、1986年の男  作者: ひまえび
第一章――「清河県の美しい毒、追う男たち」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
83/138

第1話(後編1)――「大乾、立つ」

 1123年7月上旬。


 倉田佑馬と鳴海修司を死ぬ前の時間から救い出すという仕事を終え、麗華は時間移動用リモコンを達也へ渡した。


 鳴海は突然1123年の開封へ連れてこられ、まだ何が起きたのか十分には理解していない。ただ、自分の妻だった麗華に殺されるところを救われたことだけは分かっていた。


 達也は2人を長く休ませるつもりはない。


 佑馬には土地と都市整備、鳴海には金と帳簿の仕事を与える。


 そして達也自身も、平西王のままでいる時間を終わらせようとしていた。

 (1123年7月上旬、開封府(カイフォンフ)・平西王府)


 鳴海修司が開封へ来てから2日が過ぎた。


 鳴海はまだ、自分が本当に1123年にいるとは思い切れなかった。


 王府を出れば、自動車も電柱もなく、道を行くのは馬、牛、荷車と大勢の人間である。建物も人々の衣服も、2026年のホーチミンとは何もかも違っていた。


 スマートフォンは動くが通信はできない。


 しかし今の鳴海には、時代が本当に1123年なのかを確かめることより、もっと気になることがあった。


 自分の妻だった女である。


 前日、鳴海は麗華へ、自分たち夫婦しか知らないことをいくつも尋ねた。


 麗華はすべて答えた。


 顔は違う。人種まで違う。


 それでも、あの女が自分の妻だったことだけは認めざるを得なかった。


 しかも麗華は、自分を生命保険のために殺すつもりだったと認めた。


 鳴海には、それ以上のことまで一度に考える余裕はなかった。


 朝餉の席で、佑馬が尋ねた。


「少しは眠れたか」


「何とか」


「俺も最初の夜は眠れなかった」


「佑馬さんは時間移動を前から知っていたんでしょう」


「知っていたのと、自分が1123年へ来るのは別だ」


「それは分かります」


 鳴海は粥を口へ運んだが、箸を持つ手が時々止まった。


「俺、本当に殺されるところだったんですかね」


 佑馬は鳴海を見た。


「俺に聞かれても分からん」


「そうですよね」


「ただ、麗華が話したことが本当なら、助かったことだけは確かだ」


「そこなんですよ」


 鳴海は箸を置いた。


「1123年だとか、時間移動だとか、王様だとか、まだ頭に入りません。でも、あの女が妻だったことは分かった」


「ああ」


「しかも、俺を殺すつもりだったと本人が認めた」


「ああ」


「だったら、とりあえず生きていてよかった。それだけ考えることにします」


「今はそれでいいんじゃないか」


 佑馬が笑った。


「俺も、死ぬはずだった日に死ななかった。それだけで十分だ」


 そこへ王府の使いが来た。


「王様がお呼びでございます」


 佑馬が鳴海を見る。


「来たな」


「何がです」


「仕事だろ」


「もう?」


「俺も呼ばれているようだからな」


 鳴海は呆れた。


「まだ2日ですよ」


「達也に2日も休ませてもらったなら長い方かもしれん」


「息子さん、そんな人なんですか」


「昔からじっとしているのが嫌いなんだ」


 2人は朝餉を終え、平西王府の書房へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 達也の書房には、大きな開封の地図が広げられていた。


