第12話(中編2)――「贈り物と新しい縁」
(1119年初夏、北宋・開封府・平西王府)
月娘の親族を迎えた宴の翌朝、倉達也は府衙へ出る時刻を少し遅らせ、書房で前夜の顔ぶれを思い返していた。
呉鎧と呉二舅の夫妻、呉大姨と沈姨夫、そして呉舜臣と鄭三姐。これからは月娘を通じ、自分も親族として付き合っていく者たちだった。
「招いて飯を食わせただけでは、まだ足りないな」
達也は、王として頭を下げられるだけの関係で終わらせたくなかった。気兼ねなく王府を訪れ、困った時には相談し、よい知人がいれば自分から紹介してくれる。そうした付き合いを続けたいと思っていた。
中でも呉鎧には好感を持った。軍務に明るく、話が早い。知らないことを取り繕わず、武官の知り合いも多かった。月娘の兄というだけでなく、これから力を借りたい相手だった。
銀を渡すことは簡単だが、それでは王からの下賜品になる。達也は、相手が実際に使い、喜ぶ物を選びたかった。
そう考えた時、洞窟に保管してある品々を思い出した。
◇ ◇ ◇
その夜、達也は詳しい行き先を告げずに王府を離れ、護衛も途中で待たせた。向かったのは、自分だけが自由に出入りする洞窟だった。
中には金銀や宝石、真珠のほか、香水、鏡、上質な布、革製品、酒、道具類が保管されていた。北宋では容易に手に入らない品質の物も多かったが、この時代の品ではないと一目で分かる道具は避けた。
達也は箱を開け、贈り物にできそうな品を確かめた。
「鎧には、宝石より別の物がよいだろう」
呉鎧の分は別に用意することにし、まず金銀や真珠、宝石、鏡、香水などを選んだ。出所を知られないように王府へ運び込み、翌日には開封の馬商人を呼んだ。
西夏から入った馬の中から選ばせたのは、身体が大きく、脚の強い黒毛の牡馬だった。
「この馬を鎧に贈りたい」
「呉千戸様にでございますか。これは、かなりよい馬でございますよ」
「だから贈るんだ。軍人なら、馬のよさは分かるだろう」
達也は馬に合わせ、銀装の鞍も新しく作らせた。
◇ ◇ ◇
月娘の親族は、開封に数日滞在する予定だった。帰る前日、達也は一同を再び王府へ招いた。
「今日は宴ではなく、渡したい物があって来てもらった」
達也に案内されて庭へ出ると、銀装の鞍を置いた黒毛の馬が立っていた。呉鎧はすぐに足を止めた。
「よい馬でございますね。近くで見てもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。気になるところがあれば、確かめてくれ」
呉鎧は脚や胸、背の張りを見て、歯も調べた。馬の扱いに慣れた手つきだった。
「まだ若いですね。西方から入った馬でございましょう。これなら、かなり走ると思います」
「気に入ったようだな。その馬は、鞍ごと鎧にやる」
呉鎧は振り返り、達也の顔を見た。
「私が頂いてよいのでございますか。これほどの馬を賜るような働きは、まだ何もしておりません」
「働きへの褒美ではない。月娘の兄に贈るのだから、受け取ってくれ」
呉鎧が月娘を見ると、彼女も笑って勧めた。
「兄上、どうぞお受け取りください。王様は、一度決めるとなかなかお変えになりませんから」
「俺が人の話を聞かないような言い方だな」
「お聞きにはなります。その後、ご自分でお決めになるのです」
親族たちが笑う中、呉鎧は改めて頭を下げた。
「ありがとうございます。大切にいたします」
「しまい込める物ではないが、飾っておくための馬でもないぞ。よく乗ってやってくれ」
呉鎧は馬の首をなでながら、力強くうなずいた。その顔を見て、達也も選んだかいがあったと思った。
◇ ◇ ◇
贈り物は、ほかの親族にも用意してあった。
呉鎧の妻には、粒のそろった真珠を使った簪と耳飾りを渡した。大粒ではないが、色も形も美しくそろっている。彼女は箱を開けたまま、しばらく言葉を失っていた。
「私にまで、このような品を頂いてよいのでございましょうか」
「月娘の義姉でもあるのだから、遠慮せずに使ってくれ。男にだけ贈って、妻には何もないというのも寂しいだろう」
