第1話後編2――「自分の看板」
聚宝斎の店頭に、銀15両で仕入れた白玉の香炉が置かれた。掌に載るほどの大きさで、胴には雲の間を飛ぶ2羽の鶴が彫られている。蓋のつまみは霊芝の形をしており、光を受けると白い玉の内側に淡い緑色が浮かんだ。
香炉の横には、赤い紙で「1等 白玉鶴文香炉」と書いた札が立てられていた。
番号札は1枚20文である。当初は2,000枚を用意し、聚宝斎で600枚、酒楼2軒で各300枚、茶舗2軒で各200枚、宿屋2軒で各200枚を売る。札を預けた店には、1枚につき2文の口銭を渡すことにした。
麗華は番号を書いた紙を2つに裂き、片方を客へ渡し、もう片方を聚宝斎で保管した。紙の中央には聚宝斎の朱印を押してある。切り口と印の両方が合わなければ、当選を認めない仕組みだった。
販売初日、聚宝斎で売れた札は83枚にとどまった。客は白玉の香炉を眺めるものの、20文を失うことを惜しみ、なかなか銭を出さない。夕刻、酒楼や茶舗などから届いた売上を合わせても、売れたのは270枚余りだった。
雪蘭は帳場で銭を数えながら言った。
「このままでは、2,000枚を売り切るまで時間がかかりますね。全部売れるまで、当選番号を引く日を延ばしますか」
「いいえ。明日から抽選日を店先へ掲げ、その日に必ず行います。売れた番号だけを壺へ入れますので、1,000枚しか売れなくても当選者には香炉を渡します。売れ残るたびに日を延ばしていては、次から誰も信用してくれません」
麗華は札を預けた店にも、当選者が出れば販売した店の名を掲げると伝えた。たとえば酒楼で買った札から1等が出れば、「福来酒楼から1等」と聚宝斎の店先に書き出す。自分の店で当たりが出たと分かれば宣伝になるため、酒楼や茶舗も客へ番号札を勧めやすくなる。
さらに、20文の札を5枚買った者には、聚宝斎で使える10文分の引換札を渡した。
何有福は、その引換札を見て首を傾げた。
「10文を返してしまえば、こちらの取り分が減りませんか」
「5枚買う方は100文を払います。それに、この札だけを銭へ替えることはできません。聚宝斎で何かを買う時だけ使えます」
「10文で買える古物はございませんね」
「ですから、使うには聚宝斎へ来て、ほかの銭も出していただくことになります。番号札が外れても10文は戻ると思えば、1枚だけでなく5枚買う方も増えるでしょう」
引換札の有効期限は抽選後10日までとした。
効果はすぐに現れた。これまで聚宝斎へ入ったことのない者が番号札を買いに来て、白玉の香炉を見るついでに茶碗、銅鏡、櫛、硯にも目を向けるようになった。
3日目には番号札を10枚まとめて買う商人が現れ、5日目には最初の2,000枚が売り切れた。
麗華は世昌へ追加販売を届け出て、2,001番から5,000番までの3,000枚を新たに作った。追加分も抽選日の2日前にはすべて売れ、売上は100貫文に達した。
◇ ◇ ◇
抽選は聚宝斎の店内ではなく、東大街に面した茶舗の前で行った。
店の奥で番号を引けば、麗華たちが当選者を選んだと疑われる恐れがある。そこで売れた番号の控え5,000枚を大きな壺へ入れ、県衙から来た書吏と、札を売った店の主人たちに中身を確かめさせた。
壺には布をかぶせ、縄で縛った。
1等を引く役には、聚宝斎とも陸家とも関係のない少年を選んだ。茶舗の主人が通りから呼び入れた、薪売りの息子である。
少年が壺へ腕を入れると、それまで騒いでいた見物人が静まった。
少年が取り出した紙には、3,846番と書かれていた。
「1等は3,846番でございます」
麗華が声を張ると、人々が一斉に手元の札を確かめ始めた。やがて通りの後ろから男の声が上がった。
「持っている。俺の札だ」
茶舗で働く手代が人をかき分けて前へ出た。
麗華は男から番号札を受け取り、聚宝斎に保管していた控えと合わせた。破った紙の切り口がぴたりと重なり、中央の朱印も1つにつながった。
