表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北宋の悪女、1986年の男  作者: ひまえび
第一章――「清河県の美しい毒、追う男たち」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/36

第1話中編2――「10日で1割の銭」

 麗華が番頭となってから、聚宝斎には再び客が出入りするようになった。


 松と鶴を彫った玉器に続き、山水画と端渓の硯も売れた。麗華は陸生堂へ紹介の口銭を払い、残った利益を雪蘭と分けた。さらに、銀を必要とする家から書画や器を預かり、買い手が決まった時だけ代金を渡す商いも始めた。


 仕入れに銀を使わず、売買が成立するたびに利益を得る。聚宝斎は本業の古物商として、借金を返しながら新しい品を集められるようになった。


 しかし、麗華が店へ持ち込もうとしていた商いは、それだけではなかった。

 麗華が聚宝斎の番頭となって1か月が過ぎた。


 店頭には新たに預かった青磁の皿、仏画、銅鏡が並び、土蔵に眠っていた品も少しずつ売れていた。開封から来た商人が宋代以前の書を探していると聞けば、雪蘭が土蔵から候補を選び、何有福が来歴を調べ、麗華が商人の宿へ持ち込んだ。


 その日の午前にも、麗華は絹商人へ銀12両の銅鏡を売った。


 銅鏡は聚宝斎が以前に銀7両で仕入れた品である。磨き直しと箱の費用を差し引き、陸生堂へ紹介の口銭を払っても、店には銀3両余りが残った。雪蘭はそのうち決められた取り分を麗華へ渡した。


 麗華は受け取った銀を財布へ入れ、雪蘭に尋ねた。


「この1か月で、旦那様への返済はいくら進みましたか」


「銀20両を返しました。ほかの貸し主にも5両ずつ払っております」


「店に残る銀はございますか」


「仕入れと奉公人の給金に必要な分を除いても、先月より増えています」


 雪蘭は帳場の上に銭箱を置いた。


「預かり物が増えたので、以前ほど仕入れに銀を使わなくなりました。品が売れれば、持ち主へ代金を渡したあとにも口銭が残ります」


 聚宝斎は、本業で利益を出せる店に戻り始めていた。


 それでも麗華は、店へ来る者の中に、古物を売りたい客とは異なる者がいることに気付いていた。


 昼前、40歳ほどの女が風呂敷包みを抱えて入ってきた。南市で焼き餅を売る劉桂香(リウ・グイシャン)である。


 桂香が包みを開くと、中から欠けた青磁の小皿が出てきた。


「これを買い取っていただけませんか」


 雪蘭は皿を裏返し、高台と釉薬を確かめた。


「古い物ではありますが、欠けが大きすぎます。買い取っても、売るのは難しいと思います」


「銅銭300文にはなりませんか」


「なりません。なぜ、それほど急いで銭が必要なのですか」


 桂香は小皿を風呂敷へ戻した。


「明日の麦粉を買う銭がないのです。焼き餅を作れなければ、商いもできません」


「これまでは、どうしていたのですか」と麗華。


「粉屋には、その日のうちに払っていました。ですが、息子が熱を出し、薬代に銭を使いました。10日も商いができれば、300文は返せます」


 桂香は古物を売りたいのではなかった。翌日も焼き餅を売るための元手を必要としていたのである。


 麗華は桂香の手を見た。指には小麦粉が入り込み、右手の親指には焼けた鉄板でできたらしい傷がある。風呂敷にも、焼き餅の油と煙の匂いが染みついていた。


「南市のどこで売っていますか」


「井戸の東側です。朝から昼過ぎまでおります」


「1日に何枚売れますか」


「天気がよければ、80枚ほどです。麦粉と油を買っても、40文前後は残ります」


「明日の朝、店を見にまいります。それまで、その皿はお持ち帰りください」


 桂香は事情を理解できないまま、小皿を包み直した。


「買っていただけないのでしょうか」


「皿は買いません。代わりに、商いを続けるための銭を貸せるかどうか確かめます」


 桂香が帰ったあと、雪蘭は麗華へ尋ねた。


「聚宝斎で金貸しをするつもりですか」


「聚宝斎ではいたしません。私が自分の銭を貸します」


「返さずに逃げられたら、どうするのですか」


「暮らしに使う銭は貸しません。商いの元手に限ります。店と住まいを確かめ、毎日売上のある者だけに貸します」


「利息は、どれほど取るつもりですか」


「10日で1割です。300文なら、10日後に330文を返してもらいます」


 雪蘭はすぐに答えなかった。


 銀300両を貸している世昌でさえ、10日ごとに1割もの利息を取ってはいない。借り手が絶えなければ、元手は短期間で増える。しかし、返済できない者へ貸せば、利息どころか元金まで失う。