呉二舅には、精巧な小型の天秤と銀を渡した。
「銀は好きに使ってよいが、天秤は仕事に役立ててほしい」
呉二舅は何度も天秤を動かし、その精度を確かめた。
「これほど細かく量れるとは。家宝にいたします」
「仕事に使えと言っただろう。箱へしまったままにするなよ」
笑いが起こる中、その妻には、顔が鮮明に映る手鏡と香水を手渡した。彼女は鏡をのぞくと、驚いて顔を近づけた。
「こんなに明るく映る鏡は、初めて見ました」
「気に入ったなら、持って帰って使ってくれ」
呉大姨には上質な絹地と赤い宝石の簪、沈姨夫には香りのよい酒と銀杯の一組を贈った。呉舜臣には筆、墨、硯を収めた文箱と銀を、鄭三姐には珊瑚の首飾りと色鮮やかな絹地を用意した。
鄭三姐は首飾りを手に取り、達也へ笑いかけた。
「王様は、女が何を喜ぶか、よく御存じなのですね」
「妻が多いからな」
「それを自慢なさらないでくださいませ」
月娘にたしなめられ、達也は慌てて首を振った。
「自慢のつもりで言ったわけではないぞ」
「今のお言葉では、そう聞こえますよ」
一同の笑い声が広間に響いた。
達也は同じ品を一律に配らず、相手の仕事や好みに合わせて選んでいた。品物の値打ちだけでなく、自分のことを考えて用意されたと分かることが、親族たちには嬉しかった。
◇ ◇ ◇
親族たちが帰路に就いた夜、月娘が達也の部屋へ来た。
「皆、大変喜んでおりました。兄上など、お帰りになる前に3度も馬を見に行ったのですよ」
「それほど喜んでいたのか。あの馬にしてよかったな」
達也が笑うと、月娘は少し不満そうな顔をした。
「ただ、私には何もございませんでしたね」
「お前も欲しかったのか。王妃が親族への贈り物をうらやましがるとは思わなかった」
「王妃でも女でございます。皆があれほど喜んでいれば、私も頂きたくなります」
「そう言うと思って、お前の分も用意してある」
月娘の表情が変わった。
「本当でございますか。今、見せていただけませんか」
「明日まで待ってくれ。11人分あるから、お前だけ先に見せるわけにはいかない」
「皆に、それぞれ用意なさったのですか」
「ああ。親族の品を選んでいるうちに、皆にも何か贈りたくなった」
屋敷や銀は与えており、衣食に不自由もさせていない。しかし、相手の好みを考えて自分で品を選び、手渡すことは少なかった。達也は、この機会にそれを改めようと思っていた。
◇ ◇ ◇
翌日の午後、広間には11個の箱が並べられた。
月娘、曹静蘭、李瓶児と、8人の側室が集まると、静蘭が箱を見て尋ねた。
「こちらは、どなたへの贈り物でございますか」
「皆の分だ。1人に1箱ずつ用意した」
真っ先に達也の顔を見たのは、潘金蓮だった。
「王様、何か悪いことをなさったのでございますか。男が急に贈り物をする時は、隠し事があると聞いております」
「なぜ、そうなる。何も隠していないぞ」
「林夫人のことでございましょうか」
月娘まで加わると、女たちが笑った。
「お前まで何を言うんだ。親族への品を選んでいたら、皆にも贈りたくなった。それだけだ」
「では、皆同じ物なのでございますか」
金蓮の問いに、達也は首を振った。
「それぞれが喜びそうな物を選んだ。月娘にも少し聞いたが、最後に決めたのは俺だ」
瓶児は驚いたように箱を見た。ほかの者たちも、自分には何が選ばれたのか気になり始めた。
達也は最初に、月娘の箱を開いた。中には真珠を連ねた首飾りと、鳳凰をかたどった金の簪が入っていた。簪には、小さな赤い宝石がはめ込まれている。
「王妃として人前に出る時にも使えるように、少し格のある物を選んだ」
月娘は首飾りを手に取り、真珠の光沢を見つめた。
「ありがとうございます。大切にいたします」
「しまったままにせず、普段も使ってくれ」
「毎日使うには、もったいないほどでございます。でも、せっかく頂いたのですから、身に着けます」
次に静蘭へ渡したのは、深い青色の宝石を使った簪と、精巧な小型の天秤だった。静蘭は簪より先に天秤へ手を伸ばした。
