第1話後編2――「自分の看板」
祭礼の3日間で、麗華は24貫文余りを手にした。
さらに、番号札を売り、決めた日に当選者を選ぶ新たな商いを考えた。祭礼の時だけ認められる関撲と違い、酒楼、茶舗、宿屋でも札を売ることができる。
ただし、大勢から銭を集める以上、官府の許しが必要であった。
陸世昌は、県衙へ話を通す代わりに利益の1割を求めた。麗華はその条件を受け入れ、古玩・書画舗「聚宝斎」の名で最初の番号札を売り出そうとしていた。
麗華の目的は、聚宝斎の番頭として給金を得ることではない。
自分の店を持ち、自分の名で古物を売り、自分の銭を貸すための独立資金を作ることであった。
聚宝斎の店頭に、銀15両で仕入れた白玉の香炉が置かれた。
掌に載るほどの大きさで、胴には雲の間を飛ぶ2羽の鶴が彫られている。蓋のつまみは霊芝の形をしており、光を受けると白い玉の内側に淡い緑色が浮かんだ。
香炉の横には、赤い紙で書かれた札が立てられていた。
『1等 白玉鶴文香炉』
番号札は1枚20文である。
当初は2,000枚だけを用意した。聚宝斎で600枚、酒楼2軒で各300枚、茶舗2軒で各200枚、宿屋2軒で各200枚を売る。
札を売った店には、1枚につき2文の口銭を渡した。
麗華は番号を書いた紙を2つに裂き、片方を客へ渡し、もう片方を聚宝斎で保管した。紙の中央には聚宝斎の朱印を押している。切り口と印の両方が合わなければ、当選を認めない仕組みであった。
販売を始めた初日、聚宝斎で売れた札は83枚にとどまった。
客は白玉の香炉を眺めたものの、20文を失うことを恐れ、すぐには銭を出さなかった。
夕刻、札を預けた酒楼や茶舗からも売上が届いた。7軒を合わせても、売れたのは270枚余りである。
雪蘭は帳場で売上を数えた。
「2,000枚を売り切るには、まだ時間がかかります」
「明日から、当選番号を引く日を店先へ掲げます」と麗華。
「すべて売れなければ、日を延ばすのですか」
「延ばしません。売れた番号だけを壺へ入れ、決めた日に必ず引きます。売れ残ったからと日を変えれば、次から誰も信用しなくなります」
「1,000枚しか売れなくても、銀15両の香炉を渡すのですか」
「渡します。その時は損をした理由を調べ、次の賞品と札の枚数を変えます」
丽華は、番号札を売る者へ、当選者が出ればその店の名も掲げると伝えた。
客が酒楼で買った札に当たれば、「福来酒楼から1等」と聚宝斎の店先へ書き出す。札を多く売った店には客が集まり、その店も自分から番号札を勧めるようになる。
さらに、麗華は20文の札を5枚買った者へ、聚宝斎で使える10文分の引換札を渡した。
「これでは、こちらが10文を失いませんか」と何有福。
「番号札を5枚買う者は100文を払います。引換札を使うためには、聚宝斎へ来なければなりません」
「10文で買える古物などございません」
「だから、何かを買う時に足して使います。札が外れても10文を取り戻せると思えば、5枚買う者が増えます」
引換札だけを銭へ替えることはできない。有効期間も抽選後10日までとした。
聚宝斎へ来たことのない者が、番号札を買うために店へ入った。白玉の香炉を見るついでに、茶碗、銅鏡、櫛、硯へ目を向ける者もいた。
3日目には、番号札を10枚買う商人が現れた。
5日目には、最初の2,000枚が売り切れた。
麗華は世昌へ追加販売の届けを出し、さらに3,000枚を作った。番号は重ならないよう2,001番から5,000番までとした。
追加した札も、抽選日の2日前にはすべて売れた。
売上は100貫文である。
抽選は、聚宝斎の店内ではなく、東大街に面した茶舗の前で行った。
