第1話後編1――「祭礼の3日間」
県城の通りでは、祭礼を知らせる赤い紙が、酒楼、茶舗、宿屋の戸口に貼られていた。
祭礼は3日間続き、その間だけは官府が関撲を認める。通りには骰子や銭を使う露店が並び、客は少額の銭を払って勝負する。当たれば菓子、酒、布、器などを持ち帰ることができ、外れれば払った銭は店主のものになる。
聚宝斎にも関撲を行うよう勧める商人はいた。しかし、店主の韓雪蘭は、これまで一度も店先に台を出したことがなかった。
「古物を賭けの賞品にすれば、店の名が軽くなります」
雪蘭が帳場で祭礼の案内を脇へ置くと、白麗華は土蔵の品書きを開いた。
「高値で売れる品は出しません。何年も売れず、これからも買い手が見つかりそうにない品を使います。売れない品にも仕入れの銀はかかっているのですから、別の方法で取り戻せばよいのです」
土蔵には、先代が買い集めた品が数多く残っていた。獅子を彫った石の置物、ひびの入った青磁の鉢、片方しかない銅製の燭台、名の知れない画工が描いた花鳥画、欠けを漆で継いだ茶碗、小さな玉の飾り、古い香炉などである。
いずれも贋物ではない。しかし、形、傷、意匠、値段のどれかに難があり、何年も土蔵から出ていなかった。
何有福が石の獅子を抱えて店へ運んできた。
「これは先代が銀3両で買った物です。銀2両まで下げても売れませんでした」
「この獅子を銀2両で買う者はいなくても、銅銭20文で手に入るかもしれないとなれば、骰子を振る者はいるでしょう。関撲の賞品にして、銀5両以上を集めればよいのです」
麗華は祭礼の3日間に使う品を選び始めた。何有福が真贋と傷を調べ、雪蘭が普通に売った場合の値を決める。そのうえで、仕入れ値をすでに帳簿上で損として扱っている物と、今後も客がつきそうにない物だけを賞品へ回した。
選んだ品は大小合わせて47点となった。
雪蘭は品書きを見直し、難しい顔をした。
「これだけ出せば、普通に売った場合は銀20両を超えます。関撲でも、それ以上を集められなければ損になります」
「50両を集めます。3日間ございますから、人を集める品と利益を出す品を分けます」
麗華は紙の上へ、3種類の関撲を書き出した。
最も安い台では、1回5文で骰子を2つ振らせる。2つの目が同じなら、菓子皿、木箱、銅の小物などを渡す。
次の台は1回20文で、骰子を3つ使う。3つの目が同じなら、茶碗、小さな置物、扇面、燭台などが賞品となる。
最も高い台は1回100文である。赤、白、黒の3つの骰子を振り、あらかじめ掲げた組み合わせが出れば、石の獅子、青磁の鉢、花鳥画、玉の飾りの中から1つを選べる。
「100文を失う者が、何人もいるでしょうか」
雪蘭が尋ねると、麗華は首を横に振った。
「通りを歩く者すべてを相手にはしません。酒楼で飲み、祭礼で銀を使う余裕のある商人や地主の子弟を呼びます。まず5文の台で人を集め、当たりが出るところを見せます。子どもが皿や小箱を持ち帰れば家族も店先へ残りますし、それを見た大人は20文、100文の台にも興味を持ちます」
客が勝つところを見せなければ人は集まらない。一方で、高価な品を次々に渡せば利益は残らない。安い台で当たりを出して人を集め、中の台で勝負を続けさせ、高い台でまとまった銭を集める。それが麗華の考えだった。
雪蘭は、麗華が書いた目の組み合わせと賞品の値を1つずつ確かめた。
「骰子に細工はしませんね」
「いたしません。細工が知られれば、祭礼のあとに聚宝斎が商いをできなくなります。当たりが続いた時は、きちんと賞品を渡します。損をすることもあるからこそ、客は自分にも勝てると思うのです」
雪蘭はしばらく考え、品書きを閉じた。
「聚宝斎の本業に使える品は出さないこと。傷のある品は客へ先に見せること。祭礼が終わったら関撲をやめること。この3つを守ってください」
「承知しました」
「それで、利益はどう分けるのです?」
「賞品、場所代、人足の給金、官府へ届ける費用を引き、残った利益を聚宝斎と私で半分ずつにしてください」
「品は聚宝斎の物ですよ」
「客を集め、台を作り、3日間の勝負を仕切るのは私です。雪蘭様は、何年も売れなかった品から銀を得られます」
雪蘭はすぐには承知せず、聚宝斎が6分、麗華が4分だと主張した。しかし麗華も譲らない。
「半分ずつでなければ、私は古物を普通に売る仕事へ時間を使います」
麗華が折れないと分かると、雪蘭は息を漏らした。