「店の中で貸し借りをすれば、聚宝斎の名が使われます」と雪蘭。「返済を迫る者が店へ押しかければ、古物を買うお客様が近寄らなくなります」


「そのため、雪蘭様の許しをいただきたいのです。聚宝斎の客へは貸しません。南市や東大街で商いをする者を相手にします。貸す銭も、私が番頭の取り分として得た銭だけです」


「私には、何の得があるのですか」


「利息から得た利益の1割をお渡しします。元金には手をつけません」


 麗華は銭箱から銅銭を10枚取り、帳場へ並べた。


「私が利息として100文を得たら、そのうち10文を雪蘭様へ渡します。聚宝斎の仕事を優先し、貸し付けのために店を空ける時は、先にお知らせします」


「借りた者が返さなければ、私や奉公人に取り立てさせるつもりではありませんね」


「貸した相手を選んだのは私です。損も私が引き受けます」


 雪蘭は並べられた銅銭を見てから、麗華へ顔を向けた。


「本業を怠らないこと。聚宝斎の名で証文を作らないこと。奉公人を勝手に使わないこと。この3つを守るなら認めます」


「ありがとうございます」


「ただし、利息の1割は毎月いただきます」


「もちろんです」


 雪蘭も、麗華へ場所を貸すだけで利益を得る。聚宝斎の本業に支障が出ない限り、断る理由はなかった。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、麗華は南市へ向かった。


 井戸の周囲には、粥、焼き餅、野菜、魚、薪を売る露店が並んでいた。鍋から上がる湯気に、油と刻み葱の匂いが混じっている。客を呼ぶ声が通りを行き交い、荷車が近づくたびに露店の者が籠を道端へ寄せた。


 桂香の露店は、話していたとおり井戸の東側にあった。


 鉄板は長く使われて黒く光り、木箱には売れ残った焼き餅が6枚入っている。隣で粥を売る女も、桂香が3年ほど同じ場所で商いをしていると話した。


 麗華は、その日の売上と材料代を確かめた。


 焼き餅は1枚2文で、午前中に70枚ほど売れる。麦粉、油、葱、薪に90文前後かかり、売り切れば50文ほどが残る。300文を借りれば、材料を3日分まとめて買えた。


 麗華は聚宝斎へ戻り、桂香を呼んだ。


「銅銭300文をお貸しします。返すのは10日後の夕刻、330文です」


「10日で30文ですか」


「そうです。返済の日を過ぎても、利息は減りません。返せないと思った時は、姿を隠さず、先に話しに来てください」


「分かりました」


「銭は麦粉、油、薪を買うために使ってください。息子さんの薬代や家賃が必要になっても、この300文からは出さないでください。商いを止めれば、返す銭も作れません」


 桂香は借用の証文へ拇印を押した。


 麗華は300文を渡したあと、翌朝、桂香が麦粉を買ったことまで確かめた。鉄板には焼き餅が並び、通りには焼けた小麦と胡麻油の匂いが漂っていた。


 桂香へ貸した話は、南市の商人たちへすぐに伝わった。


 3日後には、櫛職人の趙福生(ジャオ・フーション)が聚宝斎を訪れた。棗の木と黄楊を買うために600文を借りたいという。麗華は工房を見て、仕上げ前の櫛と得意先を確かめたうえで、600文を貸した。返済額は10日後に660文である。