「確かに3,846番でございます。1等、白玉鶴文香炉をお渡しします」
何有福が木箱を開き、香炉を男へ渡した。男が賞品を頭上へ掲げると、通りから歓声が上がった。
2等から10等までの番号も同じ方法で引いた。2等は銀5両相当の山水画、3等は端渓の硯、4等以下は青磁の皿、銅鏡、香炉などである。すべてその場で当選者へ渡した。
抽選を終えると、麗華は聚宝斎へ戻り、雪蘭、何有福、県衙の書吏が見守る前で帳簿を開いた。
売上は100貫文。賞品の仕入れと評価額が24貫文、札を売った店への口銭が10貫文、紙、印肉、木箱、抽選場所などに3貫文、書吏と立会人への費用が2貫文で、利益は61貫文となった。
世昌へ渡す1割は6貫100文である。残る54貫900文を聚宝斎と麗華で半分ずつ分け、麗華の取り分は27貫450文となった。
祭礼の関撲で得た24貫文余りと合わせれば、麗華の手元にはすでに50貫文を超える銭がある。雪蘭も同じだけの利益を受け取り、聚宝斎の借金返済へ回した。
「この商いを続ければ、旦那様への借金をかなり早く返せそうです」
雪蘭が喜ぶ一方、麗華は最初の富くじの帳簿を見直していた。
「続けますが、次は同じ賞品を使いません。牛か馬を1等にします」
「古物ではないのですか」
「町の者すべてが古物を欲しがるわけではございません。荷を運ぶ商人なら馬が欲しいでしょうし、田畑を持つ者なら牛が欲しいでしょう。誰にでも価値の分かる物を1等にして、2等以下に古物を使います。牛や馬を見に来た方へ聚宝斎の品も見ていただけます」
麗華は、客が何枚の札をどこで買ったのかも記録していた。1枚だけ買う者より、5枚以上まとめて買う者の方が多い。酒楼では酔った客が互いに競って10枚、20枚と買う一方、宿屋では抽選日前に旅立つ客が多く、売れ行きが鈍かった。
次からは宿屋へ置く枚数を減らし、酒楼と市場の穀物商へ多く預けることにした。
◇ ◇ ◇
2回目の1等には、よく肥えた黒毛の牛を用意した。
番号札は1枚30文で4,000枚を売り、売上は120貫文となった。抽選の日には牛を東大街の広場へつなぎ、誰でも体つきや歯を確かめられるようにした。牛を売った農家にも立ち会わせ、病気や傷がないことを書いた証文を掲げた。
1等を得たのは、城外に小さな畑を持つ50歳の男だった。買った番号札は、わずか2枚である。
60文で牛を手に入れた話は、翌日には県城だけでなく周囲の村まで伝わった。2回目の利益は諸費用と世昌の取り分を引いたあとで76貫文余りとなり、麗華はその半分を受け取った。
3回目には、1等を栗毛の馬、2等を荷車とした。
番号札は1枚40文で4,000枚を売り、160貫文を集めた。祭礼の関撲を見た者、最初の富くじで白玉の香炉を見た者、2回目に牛を得た男を知る者が札を買い、販売を頼む店も7軒から14軒へ増えた。
ただし、麗華は札を売りたいと申し出る者すべてに預けたわけではない。売上をごまかす恐れのある者、借金を抱えている者、住まいの定まらない行商人は断った。
抽選は毎回、人の集まる場所で行った。売れ残った番号は壺へ入れず、当選者が現れなければ引き直す。賞品を渡したあとには帳簿を公開し、世昌へ約束どおり利益の1割を渡した。
3回目に麗華が受け取った利益は50貫文を超えた。
一方、小口貸しも着実に大きくなっていた。
最初は2貫文だった貸付元金に、富くじの利益から20貫文を加えた。借り手も焼き餅売りや卵売りだけではない。染物職人には藍を買う銭を貸し、竹細工職人には材料代を貸す。小さな茶舗には、茶葉と炭を仕入れるための3貫文を貸した。
ただし、1人へ貸す上限は元金全体の10分の1までと決めた。
10日で1割の利息を取れても、返せないほど貸せば元金を失う。麗華は店や工房、仕入れ先、1日の売上を確かめ、ほかに大きな借金がない者だけを選んだ。
