第1話中編2――「10日で1割の銭」
白麗華が聚宝斎の番頭となって1か月が過ぎた。
店頭には新たに預かった青磁の皿、仏画、銅鏡が並び、土蔵に眠っていた品も少しずつ売れていた。開封から来た商人が宋代以前の書を探していると聞けば、韓雪蘭が土蔵から候補を選び、何有福が来歴を調べ、麗華が商人の宿へ持ち込む。それぞれが役割を分けることで、聚宝斎は再び商いのできる店に戻りつつあった。
その日の午前にも、麗華は絹商人へ銀12両の銅鏡を売った。聚宝斎が以前に銀7両で仕入れた品で、磨き直しと箱の費用、陸生堂への紹介の口銭を差し引いても、店には銀3両余りが残った。
雪蘭から決められた取り分を受け取った麗華は、それを財布へ収めながら尋ねた。
「この1か月で、旦那様への返済はいくら進みましたか」
「銀20両を返しました。ほかの貸し主にも5両ずつ払っております。それでも、仕入れと奉公人の給金に必要な分を除けば、店に残る銀は先月より増えています」
雪蘭は帳場の銭箱へ手を置いた。
「預かり物が増えたおかげです。以前ほど仕入れに銀を使わずに済みますし、品が売れれば、持ち主へ代金を渡したあとにも口銭が残ります」
聚宝斎は、本業だけでも利益を出せる店に戻り始めていた。
しかし麗華は、店へ来る者の中に、古物を売りたい客とは違う者が混じっていることに気付いていた。
昼前、40歳ほどの女が風呂敷包みを抱えて入ってきた。南市で焼き餅を売る劉桂香である。
桂香が包みを開くと、中から欠けた青磁の小皿が出てきた。雪蘭は皿を裏返し、高台と釉薬を確かめたが、すぐに首を横へ振った。
「古い物ではありますが、欠けが大きすぎます。買い取っても、売るのは難しいでしょう」
「銅銭300文にはなりませんか」
「そこまでの値はつきません。なぜ、それほど急いで銭が必要なのですか」
桂香は小皿を風呂敷へ戻した。
「明日の麦粉を買う銭がないのです。息子が熱を出し、薬代に使ってしまいました。焼き餅を作れなければ商いができませんが、10日も働ければ300文は返せます」
麗華は桂香の手を見た。指には小麦粉が入り込み、右手の親指には焼けた鉄板でできたらしい傷がある。風呂敷にも焼き餅の油と煙の匂いが染みついていた。
「南市のどこで売っていますか。1日にどのくらい売れます?」
「井戸の東側です。朝から昼過ぎまでいて、天気がよければ80枚ほど売れます。麦粉と油を買っても、40文前後は残ります」
「分かりました。明日の朝、店を見にまいります。その皿はお持ち帰りください」
桂香は戸惑った。
「買っていただけないのでしょうか」
「皿は買いません。代わりに、商いを続けるための銭を貸せるかどうか確かめます」
桂香が帰ると、雪蘭はすぐ麗華へ顔を向けた。
「聚宝斎で金貸しをするつもりですか」
「いいえ。私が自分の銭を貸します。暮らしに使う銭ではなく、商いの元手に限ります。店と住まいを確かめ、毎日売上がある者だけを相手にします」
「返さずに逃げられたら、あなたの損ですよ。利息はどれほど取るつもりなのです?」
「10日で1割です。300文なら、10日後に330文を返してもらいます」
雪蘭は眉を寄せた。銀300両を貸している陸世昌でさえ、10日ごとに1割もの利息は取っていない。借り手が絶えなければ元手は短期間で増えるが、返済できない者へ貸せば利息どころか元金まで失う。
「店の中で貸し借りをすれば、聚宝斎の名が使われます。返済を迫る者が押しかけてくれば、古物を買うお客様が近寄らなくなります」
「ですから、聚宝斎のお客様には貸しません。南市や東大街で商いをする者だけを相手にし、貸す銭も私が番頭の取り分として得た分に限ります。その代わり、利息で得た利益の1割を雪蘭様へお渡しします」
麗華は銭箱から銅銭を10枚取り、帳場へ並べた。
「私が利息として100文を得れば、そのうち10文を雪蘭様へ渡します。聚宝斎の仕事を優先し、貸し付けのために店を空ける時は、先にお知らせします」
「借りた者が返さなくても、私や奉公人に取り立てをさせないでしょうね」
「貸す相手を選ぶのは私です。損も私が引き受けます」
雪蘭は並べられた銅銭を見つめ、少し考えてから答えた。
「本業を怠らないこと。聚宝斎の名で証文を作らないこと。奉公人を勝手に使わないこと。この3つを守るなら認めます。ただし、利息の1割は毎月いただきます」
「もちろんです」