「それでは、損も半分ずつです。50両を集めると言ったことを忘れないでください」
「もちろんです。雪蘭様も、賞品を惜しんで途中で土蔵へ戻さないでください」
こうして2人は、利益も損も半分ずつにすると決めた。
◇ ◇ ◇
祭礼の初日、聚宝斎の前には朝から3台の卓が並んだ。
軒下には赤い布を下げ、その前に石の獅子、青磁の鉢、銅の燭台、香炉、茶碗、木箱などの賞品を並べた。傷のある品には、その箇所を書いた札も添えてある。客が勝ってから言い争いになれば、通りに悪評が広まるからである。
麗華は店の前に立ち、通りを歩く人々へ声を張った。
「祭礼の3日間だけでございます。5文の関撲から100文の大勝負までございます。骰子はお客様ご自身でお確かめください」
最初に立ち止まったのは、母親に連れられた男児だった。
母親が5文を払い、男児が椀の中へ骰子を投げる。出た目は2と5だった。
「外れです」
何有福が告げても、男児は卓から離れようとしない。母親が笑ってもう5文を払うと、今度は2つとも4が出た。
「当たりでございます」
麗華が小さな蓋付きの木箱を渡すと、男児は喜んで頭の上へ掲げた。それを見た通りの子どもたちが集まり、5文、10文と銅銭が卓へ置かれていく。椀の中では、絶えず骰子が音を立てた。
午前のうちに、5文の台には人垣ができた。
安い台で当たりを見た大人たちは、やがて20文の台へ移った。3つの骰子が揃えば茶碗や銅の小物を得られる。何度か外れた者も、次こそ揃うと思って銭を追加した。
昼過ぎになると、絹を扱う商人の息子が100文の台へ立った。
「石の獅子も、本当に持ち帰れるのか」
「札にある目が出れば、お選びいただけます」
「ならば骰子を見せろ」
麗華は3つの骰子を男へ渡した。男は手の中で転がし、卓の上でも何度か振って確かめる。重さや出方に不審なところがないと分かると、100文を置いた。
1度目は外れた。男はさらに100文を払い、もう一度振った。赤が4、白が2、黒が6である。
「惜しいところでございました」
「どこが惜しい。まるで違うではないか」
周囲から笑いが起こり、男は顔を赤くした。そのまま引き下がる気にはなれなかったらしく、3度目の100文を卓へ置いた。
今度は、あらかじめ掲げた組み合わせの1つが出た。
見物人から一斉に声が上がった。
「お当たりでございます。こちらの4点からお選びください」
男は青磁の鉢を手に取った。縁に細いひびがある品だが、遠目には分からない。
「本当に持って帰ってよいのだな」
「もちろんでございます。ひびについては札に書いております。それをご承知のうえでお選びください」
「300文で青磁を取ったぞ」
男は同行者へ得意そうに言い、鉢を抱えて酒楼の方へ歩いていった。
聚宝斎は青磁の鉢を1つ失った。しかし、その場に残った者たちは、300文で青磁を手に入れた男を実際に見ている。自分にも同じことが起こるかもしれないと思ったのか、100文の卓へ次々に銭が置かれ始めた。
初日に集まった銭は31貫文を超えた。
賞品として渡した品は19点で、雪蘭が付けた値では銀9両余りに当たる。人足への給金や場所の費用を差し引いても、初日だけで十分な利益が残った。
夜、店の戸を閉めると、雪蘭と何有福は帳場で銅銭を数えた。何本もの銭差しが卓の上へ積み上がっていく。
「本当に、これほど集まるとは思いませんでした。ですが、このままでは明日の賞品が足りません」
「売れないからと土蔵へ戻した箱が、まだございます。このまま置いておけば、来年も売れません」
麗華がそう答えると、雪蘭は反論せず、翌朝に出す品を選び始めた。
2日目には、初日に当たりを出した客の話を聞いた者まで集まった。
石の獅子を狙う者が増え、100文の台では同じ客が5回、6回と骰子を振った。地主の次男は銀1両分を使っても当たらず、いったん酒楼へ戻ったあと、友人を連れて再び現れた。
夕刻には、旅商人が指定の目を出し、ついに石の獅子を獲得した。
「銀2両でも売れなかった物に、今日は10両近い銭が集まりました」
何有福が、獅子のなくなった台を見ながら感心すると、麗華は集まった銭を箱へ移した。
「品を売ったのではありません。獅子を手に入れられるかもしれない勝負を売ったのです」
3日目には、用意した古物の大半が賞品として客の手へ渡った。