賞品を店の奥で渡せば、当選番号を麗華たちが選んだと疑われる。そこで、売れた番号の控え5,000枚を大きな壺へ入れ、県衙から来た書吏と、札を売った店の主人たちに中身を確かめさせた。
壺には布をかぶせ、縄で縛った。
1等を引く役は、聚宝斎とも陸家とも関係のない少年に任せた。茶舗の主人が通りから呼び入れた、薪売りの息子である。
少年が壺へ腕を入れると、集まった者たちの声が止まった。
取り出した紙には、3,846番と書かれていた。
「3,846番でございます」
麗華が声を張ると、見物人は自分の札を一斉に確かめた。
しばらくして、通りの後ろから男の声が上がった。
「持っている。俺の札だ」
茶舗で働く手代が、人をかき分けて前へ出た。
麗華は男から番号札を受け取り、聚宝斎に保管していた控えと合わせた。破った紙の切り口が合い、中央の朱印も1つにつながった。
「1等、白玉鶴文香炉でございます」
何有福が木箱を開き、香炉を男へ渡した。
男が賞品を頭上へ掲げると、通りから歓声が起きた。
2等から10等までの番号も、同じ方法で引いた。
2等は銀5両相当の山水画、3等は端渓の硯、4等以下は青磁の皿、銅鏡、香炉などである。すべての賞品が、その場で当選者へ渡された。
抽選を終えると、麗華は聚宝斎へ戻り、雪蘭、何有福、県衙の書吏の前で帳簿を開いた。
売上は100貫文であった。
賞品の仕入れと評価額が24貫文、札を売った店への口銭が10貫文、紙、印肉、木箱、抽選場所などに3貫文、書吏と立会人への費用が2貫文である。
差し引いた利益は61貫文となった。
世昌へ渡す1割は6貫100文である。
残る54貫900文は、聚宝斎と麗華で半分ずつ分けた。麗華の取り分は27貫450文であった。
祭礼の関撲で得た24貫文余りと合わせると、麗華の手元には50貫文を超える銭が残った。
雪蘭も同じだけの利益を受け取り、聚宝斎の借金返済へ回した。
「この商いを続ければ、旦那様への借金を早く返せます」と雪蘭。
「続けます。ただし、同じ賞品では札が売れません」
「次は何を出しますか」
「牛か馬です」
雪蘭は麗華の顔を見た。
「古物ではないのですか」
「町の者すべてが古物を欲しがるわけではございません。荷を運ぶ商人なら馬が欲しい。田畑を持つ者なら牛が欲しい。誰にでも価値が分かる物を1等にします」
「聚宝斎の商いから離れます」
「2等以下には古物を使います。牛や馬を見に来た者へ、聚宝斎の品も見せます」
麗華は最初の富くじで、客が何枚の札を買ったか、どこで買ったかを帳面に残していた。
1枚だけ買った者より、5枚以上買った者の方が多い。酒楼では、酒に酔った客が互いに競って10枚、20枚と買った。一方、宿屋では旅立つ日が抽選より早い者が買わなかった。
次は宿屋へ置く枚数を減らし、酒楼と市場の穀物商へ多く預けることにした。
商いを繰り返すたびに、売る場所と賞品を変える。それが、祭礼の関撲と異なるところであった。
◇ ◇ ◇
2回目の1等は、よく肥えた黒毛の牛であった。
札は1枚30文とし、4,000枚を売った。売上は120貫文となった。
抽選の日には、牛を東大街の広場へつなぎ、誰でも体つきや歯を確かめられるようにした。牛を売った農家にも立ち会わせ、病気や傷がないことを書いた証文を掲げた。
1等を得たのは、城外に小さな畑を持つ50歳の男であった。
男は番号札を2枚しか買っていなかった。60文で牛を得た話は、翌日には県城だけでなく、周囲の村まで伝わった。
2回目の利益は、諸費用と世昌の1割を引いたあとで76貫文余りとなった。麗華は、その半分を受け取った。
3回目には、1等を栗毛の馬、2等を荷車とした。
札は1枚40文で4,000枚を売り、160貫文を集めた。