雪蘭にしても、場所を貸すだけで利益が入る。本業へ支障が出ず、自分が損を背負わないのであれば、断る理由はなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝、麗華は南市へ向かった。
井戸の周囲には粥、焼き餅、野菜、魚、薪を売る露店が並び、鍋から上がる湯気に油と刻み葱の匂いが混じっていた。客を呼ぶ声が通りを行き交い、荷車が近づくたびに露店の者たちが籠を道端へ寄せる。
桂香の露店は、話していたとおり井戸の東側にあった。鉄板は長く使われて黒く光り、木箱には売れ残った焼き餅が6枚入っている。隣で粥を売る女にも話を聞くと、桂香は3年ほど同じ場所で商いを続けているという。
麗華はその日の売上と材料代を確かめた。焼き餅は1枚2文で、午前中に70枚ほど売れる。麦粉、油、葱、薪に90文前後かかり、売り切れば50文ほどが残る。300文あれば、材料を3日分まとめて買える計算だった。
聚宝斎へ戻った麗華は、桂香を呼んで条件を伝えた。
「銅銭300文をお貸しします。返すのは10日後の夕刻、330文です。返済の日を過ぎても利息は減りません。返せないと思った時は、姿を隠さず、先に話しに来てください」
「分かりました」
「この銭は麦粉、油、薪を買うために使ってください。息子さんの薬代や家賃が必要になっても、この300文からは出さないでください。商いを止めれば、返す銭も作れません」
桂香は借用の証文へ拇印を押した。
麗華は300文を渡しただけでは終わらせず、翌朝には桂香が本当に麦粉を買ったことまで確かめた。鉄板には焼き餅が並び、通りには焼けた小麦と胡麻油の匂いが漂っていた。
桂香へ銭を貸した話は、南市の商人たちへすぐに広まった。
3日後には、櫛職人の趙福生が聚宝斎を訪れた。棗の木と黄楊を買うために600文を借りたいという。麗華は工房へ出向き、仕上げ前の櫛と得意先を確かめてから600文を貸した。返済額は10日後に660文である。
次に来たのは、鶏卵を売る孫小桃だった。
小桃は近隣の村で卵を買い集め、県城で売っている。しかし農家へ先に払う400文が足りず、仕入れに行けないという。
「卵が割れれば、返せなくなりませんか」
「籠を2つに分けます。これまでは1つに詰めていたので、下の卵が割れていました。今度は藁も多く入れます。それに、雨で売れ残っても茶舗と麺屋が買ってくれます。値は下がりますが、腐らせることはありません」
麗華はその話だけで銭を渡さず、茶舗と麺屋まで足を運んで確かめた。小桃の話が本当だと分かってから400文を貸し、10日後に440文を返す証文を作った。
こうして10日間で、麗華が貸した相手は5人になった。元金は合計2貫文、全員が期限どおりに返せば利息は200文になる。
ただし、誰にでも貸したわけではない。
賭場で失った銭を求めた男、酒代を払うために来た人夫、住まいを明かさない行商人には貸さなかった。商いの場所、仕入れ先、普段の売上を自分の目で確かめられない者へ貸せば、10日後に自分が町中を探し回ることになる。
その間も、麗華は聚宝斎の仕事を疎かにしなかった。
開封から来た商人には、預かっていた仏画を銀48両で売った。城外の地主からは、家を修繕するために手放す青磁の瓶を預かった。雪蘭が銀25両以上なら売れると判断し、何有福が器の来歴を書き添える。麗華は陸生堂を訪れた県丞の家人から、祝い品を探している官員がいるという話を聞き出した。
その青磁の瓶は6日後、銀31両で売れた。持ち主へ銀25両を渡し、陸生堂への紹介料と運搬費を引いても、聚宝斎には銀4両余りが残る。雪蘭は麗華へ取り分を渡し、残りを次の返済に備えて銭箱へ収めた。
古物を売れば、聚宝斎と麗華に利益が入る。麗華が自分の銭を貸せば、10日後には利息が加わって戻ってくる。扱う物は銀と銅銭で違っていても、手元にある物を眠らせず、利益を生むように動かす点では同じだった。
◇ ◇ ◇
最初の返済日は、朝から雨だった。
瓦屋根を打つ雨音が店内まで響き、通りには泥水が流れている。これでは桂香の焼き餅も売れにくい。
夕刻が近づいても、桂香は現れなかった。
雪蘭は帳場で品物の受取証を確かめながら、麗華へ目を向けた。
「最初の1人から返ってこないのではありませんか。来なければ、どうするつもりです?」
「日が暮れるまでは待ちます。それでも来なければ、明日の朝に南市へ行きます。病気なのか、銭を使ってしまったのか、それとも逃げたのか。それを確かめてからです」