 倉達也(ツァン・ダーイエ)は2人が入ると、挨拶もそこそこに本題へ入った。


「父さん、今日から仕事だ」


「やっぱりな」


「嫌か」


「働かないよりいい」


 達也は地図を指した。


「開封の町を見てくれ。土地、道路、住宅、倉庫、市場、それから工場を置く場所もだ」


 佑馬は地図へ近づいた。


「再開発か」


「そんなところだ」


「ずいぶん大きいぞ」


「だから父さんにやらせる」


 達也は城内と城外を指した。


「戦で傷んだ場所がある。人が戻っているから、これから住宅も足りなくなる。軍の倉庫も増やすし、工場も増やしたい」


「土地の権利はどうなっている」


「役所の記録はある。ただ、戦の前後で持ち主が死んだり逃げたりして、揉めている場所もある」


「それなら最初に台帳を整理しないと駄目だ。誰の土地か分からないまま道路を通したら、後で必ず揉める」


「それを頼む」


「簡単に言うな」


「難しいから父さんにやらせる」


 佑馬は達也を見た。


「麗華にも同じことを言っただろ」


「言った」


「やっぱりな」


 達也は笑い、今度は鳴海へ顔を向けた。


「次、鳴海」


「もう俺ですか」


「ああ」


「まだ、ここが本当に1123年なのか半分くらいしか信じてませんよ」


「仕事をすれば嫌でも分かる」


「乱暴だな」


「金の仕事をしてもらう」


 鳴海は卓の上の書類へ目を落とした。


 漢字には見覚えがあるものも多いが、文章として読むことはできない。


「俺、中国語は読めませんよ」


「通訳と書記を付ける」


「何をすればいいんです」


「まず、この国で金がどう動いているか見てくれ」


 達也は銅銭を1枚取り、鳴海へ渡した。


「銅銭と銀の使われ方、役所の金の出入り、商人の帳簿、貸し借り、送金。分かる範囲で全部だ」


「いきなり銀行を作れと言われるのかと思いました」


「まだ言わん」


「少し安心しました」


「一通り見たら作らせる」


「安心したのを返してください」


 佑馬が笑った。


 達也は構わず続けた。


「今ある仕組みを全部捨てる必要はない。使えるものは使う。足りないものだけ足せばいい」


 鳴海が少し真面目な顔になった。


「それなら分かります。現状も知らないで銀行だけ作っても動きません」


「だからお前に見てもらう」


「分かりました」


「今日からな」


「やっぱり早いですね」


「時間はあるが、無駄にする理由はない」


 達也は役人を呼んだ。


「父さんには開封の土地と都城整備を分かる役人、それに通訳を付けろ。鳴海には財政と商人の帳簿を分かる者を付ける」


「承知しました」


 佑馬が地図を持ち上げた。


「達也」


「何?」


「俺たちに仕事をさせて、お前は何をする」


「皇帝になる」


 佑馬の手が止まった。


 鳴海も達也を見る。


「今日ですか」


「さすがに今日じゃない」


「少し安心しました」


「7日後だ」


「ほとんど同じじゃないですか」


 達也は笑った。


「もう平西王でいる理由がない」


 佑馬は息子を見た。


「本気なんだな」


「ああ」


「国の名前は?」


「それを今日決める」


 ◇ ◇ ◇


 同日の午後、達也は主だった重臣を王府の広間へ集めた。


 西夏から従ってきた者、旧北宋の役人、軍の指揮官が並んでいる。


 呉月娘(ウー・ユエニャン)、曹静蘭(ツァオ・ジンラン)、李瓶児(リー・ピンアル)、崔麗華(ツイ・リーファ)も席へ入った。


 達也は正面へ座った。


「皇帝になる」


 最初から結論を言った。


 大きな驚きは起こらなかった。


 遼は滅び、金も滅び、北宋もなくなった。


 達也の支配地は、西夏だけを治めていた頃とは比べものにならない。平西王という称号の方が、すでに実態に合わなくなっていた。


「問題は国号だ」


 旧宋の役人の1人が言った。


「宋を継ぐ形にされてはいかがでしょう」