返済が遅れた場合も、理由を確かめずに利息を重ねることはしなかった。病気や雨で商いが止まった者には、元金を減らさず返済日を延ばす。銭を酒や賭けに使った者からは品物を預かって返済させ、2度と貸さなかった。
家財を奪って1度だけ銭を取り戻すより、商いを続けられる者へ貸し、元金と利息を何度も回収する方がよい。
3か月が過ぎる頃には貸付元金は30貫文を超え、返済不能となった貸付は1件、損失は400文にとどまった。小口貸しの利益も月に2貫文を超え、麗華は約束どおり、その1割を雪蘭へ渡した。
しかし、貸付帳、証文、返済用の銭箱が増えるにつれ、聚宝斎の帳場では手狭になってきた。古物を買う客の横で、焼き餅売りや職人が返済の銭を数えることもある。
雪蘭は帳場に積まれた証文を見て言った。
「そろそろ聚宝斎の中だけでは収まりませんね。貸金をやめるおつもりですか」
「いいえ。場所を分けます」
麗華は自分の帳面を開いた。
祭礼の関撲、3回の富くじ、古物売買の取り分、小口貸しの利息を合わせると、手元の資金は167貫文余りになっていた。ただし、そのうち30貫文は貸付中で、すぐには使えない。
「店を借りるのですか」
「買います。そのために、もう1度だけ大きな富くじを行います」
雪蘭は帳面から顔を上げた。
「もう1度だけということは、聚宝斎を辞めるつもりなのですね」
「はい」
店内には古い木と香の匂いが漂い、土蔵からは何有福が箱を動かす音が聞こえていた。雪蘭はしばらく黙ってから口を開いた。
「聚宝斎が立ち直ったのは、あなたが客を連れてきたからです。辞めれば、陸生堂から来る客も減るでしょう」
「品の真贋と値を決めたのは雪蘭様ですし、何さんもおります。旦那様への返済も進みました。陸生堂には、これから聚宝斎から直接口銭を払えばよいのです。私が使っていた売り先と仕入れ先も帳面に残します」
「その帳面まで置いていくのですか」
「聚宝斎で得たつながりは、聚宝斎のものでございます」
麗華は、聚宝斎の客名簿を自分の店へ持ち出すつもりはなかった。独立したあとも古物を扱う以上、聚宝斎とは競うことになる。それでも、店の品や客を奪って始めれば、清河県で信用を得ることはできない。
「独立したあとも、聚宝斎から品を預かります。私が買い手を見つけた時は、これまでと同じように口銭を分けてください。逆に、私の店へ持ち込まれた品で聚宝斎のお客様に向く物があれば、こちらへ回します」
「同じ客を取り合うのではなく、互いに品を回すのですね」
「清河県だけで同じ商いをすれば、そうなります。私は南市の商人や職人を相手にし、いずれ開封にも売り先を作ります。聚宝斎は、これまでどおり官員や富商を相手にしてください」
麗華の店では、銀1両に満たない品も扱うつもりだった。銅鏡、櫛、茶碗、古着、壊れていない道具も買い、まとまった銀が必要な者から品を預かって、売れた時だけ口銭を取る。貸金も同じ店で行うが、古物売買とは帳簿を分ける。
雪蘭は、麗華がすでに自分の店の姿を固めていると悟った。
「店の名は考えていますか」
「まだでございます」
「それなら、最後の富くじを終えてから決めなさい。銭を集めただけでは店は持てません」
「雪蘭様に、店の場所と値を見ていただけますか」
「辞める番頭の店を、私に選ばせるのですか」
「古物商として店を持つのであれば、私より雪蘭様の方が詳しいからです」
雪蘭は帳面を閉じた。
「半年で潰れて戻ってこられても困ります。見るだけは見ます」
麗華は笑みを浮かべ、深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
4回目の富くじは、それまでで最も大きなものとなった。