最後まで残ったのは、花鳥画と小さな香炉だった。麗華は終了時刻が近づくと、この2つを同時に獲得できる勝負へ変えた。1回50文で、指定された3つの目が出れば両方を渡す。
見物人が卓を囲み、骰子が振られるたびに声を上げた。日が傾く頃、薬種商の若い手代が当たりを出す。
花鳥画と香炉を抱えた手代を見送ると、麗華は卓の上に残った銭を銭箱へ移した。
祭礼の3日間で集まった銭は、合計83貫460文となった。
賞品として出した古物の評価額、官府への届け、場所代、人足の給金、卓や幟の費用を合わせると、支出は34貫余りである。残った利益は49貫余りとなり、聚宝斎と麗華が半分ずつ受け取れば、それぞれ24貫を超える。
小口の貸金を2貫文から始めた麗華にとって、数か月かけて得るはずの利息を、わずか3日間で上回ったことになる。
雪蘭は自分の取り分を銭箱へ入れながら言った。
「これだけあれば、旦那様への返済を進めても、店の仕入れに銀を残せます」
「次は、さらに大きくできます」
「次の祭礼は、まだ先ですよ」
「祭礼を待つ必要はございません」
麗華は、関撲で使った番号札を帳場へ並べた。賞品にはそれぞれ番号を付け、何を渡したのか帳簿と照らし合わせられるようにしていた。
「今度は、この番号札そのものを客へ売ります。300枚、500枚と売り、決めた日に壺から1枚を引きます。その番号を持つ者へ賞品を渡すのです」
「骰子を使わないのですか」
「使いません。これなら客がその場にいなくても札を買えます。聚宝斎だけでなく、酒楼、茶舗、宿屋にも置けますから、祭礼の3日間に集まった客より、はるかに多くの者へ売れます」
麗華が考えた最初の富くじは、番号札1枚20文で5,000枚を売るものだった。すべて売れれば100貫文が集まる。
1等は銀20両相当の玉器、2等は銀5両相当の書画、3等から10等までは茶碗、香炉、銅器などを渡す。賞品の仕入れ、番号札の作成、売り手への口銭を差し引いても、50貫文を超える利益が見込めた。
雪蘭はすぐに問題点を挙げた。
「売れ残った番号を壺へ入れれば、誰にも賞品が渡らないことがあります。それに、番号札を偽造する者も出るでしょう」
「売れた番号だけを別の帳面へ写し、その番号だけを壺へ入れます。札には聚宝斎の印を押し、紙を2つに裂きます。片方を客へ渡し、もう片方を店で保管します。切り口が合わなければ賞品は渡しません」
「仕組みは分かりました。ですが、官府が認めるでしょうか。祭礼が終われば、関撲は禁じられます」
「これは関撲ではなく、番号札を使った品の販売だと届けます」
「大勢から銭を集め、番号を引いて一部の者へ賞品を渡すのでしょう。名前を変えただけで官吏が認めると思いますか」
麗華は答えなかった。
雪蘭の言うとおりだった。どのような名前を付けても、官府から見れば賭けと判断される可能性は高い。
それでも、祭礼で得た利益を見た麗華は、この商いを3日間だけで終わらせるつもりはなかった。
◇ ◇ ◇
翌日の午後、陸世昌が聚宝斎へやって来た。
祭礼の間、聚宝斎の前に大勢の人が集まっていたことも、3日間で多額の銭を得たことも、すでに世昌の耳へ入っていた。
世昌は帳場の椅子へ座ると、麗華が作った番号札を手に取った。
「今度は、祭礼が終わっても賭けを続けるつもりだそうだな」
雪蘭の顔色が変わった。
「まだ始めておりません。麗華が案を考えただけでございます」
「案だけなら、なぜ5,000枚もの番号を帳面に書いている」
世昌は番号札を卓へ戻し、麗華へ目を向けた。
「祭礼の関撲は3日間だけ官府が認めた。昨日で終わりだ。今日から同じことをすれば、賭場を開いたとして捕らえられても文句は言えぬ」
「旦那様は、やめろとおっしゃるのですか」
「やめさせるだけなら、ここへ来る必要はない」
その言葉を聞き、麗華は世昌の考えを察した。
「では、官府へ話を通していただけますか。お望みのものをお聞かせください」
「売上から賞品代、札を売る者への口銭、紙代を引け。残った利益の1割をこちらへ渡せ。県衙へ話を通し、途中で胥吏に止められぬようにするのは私だ」
「1割をお渡しすれば、聚宝斎で番号札を売れるのですね」
「常にとは言っていない。1回ごとに賞品、売る札の枚数、引く日を私へ届けろ。私が認めたものだけを行え」
麗華は頭の中で計算した。1回の利益が50貫文なら、世昌へ渡すのは5貫文である。それでも45貫文が残る。聚宝斎と麗華で分けても、十分に大きな稼ぎだった。