関撲の当たりを見た者、最初の富くじで白玉の香炉を見た者、2回目に牛を得た男を知る者が札を買った。販売を頼む店も7軒から14軒へ増えた。
札を売りたいという者が増えても、麗華は誰にでも預けなかった。売上をごまかす者、借金を抱えている者、住まいの定まらない行商人には任せない。
抽選は毎回、人の集まる場所で行った。
売れ残った番号は壺へ入れず、当選者が出なければ引き直した。賞品を渡したあとには帳簿を公開し、世昌へ利益の1割を渡した。
3回目に麗華が受け取った利益は50貫文を超えた。
その頃には、麗華の小口貸しも大きくなっていた。
最初は2貫文で始めたが、富くじの利益から20貫文を貸付用の銭箱へ移した。
借り手も焼き餅売りや卵売りだけではない。染物職人には藍を買う銭を貸し、竹細工職人には材料代を貸した。小さな茶舗には、茶葉と炭を仕入れるための3貫文を貸した。
1人へ貸す上限は、元金全体の10分の1までと決めた。
10日で1割の利息を取るからといって、返せないほど貸せば元金を失う。店、工房、仕入れ先、1日の売上を確かめ、ほかに借金がない者だけを選んだ。
返済が遅れた者には、すぐ新たな利息を重ねなかった。
なぜ遅れたのかを確かめ、病気や雨で商いが止まった者には、元金を減らさず返済日を延ばした。銭を酒や賭けに使った者からは、品物を預かって返済させ、二度と貸さなかった。
厳しく取り立てて家財を奪えば、1度だけは銭を取り戻せる。しかし、商いを続けられる者へ貸せば、必要な時に再び借りに来る。
麗華が欲しいのは、借り手の家財ではなく、元金と利息が戻る仕組みであった。
3か月が過ぎる頃には、貸付に使う元金は30貫文を超えた。返済不能となった貸付は1件だけで、損失は400文にとどまった。
小口貸しから得た利益も、月に2貫文を超えるようになった。
麗華は約束どおり、その1割を雪蘭へ渡した。
しかし、貸付帳、証文、返済用の銭箱が増えるにつれ、聚宝斎の帳場は狭くなった。
古物を買う客が来ている横で、焼き餅売りや職人が返済の銭を数えることもあった。
雪蘭は帳場に積まれた証文を見た。
「そろそろ、聚宝斎の中だけでは収まりません」
「私もそう思っております」
「貸金をやめますか」
「いいえ。場所を分けます」
麗華は自分の帳面を開いた。
祭礼の関撲から始まり、3回の富くじ、古物売買の取り分、小口貸しの利息を合わせると、手元の資金は167貫文余りとなっていた。
ただし、そのうち30貫文は貸付中であり、すぐには使えない。
「店を借りるのですか」と雪蘭。
「買います」
「店を買えば、仕入れの銀が足りなくなります」
「そのため、もう一度だけ大きな富くじを行います」
「もう一度だけとは、どういう意味ですか」
「独立資金を作るための富くじは、次で終わりにいたします」
雪蘭は帳面から顔を上げた。
「聚宝斎を辞めるつもりですか」
「はい」
店内には、古い木と香の匂いが漂っていた。土蔵では何有福が箱を動かしており、板が擦れる音が聞こえた。
雪蘭は、すぐには何も言わなかった。
「聚宝斎が立ち直ったのは、あなたが客を連れてきたからです」
「品の真贋と値を決めたのは雪蘭様です。何さんもおります。旦那様への返済も進み、以前のように店を取り上げられる心配はございません」
「あなたが辞めれば、陸生堂から来る客も減ります」
「陸生堂へは、聚宝斎から直接口銭を払えばよいのです。紹介された客には、雪蘭様ご自身が品をお見せください。私が使っていた売り先と仕入れ先は、帳面に残します」
「その帳面まで置いていくのですか」
「聚宝斎で得たつながりは、聚宝斎のものでございます」
麗華は、聚宝斎の客名簿を自分の店へ持ち出すつもりはなかった。