1等は銀50両相当の一対の白玉杯、2等は栗毛の馬、3等は牛、4等は銀10両とし、5等以下には聚宝斎の書画、硯、香炉、銅器を並べた。
番号札は1枚50文で5,000枚。すべて売れれば250貫文になる。
届けを見た世昌は、麗華を陸生堂へ呼んだ。
「これまでより、ずいぶん大きくしたな。終わったあとも続けるつもりか」
「独立資金を作るための富くじは、これで終わりにいたします」
「独立とは何だ」
「聚宝斎を辞め、自分の店を持ちます」
世昌は届出から顔を上げた。
「誰が許した」
「聚宝斎の借金は雪蘭様がお返しになっています。私が辞めることと、旦那様への借金は別でございます」
「お前は陸家に拾われた女だ」
「奥様に命を助けていただき、言葉と仕事を教えていただきました。その恩は忘れておりません。ですが、私が一生、陸家の奉公人でいると決めた覚えもございません」
世昌は椅子の背へ体を預け、しばらく麗華を見ていた。
「店を持つなら、私から借りればよい。利息は取るが、聚宝斎より大きな店を買えるぞ」
「借りた銀で独立すれば、旦那様の借金を返すための店になります。次の富くじが予定どおり終われば、自分の銭だけで足ります」
「私の1割は変わらぬぞ」
「もちろんでございます。番号札の利益から1割をお渡しします。ただし、独立後の古物売買と小口貸しからはお渡しいたしません」
世昌の眉が動いた。
「県衙へ話を通したのは私だ」
「ですから富くじについては、これまでどおりお支払いします。古物を売ることも、自分の銭を貸すことも、番号札とは別の商いでございます」
「独立したあとも富くじをするなら、利益の1割だ」
「その条件なら承知いたします」
麗華は富くじを完全にやめるつもりではなかった。祭礼の関撲は3日間だけでも大きな利益を得られ、番号札も珍しい賞品を用意できた時に限れば客を集められる。
ただし、日々の商いまで賭けに頼るつもりはない。古物売買と小口貸しで店の給金や費用を払い、関撲と富くじは大きな利益を得る機会として使うつもりだった。
「最後の富くじは認める。ただし、帳簿はこれまで以上に細かく見せろ」
「承知しました」
「独立して失敗しても、陸家へ泣きつくな」
「その時は、店を売って借金を返します」
「借りぬと言ったではないか」
「今は借りません。商いを大きくする時に、必要なら借りることもございます」
世昌は不満そうな顔をしたまま、届出へ許可の印を押した。
◇ ◇ ◇
4回目の番号札は12日間で売り切れた。
抽選の日、東大街の広場には、これまでで最も多くの者が集まった。白玉杯、馬、牛は抽選前から人々に見せ、銀10両も封をした箱へ入れて県衙の書吏に中身を確かめさせた。
1等の番号が読み上げられると、酒楼の主人が声を上げた。
男は自分の店で売るために預かった札と、個人で買った札を分けて保管していた。当たったのは、自分の銭で買った3枚のうちの1枚だった。
切り口と朱印を確かめ、麗華は一対の白玉杯を渡した。
2等の馬は反物商の娘、3等の牛は城外の農家、4等の銀10両は南市の魚売りが得た。魚売りが買った番号札は、わずか1枚だった。
50文で銀10両を得た女の話は、集まった者たちの間に強く残った。
売上は250貫文。賞品、札の販売口銭、紙代、立会人、抽選場所などの費用を引いた利益は146貫文余りとなった。
そこから世昌へ1割を渡し、残りを聚宝斎と麗華で分けると、麗華の取り分は65貫文を超えた。
これにより、麗華の資金は232貫文余りとなった。貸付中の元金を除いても、200貫文近い銭を動かすことができる。
抽選の翌朝、麗華は雪蘭とともに県城の東門近くへ向かった。
通りには米屋、油屋、古着屋、鍛冶屋が並び、城外から来る農民や行商人も多い。官員や富商の屋敷に近い聚宝斎とは、客の層が違っていた。