「しない」


 達也は即答した。


「俺は宋を再興するために戦ったんじゃない」


 別の者が西夏の国号を残す案を出したが、それも退けた。


「夏でもない。俺が治めるのは西夏だけじゃない」


 麗華が尋ねた。


「では、まったく新しい国号を立てるのですか」


「ああ」


「もうお考えが?」


 達也は卓の上の紙へ1字を書いた。


 乾。


 麗華が読んだ。


「乾(チエン)」


「ああ。国号は乾にする」


 月娘が尋ねた。


「どうして、その字なのですか」


「宋でも、夏でも、遼でも、金でもない国にしたいからだ」


 達也は書いた文字を指した。


「どこか1つの国を継ぐんじゃない。全部をまとめて、新しく始める」


 静蘭が言った。


「乾は天を示す字でもありますね」


「ああ」


「ずいぶん大きな名前を選ばれましたね」


「天下を治めるなら、それくらいでいい」


 麗華が笑った。


「王様らしい名前です」


「悪いか」


「いいえ。私は好きです」


「珍しいな。お前が俺の決めたものを素直に褒めるとは」


「名前に罪はありませんから」


 月娘と静蘭が笑った。


 達也はその横へ「大」の字を加えた。


「正式な国号は乾(チエン)。国を称する時は大乾(ダー・チエン)とする」


 重臣たちが一斉に頭を下げた。


「承知いたしました」


「即位は7日後だ」


 今度は何人かが顔を上げた。


「7日後でございますか」


「ああ」


「準備が間に合いませぬ」


「必要なものだけ間に合わせろ」


「しかし皇帝の即位となれば」


「半年も飾りを作って待つ気はない」


 達也は広間を見渡した。


「国はもう動いている。皇帝の椅子だけ空けておく理由はない」


 麗華が尋ねた。


「私との約束も、その日に?」


「ああ」


「忘れていなかったのですね」


「忘れるか」


「では楽しみにしております」


「開封知府になったら、すぐ働け」


「もちろんです」


 月娘が麗華を見た。


「本当にうれしそうですね」


「何もせず暮らすより、ずっとよいです」


 達也が言った。


「そういう女だから任せる」


 麗華は軽く頭を下げた。


「期待を裏切らないようにいたします」


「裏切ったら替える」


「替えられる前に結果を出します」


「それでいい」


 達也は笑った。


 ◇ ◇ ◇


 即位までの7日間、開封は慌ただしく動いた。


 達也自身も朝から夜まで仕事を続けた。


 即位の準備だけをしていたわけではない。


 軍の配置を確認し、各地の食糧備蓄を調べ、旧北宋領の役人の任命を進めた。


 その間に、即位後の後宮の序列も決めた。


 達也の妻妾は23人いる。


 正妻である月娘を皇后とすることに異論はなかった。


 その次に置いたのは、旧北宋皇帝趙佶(ジャオ・ジー)の前皇后であり、現在は達也の側室となっている鄭氏(ジェンシー)である。


 達也は鄭氏を皇貴妃とした。


 長く北宋の後宮をまとめた経験があり、年齢も妻妾の中では上である。月娘自身も、その扱いに異論はなかった。


 その下には、達也が平西王となる前から妻として支えてきた静蘭と瓶児を置いた。


 静蘭を貴妃、瓶児を淑妃とした。


 旧北宋から加わった韋賢妃(ウェイ・シエンフェイ)には徳妃、喬貴妃(チャオ・グイフェイ)には賢妃の位を与えた。


 さらに王徳妃(ワン・ドーフェイ)、朱璉(ジュー・リエン)、沈玉英(シェン・ユーイン)、呉大姨の4人を妃とした。


 残る李嬌児(リー・ジャオアル)、孟玉楼(モン・ユーロウ)、孫雪娥(スン・シュエオー)、潘金蓮(パン・ジンリエン)、王六児(ワン・リウアル)、如意、宋恵蓮(ソン・フイリエン)、一丈青、袁美人(ユエン・メイレン)、張婕妤(ジャン・ジエユー)、扈三娘(フー・サンニャン)、孫二娘(スン・アルニャン)、顧大嫂(グー・ダーサオ)には嬪の位を与えることにした。