「やはり、そちらが気になるか」
「ええ。実に細かく量れそうです。もちろん、簪も嬉しゅうございますよ」
「後から言い添えなくても分かっている。お前なら、天秤も喜ぶと思ったんだ」
静蘭は笑った。
「私が普段何をしているか、よく見ていてくださるのですね」
「妻のことだからな」
瓶児の箱には、小さな白玉の観音像と、柔らかな白い絹の肩掛けが入っていた。瓶児は観音像を両手で包み、その顔をのぞき込んだ。
「美しいお姿ですね。こちらを私に選んでくださったのですか」
「宝石をたくさん贈るより、喜んでもらえる気がしたんだ」
「はい。とても嬉しゅうございます。大切にいたします」
瓶児の表情を見て、達也も安心した。
李嬌児には、光沢のよい絹地と金の耳飾りを渡した。衣や布を扱う機会の多い嬌児は、指で絹の手触りを確かめた。
「これほどの布は、開封でもなかなか手に入りません。好きな衣に仕立ててもよろしいでしょうか」
「そのために選んだんだ。気に入るように仕立ててくれ」
孟玉楼には、紫檀の文箱と白玉の腕輪を贈った。帳面や文書を見ることの多い玉楼は、蓋を開け、筆や紙を納める場所を確かめた。
「使いやすそうな文箱ですね。これなら毎日、手元に置けます」
「お前は書き物が多いからな」
「腕輪も嬉しゅうございます。こちらも忘れずに使わせていただきます」
玉楼の言葉に、達也は笑った。
孫雪娥の箱には金の腕輪と、香辛料を収めた小箱が入っていた。胡椒、丁子、肉桂などが分けて納められ、蓋を開くと、それぞれの香りが立った。
「これほどの香料を、私に頂けるのでございますか」
「料理を見ることが多いだろう。王府の食事にも、自分の食べたい物にも、好きに使ってくれ」
雪娥は腕輪を手に取った後も、何度も香辛料の箱をのぞいていた。
金蓮には、少し大きめの箱を渡した。
「お前が喜びそうな物は、選びやすかった」
「それは、どういう意味でございますか」
金蓮は蓋を開き、言葉を止めた。中には、鮮明に顔を映す鏡と数種類の香水、小さな化粧道具が入っていた。
すぐに鏡を持ち上げ、角度を変えながら自分の顔を確かめた。
「こんなにはっきり映る鏡は、見たことがございません。肌の様子まで分かるのですね」
「気に入ってもらえたようだな」
金蓮は香水の栓も開け、香りを確かめた後、達也へ笑いかけた。
「今夜は、私の部屋へいらしてくださいませ」
「贈り物のお礼で王様を独り占めするのは、ずるうございます」
宋恵蓮がすぐに口を挟んだ。
「独り占めしようとは言っておりませんよ」
金蓮が言い返すと、広間は笑いに包まれた。
王六児には、赤い宝石の指輪と金の首飾りを贈った。
「人と会うことが多いから、見栄えのする物がよいと思ってな」
「富商の奥方たちに会う時にも使えますね。よく選んでくださいました」
六児は指輪をはめ、嬉しそうに眺めた。
「商談にも役立つなら、なおよいだろう」
「それだけのために喜んでいるのではございませんよ。王様から頂いた品ですもの」
如意には、淡い緑色の玉の腕輪と柔らかな絹の衣を渡した。
「お前には、派手すぎない物が似合うと思った」
如意は腕輪を手首へ通した。肌の上で淡い緑色が映えるのを見て、顔をほころばせた。
「綺麗でございます。ありがとうございます」
恵蓮には、真珠の耳飾りと華やかな色の絹衣を用意した。
「明るい色が似合うと思って、これにした」
「王様がお選びくださったのでしたら、お越しになる夜に着ます」
「普段から着てよいんだぞ」
「最初は王様に見ていただきたいのでございます。それまでは、大事にしまっておきます」
達也は笑い、それなら楽しみにしていると答えた。
最後は一丈青だった。達也は迷った末、銀細工を施した短刀と、青緑色の石を使った首飾りを選んでいた。
一丈青はまず短刀を抜き、刃を確かめた。
「よい刃でございますね。手にもよくなじみます」
「やはり、最初にそちらを見るんだな」
「首飾りも嬉しゅうございますよ」