売りに出ていた店は、以前は質屋だった。間口は聚宝斎の半分ほどだが、表の店、奥の帳場、品を保管する土蔵、使用人が寝泊まりできる部屋がある。裏口は細い路地へ通じており、借り手や品を売りたい者が表の客と顔を合わせずに入ることもできた。
建物と土地を合わせた値は96貫文である。
雪蘭は屋根や柱、土蔵の錠まで確かめた。
「屋根は直した方がよいですね。雨が続けば奥の壁へ水が入ります。土蔵の棚も作り直す必要がありますから、修繕には10貫文ほど見ておいた方がよいでしょう」
「店と合わせて106貫文ですね」
「それだけではありません。古物を仕入れる銭も必要です。店を買っただけで銭箱を空にしてはいけませんよ」
麗華は用意していた資金の内訳を雪蘭へ見せた。
店と土地に96貫文、修繕、看板、棚、帳場、錠前に12貫文、古物の仕入れと預かり品の立替金に35貫文、小口貸しの元金に40貫文、奉公人の給金、税、運搬費、当面の暮らしに15貫文を使う。それでも予備として34貫文余りが残る。
「店を買っても、3分の1以上は商いに使える銭として残します。品を買えず、金も貸せない古物商では、戸を開けている意味がありません」
「富くじの銭を全部使うつもりではなかったのですね。これだけ残すのであれば、始められるでしょう」
雪蘭の言葉を聞き、麗華は店を96貫文で買った。
代金を払い、県衙で土地と建物の名義を自分へ移す。証文の買主の欄には、白麗華の名が記された。
陸家でも、聚宝斎でもない。
麗華が初めて自分の名で持つ場所だった。
◇ ◇ ◇
店の修繕には20日を要した。
瓦を替え、雨の入った壁を塗り直し、土蔵には高さの異なる棚を作った。高価な品を入れる箱には2つの錠を付け、店の銭と貸金の銭を入れる箱も分けた。
表の帳場では古物を扱い、裏の小部屋では借り手の商いと返済能力を確かめて証文を作る。古物を預ける者には最低の売値と口銭を紙へ書き、売れなければ品を返す。勝手に値を下げることはしない。
銭を借りる者には、使い道、仕入れ先、返済日を書かせた。字を書けない者には内容を読み上げ、証人の前で拇印を押させる。
何有福は聚宝斎に残った。
麗華は雪蘭の店から番頭や奉公人を引き抜かず、新たに帳面を付ける男1人、品を運ぶ若者1人、掃除や客への茶出しをする女1人を雇った。
南市で焼き餅を売る劉桂香には、朝の商いを終えたあと、借り手の店や住まいを確かめる仕事を頼んだ。
「私が人様の商いを調べるのですか」
「朝から南市にいる桂香さんなら、誰が毎日店を出しているか、誰が酒に銭を使っているかも分かるでしょう。ただし、見たことだけを教えてください。噂だけで貸すかどうかは決めません。1件確かめるごとに銭をお支払いします」
「それならできます。焼き餅を売りながら見ておけばよいのですね」
桂香は焼き餅の商いを続けながら、南市の借り手を確かめる役を引き受けた。最初に麗華から300文を借りた女が、今度は麗華の貸金を支える側へ回ったのである。
開店の前日、雪蘭が小さな青磁の香炉を持ってきた。
「聚宝斎からの預かり品です。銀8両以上で売ってください。売れたら、決めた口銭を渡します」
「開店祝いではないのですか」
「祝いとして渡せば、あなたは売らずに飾るでしょう。それから、開封へ向かう商人が古い仏画を探しています。聚宝斎には適当な品がありません。こちらへ持ち込まれたら知らせてください」
「承知しました。雪蘭様のお客様へお見せします」
雪蘭は店内を見回した。
「聚宝斎より小さい店ですね」
「最初から大きな店を持てば、棚を埋めるために余計な品を仕入れてしまいます」
「貸金の方が、古物より大きくなりそうですが」
「毎日入る銭は小口貸しの方が多くなると思います。ただ、高い品が1つ売れれば古物の利益が上回ります」
雪蘭は祭礼の関撲や富くじを続けるのかも尋ねた。