「利益の1割で承知いたします。ただし、売上の1割ではございません」
「賞品代を大きく見せて、利益を減らすつもりか」
「仕入れの帳簿をお見せします。聚宝斎が以前から持っている品は、雪蘭様が祭礼前に付けた値を使い、旦那様にも確かめていただきます。当選番号も人の集まる場所で引きますから、県衙から立会人を出していただいても構いません」
「立会人にも銭が要るぞ」
「それは売上を得るための費用として、先に差し引きます」
世昌は麗華をじっと見た。
「私から1文でも隠せば、その日のうちに終わらせる」
「承知しました。その代わり、旦那様も途中で2割に増やさないでください。1割なら毎回利益をお渡しできます。取り分を増やしすぎて札が売れなくなれば、旦那様へ渡す銭もなくなります」
「私に条件を出すのか」
世昌は不機嫌そうな顔をしたものの、麗華の言い分そのものは否定しなかった。
「利益の1割だ。まずは1回だけ認める。終わったら帳簿を持ってこい。それから、札を売る場所も先に書き出せ。陸生堂の客へ無断で売りつけるな」
「酒楼、茶舗、宿屋へ口銭を払って置いてもらいます」
「それも私へ届けろ」
世昌は立ち上がり、店を出る前に土蔵の方へ目を向けた。
「祭礼では、売れ残りを銭に変えたそうだな」
「3日間で49貫文余りの利益が出ました」
「次も同じように儲かるとは限らぬぞ」
「同じやり方はいたしません。今度は番号札が売れた分を見ながら、必要な賞品を用意します」
「ならば、私の1割も減らすな」
世昌はそれだけ告げて聚宝斎を出ていった。
その姿が通りから消れるのを待ってから、雪蘭は麗華へ向き直った。
「本当に始めるのですか。旦那様だけでなく、県衙の役人まで関わります。一度でも当選者へ賞品を渡せなければ、店は終わりますよ」
「ですから、札を売って得た銭と店の銭を分けます。賞品は抽選の前に聚宝斎へ置き、勝手に売れないよう封をします。それから、最初から5,000枚すべてを出すつもりもありません。まず2,000枚を売り、売れ行きを見て追加します」
麗華は番号札を100枚ずつに分けた。
酒楼には300枚、茶舗には200枚、宿屋にも200枚を預ける。残りは聚宝斎の店頭と、祭礼の関撲へ来た客へ売る。売った者には番号札1枚につき2文の口銭を渡す。
1等の賞品を店頭へ飾れば、これまで聚宝斎へ入ったことのない者も見に来る。富くじには外れても、そこで書画や器へ目を向ける客が出れば、本業の売上にもつながる。
「それで、1等には何を出すのですか」
「土蔵の売れ残りではいけません。誰もが欲しがる品を新しく仕入れます。銀15両までで、見た者が番号札を10枚でも20枚でも買いたくなる品を選んでください」
「それなら玉器がよいでしょう。書画では、価値の分からない者が札を買いません」
「では、玉器を仕入れます。2等以下には聚宝斎の品を使いましょう。1等の仕入れは、関撲で得た私の取り分から出します」
麗華は自分の前に積んだ銭差しへ手を置いた。
これまで麗華が自由に使える銀は、世昌や雪蘭の商いから得た取り分に限られていた。小口貸しで銭を増やしても、自分の店を持てるほどの銀を作るには時間がかかる。
祭礼の3日間で得た24貫文余りは、麗華が初めて手にしたまとまった元手だった。
これを使って番号札を売り、次は100貫文を集める。利益の1割を世昌へ渡しても、成功すれば元手は大きく増える。何度か繰り返せば、聚宝斎の番頭を辞め、自分の店を持つこともできる。
麗華が欲しいのは、世昌から与えられる給金でも、雪蘭から分けてもらう利益でもない。
自分で商いを始め、自分で何をするか決められるだけの銀だった。
雪蘭は仕入れ先の名を書き出し、何有福は玉器を運ぶ箱の寸法を測り始めた。麗華も番号札、賞品、販売場所、抽選日を書いた届出を作り、その末尾には利益の1割を世昌へ渡すことまで記した。
この商いで利益を得るのは、麗華1人ではない。聚宝斎には賞品代と利益が入り、雪蘭は店主として取り分を得る。酒楼や茶舗は札を売るたびに口銭を受け取り、世昌は県衙へ話を通す代わりに利益の1割を取る。
それでも、麗華の手元には大きな銀が残る計算だった。
麗華は最初の番号札を取り、聚宝斎の朱印を押した。
祭礼の3日間だけ許された関撲は終わった。
だが麗華にとって、まとまった銭を集める商いは、ここからが始まりだった。