「静蘭と同じことを言っているぞ」
一丈青は笑い、短刀を鞘へ戻した。
「どちらも、王様が私のために選んでくださった物です。嬉しくないはずがございません」
達也は11人の顔を見回した。品物の値打ちを一律にそろえたわけではないが、それぞれの手元に、似合う物、役立つ物を渡せたようだった。
◇ ◇ ◇
その夜、月娘の部屋を訪れると、彼女は真珠の首飾りを眺めていた。
「まだ見ていたのか。それほど気に入ってもらえたなら、選んだかいがあったな」
「品物も嬉しゅうございます。でも、私たち1人ずつに何がよいか、王様が考えてくださったことが、一番嬉しいのです」
達也は少し照れながら、隣に座った。
「そういうものなら、時々は贈るようにしよう」
「毎月、立派な品をそろえる必要はございませんよ。これだけの人数ですから、いくら王様でも大変でございましょう」
「そのくらいは心配しなくてよい。皆が喜ぶなら、たまには構わないだろう」
「はい。ただ、高価であればよいということではございません。これを見るたび、王様が私のために選んでくださった今日のことを思い出せます。それが嬉しいのです」
月娘は首飾りを手に取り、真珠の並びを指で確かめた。
金や品物を用意すること自体は、達也には難しくない。だが、月娘が喜んでいるのは、それだけではなかった。相手の好みを考え、自分で選ぶことを、これからも忘れずにいようと思った。
◇ ◇ ◇
数日後、呉鎧が2人の男を連れて王府へやって来た。
「王様。先日お話しした沈家の方々をお連れしました」
年長の男は、48歳の沈忠明と名乗った。禁軍で長く騎兵関係の軍務に就いている。隣にいたのは、同じく禁軍に属する28歳の長男、沈文雄だった。
達也は立ち上がって迎え、席を勧めた。
「呉鎧から娘さんの話を聞いたのは事実だが、今日は縁談を進めるために呼んだのではない。まず沈家のことを知り、俺のことも知ってもらいたい。軍の話から聞かせてくれ」
忠明は少し驚いた様子だったが、軍務の話になると表情が和らいだ。
馬や騎兵の訓練、弓、西北への補給について話し始めると、忠明は達也が予想していた以上に率直だった。
「禁軍には兵の数はございます。しかし、その数だけで強い軍とお考えになられては困ります。上役によって訓練は違いますし、金を使える隊と、そうでない隊にも差がございます」
「馬の質や実戦の経験も、隊ごとに違うのだろう。ほかの者からも聞いている」
「その差は大きゅうございます。兵籍に載る人数が、そのまま戦える兵の数にはなりません」
「はっきり話してもらえて助かる」
達也が応じると、文雄も話に加わった。
「西夏で王様が率いられた軍は、行軍が速かったと聞いております。病人や負傷兵の扱いも、ほかの宋軍とは違ったそうですね」
「輸送の仕方を変えたから、行軍も速くなった。病人を無理に歩かせれば、戦う前に兵が減る。負傷した者も、後方へ戻して治療できるようにしておいた」
忠明と文雄は顔を見合わせた。達也が当然の備えとして話すことも、2人の属する軍で、同じように行われているわけではなかった。
◇ ◇ ◇
軍の話が一段落すると、達也は玉英の近況を尋ねた。
「娘さんは夫を亡くし、今は実家で暮らしていると聞いた。再婚の話もあったのか」
「はい。夫が病で亡くなり、1年ほど前に戻ってまいりました。今は23歳ですので、何件かお話も頂きましたが、本人が乗り気になれませんでした」
「相手に、不満があったのだろうか」
「家柄だけを見て、話を進めようとする家が多かったようでございます。娘自身をどう見ているのか分からず、気が進まなかったのでしょう」
達也は少し笑った。
「それを言われると、俺も家柄を見ている。軍人の家と縁を持ちたいと思い、玉英に興味を持ったのだからな」
忠明が返事に困ると、達也は言葉を継いだ。
「ただ、それだけで側室に迎えるつもりはない。本人に会って話したいし、嫌だと言うなら、それで終わりだ」
「王様は、娘の意思を聞いてくださるのでございますか」