 次に来たのは、鶏卵を売る孫小桃(スン・シャオタオ)であった。


 小桃は近隣の村で卵を買い集め、県城で売っていた。しかし、農家へ先に払う400文が足りず、仕入れに行けないという。


「卵が割れたら、返せなくなりませんか」と麗華。


「籠を2つに分けます。これまでは1つに詰めていたので、下の卵が割れていました。今度は藁も多く入れます」


「雨が降れば、売れ残ります」


「茶舗と麺屋が、残った卵を買ってくれます。値は下がりますが、腐らせることはありません」


 麗華は茶舗と麺屋へ行き、小桃の話が本当であることを確かめた。それから400文を貸し、10日後に440文を返す証文を作った。


 麗華が貸した相手は、10日間で5人となった。元金は合計2貫文、返済時に得る利息は200文である。


 誰にでも貸したわけではない。


 賭場で失った銭を求めた男、酒代を払うために来た人夫、住まいを明かさない行商人には貸さなかった。商いの場所、仕入れ先、売上を自分の目で確かめられない者へ貸せば、10日後に探し回ることになるからである。


 その間も、麗華は聚宝斎の仕事を続けた。


 開封から来た商人には、預かっていた仏画を銀48両で売った。城外の地主からは、家を修繕するために手放す青磁の瓶を預かった。雪蘭が銀25両以上なら売れると判断し、何有福が器の来歴を書き添えた。麗華は陸生堂を訪れた県丞の家人から、祝い品を探している官員がいるとの話も得た。


 青磁の瓶は6日後、銀31両で売れた。


 持ち主へ銀25両を渡し、陸生堂への紹介料と運搬費を引いても、聚宝斎には銀4両余りが残った。雪蘭は麗華へ取り分を渡し、残りを次の返済に備えて銭箱へ入れた。


 古物が売れれば、聚宝斎と麗華が儲かる。麗華が銭を貸せば、10日後に利息が入る。2つの商いは別であったが、麗華にとっては、どちらも持っている物を止めずに働かせる仕事であった。


 ◇ ◇ ◇


 最初の返済日は、朝から雨であった。


 瓦屋根を打つ雨音が店内まで聞こえ、通りには泥水が流れていた。これでは桂香の焼き餅も売れにくい。


 夕刻が近づいても桂香は現れなかった。


 雪蘭は帳場で品物の受取証を確かめながら言った。


「最初の1人から返ってこないのではありませんか」


「日が暮れるまでは待ちます」


「来なければ、どうしますか」


「明日の朝、南市へ行きます。病気なのか、銭を使ったのか、逃げたのかを確かめます」


 麗華は返済されると決めつけていなかった。貸す前に調べても、雨、病気、盗難で商いが止まることはある。それでも、事情を見ずに返済を延ばせば、借りた者は次も同じことをする。