 これで後宮の序列は明確になった。


 最上位は皇后の月娘。


 その直下が皇貴妃の鄭氏。


 次いで貴妃、淑妃、徳妃、賢妃、妃、嬪である。


 ただし麗華だけは、この序列には入らない。


 麗華は達也の妻でも側室でもなく、寝所に侍ることもない。


 達也は以前の約束どおり、北宋最後の皇后だった麗華に太后の号を与え、新しい後宮とは別の立場に置くことにした。


 そして太后の号を持ったまま、開封知府として働かせる。


 麗華自身も、その方がよいと答えた。


 ◇ ◇ ◇


 一方、佑馬は通訳と役人を連れ、毎日のように開封を歩いていた。


 道路の幅を確かめ、市場、空き地、焼けた家屋、倉庫の位置を見て回る。


 王府へ戻ると、達也へ遠慮なく注文を出した。


「城内だけ見ていたら駄目だ。これから人口が増えるなら、城外も先に道路を決めろ」


「分かった」


「倉庫を住宅地の真ん中へ置くな」


「なぜ」


「荷車が増えたら道が詰まる」


「なるほど」


「工場もある程度まとめろ。水を大量に使う仕事や煙を出す仕事を住宅の隣へ置くな」


「父さん」


「何だ」


「もう完全に仕事してるな」


 佑馬は顔をしかめた。


「仕事をさせたのはお前だろ」


「そうだった」


「それから土地台帳を急げ。お前が道路を通すと言った場所に所有者がいたら、勝手に取り上げるなよ」


「必要なら買う」


「最初からそうしろ。権利関係が曖昧な土地は、役人だけで決めるな。近所の者にも確認させろ」


 達也は苦笑した。


「父さん、地面師に騙されたのが効いてるな」


「うるさい」


「でも役に立ってる」


「笑い事じゃないぞ」


「分かってる」


 佑馬は地図を広げ直した。


「だから同じ失敗をさせない」


「頼む」


 達也は素直に答えた。


 ◇ ◇ ◇


 鳴海も帳簿に囲まれていた。


 最初の2日は、通訳から説明を受けるだけで終わった。


 銅銭と銀。


 役所の出納。


 商人の帳簿。


 貸し借りの証文。


 遠方の商人同士で行われている送金の方法。


 鳴海は知らないことを知らないままにせず、1つずつ尋ねた。


 3日目の夕方、達也が様子を見に来た。


「どうだ」


「分からないことだらけです」


「それでいい」


「よくないですよ」


「何が分かった」


 鳴海は机に積まれた帳簿を指した。


「金の貸し借りは普通にある。預ける仕組みもある。商人同士で信用を使って取引しているし、遠くへ金を送る方法もある」


「ああ」


「でも、俺が知っている銀行とはまったく違う」


「当然だ」


「だから、現代の銀行をそのまま持ってくるのは無理です」


「持ってくる必要はない」


 鳴海が顔を上げた。


「今ある仕組みを使って、足りないところを変えればいい」


「それならできます」


「何から始める」


「まず帳簿の形式をそろえたいですね。役所ごとに書き方が違ったら、後から金の流れを追えない」


「やれ」


「また簡単に言う」


「お前がそうした方がいいと言ったんだろ」


「そうですけど」


「ならやれ」


 鳴海は苦笑した。


「本当に王様ですね」


「もうすぐ皇帝だ」


「もっと面倒になるんですか」


「多分な」


 達也が帰ろうとすると、鳴海が呼び止めた。


「達也さん」


「何だ」


「麗華のことですが」


 達也が振り返った。


「まだ許せないか」


「許すとか、その前です」


 鳴海は少し考えた。


「まだ何が起きたのか、全部は分かりません。時間移動も、ここが1123年だということも、完全に納得したわけじゃない」


「ああ」


「ただ、あの女が俺の妻だったことは分かった」


「ああ」


「そして俺を殺そうとしていたことも、本人が認めた」


「ああ」


 鳴海は帳簿へ目を落とした。


「だったら、連れてこられてよかったのかもしれません」


「そう思うか」


「少なくとも殺されなかった」


 鳴海はそれ以上言わなかった。


 達也も説明しなかった。


「それで十分だ」


「今は、それだけでいいです」


「ああ」


「仕事は続けます」


「頼む」


 達也は部屋を出た。


 鳴海はしばらく戸口を見ていたが、やがて帳簿を開き直した。


 ◇ ◇ ◇


 (1123年7月上旬、開封府(カイフォンフ)・皇城)