独立したあとも古物を扱う以上、聚宝斎とは競うことになる。しかし、店の品や客を奪って始めれば、清河県で信用を得ることはできない。
「私が独立したあとも、聚宝斎から品を預かります」と麗華。「私が買い手を見つけた時は、これまでと同じように口銭を分けてください。私の店へ持ち込まれた品で、聚宝斎のお客様に向く物があれば、こちらへ回します」
「競うのではなく、互いに品を回すのですか」
「清河県だけで売るなら、同じ客を取り合うことになります。私は南市の商人や職人を相手にし、いずれ開封にも売り先を作ります。聚宝斎は、これまでの官員や富商との商いを続けてください」
「あなたの店は、安い古物ばかり扱うのですか」
「最初は、銀1両に満たない品も扱います。銅鏡、櫛、茶碗、古着、壊れていない道具も買います。まとまった銀が必要な者から品を預かり、売れた時だけ口銭を取ります」
「貸金も、同じ店で行うのですね」
「帳場は分けます。古物を預ける者と、銭を借りる者の証文を混ぜません」
雪蘭は、麗華がすでに自分の店の姿を決めていると知った。
「店の名は考えていますか」
「まだでございます」
「それでは、最後の富くじを終えてから決めなさい。銭を集めただけでは、店は持てません」
「雪蘭様に、店の場所と値を見ていただけますか」
「辞める番頭の店を、私に選ばせるのですか」
「古物商として店を持つのであれば、私より雪蘭様の方が詳しいからです」
雪蘭は帳面を閉じた。
「店を出すからには、半年で潰れて戻ってこられても困ります。見るだけは見ます」
その返事に、麗華は頭を下げた。
◇ ◇ ◇
4回目の富くじは、それまでで最も大きなものとなった。
1等は、銀50両相当の一対の白玉杯である。
2等は栗毛の馬、3等は牛、4等は銀10両、5等以下には聚宝斎の書画、硯、香炉、銅器を並べた。
番号札は1枚50文で5,000枚を用意した。
すべて売れれば250貫文となる。
世昌は、届けを見て麗華を陸生堂へ呼んだ。
「これまでより、集める銭が大きい」
「賞品も増やしております」
「終わったあと、また次を行うつもりか」
「独立資金を作るための富くじは、これで終わりにいたします」
世昌は手にしていた届出を卓へ置いた。
「独立とは何だ」
「聚宝斎を辞め、自分の店を持ちます」
「誰が許した」
「聚宝斎の借金は、雪蘭様がお返しになっています。私が辞めることと、旦那様への借金は別でございます」
「お前は陸家に拾われた女だ」
「奥様に命を助けていただき、言葉と仕事を教えていただきました。その恩は忘れておりません。ですが、私が一生、陸家の奉公人でいると決めた覚えもございません」
世昌は椅子の背へ体を預けた。
「店を持つなら、私へ借りればよい。利息は取るが、聚宝斎より大きな店を買える」
「借りた銀で独立すれば、旦那様の借金を返す店になります」
「自分の銭だけで足りるのか」
「次の富くじが予定どおり終われば足ります」
「私の1割は変わらぬぞ」
「もちろんでございます。番号札の利益から1割をお渡しします。ただし、独立後の古物売買と小口貸しからはお渡しいたしません」
世昌の眉が動いた。
「県衙へ話を通したのは私だ」
「富くじについては、これまでどおりお支払いします。古物を売ることも、自分の銭を貸すことも、番号札とは別の商いでございます」
「店を出したあとも富くじを続けるなら、利益の1割だ」
「その条件なら承知いたします」
麗華は富くじを完全に捨てるつもりではなかった。
祭礼の関撲は、3日間だけでも大きな利益を得られる。番号札も、毎月行えば客が飽きるが、珍しい賞品を用意できた時に限れば再び銭を集められる。