貸す前にどれほど調べても、雨や病気、盗難で商いが止まることはある。麗華も、貸した以上は必ず返ってくるなどとは考えていなかった。しかし事情を確かめずに返済を延ばせば、借りた側も次から期限を軽く見るようになる。
戸口の外が暗くなり始めた頃、蓑を着た桂香が店へ駆け込んできた。裾から雨水が落ち、土間に濡れた跡が広がる。
「遅くなって申し訳ありません。330文ございます。お確かめください」
桂香は懐から布袋を取り出し、帳場へ銅銭を置いた。
麗華と雪蘭が数えると、確かに330文ある。
「今日は雨でしたが、売れたのですか」
「昼までに半分しか売れませんでした。残りは近くの茶舗へ安く売りました。それでも、この10日で少しずつ返す分を残していたので足りました。息子の熱も下がりましたから、明日からまた焼き餅を売れます」
桂香は返済済みとなった証文を受け取った。これで、欠けた青磁の小皿を手放す必要もない。
「また材料代が足りなくなった時は、貸していただけますか」
「今回と同じ300文までなら考えます。ただし、今日返したばかりですから、次に必要になった理由を聞いてから決めます」
「承知しました」
桂香が帰ると、麗華は30文の利息を元金から分け、そのうち3文を雪蘭の前へ置いた。
「雪蘭様の取り分です」
「わずか3文ですか」
「今回は300文だけです。5人全員が返せば利息は200文になりますから、雪蘭様へは20文をお渡しします」
「それでも、古物を1つ売る利益には及びませんね」
「今は元手が2貫文しかありません。返ってきた銭をもう一度貸せば、同じ元金から何度でも利息を得られます。ただし、1人に逃げられれば、ほかの者から得た利息が消えることもあります。ですから、貸す相手を選ぶ方が大切です」
「それなら、聚宝斎のお客様を選ぶ時より慎重になってください」
麗華は少し笑った。
「雪蘭様も、3文を受け取ると厳しくなりますね」
「店の名を使わせているのです。あなたに損をされても困ります」
雪蘭はそう言いながら、3文を銭箱へ入れた。
翌日には福生が660文を持参し、その2日後には小桃が440文を返した。残る2人も期限までに返済したため、麗華は合計200文の利息を得た。
約束どおり20文を雪蘭へ渡し、残る180文は使わずに2貫文の元金へ加えた。これで次に貸せる銭は2貫180文になる。
桂香と福生は、すぐには再び借りなかった。商いで得た利益の一部を仕入れの銭として残せるようになったからである。一方、小桃は近隣の村で卵を多く買える日を選び、再び400文を借りた。今度は借りた銭で卵を買い、その日のうちに半分以上を茶舗と料理屋へ卸した。
やがて南市では、聚宝斎の女番頭が商いの元手に限って銭を貸すという話が広まった。
麗華は新しく借りに来た者の露店や工房へ自分で足を運び、仕入れ先と売上を確かめた。数字をごまかす者には貸さず、以前からの借金を隠していた者も断った。
1か月後には貸付金が延べ6貫文を超え、利息は600文余りになった。途中で返済が2日遅れた者が1人いたものの、逃げた者はいない。
麗華は利益の1割に当たる60文余りを雪蘭へ渡した。
「本当に、これほど増えたのですね」
雪蘭は銭の束を持ち上げ、その重さを確かめた。
「まだ始めたばかりです。貸せる元金が増えれば、次は1か月で1貫文の利益を狙えます」
「本業を忘れてはいけませんよ」
「忘れておりません。本日の午後には、県丞様のご紹介で青磁の瓶を2点お見せします。売れれば銀50両を超えます」
「それなら私も同行します。一方は、値を下げてまで売る品ではありません」
「値は雪蘭様に決めていただきます。私は、2点とも欲しくなるようにお見せします」
雪蘭は古物の真贋を見定め、売る品と値を決める。麗華は買い手を探し、売買を成立させる。その仕事を終えれば、自分の銭を小口に分け、働くための元手を求める者へ貸す。
聚宝斎では古物が売れるたびに銀が入る。南市や東大街では、貸した銅銭が10日後に利息を伴って戻ってくる。雪蘭は店の利益に加え、場所を貸すことで貸金の利益も受け取る。麗華は番頭の給金と売買の取り分を得ながら、自分の元金を少しずつ増やしていた。
麗華は聚宝斎の戸を開け、雪蘭とともに青磁の瓶を運び出した。
午後には古物を売り、夕刻には新たな借り手の露店を確かめる。手元にある銀も銅銭も、使い道がある限り寝かせておくつもりはなかった。