 戸口の外が暗くなり始めた頃、蓑を着た桂香が店へ入ってきた。裾から雨水が落ち、土間に濡れた跡ができた。


「遅くなって申し訳ありません」


 桂香は懐から布袋を出し、帳場の上へ銅銭を置いた。


「330文ございます。お確かめください」


 麗華と雪蘭は50文ずつ紐に通された銭を数えた。確かに330文あった。


「今日は雨でしたが、売れたのですか」と麗華。


「昼までに半分しか売れませんでした。残りは近くの茶舗へ安く売りました。10日分を少しずつ残していたので、返す銭は足りました」


「息子さんはどうしていますか」


「熱は下がりました。私も、明日からまた焼き餅を売れます」


 桂香は証文を受け取った。借金を返した以上、欠けた青磁の小皿を手放す必要もなかった。


「また材料代が足りなくなった時は、貸していただけますか」


「今回と同じ300文までなら貸します。ただし、今日返したばかりです。次に必要となる理由を聞いてから決めます」


「承知しました」


 桂香が帰ると、麗華は利息の30文を元金から分けた。そのうち3文を雪蘭の前へ置いた。


「雪蘭様の取り分です」


「わずか3文ですか」


「今回は300文だけです。5人全員が返せば、利息は200文になります。雪蘭様へは20文をお渡しします」


「それでも、古物を1つ売る利益には及びません」


「今は元手が2貫文しかありません。返ってきた銭をもう一度貸せば、同じ元金から再び利息を得られます」


 10日ごとに2貫文を貸し、全員が返せば200文が増える。1か月に3回転すれば600文である。貸す人数と元金が増えれば、利息も増える。


 ただし、元金を失う者が1人出れば、ほかの者から得た利息が消える。麗華は、そのことも雪蘭へ伝えた。


「儲かるからこそ、貸す相手を選びます。返せない者へ貸せば、利息の高さに意味はございません」


「それなら、聚宝斎のお客様を選ぶ時より慎重になってください」


「雪蘭様も、3文を受け取ると厳しくなりますね」


「店の名を使わせるのです。損をされれば困ります」


 雪蘭は3文を銭箱へ入れた。


 翌日には福生が660文を持参し、その2日後には小桃が440文を返した。残る2人も期限までに返済したため、麗華は合計200文の利息を得た。


 約束どおり、20文は雪蘭へ渡した。


 麗華は残る180文を使わず、2貫文の元金へ加えた。次に貸せる銭は2貫180文となる。


 桂香と福生は再び借りなかった。商いで得た利益の一部を仕入れの銭として残せるようになったからである。一方、小桃は近隣の村で卵を多く買える日を選び、再び400文を借りた。今度は借りた銭で卵を買い、その日のうちに半分以上を茶舗と料理屋へ卸した。


 南市では、聚宝斎の女番頭が、商いの元手に限って銭を貸すという話が広まった。


 麗華は新しく借りに来た者の露店や工房を見て、仕入れ先を尋ねた。売上をごまかす者には貸さず、以前の借金を隠していた者も断った。


 1か月後、貸付金は延べ6貫文を超え、利息は600文余りになった。途中で返済が2日遅れた者が1人いたが、逃げた者はいなかった。


 麗華は利益の1割に当たる60文余りを雪蘭へ渡した。


「本当に、これほど増えたのですね」


 雪蘭は銭の束を持ち上げ、その重さを確かめた。


「まだ始めたばかりです。貸せる元金が増えれば、次は1か月で1貫文の利益を狙えます」


「本業を忘れてはいけません」


「本日の午後には、県丞様のご紹介で、青磁の瓶を2点お見せします。売れれば銀50両を超えます」


「それなら、私も同行します。瓶の一方は、値を下げてまで売る品ではありません」


「雪蘭様に値を決めていただきます。私は、2点とも欲しくなるようにお見せします」


 雪蘭は古物の真贋を見定め、売る品と値を決める。麗華は買い手を探し、商いを成立させる。その仕事を終えたあと、自分の銭を小口に分け、働くための元手を求める者へ貸す。


 聚宝斎では、古物が売れるたびに銀が入った。南市と東大街では、貸した銅銭が10日後に利息を連れて戻ってきた。


 雪蘭は店の利益に加え、場所を貸しただけで貸金の利益を受け取る。麗華は番頭の給金と売買の取り分を得ながら、自分の元金も増やしていく。


 本業も副業も、儲からなければ続ける意味はない。


 麗華は聚宝斎の戸を開け、雪蘭とともに青磁の瓶を運び出した。午後には古物を売り、夕刻には新たな借り手の露店を確かめる。


 銀と銅銭を、1日も遊ばせるつもりはなかった。

 中編2では、聚宝斎の番頭となった麗華が、本業の古物売買を続けながら、自分の取り分を元手に小口の貸金を始めた。


 最初の借り手は、息子の薬代に銭を使い、翌日の麦粉を買えなくなった焼き餅売りの劉桂香(リウ・グイシャン)である。麗華は露店、仕入れ代、1日の売上を確かめ、銅銭300文を貸した。条件は10日で1割、返済額は330文であった。


 麗華は暮らしや遊興のための銭を貸さず、焼き餅、櫛、鶏卵など、売れば日々現金が入る商いの元手に限って貸した。最初の5人からは、2貫文の元金に対して200文の利息を得た。


 店主の韓雪蘭(ハン・シュエラン)は、聚宝斎の名を貸さないこと、本業を怠らないこと、奉公人を勝手に使わないことを条件に副業を認めた。その代わり、麗華は貸金で得た利益の1割を雪蘭へ渡す。


 聚宝斎は古物を売って利益を得る。雪蘭は店の利益と貸金利益の取り分を受け取り、麗華は番頭の給金、売買の取り分、小口貸しの利息を得る。本業と副業の両方から、銀と銅銭が増え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