ただし、日々の商いを賭けだけに頼るつもりはなかった。
古物売買と小口貸しで店の給金や家賃を払い、関撲と富くじで大きな利益を得る。それが麗華の考えであった。
「最後の富くじは認める」と世昌。「だが、帳簿はこれまで以上に細かく見せろ」
「承知しました」
「独立したあと、失敗しても陸家へ泣きつくな」
「その時は、店を売って借金を返します」
「借りぬと言ったではないか」
「商いを大きくする時には、借りることもございます。ただし、今は借りません」
世昌は不満を残したまま、届出へ許可の印を押した。
◇ ◇ ◇
4回目の番号札は、12日間で売り切れた。
抽選の日、東大街の広場には、これまでで最も多くの者が集まった。
白玉杯、馬、牛は、抽選を始める前から人々に見せた。銀10両も封をした箱へ入れ、県衙の書吏に中身を確かめさせた。
1等の番号が読み上げられると、酒楼の主人が声を上げた。
男は自分の店で売るために預かった札と、個人で買った札を別々に保管していた。当たったのは、自分の銭で買った3枚のうちの1枚である。
切り口と朱印を確認し、麗華は一対の白玉杯を渡した。
2等の馬は反物商の娘、3等の牛は城外の農家、4等の銀10両は南市の魚売りが得た。
魚売りは番号札を1枚しか買っていなかった。
50文で銀10両を得た女の話は、集まった者たちの間に強く残った。
売上は250貫文であった。
賞品、札の販売口銭、紙代、立会人、抽選場所などの費用を引いた利益は146貫文余りとなった。
世昌へ渡す1割を差し引き、残りを聚宝斎と麗華で分けた。
麗華の取り分は65貫文を超えた。
これにより、麗華の資金は232貫文余りとなった。貸付中の元金を除いても、200貫文近い銭を動かすことができる。
抽選の翌朝、麗華は雪蘭とともに県城の東門近くへ向かった。
通りには米屋、油屋、古着屋、鍛冶屋が並び、城外から来た農民や行商人が多く通る。官員や富商の屋敷へ近い聚宝斎とは、客の層が違っていた。
売りに出ていた店は、以前は質屋であった。
間口は聚宝斎の半分ほどだが、表の店、奥の帳場、品を保管する土蔵、使用人が寝泊まりできる部屋がある。裏口は細い路地へ通じ、借り手や品を売りたい者が、表の客と顔を合わせずに入ることもできた。
建物と土地を合わせた値は96貫文であった。
雪蘭は屋根、柱、土蔵の錠を確かめた。
「屋根は直す必要があります。雨が続けば、奥の壁へ水が入ります」
「修繕にいくらかかりますか」
「10貫文は見た方がよいでしょう。土蔵の棚も作り直さなければなりません」
「合わせて106貫文です」
「古物を仕入れる銭も必要です。店を買っただけで、銭箱を空にしてはいけません」
麗華は用意していた資金の内訳を見せた。
店と土地に96貫文。
修繕、看板、棚、帳場、錠前に12貫文。
古物の仕入れと預かり品の立替金に35貫文。
小口貸しの元金に40貫文。
奉公人の給金、税、運搬費、当面の暮らしに15貫文。
手元に残す予備の銭が34貫文余りである。
「店を買っても、3分の1以上が商いの銭として残ります」と麗華。
「富くじの銭を全部使うつもりではなかったのですね」
「店より、動かせる銭が大切でございます。品を買えず、金も貸せない古物商では、戸を開けている意味がありません」
雪蘭は資金の内訳をもう一度確かめた。
「これだけ残すなら、始められます」
麗華は店を96貫文で買った。
代金を支払い、県衙で土地と建物の名義を自分へ移した。証文には、買主として白麗華の名が書かれた。
陸家でも、聚宝斎でもない。
初めて自分の名で持つ場所であった。
◇ ◇ ◇
店の修繕には20日を要した。