「一緒に暮らす相手だぞ。迎えた後で毎日嫌な顔をされても、俺が困る」
呉鎧が笑った。
「王様らしいお考えでございますね」
「今度は玉英も一緒に、家族で夕餉へ来てくれ。まずは、互いに顔を知るところから始めたい」
忠明は頭を下げ、家族に伝えると答えた。
◇ ◇ ◇
5日後、忠明夫妻、文雄夫妻、そして沈玉英が平西王府を訪れた。
玉英は黒髪を落ち着いた形に結い、薄い青色の衣を着ていた。派手な装身具はなく、整った顔立ちがよく分かった。呉鎧の言った通り美しい女だったが、達也は、平西王を前にしても必要以上におびえていないことにも目を留めた。
「沈玉英と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「達也だ。堅苦しくせず、ゆっくりしていってくれ」
玉英は顔を上げ、達也と目を合わせた。
「王様のお名前は、以前から存じております。西夏での戦だけでなく、御前試合のお話も伺いました」
「軍人の家では、その話がよく出るらしいな。熊のことまで聞いているのか」
「はい。そちらも存じております」
「何もかも知られているようだな」
達也が呉鎧を見ると、彼も笑っていた。玉英の口元にも笑みが浮かび、場が和んだ。
夕餉では、開封の暮らしや沈家の親族、玉英の亡夫、軍人の家で育った頃の話などが交わされた。達也は玉英だけを相手にせず、皆の話を聞いていた。
やがて軍の話題になると、玉英の方から問いかけた。
「王様は、降伏した西夏の兵を今もお使いになっているそうですね。反乱を起こす心配はございませんか」
「玉英、そのようなことまで……」
忠明が口を挟もうとしたが、達也は構わないと答えた。
「全員を信用しているわけではない。武器を持たせる者は選んでいる。ただ、あの土地を守る兵をすべて宋から送っていては、いつまでも人数が足りない。西夏の兵なら、現地の土地も道も知っている」
「ですが、戦で負けた恨みは残るのではございませんか」
「残るだろう。だから、勝った後の扱いが大事になる。家を焼き、財産や女を奪えば、10年たっても恨まれる。降伏した後は同じ民として扱い、兵として働けば俸給を払い、家族も守る。その方が、時間はかかっても反乱を減らせると思う」
玉英は途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。
「王様は戦に勝つことだけでなく、その後、長く治めることまでお考えなのですね」
「国を取るなら、当然だ」
忠明と玉英が達也を見た。その視線に、達也は言い方が大きくなりすぎたと気付いた。
「西夏の話だ。取った以上、治め続けなければならないからな」
それ以上は話を広げなかった。達也がほかの国まで視野に入れていることを知るのは、その席では月娘だけだった。
◇ ◇ ◇
夕餉の後、女性たちは月娘の部屋へ移った。月娘、静蘭、瓶児が、忠明の妻と文雄の妻、玉英を迎え、達也は男たちと軍の話を続けた。
しばらくすると、玉英が月娘に達也のことを尋ねた。
「王様は、いつもあのようにお話しになるのでございますか。思っていたよりお若くて、驚きました」
「22歳ですからね」
静蘭が笑うと、玉英も笑みを見せた。
「お年は存じておりました。でも、西夏を滅ぼした王と聞いておりましたので、つい年上の方を思い浮かべてしまいました」
「ご本人も、時々22歳だということを忘れているようですよ」
月娘の言葉に、部屋の者たちが笑った。
「それに、人の話をよくお聞きになりますね。私が尋ねても、お答えくださいました」
「ええ、お聞きにはなります。ただ、聞いたうえで、ご自分の考え通りに進めることも多いのです」
月娘と静蘭が顔を見合わせたため、玉英にも普段の様子が少し分かる気がした。
瓶児は話が落ち着いたところで、玉英の再婚について尋ねた。
「これまでのお話は、お受けにならなかったそうですね。再婚そのものを、お望みではないのでしょうか」
「そういうわけではございません。ただ、先方が私より、父や兄との縁を欲しがっているように思えたのです」