 即位の日が来た。


 皇城の正殿前には文官、武官、各地の代表が並んだ。


 平西王軍の旗に代わり、新しい大乾の旗が掲げられている。


 太鼓が鳴った。


 達也が正殿へ入った。


 26歳である。


 1116年に19歳の肉体で北宋へ来てから7年。


 開封知府となり、西夏を取り、遼を滅ぼし、金を滅ぼし、北宋の旧領を支配下へ入れた。


 その達也が、ようやく王の称号を捨てる日であった。


 達也は皇帝の座へ進んだ。


 群臣が一斉に頭を下げた。


「皇帝陛下、万歳」


 声が正殿前へ広がった。


 達也は皇帝の座へ着いた。


 新しい王朝、大乾が始まった。


 続いて後宮の冊立が行われた。


 正妻呉月娘(ウー・ユエニャン)が皇后となった。


 月娘は達也が何者でもなかった頃から妻として暮らし、家族をまとめ、平西王となった後も正妻として王府を取り仕切ってきた。


 皇后に次ぐ皇貴妃には、旧北宋の前皇后鄭氏(ジェンシー)が冊立された。


 達也の妻妾23人の中では、月娘に次ぐ地位である。


 その下では、曹静蘭(ツァオ・ジンラン)が貴妃、李瓶児(リー・ピンアル)が淑妃となった。


 旧北宋の韋賢妃(ウェイ・シエンフェイ)は徳妃、喬貴妃(チャオ・グイフェイ)は賢妃となる。


 王徳妃(ワン・ドーフェイ)、朱璉(ジュー・リエン)、沈玉英(シェン・ユーイン)、呉大姨には妃の位が与えられた。


 李嬌児(リー・ジャオアル)、孟玉楼(モン・ユーロウ)、孫雪娥(スン・シュエオー)、潘金蓮(パン・ジンリエン)、王六児(ワン・リウアル)、如意、宋恵蓮(ソン・フイリエン)、一丈青、袁美人(ユエン・メイレン)、張婕妤(ジャン・ジエユー)、扈三娘(フー・サンニャン)、孫二娘(スン・アルニャン)、顧大嫂(グー・ダーサオ)は嬪となった。


 これで達也の妻妾23人すべてに、大乾の後宮での地位が定まった。


 最後に麗華が呼ばれた。


 麗華は後宮の女たちとは別の場所から進み出た。


 達也の妻ではない。


 側室でもない。


 達也は麗華へ太后の号を与えた。


 北宋最後の皇后であり、2人の皇子と1人の皇女の母であることを踏まえた別格の扱いであった。


 続いて、開封知府の任命書と印が運ばれた。


 麗華は受け取ると、達也へ頭を下げた。


「謹んでお受けいたします」


「明日から頼む」


「今日からでも構いません」


「即位の日くらい休め」


「王様がそれをおっしゃいますか」


 達也が眉を上げた。


 麗華はすぐに言い直した。


「皇帝陛下でしたね」


「忘れるな」


「まだ慣れておりません」


「明日には慣れろ」


「承知しました」


 少し離れた場所では、佑馬と鳴海も式を見ていた。


 鳴海が小声で尋ねた。


「本当に皇帝になりましたね」


 佑馬が答えた。


「俺もまだ信じられん」


「息子さんですよね」


「ああ」


「すごいですね」


「親としては、どこまで行くんだと聞きたいよ」


 鳴海は正殿を見る。


「俺も、つい数日前まで普通の銀行員だったんですけどね」


「今も銀行員だろ」


「銀行がないんですよ」


「これから作れと言われてるじゃないか」


 鳴海はため息をついた。


「殺されずに済んだと思ったら、800年以上前で銀行を作れですよ」


「俺なんか、死ななかったら翌日から町づくりだ」


「似たようなものですね」


「達也に拾われると働かされるらしい」


 2人は顔を見合わせた。


 鳴海が小さく笑った。


「でも、死んでいるよりはいい」


「ああ」


 佑馬も笑った。


「それは間違いない」


 正殿では、大乾皇帝となった達也が次の命令を出していた。


 国号は大乾。


 都は開封。


 月娘を頂点とする後宮の序列も決まった。


 麗華は太后であり、同時に開封知府として都を治める。


 佑馬は都城整備を進め、鳴海は新しい金融制度を整える。


 達也自身も、皇帝になったからといって仕事を減らすつもりはなかった。


 大乾最初の日は、即位の儀式と宴だけでは終わらない。


 新しい国を動かす仕事は、その日のうちに始まっていた。

 1123年7月上旬、鳴海はまだ時間移動や1123年の開封について十分には理解できないままであった。


 しかし麗華が自分の妻だったこと、そしてその妻に殺されるところを救われたことだけは受け入れた。


 達也は佑馬と鳴海を長く休ませず、すぐ仕事へ入れた。


 佑馬は土地取引と不動産開発の経験を生かし、開封の道路、住宅、市場、倉庫、工場などの都市整備を担当する。


 鳴海は元銀行員として、この時代の貨幣、帳簿、貸し借り、送金、商人の信用などを調べ、新しい金融制度を作る準備を始めた。


 同時に達也は、平西王から皇帝となることを決める。


 国号は「乾」。


 宋、遼、金、西夏のいずれも継がず、新しい王朝として「大乾」を名乗る。


 7日後、達也は開封で皇帝に即位した。


 正妻の呉月娘は皇后となり、旧北宋の前皇后鄭氏は、その直下にあたる皇貴妃となった。


 曹静蘭は貴妃、李瓶児は淑妃となり、ほかの妻妾にも妃、嬪などの位が与えられた。


 麗華は達也の妻妾には入らず、別格として太后の号を与えられ、同時に約束どおり開封知府へ任命された。


 死ぬはずだった佑馬と鳴海も、新しい国で働き始めた。


 平西王の時代は終わった。


 大乾皇帝・倉達也の時代が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。