瓦を替え、雨の入った壁を塗り直し、土蔵には高さの異なる棚を作った。高価な品を入れる箱には2つの錠を付け、店の銭と貸金の銭を入れる箱も分けた。
表の帳場では古物を売る。
裏の小部屋では、借り手の商いと返済能力を確かめ、証文を作る。
古物を預ける者には、最低の売値と聚宝斎の口銭を紙へ書いた。売れなければ品を返し、勝手に値を下げない。
銭を借りる者には、使い道、仕入れ先、返済日を書かせた。字を書けない者には内容を読み上げ、証人の前で拇印を押させた。
何有福は聚宝斎に残った。
麗華は、雪蘭の店から番頭や奉公人を引き抜かなかった。新たに帳面を付ける男1人、品を運ぶ若者1人、店を掃除し客へ茶を出す女1人を雇った。
南市で焼き餅を売る劉桂香には、朝の商いを終えたあと、借り手の店や住まいを確かめる仕事を頼んだ。
「私が人様の商いを調べるのですか」
「朝から南市にいる桂香さんなら、誰が毎日店を出し、誰が酒に銭を使っているか分かります」
「分かったことを、麗華様へ話せばよいのですか」
「見たことだけを話してください。噂だけで、貸すかどうかは決めません。1件を確かめるごとに銭を払います」
桂香は焼き餅の商いを続けながら、南市の借り手を確かめる役を引き受けた。
最初に麗華から300文を借りた女が、今度は麗華の貸金を支える側へ回ったのである。
開店の前日、雪蘭が小さな青磁の香炉を持ってきた。
「聚宝斎からの預かり品です」
「開店祝いではないのですか」
「祝いとして渡せば、あなたは売らずに飾るでしょう。銀8両以上で売ってください。売れたら、決めた口銭を渡します」
「承知しました」
「それから、開封へ向かう商人が、古い仏画を探しています。聚宝斎には適当な品がありません。こちらへ持ち込まれたら知らせてください」
「雪蘭様のお客様へお見せします」
雪蘭は店内を見回した。
「聚宝斎より小さい店です」
「最初から大きな店を持てば、棚を埋めるために余計な品を仕入れます」
「貸金の方が、古物より大きくなりそうですね」
「毎日入る銭は、小口貸しの方が多くなると思います。ただし、高い品が1つ売れれば、古物の利益が上回ります」
「関撲と富くじはどうしますか」
「次の祭礼では、この店の前にも台を出します。富くじは、客が欲しがる賞品を安く仕入れられた時だけ行います」
「賭けだけで店を続けないのですね」
「関撲は大きく儲かりますが、祭礼がなければできません。富くじも、繰り返せば札が売れなくなります。日々の給金と費用は、古物と貸金で払います」
雪蘭は香炉を店頭の棚へ置いた。
「それなら、簡単には潰れないでしょう」
◇ ◇ ◇
開店の日、店の軒下に新しい看板が掛けられた。
名は「華宝舗」とした。
華は麗華の名から取り、宝は古物と、銭を生む商いの両方を表している。
店頭には、高価な玉器や書画だけでなく、銅鏡、櫛、茶碗、香炉、木箱、古着、農具が並んだ。
朝一番の客は、欠けた青磁の小皿を持った桂香であった。
「以前、聚宝斎では値が付かなかった品です。こちらでは買っていただけますか」
麗華は小皿を受け取り、欠けと釉薬を確かめた。
「古い品ですが、そのままでは売れません。欠けを直せば、100文ほどで売れるかもしれません」
「それでは、いくらになりますか」
「今なら20文で買います。ご自分で持っていた方がよいと思います」
桂香は小皿を風呂敷へ戻した。
「やはり、息子へ残します」
「それがよいでしょう」
2人は、最初に会った時と同じ話をして笑った。
続いて、櫛職人の趙福生が古い銅鏡を持ち込んだ。鏡そのものには大きな価値がなかったが、裏面の文様が珍しく、麗華は80文で買い取った。
昼前には、茶舗の主人が3貫文を借りに来た。
「新しい茶葉が入ります。今買わなければ、ほかの店へ回されます」