月娘は話を聞き終えてから答えた。
「その点では、王様も同じですよ。軍人の家と縁を結びたいと、私にも申しております」
玉英は驚いて月娘を見た。
「王妃様は、それでよろしいのでございますか」
「構いません。王様も隠しておられないでしょう。ただ、家柄だけで女を迎える方ではございません。お顔も、よく見ております」
「そこは、かなり大事なのだそうです」
静蘭が付け加えると、瓶児も笑った。玉英は顔を赤らめた。
「それから、本人の気持ちも確かめます。嫌であれば、お断りしてよいと思いますよ」
「平西王様からのお話を断っても、お怒りにはならないのでしょうか」
「そのくらいで怒る方ではございません。ただ、気に入った相手には、かなり熱心です。そのことは先にお伝えしておきます」
月娘が腹に手を置いて笑うと、玉英も緊張を解いたように微笑んだ。
◇ ◇ ◇
沈家が帰った後、達也は月娘の部屋を訪れた。
「玉英にお会いになって、いかがでしたか」
「よい女だった。美人だし、頭もよい。軍の話を聞いているだけでなく、自分で考えて質問していた」
「やはり、お顔も気に入られたのでございますね」
「そこも大事だと言っているだろう」
月娘は笑い、側室に迎えるつもりかと尋ねた。
「まだ決めない。相手も、今日会ったばかりで決められないだろう。もう何度か話したい」
「それがよろしいと思います」
「今度はこちらから沈家へ行こうかと思う。忠明や文雄とも、まだ話したいことがある」
「玉英だけが目的ではないのですね」
「両方だ。家とも付き合いたいし、玉英のことも知りたい」
「正直で結構でございます」
月娘は呆れたように笑い、達也のために隣の席を空けた。
◇ ◇ ◇
その後も達也は、呉鎧や林文瑞から紹介された武官、沈忠明や沈文雄との付き合いを続けた。王府へ招くだけでなく、相手の家を訪ね、馬場や兵舎へも足を運んだ。ともに弓を射ることもあった。
宴席だけでは分からなかった人柄が、そうした場で見えてきた。
部下の失敗をすべて本人の責任にする者もいれば、兵の食事を気にかける者もいた。馬を大切に扱う者、金の話にばかり熱心な者、実戦経験がないのに勇ましい言葉を並べる者もいる。
達也は名前と特徴を帳面に記した。誰に兵を任せられるか、誰とは距離を置くべきかを、会った時の印象や行動から考えた。その帳面は誰にも見せなかった。
婚姻関係についても調べた。未婚の娘や実家へ戻った未亡人がいる家、商家と姻戚になっている武官、妹を別の軍人へ嫁がせた者など、家同士のつながりを確かめていった。
達也自身が、すべての縁組の当事者になる必要はない。有能な家臣と武官の家との婚姻を取り持つこともできる。そうした関係が続けば、人や物資を頼める先も増え、軍を支える力になると考えていた。
◇ ◇ ◇
ある晩、達也は書房で、武官たちの名を記した紙と、家族関係をまとめた紙を並べていた。
呉家、林家、沈家から、別の家へ縁が続いている。まだ知り合ったばかりの者も多いが、半年、1年と付き合いを重ねれば、頼めることも変わってくるだろう。
西夏では強力な武器が大きな助けになった。しかし、今後さらに国を取って治めるには、兵を率いる者だけでなく、その家族や親族、商売相手、部下との関係も無視できない。達也は紙を見比べながら、軍備以外に取り組むべきことの多さを実感していた。
机の端には、月娘から渡された小さな紙があった。妻妾たちが贈り物をどう使っているか、面白半分に書き留めたものだった。
金蓮は朝から鏡を手放さず、静蘭は早速、天秤を仕事に持っていった。雪娥は香辛料で新しい料理を作り、玉楼は文箱に帳面を収めた。一丈青は短刀を腰に差して歩いているという。
達也は読みながら笑った。自分が選んだ品が、それぞれの暮らしの中で使われていることが嬉しかった。
先の戦に備えて人と会うことも、身近な者が何を望んでいるか知ることも、どちらも続けていけばよい。達也は月娘の紙を手元に残し、次に会う武官の名を確かめた。




