第13話(後編2)――「皇子2人の母、婕妤となる」
2人目の皇子を出産した翌朝、崔麗華は赤子の泣き声で目を覚ました。外はようやく明るくなり始めたところだった。寝台の上で体を動かすと、腹と腰が痛んだ。お産は前回より早く済んだが、疲れまで軽いわけではなかった。
「皇子をこちらへお願いします。起き上がりますから、支えてください」
女官に上半身を支えてもらい、背に枕を入れてから赤子を受け取った。皇子は麗華の腕に移ってもしばらく泣き続け、小さな顔を赤くしていた。
「兄より声が大きいような気がしますね」
「兄君も、よくお泣きになりましたよ」
「そうでしたね。毎日聞いていたはずなのに、もう忘れかけているようです」
麗華は赤子の首を支え、腕に収まりやすいよう抱き直した。最初の子を産んだ時には、どこを支えればよいのかも分からず、抱くたびに慎重になった。今は赤子の動きに合わせて腕の位置を変えられる。
「2人目になると、少しは慣れるものですね。初めての時より、どうすればよいか分かります」
「見ている私どもも安心いたします」
女官が答えたところで、戸の外から足音が聞こえた。最初の皇子が、別の女官に付き添われて入ってきたのだ。母親を見つけると自分で寝台まで歩き、端に手をかけた。
「おはようございます。あなたも抱いてほしいのですね」
麗華の腕に赤子がいるせいか、皇子は不満そうな顔をしていた。麗華が女官に頼むと、皇子は寝台へ上げてもらい、母親の左側に座った。
右腕に抱かれた弟を、兄がじっと見つめている。やがて指を差し、何か言おうとするように声を出した。
「昨日からいる弟ですよ。そのうち、お名前も呼べるようになりますね」
麗華は兄の顔を見てから、腕の中の弟に目を落とした。どちらも自分が産んだ皇帝の子だ。まずはこの2人を丈夫に育てることを考えなければならなかった。
◇ ◇ ◇
皇子誕生を祝う品は、その日から次々に届いた。布や衣、飾り、香、食べ物など、種類は前回と変わらない。ただ、今回は麗華が一つ一つ扱いを指示する必要はなかった。
「皇子様へのお祝いと、崔美人様へのお産祝いは分けてございます。送り主も、それぞれ記録いたしました」
「ありがとうございます。そのままお願いします」
前回決めたやり方を女官たちが覚えていたので、麗華は報告を受けるだけで済んだ。寝台で休んでいる間にも、必要な仕事が進んでいる。子が2人になった今、何もかも自分で指図しなくてよいのは助かった。
昼には、張婕妤からも祝いの品が届いた。麗華は品を見せてもらい、使いの女官に礼を伝えた。
「婕妤様に、ありがとうございますとお伝えください。体が戻りましたら、私からもお礼に伺います」
使いが帰ったあと、麗華は届けられた品を眺めた。張婕妤にはこれまで、自分の位や皇帝からの寵愛について、たびたび尋ねられている。それでも、胸の奥にある望みまでは話していない。こうして付き合いを続けながらも、その望みは自分だけのものにしておくつもりだった。
◇ ◇ ◇
出産から数日後、趙佶が麗華の部屋を訪れた。麗華は寝台を降りずに迎え、趙佶もそれを咎めなかった。
「顔色は悪くないな。少しは動けるようになったか」
「部屋の中を歩く程度でございます。前より早く産めた分、少し楽だったのかもしれません」
「それでも、まだ無理はするな」
趙佶は眠っている赤子を見た。その近くでは、兄の皇子が小さな木の玩具を手に遊んでいる。
「子が2人になると、部屋の様子も変わるものだな」
「兄はもう歩きますので、以前より目を離せません。この子が歩き始める頃には、兄は走り回っているかもしれませんね」
「そうなれば、そなたも追いかけるのに忙しくなるぞ」
「女官たちに手伝ってもらいます。2人を同時に追いかけていては、私の方が先に疲れてしまいますから」
趙佶は笑い、玩具を持ち替えている皇子をしばらく眺めた。それから麗華へ顔を向けた。
「そなたを美人のままにしておくのも、もうよかろう。これからは婕妤とする」
麗華はすぐに返事ができなかった。位が上がるかもしれないとは思っていたが、こうして告げられると驚きが先に立った。張婕妤と同じ位になるのだ。