「前回借りた銭は返しておりますか」
「期限どおり返しました」
「茶葉を見せてください。仕入れ先にも話を聞きます。それから決めます」
麗華は、店を開いた日だからといって銭を貸さなかった。
午後に茶葉と仕入れ先を確かめ、翌朝、3貫文を貸すことにした。返済は10日後の3貫300文である。
夕刻には、聚宝斎から紹介された商人が青磁の香炉を見に来た。
商人は銀6両まで値を下げるよう求めたが、麗華は断った。
「こちらは銀8両を下回れば、お預かりした方へお返しします」
「別の店なら、6両で似た品が買える」
「似た品でよろしければ、そちらをお買いください。この香炉は、火を入れても蓋が浮かず、煙が4つの隙間から均等に出ます。今夜までお預かりしますので、実際にお確かめください」
商人は香炉を持ち帰り、翌朝、銀8両で買った。
麗華は代金から口銭を引き、聚宝斎へ銀を届けた。
自分の店を持っても、最初の古物売買は聚宝斎との商いから始まった。
3日後には、華宝舗の貸付元金40貫文のうち、12貫文が8人の商人と職人へ貸し出された。
店頭では銅鏡、茶碗、木箱が売れた。
土蔵には、売却を頼まれた書画と器が入り始めた。
麗華は朝に古物の値を決め、昼に借り手の店を確かめ、夕刻に返済の銭を数えた。
祭礼の日には、華宝舗の前へ関撲の台を出す。売れ残った安い古物を賞品にし、普段は店へ入らない者を集める。
珍しい玉器、馬、牛を安く仕入れられた時には、世昌へ届けを出し、番号札を売る。
関撲と富くじで大きな銀を得ても、それだけには頼らない。古物売買と小口貸しを日々の柱とし、得た利益を次の仕入れと貸付へ回す。
華宝舗の看板の下には、陸家の名も、聚宝斎の名もなかった。
麗華は自分の店の帳場に座り、3つの銭箱を並べた。
1つは古物売買の銭である。
1つは小口貸しの元金である。
残る1つは、関撲と富くじのための銭である。
どの箱から何文を出し、何文を戻すかは、麗華が決める。
誰かの妾になって店を与えられたのでも、世昌から銀を借りたのでもない。
祭礼の3日間に始めた関撲から番号札へ進み、4回の富くじで200貫文を超える資金を作った。その銀で土地と店を買い、古物を仕入れ、貸金の元金を残した。
麗華は聚宝斎の女番頭ではなくなった。
古物商と小口金融を営む華宝舗の主人となったのである。
後編2では、麗華が番号札を使った富くじを4回行い、独立に必要な資金を作った。
最初の富くじでは、白玉の香炉を1等とし、1枚20文の番号札を5,000枚売った。売上は100貫文となり、賞品、販売口銭、紙代、立会人の費用を差し引いた利益から、陸世昌へ1割を渡した。残った利益は聚宝斎と麗華で半分ずつ分けた。
2回目は牛、3回目は馬、4回目は一対の白玉杯を1等にした。抽選は人の集まる場所で行い、売れた番号だけを壺へ入れ、切り口と朱印を使って当選札の偽造を防いだ。
麗華は関撲と富くじで大きな利益を得る一方、小口貸しも続けた。貸す相手は、商いの場所、仕入れ先、売上を確認できる商人や職人に限った。10日で1割の利息を取り、貸付元金を30貫文まで増やした。
4回目の富くじを終えた時、麗華の資金は232貫文余りとなった。
麗華は96貫文で東門近くの店と土地を買い、修繕、古物の仕入れ、小口貸しの元金、奉公人の給金に資金を分けた。世昌から銀は借りず、聚宝斎の客名簿や奉公人も奪わなかった。
新しい店の名は「華宝舗」である。
麗華は古物売買と小口貸しを日々の柱とし、祭礼では関撲を行い、価値のある賞品を用意できた時だけ富くじを行う。
華宝舗の看板には、陸家の名も聚宝斎の名もない。
麗華は自分で稼いだ銀によって、自分の店を持つ主人となった。