「次の祭礼では、この店の前にも関撲の台を出します。富くじは、客が欲しがる賞品を安く仕入れられた時だけです。関撲は大きく儲かりますが、祭礼がなければできませんし、富くじも繰り返せば札が売れなくなります。日々の給金と費用は古物と貸金で払います」
「それなら、簡単には潰れないでしょう」
雪蘭はそう言って、青磁の香炉を店頭の棚へ置いた。
◇ ◇ ◇
開店の日、店の軒下に新しい看板が掛けられた。
名は「華宝舗」である。
華は麗華の名から取り、宝は古物と、銭を生む商いの両方を表していた。
店頭には高価な玉器や書画だけでなく、銅鏡、櫛、茶碗、香炉、木箱、古着、農具まで並べた。
朝一番の客は、欠けた青磁の小皿を持った桂香だった。
「以前、聚宝斎では値が付かなかった品です。こちらなら買っていただけますか」
麗華は小皿を受け取り、欠けと釉薬を確かめた。
「古い品ですが、このままでは売れません。欠けを直せば100文ほどで売れるかもしれませんので、今なら20文で買います。ただ、私はご自分で持っていた方がよいと思います」
「それなら、やはり息子へ残します」
「その方がよいでしょう」
2人は、最初に会った時とよく似たやり取りに顔を見合わせて笑った。
続いて、櫛職人の趙福生が古い銅鏡を持ち込んだ。鏡そのものには大きな価値がないものの、裏面の文様が珍しく、麗華は80文で買い取った。
昼前には、茶舗の主人が3貫文を借りに来た。
「新しい茶葉が入るので、今買わなければほかの店へ回されます。前に借りた銭は期限どおり返しました」
「分かりました。ただし、すぐにはお貸しできません。茶葉を見せていただき、仕入れ先にも話を聞いてから決めます」
麗華は開店初日だからといって審査を緩めなかった。午後に茶葉と仕入れ先を確かめ、翌朝になって3貫文を貸した。返済は10日後の3貫300文である。
夕刻には、聚宝斎から紹介された商人が青磁の香炉を見に来た。
商人は銀6両まで値を下げるよう求めたが、麗華は応じなかった。
「こちらは銀8両を下回れば、お預かりした方へお返しする品でございます」
「別の店なら、6両で似た物が買えるぞ」
「似た品でよろしければ、そちらをお買いください。ただ、この香炉は火を入れても蓋が浮かず、煙が4つの隙間から均等に出ます。今夜までお預かりしますので、実際にお確かめになってからお決めください」
商人は香炉を持ち帰り、翌朝、銀8両で買った。
麗華は代金から決められた口銭を引き、残りを聚宝斎へ届けた。自分の店を持っても、最初の古物売買は聚宝斎との商いから始まったのである。
3日後には、華宝舗の貸付元金40貫文のうち、12貫文が8人の商人と職人へ貸し出されていた。店頭では銅鏡、茶碗、木箱が売れ、土蔵には売却を頼まれた書画や器が入り始めた。
麗華は朝に古物の値を決め、昼には借り手の店や仕入れ先を確かめ、夕刻には返済された銭と帳簿を照らし合わせた。
祭礼の日には華宝舗の前へ関撲の台を出し、売れ残った安い古物を賞品にして、普段は店へ入らない者を集める。珍しい玉器、馬、牛などを安く仕入れられた時には、世昌へ届けを出して番号札を売る。
関撲や富くじで大きな利益を得ても、それだけには頼らない。古物売買と小口貸しを日々の柱とし、得た利益を次の仕入れと貸付へ回す。
華宝舗の看板の下には、陸家の名も聚宝斎の名もなかった。
麗華は自分の店の帳場に座り、3つの銭箱を並べた。
古物売買に使う銭、小口貸しに回す元金、関撲や富くじに備える銭。それぞれを混ぜず、どの箱からいくら出し、いくら戻ったのかを帳簿へ記していく。
誰かの妾になって店を与えられたわけでも、世昌から銀を借りたわけでもない。祭礼の関撲から始め、番号札へ進み、4回の富くじで200貫文を超える資金を作った。その銀で土地と店を買い、古物を仕入れ、貸金の元金も残した。
麗華は、もう聚宝斎の女番頭ではない。
華宝舗という自分の看板を掲げ、古物を売り、自分の銭を貸す店の主人となった。