「ありがとうございます。皇子を産んだからといって、必ず位を上げていただけるとは思っておりませんでした」
「そなたが産んだのは1人ではない。余の皇子を2人産み、美人になったあとも、変わらず余のもとへ参った」
「お呼びいただけましたことを、うれしく思っております」
「余が呼ばなければ、来なかったということか」
「お会いしたくても、寝所へ勝手に入るわけにはまいりません」
趙佶は、相変わらずだと言わんばかりに笑った。
「では、これからは崔婕妤を呼ぶとしよう」
麗華は座ったまま頭を下げ、改めて礼を述べた。御侍から才人、美人へと進み、今度は婕妤になった。胸の内には大きな喜びがあったが、さらに上の位を望む言葉は口にしなかった。今は皇帝の厚意を、そのまま受け取ればよかった。
◇ ◇ ◇
麗華が婕妤となった知らせは、すぐに後宮へ伝わった。翌日には昇格を祝う品が届き始め、その中には張婕妤からの品もあった。
「お産のお祝いを頂いたばかりなのに、また贈ってくださったのですね」
「今度は、崔婕妤様へのご昇格祝いでございます」
新しい呼び名に、麗華は女官の顔を見た。
「そう呼ばれるようになったのですね。慣れるまで、少しかかりそうです」
数日後には、張婕妤本人が訪れた。麗華はまだ長く歩くのを控えていたため、自分の部屋で迎えた。
「これからは、私もそなたを婕妤様とお呼びしなければなりませんね」
張婕妤が笑いながら声をかけると、麗華も笑って椅子を勧めた。
「同じ婕妤でございます。お祝いも続けて頂き、ありがとうございました」
「少し前までは美人だったのに、ずいぶん早く追いつかれました」
椅子に座った張婕妤は、眠る赤子を見てから、部屋を歩いている兄へ目を向けた。
「本当に2人とも男児でしたね。陛下がお喜びになるのも分かります。そなたも、今度は位が上がると思っていたのでしょう」
「少しくらいは期待しておりました。何も期待していなかったと申せば、嘘になります。ただ、実際にお言葉を頂いた時は驚きました」
「やはり、期待はしていたのですね。それでは、次は何を望んでいるのです」
麗華は張婕妤の顔を見ながら、答えを選んだ。
「今は体を戻したいと思っております。2人目の皇子も丈夫に育てなければなりませんし、その先は、その時に考えます」
「体が戻ったあとのことも、聞きたかったのですけれど。そなたは、やはり話してくれませんね」
「婕妤様も、ご自分のお望みをすべてお話しにはならないでしょう」
「ええ、話しません。そういうところまで似ていて、今度は位も同じになりましたね」
麗華が笑うと、張婕妤も笑った。それ以上、望みを尋ねることはなかった。麗華も自分から付け加えず、そこで話を終えた。
◇ ◇ ◇
出産から1か月ほどたつと、麗華は部屋の外で過ごす時間を増やした。庭を吹く風も暖かくなり、女官を伴って歩くのが苦にならなくなっていた。
最初の皇子は、別の女官と少し前を歩いている。足元はまだ危なっかしいものの、自分の行きたい方へ進もうとしていた。2人目の皇子は部屋で休ませてある。
庭を半周したところで、麗華は足を止めた。体はかなり戻っていたが、歩けるからといって長く外にいる必要はない。
「今日はここまでにいたします。部屋へ戻りましょう」
女官にそう伝えてから、前を行く皇子を見た。十分に回復すれば、また尚服局へ足を運べる。皇帝に呼ばれればそばへ行き、2人の子の成長も見守っていく。するべきことは増えたが、それを任せられる女官たちもいた。
後宮へ入った頃は、自分の部屋とわずかな仕事しかなかった。今は婕妤となり、皇帝の寵愛を受け、2人の皇子を育てている。それでも、本当に望んでいるものには届いていなかった。
その望みを誰かに宣言するつもりはない。位を欲しいと言うだけで、手に入るわけでもなかった。これまで自分がしてきたことを続け、その先へ進む機会を待つつもりだった。
前を歩いていた皇子が振り返り、麗華へ手を伸ばした。
「今、参ります」
麗華は皇子のそばまで歩いていった。1112年に15歳で北宋へ来てから、まもなく4年になる。19歳を迎えるこの春には、2人の皇子と婕妤の位を得ていたが、ここで満足して歩みを止める気はなかった。




